49日目 挑戦
護熾がユキナに完敗してから二日後の事だった。
護熾の学校ではすでに昼休みが終了しており、ものの数分でチャイムが鳴る時間に今はなっている。
護熾は少しつまんなそうな顔をして机に肘を立て、顎をそこに乗せて頬杖をしており、チャイムが鳴るのを待っていた。
この後に控えている授業は『LHR』。
護熾にはその時間、何をやるかはおおよそ見当がついていた。
チャイムが鳴る丁度一分前、近藤達と共にどこに行っていたかは知らないが、ユキナが教室の前の引き戸を開け、中に入ってくるのを護熾はちゃんと見ていた。
「やっほ~~、元気なさそうな顔をしているね~」
「ああ? まあこの後にやることを考えたらそりゃこんな顔になるけどな……」
手を軽く振りながら夏服姿のユキナは席に座っている護熾に尋ねるが、護熾はつまんなさそうな顔をしたまま答え、目を窓のほうに動かした。晴れ渡っている空が護熾の今の気分とは全く逆で、隅々まで晴天である。
そしてユキナが席に座るのと同時に、昼休みの終わりを告げるチャイムが学校中に響き渡った。
どっかの教室に行っていた生徒も、トイレに行っていた生徒も、小走りで自分の教室へ帰っていくのが見えた。
1−2組の生徒全員が席に着いて数分後、担任の先生が引き戸を開け、教室に入り、日直が生徒全員に向かって『起立!!』と言い生徒全員が席から立つ。
先生が教壇の前に立つと『礼!』と言い、生徒全員が先生に向かって礼をする。
そして『着席!』と言うと、生徒全員は席に一斉に着いた。先生は全員が座ったのを確認すると出席簿を開き、一人一人の名前を言って、出席を確認し始めた。
名前を全部読み上げると
「ではこの時間は今月中に行われる体育祭でのリレーや各競技での参加する人を決める為に使って下さい。では体育祭実行委員の近藤さん、沢木君お願いします」
「「は~い」」
今回のホームルームは9月中に行われる体育祭の各競技に出る生徒を決めるための時間らしい。黒板の前に立った近藤と沢木は黒板にチョークで今回の体育祭で行われる予定の競技の名前を書き出していく。二人が書いている間にユキナが隣にいる護熾に肩をチョンチョンと指で突いて、護熾がそれに気づいて目をやる。
「ねえねえ、今回の体育祭って、具体的にどんなチーム分けなの?」
「ん? 確か1組から3組が赤、4組から6組青、7組から9組が黄、10組から12組が白、の四チームでやるはずだったかな……」
「ふーん、優勝すると何かもらえるわけ?」
「いや何も」
ユキナは護熾から聞くと、『そっか、何ももらえないのか〜』と期待していたような口調で体を前に戻して、護熾と同じように頬杖をついた。
護熾は『どうせ大量のあんパンがもらえるのかと思っていたんだろうな』と思い、少しくだらなかったのか、肩で小さく息をついた。
近藤と沢木は黒板に全ての競技を書き終えるとまず近藤が教壇に手をついて生徒全体を見渡すように見た後、
「では! 自分が出たい競技がある人は自分で黒板に名前を書きに来て下さい!」
近藤が言うと、席に座っていた生徒達は真っ先に書きに来た者、友達と相談してどれに出るかで迷っている者、必ずでなきゃ行けない競技にしか出ないでただ座っている生徒に分かれていた。
ユキナは真っ先に書きに来た者の一人で、書き入れた競技名は【パン食い競争】だった。
また、護熾は必ず出なきゃいけない競技にしか出ないつもりらしく、席にずっと座っていた。
やがて、黒板に書かれた各競技に名前が埋まり、沢木がノートに書き入れているときだった。宮崎が護熾の席に来て
「何だ? お前最低限のリスクで済ませようとしてるの?近藤さん、許さないと思うけど……」
と聞いてきたので護熾は宮崎の顔を見る。
「何で俺があの体育馬鹿に付き合わなきゃいけねえんだよ? 優勝とか俺には関係ねえのに」
ぶっきらぼうにそう言うと欠伸をして、前に振り返って黒板を見る。学年リレーの方に空きが二つほど空いているのに気がつき、『他に誰か入らねえのかな〜?』と思ったときだった。
「ちょっと海洞!! あなたどこにも入っていないじゃないの!!?」
耳をつんざくような近藤の声が護熾に向けられて発せられた。
護熾は頬杖をやめ、背もたれに寄りかかるようにする。
「いいじゃねえか別に〜〜」
「学年リレーよ学年リレー!? あなた足速いじゃん!?」
「俺の足はそんなことに使うためのもんじゃねえ」
護熾の足の速さの用途はタイムセールのために主に使われているのだ。
そんな近藤の促しに乗らず、頭の上で腕を組み、やる気ゼロの口調でしゃべる護熾に隣のユキナが言う。
「ちょうど二人空いているね。…………護熾、二人で入りましょうよ?」
自分も一緒に出るからと護熾に学年リレーに出場するように言うが護熾がユキナに向けた顔は明らかに嫌そうな顔だった。
「あのな~~めんどくせえんだよ。優勝狙いのあの運動馬鹿とオレは違っておふぅ!?」
護熾が近藤に指さしてユキナに出たくないと主張をしようとしたときであった。護熾の額にチョークが真っ直ぐ当たり、頭を背中の方に反り、そのあと『あたたたたたたたたたたっ〜〜〜〜〜』と、頭を前に戻し、手で額を覆うようにしてチョークが当たった額を押さえていた。
「海洞!! 入りなさい!! このクラスの中でかなり速いほうなんだから絶対に出なさい!!」
額を覆っていた手をどけ、『だ か ら〜俺は絶対に…………』と言いかけようとしたがすぐに口を閉じてしまった。
近藤の背後に赤いオーラを纏った鬼のような幻影が見えたからだ。周りの生徒も先生も、そしてユキナも怖がっている表情で近藤を見ている。
――――……鬼が見える!!
