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ユキナDiary-  作者: PM8:00
78/150

五月日 今宵あなたが見えなくても…

 




 食堂に移動する間、護熾はここがすでにシファー家の家の中だと知ったのはティアラが楽しそうに自慢げに言ったのと、ここにはこの家の者の為の施設がいくつかあり、寝室を始め湯浴み場、遊戯室、そして使われていないのか鍵を掛けられている部屋を何度も見かけたからである。

 そしてそれらは代々受け継がれていくものであることも教えてもらった。

 しかし今はそんなことはどうでもいい。

 何故なら“誰か”に監視されているような気配がさっきから極少だが、するのだ。しかしいくら頭に気を張り巡らせて索敵をしても反応はなく、『……いねえよな』と結論づけるとそのままティアラの後についていく。



 護熾が通り過ぎた廊下の天井にその背中をしっかりと見ている小さな何かがいたのは誰も分からなかった。






 食堂に到着するとそこは豪華な造りになっており、給仕達が出迎えてくれる。そしてティアラに付いてきた護熾に一同は眉を上げ、何か懐かしみを帯びた表情になるが、ティアラが『お父様のお客様だからこの人にも食事を出して』と申しつけると給仕達は直ぐに納得し、食事の用意を始めた。


――すげえな、さすが貴族ってとこか――


 食堂の内装、そして二人で使うには広すぎる白いシーツが被せられたテーブルの席に着きながら護熾は 

『って何感心してるんだ俺は』と先程から自分は浚われてきたのに何故上客としてもてなされ、そしてこの町の軍のトップから目の前にいる娘と共に過ごせなどと理不尽極まりない頼みを任され、そして秘書に釘付けにされるなどこれは何だか自分の力を利用したい という目的ではなく何だか別の目的がありそうな気がしてきたが、ティアラが相席で護熾にニコニコと笑顔を振る舞いながら食事を待っていたので それは飯食ってからにするか と考えるのは後にした。



 美味しそうな匂いと共にガラガラと台車に乗せてきたお皿を給仕達が慣れた動きでお皿をテーブルの上にドンドン並べていく。そして二人の後ろの方ではお皿を下げる役目の給仕達が控える。

 触るだけで壊れそうな薄さの食器を使った、ひどく手間のかかった料理は護熾を驚かせ『これはどんな食材使ってんだろう……』と使用された食品や調味料を視覚からの分析をしようとすると


「どうしたの?冷めちゃうよ?」

「え、ああそれもそうだな。じゃ、頂きます」


 まずは一番近くにあったスープの皿を引き寄せ、それをスプーンですくって一口含むと濃厚で、温かな味が広がる。『美味しい』と思っているとふと、


――そういや、ユキナ達はちゃんと飯喰ってるかな……絵里がいるから安心できるけど――


 急にあんな出来事があってユキナ、イアル、そして千鶴に心配を掛けさせているので護熾は申し訳ない気持ちになるが、例えどんなことをしようとも帰る手段がないので今は大人しく食事をとって精を付け、明日何故自分が連れてこられたかを話してくれるらしいのでそれを信じてさっさと食事を済ませ、風呂に入ってから寝るスケジュールを立てた。

 そして顔を前に向けるとティアラが食事を中止してジーッと視線の矢印をこちらに向けていたので


「何だ?何か欲しいのあるのか?」

「ううん、ちょっと浮かない顔してたから」


 護熾が尋ねるとティアラはそう言って食事を再開し、護熾も同じく食事を再開した。






「どうしたの千鶴?浮かない顔して」


 今晩の斉藤家は夕食は千鶴と母の二人で父親はいつもはこの時間に帰ってきているのだが今日は遅くなると前置きがされていたので何の問題もなく食事をとっていた。

 千鶴の母親はいつもと少し様子が、元気がなさそうな千鶴に心配そうな顔で尋ねると


「え……ああ大丈夫よ。何でもないから」

「そう?部活で疲れているのなら早めに休みなさいよ」


 本当は明日イアルとユキナから事実を聞かされるのが怖いだけ。ただただ、怖い。

 本当は嘘なのでは?しかしそれを思うとそれがどれほど苦しく、そして何者かに浚われた護熾のことを考えるとここでただじっとしているのが疎ましく、悲しみと疲労感がより一層強くなってくる。


