2Day~繋がりのある二人
ユキナのあんパン窃盗、及び逃走劇から三十分後。
ユキナは食堂エリアのカウンターの前で縄でぐるぐる巻きにされ、もがきながら床に横たわっていた。すぐそばには息切れを激しくしているイアルが手を膝に付き、髪を全て前に垂らしている状態でカウンターで両肘をついて頬に手を当てている厨房のおばちゃんに報告をしていた。
「ハァ……ここにいる…ハァ…ユキナは今日……食堂エリアの…ハァ…厨房に侵入し、あんパンを六つ盗みだし……ハァ…その後逃走を開始、そして見事、捕まえました。」
「六つじゃない! 七つよ!!」
「どっちにしても盗んだに変わりないでしょ!?」
「はいはい、イアルちゃん、あとのことはこっちに任せてあなたは先に教室に戻ってないさい」
「はい、ではお言葉に甘えて」
歳が10歳くらいとは思えない言葉遣いで丁寧に挨拶をしたイアルは厨房から出て行き、教室へと向かっていった。おばちゃんはイアルを見送った後、縄の拘束から逃れようと顔が真っ赤になるまでいろいろ試したユキナを次に見て、優しく微笑みながらしゃがみ込んだ。ユキナはしゃがんでこちらを見てきたことに気が付くとやや弱々しい声で頼んだ。
「ふえ~ん、お願いです~~縄ほどいて~~」
「はいはい、ちょっと待っててね」
おばちゃんはそう言うとするするっと慣れた手つきでユキナを縛っていた縄の呪縛を解くと、ユキナは よっこらしょ と立っておばちゃんと向き合った。
やや恥ずかしそうに、そして顔を少し横に逸らしながら頬を膨らませると悪態をついた。
「ム~~~~、イアルめ~~もう少しであんパン食べ放題だったのに~」
「フフッ、でも悪いことをしたのはあなたなんだから恨んじゃダメよ」
「ん~~~その通りですね。ゴメンなさい」
「ハイ、今回はあなたの歳が幼かったから許してあげるけどもうしてはいけませんよ。でも、ホントっ、あなたってアスタによく似てるわ〜〜」
「―――え!? 私がお父さんに!?」
意外な人物の名が浮かんだのでユキナは思わず叫ぶように言った。
しかもユキナは幼いうちに父を亡くしたこともあり、ユリアに訊いてもほとんど話してくれないのでおばちゃんがいったことについて大いに興味を持ち、おねだりするように話を続けてもらった。
「え~とね、14年前だったかしら? 確か今とまったく同じ手口で女子寮に潜り込んだのよね。」
「……………ありゃ」
「でね、あなたのお母さんのユリアに会いに行ってたのよ。でもね、とうとう寮の管理長に見つかって大逃走劇をしたんだけど、捕まっちゃったのよ」
「……私のお父さん、そんな人だったの?」
「うん、とても元気で明るくて、いつも人に囲まれているような人だったわ」
ふ~んと実の父親の一面を訊くことができたユキナは納得するとちょうどチャイムが鳴った。ユキナはこの後イアルと一緒のクラスではなく、先日先生から言われた『ある所』へ向かわなければならなかった。
「あ !いけない! じゃ、じゃあおばちゃんお話ありがとね!」
急いで教室へ向かおうとしたユキナにおばちゃんから声を掛けられる。
怪訝そうな顔をしてユキナが振り向くとおばちゃんから何か投げ渡されたので手でキャッチし、見ると袋に包まれた食堂のあんパンだった。
ユキナは目をパチクリし、驚いた表情でおばちゃんに顔を向けるとおばちゃんはソッと、
「ほら、持って行きなさい。欲しかったんでしょ?」
笑いながらそう言った。ユキナは何度もペコッとお辞儀をした後、全力疾走で教室へと向かった。遠くなっていく小さな背中を見ながらおばちゃんは懐かしそうな視線を向けながら呟いた。
「あの子も相当元気な子ね。将来が楽しみだわ」
F・Gの3F。戦闘訓練場。
ここではその名の通り武器の扱い、肉体の鍛錬、試合形式で勝負するなどといったいわゆる体育館のような場所で、テニスコートのようにフェンスで区切られている場所である。
エレベーターから出てきたユキナは中で食べ終えたあんパンの袋をポッケにしまうと一番奥のフェンスの近くに子供が3人、誰かを待っているようにしていたので急いでそこへ走り出す。
