58日目 カウントダウン…0…フィナーレへの誘い
戦闘態勢を解いた二人は校舎の玄関前の石造りの階段に座り込んでいた。
護熾は改めてクラスメイト、およびこの学校で自分たち以外の人間ががマールシャという名前の怪物に煉獄の檻とかいう謎の場所に攫われて閉じこめられていることをようやく確信し愕然としていた。
力なく落とした肩と少し見開いた目が自分にとっての最悪の事実を突きつけていた。
ユキナも膝を抱え込んで顔を埋めており、時折吹く風が静かに髪を撫でるが、何の慰めにもならず、すすり泣く声で呟くように言った。
「……私のせいだ……私が早く気付いていればみんなは……」
「………………」
顔を埋めたまま自分を責めるユキナに護熾は少し顔を向けるが、前に戻し、何も言わずにまた下に俯いた。
校舎は窓ガラスがほとんど割れており、机は乱れ、職員室にいたっては混沌の世界になっており、この広い学校内には二人しか残っていない。二人が今いる場所にもガラスが散らかっており、太陽の光を反射して煌めいていた。
「私が早く気付いていれば……」
「…………そんなに自分を責めるな、俺にだって責任はある……」
「でも……気付くチャンスなら…………何度もあったんだよ?」
護熾は静かに慰めの言葉を掛ける。
しかし昨日あった頭痛で異変に気付けなかった自分に嫌悪感を覚えたユキナはとうとうわっと泣き出してさらに顔を膝に埋め、地面に一つ二つと涙を落として地面を濡らした。
すると突然、護熾は手のひらに爪が食い込むほど強く拳を握り、地面に叩きつけ、その場を立ち上がると、ユキナの方に近づき、向き合うように片膝をついてから肩を優しく掴み、静かに言った。
「メソメソ泣くな、さっきのマールシャって奴の言うとおりならさ、あいつは俺たちと戦うまでは手は出さないハズだ」
護熾に言われ、ユキナはゆっくりと顔を上げると涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で見つめ直す。護熾は『あくまで、希望だけどな……』と前置きをして、続けた。
「あいつは俺たちと戦いたいって言ってた。じゃあ俺たちが勝てればみんなを取り戻せる。行こうぜ。向こうの連中だって、話せば分かるはずだから……」
「…………護熾」
「あいつを倒す、みんなを取り戻す、俺たちに出来るのは救うことだ! 行こうぜユキナ、みんなを取り戻しによぉ」
真っ直ぐで力強い眼差しを向けられたユキナは泣くことを止め、うん、っと短く言った後、自分の肩を掴んでいる護熾の手がわずかに震えていることに気が付く。
護熾も今の状況に動揺が隠せずにはいられず、本当は自分を責めていて、自分以上に怖いのかもしれない、ユキナはそう感じるともっとしっかりしなきゃと思い、『もう大丈夫よ』
、とその場から立ち上がった。
もう泣いた顔などどこにもなく、みんなを救いたいという決心の眼差しを向け、護熾もそれに応えるかのように立ち上がって『よし! 今日中に出発だな!』と再び異世界に行くことを決めた。
それからだった。
護熾は異世界に行く前にまず、一樹達に自分が家を空けなくてはいけないことを話してそれから行くとユキナに言い、ユキナもそれに同意して軽く頷いた。
そして学校から家に戻ろうと下駄箱で上履きから靴に履き替え、移動をしようとしたときに
「ん? ……! お~~い! 君たち無事だったのか!?」
二人に向かって声が掛けられたのでその方向に目をやると1−2組の担任、護熾達の先生は両目がこれ以上ないほど見開かれていて、一度躓いてから二人の元に駆け寄ってきた。
そして何があったんだ、と聞かれたので護熾は地震のような震動が起きて、その後に自分たちを残してみんな消えてしまったっと正直に話した。
「そんな馬鹿な! みんなが消えただって!? ………………でも校舎内のガラスはほとんど割れちゃってるし、何の連絡もないのもおかしい…………海洞、木ノ宮、ちょっと警察を呼ぶからそこで待ってくれ」
最初は護熾が言ったことについて信じられなかったが、その真剣な視線と校舎の状況から先生は何かがあったのだと思い、護熾を信じて携帯で警察を呼んだ。
