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ユキナDiary-  作者: PM8:00
62/150

61日目 孤高の将狼









 

「何だ……それは…………何だ、何だそれは――――!!」


 血が止まらない右手を左手で押さえながら、ハースはラルモの持っている双剣を睨み、巨大な獣が発する遠吠えのような声で吠える。

 ラルモは持っている双剣をふいと目をやり、そして顔を相手に戻してから、言う。


「弓を双剣に変えただけだよ。こうしないとやられてたからね。これで君の手を斬ったんだよ。切れ味は中々でしょ?」


 そう言い、手にした武器を構え、刃先を向けていつでも再戦を可能な体勢にしてから、


「これで終わりだよ。時間は掛けられないからね」

「ゴアアアアアアアアァァァァ――――――!!」


 そう付け足したラルモの言葉に、憤怒したハースは怒り狂い、空気を震わせるような雄叫びを空間内に広げると使える左手をラルモに向かって勢いよく伸ばし、今度は攻撃させる暇も与えずに捕まえ、握り潰そうと試みるが冷静さを失ったハースとしっかりと見極めているラルモではもう決着が着いたといっても過言ではなかった。


 一直線の大振りの攻撃をやすやすと避けたラルモは横に掲げた双剣を持ったまま疾走し、そのままハースの股の間に潜り込むと通り抜ける瞬間に足の腱を切り裂き、同時に大きく後ろへと跳躍するとハースは二度目の地に背中を付ける行為を行った。


 大きな地響きを立てて倒れ込んだハースにもう立ち上がる術はなかった。

 それが理解できないハースは大木のような太さの腕を地面に付け、立ち上がろうとするが、その刹那、その目に映り込んだのは自分の真上に大きく飛び―――黄色く輝く大槌を大きく振りかぶっているラルモの姿がそこにあった。



「ま、マールシャ様―――」

「だらっしゃーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 絶叫しながら巨槌を振り下ろし、ハースの突き出した腕ごと地面に深々と埋め、轟音と共に花畑の花びらがぶわっと宙に大きく舞い、幻想的な光景を生み出した。


 そしてその花びらの中に黒々しい花片が一緒に舞い散っていき、白煙が晴れ、肩に巨槌を担いだラルモが姿を現した。息切れをし、疲れた顔をしてその場に座り込むと巨槌はガラス細工のように粉々に砕け散って花びらの仲間入りを果たした。


 戦いの勝利者の元へ見守っていた三人はすぐさま駆け寄り、地面に背中を付けて仰向けに倒れているラルモの顔を覗き込むと親指を立てて、心配そうに覗き込んでいる三人の顔の側まで持って行くと笑いながら、


「―――やっぱ辛かったわ……アルティいないときついなこりゃ」


 勝利の言葉を告げた。







 一方その頃、救出班、及び討伐班が“異界”への侵入を果たしてから十分後が経過した中、次元の裂け目の側で九人の帰りを車の中で待ちわびているミルナに医療班の一人が心配そうに声を掛けた。しかしミルナは首を小さく横に振るとそっと閉じていた瞼を開き、次元の裂け目を見つめながら呟いた。


「私は……私の出来ることをやるだけです」


 愛する人のまた元気な姿、親友と自分を取り巻く仲間達がまた元気よくこの出口から笑顔で出てくることを願う少女はずっと手を握ったままずっと待っていた。










 花畑に身を置いた討伐班はひとまずラルモの回復を待ち、三人はそれからどこか出られないかと首を回して辺りを見ると、目の前の花畑のど真ん中に入ってきたのと同じような『次元の裂け目』が現れるのを見た。

 まるでこっちに来いと言っているようである。


「あれが次の場所に繋がっているらしいね」

「じゃあ、行くのみだな」


 ラルモの回復が済み、立ち上がった四人は足を進め、次の戦場へと向かう次元の裂け目へとその体を動かし、順番に中へと入っていった。

 マールシャの作り出した幾種類もの花が咲き乱れ、虹を貼り付けたようなかのような、色とりどりの大地はこの場所に人がいなくなるのと同時に、枯れ果てて、また何もない空間へと変貌を遂げた。




