55日目 悪夢の序章
どうも! ようこそこの章まで読んで下さってありがとうございます!
どうでしたか? ガナ戦での護熾の理不尽な動機と行動に些か(かなり)不満があったと思います。それは後々治しますので気長にお待ちください。では私の黒歴史を越えた読者様、どうかお先にお進みください。
ある火曜日の夜、町は暗闇で静まりかえっている。
そんな誰もがもうすぐ眠りについているそんな中、ある家の二階が妙に騒がしかった。
その部屋の明かりはついており、カーテンが掛けられているのでよく中は見えないが、時折何かに向かって物を投げている影が見えた。
そして耳を澄ませるだけで、聞こえる声がそこでは展開されていた。
「何でお前が居て、何であんな格好でいたんだあああああぁぁぁ!? 痛っ!」
「何よ何よ何よ何よっ!! 変態!! エッチ!! スケベ!!」
「何もやってねえだろうが!! うおおっ!」
一つは男子の声、もう一つは女子の声。
この近所迷惑にでも発展しそうなこの二人の騒動はあるきっかけで勃発、つまり開戦したのだ。(一方的な襲撃とも言う)
そして護熾は、ユキナがベットの上から投げてくる枕や筆箱、教科書等などを手で弾いたり避けたりしていた。因みにユキナの方はほぼ全力で投げているので避けなければ大怪我はすること間違いなかった。
時は遡り3分前で、時刻は11時半
夕飯を食べ終え、皿を洗い、洗濯物をたたみ、風呂から上がった護熾はタオルを首に掛け、体から湯気を出しながら階段を上っていた。
そしてドアを開け、部屋の中に入り、ベットへと向かう。ほどよく冷えたベットにだいぶして身体を冷ます作戦である。
今日はユキナの番で、部屋の中にはいなかったのできっと屋根の辺りにでもいるだろうと思い、日頃の体の疲れをさっさととるべく早寝をしようと布団の中に滑り込み、そして寝返りをうち、窓側の方に顔を向けた時だった。
むにゅっ、と柔らかい何かが手に触れた。
「? あ? 何だ?」
その手でゴソゴソとその物体を触ってみると柔らかくてすべすべの質感が分かり、もしやと思ってバッと布団を引き剥がすと、そこには思った通りの人物がいた。
艶やかで触りたくなりそうな黒髪、顔立ちがよい小顔、そして身長が145cmほどの少女が、すやすやとつい見取れてしまいそうなほどの可愛い寝顔で布団の中で寝ていたのだ。
「…………やばい、やばいぞこれ絶対……」
そしてさらに、布団の中で脱いだらしくパジャマがユキナのすぐ脇にある。
つまり、ということは、と自然と視線が顔から下に移動し始める。そして見た。
白い肩出しシャツ、純白のパンツ姿。
本来隠すべき女の子の露わな姿。
パンツは絵里からの借り物で子供っぽく、胸があまりないので(本人に聞かせたら抜刀もの)ブラは付けていないが、美少女としてこれ以上ないほど可憐で、いつもの姿とはまるっきり違って見える。
ここで普通の男子ならば下着姿の美少女が自分のベットで寝ていると考えたら邪なる考えで本能に従って寝込みを襲うとこだが、ご生憎、護熾の思考はそっち方面に結びにくく、彼から見れば彼女は人の形をした爆弾なのだ。
(え~っと、え~っと、まずはこいつを起こさずにベットから床に移動させて……)
「う~ん、何?」
ソッとユキナの肩を掴み、爆弾を安全圏に移動させようとしたところ、くぐもった声が聞こえた。
タイミングの悪いことに、爆弾が目覚めてしまったのだ。
爆弾起動スイッチオン。護熾はこの瞬間、ビクンと肩を振るわせて静止。
