53日目 体育祭【上】
それは護熾の高校で【体育祭】が始まる一日前の事だった。
ここは異世界にある大都市【バルムディア】。高層ビルがものすごく建ち並んでおり、我々の世界から見ればアメリカのニューヨークみたいな感じだ。
だが違いを述べるならその大きさである。ニューヨークの二倍以上の規模を誇り、全世界(異世界)屈指の大帝国で軍事力も経済も並外れた大国だが一つ気に入らないことがあった。
【眼の使い手】である。
「異世界から来た眼の使い手の少年が帰っただと!?」
ワイトにある中央と同じような建物が【バルムディア】の都市の中央に位置しており、この都市の象徴的なものでもあった。
その建物内の広い廊下でファイルを脇に抱えている秘書らしき金髪の美女に豪華な装飾が施された服を着こなし、がっしりとした体格で顎髭を生やした大柄な40代くらいの男は叫ぶように秘書が言ったことを復唱していた。
「はい、2週間くらい前にすでにお帰りになっていたそうです。」
「何て奴らだ!! 私にそのことを伝えずに今伝えおって!! 眼の使い手なんだぞ!?」
「ジェネス・シファー様。なぜそこまでその少年と眼の使い手にこだわりを?」
秘書は異様な【異世界から来た少年】へのこだわりに疑問を感じたのか、より慎重に、静かな口調で前を歩いているジェネスに質問をした。そのことを聞かれたジェネスはピタリと歩みを止めるとにっとした顔で秘書に振り向き
「眼の使い手は最強の軍事力なのだよ。ぜひ我が手中に収めたい」
嬉しそうにそう言った。
真っ暗闇の夜が日の光の出現によってその時間を終えようとしたときに、ある一軒家の2階で一人の少年が欠伸をしながらベットから降り、壁に掛けてあるカレンダーに目をやった。
赤いペンで今日の日にちが丸く囲まれており、次に視線を移したのは床に横たわるようにして寝ている少女だった。
布団も被らずに寝ているので少年はベットから布団をとると少女に被せるようにしてから、部屋のドアへ向かった。
「ああ〜〜〜〜〜かったりーな〜〜〜〜」
護熾はドアの前でもう一度大あくびをすると部屋から出て、階段を降り、今日の【体育祭】の為のお弁当を作りにキッチンへと向かった。
やがて時計の針が7:10を指したときに護熾の部屋で寝ていたユキナが目を覚まし、立ち上がるとおぼつかない足取りで机に置いてある体操服を着始めた。そして赤白帽子を手に取ると護熾と同じように部屋から出た。
階段を降りている途中で廊下にシートを丸めたのを担ぎながら誰かが前を通ったのでユキナは駆け足で降りると玄関に今日の体育祭で必要な物を並べている護熾がいた。
「よお、起きたか。準備はできた。一樹達を起こしに行くぞユキナ」
そう言うとユキナの脇を通り、一樹達の部屋へと向かった。ユキナも後についていく。
二人を起こした後、護熾は体操服に着替えるとシートと弁当箱と水筒を持って家の外へと出た。つづいて後から残りの三人も出てきたので家の鍵をちゃんと閉めてから
「よし!! 行くか!!」
「優勝目指してがんばるぞ〜〜〜〜〜〜!!!」
家の前で今日の体育祭に向けての気合いを込め、互いにそう言うと4人で高校へと向かった。
到着が早かったおかげで校庭内には人がほとんどおらず、簡単に観客場で場所取りをすることができたので、シートの上に座ってくつろいでいると向こうの方で準備をしていた人がこちらに向かって近づいてきたのでそちらに視線を向けると
「やっぱり海洞だった!! それにユキちゃんも!」
朝早くから体育祭実行委員である近藤は体育祭の最終チェックを終えたので教室に向かおうとしたらシートに寝ころんでいる4人を見かけたので近づいてきたのだ
「近藤姉ちゃんおはようございます!」
「近藤姉さんおはようございます!」
一樹と絵里はこちらに来た近藤に明るい挨拶をする。
「一樹君、絵里ちゃん。おはよ!! 見ててね〜〜赤組が絶対優勝するからね!!!」
ガッツポーズでお返しをすると今度は護熾とユキナに顔を向ける。
