59日目 突撃
最悪だった。
何時しか護熾と一緒に過ごす日々で、自分の友達も守っていく、そんな決意が易々と壊された今日、みんながどこにいるのかも生きているのかさえも分からずに自分達に戦いを挑んできて、そして今まで出会ったことがない気を纏ったマールシャと名乗る怪物。
ユキナは正直、この怪物に勝てるかどうか分からなかった。
ガナのときは護熾と協力して何とか勝てたものの、今回は規模も相手の強ささえも違うのだ。
しかも、今回は人質という名のクラスメイトが連中の手に墜ちているのだ。
そして、自分にみんなを助けに行こうと言った護熾でさえも、ここに来たときは辛そうな顔で言っていたのだからますます不安と自分を責める気持ちが強くなっていた。
護熾がF・Gへ向かっている時、病院内で白衣を身に纏い、せっせとタオルを入れた桶を持って動き回っているミルナはふとドアが開く音がしたのでそちらに顔を向けると懐かしさと嬉しさを混ぜ合わせたような顔で、
「ユキナ―――!」
「ミルナ……久し振りだね……」
入ってきた少女の名を元気に呼んだが、ユキナの返事はそれと正反対に元気がなかった。
元気がないユキナに対して心配になったミルナは持っていた桶を使っていないベットの上に置き、顔を合わせるようにして伺うと訊ねた。
「どうしたの?」
「……うん」
ユキナは顔を少し下に向けて黙っていたが、やがて顔を上げ、少し息を吸ってから、今日起こったことを一つずつ話し始めた。
護熾が研究所で怪物が出現したところをモニターのレーダーで見ていた三人に話したことと同じ事を話し、そして護熾が一番心配していることを話すと、そこから言葉が途切れてしまった。
「…………ごめん……わざわざ、話すこともないのにね」
「………………」
泣きそうな顔だった。
いくら堪えてもその気持ちが楽になるわけでもないのにずっとずっとこらえていたことを感じ取ったミルナは優しく、ユキナを包み込むように抱きしめた。
ユキナもそれに応えるように抱き返すと、顔を胸に埋めて静かに泣き出した。
病院内で、一人の少女がすすり泣く声が一人の少女の胸の中で響いていた。
夕陽が半分くらい地平線に沈んだ時、ユキナはもう泣いてはいなかった。
「…………ありがとうミルナ、ごめんね、急に泣いたりなんかしちゃって」
「ううん、辛いのはよく分かるわ、、でもみんななら絶対に救えると思う。……こっちこそゴメンね……私はみんなと違って一緒に戦えないから……」
目頭に残った涙を指で拭き取って謝ったユキナに対して首を横に振ったミルナが今度は顔を下に少しうつむいた。こんな大変な状況なのに自分は何もできないことに正直、嫌気がさしたのだ。ユキナは吹っ切れたように首を振った。
「いや、ミルナは私たちがボロボロになって帰ってきたときにケガを治してくれるもん。一緒に戦えなくたってミルナはミルナのできることをやるの!」
「…………フフッ、何かおかしいね。私が慰めなくちゃいけないのに逆に慰められちゃったね」
「あっ……そうだね……」
「でもユキナの言っていることは正しいよ。ユキナもユキナで出来ることはあなたの友達を救うこと。そして……」
ここまでいうとミルナは目を瞑り、そして開いてから真っ直ぐ目を見て言った。
「無事に帰ってくることだよ」
「…………ありがと。じゃあ私、お母さんのところに、行くから」
「うん、気をつけてね」
「ううん、ミルナは私なんかより、ガシュナについてあげてね?」
「うん、じゃあ」
こうして一旦くぐり終えたユキナは、もう迷いがない想いが胸に宿っており、そして途中で護熾と合流し、一旦ユリアの待つ家へと向かった。
護熾は、夏休みの時に借りた部屋から、地平線に沈んでいく夕陽を見つめていた。
もうその目には不安なんてものはない。
そして、後ろでドアが開く音がしたので振り向いてみるとユキナが入ってきたことが分かった。
入ってきたユキナは護熾の隣まで歩いて並ぶと、特に喋ることもなくそのまま夕陽を眺め始めた。
護熾は顔を前に戻すとオレンジから赤に変わっている太陽を見ながら隣で同じように夕陽を見ているユキナに聞くように尋ねた。
「よぉ、ずいぶん落ち着いたみてえじゃねえか」