布団を捲られたことに気が付いたユキナはゆっくりと目を開け、手で擦り、それから寝ぼけ眼で横を見ると、自分の両肩に手を置き、無表情で固まっている護熾に視線が固定される。
「…………」
「…………」
「……あの、別に意図があってこんなことしてるわけじゃ、ねえんだけど?」
「…………」
その途端、ユキナはかぁーーーーっと赤面するといきなり護熾の側頭部を蹴り飛ばした。
いきなり蹴られたのでそのままベットから転げ落ち、床にぺたんと座り込み、『いてて、何だいきなり!?』と蹴られたところを撫でながら視線をユキナに移したときだった。
布団がまず最初に飛んできてパイ投げでも食らったかのように顔を包み込んだ。
その布団をはぎ取ると今度は教科書が飛んできて耳を掠める。
いそいで立ち上がった時には机の上に置いてあったカバンが飛んできて腹に直撃、内蔵が脈打ち、『おォおおおおおおお!』と突然の激痛で腹を手で押さえ、ガクンと片膝を付いて悶えると、頬を掠めながら
すでにパジャマを身に纏ったユキナがベットの上に立って両手で今度は自分のカバンを護熾にぶつけんと構えていた。
「ご お き~~~~~~~~!!」
ユキナは地を這うような声で言い、そして思いっきりカバンを投げてきた。
護熾はすぐさま避けて『いやだからおま―――!』と言い切る前にユキナが机の上から教科書を取るとそれをぶん投げた。それは護熾の頭を掠め、壁に当たってパラパラとページをめくりながら床に落ちる。
護熾はその後に、飛び来る筆箱を前転身体ひねり回避で華麗に避けて見せ、そして片膝を付いて片掌を見せるように前に付きだし、静止の声を叫ぶ。
「落ち着け!! っていうか何でお前が寝てるんだ!? 今日はお前の当番だろ!?」
ピタッと枕を投げる仕草を止めたユキナはそのままの態勢で、
「それよりも、まだ嫁入り前の娘に何かしようとしたわね~~!? この変態! エッチ! 寝込み魔!!」
(いや、酒飲んで酔った状態のお前も、人のこと言えねオブァ!?)
見事、枕が顔面に命中し、護熾は文字通りひっくり返ってしまった。
そして最初に戻る。
護熾は枕を喰らってすぐさま回復した後、こうして立てこもり犯にするような説得を続け、そしてとうとうユキナは投げる物がなくなり、少し息切れをしながらの視線の先に、壁に当たって積もった教科書やら枕やらを背に護熾が驚いた表情で立っていた。
それを見計らって、護熾は静かにまるで宥めるような声色で話しかける。
「お前、何でベットで寝てたんだ?」
落ち着きを取り戻したユキナは、幾分か呼吸を整えてから、思い出すかのように視線を上に上げ、指で頬を掻きながら話す。
「きょ、今日は何だか疲れたから、護熾が皿を洗って洗濯をして風呂から上がってくる間にちょっと寝ようとして、でも暑かったからパジャマを脱いでベットに入ったんだけどそのまま寝ちゃった……だけ」
「あ、なるほど、つまり…………おめえが悪いじゃん!!」
自分が何も知らずユキナの下着姿を見たことは反省しよう、しかしその元凶はあくまで彼女の自業自得だ、と護熾はそう思いながら、無言でユキナが投げ散らかしたカバンやら教科書やらを片付け、片付けを最短で終わらせると今度はユキナをベットから追い出し、部屋の明かりを消し、そしてユキナの視線を浴びつつも、改めて布団の中に潜った。
不思議と、良い香りと別の温もりがあったが、極力気にしないようにする。
「あの……」
暗闇の中で、先程と声色の様子が違うユキナが、ベットでふんぞり返るように寝ている護熾に話しかける。
「…………」
「……怒ってる?」
「…………」