十分もするとパトカーが校内の駐車場に四台くらい来て、車の中から胸にバッジを付け、青い制服を着て、帽子を被っている警察官が三人のところに駆け寄ってきて、今回起きたことについての事情聴衆が始まった。
護熾は先生に話したことをそのまま言い、警察官は片眉を上げて信じない素振りを見せたが、校内の荒れた状況を見て騒然とし、一応学校の近くに住んでいる住民から聞き込み調査などをして消えた生徒達の捜索を開始した。
「じゃ、じゃあ何か連絡があるかも知れないから君たちはとりあえず家に戻っておいてくれ。今回起こったことはあまりにも奇妙すぎるからね。細心の注意を払って帰ってね」
先生はそういった後、警察官二人が護熾とユキナの護衛として家までパトカーで送ってくれると言ってくれたのでその言葉に甘えて乗せてもらった。
助手席に座っている警察官から『あの有様はすごかったな……まるで大きな地震があそこにだけ起こったみたいだったな。君たちよく無事だったね。』と、後ろに座っている二人に振り向きながら校舎の状況についての感想を述べる。
そして護熾の家の前まで送ってもらった二人は警察官にお礼を言って家の中に入った。
家の中に入った二人を見届けた警察官はパトカーに乗り込むと現場、学校へと踵を返して戻っていった。
『―――今朝、七つ橋町、七つ橋高校にて、前代未聞の事件が起きました。警察によると校舎内は悲惨な光景になっており、数名の生徒を残して職員を含む、1000人以上の生徒が突然消えたとのことです。残った生徒と周りに住んでいる住人からの証言で「大きな震動みたいなのが突然来た」と、話しており、警察はこの事件に関連性があると踏み、地質調査を行うために調査員の派遣に踏み切りました。また、消えた生徒達の保護者は警察に詳しい説明を求めて電話が殺到しており、その対応にも追われています。繰り返します。今朝、七つ橋町、七つ橋高校で―――』
居間に置かれているテレビから今日、七つ橋高校に起きた奇怪な事件についてのニュースが流れている。アナウンサーから中継で現場にいるリポーターに移り、荒れ果てた校舎が画面に映し出され、青いシートで覆われているところや、警察官が中に入って調査をしたりと、その光景が目に飛び込んでくる。
そして別の場所にカメラが向くと、突然行方不明になった我が子の安否を気遣い、心配になった保護者の人たちが大勢集まって警察の人たちに胸ぐらを掴むなど必死になってどうなっているかの説明を求めていた。
それを見て、私服に着替えた護熾とユキナはやりきれない気持ちになり、そして耐えきれず護熾はテレビの電源を切った。
「俺たちが行かなきゃな…………みんなは帰ってこねえよな……」
呟くようにそう言い、ソファーに項垂れるように座った。
ユキナは護熾の隣に座るとまるで寂しいように寄り添って肩をくっつける。
「護熾……私怖い……みんなを救い出せるかどうか……」
そう、少女は不安げに言った。
しばらくそのままでいたが、やがて護熾はソファーから立ち上がり、座っているユキナに顔を向けると片腕を上げて、優しく、穏やかな口調で語りかけた。
「大丈夫だ。沢木も近藤も木村も宮崎、そして斉藤さんも全部救い出せるさ。『護るために』、『救うために』この力があるんだろ? 俺たちがしっかりしてなきゃ笑われちまうぞ? 不安なのはおまえだけじゃない、俺もそうだ。俺も……」
それ以上は言葉が続かなかった護熾は視線を落とし、肩を落としてため息をつく。
そしてもう一度顔を向けて、
「今日起こったことには正直混乱している。」
「………………」
「……でもよ、この前だってお前は俺を救ってくれた。じゃあ今度はみんなを救いに行こう。そして何事もなかったように笑顔で宿泊学習に行こうぜ!」
護熾の視線にはユキナを助けるときに見せた迷いのない目が向けられており、そしてゆっくりと右手を差し伸べた。ユキナは少しの間戸惑ったがやがて微笑みを返すとその手を取って立ち上がった。