「―――ごちそうさま」


 元気のない声で食事を終え、台所に食べ終わったお皿を運ぼうとするとまだ食べ終わっていない母親が何かピンと閃いた顔で


「もしかして海洞くんのことかしら?」

「!!」


 母親の勘というのは恐ろしいものがある。

 ズバリそうなのだが誤魔化そうと否定する前に


「あの子ホント良い子よね。ああいう子がうちに一人でもいてくれたらね〜」


 のんびりとした口調で少し的はずれなことを母親がいうと『それは無理だよ』と少し苦笑いで千鶴は台所の流し場にお皿を置くと『じゃ、お風呂入ってくるね』と居間から離れ、着替えを取りに自室に向かった。




ジャアアアアアアアアアア!!!!!



 シャワー掛けからのお湯の雨に体を打たせながら千鶴はそっと濡れている少し長くなった髪を触り、それを胸元まで引き寄せると愛しそうに抱き、


―――私は……何が知りたいんだろう……――?


 護熾の気持ち?真実?イアルとユキナの正体?あの仮面の人達?護熾はどこへ?

 駆けめぐる疑問がシャワーの奏でる音と共にどんどん湧き出てくる。


―――どうして……こんなにムシャクシャするんだろう……――


 今まで気付く機会ならいくらでもあったのにそれに気付けず、周りの人達と同じ立場で護熾のことを気に掛けられなかった自分に今は表現しがたい有耶無耶な気持ちに押しつぶされそうになる。そして一週間前のあの事件のボンヤリとした記憶が徐々に浮かんでくる。



 ●●は女子生徒を抱きかかえたまま驚愕の表情で捕まった人々を見ていたが、その女子生徒が呻くようにしたのでゆっくりと地面に下ろし、しゃがみ込んで安心させるかのようにそのショートヘアーを撫でると


『お願い……みんなを……』

『ええ、今から助けるわ。お願いリル!!』





『海洞に感謝しなさい。』


 マールシャの煉獄の檻による睡眠作用が再発して視界が黒染まる中、自分の前に現れた軍服の少女は凛とした顔立ちでそしてそれが自分が知っている黒崎ことイアルに姿が重なる。


―――やっぱり……黒崎さんだ……―――


 そして『海洞に感謝しなさい』の言葉でその日護熾が何かをしていたというのも分かった。それがおそらくあの胸の大きな傷跡の要因。そして悲しみを含んだ眼の原因。

 千鶴は氷山の一角ながらも真実を知るとシャワーを止めようとして手を伸ばすが、その手を止め、シャワーから出る雨のようなお湯を浴びながら見上げ、


――もし、私が雨だったら、お空と地面を繋ぐように、海洞くんと心を通わせたのかな……――

 

 自分はこうありたいと願い、そして勇気をくれた少年を想いながらお湯を止め、覚悟を決めた少女は風呂場から出て行った。









「ふ―――――〜〜〜〜〜〜〜〜〜…」


 護熾は肺から気の抜けた声を天井に向かって吐くと辺りの白い靄が少しだけ掻き消された。ここはシファー家に設備されているやや大きめの浴場でティアラの自室に繋がっている。

 お湯の深さは立ち上がると腰くらいの高さがあり、ごくごく丁度良かった。

 着替えは無かったが食事を終えてティアラに引っ張られて部屋に戻ろうとしたときに『これはご主人様が…』と若い給仕が包みを渡してきたのでそれを受け取り、中身を見ると質の良い布を使った寝間着が入っていた。『あ、どうも』礼を言うと給仕は少し顔を赤らめながら『は、はい!では…』と少し慌てた様子でそそくさと食後のお片づけに戻っていってしまったので不思議顔で見送っていると『ねえねえ早く行こうよ』とティアラが急かしてきたので給仕の仕草に疑問を残しながらも護熾は まずは風呂だな と疲れを流しに来ているのだ。


