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ユキナDiary-  作者: PM8:00
65/150

64日目 終劇の行方 

 












 アルティは命の危機に似た、言葉に言い表せない気を感じ取っていた。

 おぞましい気が空間内に染み渡るように広がり、それを出している張本人の姿さえ確認していないのに自然と背筋に冷たいものを感じた。

 これは間違いなく討伐班が交戦している異形の怪物によるもの。そしてこれに勝てるハズがないと分かると不安が一気に襲いかかってきた。

 みんなが危ないと、その時本気でそう思った。


「どうしたアルティ? そんなに必死な顔になって」


 隣を走っているシバが、僅かだが、必死な表情になっているアルティの顔を伺いながら尋ねる。

 後ろを走っている七人にもそれが伝わっているようで心配そうな顔で背中を見ている。

 アルティは話そうか話さぬべきかを葛藤していたがやがて口を開き、率直に、そして正直に話した。


「危ない。このままだと死んじゃう、急がないと」

「え!? どうしてだい? アルティ」

「四人がすごい強い敵と戦っている。おそらくマールシャだと思う。でも先程と気の量が全然違う……」

「じゃあ、急がないと!! ちょっみんな!! 全力疾走で行くわよ!!」


 討伐班に危険が迫っていることを知った救出班は暗い空間の中、アルティの探査能力を頼りに突き進んでいった。そして近づくごとに、その強い気はどんどん鮮明になっていった。

 


 殺戮と絶望という名の恐ろしい気だということに、そしてその先で見るのは希望、或いは―――――










(――速い……骨が何本か折れたみたい…………たった一撃で何て威力……しかも私以上の速力を兼ね備えている……ねえ護熾…………あなたは無事なの?)



 刀がすぐ顔の横で鈍く光りながら落ちており、ユキナは痛む体を動かして同じく向こうで倒れている護熾を見ながら、無事かどうかを確認しようとしていた。

 しかし護熾は仰向けに倒れたままピクリも動かず、意識があるかどうかも分からない。

 そんな時、マールシャはまだ息のあるユキナに向かって歩き出し、見下ろすように目の前で立つと、こちらを必死の形相で睨んでいるユキナに対し、楽しそうに言う。


「ほぉ、まだ戦意は失っていないようだな」


 自分の一撃を食らったのに関わらずまだ闘志の付いた眼をしているユキナに感心の声を上げる。

 ユキナは目の前に来たマールシャに対抗しようと落ちている刀を握ろうとして手を弱々しく伸ばすが、マールシャはそれを妨げるように刀の刀身を踏みつけた。

 床と鉄が擦れる中、手を伸ばすのを止めたユキナは恐る恐る顔を上に上げ、刀を踏んづけている足、所々発光している胴体、そして宝玉の如く赤く光っている眼をした顔を見るとその眼が僅かに細める。


「無駄だ、お前のその腰に差している刀は抜けんらしいな。使えるならば先ほど使っているはずだ。それとも使っちゃまずいのかな? まあ、どちらにせよ――――」


 ユキナの左腰にあるベルトに差した青い鞘の刀について言った後、踏みつけていた足を動かし、刀の刃を掴んで拾い上げ、それを観察するかのようにマジマジと眺めた後、不意に、マールシャは木の棒でも折るかのように力を込めた。


 バッキィイイイイイイイイイン


 普通の鋼で作られた刀よりもさらに上の強度を持つ筈の刀が、真ん中から簡単にへし折れてしまった。

 そして金属が断末魔のように高い音響を放ち、やがて静まりかえるとマールシャは二つになった刀を投げ捨て、カランカランと床を滑らせると、武器としての性能を無くした刀は、火の粉のようにオレンジ色の粒となり、儚くも消えてしまった。

 そしてマールシャは武器を失ったユキナの頭上に足を運ぶと、静かに、宣言した。


「じゃあな、お前は終わりだ」

 

 まるで象にでも踏まれるかのような重さを纏ったその足は、動きを封じられているユキナにとっては脅威以外の何でもなかった。そして絶対に避けられないと覚悟し、目を固くつむったときだった。


