3Day~ 夏の誓い、帰姿
刀を携え、しっかり握り、トーマに斬り掛かった――ハズ。
ハズ、なのに今自分の腕は何か固いものに遮られてそれ以上前に進むことを許されなかった。トーマをもう少しで斬れる位置にいるが、トーマは驚いた表情のまま固まっていた。
では、どうなっているのか?その答えは今自分の攻撃を逆手で小刀を横に持ち、ほぼ鍔部分のとこで防いでいるシバがそれだった。
後ろ腰に斜めに差していた一瞬で抜き取り、素早い立ち回りから一気にユキナとトーマの間に割り込み、そして金属音を立たせ、暴走したユキナを止めていた。
「な、な、な、何てことをするんですかユキナ!?」
すぐ側でその様子を見ていた教官はヒヤヒヤとした口調でバタバタとユキナの横に体を近づけ、怒鳴るように言う。ユキナは自分の攻撃を止めたシバをボーッと見つめ、何が起こったのか理解できていないようで教官がトーマとシバに何度も何度も頭を下げてることなんか気にしなかった。シバは茫然と突っ立っているユキナを見ながら後ろ腰に刀を斜めに差し、近づいていくとオレンジ頭にポンと手を乗せた。そしてゆっくりと優しくなで始めた。
「すまないね。トーマが恐い目に遭わせちゃったね。」
「シバ、何も俺が悪いんじゃねえぞ」
トーマはふうと胸を撫で下ろしてから自分を斬ろうとした少女を見る。幼いながらも既に完成に近づこうとしているその技量には一般の兵では勝てないレベル。しかしまだ幼いが故に気持ちなどはやや不安定である。そう視察し、トーマはゴソゴソとポッケから一球、ビニールに包まれた飴玉を取り出すとそれをユキナに差し出した。
「まあ、何はともあれ俺のせいでこんな行動になっちまったなら責任はあるわな。これで勘弁してくれないか? ユキナちゃん」
二人は危険な人達じゃない、優しい人達だ。
ユキナは飴玉を受け取りながら自分がこんな行動をしたのにかかわらず優しく接してくれた二人に何だか申し訳ない気持ちになり、開眼を解いて刀も仕舞い込むと
「ご、ごめんなさい! びっくりしちゃってついっ…………」
ペコリと頭を下げて二人に自分の無知な行動の謝罪を述べた。
ユキナの行動はいくら勘違いで行ったといえど武力行使に当たるが、シバは『そうか』と短く言い、トーマは教官に『ということで口外無用だから』とユキナがしたことについて目をつむってやってくれと釘を刺してくれた。
「そしてそこの二人もこれ以上警戒は無用だよ」
シバがちらっとユキナの向こうを見るとこちらに手を向けているアメジストのような髪と眼をした少女と山吹色のように鮮やかな黄色を纏っている少年に向かって言う。
二人は少しの間警戒していたが、すぐに大丈夫だと分かると開眼状態を解き、元の髪の色に戻した。そんな二人を見て、シバは微笑み、
「さて、教官さん」
教官の方に振り向くと教官はこくっと頷き、シバとトーマは四人の小さな戦士達を見下ろすと
「じゃあ様子を見に来ただけだから俺たちはこれにて失礼するよ。修行、頑張ってくれよ」
四人に別れを言い、そして背を向けるとエレベーターの方に向かって歩き出して行き、そしてエレベーターに乗り込んだとこでドアが閉まる直前、にこっと笑って三階から姿を消していった。ユキナは行ってしまった二人を見送り終えると教官の方に顔を向け、
「教官さん、あの人達はどこへ行っちゃったの?」
「ん?あの二人はそれぞれ仕事の合間で来てくれたのであなたたちに会うのを凄く楽しみにしてたんですよ。でもユキナ、二度とあんなことをしないように“見た目”で判断はしてはなりませんよ」
「うっ、はーい。今度から気をつけます」
「ハイ、それでは今日は『気を操作して足場を作る』訓練をお教えします」
「お帰り~~~どうだった今日は?」
「ん。なんかね、この世界でも空を歩ける方法を教えてもらった」
「ええ~~お空を!? いいな~~」
ユキナが自分の教室に戻ると既に休み時間に入っており、子供達はそれぞれ友達と喋ったりし、遊びに行ったりしてそれぞれ十分という短い休みの中過ごしている。
ユキナはそんな中、薄茶色のウエーブのかかったふんわりとした長い髪をして、身長は自分とほとんど変わりがなく、どこかのお姫様みたいな容姿の女の子と今日の出来事を話していた。