ようやく自分のやったことについて自分の方が悪いことに気がついたのか、先程の勢いはなく、むしろそれこそか弱い女の子そのものであった。
どこか、不安げで、壊れてしまいそうな、そんなオロオロとした様子が見なくても分かるようだった。
「……ごめんね」
「……ああ」
そんな彼女に、自然と言葉が出て、それから眼を閉じた。
その背中を、許されたことを嬉しく思って微笑んでいる少女が見ていることを知らずに。
翌日の水曜日。
天気は快晴、温度蒸し暑く、だが教室内は冷房で快適。
時刻は丁度八時半を回り、朝のホームルームが始まるちょうど十分前当たる頃である。
護熾とユキナはすでに登校しており、それぞれの席で欠伸をしたり、のびのびしたりしていた。
だが、今回このクラスは冷房の効果を打ち消すほど騒いでおり、いつも以上に喧しい。
その原因は最初のホームルームで行われる学校での一大イベント。
それは二学期中は常に隣をお邪魔することになるメンバー決め。
そう、席替えである。
今日のこのクラス内は、そのことでがやがやと騒いでいるのだ。
「おっはよ~~ユキちゃん~~!」
そんなクラス内の乱音にも負けない声で、教室の引き戸を開けて近藤が入室する。
元気よく教室に入ってきた近藤は我がシスターと名付けている机に突っ伏し中で冷房を楽しんでいるユキナの頭をガシガシと撫でて、『うぅ~おはよ近藤さん~』と返事をもらうとちょっと待っててねと二へ二へ顔で自分の席にカバンを置いてからもう一度ユキナのとこへ戻る。
そしてユキナの机に腕を置くようにし、床に両膝をつくと、今度は護熾に向かって、
「おっはよ! 海洞も相変わらず無愛想な顔ね」
護熾は言われたとおりの無愛想な顔をしながら何気ない口調で言った近藤に対してジロリと目をやる。
「無愛想な顔で悪かったな。たくっ」
「はいはい、体育祭の時はご苦労さん」
軽く護熾に礼を言ったその時、護熾の後ろから沢木が首に手を回すようにして抱きつき、
「よお! 海洞! おっはよ! 今日は席替えだな!」
耳元で喧しく叫んだので、安眠を妨害された護熾は額に怒りマークを浮かべると、肩越しに顔面を手でガシッと掴み、必殺のアイアンクローを食らわせる。
ぎゃああああああっと沢木が護熾の手をペシペシ叩いてギブアップ宣言をしているときに朝のホームルームを告げるチャイムがなったので手に力を抜いて解放する。
解放された沢木は後ろに蹈鞴を踏みながら顔を押さえ、言う。
「いてててててて!! そりゃないぜ~海洞」
「いきなり抱きつくお前が悪い」
そう言った護熾は沢木の肩をどつく。
「うおっと! まあさっきのは悪い、っということでよ。それよりも席替えだぜ? 誰と隣になるかね? お前誰がいい?」
「知らねえよ。誰だっていいだろ?」
机に頬杖をついて沢木と受け答えをする護熾に、今度は、さりげなく背後に現れた木村と宮崎が護熾を挟むようにして沢木と同じように首に手を回し、抱きついてきた。
「なあなあなあなあ!! 海洞!! 誰が隣になるんだろうな!?」
「俺は(小声で)木ノ宮さん……と隣になりてえな!」
「だああああああああ! よーしお前ら! 並べ、並んで俺のフルコース食らいやがれ! 鉄拳という名のな!」
ダブル攻撃に耐えられなくなった護熾は席から立ち上がり、二人を払い落とす。
そしてお仕置きという名の反撃に出ようと身を構えたときだった。
その瞬間、何か地震のような震動が護熾の頭に響き、視界が傾いて一瞬くらっと倒れそうになったので机に手をついて体を支える。
(何だ!? さっきのあの感じは!?)
