57日目 カウントダウン…1…
一時間目が始まると連絡事項で、
先生が今日は遅れてくるということになったので、
1−2組は無政府状態になり、机から離れ、生徒達は友達同士でお喋りを開始する。
無法地帯の完成である。
護熾のところも例外ではなく、早速沢木達が集まってきて、なんやかんやと会話を始める。そして近藤、千鶴、ユキナも混じり七人で会話が始まる。
「だからあれだよ! あれ!」
「違う違う! 確か……そうそう! 海洞が作ったのはトンボ!!」
「いや羽が折れちまうだろそれ…………蝶だよ」
沢木と近藤が話している中で、護熾はぼそっと言う。
今話しているのは『文化祭』を知らないユキナにその時何があったかを六人で頭を揃えてその時の記憶を教えているところで、蝶というのは文化祭のときの1−2組の出し物はアイスクリーム店で、来てくれた一般人の中で小さい女の子がアイスを落としてしまい、泣いているところを護熾がその見事な腕でアイスクリームを蝶のように作り、女の子が泣きやんで一件落着! という話をしていた。
「そうなのよ、海洞君がアイスで作った蝶を見せると魔法みたいに泣きやんじゃったの!」
続けて斉藤がユキナにその出来事についてさらに説明を加える。
「で、アイスを落とす原因になったのが一般人の不注意で近藤さんが注意したんだけどその人がキレちゃって殴りかかろうとしたんだけど…………」
急に勢いを無くした千鶴にユキナは『え? え? その後どうなっちゃったの!?』っと、興味津々で尋ねると木村が得意げに答えた。
「海洞が止めた。右手だけで」
どうにも元々この護熾という男はこういうタイミングには恵まれている。
一瞬、その場の空気が固まるが宮崎があとを続ける。
「一般人が殴りかかってきたときに海洞がバッと近藤さんとその人の間に出てきてもう少しでパンチが近藤さんに当たるところで何とか止めたんだよな~~」
その時のことを鮮明に話す宮崎に近藤は護熾のほうに向きながら『やっちゃえばよかったのに〜』っと文句を言うと護熾は背もたれに寄りかかりながら言う。
「いや、それまずいだろ。第一、お前って怖い者知らずだよな。」
「だって~~~~女の子がかわいそうじゃん!」
「え~とね、その後海洞君がその人に『お引き取り願おうか?』って言ってね、で、周りの人たちもそういう目で見たからその人は逃げるように教室から出て行ったの。」
千鶴が最後に話しを締めくくり、ユキナは『ふ~ん、そんな事があったんだ』と言った後に机に両肘をついて楽しそうに少し遠い目をしながら、
「じゃあ私も来年は参加できるのね! 待ち遠しいな~~~」
「まあまあユキちゃん、来月は宿泊学習で山に登るんだからまずはそっちからね」
近藤が言った宿泊学習では、ある山に登り、そこにある宿泊施設に泊まり、自然を感じ、自分たちでたき火を焚いてカレーを作ることになっている(当然、護熾と一緒になった班は彼に食事作りを一人で押しつける気である。その方が早くて美味いからだ)
「そういえばまだ部屋の班とか決まってなかったね」
っと宮崎。
「班長だけは絶対になりたくねえな~、だって班長会議があんだろ?」
っと沢木。
「おっと、その前にあんたらに忠告しておくわ。宿泊学習だと必ず妙にテンションの上がった男子どもが風呂なんか覗いて、騒ぎを起こすのよね~、だから千鶴とユキちゃんのハダカを見られると困るから、私が逆に男湯を監視するからね?」
っと近藤に護熾が、
「それってお前が覗いてんじゃねえか!?」
「いいのよ。狙い目は部活で鍛え上げられた男子だから」
「よくねえええ!!」
「そ、そうだよ勇子~」
っと今度は千鶴が本当に信じているようであたふたと慌てたのでそれを見た近藤がクスリと笑い、
「あっはは嘘々、冗談よ。まったく千鶴は可愛いんだから~」
それからグッと千鶴の腕を掴んで顔元まで引き寄せると、
『でも、あんただって海洞の身体見たくない? 海で見られなかったさらなる神秘に、近づかない?』
『~~~~~~~~~~~~』
海洞くんの鍛え抜かれた身体、そして、あのときは海パン一丁だからあの海パンがなければ、ハダカ……ハダカ……ボフンッ!
