66日目 紅蒼の双翼
暗い光のない空間の中、既に眼を開けない護熾を腕の中に抱き、涙でびしょびしょになった顔をしたユキナを見ながら歩いてきたのはオレンジ色の長い髪を後ろに縛り、鎧を上半身にだけ纏い、背中に剣を飾るように背負っている女騎士だった。
ユキナの『内なる理』と呼ばれる世界にいる第二と、呼ばれる存在。
ユキナから数歩離れたところで歩みを止めた第二は腕の中で死んでいる護熾を一瞥し、それから改めて彼女に顔を向けると、静かに言った。
「……見てたわ、その男があなたを救ってくれたのね」
第二はもう一歩近づき、片膝をついてしゃがみこみ、伺うように下から顔を覗き込むと、ユキナが泣き声で呻くように頼んできた。
「どうしてこんなことに……ねえ、お願い……鎧のお姉さんの力で何とかできないの? ここは内なる理でしょ?」
第二は首を横に振った。
「いいえ、死んだ者は"理"の道理で生き返らせることはできないの。残念だけど」
「………そう……護熾はもう………」
死した者は帰ってこない。冷静に考えれば当然のことだ。
ユキナはそっと護熾の体を寝かせ、涙を指で拭き取り、思い残しがあるように数秒見下ろした後、片膝をついて座っている第二を見た。
「私はどうしたらいいの? ねえ、護熾が死んで……私は…」
「狼狽えないで、あなたがその状態ではさらに大切な人を失うわよ。……渡したい物があるわ」
第二が立ち上がると、それが合図かのように周りの景色が暗い空間から一気に青空へと変わった。
遙か上空にいるかのように時折強い風が吹く。
下を見下ろせば雲の海が広がっている。
そんな、雄大とも言える光景が、目の前に広がっていく。
ユキナは闇の空間から澄み切った空に変わった光景に驚いたがすぐに他のへと注目が向く。
第二の後ろの少し離れたところに何かがある。
空から紡ぎ出されているかのように上から下へ鎖みたいのが四方八方にある一点へと集まっている。一点に集まっているところを見ると刀みたいのがまるで封印されているかのように鎖で拘束されているのが分かった。
その刀は、鞘には炎のような赤と青の彫刻が彫り込まれている気品溢れる日本刀だった。
ユキナは指を差して、訊いた。
「あれは、何?」
「あれはあなたの『想い』を鎖したもの、そしてそれを具現化させたもの。そしてあなたの父、アスタの遺志とあなたのその男に対する気持ちも。あの刀の名は―――紅碧鎖情之太刀」
「フフフフ、この窮地で真の力を発揮したか? おもしろい、実に面白いぞ!」
険しい表情で体から火花を散らしながら睨んでいるユキナに対し、マールシャは楽しみが増えたと大いに喜んでいた。シバはユキナの姿を見て、目を見開いて驚愕していた。
ブレードを逆手に持ったまま固まっているとユキナが対峙したまま
「シバさん離れてて、巻き添えを食うから」
威圧的な口調でそう指示した。
シバはその忠告を聞くと今の自分は足手まといになるだけだと考え、すぐに素直にその場から身を引き、フィールドからマールシャに顔を向けたまま降りた。
ユキナはその場からいなくなったシバの穴埋めをするかのように同じ位置に立ち、対峙をすると持っている刀の切っ先をマールシャの喉元に向け、マールシャは片眉を上げたような目つきで怪訝そうな表情を浮かべた。
「――――おまえを殺す。」
「…………随分大きく出たな。その姿、"あの方"に楯突いたやつにそっくりだな」
憎しみを込めた声と余裕の声。
二人が対峙して睨み合いの中、遠くにいたアルティは見守りながらバリアの中にいる二人の許へ急いで向かった。
バリアを解いて様子を見るとラルモは口を赤くし、目をつむって前のめりに倒れている。ガシュナはラルモと違い、開眼状態で倒れていたので意識があると思い、背中を揺すろうと手を伸ばす。
するとガシュナは肘をついて上半身を起こし、フィールドの上に立つ緋色のコートを纏った少女、ユキナを嫉妬と驚愕の目で見ながら震える声で言った。
「あ、あれがそうなのか………こ、超えやがった…………あれが第二解放……あいつが…殺された怒りで……か……」
かつて、十三年前の英雄も、あのような姿をしていたという報告がある。
紅蓮の衣と雷撃を纏い、緋色の髪で、一瞬のうちに数百もの敵を葬り去る、異常な強さを誇った英雄の姿は、まさしく眼の使い手の最終到達の形態であった。