 同時刻、救出班でも異変が起きていた。

 アルティの作り出した異空間の中を伝って進んでいるシバ達一行はアルティの作り出している空間が少しずつ小さくなっていることに気付き、シバが走りながらアルティの顔を伺うようにすると少し汗をかき、眼を普段より少しだけ細めた表情で必死に空間の持続をしていたので、声を掛ける。


「大丈夫か? アルティ。すまないね、君しかこの異界をくぐり抜けられないから」

「…………いいえ、大丈夫です。お気遣い無く」


 無表情のまま答えると今度はイアルが走りながらアルティの肩に手を掛けて、微笑んだ表情で言う。


「アルティ、無事帰れたらパーっとやりましょうね」

「………………」


 無事戻れたら打ち上げをしようと提案し、アルティは何も言わなかったが目でイアルに答えた。

 そしてトーマの言っていた進行方向へと変え、赤い血のような壁の中へ突き進んでいった。






 護熾達が入った空間内は少し進むと光が見え、怪物達に襲われる前に楽に行けると踏み、急いで行くと視界に広がったのはまるでローマにあるコロシアムの中のようだった。

 コロシアムの中央は楕円形になっており、何故か壊れた車や建物の瓦礫が辺りに散らばっている。


 中央半径10メートルほどの空間には何もない。

 上を見上げると不気味な曇天が空を覆っていた。

 一行はそこに歩き着く前に丹念に見渡しながら戦闘態勢にはいっていく。

 そしてガシュナが立ち止まり、他の三人もそれにならって足を止めると瓦礫の一つに腰を掛けてこちらを見下ろしている怪物がいることに気が付いた。

 そして観客席にも一体、曇天に向かって槍の先を向けている怪物がたたずんでいることに気付く。四人は互いに背中合わせになると二体の怪物を睨みながら、呟く。


「二体か……厄介だな」

「どうする? 私達全員で行けば大丈夫だと思うよ」

「はあ~簡単には行かせてくれないね」

「待て、俺一人でやる」


 今度は、ガシュナが一人で前に出た。

 今度の相手は二体なので当然他の三人は止めようと声を掛けるがギロリと睨まれ、思わず後ずさってしまう。

 三人が後ろに下がったのを確認したガシュナは中央の楕円形のフィールドへと足を進め、そして観客席で蔑んだ目でこちらを見ている――レオルを見返した。

 瓦礫に腰掛けていた怪物は自分が無視されたと怒り、そこから飛び降りると丁度ガシュナのいる楕円形のフィールドへ降り立った。


「げきゃきゃきゃきゃ! ひどいぞお前、俺を無視するなんて!?」

「静まれ、ジュル。お前の目の前にいるのは私達の対戦相手だ」

「レオル!! おりゃぁ、こいつに恨みがある。さっさと始め―――」



 バシュンッ


 突然の雷音が、言葉を掻き消すほどの大きくなり、一瞬その場が蒼く染まる。

 そして、言葉が途中で途切れたのはジュル自身、何が起こったか分からなかった。

 それから動かない頭の代わりに目だけを横に動かすと自分の頭に、掌から青白い槍を突き通しているガシュナの姿が眼に映った。


「これでいいのか? うるさい奴は消えたぞ」

 

 ずぽっと槍を引き抜くと同時にジュルは息を詰まらせた声を出し、その場に崩れ伏せ、コロシアムの大地に頭を付けると塵へと変わり、そのまま姿を消した。

 目下で仲間が一瞬で倒されたレオルは特に動揺もせず、まるで仲間など最初からいなかったような雰囲気で観客席から飛び降りると地面に足を付け、ガシュナに歩み寄りながら言う。


「まさか貴様がそれほどの実力を持っているとはな、些か私の見立ても狂いがあるようだな。そしてジュルを一撃で倒したのは褒めてやろう」

 

