1Day~ちょっとだけ昔の話
ユキナは中央の庭で膝を抱えて座っていた。
顔は埋めている。
葬儀は明日行うということなので、護熾の遺言を果たすために一度向こうの世界に戻らなければいけないのだが、行く気がまったくしなかった。
そよ風が時折吹き、慰めるように髪を撫でるが微動だにしない。
そんなユキナに誰かが近づいてきた。
すぐ隣まで来たのだがユキナは顔を上げず、ただうずくまっているだけだった。
「ちょっと隣、失礼するね」
声でイアルだと分かった。
イアルは軍服を脱いでおり、元のガーディアンの制服に戻っていた。
隣に座ると顔を上げずに黙っているユキナをしばらく見た後、明後日の方向を見つめながら尋ねる。
「ねえ、今こんなことを訊くのもあれだけど……ユキナは海洞のこと、どう思ってたの?」
護熾のことを訊かれ、ユキナは顔を少し上げてイアルに向けた。
目が少しだけ潤んでいたが、心はだいぶ落ち着いているように見えた。しかしショックがあまりにも大きいので顔を向けた後もしばらく黙っていたが、ユキナは顔を前に戻し、質問に答えた。
「分からない………でも、家族みたいだった」
「そう、じゃあ……どうやって海洞に会ったの?―――話したくなければ、いいけど」
護熾とユキナがどうやって会ったかを知らないイアルはいつもと違い、穏やかな口調で訊いてきた。
ユキナは少しの間悩んだが―――やがて口を少し開き、話し始めた。
――――これは、護熾が知らない私の物語―――私の本当の姿―――
そしてこれは、護熾と一緒にいた、あの夏の日の話。
今から過去を見る人達へ
これはユキナの過去である。
そしてユキナが家族という温もりを忘れ、孤独に生き、護熾に出会うまでの話である。
これは二人がまだ通じ合っていた頃の話でもある。
夏休み、異世界へ行って帰ってきた護熾はあることを思いだし、ユキナを連れてある場所へ行く話でもある。
そしてこれは、ユキナが“殺戮の天使”を演じていた頃の話でもある……
今から五年前のこと。
町ワイトに地平線から朝日が昇ってきた。
町の家やらビルやらに、東から西へ、一瞬にして光が走った。何気ない日常が始まろうとしている。
ある庭に色とりどりのお花がいっぱい咲いている一軒家の1階で、パジャマ姿で背が低く、綺麗な女性がベットからむっくりと起きあがった。眠い目を擦った後、次に起こさなきゃいけない人のとこへ行くためにベットから離れた。
やがて、家の階段を上る足音がした。
その足音は“ユキナ”と書かれた掛札がぶら下がっているドアの前で止まるとノブに手を掛け、入っていった。
「ユキナ~~朝ですよ~~! 起きなさ~い」
ユリアは窓際に置かれているベットに近づき、布団にくるまっているある人物を起こそうと布団を勢いよく剥ぎ取った。
しかしそこにあったのはもう一枚の布団を丸めた物だった。
ユリアは首をかしげて丸まった布団を見つめた。何度も見るが布団があるだけ。
いないのだ。
「…………あら?」
同じ頃早朝、
F・G、および校内ではまだ明かりが灯っておらず薄暗い空間が広がっていた。
不気味な静けさの中、食堂エリアのほうでかすかに小さな音がした。
厨房に入る扉のすぐ上にあるダクトの鉄格子が取り外されている。鉄格子は扉の脇に置かれている。
何者かが扉を何度も開けようとした形跡があり、おそらく扉が開かないのでダクトから行くことに決めたらしい。
厨房内のキッチンの壁にまで続いているダクトの中に何かが這っているような、布と鉄が擦れる音が無人の厨房に響き渡る。
やがて、その音はダクトの終点、キッチンの手前で止まると、
ドカッ!! バキッ――!! カランッカランッ――コロコロ~~~…………
鉄格子を運動靴を履いた小さい足が蹴り飛ばし、きれいに掃除された厨房の床を飛び、壁にぶつかると床を何度か回ってから治まった。
鉄格子を蹴り飛ばした足はゆっくりとダクトの中へ戻り、今度は様子を見るために顔を覗かせた。
服装はスカートと青いジャンパー、大きな目で黒い瞳、小柄でセミロングの黒髪、その顔立ちは凛々しく、又は可愛らしい少女がダクトの中から舐めるように厨房を見渡していた。
訓練兵のような眼差しで首を回すとある方向へ視線が行く。
台の上の黄色のコンテナボックスに山積みにされたきっちり袋に入れられているパン類。
少女の目がランランと輝き出す。