「ユキちゃん! 期待しているからね〜〜〜〜。海洞!! 絶対に手を抜かない事ね、いい!?」
「………………何でハッパのかけ方がこんなに違うんだよ」
ユキナに対しては甘い口調で、護熾に対しては厳しく言ったので口からぼそっと言葉のかけ方の違いに文句を言う護熾。
ちなみに沢木は『あ!!! 寝過ごした!!!!』と見事に寝坊をしたので近藤からの怒りの鉄槌が振り下ろされるのはこの15分後であった。
時間が過ぎる毎に校庭には生徒やその親が集まってきて、護熾の敷いたシートの周りにも他のシートが敷かれてだんだん、しかし静かに盛り上がってきたことに皆何も言わないがちゃんとそのことが伝わっていた。8時をまわった頃にはほとんどの生徒が集まってきており、観客場もシートで覆い尽くされ、ようやく体育祭らしくなったところで、護熾は一樹と絵里に『いいか?あんまそこから動くんじゃねえぞ?』と言い、ユキナと二人で1−2組が集まっている場所へと移動をした。
8時半、【体育祭】の開会式が行われ始めた。
まず最初に行われるのは校長先生の話で、次は【体育祭実行委員代表】と準備体操、そして来賓の方々のお話を聞いた後閉幕し、各待ち場へと生徒達は戻っていった。
護熾が1−2組の持ち場へは行かず、一樹と絵里が座っているシートへと直接向かったので、それに気がついた宮崎が
「お〜い海洞!! 何でそっちに行くんだ!?」
手をメガホンのようにしてそう聞くと護熾は振り向いて
「俺は一応保護者だ! 先生から許可を得ているからみんなとは一緒にいなくてもいいんだよ」
ああ〜〜、と納得した宮崎に護熾は背を向けると再びシートへと歩き出した。
「ってことは今木ノ宮さんフリーだ!!! あいついつも一緒にいるからな〜」
そのことに気がついた宮崎は手をぽんと打って持ち場に戻ろうとしたら1−2組の他の男子に肩を掴まれてぐいっと顔を寄せられた。明らかに何かを狙っている口調で
「そうだとも、あいついつも木ノ宮さんと一緒にいるから声が掛けられなかったけど、けど!!勝利の女神は今という日に俺たちを導き下さった!!!」
「海洞はずるいんだよ!!! 転入初日であんなに仲良くなりやがって。それに海へ一緒に海水浴に行ってるし!!」
うっぷんが溜まっていたのか、暑さのせいなのか、1−2組の男子達はそれはそれは大きな陽炎みたいなオーラを体から出して指を太陽に向け、『レッツおしゃべり!!』と叫んだ後、女子が集まっている所へ勢いよく指を向けた時であった。そこにユキナの姿はどこにもなかった。
「ねえねえ護熾、今日の弁当は何を入れてきたの?」
「今日はかなり腹が減るから鶏の唐揚げをたくさん作ってきた。あとはサラダとおにぎりだな」
シートで待機しているユキナは隣で座っている護熾に今日の弁当の中身を尋ねていた。
最初の一学年の競技は綱引きでこれは男子だけで行うので護熾は渋々入場門へと重い足を向けて進み出す。1−2組では女子が明るい声援とペットボトルに石を入れた物をがしゃがしゃ鳴らして競技に臨む男子達を元気づけていた。もちろんユキナもこれに参加しており、ユキナが応援してくれているので男子達は『うおおおおおおおおおおお!!! やる気が出るぜ〜〜〜』っと心の中でものすごく喜んでいた。
だが次の一言でそのテンションは地の底まで落ちることになる。
「海洞くん〜みんな頑張ってきてね〜〜〜〜〜」
めんどくさがりな護熾は日よけのために赤白帽子を被って、とりあえず綱の一番端っこを持つ。前を見ると自分に向かって殺意の視線が向けられていたので『え、何だお前ら。まだ俺何もしくじってないぞ』っと前に並んでいる男子達にそう声を掛けていた。そして両チーム、まずは赤組VS白組から勝負が始まり隣では青組VS黄組も勝負を開始している。
だが、勝負の雲行きはよくなかった。
綱をびんっと引き合い1−2組の男子も他の一年の紅組の男子達も頑張っているが徐々に白組の人たちのほうに引き寄せられたので
「ちょっと何やってんのよ!!! このままじゃ負けちゃうわよ!!!」
