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ユキナDiary-  作者: PM8:00
6/150

6日目 夕髪烈眼の少女 ユキナ









 海洞家はちょっと特殊な環境にある。

 それについては彼の学校の同級生達も承知済みであるし、それが彼の個性の一つだとも思われている。

 当然そんなことなど知らない彼女は胸の前で腕を組み、眼前に広がる彼の行動を文字通り『観察』していた。


「…………何だ?」

「別にー、暇だから見てるだけ」


 先程から視線をこちらに固定している彼女に対し、護熾は尋ねるが素っ気ない返答。

 

「別に見てても面白くねえと思うし、暇なら一樹達の相手でもしてくれ」

「えー、面倒だし、私の用があるのはあなただし」

「かといって作業中の身にもなってみろ! 背中をじーっと見られ続けられるのがすげえむず痒いんだよ!」


 そう言って護熾は苛立ちを声に出し、振り返りながら立ち上がる。

 ただし、右手には洗剤を仕込んで泡立てたスポンジ、左手には水が脱力状態で出ているシャワーを持って。そう、今二人がいる場所は風呂場であり、護熾は風呂掃除の真っ最中でユキナは出入り口から見物である。


「だったら早く済ませなさいよ。私だって好きでここにいるわけじゃないし」

「よーし、じゃあその減らず口を活用してやろう。お前いくつだ」

「ん? 16」


 文句しか垂れない彼女の饒舌を有効活用しようと護熾は彼女に質問したのだが、最初の返答で思わず作業の手が止まる。


「は、ははっ、あーすまんシャワーの音で聞こえなかった。もう一度頼む」

「だから、16だって!」

「…………」


 今度はちゃんと、はっきりと、明確に、聞こえた。嫌と言うほどに。


「うっ、―――――っそつけぇ!! お前が俺と同い年なわけがねえだろうがァ!!」

「ほ、ホントだもん! あなたがいくら否定しようとも本当だもん!!」 


 こんな、どうみても、明らかに三歳ほど年下にしか見えない彼女が必死に抗議の声を上げている姿に額の奥に拭い去れない苦悩に苛まられる。身長が145ほどで自分の妹とそんなに、っていうかむしろ負けてるんではないかというのに、同い年とは。


「とにかく私はこれでも16歳なの! 分かった!? 分かりましたか!?」

「えー、あー、うー、……はいはいはい、分かったよ。分かりましたよユ キ ナ さ ん!」

「ぐ、ぐぬぬっ」


 あからさまな態度と敬称に彼女は今にも蹴りをプレゼントしそうであったがここでそれをしてしまっては年齢詐称をしていないという潔白に説得力が無くなるので、彼女なりの『大人』の対応で湧き上がる感情を鎮火し、何とか持ち堪える。

 もちろん、そんなことを気にせずに作業を進めていた護熾は風呂掃除を終えたのでユキナを退けて洗面所に行き、タオルで濡れた手を拭き、次の作業場へ移るためこの場を後にする。





「いいっ!? 私は16歳だからね? 分かった?」

「はいはい。さっきから何遍も聞かされて耳にたこができてるぞー」


 風呂掃除が終わってからも、その移動途中でも、こうして畳みものをしている最中でも彼女が必死に年齢について納得するように何度も言われているため、少々相手をするのに疲れが見え始めているが、そこは健全なる男子高校生のスタミナで乗り越える。


「そう、分かったならいいわ」


 彼の様子を見て、納得の及第点に達したのか、少し満足げに表情を和らげる。

 それから少しして、暫しの間何か考えているように顎に拳を当てていたが、何か浮かんだのか、視線を作業中の彼に向け、言う。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「あー?」


 和室にて真夏の太陽によってすっかり乾ききった洗濯物を畳む作業をしている彼にユキナが何か尋ねようとしている口調で話し始めたので支障にならない程度で作業速度を緩める。


「無粋で、無遠慮で、直接的だけど、いい?」

「さっきからお前の言葉と行動がそうだが、聞きたいことあんなら言いな」


 いちいち揚げ足を取る彼にユキナはむむっとした表情になるが、許可が出たので率直に、尚かつ簡潔に訊く。



「……あなたのお母さん、攫われたんじゃないの?」


 

 本当に、彼女は無粋で、無遠慮で、直接的な言葉でそう言った。

 それらは失礼を通り越した範疇であるが、特に護熾は作業の手を止めただけであって、表情や態度に変化はない。


「…………お前の話が本当なら、そうかもな」

 