一樹達が帰ってきたのはその十五分後でかなり慌てた様子で家に駆け込んできて、護熾の姿を見るなり泣きそうな顔で飛びつくように抱きついてきた。なぜ抱きついてきたのか?と、尋ねると
「学校でね、七つ橋高校の生徒が消えちゃったって聞いたから学校が終わったら急いで家に帰ってきたの……護兄もユキナ姉ちゃんもいて僕、僕……」
手で顔を隠し、泣き始めてしまったので護熾は『よしよし、心配かけちまったな。』と頭を撫でて安心させた。そして『頼みたい事がある』と言い、自分に抱きついている絵里に顔を向けさせると
「今日、家を空ける。だから今日の夕食を頼めるか?」
「いいけど…………どうして?」
「どうしてもやらなきゃいけないことがあるんだ。だからお願いだ。」
力強い眼差しでそう言った。
絵里は護熾の言ったことに少々困惑したが、やがてうん、わかった。と、承諾をして頷いた。護熾は抱きついている二人を優しく引きはがすと二人の視線に合わせるようにしゃがみ、
「じゃあ、行ってくるな」
別れを言うとユキナと一緒に、その場に二人を残して玄関へと向かい、二人が見送る中、家の外へと出た。
そして家の前の道で回りに人がいないことを確認するとポッケからライターみたいな瞬間移動装置を取り出すと二人同時に装置の上部にあるボタンをカチッと押した。
そしてそこからかき消えるように姿を消した。
暗闇の空間。
そこにはマールシャがどこかを眺めるようにして立っており、微動だにせずに胸の前に腕を組んで瞬きもせずにずっと何かを見ている。
ふいに何かに気が付いたように振り返るとこちらに礼をして、近づいてくる怪物が目に入ったので向き合うようにして対峙した。その怪物はガシュナに宣戦布告をしたあの表情がない怪物だった。そして静かに、敬うような口調でマールシャに話し出した。
「つかぬ事をお聞きしますがマールシャ様、なぜ"あの方"の命令を受けずに今回のような勝手なことをなされたのですか? 場合によっては処罰も厳しくなります。」
その怪物に言われたマールシャは少しつまなそうな顔をするとその怪物に向かって話す。
「楽しみたいからだ。それだけのことだ。私は戦うのは好きだ。そのことはよく知っているだろうレオル?」
マールシャは今自分が話している怪物の名を呼び、それから顔をまた戻す。
「ですが、本当に処罰は免れませんよ?」
「その点については大丈夫だ。見たまえ、勝った暁には"手土産"があるから"あの方"も喜んで下さるだろう」
そう言うとマールシャは体を横にずらし、レオルに自分が見ていたものを見せた。
レオルがそれを見ると両目が見開き驚いたような表情になり、そしてマールシャのほうに顔を向けると、
「これほどまでとは……恐れ入ります。」
「だろ? 少し苦労したがいい手土産にはなるだろ?」
二人が見ている視線の先にはモニターにでも映し出されたような画面が目の前の風景にあり、よく見ると学校にあったような灼熱の色の柱がそれぞれ画面の上、下、右、左に映し出されており、まるでひし形でも点を打ってるかのように立っていた。
そしてそのひし形の内側に何か小さい点がたくさんある。その点にだんだんと近づいていくとそれは……―――
人。
制服を着た人が床に横たわって眠っていた。
一人ではなくかなりの数でその中に職員もいる。
みんな死んだように眠っており、灼熱の柱がその赤い光で彼らを照らしていた。
マールシャはその画面に手をかざして消すと振り返って歩き出し、レオルもあとに続くように後ろからついてくる。そして歩きながらマールシャは獰猛な笑みを浮かべるとこう言った。
「待ち遠しいな、護熾、ユキナ、貴様らに引導を渡すのはこの私だ!」
そして歓喜に満ちた笑い声を上げながら、その場を歩き去った。
午後4:34
太陽がもう少しで夕陽に変わるとき、噴水が勢いよく水を出し、青々とした芝生で覆われている中央の庭に二つの風が起こり、そこから護熾とユキナは突然現れた。
風をはらんで膨らんでいた服が地面に降り立つのと同時にふわりしぼみ、体に沿う。
護熾とユキナは互いの顔を見ると、前を向き、急いである方向へと走り出す。
