二月日 乱離
アメリカ、ニューヨークシティPM11:00。
今夜は月がビルの谷間から見えていて、しかも三日月だがこの町には月光の必要はない。それほど明るいからだ。そんな中、町のある高いビルに人工の明かりで照らされた夜の底を片膝をついて覗き込んでいる人物が一人。
その人物は若い男でしっかりとした服装で端整な顔立ちには笑顔を保ったような顔をしており、金色の髪は後ろで一つに結わえていた。
「いたいた」
男の視線の先には何か黒い影が蠢いている。そしてそれがすぐに怪物だと分かり、そしてその肩に人間が抱きかかえられているのもすぐに分かった。
男はついていた膝を戻し、普通の体勢に戻ってから足をビルの縁に掛けるとそのまま―――飛び降りた。
男は凄いスピードで重力に引きずられ、風を纏いながら怪物目掛けて飛び降りると服が突然光学迷彩のように歪んだ向こうの景色を映し出すとやがて色が付き始め、目立たない、黒っぽい何か体にフィットした外骨格のようなものになり、そしてそのまま怪物の目の前で少しアスファルトの地面を壊し、白煙を作りながら着地した。
怪物は驚いて身を退き、警戒態勢に入って睨むが白煙の中から腕が伸び、拳銃のような物の銃口を怪物の眉間に当てると男はあれほどの高さから飛び降りたのに関わらず殺気も何も感じさせない涼しい笑顔を煙の中から垣間見せ、
「すいませんね。これが俺の仕事ですから」
パン!
乾いた音が無人の町中に響き、そして去ろうとしている男の後ろにはまだ十代半ばほどの女性がぐったりと、しかし気を失っているだけらしくすやすやと眠っていた。男は肩越しからその女性をちらりと見てから手を軽く振って
「It takes a rest from a good dream.(お休み、よい夢を)」
そしてそこから別の場所へ足を運ぼうとすると男は腰にしまっている何かが震えていることに気がつき、それを引き抜くと丸い物体が姿を現し、それを展開させて耳に当てると誰かからの通信らしく、男は返事をする。
「ええ、調子はいいですよ。さすが“博士”が作っただけのことはあります。」
何度か頷いた後、その後に聞いた事について笑顔を崩して驚いたような表情になるともう一度再確認してからそれは本当だと分かり、やれやれといった感じで元の笑顔の顔に戻ると首をかしげ、腰に手を当ててぼそりと呟いた。
「それはまた、大丈夫ですかね?」
フォークを持った手が、お皿に盛られているやや大きめのお肉を突き刺し、それを口元まで運んで頬張ると
「おいしい!え!?食堂よりおいしいよ海洞!」
お箸が使えないイアルは護熾達と夕食を食べており、その食事の美味しさに感動しているところだった。イアルは護熾とユキナの脇の席に座っており、護熾とユキナと一樹と絵里は互いに相席になっており、それぞれ夕食に感動しているイアルに顔を向けていた。
「でしょ〜?護熾はとっても料理上手だもん!」
「護兄の料理最高〜〜」
「はは、一樹、ご飯粒ホッペに付いてるぞ?」
そして全員、夕食を残さず食べ終わり、ユキナはお風呂へ、護熾は食べ終わった皿を洗っていると後ろからイアルがスッと隣に入り込み、『よかったら手伝うけど?』と顔を覗き込ませながら言ってきたので『じゃあ俺が渡した皿を拭いてくれねえか?あと落とすなよ?』とフキンを渡してきたのでイアルはそれを受け取り、護熾が洗い終わった皿を受け取ってそれをフキンで拭き取る。
「そういえば何で黒崎?」
「ああ、それね。コンビニで見たある漫画の主人公からとったのよ」
「…………パクリはまずいと思うけどまあいいか」
「ねえ、海洞」
「ん?何だ?」
「実は私…………着替え、持ってきてないんだ」
