46日目 始まる新学期
『ハァ――ハァ――ハァ――死ぬには……ちと早いぜユキナ…ハァ』
『―――馬鹿な!! 何故生きている!? 確実に死んでいるはずなのに!!』
怪物は確かに自分の手で護熾の骨が砕ける音、内臓が潰れる感触を確かめたのにそれに関わらず自分が殺したはずのただの人間が自力で立っていたのだ。しかし護熾も護熾で明らかに弱っている様子で口から途切れ途切れに血を吐き出していた。
怪物は尻尾をどけてユキナにトドメを刺すのをやめ、護熾に向き直って今立っているのはまぐれだと思い、今度こそ息の根を止めようと歩み寄り始めた。
『ユキナ、ハァ……聞いてるか? お前はハァ…ずっとこの町を守ってくれた。そうやって五年間……ハァ…過ごしてきたんだろ? だけど……だけど今度はハァ……俺がお前を守る番だ。俺の名前は“熾烈”な戦いをしてきた奴を“護る“って書く。俺はこの名にかけてお前を……』
一旦、しゃべるのをやめた護熾は口から血反吐を地面に吐き捨てると肩を押さえている右手を横に垂らし、しっかりと怪物を見据えた。
――何? 護熾から強い“気”が感じられる……
ユキナは死んだと思われていた護熾が立っていることにも驚いていたが、今までなかった“力”を感じ取ったことに驚愕をしていた。
『だが所詮、死にかけの分際で何が出来る! 死にきれなかった憐れなお前に何が出来る!!』
怪物はフラフラとしている護熾に向かってそう叫ぶと今度こそ息の根を止めようと先ほどの常人が反応することが出来ない速度でその場からかき消えるようにして目の前へ移動し、心臓に向かって棘の付いた尻尾を槍のように伸ばし、これで終わったかと思われた。
だが怪物は見た。
護熾の目に自分がしっかり映っていることに。
スッと相手の速度に合わせて右に体勢を低くした状態で体を動かした護熾は棘が顔を掠めながらも相手の懐に入り、拳を鳩尾へと繰り出す。
すると拳は面白いように腹の中にめり込み、怪物の表情は目を見開いた表情へと一変した。そして自分の腹の方に視線を降ろし、信じられない、と言った目で自分にめり込んでいる護熾の拳を見た。
そして衝撃が後から来た。
怪物は後方へ吹き飛び、体勢が崩れそうになるが何とか持ちこたえ、地面の上を滑りながら腹を押さえ、口からよだれを出しながら自分を殴り飛ばした護熾へと視線を向けた。
―――何!? 人間の力じゃない! しかもあんなに弱っている状態でこの威力!
「この名に掛けて、お前を“護る”。」
そう誓い、少年は走り出した。
「あ? 夢か? …………そういえばこんな感じだったな……」
早朝、ベットから体を起こし、寝ぼけた目で頭を自分でわしゃわしゃ掻いてから部屋の中全体を見渡すように目を動かした。
そして窓に視線を止めると、窓から部屋に入ってこようとしているのか、小さな手が窓を外側から開け、中に入ってきた。入ってきたのは大きな目をしており、艶のある黒髪で背中に真っ直ぐにかかったセミロングで服装は青いミニスカートとフード付きのジャンパーを身につけており、顔は幼さを残しているという愛らしい姿をしている少女だった。背は145cmくらいである。
「ただいま〜〜〜〜ってもう起きているの?」
「ああ、何だか早起きをしちまったみてえで、まあとりあえず無事に帰ってきたんだな、ユキナ」
護熾はそう言うと眉間を手でつまむように軽く揉むとベットから降り、机に置いてある時計を手に取り大あくびをしたあとに覗き込んだ
――4:01
ちょっと早すぎたか……、と思ったのか、時計のタイマーを6時にセットし直してベットに戻ろうと後ろに振り返ると、ユキナがすでにベットを独占しており、枕に頭を置き、布団に潜って安眠モードに入っていた。
「ちょ、お前! 俺はまだ寝たいんだけど!?」
「え〜〜〜〜〜〜〜いいじゃないの〜〜今日は始業式なんだから早く家に帰れるジャン〜〜〜〜〜」
「じゃあ帰ってから寝ろよ!!」
こう突っ込んで言うが、護熾には分かっていた。
無理にベットから追い出そうとすると脳震とうを起こしかねない蹴りが飛んでくるのでここはおとなしく身を引いているのが懸命であるということを。
「けっ! 覚えてろよコノヤロウ!!」
捨てぜりふを吐きながらも部屋のドアを開け、出て行くとドアをちゃんと閉め、1階へと降りていった。
武については仕事の夏期休業が終了したので、帰るときに、玄関で一樹と絵里をしゃがんでひしっと抱いて別れを惜しみ、護熾にもしようとしたが『暑苦しいからやめてくれ』と否定されたので『まったく〜〜〜〜〜護熾はいつもそうなんだから〜〜〜』と武は残念そうに言った後
「じゃあ、…………行ってくるね!」
そのまま玄関を出て寂しいのか、一樹と絵里の お父さん!行ってらっしゃい!!の送り出しの言葉にも振り返らず駅に向かって歩いていった。