近藤が赤組の男子達にがんばるよう声を掛けるが変化が無く、流れが変わらず赤組が負けるかと思いきや、ユキナが近藤にある提案を持ちかけてきた。
「近藤さん近藤さん」
「ん? 何ユキちゃん」
「私に秘策があるからついてきて、斉藤さんも!」
ユキナは近藤と斉藤にそう呼びかけるとその場を離れて二人を連れ、人混みを避け、綱を引っ張っている護熾の真後ろ、つまり観客場へと移動した。そしてこの場に来た理由を近藤が尋ねる。
「ユキちゃん、秘策って?」
「私にはこの勝負に勝つとっておきの【魔法の言葉】があるの。それを二人にも言ってもらおうと思って」
【魔法の言葉】と言う単語に反応した千鶴。
「それってどんな言葉なの?」
「じゃあ私が先に言うから二人は後から言ってね?」
そう言うとユキナは大声で叫ぶ。
「護熾の〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」
叫んだので綱を引っ張っている護熾は後ろに顔を振り向かせた。
なぜ後ろに三人がいるのかわからない護熾は『あれ?何であいつらあんなとこにいるんだ?』と前に引きずられながらそう思い、ユキナが叫んだ言葉の意味を理解しようとしたときだった。
「変な顔!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そう言われた途端、護熾の表情が固まり、その場でピタッと止まってしまう。
綱はしっかり両手で握られている。
止まったというのは引きずられずにその場に留まっているということなので、白組の人たちは『あれ!?急に引っ張れなくなった』と慌てた様子で赤組の人たちを見た。
赤組の人たちも急に引っ張られなくなったので白組が力を抜いたと思って引っ張るが動かない。
「すごいすごい!!! そう言えば海洞が本気になるのね!? よ〜し!! 海洞の【変な顔】!」
今度は近藤が言ったので握っている綱がミシッと音を上げる。
「ああ〜〜〜〜海洞君ゴメン! 変な顔!!!!」
続いて千鶴にも言われたので銃で撃たれたような表情で空に顔を向ける。
「護熾〜〜〜〜〜〜の……変な顔!!!」
トドメなのか、最後にユキナが楽しそうに叫んだとき護熾は下にうつむいて体をブルブルと震わせていた。
「護熾、悔しかったらここまでお い で」
ピクッとその言葉に反応し、バッと上げた護熾の顔は半分笑っているように見えるがかなりきているようで、持っている綱がミシミシと悲鳴を上げていた。
「行ってやろうじゃねえかぁあああぁぁぁ!!! このドチビがぁあああああぁぁぁ」
吠えるようにそう叫ぶといきなり片手で綱を持ってずんずんとユキナのほうに歩いていく。
すると眼の使い手が普通の状態で気を足場にして作るのと同じように無意識のうちに体が気によって強化されており、本人も気がつかないうちに百人力へと変わる。
そして護熾が勢いよく引っ張ったので白組の人たちは全員引きずられ、赤組の人たちも後ろに倒れ、『ちょっと海洞!! ストップストップ!!!!』っと悲鳴のように叫ぶが今の護熾にはまったく耳に入っていない。
「わあ〜〜〜〜〜すごい〜〜〜〜海洞やるじゃない!!!!!!」
「あ! すごい!! 一気に形勢が逆転した!!」
護熾のおかげでさっきまでの劣勢が優勢に変わったので近藤は大いに喜ぶ。しかし護熾一人で状況を変えてしまったので他の生徒、および保護者の人は凍り付いたように護熾を見ていた。
我に返った護熾は片手に持っている綱を一度見てから後ろを振り返ると大乱闘でも起きたのか、綱引きに参加していた赤組と白組の生徒全員が仰向けに倒れたり、うつ伏せに倒れていたりと死屍累々の光景が目の前に広がっていた。
「お…………お〜い、大丈夫か?」
「…………やりすぎだぜ海洞……ぐふっ」
護熾は汗をかきながらみんなに心配の声を掛けるが、沢木が護熾にそう返事しただけだった。
この騒動を引き起こした張本人のユキナは既に逃げていた。