60日目 道化の職人
護熾…………何であなたは私の手の届かないとこにいるの―――?
何で――――? ねえどうして―――? あなたは何者なの―――?
それでいいの? あなたはもう……
あなたはもう―――
密かに渦巻いていた気持ちが、少しずつ、姿を現していく。
四人の影が吹き抜ける風のように通り過ぎていった。
そこはあまりにも不気味な空間だった。
空間内は広く感じるが音は一切しなかった。
空間から出てきている火の粉のような光が照らしてくれているが明かりにしてはあまりにも寂しすぎた。
ここはマールシャの作った、異界。
空間と空間の間に自分の世界を作り出したのはおそらく邪魔されないで護熾達と戦うこと。
そしてもしもの時、逃がさないように或いは逃げられないようにしたのだろう。
温度はなく、ただ終わりのない道を走り続けているように思えるこの空間はまさにそう―――
地獄。
それしか言いようがなかった。
赤く光る空間は護熾達の死を誘っているように思え、できるだけ見ないように足を進めていく。
すると突然、空間内からけたたましい雄叫びが聞こえると地面から湧き出るように怪物達が蟻のように這い出てきた。
四人はすぐに戦闘態勢に入るとすごい勢いで怪物達を塵へと変えていった。
護熾は『邪魔だ!』と吠え、拳を繰り出して怪物を破壊し、ガシュナとラルモは体術だけで打ち砕いて数を減らし、ユキナは横薙ぎに振った刀をすぐさま逆手に持ち替えて、怪物達を横一文字に斬り捨てながら進んでいった。
シバ率いる救出班はアルティを先頭に捕らわれた人達のもとへ急いで向かっていた。
赤い空間をアルティが先へ行こうとするとアルティと同じ紫色の空間へと姿を変えて確実に前へと進んでいた。
『シバ! そこを一時の方向へと進め! そこの異界はまるで生きているみたいで進路が段々ずらされていくぞ! 気をつけろ!』
「アイアイサ、ナビをしっかり頼むぞトーマ」
『来たぞ!! 怪物達が!』
耳に付けた通信機から聞こえたように地面から湧き出た怪物達がシバ達の行く手を遮った。アルティは自分たちの空間を固持するのが精一杯のため何も出来ないが、残りの八人が戦闘へと臨んでいった。
まずシバの部下である四人がそれぞれ携帯している近接用ナイフや自動式拳銃で応戦し、別の方向からの襲撃に対し、睨みながら防護面姿のイアルは背負っていた鉄の棒を取り出し、ぶんと振り回すと銀色の三日月みたいな刃が姿を現し、高い金属音と共に大きな鎌へと姿を変えた。
同じく防護面姿のギバリもイアル同様に背負っていた物を掲げると豪快に振り回し、イアルとリルは驚いて間一髪で避けたのを尻目にその巨体の体に似合っている少し黒光りした大斧が姿を現した。
「ちょっと!! 危ないでしょ!!」
もう少しで怪我をするところでは澄まなかったイアルは怪物が目の前にいるのにも関わらずギバリの足を蹴り飛ばした。蹴り飛ばされたギバリは斧の重さでバランスを崩しながらもしっかりと立て直し、若干涙目になりながら素直に謝る。
「ご、ごめんだもんよ」
「分かったら別の方法でここで戦いなさい!」
ギバリに叱咤を浴びせたイアルは、近づいてきた怪物の脳天から躊躇無く縦に叩き割った。
シバは、今の状況から的確な血路を考え出し、すぐに閃くと後ろ腰当たりにあるベルトに括り付けられた長くも短くもないブレードみたいな物を取り出し、それを逆手に持ち替え、
「リル! 頼む」
「みんな!! 目をつむって!!」
後ろの方で控えていたリルに少し顔を向けながらシバは何かを頼むように言った。
そしてリルはおもむろに右ポケットから手榴弾を取り出すと安全ピンを外し、思いっきり怪物達の群れの前へと投げた。投げたと同時にシバ達は固く目をつむり、怪物達は何が投げ込まれたか興味津々でその物体を見た。
レバーがはじけ飛ぶと強烈な閃光が辺りを一瞬照らす。
そしてもろにその閃光を見た怪物達は錯乱状態に陥り、爪などを何もない空間に向かって振り回し始めた。
「行くぞイアル! ギバリ!」
「ハイ!」
「ハイだもんよ!」