まるで重圧がかかるような感覚に襲われ、さらに頭痛が激しくなり、体勢が維持できなくなったので崩れるようにそのまま席に座り、両手で頭を抱えて机に膝をつける。
ユキナもまた護熾と同じ症状に襲われているらしく頭を抱えており う~ん、と呻いている。
突然、二人の具合が悪くなったので心配して声を掛ける近藤と沢木達の慌てぶりと、クラス内の男子が自分がユキナを保健室に連れて行く! と主張している声に気が付いた千鶴は、教室の外から駆け込んで、護熾とユキナのとこへ駆け寄る。
「ユ、ユキちゃん!! それに海洞君も!! 大丈夫!? と、とりあえず保健室に!!」
千鶴が二人を保健室に連れて行こうとしたときに二人の頭痛は既に治まっていた。
急に頭痛が治ったので不思議そうな顔をしながら、護熾は自分たちを保健室に連れて行こうと腕を引っ張っている千鶴に言う。
「あ、ああ俺は大丈夫だ斉藤。ユキナは?」
「う~~ん私も大丈夫。」
二人が回復したことに安心したのか、『よかった~~』と安堵の息をつく千鶴と近藤と沢木達に『すまねえな、心配掛けて』『心配掛けてゴメンねみんな』と護熾とユキナは謝った。そして騒動が治まった直後、担任の先生が教室の引き戸を開けて入ってきたのでそれまでちりぢりになっていた生徒達は急いで自分の席へと戻っていった。
その雑踏の中、
(何だったんだ? さっきのは?)
(何なの? さっきの頭痛は?)
先生が生徒達に声を掛け、出席を取っている間に二人は、先程感じた違和感と頭痛のことを考え、護熾は普段通り、先生に返事を返した。
同時刻、発展都市ワイトから南に四キロの荒野。
怪物から身を守るために作られた町の外部の世界は、人の手がほとんど掛かっていないので自然そのままの状態であり、人の気配は一切なかった。
そんな荒野に、遙か上空からミサイルのように地面に向かって落下している影があった。
そして止まることなく風をびゅんと切って地面にぶつかると爆発したみたいに土煙を上げ、もくもくと落下地点の周りの視界を悪くする。
しばらくして、煙が晴れると、蒼い光がぼうっと光り、蒼い髪をした少年が姿を現す。
「ちっ、油断した。」
「おい大丈夫かガシュナ!?」
空から降ってきた蒼い少年に対し、地上で様子を見ていた黄色い少年が慌てて声を掛ける。
ガシュナと呼ばれた少年は舌打ちをし、青い瞳で自分がさっき落ちてきた上空を睨む。
少年がいる場所は落下の衝撃で地面がヒビ割れて激しくめくれ上がっている。
ガシュナは片膝をついて睨んでいる上空の先には三体ほどの怪物が、二人を見下ろすように見ている。
一体は三体の中で飛び抜けて大きく4メートルくらいの大男で、顔は半分歪んでいる。
一体は精神不乱なのか、口から涎を吐いている目のいった男で、ゆらゆらと体を揺らしながら二人を見ている。
そしてもう一体は落ち着いた態度の黒髪の男で、冷たい視線、表情の読めない顔で見下ろしていた。
姿を確認したガシュナの顔がより険しくなる。
ラルモもすぐさま警戒態勢に入り、瞬時に攻撃に対応できるように集中する。
そして二人にに聞こえるように落ち着いた態度の怪物が大きな声で言った。
「この程度なのか? 眼の使い手最強と謳われるガシュナというのは?」
ワイトの中央からガシュナとラルモに出動せよとブリーフィングがあったのはつい一時間前の話である。その内容とはこのワイトの外部の大地に大きな反応が三体、しかも通常の怪物とは異なる信号を捉えたので普通の軍隊の出動ではなく眼の使い手を三人ほど派遣することに決定したというのだ。
『南に四キロの地点に大きな生体反応がある。おそらく怪物で、名前持だろうから、気をつけていってくれ』
怪物出現反応、及び討伐が下されたので今、宙をポーンポーンと、選抜されたガシュナは足に固めた気を蹴って生体反応があった場所へと飛んで移動していた。
因みにもう二人の内のラルモは地上を捜索しながらガシュナに合わせるように大地を走り、最後の一人のアルティは二人の間の空間を縫うように現れては消えの繰り返しでどちらかに変化があった場合に対応できるようにしていた。
やがて、目的地が見え始めた。
だが町の外にある荒れ地が延々と続いているだけで特にこれと言った生物は見当たらない。目的地に着いた三人は一旦地上に集まり、三人で周りの探索をその場でし始める。
首を動かし、身体を動かし三百六十度見渡すが何もいない。
(―――地上にいないってことは……空…………)
ガシュナは目線を上に向けると澄み渡る青空と綿菓子雲が空を覆っている。
