62日目 逆転のリリース
それは真夏真っ盛りの中で、行われていた。
護熾とユキナが帰ってから一週間後、ガシュナは研究所の地下の練習場にいた。
部屋の中央にはコンクリートの壁があり、高さは五メートルほどだった。
しかしそれが何の唐突もなく崩れ去り、割れた所からガシュナが飛び出してきた。
まるで水の中から飛び出してきたような感じで槍を前に突き出し、壊したとこから出てきたようである。
その眼は海のように深く、空よりも蒼かった。
持っている槍は細くなったものの、むしろ威圧感が増していた。
ガシュナは床に足を付け、飛び出してきたスピードを殺すと止まり、息切れをしながら元の状態に戻ると膝に手を置いて、疲れた表情で自分が壊したコンクリートの壁を見た。
切断面があまりにもきれいな円形。
その様子を見ていたトーマはガシュナに近寄ると警告するように言った。
「あんまり無茶をするな。その状態は長くは保ってられないし、おまけに頑張ったとしても二回が限度だぞ?」
「――――それでもやる。例え体がぶっ壊れようとも……」
そう言うとガシュナは青いセーターを脱ぎ去り、鍛えられた上半身を露わにすると、またコンクリートの壁へと挑戦しにいった。
全ては自分の護る者の為に、ガシュナは再度、髪の色を海のような色に変えた。
「何だ? その姿は?」
「貴様に答える義理があるのか? 知りたければその身で受けて確かめろ」
右足を大きく後ろに引き下げ、鋭くなった槍をしっかりと握り、底なしの海を思わせる蒼い瞳で睨み、額に皺を寄せる。
相手は自分が戦った中でも一番の敵。短い時間で決めないと後の戦いに響いてしまう。
そして一瞬だけ動きを止める。
本当に一瞬だけだった。
レオルは一瞬、ガシュナを見失うがすぐに槍を横にして防御態勢に入ると飛び出してきたガシュナの槍の刃先が柄を捕らえ、そのまま斜め上に突き飛ばした。
空中に投げ出されたレオルは空中で体を留めると手の平を矢のようにこちらに向かって跳躍したガシュナに向けると赤い球体を作りだし、その球体から放射状の光線が一直線に襲いかかってきた。
「ガシュナ! 線だ!! 危ない!!」
護熾の呼びかけも虚しく、線は見事にガシュナに直撃し、黒い煙を生んだ。
手の平を向けるのをやめたレオルは敵を討滅したかどうか煙が晴れるまで分からなかった。護熾達三人も曇天の空を仰ぎ、ガシュナの安否を気遣った。
すると護熾達の心配を掻き消すかのように青い一筋の光が黒煙の中で瞬いた。
そして凄い速さで何かがレオルに向かって飛んできて、避ける暇も与えずにそれは右肩を深々と突き刺した。
青い血が出る。
突然何が起こったのか理解できなかったレオルは自分の肩を見るとそれはガシュナの持っていた鋭い槍で、力強く光っていた。そして爆発が起きる。
爆発の前に何とか引き抜いて直撃を免れたが、負傷したレオルは確信を得た。
これはすなわち相手がまだ生きているということに。
そう理解すると黒煙の中から槍を携えたガシュナが凄い速さで煙の尾を引きながら突っ込んできた。
すぐに槍で受け止めるが、あまりの力に押され、また吹き飛ばされるのを肩の痛みがあるものの、何とか堪えた。
自分が受け止めた相手を見ると、ガシュナは、まったくの無傷だった。
その姿にレオルは驚きを隠せず、大きく目が開かれる。渾身の力で撃った『線』を防ぐこともなくまともに食らったハズなのにまるで何事もなく自分と槍を交えているガシュナの姿はレオルから見るとまさに――――
(―――蒼き狼―――)
「こんな程度か? がっかりだぞ」
「まさかあなたのその最大限解放がそれほどまでとは―――やはりあなたは危険すぎる」
レオルが言い終えるのと同時にガシュナは無言で大きく後ろに下がった。
下がったと同時にレオルの隠していた、槍を持った第四の腕が飛び出してきて、何もない空間へと伸びた。
