42日目 それは例えて言えば甘い時間
頬が赤く、半分閉じた眼差しがランランと光っている。
そんなユキナに護熾は今まさに襲われていた。
ユキナの様子からすぐにどうなっているかは分かったが、ユキナのこの状態は色んな意味で危険なのでまずは言葉が通じるかどうか声を掛けてみる。
「………………まさか、またお前……酒を飲んだのか?」
ベットで護熾の頭の両脇に手を置いて、じっと馬乗りになってこちらを見下ろしているユキナは何かを狙っているような目で護熾の顔を覗き込んでいる。
「と、とりあえずそこからどいてくれ…」
護熾は覆い被さっているユキナの肩に手を伸ばして、出来るだけ体のほうを見ないようにしてどかそうとするが、ユキナはそのどかそうとする手を掴むとそのまま護熾の顔の横に押し込む。
「ダメ☆。ごおき〜〜〜〜〜〜」
甘えた声でユキナはソッと顔を護熾の胸の上に降ろし、心臓の音を聞くかのようにして顔を寝かせる。当然、全裸の女の子が襲ってきているのだから護熾の心臓はもうバックバク。
それを聞き取ったユキナはにやりと笑い、顔を離すともう一度護熾を見下ろしてから
「ほら、あなただってドキドキしてる。」
「いや、この状況でそういわれても困るし、どいてくんない?」
「ん〜〜〜だめよ〜〜護熾、ほら、ん〜〜〜〜〜〜〜」
そう、のんびりとした口調でしゃべったユキナは静かに目をつむり、切なげな表情に変わると口を少し前に突き出すようにして、顔をゆっくり護熾に近づけ始める。
―――ッ!! ちょっと待てええええええ!! またキスをしようとしてんのか!? こいつは!?
頬を朱に染めているユキナはゆっくりと、護熾の唇に重ねようと顔を下げてきた。護熾は封じられている両手をユキナから解放するとバッと両肩を掴み、
「んぎぎぎぎぎぎ〜〜やめろ〜〜ユキナ〜〜俺にはまだファーストキスを譲る気はねえ〜〜」
進行を食い止めることに成功した護熾は歯を食いしばってそう言う。
しかしユキナは少し鬱陶しそうな口調で、
「ん〜〜護熾ったら恥ずかしがり屋さんなんだから〜仕方ないわね〜」
一旦、元の位置まで顔を戻したユキナは今度は黒髪を一瞬で鮮やかなオレンジに変え、護熾を見つめている大きな瞳もオレンジに変える。
部屋の中が一瞬オレンジに染まり、炯々とした眼差しで見下ろし、護熾を固まらせる。
「これでもう逃がさないわよ〜〜〜〜」
本当に酔ってんのか!? こいつ!? と思った護熾の考えなどさらさら無視して、ユキナはガシッと再び護熾の両腕を掴んで押し込むともう一度目とつむり、護熾と唇を重ねようと再び迫ってきた。
―――『開眼』使ってまでしようとするんじゃねええええええええ!!!
心の叫びは当然聞こえず、護熾は必死の抵抗を見せるが、徐々に距離が縮まるだけだった。
一方、ガシュナの方も異変が起きていた。
ガシュナも護熾同様、ベットで手を頭の後ろに回して仰向けに寝そべっている。
と突然、キー、とドアが開いたのでそちらに視線を移す。
「ん? どうしたミルナ? 顔を下にうつむいてなんかして」
部屋のドアを開けて入ってきたミルナの様子が少し変だったのでベットから降りて、ドアのすぐ近くにいるミルナのもとに歩み寄る。部屋のドアがバタンと閉まる。
「どうした? 何か嫌なことでもあったのか? とりあえず顔をあげな。話を聞いてやるから」
優しい言葉をかけ、少し微笑んで話すガシュナは顔を上げたミルナに少し驚いた。
頬の辺りが朱に染まっているからだ。
そんな左右に少し揺れているミルナを心配して、
「おい、大丈夫か? 顔が赤いぞ? 風邪でもひいたのか……いや、ミルナが病気になるわけが……」
通常、ミルナの生体エネルギーは戦闘用ではなく治癒能力に通じているので当の本人自体の自然治癒能力はバカにならないほど高いのでまず病気になることはない。
なので病気ではないと判断したガシュナはじゃあ一体何だとミルナに目をやると
「ガ………………ガシュナ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
いきなり甘えた声を出したミルナにガシュナはびっくりして後ろに引き下がった。
それから相手の様子を見ながら少し困惑した口調で、
「お、おいミルナ、何があったんだ?」
と言いながら近づいてくるミルナに警戒を示す。
千鳥足で歩き、何かを求めるように両手を前に突き出しているミルナはガシュナをベット付近まで追いつめると、
「ガシュナ〜〜〜〜〜〜!!!!!」
と叫んでガシュナに飛びつき、そのままベットに押し倒し、素早い動きで首に手を回して
「おい! ミルナ! どうしたんだおま……ッ!!」
ガシュナが何か言おうとしたときに、唇に柔らかい何かが当たる。
視線が下に向くと自分とミルナがキスしていることがよく判った。
―――何かの果実と少しのアルコール臭、まさか果実酒?