「うん、アルティには会えなかったけどミルナに会って話したら何だか楽になった。そういう護熾だって落ち着いているじゃない?」
「ああ」
そう言って護熾は自分の尻に手を当て、さするような仕草をする。
「F・Gに行ったらそこでイアルに会って、……蹴られた」
蹴られたと言った護熾にユキナは目を丸くして顔を向ける。
護熾は振り向いてきたユキナに顔を合わせなかった。
「……蹴られた?」
「ああ、蹴られたあと、だらしのない顔をするんじゃない! って言われてそしたら不安になっている自分が馬鹿馬鹿しくなって何か楽になったよ」
「そうか……私たち、みんなに救われちゃったね」
「そうだな、"みんな"を救うまえに"みんな"に救われちゃったな。ざまあねえ」
ここでやっと護熾はユキナに顔を向ける。その表情は少し微笑んでいるように見える。
「やっぱ俺は今日、お前ん家で寝ずに明日まで待つつもりだけど、お前はどうする?」
「護熾がそうするんだったら私もそうするよ。」
「ははっ、頼もしいな」
同じ頃、ミルナに会いに行こうと明日に迎えて体を鍛え終わったガシュナは建物の廊下を歩いていると、不意に声をかけられた
「どうした?」
後ろから声を掛けられたので少し顔を向けるとシバが壁に手をついて自分を見ていた。
シバは ちょっと失礼、と言いながらガシュナの隣に並ぶと手すりに手を掛け、凭りかかるようにし、夕陽を眺めるようにする。
ガシュナはその行動に特に驚くこともなく、ただじっとその姿を見る。
「ガシュナ、護熾にちょっと言いすぎたんじゃないかな?」
シバが顔を合わせずに少し微笑んで言ったので、鋭い視線をシバに向けた。
「先生、明日戦いになるっていうのにあんな不安定な気持ちで戦いを臨まれるのはこちらとして不利だからです」
「まあ、そうなんだけどね。でも護熾とユキナは大切な人達を奪われたんだよ。人の命を使って、しかも二人にあんな思いをさせるマールシャって言う怪物を俺は許せないね。お前だって、ミルナに何かあったら、嫌だろ?」
「…………はい」
長い付き合いである二人なのだから互いの事情も分かっているので、それだけは、彼は否定しようがない。
シバは、そんなガシュナの素直な言葉に微笑み、そして普通の真顔に戻り、手摺りに凭りかかるのを止めるとようやく彼と顔を合わせる。
「ガシュナ、明日俺たちが負けたらおそらく次に狙われるのはワイトだ。そしたらすべてが終わる。」
「先生、俺が守りたいのは"ここ"じゃない」
冷たく言い放ったガシュナは再び足を進めると、独り言のように呟いた。
「俺が守るのは、一人だ」
そして彼は、シバに背中を見せながらその場を去り、残されたシバはやれやれと言った感じで首を軽く振ってから、独り言を述べた。
「そうだな、ガシュナはこの中央のために動いているわけじゃないからね。さてと、救出班を決めておかないとな」
すると突然、ポケットに入れている端末が震え、それに気がついたシバは取り出し、空けて中身を確認すると、手すりから手を離し、ガシュナとは逆方向の道を歩いていった。
夕陽が完全に沈み、暗い夜が町ワイトを覆い、そして明かりが灯り始めた。空は暗いが星空がよく見えて、天然のプラネタリウムとなっていた。
「なあ、ユキナ。約束してくれねえか?」
「ん? 何を?」
寝かせていた顔を横に向け、護熾が言ってきたのでユキナも顔を横に向ける。
ユキナの自宅の二階では、護熾が借りている部屋で二人、互いに言葉を交えていた。
元々海洞家では二人は、互いに一緒の部屋で片方が寝て片方が起きているという状態が続いていたので、何となく夜は居合わせるという習慣が付いてしまったのだ。
そして、何だか知らないが本来護熾が寝るはずのベットにユキナが、床で護熾が寝そべるという形で収まっていた。これも何となくである。
ユキナと見つめ合うようになった護熾は腕を持ち上げて、顔の前で翳すようにすると、
「約束だ、『生きて帰ろうぜ』。お前も気付いてるんだろ? マールシャていう怪物がとても強えことによ?」
ユキナは護熾がマールシャの強さに気付いていたことに驚いたが、逆にそれが安心の元になった。
そしてつい、少し笑うとユキナから今度は言う。
「うん、ミルナにもそう言われた。」