『どうゴオキ?お湯加減は!』

「ああ、気持ちいいぞ」


 ドア越しにティアラは暇なのか、着替え場でお湯の温度を訊いてきたので護熾は少し大きめの声で答える。そして護熾はお湯をバシャバシャと手ですくって顔に掛け、金平糖みたいな髪型を水で萎びさせると今度は湯船にもっと体を沈め、風呂から上がる時にはティアラに声を掛けとくか と考えながら少しお行儀が悪くブクブクと口から空気を吐き出して泡を作っていると


『じゃ、私も入るね♪』


ボフウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ――――!!!!!!!!!!!!



「ばふっ!?げほげほがほ!!!――――何言ってんだお前!!?」


 あまりの突然の発言に口から空砲並みの速度で息を吹きだし、お風呂の湯張りに泡のクレーターを作り出し、喉に手を当てて咳き込みながらドアの方に顔を向けると既にドアが半開きになっており、そこから体に裸にバスタオルを一枚巻いたティアラの姿が目に見えた。

 長く綺麗な金色の艶やかな髪、タオル越しから見えるユキナよりはあると思われる胸。

 ティアラは片手を胸に当て、タオルを落とさないようにしながら護熾に近づいていく。護熾はその姿を見るなり顔を赤くし、追い返そうと思い、立ち上がろうとするがそれには一度縁に置いてあるタオルを腰に巻く必要があるためタオルを手に取り、お湯の中で巻こうとしたが既にティアラは目の前に到着していた。


「だああああああ!!!!戻れ戻れ!!」

「いいじゃない、お父様から言われてるもん。『男が家に来たらそれなりの覚悟を持って持て成しなさい』って」

「どんな覚悟!?お前意味分かってんの!?ってかお前いくつ!?」

「14」


 14、自分と二つしか変わらないじゃねえか 護熾はブンブン手を振って元来た道を引き返せと言いつけるがティアラは言うことを聞かず、タオルを解こうとしたのでバッと後ろに顔を向けて見ないようにする。

 バサッとタオルがタイルに落ちる音が耳に届く。

 これは間違いなく布一枚も羽織っていない素っ裸のティアラが今自分の後ろにいると伝える何よりの証拠だった。


「あ、そういえばゴオキの胸に大きな傷跡があるね」


 ティアラは浴場に浸かっている護熾の体を見ながら足をちょんと湯船に付け、温度を確かめるとそのまま入れ、もう片方の足も入れるといざ入浴。

 

「お、お前こら!デリカシーを持て!」

「え?ティアラ分かんない♪」


 背中を向けている護熾の言葉を無視し、ティアラはぐんぐん護熾に近づいていくと背中にもある痛々しい傷跡を優しく触れる。


「!!」

「すごい。戦いでできたものなの?」


 裸の女の子がすぐ後ろにいてしかも自分の背中を触っている……

 この状況に耐えきれなくなったのでお湯の中で腰にタオルの装着を完了させると縁に足を掛け、後ろを見ないようにしながら上がろうとするとティアラがガシッと持っていこうとした足を掴んだので護熾転倒。そして不幸なことにそのまま体が捻り、タイルに後頭部激突。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!」


 両手で後ろ頭を抑えながら護熾はあまりの痛さに声にならない叫び声を上げてゴロゴロとタイルの上を転げ回る。


「あ!ごめんゴオキ!」


 自分の所為で痛い目に遭っている護熾にティアラが急いで湯船から上がり、駆け寄ってきたが護熾はギロリとティアラに目をやると当然なにも身につけていない全裸姿だと分かり、頭の痛さなど気合いで吹っ飛ばしてずささささと目をつむりながら器用にドアまでゴキブリのように後ろ向きで移動すると


