52日目 訓練結果
ランニングを終えた1−2組の生徒全員は一回校庭の真ん中に列になって集まり、担当の先生の一通りの説明が終わるとまず【リレー】のバトン渡しの練習と【騎馬戦】での陣形と誰が上に乗るかを決めることから始めた。
護熾達【リレー】チームはリレーのスタート地点と半周した先に待機するチームに分かれ、それぞれバトン渡しがちゃんとできるかを確認すべくまず護熾が一番に赤いバトンを持ってスタート地点に立った。
ちなみにこの時タイムが計られているので今回のタイムで他のクラスと連携して順番を決めるという徹底したやり方で行われる。(当然指揮しているのは紛れもなく近藤である)
護熾が渡す相手は千鶴で向こうですでに準備が整っているらしく待機していた。
タイマーを持っているのは近藤。
そしてスタートの合図がかかる五秒前、バトンをしっかり握り、前を見据えて右足に力を込め、ぐぐっと地面にめり込ませるようにして走る準備が完了したときホイッスルの音がスタートの合図を告げた。
その瞬間地面を蹴り飛ばし、前に勢いよく飛び出した護熾は腕を振りながらかなりの速さで校庭半周を走り抜け始め、誰もが認める足の速さであっという間に待機している斉藤のとこへ来てしまった。
バトンを受け取ろうと前に少し走って後ろを見ながら千鶴は
「じゃあ、行ってくるね!」
バトンを差し出しながら走っている護熾に呼びかけるように言い、バトンを受け取った。
そして次に自分が渡す相手を確認するべく向こうで待機している人に顔を向けると艶のある黒髪のセミロングが眼に映った。ユキナが第三走者として護熾がいた最初のスタート地点で靴の調子を確かめるように地面につま先をトントンと叩きつけていた。
「ユキちゃん!! ちゃんと受け取ってね!!」
千鶴の声に気がついたユキナは一回振り向くとそのままの態勢で少し前に走り始めた。そして後ろの方に手を差し伸べながら、
「うん!! わかった!!」
バトンをしっかり受け取った。
近藤はというとタイムを計り、ボードに貼り付けた用紙に護熾と千鶴のタイムをさらっと書き込んでいた。護熾の前のタイムを知っているらしく『あ、前より早くなっている!』と少し驚いた声で呟いてからユキナのタイムを計り始めていた。
だがもっと驚くことになるのはこの後だった。
風のように疾走を始めたユキナは護熾以上の俊足で校庭を走り抜け、その姿はまるで疾走するチーターのようで凄いスピードでカーブを曲がり、その姿を見ている生徒は釘付けになっている。速い、いや速すぎるのだ。そして次に渡す相手にパンと乾いた音を響かせて渡し、ユキナの番は終わった。ふ〜っと肩で息をしながら首を横に髪をなびかせるように降ってから自分がみんなに視線を向けられていることに気がつく。
「ちょっとやりすぎたんじゃね?」
走り終わって地面に体育座りをして休んでいた護熾がそうポツリと言った。そのあと走者六人(三クラスで18人走ることになっている)のタイムが記録されると近藤がユキナに急いで駆け寄ると
「すごいわ!!! ユキちゃん!!! このタイムなら第一走者でも十分行けるわよ!!」
「え!? 私が!?」
ユキナのタイムに感動した近藤はユキナに第一走者にならないかと尋ねてきた。う〜ん、と少し悩んだ素振りを見せるとすぐに笑顔になる。
「わかった! じゃあやりま〜す」
そう元気な返事を近藤に返した。近藤はユキナの頭をがしがし撫でてやる。
「ありがとユキちゃん〜そう言ってもらえると嬉しい〜!!」
「えっへへ〜〜〜〜さっきよりも速く走ることだってできるよ〜」
「え!? ホント!? さっきよりも速く走れるの!? そりゃ期待大だ〜!!」
さらに速くできると言ったので近藤はさらに頭を撫でて【リレー】での勝利を確信とした。
次は【騎馬戦】、グループ分けをした結果。1回戦目に護熾とユキナと沢木は近藤を持って競技に臨むことになった。当然一番力がある護熾が近藤を背負う形でユキナと沢木は両サイドで支えるポジションになった。
それぞれ校庭の両脇で四人一組のチームが対峙するとスタートを告げるホイッスルが校庭に響いた。
「さあ行くわよ!! 海洞!!」
「………………重っ」
「何か言った?」
「別に」
後ろ頭を近藤にペチペチ叩かれながら前に進み出した護熾の姿に他のチームでは『うわ〜〜〜〜海洞かわいそう〜〜〜〜〜』と護熾に同情するように全員一致で心にそう思った。
しかしその光景とは裏腹に護熾のチームは怒濤の、鬼神のごとき強さで1分も立たない内に護熾以外のチームの赤白帽子がすべて近藤の手に武士が敵将の首を持つかのようにぶら下げていた。
「こいつは中学の時からまったく変わんねえな」
少し呆れながら微笑み、護熾は自分の背中に乗って嬉しそうに敗北したチームに見せびらかすように手に持っている赤白帽子を振っている近藤を見ながら呟いた。呟いたあと担任の先生から終了の声を掛けられたので近藤を下ろし、先生の前に集まろうとしている生徒達に混ざって、体育を終了した。
「あと二週間もすれば体育祭だね」
「そうだな、練習はまだやるからな〜」