それぞれ武器を持ったシバ、イアル、ギバリの三人は立ち塞がっている怪物達に向かって戦闘を開始する。閃光手榴弾の効果があるとはいえ、暴れている怪物達の攻撃を避けながらまず、シバが逆手で持ったブレードで懐に潜り込むとそのまま斬りつけて真っ二つとまではいかないが確実に怪物達を塵へと変えた。
イアルはしっかりと柄を握りしめ、横薙ぎに斬ると一気に三体ほどの怪物が面白いように体が上下に分かれ、攻撃範囲が広いのを利用して切り込み隊長へ成り代わり、どんどん塵へと変えていった。
ギバリも負けて折らず、豪快に斧を振り回しながら群れに突っ込むとシュパッと気持ちの良い音がして、怪物達は斧の重みで増した攻撃をまともに食らい、塵へと変えていった。
そして片づき、一安心した二人は武器を折りたたんで背中に背負い、アルティとリルの元へ向かおうとしたらまだ隠れていた一体の怪物が二人に向かって襲いかかってきた。
怪物の叫び声に気が付いた二人は急いで武器を取り出そうとするが武器が大型のために構えるまでに時間が掛かり、飛び掛かってきた怪物の攻撃を受ける刹那、まっすぐ飛んできたブレードが怪物の顔に突き刺さり、その場で落下した怪物は顔に刺さったブレードを抜こうともがいたがやがて動かなくなり、塵へと姿を変えていった。
冷や汗をかき、武器に手を掛けたまま立ち止まっている二人の横をシバが通り、塵に埋まっている自分のブレードを拾い上げると二人に向き直りながら、
「油断は禁物だぞ? 戦場はそういうとこだからな」
静かにそう言い、後ろ腰にブレードを仕舞い込んだ。
「隊長! こちらも殲滅完了です!」
「よし、よくやった! 先へ進むぞ!」
応戦していたシバの部下達も何の苦労もなく出現した怪物達を倒したので、シバに報告をする。
それを聞いたシバは、アルティに再び進むよう言い、救出班は確実に、前へと進み始めた。
一方その頃、護熾達も一段落が着き、全員無事かどうかを確認し合っていた。
全員無傷だと分かると休んでいる暇を捨てて、護熾は先走ろうとすると、ガシュナが声を掛けてそれを止める。
「待て貴様! 急ぐ気持ちも分かるがまずは状況判断からだ」
鬱陶しそうに足を止めた護熾は振り返り、渋々と三人の元へ戻り、胸の前で腕を組んだ。ガシュナは護熾が戻ってきたのを確認すると他の二人も見て、しゃべり始めた。
「奴らはどうも俺たちを試しているらしいな。」
「それがどうしたって言うんだ?」
「マールシャは明らかに俺たちの実力を試し、自分の元に来れるかどうかを見ているんだろう。」
「だったら先に行くのみだねガシュナ」
「しゃああ!! 燃えてきたぞ!!」
「時間の無駄だ。行くぞみんな」
早く行きたい気持ちを抑えきれなかった護熾は三人を置いてけぼりにし、走り去ろうとしたがガシュナのある一言でより、
「いい加減にしろモズク」
時間を食うこととなる。
「ッ!…………ああん? 何て言ったんだガシュナくん~~~~?」
あの緑色の食品の名を言われた護熾は振り返るとその表情は鬼神のような恐ろしい表情へと変わるが、当然、ガシュナはそんな程度のことでは動揺しない。
むしろ、凶悪な表情でこちらを見ている護熾に冷たい視線を向けながら再度言った。
「聞こえなかったのかモズク。先走って罠でもあったらどうする?」
「…………~~~~~モズクだとオオオオオオオオォォォォ!?」
「ああ~~なるほど~~~言われてみれば確かに」
「『変な顔』に続いて護熾を怒らす魔法の言葉だね」
ガシュナに勝手に付けられたあだ名に護熾は怒り、ラルモは護熾の今の容姿とあだ名が似合っていることに納得し、ユキナは後々使ってみようと見当していた。
護熾が殴りかかりそうになったのを二人で止め、ガシュナはしっかりと行くべき道へと前を見据え、三人に聞こえるように呟く。
「おい、あそこに光があるぞ」
ガシュナの視線の先を見ると確かにトンネルで見るような出口の光がここから100メートルほど先にあった。四人は一斉にその方向へと駆け出していった。
一方、煉獄の檻にて一つの変化が生まれていた。
一人の女子生徒が呻くように呟いた後、閉じていた瞼をゆっくりと開けた。マールシャのミスなのか、彼女はただ運が強かったのか、彼女は目覚めた。