 何故か諦めの混じった声で、彼は返事をした。

 ユキナはそれに特に気に掛けた様子もなく、続ける。


「…………可能性はあるわよ。あいつらはある傾向を持って人を攫う習性があるの。まあこの話はもう少しまとまった時間が取れてからでもいいわね」

「そうだな」

「………………何よ、意外と素っ気ないわね」


 相手の肉親について語ったのに、それに対しての反応の薄さに疑問を抱かずにはいられなかった。

 しかしその最後の一言に、彼はようやく反応を示したかのように頭を手で軽く掻き、


「そりゃあ実感湧いてねえか、まるっきり信じてねえか、それかもう八年も前だからか。事実はどうあれ母ちゃんはここにいねえし戻ってこねえ。諦めがどっかにあるんだろうよ」

「…………」

「言ったろ? 気まずい雰囲気になるって。そりゃあお前の話が正しいとしたらって、考えたけどな、いまいち確証が、ってあれ?」


 最後の一枚を畳み終え、返答がなく一人喋り続けていることに気が付いた護熾は後ろに振り返ってみる。

 見ると、そこには座った状態でうとうとと、柔らかくなった夏の日差しに中てられてお昼寝に入ってしまっている彼女の姿があった。どうやら先程の話をするにあたって、浮かんだのは良いがその間にも日差しは当たっていたわけで、彼女の眠気を引き起こしてしまったようである。その証拠に、思い返せば返事をすることに間が長くなっていた気もするし。


「…………」


 今の彼女には、先程あった凛々しさやどこかにあった気の強そうな印象はなく、完全に安らいだ寝顔は見るものに何か保護欲を沸き立たせる。護熾はその姿を数秒見て、それからハッと気が付いたように前に戻して頭を軽く掻くと、


「ま、まあ、疲れてるんなら休めばいいさ」


 不覚にも、その少女に対してのある感想を抱いたことに罪を感じながらも、護熾は特に手を出さずに(ていうか出したら確実に殺される)、自然と目覚める時間まで放っておくことにした。









 彼女が目覚め、うっかり寝てしまったが警戒は怠ってないし、むしろこれも鍛錬の一環だという謎の言い訳を護熾は聞いたが適当にあしらい、夕飯の支度に取りかかっていた。

 ここまで見ると分かるが、実は護熾、彼は家事を一通り基本一人でこなしており、その作業にも無駄なくしっかりとやっていることに彼女は気付いていない。この家の特殊な環境、それはつまり同年代の高校生にしては家庭的な能力が突出しているとわけだが結局は彼の性格や努力の賜物なのである。

 この後、彼女は一般的に驚くようなことばかりを披露してくれた。

 それは夕飯の時間に起きた。


「これ、なに?」


 彼女は目の前にある皿に盛られたモノにまったく知識がない、初見のものに首を傾げていた。

 それは挽肉(豚肉や牛肉、またはその他の畜肉等を含めたあわせ挽肉)に肉の粘りを出すための塩とタマネギ等の野菜類のみじん切りと胡椒等の香辛料を加え、パン粉を混ぜ、こね合わせたものを楕円形や円形などに整形して焼いた料理。―――つまりはハンバーグなのだが、彼女はまったく知らないといった顔である。


「あれ? もしかして知らねえのか、ハンバーグ」

「はんばーぐ? これはそう言うの?」


 今日び日本人、日本に住んでいるならばその名を聞くことくらいあるであろう。

 しかしそれを知らないというのは、ファーストフードなど邪道と捨てきる過保護な家庭か、もしくはそもそも売っているというのも知らない環境下であるかの二つだ。


「あー、まあとりあえずは食べてみろ。別に不味くはないハズだから」

「んー? ふんふん、でも匂いはとてもいいね」


 それから両隣の一樹と絵里の様子も見てみると、二人とも美味しそうに食べており、一樹に至っては好物なのか笑みが零れている。それを見て躊躇う理由もないなと彼女はお箸で一口サイズに切り、それを恐る恐る口に入れると、――――笑みが広がった。