「ほう、どうやら貴様にも隠し芸があったとはな」
「そう言っても、あなたは見えない腕による攻撃さえ、避わしていたではないか」
腕が四本になったレオルの姿はまさに異形というのにふさわしく、生物の根源的な恐怖を具現化したような姿だった。
一瞬、判断が遅れていたらあえなく串刺しになっているというゾッとするような事態にもガシュナは冷静を保ち、哀れんだような目で異形な姿のレオルを見つめた。
両手で槍を持ち、残りの二本の腕をメキメキと軋ませながら長く伸ばし、それぞれ槍を構えたレオルは三本の槍を一斉にガシュナに向ける。
あまりの凄い戦いに息を呑んだ護熾は一瞬も目を離さずに空中で対峙しているガシュナをずっと見ていた。
二人はすり足で一歩、また一歩と互いに無言で近づいていく。
二人の距離が縮まっていくごとにその緊張がどんどん高まっていくのが護熾達にも解った。
そして先に突然、ガシュナが走る。
レオルは受けて立とうと槍を全てガシュナへと向ける。そしてまず第3の腕を大きく前に伸ばす。
槍がガシュナの頭を掠め、髪の毛が数本空に舞う。
続いて第四の腕を伸ばし、今度は腹へとまっすぐ伸ばす。
ガシュナは走りながらも体を僅かに横に動かし、セーターに突き刺さりながらも前に踏み込む。
そしてガシュナは持っている槍を前に突き出し、レオルも前に突き出す。互いに槍の刃先同士がぶつかると一瞬だけ互いの顔を火花で照らした。
そしてその勝負は呆気なく決着が着いた。
ガシュナの槍がレオルの槍をそのまま壊し進み、横に振って砕き散らせるとレオルはその表情のない顔についている眼で見た。
自分が持っていた槍を構成していた物質が宙に散るのと、それを壊した蒼き戦士の姿を。
何もかもがゆっくりと動いて見える世界にレオルはガシュナの言葉を聞いた。
「強かったぞお前。だがこれで終わりだ―――吹き飛べ」
最後のトーンを強く言うと凄まじい覇気と共にドンッ! と音を立ててレオルの胸を貫き、その勢いのままで槍ごと投げ飛ばし、観客席へと真っ直ぐ矢のように突っ込ませていった。
槍が石で出来た観客席を破壊し、動きを止めたときには壁にレオルが磔にされていた。
口から青い血を遠慮無く吐き、抜け出そうと槍を掴んで藻掻くが槍は一センチも動かなかった。
ガシュナは、そんな、磔になっているレオルを見上げると、静かに言った。
「終わりだな、憐れなもんだ。」
「ウッ………見事です。まさかここまでとは……だが貴様らではマールシャ様には勝てん。絶対にな」
「そんなのは知らん。やらなきゃ分からない。せいぜい成仏しとけ」
「フフ、ならば見てこい、絶望を……"あの方"に栄光あれ……」
観客席から飛び降り、普通の開眼状態へと戻ったガシュナの後ろで耳を劈くような大爆発が起き、レオルがいた一帯を跡形もなく吹き飛ばされていた。
そして当然、レオルの姿も死亡を確認する塵もすべて槍の爆発によってかき消されていた。
(―――セーターが破けちまった……ミルナに怒られるな)
「終わったのか?」
「終わった。先行くぞ」
息切れ一つもしていないガシュナは護熾の質問に対して短く答えると出てきたところの反対方向に同じような入り口を見つけ、休むことなくそこに向かって歩き始めた。
最大限解放のおかげなのか、疲労もないようで戦う以前の状態で次の戦場へ移動していった。
(何だよ、本当にこの二人、俺の何倍も強い……)
二人の戦い振りを見て、護熾は改めて二人の実力を知り、少しつまんなそうな顔をして立ち止まると、ガシュナの『何をしている? 早く来いモズク』に反応して急いでその場から離れていった。
そして一同は次に控えているのは誰だかもう分かっていた。
今回のこの事象の張本人、『マールシャ』が待っていることに。本当の戦いはここからだ。キリッとした面持ちでコロシアムを後にした。