「なんだ、そうなのか?」
「私に出来ることは『生きて帰ってくること』だって。もちろん護熾にも言えることだけどね。でも約束するよ、生きて帰ってみんなと一緒にお泊まり行こうね!」
元気よく返事を返し、同じように腕を持ち上げて、それから護熾の腕と絡ませるようにした。
「よし! 破ったら承知しねえからな!」
「あなたこそ!」
「俺は死なねえよ!」
「ほんと?」
「ホントだって! てめえだって死ぬんじゃねえぞ? まだまだ身長が伸びるかもしれないのに」
「! ご、護熾だって死んだらその顔怖いまんまだよ? あ~ら大変だね~」
「! んだとこらぁ~? もう一度言ってみろコラ!」
「さっきに言ったのは護熾~。ほいっ」
ガスッ
絡ませたまんまだった腕を、護熾側に傾けた途端、彼は自分の腕で鼻を打つという間抜けな姿に陥る。
「あわばっ!! 鼻、鼻痛っ!」
「あはは、命中~」
「てめ、このやろっ!」
しばらくこのやりとりが続いた後、
「本当に、死なないでくれよ?」
「うん、護熾も。死んだら、ただじゃおかないからね?」
互いにもう一度信頼し合うかのように約束の確認を行うと、二人はほぼ同時に、静かな寝息を立てて、寝た。
朝日とはいつ見ても誰に対しても平等で、暖かい一日を告げる。
だが今日の日に限ってそれを残酷に思えるときだってある。
今日は、決戦を行う日。
いつも通りに起きた護熾と、いつもより早く起きたユキナは、彼女が持っている端末にシバから一枚の報告に目を通し、それから着替えなどをしに一階へと下りていった。
その通信端末に残されていた報告とは以下の通りである。
『トーマの奴が何かを見つけたらしい』
「これを見てくれ」
研究室内では既に眼の使い手達全員が集結しており、ラルモとアルティは二人が来ていることは既に聞かされていたらしく簡単な挨拶程度であまり騒ぐようなことはしなかった。
トーマの指を指した先に、テーブルのモニターから立体画像が浮き出て、地形を緑の線で描いており、そして無数の緑の点が一カ所に集められるように集中していた。
「これは?」
護熾がこの立体画像に対してトーマに訊ねる。
「ん、これは先ほど見つけたもの何だけど、一昨日ガシュナが行ったとこを確認したら微弱だが異常な数の生体反応があった。でもこれを見てくれ」
答えたあと、立体画像のある箇所に指を指した。
指した箇所には縦に大きく開いた緑の線がそこにあった。
「ここ、分かるか? 『次元の裂け目』が出来てるんだ。おそらく言ってた空間を操る能力によるものだろうな」
「つまり……どういうこと?」
トーマの説明が今ひとつ理解できないユキナは目を丸くして訊いた。
彼は口から白い棒を取り出し、指し棒代わりにして画像に円を描く。
「昨日、俺の部下達と解析を行った結果、つまり、ここに『もう一つの空間』を作ったわけだ。つまり自分の世界を作っているってこと。おそらく肉眼では確認できないだろうけどモニターにはしっかりと映っているね」
「じゃ、じゃあ、そこに護熾とユキナの友達がいるってこと?」
ラルモが画像に指を指しながら尋ねた。トーマはたくさんある緑の点に棒を指す。
「たぶん、これがその友達達とやらだろうな」
改めてもう一度見た生体反応を示す緑の点々はざっと千くらいある。
護熾は顔が少し崩れ、ユキナも顔を向け、互いに確信しあった。
まだみんな生きている、と。
「さらにこれを見てくれ」
トーマが次に指さしたのはその緑の点々の集団、じゃなくて一際大きい点を指さしていた。緑の集団をひし形状に囲むように全部で四つあった。
「護熾、ユキナ。お前達の話では学校に『四つの柱』ってのがあったんだよな?」
問われた二人は即座に軽く頷いた。
トーマはそれを確認すると目を細め、何かを確信したように微笑むと席に座り、机の上に置いてある缶から一つ飴を取り出すと口に入れた。
「じゃあこれがその柱ってことになるな。あっちの現世と異世界で全部で八本もあるわけだ」
「トーマ、つまりその柱ってのは何だ?」
飴を口の中で移動させてしゃべっているトーマにシバが尋ねる。
「分からん、しかし護熾の話から推測するとおそらくこれは空間転移だろうな。身近な例として、アルティのスケールアップ版だということだ」