「お、お、おいし~~~!!」

「うおっ! びっくりした!」

「え、なにこれ! 美味しい! 初めて食べた!」


 初めてのハンバーグを食し、突如テンションが上昇した彼女の変化振りに思わず驚愕の声を漏らす。

 初めて食べた、というのはおそらくそうであろうが、護熾は何故かその言葉の中に懐かしさのような声色が含まれているような気がした。

 今日の夕飯のメニューはハンバーグの他にキャベツの千切りや焼きピーマンにジャガイモ、それに人参と豆腐の入った味噌汁とご飯という簡単なものであったが、この後彼女は特に気にせず全て平らげた。おまけにご飯もちゃんとお代わりもして。

 このことから見た目に反して結構食べる人物であると共に、何でも美味しそうに食べてくれるという新たな側面を発見したことにより、不覚ながらも小さな満足感があった。

 何しろ家事の中でも、料理は彼にとって一番の得意分野なのだから。

 





 この後、ユキナが風呂に入っているのを知らず、中に入ろうとした一樹を護熾が止めたり、ユキナの身につけていた服や下着に目をつむりながらも洗濯機にぶち込んだりして今日の護熾の仕事が終わった。

 護熾は2人を寝かせ自分の部屋に戻るとユキナは昼と同じようにベットに座っていた。護熾は向かい合うように床に座り込み、やれやれと顔を上げて見た。

 今の彼女はもちろん、サイズが近い絵里の寝間着を借りていた。そうなると見た目も合わさって歳もそのくらいにしか見えないが、まあ今はそんなことに引っ掛かっている時間をとっても無駄なので率直に言う。


「さてと、晩飯もごちそうになり、風呂まで入った。そして明日は何事もなかったかのようにここを出る。いいな?」

「なっ!? まだ信じていないわけ!?」

「あったりめえだ! 第一、俺が狙われる意味がわかんねえ、怪物達が一人や二人、人に見られたってそんなに重要視するとは思えねえけどな」

「……まあ、確かに。何で狙われるかは説明してなかったね。えーと、どう言おうかな」


 言われてみればそうである。

 たかが一人に怪物達の姿が見えたとしてもある程度は迷惑かもしれないがそれによって自分達が狙う人間達に支障が出るわけではないのでどう考えても一方的に狙われるのはおかしい。

 的を射た意見にユキナは少し考え込むが、巻き込んでしまったのには変わりはないので仕方なさそうに自分の胸に手を当てながら答え始めた。


「知ってる? あなたや私の体には“生体エネルギー”っていう誰もが持っている目には見えない力が働きかけているのよ」

「何だそれ?」

「口答えはあと。この生体エネルギー、概略して呼びやすいように私達は『気』って呼んでいるけど性質と量に個人差があるのよ。そしてこの気は多ければ多いほど強いものになるの」


 何だかちょっと昔の漫画にそれを取り扱った宇宙規模での破壊ができる登場人物達を思い浮かべ、彼なりに理解をして、先を促す。


「……で、お前は何が言いたいんだ?」

「早く言ってしまえばあなたはこの“気”を多く、しかも強力なのを持っているってことになるの、それであなたは本来私のような『眼の使い手』でなければ見破れない怪物のステルスを見破ることができた」

「ちょっと待て! いきなり何複数のわけの分からん単語を並べやがって! そんな“気”とか“ステルス”とかそれらしいことを言っても信じねえからな!」


 護熾は口を曲げ、ふんぞり返って腕を組み、ユキナはいまだ信じてくれないことに苛立ちに似た感情を覚え、無理矢理にでも信じ込ませようと握り拳を固めた時だった。

 


 人というのは、本当に命の灯火が吹き消される危機を、それこそ消える直前の『揺らぎ』を感じなければ気付かないモノである。それに、毎日のように起こる事件や事故で懸念や感心が行くが、まさか自分がこうなるとは、という危機感まで湧かないように。

 







 そう、奴は来た。奴が来た。






 

 突然、護熾の背後から壁を派手に壊して腕が伸びたかと思うと状況の変化に気付く前に体を両腕で掴む。



「なっ!?」

「あ――――――」 


 さながら獲物を引き込む蟻地獄のように、壊した際にできた白煙の中に持ち去ってしまった。



「あ、し、しまった――――――!」 



 油断した、何故接近に気がつくことが出来なかったのか。

 自分の生涯後悔するミスに反省しながらも白煙の中に連れ去られた護熾を救うべく、ユキナはすぐさま後を追いかけるように白煙、そしてさらう際にできた穴に体を滑り込ませて夏の夜へと体を持っていった。