―――護熾、お前がこの夏休み中、ユキナちゃんと一緒に帰ってきたとき、どこか逞しくなっていたのをお父さん、嬉しいよ。一樹と絵里、そしてユキナちゃんを頼むよ。
暑い日差しが照りつける道の真ん中で止まり、フッとそう思い、視線を少し下に向け、目をつむった空を見上げるように顔を上げ、目を開いた。空には丁度、飛行機雲があり、夏らしい光景が広がっていた。
「じゃあ、行くか!! 寂しさなど忘れて、元気に行くぞ」
視線を前に戻した武は誰に言ったわけでもなく自分に言い、駅へと急いで歩き出した。
時は9月1日に戻り――6:30
朝食の準備を始めた護熾は台所でせっせと動き回り、朝ご飯を作ったりしてまるで朝のお母さんみたいなことをしていた。2階へ繋がる階段から下りてくる音がしたのでそちらに目をやると、学校の夏服を着たユキナが1階へ降りてきた。
「よお、よく寝れたか?」
「うん、あ! 私、一樹君達起こしてくるね!!」
包丁を持って作業をストップさせて聞いてきた護熾にユキナはそう言うと身を翻し、1階のそれぞれ部屋で寝ている一樹と絵里を起こしに向かった。護熾はその姿に感心したが
――7:00
7時になっても戻ってこないので護熾自らがユキナの様子を見に行くのと一樹達を起こしに動いた。まずは一樹の部屋に入り、ベットで寝ている一樹を軽く叩くように起こす。
「一樹、ここにユキナ来なかったか?」
「ううん、ユキナ姉ちゃんはここには来なかったけど……」
目を擦りながら一樹が答えてくれたので今度は絵里のところへ向かった。
一樹の部屋の向かいにある絵里の部屋のドアに手を掛け、開けて入ると案の定、ユキナは看病に疲れたお母さんみたいに絵里の寝ているベットに突っ伏して寝ていた。護熾は寝ているユキナに近づくと
「何寝とんじゃーーーーーーー!! 5年間よく任務をそれでこなしてこれたもんだな!?」
耳元でこう大きく叫ぶ。急に叫ばれたので、さすがのユキナもベットに突っ伏していた顔をバッと上げ、即座に護熾の方を見る。
「あ………………寝ちゃった♪」
頭を軽くこづいて、舌をちょっと出して可愛くしてみるが護熾はそんなのを無視して
「ここにお前を置いたらまた寝ちゃいそうだからテーブルについてろ!!」
ユキナの夏服の襟を掴んでずるずると引きずり、『あれ〜〜〜〜〜〜〜〜』とユキナが言っているのを構わず部屋から出ていった。
が、何かを思い出したように引きずりながら部屋に戻り、ベットでまだ寝ている絵里を起こしに戻ってきた。
――7:20
全員、学校へ行く支度が整い、まず最初に一樹と絵里がランドセルを背負って家から出てきた。
そのあとすぐにカバンを持ったユキナと護熾が出てきて護熾は家をしっかりと戸締まりをしてから家の前で待っている一樹達の前に立つ。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
「うん! 行ってくるね護兄!! ユキナ姉ちゃん!!」
「護兄! ユキナ姉さん! 行ってきます!!」
「二人とも気をつけて行ってね。じゃあ」
家の前で互いに行ってらっしゃいをいうと、一樹達と護熾達はお互いに背を向け合ってそれぞれの学校へと歩き出した。
しばらく歩いて橋の上を渡っているときに
「クラスのみんなと会うのは久しぶりだな〜〜〜〜〜〜覚えてくれてるかな〜〜みんな〜〜?」
「いや、たぶんそのことについては心配いらんと思うぞ俺は」
クラスメイトが自分の事を忘れているんじゃないかと人差し指を頬に当てるようにして視線を上に向けて心配しているユキナに護熾は転入初日で一学年がユキナで話題が持ちきったことを根拠につっこんだ。
学校の校門の方へ行くと他のクラスメイトが互いに再会を喜び合ったりしておるが護熾とユキナはそのまま校内へ入り、下駄箱で靴を取り替えて上履きを履き、1−2組の教室へと向かった。
「あ! 海洞〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
護熾が1ー2組の教室に入ろうとしたときに廊下には沢木が護熾を発見し、突っ込んできた。だが護熾は逃げようとする素振りは見せず、その場でカバンを肩に担いだ状態で突っ立っていた。
「お!?」
そのままぶち当たるように護熾に突っ込んできたがぶつかった瞬間、沢木は壁にでもぶつかったように尻餅をつき、ぶつけた顔を片手で覆いながらハテナマークを頭に浮かべ、目を見開いてただ立っている護熾をゆっくり見上げた。
「これで気が済んだか? へへっ」
護熾は楽しそうにただそれだけを言うと1−2組の教室の中へと入っていった。沢木達は教室内に入っていく護熾を目で追いながら、
「あいつ、いつの間に強くなって……」
ただその言葉だけを不思議そうに口から漏らした。