そんな想像をしてしまった千鶴は顔から湯気が出るほど真っ赤に顔を染め、無言でフラフラと近藤のそばから離れると、近藤はビッと親指を立て『まったく……これだから近頃の お ん な の こ は。 初心だね~』と満足げに言い、何を千鶴に吹き込んだのか気になる男子四人の存在に気がつくと、
「しっし、この禁断のライフ・フォース共はあっちに行きな。これは女の子同士の会話なんだから」
「何か尋常じゃねえもの斉藤に吹っ掛けてねえか? 近藤?」
護熾はそうポツリと言った。
一方フラフラになりながら自分の席に戻った千鶴はまだ顔が赤くなっているので何とか落ち着くまで机で寝てようと考え、う~んと言いながら休眠していると、ふと誰かの影が顔を撫でる。
それに気がついて眼を開けてみると、ヒョコッと大きな黒い瞳が覗き込んでいた。
「大丈夫~? 斉藤さん?」
「あ、ユキちゃん……? うん大丈夫。刺激的なこと言われただけだから……」
「その刺激的なことで大ダメージを受けてるようだけど……」
(ユキちゃんって……ホント可愛いよね)
心配そうに覗き込んでいるその大きな瞳や、小柄で可憐な姿。
顔立ちは幼さを残していながらもどこか気が強そうな雰囲気も持っている。
女性的には未発達な部分が多いが、十分男子を惹き寄せるだけの魅力がある。
(そういえば、海洞くんは、ユキちゃんが転校してくる前に知っているような感じだったな……)
確か初日、いきなり護熾に手紙を渡し、そして昼休みに屋上で二人っきりだったという情報が確かにあった、証拠に、彼女が何かの誤作動で引っ掻いてしまったという頬傷が彼にちゃんと残されていたのだ。
その真意はないが、確実に彼女と彼の距離は、自分よりは進んでいるのだ。
「ねえユキちゃん……」
「ん? どうしたの斉藤さん? 大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。でもそれより聞きたいことがあって……」
もしかしたら、彼女もそうかもしれない。
もしかしたら、彼女も既にその気持ちを持っているかもしれない。
「ユキちゃんってさ―――海洞くんのこと――」
「え? 斉藤さん?」
これを聞くのは怖い。でも、もう昔みたいにただ黙って見過ごすわけにはいかないのだ。
勇気を、海水浴での時みたいな勇気を、振り絞って、そして言葉が紡がれる。
「す―――――」
だが、その瞬間に、異変は起きたのだ。
今から一分前、それはこの七つ橋高校全体を見下ろすかのように、上空に佇んでいた。
そしてその見下ろしている校舎の北、南、東、西に一本ずつ、シャボン玉液色の巨大な柱がそびえ立っており、その柱同士がまるで互いに呼応し合うかのようにその不思議な色を蠢かせていた。
まさしくそれは、"脅威"にほど近い、エネルギー物体でもあった。
そして、それは、掌をまず東にある柱に向けると柱の頂上から溶岩のような光の線が伸び、そして掌を北にある柱に翳すと光の線は北の柱の頂上に向かって行き、東と北が線で繋がる。
そしてもう片方の手を使って西と南も同じように線で繋ぐ。
そして今度は南から東、北から西を線で繋ぐと柱の色はシャボン玉液色から燃えるような、灼熱の色へと変化していき、やがて、柱全体がその色に変わり、校舎をぐるりと囲むように柱同士で繋がれた光の線は段々その色を濃くしていき、この世のものとは思えない光景が広がっていた。
そして、紅蓮の檻状の四角い空間が、校舎全体を包み込む。
それはそれを視認してから、ゆっくりと、右掌を校舎に向け、静かに言い放った。
(『煉獄の檻、捕縛せよ』)
「え? 斉藤……さん?」
ユキナは目の前で怒った異変に気がつく。
自分の目の前にいるのは彼女、千鶴なのだが何か言おうとした途中、その言葉が紡がれなくなったのだ。
決して彼女自身が躊躇って止めたのではない。
彼女の身に異変があったのだ。
「斉、藤さん?」
ユキナは信じられないと言った表情でもう一度彼女を見る。
彼女は何か言おうとした形で、そのまま固まっている。
外傷はない。
だが、彼女自身がまるで時を止められたかのように、動かないのだ。
呼吸も、瞬きも、何一つしていない。