「うおっ!! 何だ!? てめっ! 離せこんちくしょう!!」


 夜中の住宅街を走り、護熾を肩に担ぐ形で運んでいる怪物は今日出会った女の子の母親をさらおうとしたあの怪物だった。

 必死に自分の体を押さえつけるようにしている怪物の腕を殴ったり、力の限り暴れたり、背中に頭突きを食らわせたりとしたが、全く効かず、しかも今自分が置かれている現状に気がつき、抵抗を止めた。

 なぜならこの怪物は電柱の電線を伝って逃げていたからだ。もしうまく逃げ出せたとしてもこのまま真っ逆さまに落ちて無惨な姿になるのが誰からでも分かる結果だったので今自分に置かれてる状況、再び同じ怪物に会ったこと、そして、



(―――ちくしょっ、ちくしょうちくしょう!!) 



 今、自分の身に起こっている異常事態。

 そしてそれを起こしている非日常の存在。

 そのことを忠告しようと転がり込んできた、小さな少女けいこく



(………ユキナの言ってたことは本当だったのか……)



 護熾は今になって、遅すぎるとも言えるほど――――――後悔の念を胸に刻んだ。

 ユキナの言ったことを全く信じずに自分がどんな振る舞いをしたかに激しく後悔した。

 もっと自分が信じれば、もっと早く気がつけば、そう思いギリッと奥歯を磨り減らしそうな表情でちくしょう、と怪物の肌に顔を押しつけるように俯いたので小さな声となり、護熾を運んでいる怪物には聞き取れなかった。









「そう、やっと信じてくれたみたいね!」








 不意にこんな声が自分の背後から、怪物の進行方向に聞こえたので自分を押さえつけている怪物の腕と力比べをし、顔を何とか後ろに向けると黒髪の少女、ユキナがいるのを目撃した。

 ただ、その彼女はと言うとどこに足を付けているかというと、――――虚空という、足場である。


(―――おいおい、今度は幽霊にでもなったのかよ)


 護熾は自分の身に起きていることも含めて呆れるような表情でいた。

 怪物は大きな目をぎゅりんと動かしてユキナを睨むと護熾を片手で持ち上げて前に突き出しまるで盾にするかのように見せつけた。

 服の襟の部分を掴まれて猫のようになっている護熾を見ながらユキナは両手を腰に当てて勝ち誇った表情で言う。


「どう? 今の自分の現状に信じないわけがないよね?」

「…………はいはい、分かった。分かりましたよ!! 信じるよ!! 信じればいいんだろコノヤロウー!!」

「はい、よくできました~♪」


 護熾の信じる、という返事を得て四苦八苦してた難問を解けた教え子に対して微笑みを浮かべるような教師のような気分に浸った束の間、突然彼女の表情が厳しく凛々しくなり、元々の顔立ちもあってそれには護熾も凍り付くほどの威圧感があり、怪物も何か怯えたように凄んでしまった。

 今見れる彼女は、力強さ、凛々しさ、戦慄の美しさ、堂々たる体躯など、そこらにいる少女とはまったく違う、小さな体から圧倒的な存在感を放っていた。

 

 ユキナは右手を左懐に忍び込ませると目をつむり、瞑想をするように黙り込む。

 するとユキナの黒髪が一気に鮮やかなオレンジ色になり、懐に忍ばせていた右手を胸の前で軽く円を描くようにするとその後をなぞるように星々の欠片のような光の軌跡が動かす腕に伴って生まれ、ある程度薙いだあとにギュッと握るとそこから銀色の刀身を纏った身の丈ほどもある日本刀が姿を現した。

 銀色で、刀身は細く分厚く、済んだ夜空に浮かぶ三日月のような静謐さを秘めているかのような、刀。

 怪物は刀身の威光に中てられたかのように後ずさりをし、護熾は怪物が動いた際にブラブラと横に揺さ振られたが、今のユキナの姿に驚きを隠せずにいた。


「お、おい! 何なんだお前は!? お前は――――――、一体!?」


 先程まで見ていた少女の髪の色が変わり、所持していなかったはずの刀を持ち、そして何より先程見せてくれた彼女の力強さがそれこそ何十倍にも大きくなっていたことに、驚きを隠せない。黒髪の小柄の少女だったのが今目に映っているのはオレンジの髪を纏い、日本刀を携えた少女になっている。それは何よりも驚きで、何よりも――――――安心感のようなものを感じたことに気が付いた。

