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ユキナDiary-  作者: PM8:00
5/150

5日目 海洞家の家庭事情

 










 のどかな昼下がり、住宅街の道路の路端を二人の子供が歩いていた。

 一人は少年、もう一人は少女で彼女の方が三歳ほど年上と思われる。二人とも背中にランドセルを背負っており、学校帰りだということも見て取れた。

 そして二人は少し歩いた後、ある家の前に着くと玄関ドアの前に来て、少女はランドセルを下ろして何かを探すようにし、お望みのモノが手に取れたのか、それを取り出すとドアの前にもう一歩踏み込んだ。






 一階の方で玄関の鍵が開けられ、ドアが開かれたのが音と軽い震動で二階からでも分かった。


「ん? あいつら帰ってきたかな? って、あ~」


 その音を聞きつけた護熾は自分の部屋の床を見下ろしながら呟く。それから少し笑みを浮かべ、だがすぐに面倒な表情で顔に手を当てる。何のことだかわからないユキナは護熾に尋ねてみる。


「あいつらって?」

「……ああ、えっと、俺の弟と妹」


 観念したのか、護熾は言う。


「へぇ、まあこの家で一人じゃ寂しいもんね」


 ユキナは珍しそうに言う。その言葉に護熾は片眉を上げてある事実に気が付き、その判断材料を得るために確認も兼ねて聞き返してみる。


「そういやお前に家族は?」

「うん? もちろんいるよ」

「そうなのか。ちなみに親父は単身赴任中だ」

「ふーん。じゃあお母さんは?」

「あー……」


 ここで初めてというか、何か触れて欲しくなかった表情になる。そのことにユキナは感づき、言いたくなければ、と言おうとするとその前に彼から告げられるように言われた。


「母ちゃんは……行方不明なんだ」

「…………!」


 意外な事実に彼女は眼を少し大きくし、それから確認するように復唱する。


「行方……不明?」

「そう、突然いなくなったらしいんだ。俺はいっしょにいたらしいんだけどその時のことをよく覚えてねえんだ……」

「………………」

「悪いなこんな話、しちまって」

「う、ううん。そう、そうだったんだね……」


 まるで葬儀場のように部屋の中が夏の暑さ以外の重い空気に包まれていくのが二人は肌を通して感じていた。護熾の方は別に内心的な傷やらダメージを穿り返してしまったというわけでもなく、そもそも事実を言っただけなのだが、妙に少女の様子がおかしいことに気が付いた。

 

 タタタタッ


 しかし次の瞬間、二人の視線は互いではなく部屋のドアに同時に向けられた。階段を上ってこちらに向かってくる足音がしたからだ。そして音が止み、気配がドアの向こうで止まると取っ手が捻られ、勢いよく開けられると、


「ただいまー! 護兄ー!」


 護熾たちのいる部屋のドアをどこかの特殊部隊の如く勢いよく開け、明るい二つの声が耳をつんざいた。二人は開けられた影響で発生した人工風に顔を撫でられた後、護熾はドアのそばにいる二人に向かってやれやれと言いたげな表情で、


「ほい、お帰り」


 言い慣れた言葉づかいで、護熾は入ってきた二人に言う。ユキナは入ってきた二人に対して眼をくれてみせる。

 二人とも護熾と歳が離れているようで、一人は低学年の少年、もう一人は高学年の少女で、どちらも兄である護熾とは似てない顔つきである。


「ふーん。どっちもあんたに似てないね」

「……それは暗に喧嘩売ってるのか純粋な質問なのかどうか」

「じゃあ後者の方で」

「じゃあ後者って次は前者選ぶのかよ!?」

「護兄? このお姉ちゃん誰ー?」


 そんなこんなで急に入ってきた妹弟きょうだいに対して盛り上がっている(?)二人にそんな純粋な質問。


「うっ、あ…………えーーと こいつは…………」


 当然、そこまで考慮していなかった護熾は気不味そうにしどろもどろに言葉を濁す。

 

「なにうろたえているの、適当にいいなさいよ」


 そして自分から言い出すわけでもなく丸投げする素性不明の年齢不詳の少女。


「もしかして、新しいお母さん?」


 とどめに純粋な瞳で純粋な声色で、不純な質問を下す護熾の弟。

 その質問に対し、急に二人は少年に一斉に顔を向け、両肩を震わせる。ただし一方は堪えきれない様子で、もう一人は信じられないといった感じで。そしてとうとうリアクションと共に声に出して言う。


「くっくっく」

「え…………えーーーーーーー!」

「いやいやいや、一樹ったらそこは護兄のお友達ってことでいいのに」


 弟の的はずれな質問に対して姉はごく当たり前な例題を掲示するが、今となってはもう遅い。

 そしてとうとう堪えきれなくなった護熾は盛大に吹きだした。


「ぷっ、あははははははははははは。おもしれー!、傑作だなそれ!! でもこんなちっせぇ母さんいらねえしな!」


 護熾は笑いを堪えようと腹を押さえるが、いかんせんあまりにも予想外だったので中々納まらない。

 ただ、こんなことを黙って見過ごすような人格の持ち主でないことはこの短時間で分かっていたというのを忘れていたのが何よりも致命的であったのはこのあとすぐ反省することになる。