 楕円形のフィールドの中に入った。対峙する両者は一方は冷たい視線を飛ばし、もう一方は表情のない表情を浮かべていた。

 そしてガシュナは掌からもう一度槍を精製するとそれを片手で持ち、槍先を相手のドに向けると、


「だがあんな小物を倒したところで、何の自慢にもならん。そして偶然にもお前と俺は同じ武器だ。だが使い手が違うなら善し悪しはそれで決まる。あの時とは違うぞ」

「ああ、それは分かる。あの時の気とは何倍も違うのは感じ取れる。そう、まるで獣みたいな感じだ」


 両者が睨み合う中、殺伐とした空気がコロシアム内を包み込み始めた。

 そしてそれを見守る護熾はガシュナが槍使いだと初めて知り、持っている槍へと注目を向ける。

 青白く槍はガシュナの気持ちに呼応するように強く光り、そして矛先をレオルに向けると、


「違う、俺は獣ではない」


 びゅんとその場から姿を消すかのように前方に飛び出し、突風と共にレオルへと激突していった。一方レオルは槍の柄でガシュナの攻撃の軌道を逸らし、互いの槍を交差させると顔を近づけ、


「では、貴様は"何だ"?」


 問いかけると、ガシュナは少し眉を細め、ギリギリと歯を食いしばって力を強くしながら、


「夫だ、当たり前のことを聞くな!」


 相手を思いっきり弾き飛ばした。

 レオルは空中で体を反転させながらもしっかりと体勢を立て直し、地面の上を滑りながらガシュナを見ると、さらなる追撃を加えようと走ってきている姿が眼に映る。

 レオルすぐに槍を持ち直し、矛先を風を切る音と共に前へ突き出すとガシュナの顔を掠め、頬に横一文字の切り傷を作りながらも眉一つ動かさずに槍を携え、懐に飛び込んできた。

 間一髪、体を横に反らし、体に抉り傷を残しながらも致命傷だけは避けられた。

 最初に会ったときよりも数段、強さが違うことに驚いたレオルは目を見開き、自分のすぐ側を通っていくガシュナを見ながら思う。


(やはりこいつは危険。ここで息の根を止めなければ―――)

 

 突き出した槍を元に戻し、通り過ぎたガシュナはすぐに体を反転させて、また対峙する形になった。


「貴様、思ったより強いな」

「それはあの時、俺の力を見くびった所為だろ。あの時の借り、何倍かにして返させてもらうぞ」


 ガシュナの右腕がしなやかに振られ、矛先が軽く輪を作って踊る。

 レオルは槍を持った手を下ろし、じっとそれを見つめる。


「―――っ!」


 ガシュナは短く息を吐きながら飛び掛かった。

 勢いよく前方に体をはじき飛ばし、走りながら両手で槍を握り直す。

 そして再度突っ込む。

 矛先は確実に相手の胸へと伸び、それでも動きを見せないレオルに疑問を感じながらもそのまま引導を渡そうと力を振り絞って一直線に前へ突き出した。

 だが、ガシュナの動きが突然止まった。

 強い衝撃と痛みが走り、ゆっくりと自分の脇腹へと目をやる。

 槍を持った腕がガシュナを貫いていた。それはレオルの腕脇から伸びていた第3の腕だった。


「貴様、何故ハースが気配を出さずにお前に近づいたか分かるか?」


 ガシュナからゆっくり槍を引き抜きながらしゃべるレオルは刃に付いた血糊をぶんと振って取り、何故第3の腕が出現したのか分からないガシュナはくぐもった声を出しながら、血を吐き出した。そしてがっくりと両膝を付いて、体勢を崩す。


「それが私の能力だからだ」

「―――何?」


 ガシュナの上げたその顔のその目はまだ闘志が宿っていた。

 それはまるで孤独の中を生きてきた狼のような、力強く、そしてどこか寂しそうな目だった。

 レオルはまだ闘争心が折れないのを見るとそのまま続けた。


「我々怪物には、階級が存在するのを知っているだろう? そしてその特有の能力を与えられるのは、私から上位の名前持からだ。つまりお前達が殺したハースも、ジュルも、ただの怪物だ。だが私は違う」