学校の帰り道、橋を渡っているときだった。
二人の顔つきが突然険しくなると互いに顔を見合わせた。怪物の出現がしたのをまるで静電気でも通ったように二人は感じ取っていた。
「でたわね。急ぎましょ」
「いや待て、俺一人でいい」
そういうと自分が持っているカバンを押しつけるようにユキナに渡すと結界認証を済ませ、橋を乗り越えるようにして飛び降り、宙を地面代わりにして出現した方向へと走って行ってしまった。あまりにさっさと護熾が行ってしまったので残されたユキナは護熾のカバンを持ちながら、
「どうしたのかしら? 一人で行くなんて……」
何だか少し寂しい思いが心の中に氷みたいに染みて、こちらに背を向けて走り去っていく護熾を見つめていた。昨日から様子が変だったので心配したユキナはすぐに結界認証を行い、護熾と同じように橋を飛び越えて護熾が向かった方へと走り出した。
護熾が到着した場所は遊具がたくさんある公園。
公園に降り立った護熾は目を凝らすようにして公園内を見渡すようにぐるっと顔を回した。そして奥の方でトカゲみたいな怪物が二足歩行で肩に高校の制服を着た若い男の人を担ぎながら他に自分が捉える対象がいないかと探していた。
助けるべく怪物の前に走り寄って止まったときにぎょろっと目を動かして護熾の姿を捕捉した怪物は捉えるべきターゲットを護熾に定めた。
「おい、そいつを離しな。」
それだけ言うと眼と髪の色を一瞬で鮮やかな翠色に変えて戦闘態勢に入った。怪物は急に雰囲気を変えた護熾の姿に少し驚いたが肩に担いでいた男を投げ捨てるように足首を掴んで横に放ると口を空に向けて大きく開け、耳を劈くような雄叫びを上げて護熾に突進をしてきた。
ユキナは公園内の木に隠れるようにして怪物と戦おうとしている護熾を観察するように顔をひょこっと出して見守っていた。
―――何で一人で行くって言ったかをこの目で確かめてみよっと
ユキナが見守っているとは知らない護熾は突進してきた怪物が繰り出してきた爪による連続攻撃に顔を横に逸らしたり体を反らしていたりと完全に攻撃を見切っていたので攻撃が当たらない怪物は今度は尻尾を槍みたいに護熾に突き出す。
しゅんっと風を切るように音を出しながら顔に迫ってきた尻尾を左目に刺さる寸前でばしっと右手で掴んで止める。そしてそのまま体を捻るように拳を構えると顔面にめり込ませるように放ち、怪物は地面に後頭部を叩きつけ、土煙を上げて勢いよく倒れた。
だがそれと同時に怪物の尻尾が護熾の手から離れ、護熾の足を薙いで倒した。
呆気にとられて後ろに倒れた護熾に怪物はすぐに体を起きあがらせると真上に高々とジャンプをして、爪のついた上に振りかざし夕陽に輝かせていた。
今の状況はそう、護熾がユキナに勝ちをとられた時の状況にそっくりだった。
「あ、危ない!!!」
その光景を見たユキナは覗きに使っていた木から身を乗り出すようにして叫び、カバンを投げ捨てて急いで助けに行こうとしたときだった。
怪物は手を手刀みたいな形にするとそのまま首に突き刺そうと落下してくる。
しかし護熾は仰向けに倒れた状態でも腕を構え、上から落下してくる怪物を強い視線で見つめていた。
そのまま怪物は手刀を前に突き出すように出して首を引き裂こうとした瞬間に構えた拳を怪物の手刀にぶつけるように突き出し、爪を砕き割り、指をいかれさせ、その衝撃のせいで空中で態勢を崩して落下してくる怪物に向かってもう一方の手に作った拳を突き出し、見事に胴体にどでかい穴を作るように突き破り、塵に変えることに成功した。
風に流れて完全に怪物が消えたのを確認すると【開眼】を解き、仰向けの状態から立ち上がって背中をパンパン手で叩いた後、しゃがんで体を縮み込ませると嬉しそうに体を一気に伸ばして
「よし!!!」
空に向かって声を張り上げて叫んだ。
ユキナは怪物を見事に倒したので再び木に身を隠していたが嬉しそうに叫んでいる護熾に目を見開いて頭にハテナマークを浮かべている。
護熾は叫んだ後急に黙り込んで顔を前に戻し、自分の拳を覗き込むようにしてみると独り言のように呟く。
「すげえ、あの訓練一回だけでこんなに違って感じるのか……」
実際は実力が上がっているわけではないが【内なる理】での【訓練】で得た【経験】はしっかりと効果が出ており、今回の戦いで護熾の自信へとなっていた。
ユキナの時と同じ窮地に立たされたもののすぐにそれに対処を施し結果勝利に繋がったことが何よりの賛美に値していた。ハッと何かに気がついたようにある方向に顔を向けるとカバンを二つ持っているユキナがこちらに歩きながら近づいているのを見た護熾は
「何だ? 来ていたのか?」
「とりあえずは終わったようね。じゃあ帰りましょ」
「――――おう!」
そう言うと空中へ飛び跳ね、ユキナと共に夕陽に照らされている町、二人を待っている家へと空を駆け抜け、ユキナに何で一人で戦ったのかを聞かれながらも護熾は心の中で自分が強くなっていることを喜び『別に〜〜〜〜〜秘密だよ〜〜〜〜だ。』とからかうような口調でユキナにムスッとした顔をされながらも家へと戻っていった。