ガシュナがレオルに勝利した同時刻。
トーマからの通信が徐々に切れていき、シバが必死に聞き取ろうとするが限界が近づいていた。
『ガガガ――ガガ――ここ―から―あ―と―ガ―100―メートル―だ―ぞ』
「真っ直ぐでいいのか!? トーマ!」
『ガガッ――そう――だ―ガガッ――ここ―ガッ――までの――よう――だな』
進んでいくごとにひどくなっていく騒音にとうとう聞き取れなくなり、通信が完全に途絶えた。シバは目をつむり、トーマの残した言葉を頼りにアルティを先導し、百メートル先の地点へ急いで行った。
途中、怪物が出現するが走りながらなぎ倒し、真後ろから襲いかかってきたのはイアルの抜刀で縦に真っ二つになった。
地獄を切り抜け、指示された地点に行くと壁が立ちはだかっており、行き止まりになっていた。横を見渡しても袋小路のような場所だった。
場所が違ったとあきらめようとした刹那、アルティが壁に手を押し当てるとそこから一気に壁が崩れていき、大きな穴へと変わっていった。
アルティには壁の向こうで多くの人が倒れていることに気がついていた。
「よくやったね! アルティ、この中を行けばいるのね?」
意気揚々とイアルが中へ入ろうとしたら何かがイアルに倒れ込んできた。
突然のことで驚いたイアルは硬直したが、自分の胸の中へ倒れ込んできたものを見ると熱があるみたいに顔を赤くし、苦しそうな表情で息づかいの荒い女子生徒だった。
イアルの胸の中で呻くように女子生徒は言った。
「ハァ……ハァ……みんなを……助けて下さい……」
「もう大丈夫よ―――海洞に感謝しなさい」
イアルは優しく女子生徒を抱き上げると、シバの部下達が入っていた穴に、そのまま続くように中へと入っていった。
ギバリもリルも互いに顔を合わせてから中へと入っていった。
アルティは入り口と自分の空間を作るので精一杯らしくその場から動かず、シバはアルティの護衛として中へ入った七人に任務の完遂を託した。
禍々しい赤い空間。
その空間を走り抜くごとにだんだんとマールシャの気配が大きくなっていることに空気がそれを伝えるかのように護熾達の顔を叩いていた。
そして突き進むこと三分。
その赤い空間が急に大きく開け、巨大な部屋が視界に広がった。
途轍もなく広い空間というだけで特に何もなかったが、邪気のような空気が体にまとわりついてくるような感覚だった。
突如何の前ふりもなくこの部屋の中央を囲むように柱が四本、地面から勢いよく飛び出し、三十メートルほどの正方形を作るとそこから闘技場みたいなコンクリートの床が地面から浮き出た。
そして四人はそのフィールドの中央を見る。
空間が縦に割れ、がばっと開いたとこから足が地を踏み、中から外骨格のような皮膚を纏い、にやりとした表情を浮かべ、まるで雑踏の中で待ち人を見つけたような、楽しそうな、弾んだ目で『脅威』が姿を現した。
体から出ている気はおぞましく、邪悪なものだと伝えてくる。
「待ちわびたぞ~、よくぞ我が下僕達を倒したなァ? 眼の使い手共よぉ」
そう馬鹿にしたような発音で四人に歩み寄る。
すると一瞬で、周りの空間がマールシャの放つ気で染まり上がる。
先程の三体の怪物達と比べ物にならないほどの、強大な気力。
その気にアテられた四人は、すぐさま戦闘態勢に入り、身構える。
「そーぉ堅くなるなよぉ? さて、この私に一人で来るか? それとも全員で来るか? あ、全員で私にかかれば、いくら何でも私の方が負けるだろうがなァ~?」
(何だこいつは? 先程の連中とは比べものにならん。それにあの余裕、間違いない、奴がマールシャと呼ばれる名前持だな……)
見た目と、気力の内蔵率からこれが報告にあった怪物だと判断したガシュナは全員でかかった方がいいと判断すると、そのことを全員に伝えようと顔を向けると、ユキナがただ一人、三人の前に立って、刀を構える姿勢を保つ。