 そして彼女が双眸を開く。

 ゆっくりと黙想をするかのようにしていた瞼が開くとそこには―――髪の色にも負けないほどの透き通った鮮やかなオレンジ色の瞳が怪物を睨んでいた。


「さあ、さっき取り逃がした分の借り、今返してあげるわ」


 そう言った後、両手でしっかりと握った刀を横に向ける。刺突の構え。怪物に向かって疾走を開始する。怪物は護熾をユキナの大凡の攻撃範囲と思われる前方に盾として置き、怪物の盾にされた護熾はその瞳に姿の変わった少女を映しながらどう対応するのかを高鳴った心臓音と共に見ていたが、残り数メートル手前で、


「動かないでよね」

「えっ………」


 そんな短いやり取りを顔のすぐ真横で行われたかと思うと、ユキナは宙を蹴って無理矢理体を横にずらし、怪物の懐に潜り込んだかと思えば右手に握った日本刀を斬り上げるように動かし、怪物の胴体はユキナから見て左下から右上へと一文字に斬られた。

 斬られたことで怯んだ怪物は護熾を掴んでいた手を離し、空中に落とす。


「え、ちょっ、ってうわあああぁあああぁぁあーーーーー!! 落ちるゥううううううう!?」


 急に離されたので護熾は自由落下で何も出来ない体でじたばたするが、すぐにユキナが駆けつけ、落ちた護熾の体を捕まえると小さい体ながらも軽々と持ち上げ、トントンと宙を蹴るようにして移動すると使わなくなった小さな廃ビルの屋上まで運んでくれる。

 そして到着すると護熾を降ろし、振り向いて怪物がまだそこにいるということを確認するとその双眸を細くして睨んだ。

 護熾はその後ろ姿を見ながらも、不意に肩が震えていることに気がつき、それを手で抑えていた。

 無理もない、本当に自分の命が狙われ、それが確信のものとなったのだから普通の人なら気を失うくらいのショックなのだがそこは男らしく何とか順応し、彼女の姿を見て少しでも平静を保とうとする。

 するとユキナは彼がこっちに向いたのが分かったのか、斬られた傷に痛がっている怪物を睨みながら言う。


「これで分かったでしょ? 怪物達はより“気”を多く持った人間を狙うのよ。そしてあなたは私が今まで見てきたどの人間よりも群を抜いているの」

「……それが、俺の狙われる理由……なの、か?」

「狼狽えないで、だから私達パラアン、及び『眼の使い手』がいるんでしょ?」


 そう声の跳躍感から微笑みながら言ったであろう彼女の存在は、その時間違いなく、彼に何物にも代え難い安堵感をもたらしてくれる。

 ユキナは微笑むのを止め、刀を握っていない左手をスッと怪物の方に向け、何か力を込めるように顔をより険しくすると掌から小さな、まるで太陽のような光球ができ、それが膨らむようにみるみると大きくなっていく。


「何だ……それは?」

「これは自分の生体エネルギーを凝縮させ、相手にぶつける技“飛光ひこう”。これも私のような眼の使い手だけが使えるけどその話はあと、――――終わらせる!!」



 凄みを帯びた声は護熾を一瞬で黙らせ、怪物は声で気がついたらしくビルの屋上にいる二人を発見すると彼女が何しようとしているのか確認しようともせず、ほぼ反射でカエルの容貌らしく口から舌をまるで槍のように二人目掛けてすごい速さで串刺しにしようと、またはその場を破壊せんと伸ばしてきた。

 そして同時刻、ソフトボールほどの大きさまで成長したユキナの飛光が砲弾のように掌から放たれた。その反動から産まれる小さな衝撃波は、小さな風を作り、護熾の顔を軽く叩く。

 そして舌が飛光と激突した。

 だが勝敗は明らかだった。

 ユキナの飛光はまるでそこに遮る物がないかのように怪物の舌を壊し進み、そのまま口まで登るように突き進むと飛光は怪物の口の中に入り、着弾、直後に爆発した。

 四方に爆発した怪物の頭は跡形もなく消え、ついで上半身もきれいさっぱりなくなり、元が何だったか分からないものとなった。そして爆破された体は、地に着く前に全て、塵となって消えてしまった。

 夏の夜中に知られざる闘いは今、一人の少女の勝利で幕を閉じた。





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