 急いでユキナの双方から振り下ろされた足を止めるべく、ガシュナとラルモが全力疾走で間に滑り込み、二人で足を腕で止めた。

 しかし想像以上に強力で、ラルモもは何とか衝撃を吸収できたものの、ガシュナは脳震とうを起こしたかのように体が一瞬、ぐらついたが何とか堪えてみせる。

 マールシャはユキナを守るために割り込んできた二人に笑みらしい表情を向け、


「とうとう切羽詰まってきたか? 圧倒的なパワーに勝てるとでも思ったのかな? ほら、ほらほらほらほらほらほらほら!!」


 止めたはずの足が急に動き始め、二人がかりで止めているのに関わらず押され始める。

 しかも先の戦いで少なくとも傷や疲労は回復しているものの、マールシャの『封力解除』でその圧倒的な力の差に精神的に不安を抱えており、押されるごとに少しの恐怖が胸の中を疼いてくる。


(―――やばい! このままじゃ三人とも)

(――何だと!? 最大限解放イグニッションをしないと適わない……いや、それでも勝てない……何て力だ……!)


 ラルモは力を入れるために歯を食いしばって目をつむって必死に抵抗をし、ガシュナはこのままでは三人とも攻撃を巻き添えになるので何とかユキナだけでもこの場から離れさせようと最大限解放をして、隙ができたとこで救い出そうとした時だった。


 バゴンッ!


 何かが打ち付けられる音と共に、二人から急に腕が軋むほどの圧力が途端に軽くなり、二人は前に転けそうになったがすぐに踏みとどまり、一体何があったのか顔をすぐに上げるとマールシャが宙を駆けながら横に吹っ飛んでいた。

 マールシャは自分の身に起きたことが信じられないようで口から血を出し、驚いた表情で顔を吹き飛ばされた方向へ向けるとそこにはあの翠の男、護熾が殴り終えた体勢で立っていた。

 しかしその姿は額からは血を出しており、あまり大丈夫そうに見えず、額から伝い落ちる血を鬱陶しそうに腕で拭い取って見せる。


「ちっ……ぜってぇあばら骨あたりが何本か折れちまったよこれ。痛ぇなちくしょ……」

「護熾! サンキュ! 助かったよ!」


 ラルモが助けられて感謝している中、護熾とガシュナは同じ方向を睨んでいた。

 あれしきの攻撃でやられるほど相手は脆くないからだ。

 それはすぐに来た。

 護熾の背後に風を纏いながらマールシャが姿を現すと同時に反応した護熾は裏拳で対応する。

 マールシャは自分に飛んできたその腕を片手で掴み、顔を近づけ、もう片方の手で口に付いた青い血を拭い取ると、威圧を掛けるような言葉で迫ってきた。


「驚いた、かなーり痛いのをお見舞いしたはずだが動けるとはな、――痛かったぞ?」

「舐めんな、自分で言うのも何だけど、こちらは結構体は頑丈なほうでね」


 護熾は倒れている間に何とか体を動かせるまで回復を待っていたが完了の一歩直前でユキナが攻撃されそうになり、ラルモとガシュナが何とか止めてくれたとき、すぐさま立ち上がり、二人に気を取られているマールシャに気付かれる前に米神に怒濤の一撃を加えていた。


 マールシャは速さこそ驚異的になったがその引き替えとして体の硬い皮膚の大部分を失ったため防御力は弱くなっており、攻撃が簡単に響くようになっていた。

 しかしそれでもやはり効果が薄く、血を吹かせる程度に留まっていた。

 護熾はどうにか勝てる方法を探っていたが、今のところそれに繋がる鍵は見つかっていない。


 護熾は自分の腕を掴んで動きを止めているマールシャに向かって拳を勢いよく突き出す。だが当然の如くマールシャはその場からいなくなり、瞬間移動のように護熾の真横に体を移動させる。