「――――お前にサイズが合うのは俺のしかねえな。貸すぜ?」
「ホント?フフ、助かるわ。ありがと」
「ジー…………」
楽しそうな笑顔で礼を言い終えたイアルを護熾は何か珍しそうな顔でじっと見つめ、イアルは見つめられていることに気が付くと急に顔を赤らめ、『な、何?』と少しおどけた口調になっていると護熾から一言、
「お前、意外と準備不足なんだな」
「なっ!し、失礼ね!!バカ!!」
イアルはフキンを台に置くとそのままプイッとそっぽを向くと護熾に背中を見せて別の部屋に移動してしまった。残された護熾はその背中を見ながら頬を指でポリポリと掻き、『なんだあいつ』と言った後にあとで着替えを渡さなきゃな、と思い、さっさと皿洗いを済ませようと作業を早めた。
そして護熾は一樹と絵里を寝かしつけた後、部屋に戻るために階段を上り、ドアノブに手を掛けて中に入るとベットの上に座っているパジャマ姿のユキナが、そして部屋の真ん中には護熾のパジャマを着たイアルが入ってきた護熾に顔を向けて立っているのが目に入った。
「お帰り海洞。どう?似合う?」
「……あ、ああ。私服のお前って初めてだな。そういえば」
今振り返ると護熾が見てきたイアルの服装はガーディアンの制服かドレス、そして軍服だったので護熾の私物ながらも今のイアルの姿は新鮮で、そして普通の女の子のように見える。
護熾はバタンとドアを閉め、数歩歩いた先で手を床に付けながら腰を落とし、あぐらをかいて座ると早速、目の前にいるイアルが先に口を開いた。
「あ、そういえば海洞に知らせたいことがあってね。あなた、一応中央に所属してるんだから給料の配布があるのよ。お金はこの世界の通貨に合わせて換金してるから大丈夫よ。ハイこれ」
そうイアルが紙切れを渡してきたので護熾はそれを受け取って『お、いくらかな?」と期待して覗き込むと護熾の体はピクンと固まってしまった。続いてベットから這うように移動してきたユキナもそれを見て同じように固まってしまう。
「?どうしたの二人とも?」
「イアル、これはちょっと……」
「いや………イアルこれ五桁くらい多くないか?」
「そう?私この世界の通貨分からないからそれ受け取れば?」
「いやいやいや、こんなにあったら家が買えるって!!これの千分の一でいいって!!」
紙に書いてあった護熾の給料はどうやら破格だったらしく『いつか中央に行ったら減らしてもらうか』と護熾は紙をイアルに返してから、これから夜の怪物の見張りをどうするかを二人に訊く。
「俺的には三人でローテーションで一人ずつやるのがベストだと思うが……」
「海洞、それは危険よ。あなたが行くときは私も付いていくから?ユキナは?」
「う〜ん、確かに私は一人で大丈夫だけど護熾は確かに誰かについててもらったほうがいいわね。」
「そうか?二人がそう言うならおれは構わないけど」
「じゃあ決まりね!」
ということで今日は護熾とイアルが起きて見張ることになり、ユキナはすすすと布団とベットの間に体を入り込ませるとそのまま頭を定位置に置いて寝る準備に入ると
「じゃ、お休み」
「ああ、お休み」
部屋の明かりを消し、部屋を暗くするとユキナは体を横にし、すやすやと寝始めた。
「―――へえー、確かに楽しそうな人達よね」
「だろ?ラルモと同じジャンルの人が三人もいて、その内一人がユキナのこと好きなんだよ」
見張り、と言っても怪物が出なければ暇なので護熾とイアルは壁に寄りかかりながら座り、そして今日の学校にいた護熾の友人達について話していた。
そして、イアルは千鶴も護熾の友人だと知り『あちゃ〜、大丈夫かな?』と不安がると護熾は不思議そうな視線を向けてきたので何でもないわよと軽く流してから顔を少し俯かせて縮こまり、少しだけ身震いをしたので