「お、おい……なんだ……一体どうなってるんだ?」
不意に、声が聞こえたのでそちらに顔を向ける。
そこには同じくこの異変に狼狽えている護熾が、動かなくなった友人達を見て、声を上げていた。
動かなくなった友人達、そう、ここでユキナは気がつく。
千鶴や、近藤達だけが止まったのではなく、このクラス内で自分と彼以外の人間が、行動を停止させているのだ。
「護熾……?」
「ユキナ、お前は平気なのか?」
「うん……それより此処の―――」
ユキナが喋ろうとした時、突然、強い震動が校舎全体を襲い始めた。
「!」「!」
激しく揺れ、まともに立っていられる状態じゃなくなり、二人は床に倒れ、窓ガラスが一斉に割れ――――突如、頭に強い振動が奔る。
「――――ぐっ!! な……んだ………この感じ……は……」
「くっ―――苦しい…………あた……まが……い…た……い」
護熾とユキナは揺れの中で昨日の頭痛よりもさらに激しい頭痛に襲われており、教室内がどうなっているのかを知るどころではなくなっていた。
釘でも刺されているかのような、気が狂いそうな痛みに二人は必死に耐え、やがて震動が徐々に治まっていき、それに伴って頭痛の痛みも引いていき、二人は疲れ切ったように机にバタンと音を立てて溶けるように突っ伏した。
全身汗だくになり、しばらくは体が動かせない状態になった二人は薄れそうになる意識の中で さっきの震動は何だ? 何で頭痛が起こったのか?と疑問を張り巡らせ、そして疲労のせいで意識をゆっくりと失っていった。
「お〜い、みんな……無事か……?」
護熾は額に手を当てながら体を起こし、教室内にいる動かなくなった生徒全員に呼びかけるように教室内を見渡した。
見渡すが、教室内には二人を残してもぬけの殻になっていた。
まるでさっきの地震を境に消えたかのようにいない。
護熾はその光景に驚愕の表情で呆然と立ちつくす。
(そんな、みんながいなくなってやがる! どうして!?)
「そ…んな……みんな……どこ行っちゃったの?」
意識を取り戻したユキナが机から顔を上げて、床に窓ガラスが飛び散った教室内で生徒全員が跡形もなく消えていることに驚愕と不安を含んだおぼつかない口調で言ったので、護熾は『よかった! お前、無事だったのか!』と少し安心するが今の状況を飲み込めず、ただただ教室内を何度も見渡すだけだった。
やがてユキナが回復し、二人で学校内がどうなっているかを確認すべく、窓ガラスを踏まないように引き戸まで進んでいき、廊下に出て、他の教室内の確認をするように走って行く。
どこも窓ガラスが飛び散っているが人一人としていなく、さっきからずっといなかったかのように静けさが二人に伝える。
「どうなっちまったんだ…………学校の生徒全員が消えてやがる……どうして…」
「護熾、落ち着いて! 職員室に誰かいるかもしれないよ!」
ユキナの言うとおり、職員室に誰かいるかもしれないと少しの期待を膨らませて1階の職員室に向かってみる。
「…………いねえ」
そこにあったのは机の上に置いてあった資料や壁に立てかけてあった写真、飲みかけのコーヒーカップなどが床の上で散漫と散らかっており、そしてその中でも人一人として気配もなく、沈黙の空気に包まれていた。
ユキナはその場で力なくペタンと床に座り込み、護熾は背中を壁に付けて寄りかかった。
「どうして……何でみんなが……」
ユキナが泣きそうな声で床に拳を叩きつける。
護熾は何も言えず、下にうつむいているユキナを見ていることしかできなかった。床に叩きつける音が静まりかえった校舎に響くがすぐにまた闇のような静けさが戻ってきて、その行為を無駄だと言い張っているかのようだった。
やがて床に拳を叩きつけるのをやめたユキナはゆっくりとその場を立ち上がって護熾の方に顔を向けた。
護熾が『他の所も探しに……』と言おうとしたときだった。
空気が震えるような気を感じ取った二人は互いに顔を見合わせる。
「―――!! 護熾!!」
「あぁ!! この感じは!」
血相を突然変えた二人は同時に下駄箱の方に走り、土足に履き替えるのも厭わずに外へ飛び出し、上空を仰ぐように見る。