「で る の よ ね?」
近藤が目を赤く光らせ、髪の毛をゆらゆら逆立て、持っているチョークをバキバキと砕いたので護熾は少し笑った顔で汗だくになりながら一言言った。
「はい…………出ます……」
結局気迫に負けてしまった。そして黒板の学年リレーの欄に海洞と木ノ宮の名前が新しく書き加えられた。
「海洞、かわいそうに」
そうポツリと沢木はメンバー表をノートに書き込みながら呟くのであった。
2時間のホームルームが終わり、晴れて帰りとなった護熾は肩にカバンを担ぐように持ち、校門でユキナと一緒に歩きながら『何で俺がリレーでなきゃいけねえんだよ。ちくしょ』と、悔しそうに愚痴っていた。
―――その夜、
ガアアアアアアアアア!と断末魔の叫び声を上げ、腹に大穴を開けられた怪物が地面に大きな音を立てて倒れた。
足許に倒れた怪物を見下ろすように見ている人影は右手を軽く振り、その手をグーパーと交互にやって調子を確かめるようにしているのは開眼状態の護熾だった。
ここは住宅街の道路の交差点で結界内に入っているものの、店の明かりや電柱の蛍光灯で割と明るい。灰にとなり、風の吹くままにかき消されていく怪物を見て、護熾は静かに呟く。
「今日はこんなとこだな…………」
怪物が他のとこにいないかを感覚を研ぎ澄ませて探すが、いないらしく、やれやれと言いながら家に戻ろうとしたときであった。
何を思ったのか、歩くのを止めると二日前に修行場として使っている山の頂上を見るように振り返り、しばらくの間見つめるように見ると体を山の方向に向けてアスファルトの地面を蹴り、山の頂上に向かって飛び始めた。
夜の山は完全な静けさと共に光が一切無いような暗さで、例えて言うならばそこは宇宙のようで、そこに護熾は空中から頂上に降り、二日前にユキナと戦い、そして完敗したあの場所で自分が立っていたところに歩き出し、そこに着くと突然あぐらをかいて座り、手を両膝に当てて瞑想をするように目をつむった。
「頼む、自分の意志で行けるかどうか分からないけど」
独り言のように言い、また願うように呟き、ひたすら何かを待ち続けるようにそこから動かなかった。
10分くらい経ったときであった。
護熾がゆっくり目を開けるとそこはただ暗い空間ではなく下から光が漏れているような地面。
―――内なる理、か?
護熾がそう確信すると闇の中からこちらに近づいてくる足音が聞こえた。護熾は音がする方向へと顔を向けるとその表情は何やら嬉しそうだった。
やがてこちらに近づき、姿を現したのはラフな格好をしており、黒いサングラスを掛けた20代の兄ちゃんが下から漏れている光に照らされながら出てきた。
「あれ~~? お前、自分の意志でここに来たのか?」
頭を掻き、少し驚いたような口調でしゃべる第二に護熾は
「ああ、お前に頼みたいことがあってな」
あぐらから立ち上がり、膝をパンパンと叩いて向き直ると、第二に近づくように数歩前に出た。
「俺に戦いの仕方を教えてくれ!!」
「………………」
「おい! 返事は!?」
顔を片手で覆い、何も答えなかった第二に護熾は横に手を広げながら近づくが、第二は黙っていたのではない。笑いをこらえていたのだ。
「くっくっくっくっく……まさかお前が俺にそんなことを聞いてくるとは、どんな風の吹き回しだ?」
「笑ってやがっていたのかこのやろう!! ………………ユキナと戦って完敗したんだ」
一息ついてから、自分が何故内なる理に来たのかを話し始めた。