「どうした?」
「ん?何でもないわ、ただちょっと寒いかな?って」
「確かにそうだな。ちょっとそこで待ってろ。」
今は九月の下旬で夏が終わって秋に入ろうとしている時期でしかも今日は曇りで北風が強く吹いているので夏専用の寝間着では少々肌寒い。なので護熾は立ち上がって一旦そこから離れ、押し入れから毛布を取り出すとそれを持ってイアルの横まで戻り、そしてバッと広げるとスッポリとイアルを包み込み、そして護熾もその中に入り込む。そして寄り添いながら護熾は顔を横に向けるとイアルは顔を赤らめながら小さな声で
「あ、ありがとう」
「どうだ?暖かいか?」
「う、うん」
体中に広がる温もりが覆っていく。そして何よりも、想いを寄せる人が近くにいることがよかった。来て良かった、それだけが今のイアルの頭の中にあった。
ユキナは白い風景の町に来ていた。そう、ここは内なる理ではないユキナの夢の中。町並みは殺風景で白い石造りの家が並んでおり、人は一人もいなかった。
………ここは、どこ?
石造りの階段を一段ずつ身軽に跳びながら、上まで上がり、そして周りを見渡す。
………でも、恐くはない。
すると突然、目の前を一人の少年が走り去る。
ユキナはいないと思っていた人が出てきたので驚いて目を丸くしてその背中を見るが、
………あれは……護熾?
見たことがある背中だと思うと体はもうその少年を追いかけており、ずっとずっと追いかけていく。
『待って!護熾でしょ!?』
呼び止める声を何度も掛けるが少年は止まらず、何度も何度も曲がり角を曲がり、その度にユキナも曲がる。
ふと、少年を追いかけて町の曲がり角を曲がるとそこには町並みはなく、色とりどりの花が咲き乱れている場所に出て、同じく花に包まれた丘も見えた。
そこに少年はうずくまっていた。
ユキナは少年を見つけると花畑に足を踏み入れ、ゆっくりと近づいていく。だが、その少年に近づけば近づくほど妙な声が耳に入る。それは、誰かがすすり泣く声。そして少年の元までたどり着いたユキナはその少年が、護熾が泣いていることに気が付いた。
誰かに決して、泣いたところを見せたことがない少年が、夢の中で泣いているのだ。
………護熾……
何で泣いているのか、どうしてここで泣いているのか、ユキナは分からなかったが過酷な運命を辿るこの少年が泣くのは不思議ではないのは確かなことである。
ユキナは腰を落とし、後ろから首に手を回してギュッと抱き寄せる。広い背中が暖かみを自分にも分けてくれる。
それでも護熾はすすり泣く音を出し続ける。
………護熾……もう泣かないで…
例え夢の中であろうと、ユキナは目の前にいる少年を愛している。それが例え、夢の住人だったとしても護熾は護熾なのだから、ユキナは『一個人の眼の使い手』としてでなく『一人の少女』として今、この少年に想いを寄せている。そして、護熾は泣き止みユキナの方に顔を向ける。その顔には涙など無く、軽く微笑んでいる表情。
もう泣いてはいない。
ユキナはそう確信すると目が合ったので頬を朱に染めるが、そこへ護熾が片手をユキナの頬に添えるとゆっくりと顔を近づけていく。
―――あ……………
湿った吐息が唇に掛かり、ユキナは受け入れる覚悟をして瞼を閉じ、そして唇が重なり合うところで――目が覚めた。
もうすでに朝だった。朝日が変わらず部屋に差し込んでおり、今日の始まりを告げている。ユキナは『ふえ?』と気の抜けた声を出しながら体を起こし、唇に指を当てる。
―――………いい夢だった……でももう少しだったのに……
『お〜い、ユキナ〜!飯だぞ〜〜〜!!!』