「おい、貴様分かっているのか? これは全員でかかった方が有利だ」
「うん、分かってるよガシュナ。でもね、休んでて」
「? 意味が分かっていっているのか? 奴は先程の三体とは―――」
「分かってる、だから休んでって言ったのっ」
そう抑えつけるように言い、それから肩越しに三人の姿を捉えると、
「まずラルモはさっきの戦いで怪我をしてるから万全じゃないし、ガシュナだってさっきの技はかなり無茶をしているから傷は治せても疲労が残ったままでしょ? そんな状態で四人全員でかかったところで、却って互いの気遣いで足の引っ張り合いになると思うの」
「…………!」
「お、おいユキナ! 俺も戦うぞ!?」
「護熾は、まだ戦い慣れてないから、ここで見てて」
「お、おい! 俺だけ指咥えて見てろってか!?」
「違うよ。あなたの身を考えてのことだよ? それとも私が負けるとでも思ってるの?」
「そ、それは……」
「護熾、今度は私だけを信じて。この戦い、勝ってみせるからさ」
「……死ぬなよ」
「言われなくても」
そうしてユキナは、男三人を残し、フィールドへと足を踏み込んでいく。
その姿は、もう小柄な少女という可憐な姿ではなく、本来隠れていた、戦士という部分を露わにした姿であり、一つ一つの歩みが剣先のように、鋭い殺気を帯びている。
そして相手から六歩程度離れたところで歩みを止め、そして顔を合わせる。
「お前が私の最初の犠牲者か? ユキナよ?」
「……慣れ慣れしく――――」
瞬間、足の裏を爆発させたかのような速度で地面を蹴り壊し、前方へと弾き出すと、刀を構え、相手の懐に入り込む。
「呼ばないで」
「これは失礼した」
短い会話の後、その場は激しい轟音に包まれた。
一日だけで嫌と言うほど味わった二人はその全ての元凶を絶たんと今戦場に立った。
険しい表情で睨む護熾は己の意思を拳に込め、ユキナは自分の守る『人達』を奪った敵に対する憤怒の気持ちを刃に変え、気持ちの高ぶりを見せる。
マールシャはそんなユキナを楽しそうな表情で出迎え、歩いて近づくと互いに対峙した。
その雰囲気にもう理由などいらなかった。
その目に映っているのは狂喜と獰猛な笑み。
その眼に映っているのは怒り、或いは必ず倒すという強い衝動。
互いの準備が再度整った時、空気に静電気でも奔ったかのようにピリピリと緊張が伝わり、顔を見合わせた瞬間が全てを終わらせる戦いの火蓋を切った。
先に飛び出したのはユキナの横薙ぎの一振りで前に大きく踏み込みながら斬るが、マールシャは瞬時にバックステップをして何もない空間を斬らせた。それから手を床に着いて急ブレーキを掛ける。
ユキナは攻撃が終わった直後、すぐさま地面を蹴って前に飛び出し、体勢を戻そうとするマールシャに向かって飛び出し、相手の一瞬を突く。
それに対し、咄嗟に反応し、ブレーキに使っていた手で地面を押し、自分を後方へ飛ばし、刀の切っ先から逃れ、そして改めて体勢を立て直し、そして何事もなかったかのように言う。
「ほお、お前、思ったよりやるではないか? フフッ」
見た目とは裏腹に、ユキナの実力に感嘆の声を漏らしたマールシャは人差し指をいきなり向けると指の先に小さな黒い球体を作り出した。
紛れもない怪物特有の『線』と呼ばれる貫通力を上げた気を発射する技である。
咄嗟に気付いたユキナは勢いよく体をその場から弾き飛ばすとその瞬間に線が撃たれ、着弾し、大きな爆発音と共に地面を壊し、煙を辺りで包み込んだ。
煙の中で飛び出していったユキナを探すマールシャは、突然腕を自分の顔の横に持ち上げると、煙の中から飛び出したユキナが上から渾身の力で刀を振り下ろす。
ギイイィィンと金属音に似た音を響かせ、ユキナの表情は驚愕に染まる。
(硬い―――――!!)