二人の眼の使い手、の話をするとその女の子は『会ったの!?それはすごいことよユキナ!』とやや興奮気味で言い、ユキナは『う~ん、でも結局どんな色をしているのか分からなかったわ』と言ってとりあえず二人の眼の使い手の話を終える。
「ねえねえ、そういえば………ガシュナくんはどうだった?」
「相変わらずね気になるのね」
「うん」
「ん~とね。何かあっさりと高ーく高く行っちゃってね、何だか見下された感じだった」
「へえ~、ユキナはどうだった?」
「何とか浮くことまではできたけど結構集中力使うのよ! ああ~~」
気の抜けた声でユキナはう~んとイスに寄りかかって背伸びをするとふと教官の言葉が唐突に頭に浮かぶ。
『見た目で判断してはなりませんよ』
「でもガシュナって顔恐いのよね〜」
「え? 何の話ユキナ?」
「ううん、こっちの話」
その言葉の意味が分かるのはもう少し後、ユキナが護熾に会うのはもうちょっと後。
このお話は今はそっとしておくことにする。
夏、8月15日お盆。
家の中でカレンダーをジッと見つめていた護熾にユキナが気になってその背中を見ていると、護熾は顔を向けることなくそのまま言う。
「なあユキナ、ちょっといいか?」
「ん? 何を?」
「ちょっと墓参り」
そう言ってすぐ近くにあった何かを入れたリュックサックを持つとそのまま玄関へと足を運んでいく。
石造りの墓が綺麗に並び、近くにあるやや大きめの木には蝉がとまっているらしくやけに騒がしく鳴いている。そんな中、護熾は一つのお墓の前で腰を落とし、手を合わせて俯いていた。そのお墓には『海洞家之墓』と黒い文字が刻まれている。
紛れもなくこれは護熾の母親の墓。
「護熾、これって……」
「ああ、母ちゃんの墓だ。親父と一樹と絵里には来させないようにしてるけどな」
祈り終えた護熾は火のついた線香を数本、墓前に添えられている線香立てに刺して立ち上がり、ユキナと向き合う。
「八年前、行方不明になってからずっと見つからねえから近所からも親戚からも“死んだ”って言うから親父はそれを認めて葬式もやって墓も作ったんだ。………中身がないけどな」
「………そうなの」
「でもな、母ちゃんはもしかしたら怪物に浚われたかもしれねえから」
護熾は肩越しに墓を見て、そして前へ向き直ってユキナを見つめると、
「だったら考えたくねえけどもし母ちゃんが怪物になっていたらその魂を解き放ちたい。だから俺は強くなりたい。みんなを護ってそれで、その怪物を作ってる奴を倒すんだ!」
「護熾………」
「それでなきゃ! 母ちゃんに会わせる顔がねえからな!」
その少年の決意はどこまでも強く、強い眼差しと共にユキナへ伝える。
それがあの夏の日に自分を信じて伝えてくれた少年の姿。
その人はもういない。
あの少年は、胸の中で出会った夏の日を走り続けている。
「―――そう、海洞って一人で家事をやっていたのね。」
「うん……一人で頑張って、それですごく料理が上手で………変な顔って言うと子供みたいに怒って……でもとても優しくて……」
どうやって護熾に会い、その後どうやって共に過ごし、そして少しずつ心を通わせる中になっていったかを話し終えると、再び何も表すことができない悲しみが心を染めていき、ユキナはまた顔を膝に埋めた。
イアルはふうと溜息をついてから、また悲しくなったユキナを見つめ、そして――
「ユキナ、私は海洞が好きだったのよ」
「え………」
イアルの突然の告白にユキナは驚愕し、顔を上げて向けるとイアルはフッと微笑んでから前を向き、額に手を当てながら言う。
「ホント、好きで好きで一緒にいられたらな、って思ってたのよ。でも、この気持ちを伝える機会がなくなっちゃって…………ホント、バカみたい……」
自分を打ち負かしたときから好きだったとイアルは自嘲気味にユキナに言う。同じ悲しみを持った者同士での告白にユキナはふともう一人、護熾を想う少女を思い出す。それを考えると、本当に護熾という存在がどれほど他の人に好かれているかがよく分かり、同時に自分のせいでその大切な人を奪ってしまったという自責の念が浮かぶ。
(……どうして)