それを彼らは、第二解放と呼んだ。
しかし、ガシュナは三度目の最大限解放の影響で、全身が切り刻まれたかのような痛みが襲いかかると起こしていた肘の力が抜け、崩れるように気を失い、黒髪に戻すとそのまま地面に顔をつけて倒れてしまった。
アルティはすぐにしゃがみ込んで怪我の状態を見ると、セーターに血が染み渡り、結構な出血をしていたが命に別状はない。がすぐに治療を行った方がいいと判断した。
でもユキナがマールシャを倒さない限り生きてここからは出られない。アルティは今まさに戦いを始めようとしているユキナを見つめたが、目を少し大きく開いた。
第二解放状態の姿にももちろん驚いたのだが、それよりも友として、仲間として、胸を締め付けられるような鬼迫、ユキナの憤怒の激情が何よりも恐かった。
「第二解放―――!! まさかユキナが……何で―――」
シバは突然、解放したユキナが何故あんなに怒りの気持ちを直接ぶつけるような、こちらまでゾッとするような気持ちがあるのか原因を探るべく首を横に回すと答えがすぐに見つかった。
ガーディアンの三人が何かにすがりついてすすり泣いている。
よく見るとイアルの腕の中で瞼を閉じ、胸に大きく穴を開けて血を流して死んでいる、護熾の姿が眼に映った。
「そんな…………護熾が…………………そうか…それでユキナが……」
動揺しながらも全てを理解したシバは一心不乱の思いで、護熾の許へと向かった。
ユキナの羽織っているギザギザの緋色のコートが風もないのに揺らぎ始める。
刀を握っている手は自然に下ろしているがそれだけでも既に見えない刃が何十本も向けているような覇気を醸し出している。
見た目は無表情で睨んでいるだけだが火花は気持ちの正直さを表すように激しい音を立てていた。
「冷静のつもりか? ……冷静を失ったら勝機はないと一番分かっているはずなのにか……愚かだな、実に愚かだ!!」
叫ぶように言ったマールシャは人差し指を向けるとそこから線を発射した。
他の人から見ればただ光ったようにしか見えないほどの速度で撃ち出された漆黒の光は真っ直ぐユキナの額へと伸びていく。
ユキナは相手の出方を窺いながら、眉を細め、軽く息を吸うと――――
「はあっ!!」
気合いと共に叫び、線が当たる前に、何と、掻き消した。
そして白い衝撃波がユキナを中心に放たれ、地面に地響きが奔る。
マールシャは衝撃波にあてられ、一瞬朦朧とする。
「なっ―――そんな、私の攻撃が――――」
再びユキナに目をやったときにはそこにユキナの姿はなかった。
マールシャは動揺し、見つけようと体が動く前に背後に何かを感じた。
全てを飲み込むような憤怒の波、その気は明らかに自分を遙かに超して、強大なものだった。
そして強烈な風切り音と共に背中に向かって穿つ蹴りが炸裂する。
マールシャの二メートルもある巨体は小柄なユキナの蹴りで面白いように吹き飛び、床の上を転がらせ、反転して手をついて受け身をとって立ち上がった時には目の前で横に薙ぐ蹴りが飛んできているところだった。
米神のところを蹴飛ばされ、叩きつけられるように床に頭を深々と埋め、ユキナはさらに力づくで踏みつぶすようにさらに埋める。
マールシャは自分の頭を踏んでいる足をはね除け、ユキナをやむえず後退させた。
しかし刀を一切使わず、怒りに身を任した理性のない攻撃が血こそは出ていないものの確実に体に響いていた。
信じられない戦闘力と小さな体から出たとは思えない力。
「――くそっ……やるではないか……だが速さで勝てると思ったら大間違いだぞ!!」
焦燥を露わにした顔でその場から姿を消すようにユキナの背後に移動した。
殴りかかろうとしたら急に体が静止した。
ユキナが背を向けたまま右肩越しに切っ先を正確に自分の喉元に向けていたからだ。
僅かな隙を作ったマールシャにユキナは右を向きながら振り向き様に初めて刀を握っている手を左下から右上へ動かし逆袈裟斬りをした。
その瞬間青い血沫が斜め一文字に飛び、斬った。
胴体を深く切られたマールシャは驚愕の表情で後ろに大きく引き下がった。手を胸に当て、息が上がった様子で自分を斬ったユキナを見る。
青い血糊を刀身に纏わせ、血のように赤いコートを羽織っている姿は自分にとって超えた存在を強調しているように見えた。焦燥の感情が頭に過ぎる。
(―――何だと!? 見切られたのか!?)