その見上げた上空には、確かにそれは存在していた。
そこには空に佇み、こちらを見下ろしている人のような形をした“何者”かがいたので地面を蹴り、同時に結界と呼ばれる架空戦闘空間に入り込むと一直線に空へと向かう。
そしてその何者かを少し見上げるような位置で止まった二人は今、目の前にいる怪物の姿を確認した。
その姿は全身が昆虫の外骨格のような皮膚に覆われおり、その表情はかなり落ち着いていて二人の険しい表情を見た怪物は嬉しそうな表情を浮かべる。
「フフフ、そう怖い顔をするな。」
先に口火を切ったのは相手の方だった。
その口調は落ち着いており、冷静でいる雰囲気が二人をさらに警戒させる。
警戒しながら護熾が尋ねる。
「てめえか……? みんなをどこかにやった奴は」
相手は自分に尋ねてきた護熾に目をやる。
「ああ、そうだ、肯定だ。そういえば自己紹介がまだだったな、私の名はマールシャ。護熾、ユキナ、という名前だったな? 貴様らがガナを倒したのは聞いている。」
「!」
「!」
マールシャと名乗った相手に自分たちの名前を言われた護熾とユキナは目を見開いて驚愕の表情に変わるが、急に何かに気が付いたように横に振り向くと校舎にそびえ立っている灼熱の柱に目を奪われる。
「な……何だありゃ……あんなものなかったのに……おい! 何だあれは!?」
学校を取り囲むようにして立っている四本の柱のことについて、指を指しながら護熾はマールシャに向かって問い質す。マールシャに柱のことについてゆっくりと説明を始める。
「あそこにある四本の柱は私の空間を操る能力、簡単に言えば異次元を作り出す能力によって出来た物だ。貴様らに気付かれないようにあの柱達にもう一つの空間を纏わせて北、東、南、西の四方向に立てて、ここにいた人間共をこの場にいる貴様ら二人を残して私の『煉獄の檻』に閉じこめさせてもらった」
「なっ!」
「えっ!」
二人の驚愕の表情を見て、マールシャは嬉しそうに微笑み、言葉を続ける。
「苦労したよ、この柱は強力な“気”が含まれていて、立てるときに一瞬、空間が剥がれるからバレまいかと焦ったが、人間共の注意不足のおかげで成功したよ」
「そうか、それが俺たちの激しい頭痛の原因か…」
彼ら二人の頭痛の原因は、眼の使い手として気を探索できる敏感な感覚の所為であった。だから、強大な気がすぐそばで集中的に集まると頭痛が起きたのだ。
柱についての説明が終わると同時に、ユキナはオレンジの髪と瞳を露わにし、右手を薙いで刀を出現させ、刃先を向けながら怒りの眼差しと脅すような口調でマールシャに聞く。
護熾も奥歯を噛んだような表情になり、マールシャを見据える。
「みんなをどうしたの? 生きているでしょうね?」
「安心したまえ、人間共は眠らせてある。」
「てめえ!! 何が目的だ!! みんなを返しやがれ!!」
怒り爆発寸前で震えている二人にそれとは対照的な口調でマールシャが待っていましたという顔で二人に指を指しながらあることを告げる。
「よくぞ聞いてくれた、私が人間共をさらったのは貴様らと戦いたいからだ。人間共は人間の言葉で言う“人質”だ。明日、異世界の方で貴様らを待っている。おそらく向こうでも我々のことは知っているだろうから詳しいことは聞きたまえ。おっと、うかつに柱を壊すとかいう愚かな考えはしないことだ。そうすれば空間が崩れて中にいる人間は全員死ぬ。」
「てめえええええぇぇぇぇ!! だったら今すぐ俺たちと戦え!!」
「ほう、これは失礼した。では君から、私のウォーミングアップを手伝ってくれるのか?」
「え――――」
瞬間、マールシャは護熾に向かって踏み出し、突っ込んだ。
ユキナは開眼状態で感覚も鋭敏だったため攻撃の瞬間は分かったが、肝心の攻撃を受けた彼は、まだ開眼はしておらず、その攻撃をまともに受ける。
そしてマールシャは護熾を運ぶかのようにそのまま校舎の方に突っ込み、彼を運んだままで、建物を破壊しながら中に侵入していった。
「護熾!!」
ユキナはすぐさま方向転換、宙を蹴って後から急いで追いかける。