その内の一つの雲が太陽を隠すようにしたのでガシュナがいるところはやや薄暗く大地を染める。その雲が太陽の光に透かされて中に二つの影が見えた。
それを確認したガシュナは表情を変えずに鋭い目つきになり、瞳と髪を今の青空よりも濃く、青く変化させる。
「おお! どうしたガシュナ!?」
「気をつけろ二人とも! 発見した! あの雲の中だ!」
「何!? そうか! っておいこらガシュナ!!」
ラルモの声を聞き入れず、ガシュナは無謀にも地面を飛び立ち、そのまま宙をジグザグに蹴って雲まで上昇していく。そして二人がその背中を見送る中、勢いよく雲の中に突っ込んでいった。
真っ白だった。
上も、下も、右も、左も真っ白、白いという言葉以外何もない空間だった。
そして巨大な生物が唸るような、低い風の音が耳を吹き抜けていく。
ガシュナはその中でも目を凝らして、さっき見た二つの影の正体を探っていた。
体に雲を纏いながら移動し、ふいに自分の横に大きな風を切る音がしたのでその場で留まり、辺りを警戒するように目だけを左右に動かす。雲の中にいるので水滴が髪の毛や服について小さい球体を作る。
そして強い風が吹き、くぐもった音と共に周りの景色が白から青に変わっていったその時だった。
ガシュナの背後から剣みたいな鋭い爪が頭めがけて白雲を纏いながら、飛んでくる。
風の切る音で気が付いたガシュナは体を反転するのと同時に体勢を低くして攻撃を避ける。
頭上で爪が通り過ぎ、その爪を上に弾くように蹴り飛ばす。
爪を蹴り飛ばされたことによってガシュナを襲ってきた者は5メートルほど宙を滑りながら後ろに下がる。
ガシュナは姿勢を戻し、鋭い目で見た先には自分を攻撃した剣みたいな爪を右手から生やした怪物がゆらゆらと体を左右に揺らしながらガシュナを眺めるように見ていた。
「げひゃひゃひゃひゃひゃ!! 一人来るなんて無謀な奴だ! だがそうでなくちゃ面白くないね~」
下品な笑い方をした怪物は自分の爪を長い舌で舐める。
ガシュナはようやく視認できた相手に対し『下品な笑い方をする奴だ』と思いながらも攻撃態勢に入ろうと身をかがめる。
だが、すぐには戦闘に持ち込まなかった。
さきほど自分が確認した影は二つ、つまりまだ"もう一体"いると確信しているからだ。
すると今度は頭上から槍を持った怪物が空気を裂きながら刃を下にしてガシュナに向かって急落下をし始める。
それに気が付いたガシュナは上を見ずに急いで体を横に回避させ、もう少しで頭に突き刺さるところをギリギリで避ける。
攻撃を外した怪物は空中に体を留めると最初にガシュナを攻撃してきた怪物のすぐ隣まで跳躍し、振り返る。
表情のない、冷たい顔が、ガシュナを睨んでいる。
「やっとお出ましか、2体……か……」
「青い髪、そして青い瞳。あなたがこの頃あの町を守護している、そうガシュナでしたね? 何故お一人で?」
「俺の能力じゃァ、あの二人も巻き込みかねんからな。だが手助けなしでも貴様ら二人は片付けるのは容易い」
互いに冷たい視線をぶつけ合い、ガシュナは敵戦力の確認、怪物は今のガシュナの状態を見て、何かを確信していた。
ガシュナが身構える。
向こうはガシュナの戦闘態勢が整ったのを見ると、同じく槍を持ち直したり爪を構えたりと戦闘の用意を済ませた。
「あなたがどれほどなのかを試させてもらいますよ」
それが戦闘の合図になった。
まず最初に先陣を切ったのはゆらゆらしている怪物の方で、奇声を上げながらガシュナに突っ込んできた。
剣みたいな爪を顔面目掛けて突き出すがガシュナはスッと右に避けて、同時に右ストレートを怪物の鳩尾にたたき込む。
「げきゃっ! ……」
腹にたたき込まれた怪物は腹を片手で押さえながら後ろに下がるがガシュナはそれを許さない。
すぐに今度は右足を振り上げて怪物の顎を蹴り上げ、そのまま踵落としの二段攻撃を食らわせようとするがもう一体の怪物の槍がそれをさせない。
爪の怪物の前に現れた怪物は両手で槍を持って柄でガシュナの踵落としの衝撃を防ぎきる。
ガチガチとガシュナは槍ごと沈めようと力を入れ、怪物は押し上げようと、力のせめぎ合いが行われている最中、槍の怪物の口元がわずかに綻ぶ。ガシュナの眉がわずかに動く。
「あなたは、我々が"2体"しかいないと思ってたようですね。」
ガシュナの背後に ぐおおぉぉ、っと何かが蠢く音がした。
バッと顔を後ろに振り向くと4メートルもある巨大な怪物が両手同士を握り合い、巨大な拳を頭の上で作り、振りかざしている。
(何だこいつは、どこから湧いた? …………避けきれない!)