子供3人はユキナと一緒の歳のように見え、一人は動きやすそうな服装をした活発的な少年で隣にいる少女に必死に話してもらおうと声を掛けているが、まったく相手にされて折らず、その無視している少女は眠そうに半分ほど開けた目で持参した本を読み、耳栓でもしているかのように沈黙という態度を崩さなかった。
そしてもう一人は――明らかに他の二人とは雰囲気も威圧感も違う、目つきの悪い少年がおり、苛ついているらしく、胸の前で腕を組み、フェンスに寄りかかって足を軽くトントンと床にこずいていた。
「ごめええええん!! みんな~~~~」
待たせてしまったことに責任を感じたユキナは叫びながら走って3人に近づく。
「遅いよ〜〜〜もう少しで先生が来るトコだよ〜?」
「ゴメン!ラルモ君!!」
ラルモと呼ばれた少年は『ま、来たからいっか!』と楽しそうな笑顔で簡単にユキナの遅刻を許してくれた。次に呼んでいた本をパタンと閉じ、立ち上がった少女はユキナと向き合うようにすると無表情のまま叱るように言った。
「ユキナちゃん、いくらあんパンが好きだからってあんなことはしちゃダメよ。それにイアルちゃんにも追いかけられてたでしょ?」
「ふえ? 何でそんな事知ってるの!? っていうかこんなに喋ったアルティちゃんも珍し~~」
「私だって喋るときは喋るわ…………とりあえず次は遅刻しないでね」
「うん! 気をつけるよ!!」
アルティと呼ばれた少女はそのまま座り、また本を読み始めた。
ユキナは次に―――――ユキナが遅刻したことも自分達を呼び出した人も来ないことに苛ついている少年に爆発物でも扱うように恐る恐る声を掛けた。声を掛けた途端、常人なら身も凍り付くほどの凄い睨み目でユキナを見ると口を開いた。
「遅い!! お前、呑気にとろとろ時間を食わないでさっさと来たらどうだ?」
「うっ…………相変わらずガシュナ君は厳しいね」
「お前になんか名前で呼ばれる筋合いはない!」
ガシュナと呼ばれた少年はユキナに叱咤激励を浴びせた後フンと鼻を鳴らし、そっぽを向いてしまった。ユキナはガシュナに怒られ、『ふえ~ん、ガシュナ君に怒られた~』と泣きながら座っているアルティに後ろから抱きついた。
アルティは慰めのつもりなのか、片手で本を持ちながらもう片方の手でユキナの頭を優しく撫でた。
「どうぞ、こちらです」
ユキナが来た方向から声が聞こえた。
そちらに顔を向けるとF・Gの教官が偉い人でも相手をしてるかのように丁寧に後ろにいる二人に言いながら、先導し、こちらに向かって歩き始めた。
一人は髭を少し生やし、髪は黒でややボサボサ。真っ黒つなぎの軍服のような制服を身につけ、足にはブーツを履き、胸には弾薬とかを入れるポケットがずらり、後ろ腰にはホルスターにしまい込まれた小刀が差してある。
もう一人は白い髪で前髪がやや顔を隠しており、白衣を纏い、ポッケに軽く手を突っ込み、左目はビー玉をはめ込んだような機械的な義眼をはめ込んでおり、口に白い棒を銜えている。
待ち合わせ場所にいたユキナとラルモは少し怯えたような表情で先生の後についてこちらに向かってくる二人を見、アルティは本を閉じてから立ち、無表情で見返す。
ガシュナはやっと来たかと言った顔でフェンスから離れ、3人と横に並ぶように位置に着いた。
「ん? あの女の子……ユリアさんにそっくりだなトーマ」
「あ、ホントだ。じゃあ、あれがあいつの娘か――」
顔を合わさず前を向いたまま会話をする二人は四人の子供の数メートル手前で歩みを止めた。二人を案内した教官は見合えるようにフェンスに移動して、連れてきた二人を子供達と対峙させた。
ユキナは急に来た知らない二人に怯え、アルティの背中に隠れるようにするとギュッと袖を握った。ラルモは睨んだ表情でその場に佇む。
ガシュナとアルティは冷静にじっと見据え、睨む。
四人の警戒的な出迎えに、戦闘服の男にトーマと呼ばれた男は後ろ頭に手を当てると
「ああ~~何か怖がられちゃったな~~まあこんな顔をしてるから無理ないな」