声がしたのでキョロキョロと部屋の中を見渡すが護熾とイアルはすでにおらず自分一人だけがこの部屋に残っているのだと理解し、一階で護熾が自分を呼んでいることもすぐに理解した。
「待って待って!!今行く〜〜〜〜〜〜」
ベットから飛び降り、大きく背伸びをしてから、元気よく部屋から出て行った。
「おっはよ〜〜みんな〜〜!!!!」
朝の1−2組の教室で元気よく挨拶をしたのは何か手荷物を持っている木村。実は昨日まで一週間、休みというのを利用して家族でどこか旅行をしていたのだが休みが終わる一日前、見事に風邪をひいて学校を休んでいたのだ。
そして一週間ぶりに出会う友に木村は感動に近いものを覚え、そしてその中でユキナを見つけると早速紙袋からあんパンを取り出すとそれをユキナに渡しに行く。
ユキナは目を輝かせながらパクリと一口頬張り、嬉しそうな口調で
「うわあ〜!!おいしい!ありがと木村くん!!」
「気に入ってくれた!?旅行先で買ったものなんだぜ!!他のみんなにもあるよ!」
そう言って取り出したのが何故か『青汁』。
『イジメか!?』
そう思い、それを激しく拒んで身を退いた全員の内、『おっ、青汁か』と護熾だけ何の躊躇いもなく木村から青汁パッケージを受け取り、『お前だけは分かってる』と木村から親指を立てて褒められていた。
「あなたが木村くん?昨日転校してきた黒崎です。」
そんな木村に一人、イアルが護熾の横から出てきて自己紹介をする。突然現れた美少女に木村は戸惑うが、冷静に、冷静に対応して『あ、自分は木村です。どうもよろしく』と頭を少し下げ、俺には木ノ宮さんがいるんだ!惑わされないぜ!!と心の中で葛藤をし、思わずグッと拳を固めたので近藤から『あら、黒崎さんも守備範囲なのかしら』と密かに勘違いをされているのであった。
時は進み、三時間目。三時間目の授業は体育で種目はバレー。
護熾はカバンに入れてある体操服に着替えるためにカバンから取り出し、シャツを脱いだときだった。突然、あれほど騒いでいた教室がしんと静まりかえった。
何事かと思い、周りを見渡すと全員一致で自分を見ていることに気が付き、視線の塊を追っていくとふと、自分の右胸に眼差しを向ける。
マールシャに撃ち抜かれたあの大きな傷跡が堂々と張っている。
「か、海洞……何だその傷跡は?」
沢木がふるふると震わせながら護熾の右胸の傷に指をさす。他にも近藤、宮崎、木村も目を見開いて護熾の傷跡を見据えている。
「一週間前には少なくともそんなもんなかったよな?この一週間何があったんだ?海洞」
護熾はこれが一度自分の死因になったものだとは当然話せず、どうやって誤魔化そうと考えるが、沢木と近藤の睨みようが尋常でないのでまずは何とか全員の緊張を解こうと考え、
「え、えーとな、これは………ピッ○ロの魔貫光殺砲を受けた時にできたもんで……」
「………海洞、お前………」
護熾精一杯のギャグ。
だが沢木が顔を暗くしたので護熾は『失敗だったか!?』と今やった自分の発言に後悔したが、その瞬間―――クラス内で笑いの声が広まった。
「わははははは、まさか海洞がそんなことを言うなんてな!」
「どうせ車の事故かなんかにあって、目立つ傷跡を残しただけでしょ!?」
普段、護熾がボケない分、今回のボケが随分クラスのみんなにウケが良かったらしくしかも近藤が車の事故なんでしょと言ってくれたおかげでその後余計な詮索は来なかったので結果としては良かったので護熾はとりあえず一安心する。
しかし、その中で二人、顔を曇らせていることに千鶴は気が付いていた。
―――どうしてユキちゃんと黒崎さんはあんなに悲しい顔をしてるの?