「イアル、ゴメンね……私が……護熾を…」
「ううん、海洞はあなたを護って死んだんでしょ? ユキナが自分を責めることはないよ」
イアルの優しい声がよりユキナの心に刺さる。
今、自分が海洞家に戻ったとしてもあるのは使い手のいない包丁、まな板。そして時々主導権を争った持ち主のいないベット。
「……ごおき……」
「ユキナ、悲しいのはみんな一緒よ」
「あ、いたいた、あそこにいたよ」
「お、ホントだ。」
「ほら、行ってやりなよ。たぶんすごくびっくりするだろうけど」
「まあびっくりしなかったらそれはそれですげぇけどな」
悲しみに明け暮れている二人の背中を眺める影が七つ。
そのうち一人が建物の影から出て行き、二人に向かって歩き始める。
その姿はどこかで見たような風貌。
「でも、でも……お願い……帰ってきてよ……」
「ユキナ……」
「帰ってきてよ! お願い! 何度でもチビって呼んでいいから護熾帰ってきてよ!!」
一人、悲痛な少女の思いが泣き叫びながら口から正直に吐き出される。張りつめていた気持ち、もう一度会いたいという気持ち。誰もが願う思いにユキナは少しずつ、あることに気がついていく。
二人に近づいていった影は、ユキナの言葉を聞くとにやっと笑いそして大きな声で聞き覚えのある声で叫ぶ。
「じゃあ何度でも言ってやろうか!? ドチビがァ!!」
聞き覚えのある声。
ユキナに対する悪口。二人は驚いて振り返ると―――顔はいつも眉間にシワを溜めたぶっきらぼうなしかめっ面。黒髪でややツンツン頭。病院服を着て、仁王立ちで嬉しそうに歯を見せた笑い。
「え………そんな……」
「あなた…………」
二人は言葉を失い、目を大きく開いてその人物を見る。
あの時、自分に向かって弱々しい声で会えて良かったと言った少年。いつも自分の想いの拠り所にしていた少年。
全てを救い、命を投げ出したハズの少年が二人の前に立っている。
「あ……ああ……あぁ」
二人の目から自然と涙が出てくる。そして立ち上がり、もう一度確認するように上から下まで見て、顔で止める。
料理上手で、家事全般をこなし、恐い顔と言われると怒ったり、落ち込んだり、そして女の子の裸を見ると見た目に反してかなり初心で、そして人を護るときには自らの命を投げ出すほどの強い心を持った少年、
―――紛れもなく護熾が二人の前にいた。
「ただいま、イアル、ユキナ」
時はほんの数分前。
霊安室の前で悲しみで顔を隠したり、押し黙ったりしている眼の使い手、ガーディアン達がいるなか、向こうから花束を抱えたミルナが到着する。
それにガシュナが声を掛ける。
「ミルナ、それは?」
「これはね、護熾さんにお供えしようと思って……」
「そうか……一人で大丈夫か?」
「うん、もう大丈夫だよ……」
ミルナはそう言い、みんなに見送られる中、一人霊安室に入っていく。
中に入ると、既に棺桶の蓋はされており、中は見えないようになっていた。
ミルナはそこに近づいて二歩手前で止まると、目を閉じて黙想し、
「護熾さん……お花……持ってきましたよ」
沸き上がる感情を押し殺し、ミルナはそっと花束を棺桶の上に置く。
そして振り返り、ドアに踵を返そうとした時だった。
ガサッ! ドサッ!
葉が床に擦れる音。
そして響き渡る木の空洞音。
ミルナは目を見開き、ゆっくり振り返ると、
「何だ? これ棺桶かよ!!?」
そこには棺桶の蓋を外し、上体を起こしてボリボリと手で頭を掻きながら自分が入っている箱に驚いている護熾の姿が
「え、あれ…………きゃあああああああああああああああああああ!!」
「おおっ!! いたのかミルナ!?」
部屋内に響き渡るあらん限りに叫ぶミルナの声。
当然、それを部屋の外で聞きつけたガシュナは誰よりも早くドアを蹴破って『どうした!!?ミルナ!!』と愛する人の元へ駆け寄ると即座に体が氷のように固まってしまった。
そして後から入ってきたラルモ、シバ、アルティ、ギバリも同じく硬直する。
そんな中、事の騒動の元凶は突然固まってしまった人達を見ながら後ろ頭に汗を掻き
「お、おお。と、とりあえずただいま……かな?」
とりあえず何か喋って落ち着かせようと手を挙げてみた。