口づけをした際に確認をしたガシュナはそんなことを思っていたが今はそれどころではない。
まさか酔うとこんなに積極的になるなんて思わなかったガシュナはとりあえず口を離し、そしてジーッと見つめると、
「そうか、お前酔ったのか。」
ギュッとその小さな体を介抱するように自分の腕の中に包み込んだ。
「んおおおお!! が〜〜〜〜〜!!!! すげえ力だ〜〜〜〜〜〜!!!!!」
一方、『開眼』状態になり、普通の人間の何倍もの力になっているユキナを必死で肩を掴んで押し返そうとするが、やはり勝てず、徐々に顔と顔との差が縮まっていく。
護熾も『開眼』すればいい話なのだが、護熾の力でユキナを天井まで飛ばしてしまう恐れがあったので出来ずにいた。
「さあ、あと少し……ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「待て待て待て!!! 誰か〜ヘルプ〜〜!!!」
「護熾〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
―――さらば、俺のファーストキス
護熾は思いっきり目をつむって覚悟を決めたが。残り2cmというところでユキナの『開眼』状態が急に解け、力が抜けたように顔を逸れ、パタンと護熾の体に眠るように倒れた。
「ん〜〜〜〜〜むにゃむにゃ」
そうつぶやいた後、護熾の胸の辺りに顔を埋めてスースーと気持ちよさそうな寝息を立て、寝始めた。
「…………………何となく助かった〜〜〜〜〜〜」
胸の辺りにユキナがいるので、起きあがることができない護熾は天井に向かってそう言った。
そして顔をユキナの方に向ける。
花の匂いがするシャンプーを使っているらしく護熾の顔にまで届いている美しい黒髪から匂いが伝わってくる。護熾は一瞬迷ったが、片手をユキナの頭に置いて、撫でるように手を動かすと、
「むにゃむにゃ、護熾〜〜〜〜」
突然、ユキナは寝言を言ったのでびっくりして、頭から手を離したがユキナは起きず、
「楽しいね〜護熾〜」
夢の中ではまだ学園祭を楽しんでいるらしく、それらしいことを口から漏らした。
この五年間、おそらく彼女自身、安心しきって祭りに参加したことはなかったのであろう。
それが母校ならなおさらである。
彼女にとって、今日ほど楽しみで、良い思い出を作る機会はそうそう無いはずなのである。
護熾はへっ、まだ学園祭を楽しんでいるのかと言ったあとに、後ろ頭をボリボリ掻くと、
「たくっ、何て野郎だ」
そう呟き、ベットから起きて外の空気でも吸いに行こうとしたが、明日この状況で目を覚ましたユキナが何をするのか分からないのでさすがにまずいと思った護熾はユキナを布団ですまきにしたあと、ドアの方に行き、それからちらと寝ているユキナに目をやると
「そういや、ユキナにはもう2回も助けられたな。…………ありがとよ」
ガナ戦の時に命を助けられたことについての礼を言い、その場から去っていった。
「ん? おい、ミルナ?」
ガシュナはふとミルナを見ると、目をつむったまま動かなかったので心配して様子を見ると、すでに眠っていたらしく、スースーとかわいい寝息を立てていた。
「ふんっ、もう寝ていたのか」
ガシュナはそう言うとミルナの体を抱きかかえて、ベットに優しく乗せた後、布団を被せて、自分は用意されているソファーに座って腕を組み、少し前屈みになって寝始めた。ミルナは何か嬉しそうに口元をほころばせたがすぐに元に戻して、幸せの時を過ごし始めた。
「あら? 海洞こんなとこでなにしてんの?」
一階の静かな広場に来ていた護熾に赤いドレス姿のイアルが声を掛けた。護熾は設けられているベンチに座っており、イアルに『おお、イアルか』と返事をする。
イアルは『ちょっと隣いいかしら?』と尋ねると『別にいいけど』ときたので護熾の隣に座った。
「ところでここで何を?」
「……ユキナにベットを占領された。」
「え!? あなたもうそんなこと……」
「違ぇ!! そんな疚しいことはしてないし俺は単なる被害者だ!」
イアルの勘違いを訂正させた護熾はふと上を見上げた。ただただ広い空間が広がっている。
この大きな学校にみんなが通っていたのか、護熾はそれを少し羨ましがり、そしてふと沢木達を思い出した。
あいつら今頃ちゃんと宿題やってるかな? そう思うと少し微笑む。
それをじっと横から見ていたイアルは何を聞こうとあれこれ考えてると、突然、自分の肩に何か重い物がのしかかった。びっくりして見るといつの間にか護熾が疲れで目をつむって寝ており、イアルの肩を丁度枕代わりにして寝てしまっていたところだった。
「も、もう! 驚かさないでよ!」
そんな護熾を見ながらイアルは怒るが、『あ、寝ているときは顔普通になるんだ』と全身の力が抜ける睡眠時に見せる眉間にシワを寄せていない護熾を見て驚き、ジーッと覗き込む。
自分を開眼状態ながらも初めて打ち負かした少年の寝顔は、どこか心をくすぐるような何かがある。イアルはキョロキョロと辺りを見回してからソッと護熾の頭に両手を添えるとそれをゆっくりと自分の膝に持っていき――――膝枕をした。
「………今回だけだからね」
そう恥ずかしそうに言い一分間、珍しい護熾の寝顔を見終えた後、そっと膝から護熾の頭を退かし、その場をそそくさと去っていった。