のんびりとした口調でそう言い、続いて戦闘服の男がトーマに向かって肩を叩きながら喋る。
「まあ、三人は無理ないかもな。ってかガシュナ、この子達に俺たちのこと何にも話してないのか?」
戦闘服の男に訊かれたガシュナは目線を逸らし、ぶっきらぼうにふんぞり返った。
二人を連れてきた教官は『このお二方は恐い人じゃありませんよ』と前置きした後、二人の紹介を始めた。丁寧に手で白衣の男に向けながら
「えー、君たちから見て、左にいる白衣を着た人は結界というすばらしい発明をなされたトーマ博士と言います。博士は今は戦いから身を引いてますが、立派な眼の使い手です」
「眼の使い手?」
「そうです。君たちと同じ、眼の使い手です」
アルティの影からひょこっと顔を出したユキナは眼の使い手だと呼ばれた白衣の、トーマを下から上へ順に眺めた。
革靴に黒い長ズボン、清潔な白衣。
全部を見終わる前に、トーマは興味津々の顔で自分を眺めているユキナに近づく。ユキナはまだ見知らぬトーマが近づいてきたことに怯え、また顔を引っ込めてしまったので、トーマはアルティのすぐ側に立つと腰を下ろし、目線を低くして隠れているユキナを覗き込むようにした。
「おいトーマ。その子怖がってるじゃないか」
「ああ、でもこの子本当にそっくりだな。ちゃんと――」
「おじさん、恐い人?」
「………………俺まだ二十八だけどな~、まあ、恐い人じゃないと少なくとも俺は思っているけどね」
おじさんと言われて若干のショックを受けたトーマだが、そこはにこっと微笑みを返す。
だがそれが間違いだった。
本人からは鏡でも見ないと分からないかも知れないがその笑顔は義眼の所為もあるかも知れないが結構恐いもので、どこかのマッドサイエンティストのように見えた。
おまけに義眼にレンズでも調節する装置でも内蔵してるのか、運悪くそれがギョロッと動き、ユキナから見れば恐いもの以外の何でもなかった。
蛇に睨まれたカエルの如くユキナはカチカチになり、口からか細い声を呟いた。
「あ、あ、あ、――」
「あ? あ、そう言えば俺飴持ってるんだけど一ついるか―――?」
飴→睡眠薬入り→拉致→研究室→白衣を着たすごく怪しい人達→○▲□※→新薬か何かの装置の実験台!!
恐怖と緊張が頂点に達したユキナは飴と聞いただけですごい妄想を一瞬で膨らませ、目の前にいるトーマを『滅するべき存在』と断定した。
「イヤアアアアアアアアァァァァァァァァ!! 実験台にされる~~~!!」
3Fの窓全てが割れるんじゃないかというユキナの悲鳴はトーマを見事にひっくり返させ、他の五人も思わず手で固く耳を塞いだ。音波兵器と化したユキナの声にトーマと戦闘服の男は驚愕しながらも次に起こった現象にも目を見開く。
天井に向かって叫んでいるユキナの黒髪が一気に鮮やかなオレンジ色へと変え、同時に瞳の色も同じ色になる。そして体から勢いよくオレンジのオーラが風のように噴き出す。
雰囲気が一瞬にして変わったユキナにポカンとした表情のまま見据える二人にはすぐにそれが【開眼】だと分かった。トーマは崩した姿勢を戻し、立ち上がると、叫びのを止め、オレンジ色の瞳で自分を睨んでいるユキナを見下ろした。
「――ははっ、こりゃたまげた。本当にあいつの子だな」
やや戯けた笑い方で銜えている白い棒を銜え直し、研究者としての探求心からか、それともかつての友人の子供なのだからか、とにかくトーマは目の前で起きていることに心を奪われていた。
「斬る!! 実験台なんかにならない!!」
完全に勘違い(ほぼ暴走状態)をしたユキナは右手を胸の前で横に薙ぎ、光の軌跡を生むと同時に鞘に包まれていない銀色の刀身を纏った日本刀、斬火を出現させ、柄をしっかりと握って左から右斜めに振り下ろし、刃を下に向けた。
開眼に続き、武具の出現まで披露してくれたユキナに戦闘服の男とトーマはただ驚くしかなかった。
「刀――!! まさか、そんな――!!」
「おいおい、どこまであいつに似る気だよ!?」
驚きの連続で二人には油断が生まれていた。
そしてその隙をついて―――ユキナはトーマに勇敢(?)に飛び掛かっていった。