庭を通り過ぎ、建物内の廊下を抜け、角を曲がり、研究所と書かれた札が貼ってあるやや大きい扉の前にやっと着く。なにふり構わず全力疾走で来たので二人は膝に手をついて少々息を切らしていたが、護熾は一度呼吸を整えると扉の取っ手を握り、勢いよく開けながら叫んだ。
「博士! 博士!! いるか!?」
扉を開けて、部屋の中の様子を見たとき、部屋はやや薄暗いので見えにくいがまず最初に目に入ったのは四人の人影。
青色のセーターを着ており、机に座り、鋭い視線で見返しているガシュナ。
黒いつなぎの戦闘服を身に纏い、懐かしそうな顔で見ているシバ。
相変わらず口には飴のついていない白い棒をくわえ、右目がビー玉のような義眼、白衣を身につけているトーマ。
三人はモニターで何かを見ていたように集まっており、突然のことだったので少しの間沈黙が続いたが、沈黙を先に破ったのは護熾だった。
「もしかして……怪物に―――」
「! 何故貴様が知っているんだ?」
「それを今から話す!」
伝えられていないはずの事情を知っていた驚きでガシュナは眼を丸くするが、護熾は彼の顔を一瞥してから、残りの二人にも顔を合わせる。
「あいつが、あいつがみんなを―――!」
「! 何があったんだ護熾? 少し落ち着いてから、ゆっくり最初から話してみな?」
尋常じゃない事態だと飲み込んだシバの優しく、落ち着いた声で冷静を取り戻した護熾は我に返り、ゆっくりと息を吸い、今日あったことを話し始めた。
護熾の学校の生徒約千人が全員消失、マールシャという名の名前持ちの出現、学校を取り囲むように東西南北に立てられていた灼熱の柱。
三人は黙って護熾の話を聞いていた。
シバは目を見開いて、ガシュナは瞼を閉じて静かに護熾の話を聞き、トーマは一度肩で小さく息をすると壁に掛けられている現世の結界を通して送られる情報を映す大きなモニターの画面に一度目をやり、護熾に移した。
「なるほど…………これは思ったより深刻な状況になったな。護熾、こっちも問題が起きている。昨日、ガシュナがこのワイトから南に二キロの地点に大きな生体反応があったから出撃させたんだがそこで怪物と遭遇。そしてガシュナに怪物の内の一体がこう言ったそうだ。『あさってこの時間この場所で待っている。仲間を集めてここに来い』とね。」
「――!! ユキナ! これって……」
「ええ、……マールシャが言っていたのはこのことね」
トーマの話を聞いた護熾は後ろにいたユキナに顔を向けて呟き、ユキナは軽く頷くとマールシャの言っていたことを理解した。
『ここにいた人間共をこの場にいる貴様ら二人を残して私の『煉獄の檻』に閉じこめさせてもらった。』『私が人間共をさらったのは貴様らと戦いたいからだ。人間共は人間の言葉で言う人質だ。明日、異世界の方で貴様らを待っている。』
頭の中で繰り返すマールシャの台詞に護熾はシバから手を離し、顔を俯いたまま近くにあった机に拳を何度もぶつけた。
「くそっ、あの野郎!」
憎しみと怒りを込めた表情でみんなを護れなかった嫌悪感に溺れ、手が痛くなるまで続け、やがてやめた。ユキナは護熾が我慢していたことを改めて知り、声を掛けられずにただ呆然と机に拳を置いて俯いている護熾を見ていることしかできなかった。
顔を歪ませている護熾を興味がなさそうな顔で見たガシュナは机から降り、部屋から出ようと扉へ向かい、途中で机に拳をねじり込ませるようにしている護熾のすぐ隣に並ぶと顔を合わせず、
「いつからそんなに弱くなった? ガナを倒したときよりも、弱い。そんなんじゃ貴様の救いたい人は救えないぞ。足手纏いだ」
はっきりと今の感情が乱れた護熾では役に立たないと告げ、そのまま部屋を出た。
護熾はガシュナに言われたことを真摯に受け止め、反論できず、がっくりと肩を落としてまったくその通りだと認め、小さく溜め息をついた。
落ち込んでいる護熾にユキナは駆け寄り、背中に手を置いて顔を下から覗き込むようにして伺うと慰めるように言った。
「護熾、ガシュナの言うとおりだね。私たちがしっかりしなきゃいけないって言ったのは護熾だよ? 今は少しでも不安な気持ちを和らげようよ」