一方、マールシャの方は片手で掴んだ少年で、建物を壊すかのように校舎の中を飛びながら突き進み、そして三階一番端の階段の辺りの壁で、片手に持った少年を押しつけるように叩き付け、壁にめり込ませる。
瞬間、コンクリートの煙が辺りを舞い、視界を悪くする。
「フハハハハハハハハ! 突然の攻撃に対応できないとは、ガナもとんでもない馬鹿にやられてしまったようであるな!」
そう高らかに笑い、かつて二人の手によって倒された名前持の名を言う。
そして、片手で掴んでいる相手に向かって、もう片方の拳を振りかざし、言う。
「さらばだ、眼の使い手よ。私はガナのように甘くはないからな。ウォーミングアップ程度で終わりだとは、些か興ざめではあるがな」
そう言って拳を突き出し、片手で掴んでいる少年を打ち貫こうと、したときだった。
「うっせんだよさっきからごちゃごちゃとよ!」
マールシャの豪拳が相手を貫―――否、その攻撃を受け止めるものが、そこに生まれる。
「ほォ、どうやら――――」
そう嬉しそうにほくそ笑み、煙の中から姿を現した、先程とは違う相手を見据える。
自分の豪拳を、軽々と片手で受け止める、鮮やかな翠の髪を纏い、そして同じ色の闘志に火が灯った眼。
黒髪から一転、翠髪の少年がマールシャの拳を受け止め、しかもほぼ無傷の状態でそこにいたのだ。
「てめえなんざ、俺のウォーミングアップにすらならねえよ」
「ふむ、訂正。思ったよりやってくれそうだな―――っと!」
護熾に対する評価を変えようとしたところ、いち早く気配に気がついたマールシャは護熾から手を離すと即座に屈み、同時に頭を何かが掠めていく。
そして振り向いてバックステップを刻むと、日本刀を振り終えた体勢のユキナが睨んでおり、そして片手を柄に添え、両手で握り直す。
「護熾! 無事?」
「ああ、何とか」
自分の身を案じてくれた少女に護熾は軽く返事を返し、めり込んでいた身体を壁から引き剥がすと、同じようにユキナと並ぶ。
それは、その二人が並ぶことが当たり前だったかのような、そんな光景だった。
既に二人は自分を倒す気でいる。
それを感じ取ったマールシャはにやっと笑うと、まるでそこに空があるかのように天井に向かって床を蹴り、破壊して上空へと向かう。
「! 待ちやがれ!」
すぐさま二人も追いかけ、マールシャが空けた穴へと身体を入れる。
そしてすぐ屋上へ飛び出し、床に見事な着地を決め、そして同時に上空を見る。
「楽しかったぞ、二人の眼の使い手よ」
上空ではマールシャが腕を組んで宙を佇んでおり、余裕たっぷりな表情で見下ろしている。
護熾とユキナは戦闘態勢に入り、今にも再び飛びかかりそうになっているが、マールシャはそんな二人の様子になど気にも止めず、突然、背を向けた。
背を向けながら顔を少し肩越しで二人を見る。
「まあそう急ぐな。私は楽しみはとっておきたいんだ。もう一度言うぞ? 私が攫った人間共を懸けて、もう一度戦わないか?」
「! てめっ―――!」
「日は明日だ。覚えておけ。何だったらさっさと向こうの世界に行って眼の使い手共に聞いてみるといい。今頃泡を食って作戦やら何やらを立てている頃であろうからな、では、ごきげんよう」
そう言うとマールシャは指先に黒い球体を出すとそれを目の前の風景に押し当て、上から下へ真っ直ぐ引くとそこを境目にガバッと空間が押し広げられ、その中に足を踏み入れて進んでいく。
「ッ!! おい!! 待ちやがれ!!」
「楽しみにしているぞ。人間共を助けたくば必ず来ることだ。ではさらばだ」
マールシャは最後にそういうと奥に進んでいき、そして空間の割れ目が閉じ、切れ目もなくなって元通りの風景になった。
呆然と二人は相手が消えた空間を見つめていたが、やがて、ユキナは開眼を解いてペタンと力なくその場で崩れ、護熾は、力を込めた豪拳を、すぐ真下にあった校舎へと叩き込む。
瞬間、護熾の放った拳からヒビ割れが綺麗に建物を貫き、地面へと一秒ほどで到達する。
「……護熾」
「くそっ! くそっ! くそっ!! な、何でみんなが、巻き込まれなければいけねえんだよォ!?」
相手に対する怒りと、みんなを護りきれなかった自分に対し、護熾は力の限り叫んだ。
ユキナはその姿を、ただ隣から見ることしか、できなかった。