ユキナは刀を居合い切りをするかのように横に構えると一気に飛び出した。
マールシャは即座に反応し、両腕を胸の前でクロスさせて受け止めたが、その力は想像以上に強く、大きく後ろへ吹き飛ばされてしまう。
顔を歪ませているマールシャにユキナはさらに追撃を加えるべく、マールシャが後ろに飛んでいるスピードよりも速く動き、一気に距離を詰めた。
そして矢継ぎ早に斬りかかり始めた。
マールシャは足を地面に付け、急ブレーキを掛けながら腕でユキナの連続攻撃を防ぐが、まるで斬撃がいくつもあるような怒濤の攻撃に徐々に押されていく。
「がっ、この、この私が押されているだと!? くっ! うっ! ぬ―――この小娘が!!」
吠えながらマールシャは右肩を切られながらもユキナの胴体に何とか手を押し当てるとそこから黒い空間が生まれ、それは逃がす間も与えずユキナの体を一瞬で閉じこめてしまった。
やがてその場所にキューブ状の黒い箱が出来る。
空間に底無の穴でも空いているかのような、暗い、黒で、中の様子はまったく見えない。
「……フフ、や、やったぞ……これでもう、奴は出られない。あとはこれを解除することが出来るあの空間使いの娘を何とかすればいいだけだ」
閉じこめることに成功したマールシャはアルティの方に顔を向けた。
アルティはユキナが閉じこめられたことに驚愕していたが、殺意の矛先が自分に向けられたことを知り、防御壁を張ろうとしたときだった。
張る前に突風と共にマールシャが目の前に来ていた。
顔を上げた時には紫の瞳に自分に向かって拳が振り下ろされているのが映し出されていた。
間に合わない! 頭にこの後に自分の身に起きる最悪の予想図が浮かぶ。
マールシャの死の一撃が迫り、―――――地響きに似た跫音が耳に響いた。
アルティはつむっていた目を開けると自分を守るかのように黄色く光る巨大な盾が立ちはだかっていた。そこには、先ほどまで倒れていたラルモが両手で盾を持ってマールシャの攻撃を防いでいた。
「あ、危ねえ…………格好いいとこ、たまには見せないとな……」
「―――! ラルモ……」
しかし無理をしたのか、盾の防御力はそんなに保たず、易々と打ち砕かれてしまった。
だがアルティにとっては充分すぎるほど時間が稼がれ、ラルモごとバリアを自分の周りに張ることに成功した。
盾ごと二人を貫こうとしたマールシャの一撃はバリアによって止められ、鐘でも叩いたかのような轟音が響いた。
「ほぉ、たいした強度だ。お前が私の空間を荒らした鼠だな? その厄介な能力、使われては困るんでね、破らせてもらうぞこのバリアを!!」
バリアを打ち破ろうと何度もマールシャは攻撃を仕掛けてきた。拳がバリアに当たるたびにヒビを大きくしていき、地面に沈められていく。
アルティは苦渋の表情で何とか持ち堪えようと必死に集中し始めていた。だがあまりにも強力なので意識が朦朧とし始め、汗が頬から顎へ、流れ落ちていく。
この事態に気が付いたシバは泣いている三人にここから離れないように告げると急いでマールシャの元へブレードに手を掛けながら疾走した。
そしてこの場にいる誰もが黒い箱のような異空間に変化が起き始めているのが分からなかった。
「あなたは、変わった」
第二が短く、鎖で拘束されている刀に向かって歩いていた小さな背中に向かって言った。 その単純な、しかし聞き捨てならない言葉にユキナは足を止め、そのまま耳を立てた。
「最初は別の世界に送り込まれたときにあなたはただ泣いていた。憎しみや悲しみ、そして寂しさを紛らわせるかのように怪物を殺していたわね。怪物に変えられた人々の魂を解き放つのではなく自分の感情を誤魔化すためにあなたはただひたすらにそう、その時のあなたはまるで――――殺戮の天使のようだった。」
ユキナは後ろに振り返って第二を無表情で見据えた。
第二は話を続ける。
「でもあなたはこの男に会ってから変わった。最初はただ偶然助けた人で、どうせ何も知らずに生きて死んでいくのだろうと思ったけど違った。この男には自分と同じように怪物が"視えた"。そこに興味を惹かれたあなたは"気"を頼りに家へと乗り込み、そして初めて人を"護る"ことを覚えた。」