「……ってことはこれを何とかすればいいのか?」
「ああ、おそらくは。そしてマールシャと名乗る怪物が護熾達の学校に置いてある柱を壊すなって言ったろ? それは正解であってつまり」
「え~~と、つまりどゆこと?」
「博士、わかりやすく言ってくれ」
話の内容が見えないユキナと護熾にトーマは席から立ち上がると何が言いたいかを理解できない二人に向き合い、両手に人差し指を立てた状態で顔の横に置いた。
「護熾、ユキナ、一本の伸ばしきったゴムを指に巻き付かせていると想像しろ。そして片方を切るか、解くかするとどっちかにゴムが行ってしまうだろ? 柱はこれと同じように片方を壊せば片方へ閉じこめられるってことだ。つまりお前らの学校にある柱をもし壊したとしたらもうその人達は帰って来れなくなる」
トーマの言葉にあの時何もしないでおいたことが改めて正しい判断だと安心し、二人はホッと一息つく。
「じゃあこのモニターに映っている"柱"を壊せれば……」
「これも推測だけど元の場所に戻せるかもしれない」
二人は顔を見合わせた。
しかしどうやってそこに行くかが問題だった。
モニターを見る限りでは『次元の裂け目』と生体反応を示した緑の点があるだけでそれ以上は分からなかった。向こうも人質をそう簡単な場所には置いていないだろう。
マールシャと率いる怪物達を倒して救うしかないと考えたその時だった。
「おいおい、うちには空間を使えるやつがいるだろ?」
一同はある人物へと視線を一斉にイスに座って本を読み、耳だけで状況説明を聞いていたアルティに向けた。二人はすぐさま彼女の方にその手があったか、と言いたげな表情で振り向く。
そう、彼女の能力は確か超能力及び空間転移なのだ。
トーマの説明によるとアルティの能力を使えば、この世界の空間に無理矢理侵入することができ、最短ルートで人質のところへ行けるらしい。
「アルティ、お前なら奴の空間を真似つつ、隠密に行動ができるだろ?」
「はい、空間の調整は実際にその異空間に触れないと分かりませんが……」
「でも、それじゃあこの柱を壊すのはアルティだけじゃ無理なんじゃない?」
「そう、アルティは常に『自分の空間』を作る必要があるから他にも人が必要だ」
「じゃあ、いったい誰を?」
「もう決めてある。なあ? シバ」
「ああ、快く承諾してくれた。おい! 来ていいぞ!」
シバが扉に向かって叫ぶと扉が開いた。
そこからシバと同じ真っ黒つなぎの戦闘服を身に纏い、顔が見えぬようにガッシリとヘルメットのようなものが頭を包み、胸には弾倉とかを入れるポケット付きの防弾ベストとブーツを履いた七人ほどの兵士が一糸乱れぬ行動で部屋に入ってくる。
護熾とユキナは、まるで自衛隊の訓練風景でも見たかのような驚きで目を丸くし、そして七人の兵士達は横一列に綺麗に並び、左から一人一人声を上げる。
「一!」「二!」「三!」「四!」「五!」「六!」「七!」
「よし、全員揃ったな!」
「はい、シバ隊長! ただいま全員の号令が終了しました!」
(あ、そういえばシバさんって本職は兵士の方だったな)
ふと忘れていた護熾はそう思い返し、それからふと違和感があることに気がつく。
(ん? さっきの号令、二人くらい女の声しなかったか? たしか、五番と七番くらいに)
護熾はその五番と七番にちらっと眼をやると、見られた五番目と七番目の兵士は気がついたのか、平静を装うかのように姿勢を正す。
護熾は首をかしげ、そしてあることに気がつく。
七番目の兵士が、他の兵士より一回り小さいのだ。そして今気がついたことだが、六番目の兵士は他の人より一回り大きいのだ。
そして見られた六番目の兵士は、それに気がついてものっそい慌てた仕草をしたのでその仕草に耐えかねた五番目の兵士が、猛烈なローキックを拗ねに叩き込む。
六番目は飛び上がるようにし、拗ねを押さえて悶え、七番目が慰めるように頭を撫でる。
(うお~い、まさかと思うけど……)
「シバさん」
「ん? 何だ護熾?」
声を掛けられたシバが、顔を向けると、護熾は五、六、七番目の黒づくめの人間を順に指さし、
「この人たちに面を脱げって言ってくれないですか? すごい気になって」