傷一つ付かない腕を振るうとそれだけでユキナの小さな体は容易に吹き飛び、空中で身体が弄ばれるが、すぐに体勢を立て直して相手の出方をしっかり見ながら、地面に着地する。
「…………」
「ユキナ! 大丈夫か!?」
「うん……大丈夫だよ」
護熾のかけ声にちゃんと返事をするが、内心では相手の分析を怠らない。
どうやら、相手のあの体皮は自分の刀のような斬撃に対し高い耐久能力を持っているらしく、この前出会して勝利を収めた名前持のガナの体皮以上に硬いらしい。
しかもそれが全身を覆っているので破壊しなければダメージはおろか勝機はないだろう。
(……ラルモみたいに衝撃を与える武具を使えたら、よかったのに……)
そんな希望的な願望を頭に浮かべるが、そんなことはできないことは分かっているので冷静に最善策を考えることとする。
すると今度は、マールシャが先陣を切り、矢のように突っ込んでいくと数メートル手前で跳躍し、片膝を突き出して飛び膝蹴りをする。
ユキナはその攻撃に対し、ヒョイッと首を動かして蹴りを避けると、姿勢を低くしてからの下から上への斬撃を繰り出す。
その斬撃に対し、マールシャは足でその斬撃を受け、強度を信じて受け流した後、人差し指を彼女に向け、黒い小さな光球を作り出す。
ユキナはすぐさまそれに反応して身体を横に一回転させ、遠心力でもう一度叩き込もうとすると、瞬間、目の前から相手の姿が見えなくなる。
既にマールシャはユキナの視界からいなくなっており、見つけようと首を回す彼女の後ろから残像混じりで姿を現す。
「スピードには自信があるんだ。ほらぁ、遅いぞぉ?」
「それだったら私もよ」
「何!?」
マールシャが驚いて声のした方向に顔を向ける前に、後ろからユキナの瞬速の居合い切りが胴体に炸裂する。
しかしさっきと同じようにギイイィィィンとさっきより大きい金属音が部屋の中を響かせるだけだった。
マールシャはまともに食らったが後ろに大きく弾き飛ばされただけでまるで何もされていないかのような状態で体を反転させ、その場で佇む。
「驚いたな。お前の速力が私より上だとはな」
「私も驚いたわ。自分より上がいないと思って自慢している奴なんて」
「そうかな? 偶然かもしれんぞ? ならばもう一度見せ給えよぉ?」
「……じゃあ遠慮無く」
刹那、音もなくユキナはマールシャの懐に潜り込み、
「ぬっ!?」
顎を突きで斬り上げ、
「ぐっ!?」
思わず怯んで下がったとこを袈裟斬りをし、
「ぬおっ!?」
さらに仰け反らせるとそのまま空いた胴に銀色の刀身を滑らせると一気に斬り抜けた。
「ぬっ! …………しかし今のはちょっと惜しかったなァ?」
けれど気持ちいいほど急所狙いの三段攻撃が決まったのにそれでもやはり傷一つどころか欠けさせることもできない。
それを見て、ユキナは思った通りだったという気持ちと、少しは傷を付けられたかなという期待を裏切られた気持ちで刀をもう一度握り直す。
「じゃあ今度は、本気でいくね?」
そう宣言すると、弾丸の如く相手を滅する刀を携えて向かい、逆手に持ち替え、自分の懐に隠し持つようにすると無駄かもしれない攻撃を決めに向かった。
「―――小賢しい」
マールシャは呟くと、ユキナの頭上に柱が出現して、突如もの凄い勢いで落下してくる。
それは、彼女の足の速さにピッタリと合わさり。見事上から叩き付けるようにする。
背中から床に押さえつけるようにされたユキナの体は巨人にでも押さえつけられたかのようにうつ伏せで倒れ、見ている光景が大きく傾いた。