そして自分が赤い光で照らされていることに気付き、顔を上げると彼女にとっては信じられない光景が目に入ってきた。
自分を取り囲んでいるようにそびえ立つ灼熱の柱
周りを見渡せばさっきの自分と同じように地面に横たわっている生徒達、職員達が全部で千人ほど柱に囲まれた空間に閉じこめられていることがハッキリと分かった。
震える足どりで立ち上がった生徒は睡魔が襲う眼を必死に開けながらゆっくりと前へ歩き出した。柱の方へゆっくりと、ゆっくりと、
「みんなを助けなきゃ………誰か……誰か………」
彼女は一人の少年のことを頭に浮かべながら赤く光る壁へと向かって進んでいった。
光が近づいてくる。
この気味の悪い通路のような空間から早く逃れるため四人はガシュナが見つけた出口と思われる白い光に向かって進んでいた。
そしてその光の中へ入っていくと
「何だ……ここは?」
四人が目を疑ったのは無理もない。
そこは一面に広がる花畑。色とりどりの花が散らしたように咲き乱れ、やや季節外れの雰囲気が目の前に広がっていた。甘い香りが今の状況とはかけ離れた安心感を生もうとしたがすぐにここはどこであるかと気付く。
四人は一斉に戦闘態勢に入る。
いる。いるのだ。
普通の怪物とは違う気配を纏った何かが、花のない開けた場所にいるのだ。
そしてその場所の地面から巨大な手が空を掴むように伸びる。
その手は花を叩きつぶし、花びらを宙に散らすとむっくりと起きあがり、四メートルもある巨大な人型の怪物が姿を現した。
あの、レオルと名乗った怪物と共にいた怪物。ガシュナは身構えて睨んだ。
護熾もユキナも、同じように睨んで体勢を整えるが、そんな中、
「待ってガシュナ。俺一人でいい。このあともしかしたら他の奴が出てくるかもしれねえからお前はそのときにやってくれ」
そう言いながら三人の前で腕を横に広げて制するように出たのは、ラルモだった。
「お、おいラルモ! 一人って危険じゃんか!?」
「おお護熾、そういえばお前にまだ俺の戦い見せてなかったな。まあちょっくら見物してな」
護熾の心配声にあくまで彼は明るく振るまい、そして顔を前に戻すと前方にいる怪物を見つめ、先程と打って変わって真剣な表情で三人をその場に残しながら戦場へとその足を進め始めた。
護熾は一人で行かせるのは危ないと思い、止めに入ろうとしたが逆にガシュナが腕を横に伸ばして護熾の行く手を妨げた。
「信じてやれ、そして貴様よりはあいつの方が強い」
それだけ言うとガシュナは一人で戦場に立ったラルモの背中を見た。
揺るぎない、信じた眼差しで―――
ラルモは怪物の目の前に立った。
見上げる形になるのだが、ラルモが小人のように見える。怪物は一人のこのこと自分の前に出てきた瞳も髪も鮮やかな少年に向かって見下ろしながら
「お前が俺の……相手か? 一人で……いいのか?……」
ゆっくりとした口調で自分と戦う相手がこの少年かどうか確認するように言った。ラルモは胸の前で腕を組み、改めて目の前にいる巨大な怪物の姿を仰いで、観察するように見ていた。
近くで見ると岩みたいにごつごつした皮膚。小さいがしっかりとこちらを見ている眼。
「そうだけど、それにしても君、でかいね~~~」
それが戦闘の合図になった。
ゆっくりなしゃべり方とは裏腹に、怪物はラルモをたたき潰さんと巨大な拳を素早く振り下ろし、轟音と共にその場の地面が激しくめくり上がって、白煙が辺りを包んだ。
突然の事で驚いたユキナはすぐに加勢しようと足が前に出るが、白煙の中であるものを見たので構えた武器を降ろした。
ラルモは両手を上に出して怪物の攻撃を踏ん張って止めていた。苦しそうな顔をしているが何とか持ち堪えており、怪物は驚きの表情を浮かべていた。
そして受け止めていた拳を横に逸らし、地面に大きな穴を開けさせると同時に腕を伝って上り、防御が遅れた顔面に強烈な膝蹴りを命中させ、巨大な体を後ろに倒した。
地を揺るがすような音と共にラルモは後方へと着地し、まだ死なない怪物へと目をやった。 怪物は鼻を押さえながら地面に手をついて立ち上がり、自分を蹴り飛ばした【眼の使い手】を凶悪な表情で見ると予想外の実力に喜んだのか、
「お前……なかなかやるな」