「…………ああ、そうだな……すまねぇ…」
「護熾、ユキナ、今日は大変だったな……少し休んで方が良いな。今から研究員達を集結させてあの柱の解析をやっておくから任せておけ」
トーマは精神的に疲れている二人に休むよう促し、『どちらにせよ明日だ。中央もこのことを危惧しているからどっか、ぶらついてこい。何の気休めにもならないとは思うけどね』と追加するように言った。
二人は今ここで喚いても仕方がないことは分かっていたので共に部屋を出て、とりあえず庭へと向かった。
残されたシバとトーマは互いその背中を見送った後、
「そうか……やつらは護熾の護るものを奪ったわけか――許せないな」
「ああ、その人達が無事ならばいいけどな……さて、追加の報告を上にしてさらなる検討を今日中にしてもらわんとな……」
不安そうに攫われた人の安否を気遣っていた。
庭の噴水の縁に座ったユキナはまだしょげた顔をしている護熾に今日泊まる場所について自分の家でどうか?と尋ねたが、護熾は首を横に振った。
「こんな状況でお前の母さんに会いに行けない」
と、短く答え、
「お前だって今の状況で会いに行くのは嫌だろ?」
こういわれたのでそれに同意して、せめてミルナとアルティに会っておきたいと言うと護熾は『そのほうがいいかもな……』と呟いたのでその場に残し、病院へと向かっていった。
夕陽が中央をオレンジに染めていく中、護熾はふと何かを思い出したように顔を上げ、立ち上がると何かに引きずられるように歩き出した。
ゆっくりと、暫く歩いて、歩いて、ある場所へと着いてそれを仰いで、
「変わらねぇな、ここも」
そうポツリと呟いて、感想を漏らす。
丸く、不思議な模様が壁に走っていて、入り口が階段で繋がっているその巨大な建物は護熾の目の前に大きく立ちはだかっていた。夕陽でその水色の光沢を放っている壁はオレンジを入り交じりながら周りの風景を映し出し、その建物の名はF・G、いわゆるこの世界での学校である。
護熾はしばらく見上げていたが、やがて上げた首を下げると、振り返り、
(あいつらに会ってもこの不安な気持ちは解消されねえな、来るだけ無駄か)
と結論づけ、背を向けて歩き出そうとしたときだった。
偶然、入り口の方から人影が出てきて、帰ろうとする背中を見つけると、すぐさまそれが護熾と分かり、声を掛けようか躊躇ったがもう二度と会えないかと思っていたので少し大きく叫んだ。
「あら、挨拶もなしで帰る気かしら!?」
よく通る声。
護熾は目を見開いて足を止め、顔を振り向かせるとそこには少女が立っており、黒い生地に緑のラインが入った制服の上着とスカートを身に纏い、腰までとどいている艶かな黒髪が風に揺れている。
そしてその顔には再会を待ち望んでいたような微笑みを浮かべて凛としており、階段から護熾を見下ろしていた。
「ッ! イアル……か?」
「そうよ! 来るなら来るって言いなさいよ! ――まったく」
ぶっきらぼうに言ったイアルは階段を降りて、護熾と対峙するように前に立つと胸の前で腕を組み、
「どうしたのよ、そんないつにも増して怖い顔になっちゃって?」
「……怖い顔を余計だ」
久しぶりに会うのはいいが、彼女の彼に対する態度は、相変わらずだ。
護熾は疲れたかのようにため息をつき、顔を合わせる。
「何? もしかしてユキナとケンカしたの?」
「ケンカで此処まで来るかよ……ちょいと野暮用でよ……」
「……どうしたのよ? 現世で何かあったの?」
こういうとき、彼女は鋭い奴だなと護熾は思った。
それから、彼女に今起こっている現状を話そうかと思ったが、それは不味いのではないかと思って口にするのを躊躇ったが、それを見かねたイアルは少し怒り顔で、
「私だって一応ガーディアンなんだから一般兵並の情報くらい話しなさいよ! 口外はしないからさ!」
つい忘れそうになるが、彼女の技法は一般の兵士より優れたものを持っている。
それに何だってガーディアン、若くして怪物達と戦うスペシャリスト生徒の集まりなのだ。それにそれなりの地位も彼らは認められている。
