48日目 気づかされた実力差
空中で交錯した二人の内、まずユキナが右手で持っていた刀を刃を外側に向け、峰打ちをかまそうと横に振る。
護熾は飛びながら刀の動きをよく見ていたおかげで自分に当てようとする刀を左手で掴み、そして右手を体を捻るように構えると、そのままユキナの額に当てんと打ちだす。
だが寸前のとこで顔を横に動かされ、なびいているオレンジの髪を突き抜けるだけに終わってしまった。
護熾が大振りな攻撃のせいで大きな隙を作り、空中でやや後ろに態勢を崩したのをユキナは逃さなかった。
ユキナは顔を動かして避けた後、両足を護熾の腹に押し当てると、そのまましゃがみ込むようにして、後ろに一回転をする要領で思いっきり地面にたたきつけるように両足を打ち出し、護熾を蹴り飛ばした。
護熾は『ぐっ!!』と息を漏らしたような声を出し、落ち葉が敷き詰められたような地面に縦にゴロゴロと転がって行き、やっと止まったかと思えば体中を落ち葉だらけにしており、両手を地面に立ながら顔を真っ直ぐ前に向け、ユキナのいる方向へとすぐさま見る。
ユキナはすでに着地しており、こちらに向かって刀を斜め下に向け、落ち葉の中に刃先を隠すように泳がせながら、乾いた音を立てて走ってきた。
こちらに来るまでには少し時間があったので護熾はすぐ立ち上がり、ユキナが何をしようとしているのかを見極めるべく、眉間にしわを寄せ、翠の瞳で落ち葉の中に隠すように一直線にこちらに向かって泳いでいる刃先を睨んだ
―――おそらく落ち葉の中に隠してある切っ先を俺のとこに来た瞬間、すくい上げるように振り上げるのに違えねえ、だったらその瞬間見極めて後ろに一歩下がって前に踏み込み、終わりにすればいい話だ。
そう予想した護熾は落ち葉の中を疾走している刀の刃先に警戒しながらこちらに向かって走ってくるユキナに視線を戻した。
落ち葉を踏み、周りに飛び散らせながら向かってくるユキナはオレンジ色の瞳を真っ直ぐ護熾の翠の瞳を見つめるように見ている。
そして護熾が予測しているユキナが刀を下から切り上げてくる地点を通った瞬間、護熾はすぐさま後ろに一歩下がり、確実に避けた、と思われたが……まったく予想外の行動をとっていたのだ
ユキナは下から切り上げるのではなく、落ち葉に隠している刃先をそのまま地面に突き立て、ずざざと地面を斬りながら急ブレーキをしたかと思えば、地面に半分くらい埋めるようにして体重を掛け、護熾の前で姿勢を低くすると、両手で持った刀の柄を軸に鉄棒をするかのように遠心力で横に大きく一回転すると前に一歩踏み込んでいた護熾の足を蹴り飛ばし、護熾の態勢が崩れ、後ろに倒れていく。
護熾の頭が地面に着く前に刀を地面から瞬速で引き抜き、刺さった落ち葉を落としながら護熾の真上に向かって大きく跳躍をするとそのまま刀を両手でアイスピックを持つように握ると、切っ先を下に向けて落ちてきた。
そして護熾が落ち葉の地面に頭をつけるのと同時にすぐ横にドスンッ、と重い音を立てながら刀が深々と地面に突き刺さっていた。護熾の目がすぐ横に刺さっている刀を見る。
護熾の体を跨ぐようにして立っているユキナは深々と刺さっている刀の柄を両手で持ち、勝ち誇った顔をして仰向けに倒れている護熾を見下ろすようにして見ていた。
「これであなたは私が狙いを外さなきゃ死んでいたわね」
「………………負けたのか……」
ユキナは護熾の体の上から退くと刺さった刀を引き抜き、肩に担ぐようにしてから組み手を始めるときに居た最初の場所へと歩いて移動をし始めた。
護熾は体を起こして体に付いた落ち葉を手で振り落として少し悔しそうな表情で背中を向けて歩いているユキナの背中を見た。
ユキナは最初の地点まで戻ると振り向きざまに刀の切っ先を護熾の喉に向けるようにして
「いい? さっきのであなたは死んだ。今の敵は私だったからよかったものの、もしこれが自分よりも強い敵だったらあなたは即座に殺されているわ」
「なっ……………さっきはそうだったけど次は俺が勝つかもしれねえじゃねえか」
「違うわ、これは純粋に“戦闘の経験”によるものよ。あなたは能力も使いこなしていて強いけどまだまだよ」
そう、厳しい言葉をぶつけるユキナは戦う人として、戦士としての姿を護熾に見せつけていた。護熾は少し納得がいかなかったのか、顔を少し下にうつむいて歯を食いしばり、右手に作った拳を振るわせていた。
そして人差し指を立てて前に突き出し、
「もう一回だ!! もう一回やって俺が負けたらあんパンをおごってやる!!」
「え!? ホント!?」
顔を上げてユキナに賭け事を申し立てた護熾の目には『次はぜってー負けね〜』の決意が込められていた。ユキナは刀を持ったまま嬉しそうにその場をピョンッ、と数回小さく飛び跳ねると
「じゃあ、早く終わらせないとね♪」
と嬉しそうに言うのであった。
護熾は第二ラウンドに向けて腕を構え、ユキナの動きを見逃さないように感覚をさらに研ぎ澄ませ、しっかりとその姿を捕捉していた。
「よし!! じゃあ始めるか!」
護熾の戦う姿勢が整うと、ユキナの表情が突然真剣な顔に一変し、護熾がその表情にゾクッとしたときであった。
風が通り抜けたかと思うと護熾は顔を動かさず視線だけを下にゆっくり動かす。
すると喉元のすぐ近くに刃先があり、その先を見るとユキナが片手で刀を持っている姿が目に映し出されていた。髪が風で横になびき、真剣な表情が和らいで元の顔に戻る。
「これであんパンをおごってもらえるね♪……でも、わかんなかったでしょ? 私が動いたのが」
まったくその通りだった。
ユキナが表情を一変した途端、護熾の【超感覚】ではその動きを捕捉できていたものの、護熾自身その能力について行けず、ただ黙って見ている事しかできなかったのだ。
しかし、護熾がその能力について行けなかったのはそれほどまでにユキナの足が速かったからである。
表情を真剣にした途端、護熾の眉が動くその間に一気に間合いを詰め、護熾が気づいたときには既に刃先を喉元のすぐ近くに向けるほどだったのだから……
護熾にとって受け入れがたい事実だったが、やがて目をつむり、両腕を力なくぶらんと横に垂らすと
「ちぇっ、…………わかったよ…………参りました。」
その言葉を聞いたユキナは開眼を解き、護熾の喉元に向けていた刀を消して
「はい、今日はここまでね」
黒髪に戻したユキナはそう言うと少し背伸びをして、『家に帰りましょ!』と護熾に促すように言った。
護熾は開眼と解いて元の黒髪に戻し、家に帰ろうとしているユキナを見る。
―――あれがユキナの本気か…………全然姿が見えなかった
共に日々を歩んできたユキナとの大きな実力の差に改めて気づかされた護熾は悔しさと強くなりたいと思う心を胸に秘め、また自分がユキナを護れるようになるというその思いも一緒に秘め、前を歩いていくユキナについていくように歩き出した。