「ええっ!? そんなに弱そうに見られてたわけ俺!?」
「俺の名前を……教えてやる……ハース」
「じゃあ俺も! ラルモだ! 覚えとけデカブツ!」
語るつもりがなかったらしい自身の名を告げ、ラルモもまた、いつもと変わらない口調で同じく自己紹介をした。
すると一瞬油断したラルモにハースの巨大な手の平が包み込むように襲いかかり、逃げる暇もなく、自分の手で作った檻の中へとラルモを閉じこめた。うざったい羽虫を捕らえたかのような嬉しそうな表情を浮かべたハースは少しだけ隙間を空け、中を覗き込んで自分が捕らえた獲物を確認した。
中を見ると真っ暗闇で何も見えなかったが一筋の光が差し込むのが分かった。それはこちらに向かって差し込まれているのだと後から気付く。これは何だと、怪訝そうな怪物はじっくり“それ”を見つめているとその正体が何なのか分かった。
こちらに向かって光の弓矢を構えているラルモの姿。
怪物はすぐに顔を離すと、同時に矢が手の隙間から放たれ、その矢は顔を掠めて肩に突き刺さった。刺さった衝撃と痛みで閉じこめていた手の力が緩み、ラルモはそこから簡単に脱出をすると地面に降り、右手に弓を持って肩に刺さった矢を引き抜こうとしているハースを見ながら
「おお~~危ねえ~~ヒヤッとしたぞ」
素直な感想を口に出した。
「おい! ラルモ! きついようだったら加勢するぞ!」
危うく握りつぶされるところを危機一髪で回避したラルモをヒヤヒヤ見ていた護熾は叫んだ。しかしラルモは返事もせず、手をひらひらとやって『大丈夫』とだけ答えた。
勢いよく肩から矢を引き抜いたハースは手で矢を紙細工のようにボキボキと折り、そして地面にばらまくように散らすとスッと矢が花びらみたいに舞っていった。
ラルモは再度弓の弦を力一杯引き、今度は三本の矢を構えると風を切る音と共に素早く矢を放つ。しかし三本ともあっさりと避けられて矢は何も無い空間へと姿を消していってしまった。ハースはニヤリと不敵な笑みを浮かべて、もうその攻撃は当たらないと主張しているようだった。
「まずい、あいつ勝てないんじゃ…………」
「モズク、貴様はさっきから心配しすぎだ。あれだけがあいつの芸だけだと思うなよ」
弱気になった声で言った護熾に対して呆れたのか、ガシュナがやや怒った口調でギロリと睨み、もう一度ラルモの方を見た。そしてそのまま説明するように話し始めた。
「貴様は知っているだろう? あいつは相手から受けた打撃、斬撃、衝撃を自身のエネルギーに変えてそれで攻撃すると――」
ハースの巨大な拳を避けたラルモは右斜め上へと跳躍し、狙いを定めて撃つが、姿勢を低くされ、また外れた。
「しかしあいつの生体エネルギーはあいつの性格同様、かなり"飽きっぽい"。だから――――」
跳躍したラルモに巨大な片手が伸びる。
そして空中でキャッチすると今度は逃がさんとしっかりと掴み、握り潰さんとギリギリ音を立ててラルモを締め上げ始めた。掴まれているせいで両手を封じられているラルモは攻撃も、そこからの脱出もままならなかった。おまけに今の攻撃は吸収できるものではないので次第に体が悲鳴を上げ、ラルモの口から血が出てき始めた。
締め上げられているラルモの姿に耐えられなくなった護熾とユキナは助太刀をしようとガシュナを抜かしてハースの元へ向かおうとした時だった。
「なっ!? がわあああぁぁあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁ――――!!」
ハースの絶叫を聞き、その声で足を止めた護熾は見た。
ラルモを掴んでいた巨大な手は青い血でまみれ、切り裂かれたようにズタズタになっていた。何が起こったか分からない護熾は怪物の手にラルモがいないことに気付き、急いで行方を捜すと、手を押さえてぜぇぜぇと痛みに耐えて息切れしているハースを少し見上げるように立っていた。
ハースの顔が明らかに恐怖した表情になっている。
そしてラルモが両手に持っていたのは――――黄色く光る、双剣。
「思い通りに武器の形を変えられる。それがあいつの能力だ」
ポツリとガシュナがそう呟いた。