 そう言い、槍先を今度はガシュナに向け、続ける。


「私の能力は思ったものを一定時間"誤認"させることだ。貴様らの『結界』と同じように相手の視覚を誤認させる。ただし連続で使うことはできないが、もう充分だ。おそらくこの場で一番強いのは貴様、そう、ガシュナさえ殺してしまえばあとは怖くない。終わりだ」

「そうか……そうだったのか」


 護熾は矛先をがっくりと膝をつき、見上げているガシュナに向けているレオルに向けて走り出した。ユキナもラルモも後に続く。

 もう見ていられなかった。

 ラルモの時もそうだったが今回の敵はさっきと違う。

 明らかに強さが違うのが、空気にビンビンと伝わってきていた。

 それなのにガシュナはこちらに向かって走ってきている三人に掌を向けると、


「来るな!」


 ギロッと走り寄ろうとしている護熾達を睨み、叫んで止めさせると護熾は怒った表情で殺されそうになっているガシュナに向かって吠える。


「何でだ!? 何でお前は一人で戦うんだ!?」

「それは貴様ら二人には、まだマールシャと言う怪物が残っている。ここで無駄な体力を使わせないためだ!」

「一人だけカッコつけてるんじゃねえよ! その前にお前が死ぬぞ!」

「黙れ!! まだ負けたわけじゃない!!」

「この状況でまだ負けてないだと?」


 初めて表情を浮かべたレオルは怪訝そうな顔でまだ負けていないと言い放ったガシュナに疑問を感じた。傷こそは致命傷ではないものの、しばらくはその場で動かなければ回復しない傷でどう負けていないかが気になる。


「クックック……」


 暫しの間、意識の中に潜っていたためハッと気付き、ガシュナに目をやるとガシュナは笑っていた。今の状況とはかけ離れた、楽しそうな笑い声。


「何がおかしい?」

「フフ、まさかここで"これ"を使うことになるとはな。できればあとのマールシャの時に使いたかったがそんな余裕もなさそうだな。まあ、一回なら大丈夫か」


 独り言のようにそう呟いた後、突然ガシュナの雰囲気が変わった。

 持っている青白い槍が突然、激しく電気を張り巡らせると爆発波がガシュナを中心に起こった。近くにいたレオルは吹き飛ばされ、後方へ大きく飛ぶと何が起こったのか分からず、爆発で生まれた煙を見据えた。


 護熾達も何が起こったのか分からず、もしかしたら自爆したのではないかと懸念するが、ラルモはしばらく煙の中を見つめると、目を目開き、護熾が『どうしたんだ?』と質問したのに対し、答えた。


「ガシュナって暇さえあれば体を鍛えてるから強いんだけど、もしかして、とんでもないことになってんじゃあ……」






 煙を竜巻みたいな風が取り払う。

 その風を作っているのはガシュナが振り回している槍の風圧だった。

 そして煙が晴れるとレオルの目が見開かれ、自然と槍を握る力が強くなった。矛先をガシュナに向け、


「何故立ち上がれる? そして何だ、その姿は?」


 煙が完全に晴れ上がると中から辺りを濃い蒼い光で包み、体から蒼いオーラを吹き出し、ゆらゆらと髪を揺らしているガシュナの姿があった。その瞳はさっきよりも濃い蒼が染めており、レオルを見つめていた。

 プレッシャーが先ほどまでとはまるで違い、傷も回復していた。

 槍はさっきよりも鋭く、細身になっているので長く見える。

 力が溢れるその姿はまるで全てを包み込む海。


「もう手加減は無しだ。この怪我の代償は、貴様の命だ」


 にやりと微笑んだその笑みは、感情がほとんど無いレオルに少しだけ恐怖を覚えさせた。

 

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