ユキナとイアル、この二人だけは護熾の右胸の傷跡をまるで自分達の心の痛みのように見ていたことに―――
トントントントン
場所は変わりここは体育館。まだ休み時間内でしかも暇なのでイアルは用意されたバレーボールをバスケみたいに床について暇を潰していた。ユキナもイアルの真似をしていて同じく床にバレーボールをついている。
「ゆ、ユキちゃん黒崎さんバレーボールは床についちゃだめだよ」
「え?じゃあこのボールはどうすればいいのかしら?」
「知らなかったの?バレーはこういう風にこうして―――」
少し離れたところで護熾と三人の男子達が語り合っていた。
「バレーって突き指するからな〜」
護熾は男主婦ゆえに指は命。そんなどこかの医師みたいなことを言ってると突然、頭と胴に完全に油断しているところへの衝撃で護熾はぐらりとよろめき、パタリと横に倒れ、ピクピクと痙攣のような動きをしているとそばにはバレーボールが二個転がる。
「か、海洞ーーーーーーー!!!」×3
「海洞くん!!大丈夫!?」
男三人が叫び、千鶴も慌てて駆け寄る。
ほんの数秒前、千鶴と近藤の指摘を受けたユキナとイアルはまず、アンダーでボールを打ち上げ、次にトスでもう一度あげると千鶴の『何かを狙ってやるといいよ』というアドバイスに従って跳躍しアタックの構えに入り、何を目印に狙おうかというところで二人とも護熾の後ろ姿が目に入った。
「「あ」」
そこへ体が構わず動き、護熾に向かってアタックが打ち出される。そしてイアルのが頭に、ユキナのが腹に見事に命中し、今のような惨事になっていた。
放課後、ホームルームが終わったのですでに護熾達は外にいた。千鶴も近藤も今日は部活はお休みだったので珍しくイアルも加わって八人で帰り道を歩いていた。
「で、商店街に行くわけか?」
「そうよ海洞!何たって黒崎さんも来ているから歓迎しなくちゃね!」
あの後、ユキナとイアルから『ごめんね』とちゃんと理由を述べて謝ってきたのでその理由に少々不満はあったが、護熾はちゃんと許してくれて丸く治まっていた。
そして今は新しく来た転校生、黒崎ことイアルに歓迎兼この町の案内としてまずは商店街を案内することとなっていた。
今日の商店街はまずまずの賑わい。
護熾は案内のついでに夕飯の食材も買うつもりで来ていたので早速スーパーの買い物かごを手に取ると近藤から『あれが海洞の主婦バージョンです』とからかいを入れた口調でイアルに説明したので『るせえ!』と叫んで笑いに包まれていく。
その後、洋服やら護熾の買い物の付き合いでイアルはこの商店街で何が売られているかを大体把握し、そして次に行こうとしていた。
そんな時、商店街の影から楽しそうにしている八人をみつめる人影が二つ。そして商店街の建物の上からは三つ。そして商店街全体を見下ろせる位置で金髪の髪を一つに結わえた男が耳に丸い通信機器を耳に当てて八人を見下ろしながら
「見つけました。報告とも一致してますけど、どうしますか?―――ええ分かりました。できるだけ傷つけないようにですね。」
そう返事をしてパタンと閉じ、影にいる二つの影にこくんと頷き、そしてそこから宙を蹴って八人を追いかけ始めた。
「じゃ、また明日ね〜〜黒崎さん千鶴ユキちゃん、そしてむさい男達よ!!」
「海洞!!カームバック!!!」
「海洞!!お前の家の晩ご飯は何!?」
「沢木お前使い方間違ってる。それと宮崎、うちは肉団子だ」
「木ノ宮さん!また明日!!」
「うん、また明日会おうね木村君」