「お、俺は平気だから!じゃ、じゃあな!」


 咄嗟に立ち上がってドアに飛び込むように入ると浴場から姿を消した。

 その場に取り残されたティアラは頭に?マークを浮かべながら小首を傾げ、その後落ちているタオルを拾い上げて体を拭き、それを再び体に巻き直しながらポツリと


「…………殿方って分かんない」


 ドアの方に向かい、開けると『ばっ!着ているときにくんなよ!』と再び護熾の慌て声が浴場に響いた。










「護熾……大丈夫かな……」

「大丈夫!海洞は強いからきっと無事よ!」

「でも……ちゃんと寝ているかな……?」


 海洞家二階の護熾の自室ではユキナは枕を抱きながら、イアルはその隣で腕を組んでそれぞれベットに座っていた。二人は絵里の作った夕食を済ませ、風呂に入った後一樹と絵里を寝かしつけ、そして今は二階で安否不明の護熾を気遣っていた。

 ユキナは少し体を傾けて枕をより強く抱きしめて悲しそうな顔で今日の自分の行動に嫌悪感を覚えながらどうして気づけなかったのか?何故マールシャの時と同じように対応が遅れて大切な人を遠くへやってしまうのか、責めに責めて弱気になっていた。

 それが今までずっと続いている。

 そんなクヨクヨとしたユキナにイアルは次第に苛立ちを溜めていき、なおも我慢するが


「……ちゃんと……ご飯食べているかな?」

「―――――」

「……ちゃんと」


 もう我慢の限界だった。


パシンッ!


 部屋の中で乾いた音が響き渡る。イアルがユキナの頬を叩いたのだ。

 ずっと心配ばかりしているユキナの全て自分が悪いと決めつけ、自分一人で抱え込もうとする態度が気に入らなかった。ユキナは叩かれたことに少し放心状態となり、目を大きくしながら叩かれた頬を抑え


「い……イアル…………」


 叩かれた痛さと悲しみが許容量を超え、とうとう目からボロボロと涙を流し始めた。


「バカ!あなたに心配されることなんて海洞は望んでいない!」


 ユキナの両肩を掴み、怒気を含んだ声で護熾は大丈夫、きっと無事のはず!と根拠も何もないただ安心させようとする御託を並べる。


「だから一人で背負うのを止めてよ!あなたらしくない!」


 自然とイアルの目からも涙が溢れ始める。本当はイアルも心配なのだ。

 何であいつはいつもこんな目に、何で自分を犠牲にして人を助けるの?それが役目だから?それが使命だから?自分が危険に晒される道であろうとそれを躊躇わずに進む護熾が、心配だった。


「あなただけじゃないの心配してるのは!斉藤さんだって……私だって!」


 その言葉にユキナは揺れる。

 自分だけが心配してるわけじゃない、イアルも、千鶴も、そして明日護熾が来ないことに心配をするクラスメイトや先生も。


「それに………海洞を見習いなさいよ……あんな悲しい運命を背負っても弱音一つ吐かないのよ……」


 あと一年の命。それがどれほど辛く、どれだけ絶望感を与えるのか、常人には計り知れない。しかし護熾は一切誰かに当たることなく静かに、命が減っていくのを感じながら己に課せられた“使命”を果たすために生きているのだ。それほど逆境に強く、心が強い男なのだ。

 それだったら護熾は心配されるのは心外。


『何俺のこと心配してんだ? チビさんよ。へへっ』


 そんな声が聞こえてくるような気がした。そう思うと、少し心が落ち着いてきた。


「うん、ありがとイアル。そだね……護熾はそんなこと思ってないよね」

「そうよ、あなたの知っている海洞ならきっとね」


 そして二人は明日、もう一人の少女に真実を伝えるため、ゆっくり、ゆっくりと床についた。







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