獲物を見つけた少女はダクトの縁に手を掛けると猫のように跳びだし、見事な着地を決めると一仕事を終えたサラリーマンみたいに ふ~~、とため息をつきながら額の汗を腕で拭った。
「侵入完了! さてと、あんパンあんパン」
ユキナはコソコソと急いでコンテナボックスが置かれている台へと向かった。
そして目的の品物が手に取れる位置まで来ると辺りを警戒するようにもう一度中を見渡し、安心すると改めてボックスの中から一つ、つまみ上げた。
それを両手に持つと今持っているのがまるで宝石なのかのように見つめた。
「う~~やったーーー! いつも手に入らないのよね~~~これ~」
何故ユキナが早朝に厨房に入っているのか。
理由は簡単、手に入らないからである。
もっと詳しく言えば、この食堂のパンはF・Gの生徒達にかなり人気で、ユキナがどんなに早く行っても全て売り切れ、又はあんパンがないというまさに電光石火の如く売り切れてしまうため今回、『壮絶!! 至宝の奪還!!』というフレーズを頭に浮かべ、まだ売る前の作りたてのあんパンを手に入れるため、早朝、厨房に侵入したというわけである。
宝の山を目の前にしたユキナは持っているあんパンをスカートのポケットに入れると急いでボックスから別のあんパンを二、三個むんずと掴んで取り出し、服の中にどんどん詰め込んでいく、外のポッケも内側のポッケにも入れて、大好きなあんパンに包まれ至高の気分と無敵になった気分を味わっていると厨房の扉が勢いよく開かれた。
何事っ!?とユキナが振り向くとライトの光を顔に当てられ急いで手で防ぐ。
「フッフッフッ―――同じクラスでしかも眼の使い手だからといって何でも許されるわけじゃないわよ!!」
幼いがよく通る声。
ユキナは声の主を確かめるべく、まぶしさに目をつむりそうになりながらも扉のところにいる影を見た。少し威圧感がある凛とした顔立ちで身長はユキナと同じくらい、黒くつややかな髪は腰まであり、手に持った懐中ライトをこちらに向けていた。
「うえっ、イアル?」
バツが悪そうな口調でユキナは露骨に嫌そうな顔をした。
ライトをユキナに当てている少女、イアルは服装もきちんとしており見た目から性格が厳しそうだと誰から見ても分かる。イアルは犯人を見つけた探偵みたいな表情で一歩一歩あんパンをポッケに詰め込みまくっているユキナに近づきながら話し始めた。
「何故私がここにいるのか分からないって顔をしてるわね? フッフッフ、教えてあげるわ!! これを見なさい!!」
イアルは叫ぶように言いながらスカートのポッケから―――ハンカチやら手帳やらがわらわらと引っ張り出された手と一緒にポッケからわき出してきた。
よほど詰め込んでいたらしく紙吹雪のように厨房に散る。
「あ! ちょっ! ちょっと待っててね」
厨房の床に散らばった私物を拾うためにユキナに待つように告げた後、手に持っていた紙を放し、急いで拾い始めた。イアルから手放された紙はスイーーーとユキナの足元へ滑るように飛び、やがて止まると書かれている内容が露わになった。
『明日の朝7時に厨房に入ってあんパンをゲット!!』
「ああ~~これ私が書いた奴じゃん!」
何故イアルが自分があんパンを盗みに入るのが分かったのかがこれで明らかになった。
昨日、ユキナは休み時間の間にメモ用紙に書いた行き方や盗んだ後どうやって誤魔化すかなどの細やかな計画を机の中にほったらかしにしてたことを思い出した。そして何かの拍子にイアルがこれを見つけたのだろう。
しかし相手はクラス委員長をやっててしかも風紀委員を兼ねているという校則に厳しい性格が有名な人物。
そういう人物に見つかったからにはタダではおかないであろう。
ユキナはそう考えるとあんパンはもうポッケには詰め込めないので口に二つくわえ、頭に一つ乗せるとそのままの体勢でイアルのそばを通り過ぎ、器用に厨房から飛び出した。
「あ! 待ちなさい!」
逃げ出したユキナを追いかけるべく、ささっとポッケに全て床に散らばった私物を入れ直すと急いで厨房から飛び出した。
頭に乗せたあんパンを落とさないように全力疾走で廊下を駆け抜けるユキナ。
廊下を走らないという校則を今回は破ってあんパン窃盗犯を追いかけるイアル。
「大人しくお縄につきなさい!!」
「ふあ? いやは」(え? やだ)
やがて、この逃走劇が終わる頃には寮に住んでいる高学年の生徒や低学年、若しくはユキナと同じ歳の生徒達が校内で起きたり入ったりしていた。
早朝に賑やかな騒動が起き、今日も一日が始まる。