夕方、夕陽が地平線に沈もうとしているとき、八人はそれぞれ変える方向が大きく二つに分けて違うので近藤の方には沢木と木村と宮崎が、護熾の方にはこのうち居候をしている二人がいるがユキナとイアルと千鶴でそれぞれ二つに分かれ、そして別れを言って解散した。
そして川沿い近くを四人で歩いているときだった。
「海洞くん!」
前を歩いていた護熾に千鶴から呼び止める声がしたので足を止め、振り返る。そこには何か悲しそうな面持ちで立っている千鶴がふるふると肩を震わせて護熾に顔を向けていた。少し様子がおかしい千鶴にユキナは『どうしたの斉藤さん』と声を掛けるが、千鶴はユキナの言葉を意に介さずに
「その胸の傷跡……何?……みんなは気にしなかったけどやっぱりおかしいよ」
昨日の思い詰めたような護熾の表情、そして今日のユキナとイアルが見せた悲しそうな表情、何かがおかしかった。いつもの日常なのに何かが変だった。
それは毎日学校で護熾を見てきた千鶴だったからこそ分かったものなのかもしれないが、千鶴から見た護熾はどこか慌てていて―――ピリピリしている感じだった。
「海洞くん!教えて!何でそんな大怪我をしてるの!?それにユキちゃんも黒崎さんも様子が変だよ。何を隠しているの?」
「斉藤さん……」
「斉藤……それは………言えねえ」
ユキナもイアルも、そして護熾も千鶴が何かしらの違和感を感じ取っているというのはもう承知してた。しかしここで言うわけにはいけない。何故なら、というか当然だが真実を話したところでどうにもならず、むしろ巻き込みたくないのが本意。しかし千鶴も今回は強気で退かず、真実を聞き出そうと必死である。もし、自分が海洞くんのために何か相談できたら、何か力になれるなら。
真実に近づいていく少女に護熾は口を開いて何か話そうとしたときだった。
「ハイ。ちょっと失礼しますよ」
気配も何もなかった。
いきなり後ろから身元がばれないように仮面をつけた二人が護熾の腕を掴んで取り押さえ、地面にねじ伏せる。
「なっ―――――!」
「か、海洞くん!!!!!!!」
「海洞!!!退きなさいそこの二人!!!」
突然現れて護熾を取り押さえた二人に向かって千鶴、そしてイアルが走り出すが千鶴に仮面を付けた人がもう一人、後ろから首に手を回して口を押さえ、もう片方の腕で両腕を封じ、動けないようにして拘束し『斉藤さん!!』とイアルが千鶴を助けようと踵を返して跳び蹴りを入れようとすると別の場所から同じく仮面を付けた二人が出てきて一人が羽交い締めにし、一人が手で口を押さえる。
「――――!!」
千鶴は藻掻いて拘束から抜け出そうとするがその力は思った以上に強く、むしろ暴れているこちらの方が逆に体が痛くなるが、取り押さえられている護熾の元へ行こうと必死の抵抗をするが、ピクリとも動かない。
そんなとき、ユキナは額に汗を掻いて一歩も動こうとしなかった。何故なら
「………………」
「賢いお嬢ちゃんね。動かないのが正解よ」
女の人の声とユキナの喉元に突きつけられているコンバットナイフのような物。ユキナは後ろから肩を掴まれていてしかも仮面を付けた相手がまるで一番用心するべき人物を分かっているかのような行動にただただじっとしていることしかできなかった。
「さて、あなたが海洞護熾さんですね。」
一人がやさしみを帯びた声でねじ伏せている護熾に向かって質問をする。
「ああ、だから何だ!!目的は何だ!?みんなを離しやがれ!!!」
護熾は腕を封じている二人をはね除けようと力を込めるがまったく動かない。まるで人間ではない化け物に押さえつけられているような感覚のようでこれは開眼状態でなければおそらく二人を体から剥がすのは無理。しかし今は千鶴が見ている。おそらくそれを狙ってこの連中は襲ってきたのだろう、護熾はそう考え、肩越しに二人を睨む。