一旦、喋るのをやめた第二はユキナに近づくために歩き始めた。
ユキナはそのまま立っており、こちらに歩み寄ってくる第二を見つめていた。
その目の中に涙が浮かんでいる。
「その男、護熾に出会わなければあなたは殺戮の天使のままでいた。護熾と過ごしていく日々でやがて自分に関わる人すべて守りたいと心から願うようになり、穏やかになり、そして安心した。まるで止まり木がなかった小鳥が安住の宿り木を見つけたかのように、そして、ずっとその男と暮らしていきたいと、思うようになっていた」
数歩手前で第二は歩みを止めた。
そしてユキナの両肩に手を置いて目線を合わせるように腰を落とし、悲しそうな微笑みで見つめる。
「私には分かる。護熾が死んでどれほど悲しいか痛いほど分かる、だって私はあなたの分身だもの。さあ、ほんの少しでもいいの。あの男へ、護熾に対する気持ちを解き放って」
暗い空間の中、ユキナは瞼を閉じてじっと立っていた。
精神集中をするかのようにしているユキナは刀を携えた右手を掲げ、それを支えるようにゆっくりと左手を添える。第二の言ったことを思い出しながら
("知ってる? 壊されてしまったあの二本の刀には"名"があったことを)
「みんなを守る力を! 私に応えて!! ―――双極舞!」
叫びと共に巻き起こったオレンジ色のオーラの嵐が巻き起こる。
暗い空間を明るく照らす。そして刀身がスッと二つに分かれて左手にもう一本、刀が収まる。
右手に握られている刀は赤き炎を司ったようにぼうっと光る。
左手に握られている刀は青き炎を司ったように怪しく光る。
(―――あなたが愛用していた刀の名は脅威という名の火を切り裂くための『斬火』。アスタが使っていた刀の名は襲いかかる戦火を絶つという名の『灼絶』。二つを合わせた呼び名は双極舞。そして忘れないで、あなたが臨めば必ず力は応えてくれるということを―――』
「私はもう一度あの時に戻りたい、だからみんなを―――」
"私が護るよ"
アルティのバリアが限界に近づいていた。
紫色の鮮やかなバリアは所々ヒビが入り今にも崩れ落ちそうになっており、アルティ自身、そこに立っているのがやっとの状態で今にも倒れそうだった。
それでもマールシャは壊そうと強烈な一撃を叩き込む。
とうとうあと一撃ほどで砕け散るとこまできてしまった。
シバは急いでブレードを構え、背中に斬りかかろうとしたときだった。
突如ユキナを閉じこめていた異空間が爆発でもしたかのような音を轟かせ、マールシャがハッとして振り向くと壊した時に出来た白煙の中から一直線にこちらに何かが向かっているのが分かった。
そしてそのままシバの頭を殴るかのような疾風が通り過ぎるとマールシャを交差させた二本の刃が上空へと運んだ。
アルティはいなくなった安堵で倒れるように崩れ、ラルモは支えるように抱き留めた。
シバもすぐに近づいて様子を見る。
そのあとマールシャを運んでいった何者かを見ると、オーラを纏った翼が見えた。
マールシャはいきなり自分を上空へと運んだのが誰なのか確認するべく自分の腕に刀を押し当てている人物を見るとそこには紛れもなく赤いコートと火花を散らしている気を纏ったユキナの姿。
しかし先ほどと違うことに気が付いたのはその後だった。
ユキナの背中から右へ紅蓮の翼が、左には蒼い翼がそれぞれ放電現象を起こして伸びていた。
「なっ!! 何だその姿は!?」
「お前はさらに私から何かを奪う気? ―――許さない」
驚愕の声を上げたマールシャにユキナは突き放すかのように交差させていた刀を一気に解放し、地面に向かって弾き飛ばした。
弾き飛ばされたマールシャは為す術もなく叩き落とされ、床を抉りながら地面を疾走し、止まった。
息切れをし、立ち上がったマールシャは斬られたらしく、腕と左肩、そして口を覆っていたマスクが半分ほど欠けており、隠していた口が露わになっていた。
ユキナは追撃の手を緩めない。