 そのまま攻撃を、と思った瞬間、青い槍が自分の胸に向かって伸びてきたので若干掠りながらもさらに横に動いてやり過ごした。

 ガシュナは伸ばしきった片腕を引っ込めると護熾と背中合わせになるように立ち、やや不満そうな表情を出しながらも護熾に少し顔を向ける。


「不本意だが貴様と共に戦ってやろう……こっちもさっさとここから出たいからな」

「俺もだよ、でもあいつに勝つなんて今のところないぞ?」

「それだったら一気に攻め込むのみしかない。できるかぎり、やるしかない」

「じゃあどうにかなるか分からねぇけど共同戦線だ! ラルモ! ユキナを頼む!」


 護熾はガシュナとの共闘に踏み切るとラルモにまだ倒れているユキナの面倒を頼み、先にマールシャに向かって体を動かす。

 ガシュナは相手の強さを分析した上でもう勿体ぶってはいられないと遠慮無く最大限解放イグニッション状態へ切り替わり、強化された槍を携え、護熾に続いた。


「う……二人じゃ勝てない……私も行く…」

「ユキナ! 大丈夫か?」


 やっと体を動かせるまで回復したユキナは心配そうにしているラルモを尻目に立ち上がり始めた。ラルモはそれを手伝い、支えながら立ち上がらせるとすぐそばで何かが地面を滑る。

 それを、恐る恐る見ると、護熾がすぐ眼を離した間に、ボロボロになった状態で、呻くように地面の上で転がっていた。


「え…………?」


 その後、すぐに、マールシャの方に目をやるとガシュナが苦戦を強いられていた。

 最大限解放のおかげでなんとかマールシャの速さにだけは反応できるがこちらの攻撃が全くと言っていいほど当たらず、スタミナを削られるだけだった。

 しかも本日二度目の最大限解放。

 この状態を保っていると自分の体に何が起こるかは本人が一番よく知っていた。


(―――まずいな、このままだと)

「つまらん、お前もこの程度か」


 とうとうガシュナとの戦いに飽きたマールシャは、小石でも蹴るようにその身体を蹴り飛ばすと護熾達の元へ送り返す。

 矢のように飛んできたガシュナを、ようやく立ち上がった護熾が受け止め、何とか余計なダメージを受けさせずに済んだ。

 ホッと安心するがすぐにそれを打ち砕くプレッシャーが肌を突き、マールシャを見るとこちらが四人固まったとこを狙い、前に突き出した両手にスパークを纏い、黒い球状のエネルギーが既に直径十メートルまで膨れあがっていた。


「何だあれは……? 何て、物凄い量の気だ……」


 ガシュナが護熾に受け止められている状態でブラックホールのように渦巻いている禍々しいを見てポツリと呟いた。

 四人の恐怖に引きつった顔を楽しそうに見たマールシャは、楽しそうな声色で告げる。


「お前達との戦いに飽きた。これを食らってあの世で後悔するがいい。良い暇つぶしになったぞ。」


 そして最後に、ハァッ!と気合いと共に絶望と言う名が似合う黒い太陽が護熾達に向かって放たれた。

 その光を吸い込む太陽は、床を抉りながら突き進み、壊した床の破片が吸い込まれ、爆風を巻き起こしながら迫ってくる。

 