ガシュナがそう思った瞬間、空気をも巻き込みながら怪物の振り下ろした巨大な拳をまともに食らい、地面へと急降下をしていった。
「ふんっ、最強かどうかは知らんな。周りの奴らがそう吠えているだけだろ?」
槍持ちの怪物が言ったことに対してガシュナは減らず口を叩いた。
さっきの攻撃をまともに食らったのに関わらずあまり傷を負っていない。
実は、地面に落下した際に、アルティが撃った飛光がネット上に広がり、落下の際の衝撃を和らげてくれていたのだ。そうでもしなければ、多少の怪我でもしていただろう。
その様子を見て、怪物は槍を背中にしまうと2体に下がるようにと目で言い、自分の背後に下がったのを見計らって再び三人を見下ろす。
「まあそうかも知れないが、所詮貴様がこの程度なら恐るるに足らん。そこの二人もたかがしれている」
ピクン、っとガシュナの眉が少し動き、
ラルモはむっ、となり、
アルティは特に変化もせず、ただ仰いでいる。
特にガシュナの中には、この怪物達は何の目的でここに来たのか? 、と言うよりもマッチ棒くらいの炎の怒りが生まれていた。怪物が言葉を続ける。
「貴様に伝えておこう。明後日この場所でお前達を待っている。せいぜい数を揃えてここに来るんだな」
そう言うと背を向け、2体の怪物達を引き連れて歩き出した。
ガシュナが『! おい待て貴様!』と叫ぶのを意に介さずにある地点で止まり、少し顔をガシュナに向ける。
「そう叫ぶな。明後日になれば会えるのだから、それまでの間にせいぜい鍛えておくんだな」
無表情のまま言った怪物の前に一滴の墨汁みたいな黒いシミができ、それが空間を押し広げるように拡大したかと思うとその中にまず、双方にいる怪物が順番に入っていく。
そして最後に入り、ガシュナに背を向けたまま怪物は、
「何をお考えなのだろうか? "マールシャ"様は……」
誰かの名前をポツリと呟き、ガバッと空間が閉じた。
怪物達が姿を消した空をずっと睨み続けていたガシュナだが、やがて諦めたかのように視線を地面に移した。
「……逃したか」
「『逃したか』、じゃねえよおめえは!? 何一人で突っ込んでカッコつけてんだ!? あァ!?」
「それは私も同意見……何でそんな無謀を?」
「……すまない、俺の行動ミスだ」
「へ~、ガシュナでもミスするんだ。たくよ、今回は事なき得たけど次マジ頼むぜ?」
次、というのは先程の怪物が口にしたことについてであろう。
それにしても、自分もまだまだ甘いようだ。
せっかく"あれ"を使えるようになってからの高揚感のせいで、とんだ恥をさらした。
そう思いながら、今回の自分の醜態を憎く思った。
それから数分後、その場所には捲れ上がった地面以外、何もない荒れ地に戻っていた。
教室の中が一段と騒がしくなっている。
席替えが行われた1−2組の生徒達は友達が近くに来た、または遠くなったりと喜んだり嘆いていたりしていた。
護熾は教卓から二番目の席になり、お隣さんはなんと千鶴。
後ろには沢木が、沢木の隣には宮崎が、沢木の後ろには近藤が、そして、
「お前が目の前かよ…………」
護熾の目に映っているのは小さい背中、黒いセミロング。
ユキナが護熾の前の席、つまり一番前の席に来ていた。
ユキナの隣には、とうとう相席なれたことを無表情で、しかし震える肩で喜びを表している木村が位置に付いていた。