「ぬおっ――――!?」
突然、上空から無数の光の雨。
それは、彼女から放たれた、眼の使い手しか使えない飛光と呼ばれる攻撃で、自身の気を多く消費するため先の戦いでは温存のために使用しなかったが、今や第二解放、増えた気の上限値が許す限り、彼に向かって振り注がれる。
「くそっ、だがこんな程度――――――!!」
もちろん、解放状態の彼には、こんな攻撃では何も与えられないことは知ってる。
だからこそ、彼が怯んでいる隙に、強烈な攻撃を上空からお見舞いする。
紅と蒼の、斬撃が、計八発ほど上空から襲いかかってくる。
意表を突かれたマールシャは、その斬撃の嵐を尽く受け、辺りを白煙で包む。
ユキナのみ使用可能な、疾火と呼ばれる斬撃を飛ばす技。
通常、この技は威力は高いが溜めるのに時間がかかり、さらに一発ずつしか撃てないという難点があったが、今や第二解放状態はそれすらも克服し、彼女に力を与える。
それからユキナは、白煙を見下ろした後、空間を弧を描くように飛んだ後、こちらの攻撃で怯んだマールシャに向かって飛翔し、急降下を始めた。
ユキナの攻撃で足どりが思うように動かないマールシャは、白煙から何かがこちらに突っ込んできた、という認識の最中で、そのまま攻撃をまともに受けた。
急降下を利用して放たれた蹴りが体を深々と地面に埋め、同時に口から青い血を吐き出す。
そしてユキナは着地すると、二回目の横薙ぎの蹴りがマールシャを軽々と吹き飛ばし、また床の上を滑らせる。
「がはっ! ……何だと……? つ、強い……この私が手も足も出ないのか……」
あまりにも一方的な強さ。
マールシャは恐怖を初めて感じていた。封力解除をしたにも関わらずまるで赤子を相手にしているかのようなユキナに自分は適わないと思った。
震える足で立ち上がり、後ろに大きく下がって距離をとったマールシャは一つの手でしか勝てないと断定し、実行した。
両手を前に出し、スパークを纏わせるとそこから黒い球体が出来はじめる。
ユキナは身構え、出方を窺っているとマールシャは叫ぶように言った。
「ハッハハハ!! さっきのこれはフルパワーではなかったのだ!! そして! お前の後ろには誰がいる!?」
ハッとなって後ろを振り返るとアルティやシバ、ラルモとガシュナがいた。
そしてもう一度マールシャを見たときには既にさきほどと同じ直径二十メートルほどの黒い球体が完成していた。
「分かっているだろう? 後ろにいる人間共は動けないと、そしてお前は受けざる終えないと!!」
(泣かないでユキナ。あなたはずっと一人だった。でも護熾に救われた。だから受け取って、あの刀を、想いを、全部終わってから泣いて)
「鎧のお姉さん、私に、できるの?」
(ええ、できますとも。あなたは既に私を超えてるもの)
「………………」
(あなたに足りないのは"強さ"のイメージ。強く思えば、誰かを救える)
「強く思えば……」
(そう、自分を信じて、ユキナ)
「私が、護る」
呟くように言ったユキナの背中から翼が飛散し、光の粒となって消えてしまった。
そしてそれと同時に刀も寄り合わせ、一振りの、紅碧鎖情之太刀へと戻した。
意外な行動に驚かされたマールシャだが、すぐに不敵な笑みを浮かべ、為す術もなく諦めたのかと思い、声を掛けた。
「くくく、武器をしまったな。諦めたのか?」
「違う、受けて立つ為よ」
ユキナは刀を鞘に収め、それから両手を頭の上に伸ばした。
するとそこから太陽のような、小さな光の球が生まれ、やがて急激に膨らんでいく。
「はっ!! 何をするかと思えば私の真似事か!?」
嘲け笑うマールシャをよそに光の球は徐々に大きくなっていく。
やがて、マールシャほどではないが直径約五メートルほどの大きさになるとそこで止まった。
「そんな小さなもので私に勝てるとでも思ったか!? やはりお前は馬鹿者だ!」
「いいえ、あなたは終わりよ」
マールシャが黒い球体を放つ。床を抉りながら突き進んでくる。
全てを、みんなを、救うためにユキナは両腕を前に下ろして放った。