それを思い出した護熾は、少し躊躇したが、やがて彼女に対して今起こっていることを話し始めた。
話を聞き終えたイアルは、事の重大さに驚きを示したが、すぐに先程とは違う怒りを露わにすると、しょげた顔をしている護熾に一歩前に近づき、片手で胸ぐらを掴んだ。
「話はよく分かったけど……肝心のあなたが不安がってどうするのよ!? ほら! どうしたの!? あなたが不安なんじゃ助けられないわよ!!」
強めの口調で罵倒するが一旦顔を横に逸らし、顔を元に戻した護熾は奥歯を噛みしめたような表情になるとイアルの肩に両手を置き、イアルは一瞬ドキッとしたが、護熾が奥歯を噛みしめた顔から泣きそうな顔に変わったので、見開いた顔で見つめていた。
「わかってる! わかってるけど!! …………怖えんだよ、もし救えなかったら、何て言えばいいんだよ…………わりぃ……邪魔したな」
やり切れない表情で叫んだ護熾はイアルから手を離し、肩を落として背を向けるとトボトボと中央に向かって歩き出す。
イアルは黙ってその背中を見ていたが、やがて眉間に皺を寄せた表情になると護熾に向かって走り出し、いきなり尻に向かって強烈な横薙ぎのローキックを思いっきり炸裂させた。
「のはぁっ!?」
当然、護熾は体を反らして吹っ飛び、軽く放物線を描くと地面をボールのように四メートル転がって跳ね、土煙を上げて止まり、しばらく倒れたままの状態であったが、やがてよろよろと手を地面につくと、くわっと振り返る。
「いってええええぇぇぇぇ!! 何しやがんだてめぇは!?」
怒った顔で叫び、服についた土を払いながら立ち上がり、尻をさすりながらイアルの元まで戻って行く。
イアルもまた怒った表情で護熾を見据えており、歯をぎりぎりと鳴らしてから近づいてきた護熾に指を指すと
「いつまでもだらしない顔しないでよ!! ビシッとしなさい!!」
「なっ………………!」
自分を蹴り飛ばした挙げ句、逆ギレを始めたイアルは護熾に手痛い怒号を浴びせる。
それから、指差している手を下ろしたイアルは、急に悲しそうな表情になる。
「海洞、みんなを助けに行くんでしょ? ……私だって、此処のみんながそんなことになったら、そりゃ不安よ? でも、でもね、あなた一人がそんな自分を追い込む必要なんてないの! よく見なさい、あなたの周りでは仲間がいるんでしょ? 自分の励ましに使うんじゃなくて信用しなさい! このバ海洞!」
「…………ああ、そういえば、ユキナに同じこと言ったのに……何で俺が不安がってんだろうな……ははっ」
護熾は何かが吹っ切れた表情で笑い、そしてイアルを見た。
「………イアル」
「何?」
「すまねえ、カッコつけてユキナを不安にさせないようにしたのに、俺がこんなざまで格好悪いな。お前のおかげで、目が覚めた、ありがと」
「わ、分かればいいのよ! 分かれば! まったく……明日はちゃんとこなしてきなさいよ!」
「ああ、絶対な」
その表情は、すでに先程の弱さを捨てきった、普段の微笑みであった。
それを見たイアルは、つい、顔を赤くして顔を逸らしてしまう。
護熾はそんな彼女を頼もしい気持ちで見つめた後、中央に向かってその場から走り出し、ある程度走ると、急に移動したことで驚いて佇んでいるイアルに振り返って手を振り、
「じゃあな!! また会おうぜ」
と元気よく叫んでから、そのまま姿を消していった。
イアルはしばらくの間呆然と立ちつくしていたが、やがて久々に会ったのにあまり話せなかったことに苦虫を噛みつぶすような想いであったが、元気に走り去る護熾を見ながらその姿が見えなくなるまでその場に残っていた。
それから、ソッと祈るように胸の前で手を組み、
「わたしが、死なせないから……」
想いを寄せる背中を見つめながら、そう呟いた。
護熾は走りながら、あることを思っていた。
(たくっ、イアルに励まされるとはな。だけどおかげで自信がついた! 俺はもう、不安になんかなんねえぞ! 明日か、待ってやがれよ、怪物共が!)
明日の戦いに決心をしていた。
みんなを助けるために、また、普通の日常を取り戻すために……――