今回の席替えの手順はまず目の悪い人が最優先に行われ、次に番号が書かれた紙を生徒一人一人が順番に箱から取り出して、その番号に書かれた席の場所へお引っ越しをするものになっていた。今回の席替えでなんと“奇跡的”に護熾の周りには友人が取り囲む形になったので護熾は『授業、集中できっかな』、っと不安を抱えていた。
「き、き、木ノ宮さん! お、お隣よろしくお願いします!!」
木村はグダグダでガチガチの口調でユキナに挨拶を言う。挨拶をされたユキナはにこっと木村に微笑むと
「よろしくね。木村君」
この笑顔を見た木村は緊張と興奮がピークに達し、風呂でのぼせたみたいになり、背もたれに寄りかかると、『す、素敵だ~~~~』と天井に向かってこう呟いた。
一方、護熾と隣になった千鶴は護熾に背を向けて座っており、両手で頬を触るようにしながら
(か、か、か…………海洞君とお隣…………お腹の音が鳴ったりしたらどうしよ~~)
自分に背を向け、具合が悪そうに蹲っている千鶴に気が付いた護熾は心配そうに声を掛ける。
「おい、斉藤大丈夫か? 俺たちよりも保健室に行くべきだったのはあんたじゃね?」
心配の声を掛けられた千鶴は、ドキンとしてから大慌ててで振り返りながら、
「だ、大丈夫よ! 海洞く……―――」
自分は大丈夫だと護熾に振り返って言おうとしたとき、護熾が心配そうに覗き込んでいたのでバッチリと目が合う。
「何だ、顔が赤いじゃねえか、熱でもあんのか?」
互いの顔がくっつく寸前のとこで護熾が顔を赤らめている千鶴の顔をマジマジと見ながら心配の声をさらに掛ける。
「あ、あ、あ、」
「あ? あんパン?」
「ご、…………ゴメンなさい!」
千鶴は席を立ち上がると流星の如く、近藤のところへ駆け寄ってしまう。
護熾は千鶴の足の速さが健在だと分かると安心して背もたれに寄りかかった。
「あ~~暇だなあ~~」
そう呟きながらも平和だな、とのんきなことを考えながら天井を仰ぐ。
ユキナのキラースマイルを食らってノックダウンした木村や、近藤の席のところでもじもじしている千鶴がいるこの1−2組の教室は、そんなことを思わせるほど彼にとっては日常的なことなのだ。
その時だった。
僅かな震動を感じたかと思えば教室が少し揺さぶられる程度の地震が起こった。
震度は2くらいだが生徒達はこれといって動じず地震が治まるのを待った。
やがて治まると、生徒達は互いにさっき起こった地震について一斉に湧くように喋り始める。
だが護熾は、先程の揺れに些か、違和感のようなものを感じ取った。
(何ださっきの地震……一瞬だけだが今朝の頭痛と同じ感じがした)
どうやらユキナはこのことに気が付いておらず近藤と千鶴に『怖かったね~地震』と楽しそうに喋っている。
護熾は気のせいか、と自己結論で完結させると、体を伸ばして気持ちよさそうに間延び声を上げた。
鳥が飛んでいる。
一時間目を終了しようとしている七つ橋高校の上を滑るように飛んで通過しようとしているが何か大きな物体が鳥の進行方向にあり、鳥はまるでそれを認識していないように進路を変えずに飛んでいく。
ぶつかると思った刹那、鳥はいとも簡単にすり抜け、何事もなかったように空へと舞い上がった。
シャボン玉液のような色をした透明感がある巨大な柱が二本、七つ橋高校の北と南に聳え立っていた。