 何故なら隣にはぶるぶると先程の『ちっせぇ』に反応して怒りを露わにした彼女がいるのだから。


「うるさいっ!!」


 すかさず蹴りが護熾の拗ねに綺麗に襲う。先ほどと同じようにメキメキっと悲鳴を上げ、電気が走ったかのように足から体へ震わせると表情は消え、顔が汗だくになっていき、


「おふぅ!? え? あ ? って、痛ってええぇぇぇぇーー!!」


 一気に態勢が崩れて床に倒される。そして蹴られた足を両手で押さえながら床を転げ回る。ラグビーなら確実に相手を転ばせるほどの綺麗な蹴りをかました少女はそんな彼などほっとき、急いで少年に誤解を解くよう近づき言う。


「私はちがうわよ、えーと その……」


 後ろでは護熾があっちいったりこっちいったりと転げ回っている喧しい騒音がBGMを奏でているがそんなことお構いなしで手振り身振りで護熾の弟たちに説明をしようとするが、丸投げしたツケがあって彼女自身も何も考えていなかったりする。

 そんな困り果てている彼女に少年と少女は首を傾げている。

 ああ、どうしようかな、と思っているといつの間にか喧しい音が無くなっていることに気が付き、突如背後から、


「…………えーと、そいつはな、悪い奴らに追われているからかくまっているんだよ」


 振り向くと既に立ち上がっている護熾が脛を軽くさすりながらいた。

 端から聞けば耳を疑うような言い訳であり、捨て猫を拾った言い訳の方がまだマシであろう。

 しかし彼女も彼女でその説明を深く考える前に、慌てて鈍った思考がすかさず乗るように指示してきたので先程とは打って変わって、自信満々にちょっとしか背が違わない少年少女達に向かって、


「そ、そうそうわたし悪い奴らに追われているの! んでこの人が守ってくれて危ないからこの家に置いてくれたの!」

「そ、そうなんだ! 分かった! じゃあ僕たちでお姉ちゃんのこと守ってあげるよ! 僕は一樹って言うんだよ! よろしく」

「うん! よろしくね一樹君! 私のことはユキナ姉ちゃんでいいよ」


 護熾とユキナの予想通りの反応で、納得してくれたらしく謎めいた顔が笑顔に変わった。

 彼女は一樹と名乗った少年に笑顔で握手を交わし、心が許せる人物と認識させる。

 だが握手をしながら楽しそうなそんな笑顔に、優しさと正義感(ヒーロー)に憧れる純粋な心を裏切ってしまった罪悪感が二人にはあったが、まあこの場をやり過ごせるならと見えない意見の一致をしていた。


(それにしても自分で“姉ちゃん”って呼ばせるのか……。見栄を張りたがる性格なのかね)


 彼女の何気ない言いつけから、少なくともある程度は自分と歳が近いのかなとそんなことを考えながら護熾は姉弟の今までの行動であることに気が付くと、


「あー、とりあえず手を洗ってこい。帰ってから直接こっち来たんだからまだだろ?」

「あ、はーい。ごめんなさーい」


 とりあえず一樹を部屋から出すためにそう言い、すっかり忘れてたと言わんばかりに笑顔から慌てた表情に切り替わり、手を離すと急いで部屋を出て一階の洗面所に走っていった。

 こうして一樹はいなくなり、さて次は先程の言い訳に眉をひそめている妹の番である。


 年下で妹、といっても先程の一樹より三歳ほど年上のようなので幼稚な嘘では誤魔化せない。

 そのことにユキナは内心ヒヤヒヤしていたのだが少女の方は確認するかのように彼女の顔を見て、それから護熾の方に向ける。


「ねえ護兄。悪い奴らってのは誰?」

「あー? まあ、前にもあったトラブルに似たようなもんだよ。ほら、こいつ引っ掛けそうな感じだろ?」

「うーん。確かに」


 何がどう引っ掛けそうな感じなのか、とユキナは疑問を浮かべた表情をするが護熾は特に気にすることなく無視し、


「んで色々大人な事情でこいつは今晩泊まるかもしれないってことで、いいか?」

「ん。まあそれを決めるのは護兄だし。困ってるなら尚更だよね」

「ほい、ってことでお前も手を洗ってこーい!」

「はーい。あ、私は絵里って言います。どうぞよろしくお願いします」

「あ、どうもー」


 そう大人の事情とやらを挟んで暗黙に『心配するようなことない。俺に任せろ』と告げて結論づけ、絵里も納得するとお先に失礼と弟の一樹を追って一階の洗面所に向かう。

 こうして絵里もいなくなり、再び二人きりになる護熾の自室。


「つーわけで、まあこれで少なくとも互いが納得する時間は取れたわけだ」

「あれ? まだ納得してないの?」

「……あんな程度で納得するほど俺は素直じゃねえもんでな。それに聞きてえこともできたし、お前もその方がこう都合だろ?」

「うーん。個人的にはあなたの自己危機管理能力に首を傾げそうだけど、そうだね。んじゃあ泊まってもいいって家主直々の許可もでかことだしとりあえずよろしく」

「か も し れ な い、と言っただけだ! 場合によってすぐに追い出すからな!?」

「はいはい」

「はい、とりあえずお前も手洗いと、そこの靴も玄関に置いてこい! 俺も一階でやることあるからさあ降りた降りた」


 護熾の姉弟来襲という危機(?)を乗り越えた二人は、とりあえず場を一階に移すためにこの部屋から出る。

 こうして階段を降りる二人であったが、互いに互いの疑問は先程のやり取りで寧ろ増したのだ。

 そういうわけでまだまだ終わらない、疑問の回答と納得を求める男子高校生と正体不明年齢不詳の自称『異世界の眼の使い手』の少女の戦場はなしあいは一時休戦とし、一階へと足を運んでいくのであった。


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