「……分かった。五番、六番、七番、防護面を脱いで」
「……」「……」「……」
シバに命令された三人は、一瞬躊躇するかのような沈黙に包まれたが、やがてこの場を逃れるのは不可能と判断すると、それぞれ被っている面に手を掛け、ズボッと気持ちいい音を立てて脱いだ。
「お見事ね海洞、見破るなんて……」
「ご、極力バレないように気をつけていたけど、いやカイドウはんには敵わないもんよ」
「すご~い、それも眼の使い手の力なんですか? カイドウさん?」
「うわ~、やっぱりこいつらかよ~」
イアル、ギバリ、リルがそれぞれ見破られたことについての感想を言う。
まごう事なきF・G風紀委員のメンバーであった。
その三人に対し、護熾は大体予想していたが、いざ現実を突きつけられるとガックリしたくなるものである。
何で大の大人に混じってしかも眼の使い手でもない同年の三人が、この場にいるのかがよく理解できない。
そう言いたげな表情にイアルは気がつくとムスッと一気に不機嫌顔になって言う。
「ちょっと海洞! あんたもしかして私たち舐めてない?」
「いや、だって……」
「護熾、彼ら三人を舐めちゃいかないよ。確かにイアルは前に君に完敗を喫しているけど―――」
「先生余計なこと言わないでください!」
「彼女らはF・Gきっての最高のチームなんだよ?」
シバの話によると、F・Gの個人戦でイアルが最強なら、チーム戦ではイアルを含む彼ら三人は無双のチームだという。そのチームプレイは他の隊よりも優れ、互いに口で言わなくてもカバーし合って死角をなくすというファインプレーが特に秀でているという。
「いやでも、いくらイアル達が鬼みたく強くても、いや実際イアルは鬼みたいな奴だけど」
「海洞? もう一度言ってみなさい? リピートOK?」
「こいつらが何も今回出向かなくてもいいじゃねえか? なあ、そこの兵士の人たちもそうじゃねえのか?」
イアルが殺気を立てているのも無視し、護熾は残りの四人の兵に同意を求めるが、彼らは後ろ頭を掻きながら『そう言われましてもね~』と言いたげに互いに顔を合わせるばかりである。
どうやら彼らも最初は疑っていたが、この三人にやられてしまったらしく納得せざる終えなかったらしい。
「護熾、確かに彼女らの身を心配するのはいいことだけどよ~、お前の方がよっぽど俺たちから見れば危ないんだぜ~?」
そこにラルモが茶化すようにそう言い、シバが付け加える。
「護熾、彼女らのことはいい、一応彼女たちだって戦いを何度もしているんだ。無論、君よりもね。この世界では君たち現世の人間のように、特に君の国のように平和じゃないんだ。誰だって怪物と立ち向かったときのための技量は兼ね備えている」
「……そっか、そうだよな……」
確かにシバの言うとおり、この場にいる人間は彼の想像を超えた戦闘技能を持った連中ばかりである。それに、彼が開眼状態でなければ、イアルに勝てないのだから納得である。
護熾は、何か言おうとして、止めて、そして改めてこの緊急事態に駆けつけてくれた三人に、もう一度聞くように言う。
「何で、お前らが、参加するんだ?」
「そ、それは……」
そう訊ねられたイアルは自分の髪を指でくるくると遊ぶようにしながら、
「昨日、あんたの様子みてたら、ほっとけなかっただけよ。それにほら! 私たちがするのは人質の救助だからさ! あんた達眼の使い手が被る危険より断然安全だから!」
「いや、でも一応命が懸かってんだぞ? 失敗すればどうなるか分からないし……」
「素人のくせに変なことばっか気に掛けて、たくっ……それで、あんたは私たちが参加するのがご不満なのかしら!? えぇ!?」
「え? いや、あの、す、好きにすればいいじゃねえか」
ほぼゴリ押しで、護熾は彼女らの参加を承諾することになった。
「―――ギバリ、リル。そういえばお前ら何が出来るんだ?」
「海洞、二人にしゃべらせるときりがないから私が言うわ。」
せっかく喋ろうとした二人を押さえ込んだイアルはギバリは自分と同じ武具の取り扱いに秀でた戦闘タイプ、リルはサポートタイプで"爆弾"を扱えると説明した。
「ば……爆弾?」
「は~~い! そうで~す! でもそれ以外にもちゃんとできますからね!?」