「くっ! …………終わった、か……」


 この怪我ではとうてい避けきれず、自分の死を悟ったガシュナは固く目を瞑った。

 ラルモは硬直して足が震えており、護熾は目を見開いてこちらに距離を縮めてくるエネルギー弾を見据えながら動かなかった。

 絶望が体を蝕み、諦めの色を出している中、ただ一人、ユキナだけは希望を捨てず、三人をすり抜けて単身でエネルギー弾に向かって飛び出していった。

 護熾達は呆気にとられて果敢に光球に向かって走っていったユキナの背中を唖然と見送る。

 三人との違いは五年間で養われた驚異的な精神力が体を前に出したのかも知れない。

 ユキナは闇雲に飛び出して行ったのではない。

 このままでは全滅を免れないので『賭け』をしたのだ。

 自分の左腰に差している青い鞘の刀の鯉口に手を掛け、体に恐怖を感じながらも父親が遺していったこの刀に自分たちの命運を懸け、みんなを守るために駆けた。

 しかしもうすぐで球体が迫り来る中、抜こうとしても刀が抜けず、いくら引き抜こうとしてもピクリとも動かなかった。


「お願い! 抜けて!」


 今、自分の後ろには三人の仲間が絶望に打ちひがれて佇んでいる。

 そしてそれらを守れるのは自分しかいないのだ。


 いつも笑ってみんなを安心させてくれるラルモ。

 クールで冷酷な一面を持つが、ミルナには優しいガシュナ。

 そして互いを信じ、何時しか家族と呼ぶべき存在に等しくなった異世界の少年、護熾。


 守りたい、と震える思いが体中に広がる。

 だから、力を、護れる力と立ち向かえる力を、唯貸してくれと、この刀に願いかけるよう、促す。

 かつて全てを救った戦士を父に持つユキナは、自分を信じ、護れると信じ、そして狩る区域を吐いてら、もう一度抜こうと力を入れた。

 

 そして―――音もなく抜けた。

 鞘から青いオーラが噴き出し、もうすぐで巨大光球にブチ当たって自滅というところで刀は抜け、振り抜かれた刀の風圧で一瞬、周りが気圧される。

 ユキナはそして、すぐさま、刀を一閃、光球に刀身を目一杯、ぶつける。

 マールシャは驚いた。

 たった一人で自分の攻撃を止めたユキナに、一瞬だけ焦りを見せるがそれもすぐに終わる。

 受け止めたものの、それでも焼け石に水で完全には抑えることはできず、徐々に抑え込まれるような姿勢へと変わっていく。


(―――ダメだ……やっぱり一人じゃ保たない……) 


 みんな、ごめん。

 そう思い、堅く目を閉じて、みんなに謝り、とうとう力負けし――――

 横から両手が伸びて刀の柄を掴み、槍が、大槌が、光球にそれぞれ押し当てるようにする。


「…………え?」


 それから、聞いたことがある声が耳に届く。



「はあ~~お前に守られるのはもう懲り懲りだぞ? それと一人で格好つけてんじゃねえ」

「男が女に守られるのは恥ずべき行為だな」

「ユキナ~すごいな! それ! しかもお前の父さんのだろ!?」


 護熾が左隣で手を前に出しながらにやりと笑った顔でユキナを見ている。

 そして右隣ではガシュナが光球に向かって槍を突き立てており、ガシュナの隣でラルモが交差させた大槌はユキナと同じように光球にぶつけている。


「――――!! みんな!?」

「ユキナ、帰ろうぜ。みんなのとこによぉ!!」



 宣言した護熾の体からオーラが勢いよく噴き出す。

 ガシュナも最大限解放の状態でもさらに力を込め、槍をどんどん押し込んでいく。

 ラルモも最後の力を振り絞って押すと、いよいよ、光球は徐々に押し返され始める。


「!! そんな……バカな……私の攻撃が…返されるだと!?」


 マールシャが完全に焦り、後ろに蹈鞴を踏むと、最後に、ユキナは、柄を強く握って軋ませ、周りの助けに対して微笑むと、仲間と共に決着をつけるべく、


「はああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――!!」


 気合いと共に、そして全員で叫び、巨大光球は迫ってきた時の速度を上回る速さで弾き、そして弾き返したとき、ユキナの刀は力を使い果たしたように砕け散り、百の破片へと姿を変えてしまった。