「ガ―――フッ!?」
何が起こったか分からず必死に立ち上がろうと床に手をついて体を持ち上げようとするが、それを邪魔するかのように柱から激しい頭痛が波のように襲ってきた。
「――!! あ、ぁあああぁぁあああぁぁぁ!!」
「!! ユキナっ!!」
頭に直接電気ショックでも流されているような激しい痛みにユキナは思わず刀を手から離す。護熾はその光景に耐えられず、ガシュナ達の横をすり抜けてフィールドに駆け上がる。 そして、その姿を楽しそうに見ているマールシャは上から語りかけた。
「忘れたのか? お前達の『痛み』の原因を作り出した柱を作り出したのは私だぞ? これを攻撃の手段にしない方がおかしいだろ?」
汗だくになって倒れているユキナはすぐに理解した。
あの柱の気による激しい頭痛のことを、そしてそれで気づけずみんなを巻き込んでしまったことを思い出すと落とした刀を握り、身体の上に乗っかっている柱を伏せたまま一閃、切り捨ててバラバラにすると、重力で押さえつけられているような感覚に襲われている体を無理矢理立ち直らせた。
そして、護熾が駆けつける前に、
「うああああぁぁあああぁぁああぁ――――!!」
絶叫すると刀を自分の胸の前で横にし、峰に手を押し当てるとそこから気合いなのか、マールシャの呪縛を吹き飛ばす風のような気力が、ユキナを中心に吹いた。
自分の攻撃から逃れたユキナに少し感心したような表情をしたマールシャは一歩一歩近づく。
「―――見事だな」
「ハァ……ハァ……これでもうその攻撃は……ハァ……効かないわ」
「強がりはよせ。説得力のかけらもない」
ガクンと肩を落とし、両膝を床に付け、疲労で苦しそうに息をしているユキナに近づき、蹴りを繰り出した。しかしそのユキナを蹴り飛ばし、一人目を仕留めようと思われた未来図はいとも簡単に突き崩された。
まるで意識の死角をついた速さで護熾がすぐに二人の間に横から滑り込み、胸の前で交差させた腕で蹴り上げるようにした足を受け止め、ビリビリと衝撃を食らい、ユキナを攻撃から護った。
いつ、そしてどうやって気付かれずに滑り込んだのかに怪訝そうな表情を浮かべたマールシャに護熾が受け止めながらにやりと歯を見せて笑う。
「俺を忘れんじゃねえよ? お前の相手は『二人』だぞ?」
交差させた腕を上に突き出し、足を上に持って行かれ、後ろに倒れそうになったマールシャのガラ空きになった胸へすぐに拳を放つ。
決められたマールシャは目を見開いて体に地震のような震動が奔ると体をくの字にして後ろに吹き飛び、柱の一角に体をぶつけた。
柱は壊れなかったがさすがのマールシャも護熾の攻撃が効いたらしく背中を打ち付けた後、片膝を付いて痛みに堪えていた。
両膝を付いているユキナを支えながら立ち上がらせ、護熾は攻撃が硬い皮膚ごしに食らったマールシャに向かって、言った。
「へへっ、やっと効いたか? 怪物さんよ? 打撃には弱いみてえだな?」
「ほお、やっとお出ましか? 随分長い見物だったではないか?」
「ご、ごおき……?」
そう結果に喜び、まだおぼつかない足どりのユキナがこちらを驚いた表情で見ていることに気がついたのか、護熾は軽く微笑み、その頭を撫でてみせる。
「選手交代だ。今度は俺がやる。お前は、休んでな」
不思議と、そう頭を撫でられたことが、彼女に少し何かと違う気持ちを疼かせる。
彼を此処に立たせるのは、あまりにも危険なのに、何でそう否定できない?