男はそのまま続ける。
「目的は単刀直入に言いますと、あなたに一緒に来て欲しいのが目的ですね」
「なっ、俺に!?」
「そうです。しかしあなたに拒否権はない。この状況を見れば分かると思いますが」
護熾は拘束されている三人の女子を見るとイアルを羽交い締めにしている人がグッと力を入れ、イアルは苦しそうに『うっ』と呻き、千鶴を抑えている人も腰からナイフを取り出そうとしており、ユキナに至っては少しだけ喉元に向けている刃先の距離を近づける。
完全に弱みをつけ込んだ戦略でこちらが何かしら抵抗すれば三人は無事では済まないだろう。護熾は観念し、顔を地面につけるとその体勢のまま
「分かった、一緒に行ってやるから三人に手を出さないでくれ……」
「………それでは――――眠ってもらいましょう」
男と思われる人物はそう告げると腰から注射器のようなものを取り出し、いきなり護熾の首筋に打ち込むと何か液体状の薬が注入される。すると護熾は呻き声も上げずにそのまま意識を失い、ぐったりとひれ伏して倒れてしまった。
「護熾!!!」
倒れた護熾にユキナは叫ぶが、喉元のナイフが駆け寄ろうとする体を牽制してくる。他の二人も目で気を失った護熾に呼びかけるが、護熾はぐったりとしたまま、動かない。
護熾を抑えていた二人の内一人が力が抜けた護熾を担ぎ上げ、一人が何か札みたいのを取り出すと三人を拘束している仮面の人達に向かって
「任務完了です。離してあげて下さい」
そう告げるとイアルから二人が離れ、千鶴からも離れ、ユキナの突きつけていたナイフも退いて腰のホルスターに仕舞い込まれる。そして拘束から解かれた千鶴は力を抜かれたかのようにガクンと両膝をついて倒れ込み、イアルはキッと仮面の集団を睨みポッケから異世界の守護者専用の“武具”を取り出そうとするがすぐに止めた。
ユキナはぐったりと肩に担がれている護熾を助け出そうとするが、今自分たちが動けば護熾がどうなるかは分からないので動けずにいた。そして男は空間に札を貼り、それが二つに分かれて『繋世門』を作り出すと
「すみませんね。彼を少し預からせていただきます。では」
そう言って門の中を潜っていき、他の連中もそれに続いて入っていき、全員が入り終えた時にユキナは走り出した。もしかしたら門がなくなる前に体を割り込ませるかもしれない。しかしもし中途半端なところで門が閉じたら命に関わる。
それでもユキナは走り、飛び込もうとするが――――門は完全に閉じ、そこから無くなってしまった。
ユキナは空を掠め、転び、地面の上を滑って土まみれになる。
「ゆ、ユキちゃん!!」
「ユキナ!」
派手に転んだユキナに千鶴とイアルが駆け寄り、そして抱き起こしながら仰向けにするとその目には涙が浮かんでおり、腕で顔を隠しながら
「守れなかった……護熾を………また……」
自分の力の無さを憎み、そしてまた自分達の許から離れてしまった少年にユキナは悲しみを染めるだけだった。理由は分からないが、結局、第二解放の力を手に入れても尚、またあの少年に自分達は救われたのだ。
それを思うと、どうしてこんなに自分はダメなのか、それだけが浮かんできて、それが涙に変わって頬を流れ落ちる。
千鶴とイアルはただ、夕陽の中ですすり泣く少女を見守ることしかできなかった。
―――少年が、また日常から姿を消した―――
突然ですが今週の日曜と土曜が急用でもしかしたら更新できないかも知れませんがそこは何とか承知して下さい。
さてと、今回新たに始まった物語は『第一章 死纏』及び【バルムディア編】です!!お楽しみに!