 そして全てを飲み込む光球は、今度はマールシャに牙を剥く。

 マールシャは自分の攻撃が跳ね返されたことを信じられず、その場で固まっていたがやがて気が付くが、既に時遅し、目前に自分の放った光球が迫っていた。

 そして避ける暇も、逃げる暇も与えずに直撃を食らい、体に黒いオーラが纏わりついてくる。

 黒い空気はマールシャに断末魔の声も上げさせずに飲み込んでいき、次第に赤い姿は消え、そして―――マールシャは消滅した。














「―――終わった――の?」

「勝った――あいつに――」


 煙が晴れ、静まりかえった空間内にはもうマールシャの姿はなかった。

 四人は力なく肩を落とし、その場に座り込むと安堵のため息を大きくついた。

 開眼状態を解き、元の状態に戻った護熾達は息切れをし、疲労と痛みでしばらくは動けなかった。

 特にガシュナは二度目の最大限解放の所為で大きく疲れており、脱水症状に似た症状に苦しんでいた。

 しかしそれもやがて、休憩と共に軽くなり、動けるほど回復すると立ち上がり、全員に向かって告げる。


「……帰るぞ、俺たちのやるべきことは終わった。みんなが待っているぞ」

「んあ。そうだな。めちゃくちゃ疲れてな~」


 それから一番に、先に来た道へと引き返し始めた。

 その後にラルモも『よっこらせ』と膝に手をついて立ち上がり、ガシュナに続いた。

 そして護熾は、この戦いで一番頑張った唯一の女傑に対し、軽く手を差し伸べると、そのその少女は戦いの合間に決して見せなかった、誰が見ても魅力的だといえる微笑みで、それを受け取って立ち上がる。

 護熾はその小柄な少女を立ち上がらせた後、恐る恐る聞くように、訊ねる。


「お前、いいのか? 親父の形見、跡形もなく壊れちまったんだぞ?」

「うん、でも私達を守ってくれた。私達は生きてる。約束通りだね」


 昨日部屋で交わした約束の件を思い出した護熾は、やや苦笑いでポンポンとその頭を叩き、ユキナは嬉しそうに、それから何故か、頬が朱に染まる。

 これは、何だろう?

 嬉しいけど、どこか恥ずかしくって、でも悪くない。

 もどかしいようで、心地よくて、何だか胸の辺りが温かく感じられるような、そんな気持ち。


「…………どうした? ユキナ?」

「え……? いやいやいや何でもないよ護熾!」

「? まあともかく、その、それどうすんだ?」

「え? あっ」


 護熾の言ったそれとは、ユキナの父の形見である刀のことである。

 今回のこの戦いで、四人の命を救ってくれた刀はまるで役目を果たしたかのように、綺麗サッパリに無くなってしまったのだ。


「あれってその……お前の父ちゃんの形見なんだろ? お母さんにはどう説明すんの?」

「……たぶん、あの刀はこのために、渡されていたと思うの。だからちゃんと話せば大丈夫よ。色々と怒られそうだけどね」

「ははっ、じゃあ一緒に怒られに――――」


 



("―――うかつだった。今、このときを思えば私は何でこんなに無防備だったの? 私が気付いていれば、或いは良かったのかも知れない。なのにどうして? ―――")



 その時、彼は、一瞬だけ、未来を、既視感に見舞われたかのような不思議な感覚に襲われた。

 今、目の前にいる、この少女が、命を絶つ瞬間を。

 その小さな身体を、穿つ黒い閃光の光景を。


 だから、護熾だけが分かった。

 あまりにも強すぎる殺意がユキナに向かって伸びていることに。


 ゾッとするような殺意に、護熾は話すのを途中で止め、ユキナを急いで肩で、押し退ける。

 その突然の行動にユキナは、あっさりと倒され、驚いた表情で彼を見つめる。

 護熾は巨木のように立っていた。先程まで自分が立っていた場所に。

 

 あまりにもゆっくりと見える光景の中、時間にして一秒後、黒く、太い光線が、音もなく、護熾の右胸を貫いた。


 やがて光線が消えると右胸と背中から噴水のように血が吹き出て、辺りを染める。

 そして貫かれた衝撃で眼を見開き、それからすぐに口の中で湧き上がった液体を、吐き出し、赤い花を作って、姿勢を崩す。

 その瞬間に、貫いた閃光が壁に直撃し、轟音を空間内に響かせる。

 


("―――私がもっと強ければよかったの―――?")



 護熾はゆっくりと崩れ落ち、地面に膝を付け、それから背中から倒れる。



("―――どうして? あなたはもう―――")



 そして何度か地面の上を跳ねたあと、もう一度鮮血を口から吐き出した。



("―――帰ってこないの? ―――")





「護熾イイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィ!!」



 

 何が起こったか分からず、少女の悲痛な叫び声だけが、空間内に広がった。

 

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