この気持ちは確か……思い出せない。
そう考えている内に、護熾は勇みよく前へ身体を飛ばしていった。
討伐班、マールシャと交戦中同時刻。
煉獄の檻に到着した救出班のうち、アルティとシバを除くメンバー全員が中の光景に驚いていた。
あまりに広い空間でその空間の隅に一つ一つ建てられた合計四本の灼熱のように波打っている柱。
そしてそれに囲まれるようにして横たわって寝ている千人ほどの人々。
イアルは女子生徒を抱きかかえたまま驚愕の表情で捕まった人々を見ていたが、その女子生徒が呻くようにしたのでゆっくりと地面に下ろし、しゃがみ込んで安心させるかのようにそのショートヘアーを撫でると眠そうな目で訴えてきた。
「お願い……みんなを……」
「ええ、今から助けるわ。お願いリル!!」
「ハイハイサ~~~行くよ~皆さん!」
「ハイだもんよ」
イアルに頼まれたリルは敬礼のポーズをするとギバリとシバの部下達と共に、まず一番奥にある柱から対建物用の爆弾を仕掛けに走っていった。
女子生徒は自分の前に現れた軍服の少女を本当にいるのかどうかさえ分からなくなってきた。そしてまたマールシャの煉獄の檻による睡眠作用が再発し、視界が闇に覆われる中、イアルの言った『海洞に感謝しなさい。』の言葉に
(―――ああ、海洞君が助けに……あとで礼を……言わなくちゃ……)
そして深い闇の中へと意識を沈めていった。
リルは三つ目の柱にリュックから取り出した黒い箱をギバリに、兵士達に一人一人持たせ、支えさせながら柱の下部に取り付けると最後の柱に向かって走り出す。
イアルは助けを求めた女子生徒が眠りにつき、死んだように項垂れたのを見ていたが、やがて立ち上がり、『元の世界に帰りなさい』と静かに呟くと、
「イアル~~~全ての柱に仕掛けが完了したよ~」
リルの全ての柱に爆弾の設置が完了した報告を受けると、ここの人達と一緒に現世に飛ばされては大変なので急いで全員でこの煉獄の檻から脱出をする。
リルもギバリも侵入した穴から出て行き、最後の兵士が奪取を終えると、入り口から顔を覗かせて中の様子を見ながら、リルは遠隔操作用のグリップの上部に付いているボタンをカチッと押した。
柱の下部に付いている黒い箱状の爆弾が唸りを上げる。
点滅していたランプが一斉に赤く光ると作動した。
柱に震動を与えるとヒビを作り、大災害にも似た地響きを煉獄の檻内に響かせ、小規模の爆発を起こした。爆発による破片はほとんどなく、煙だけが各柱を包み込んだ。
そして柱全体にヒビ割れがおこるとその場で積み木みたいに崩れ去り、赤く光っていた柱は沈むときに光を失い、黒い色になると空間に溶けていくように姿を消していった。
同時に倒れていた人々も柱が消えるのに伴ってスッと影みたいに姿を消し、気配を完全に消し去っていった。
「………やた……成功だ。」
「おおおおぉぉぉ!! リルやったもんよ!!」
「―――失敗したらどうなったことやら」
「よくやったみんな、少し休んどけ」
外で待機していたシバの言葉に甘えて、全員、息を漏らしたかのようにため息をつく。
イアルは背中に背負っていた鎌を外すと座り込み、横に置くと ふう~、と安堵のため息をつき、暗い空を仰ぐと心の中で二人に完遂の報告をした。
(―――海洞、ユキナ。任務完了よ。そっちもパッパとやって帰ってきなさいよ)