彼女は何と重くて扱いづらい武具ではなく手軽な爆物を扱うスペシャリストで、相手の視覚を奪う閃光タイプのグレネードからから広範囲に殺傷能力のある爆発を引き起こすグレネードなど様々な種類の爆破時間などを把握し、それで仲間に有利な状況を作るのを主にしている。
そんな恐ろしげなことを子供みたいに自己アピールをするリルにトーマが声を掛け、何やら黒い箱みたいな物が手渡された。その渡されたものを慎重にリュックに入れ、また背負うとその様子を見ていたユキナがトーマに訊いた。
「何渡したの? 博士」
「爆弾、建物破壊用で周りに被害を出さないものを渡した。」
「………………うわ」
「まあ、つまりその爆弾で柱を壊して元の世界に戻すってことだな。護熾、ユキナ、こいつらと俺の部下を信じてやってくれ。」
シバの頼みに頷いた護熾はこの九人にみんなの救出を託すことにした。
そして四人はアルティがこじ開けた空間で行くってことになったので『次元の裂け目』にはそこで怪物と戦う眼の使い手を護熾、ユキナ、ガシュナ、ラルモ、の四人で行くことに決めた。
普段なら護熾はここで取りやめになるはずだが、敵となる相手はユキナと護熾を望んでいるため、うかつに外すことができず、代わりにガシュナとラルモを加えるという形で何とかした。
だが、今回のこの作戦で眼の使い手の大半は異世界に向かうため、ワイトではトーマとミルナが残され、事実上、眼の使い手という戦力はなくなるのだ。
そんなあまりにも危険な編成ではあるが、トーマの連絡と、アルティの空間移動がそのもしもの場合に備えているので何とかこの形に持ち込めたという。
その保険もあってか、『次元の裂け目』の近くでは医療班やミルナなどが待機して、もし怪我などを負って帰ってきてもすぐに治せる準備を施していくことになった。
「―――なんだこりゃ……これが入り口なのか?」
「護熾、この中はもう戦場よ、気を引き締めて」
一同はワイトから12時の方向へ四キロの荒野に到着していた。
そこにはまるで何かを吸い込むように渦巻いている黒い空間の割れ目があり、これが『次元の裂け目』だと言う。
トーマは救出班をナビゲートするために研究所に残り、モニターを見ながらシバに持たせた通信機で指示を送ることにしていた。近くに止めてある車のような乗り物ではミルナと医療班がいつでも治せる準備に取りかかっている。
九人はそれぞれの心の準備、装備の確認、ちゃんと作動するかどうかの確認を終えると医療班の人達に手を振ってその場を後にした。
ガシュナはここに残るミルナに向かって彼女にしか見せない微笑みを出し、
「すぐ帰ってくる。心配するな」
と短く言ったあと、目で別れを告げ、先に行ったみんなの後を追った。
残されたミルナは手を祈るようにしてみんなの無事を心から願った。
渦巻く禍々しい『次元の裂け目』の前に立った九人のうち、五人はその横に移動し、シバはアルティに合図した。
アルティはこくんと頷くと手のひらを目の前の風景に向けるとその瞳はアメジストのような鮮やかな紫色に変え、同時に髪の色も変えると空間に穴が開き始めた。
穴はみるみる大きくなり、人が入れるほどの大きさになるとそこで広がるのをやめた。
イアルは穴に入る前に戦場に立つ護熾に振り返ると力強い視線で
「大丈夫よ、必ず救い出してみせるわ。あなたはあなたのできることしてきなさい。互いに健闘を祈りましょ」
そう励ましの言葉を掛けた後、一番最初に穴へと入っていった。
そのあと続くようにギバリ、リル、シバ、彼の部下全員、そしてアルティの順に入っていき、誰かが入るたびに応援の声を掛けていった。
そしてアルティの穴が閉じていき、元の風景が戻ってくると四人は目の前にある『次元の裂け目』を見据えた。
「いよいよだな」
「そうね」
「よっしゃー!! いくぞみんな!!」
少し高くなった太陽が見守る中、太陽の光が届かない異空間へと四人は足を運び始めた。そして一瞬だけ四色の鮮やかな色が地面を照らすともう、そこには『次元の裂け目』と待機している人達以外はもういなかった。
(みんな無事でいてくれよ、助けが向かったからな)
暗い空間の中、翠の瞳で前をしっかり見て走っている護熾は三人を連れて真っ直ぐ突き進んでいった。