41日目 学園祭【下】
ちょっと長いですよ〜〜
「一般公開が始まったから一休みしましょうか。ハイこれ食堂のパン」
壁に寄りかかって休んでいる護熾にイアルが近づいてきてポッケに入れていた袋を二つ取り出して、そのうちの一つを護熾に渡す。護熾は ありがとよ、と言い、それを受け取った。
「なあイアル。」
袋からパンを取り出しそれをパクつきながら顔を向け、イアルに聞くと、イアルも同じようにパンにパクつきながら返事をする。
「何?」
「お前はギバリとリルの事をどう思っているわけ?」
護熾の質問を聞いたイアルはピタッと口に運ぼうとしていたパンを止め、そのあと ふー、と少し肩で息をしたあとジロリと目を向けると、
「ん〜ギバリとリルは風紀委員向きじゃないけど一緒についてくれるから『仲間』? いや“友達”ね」
イアルもイアルなりに二人のことは信頼しているようである。
護熾はそれが分かると そうか、と少し満足げに笑って顔を前に戻す。
その護熾の微笑みを見たイアルは不思議そうな顔をし、
「何? あの二人から聞くように頼まれたの?」
護熾は否定するように片手をブンブンと軽く振り、
「いや、俺が聞いてみただけ〜」
と無愛想な顔をしてこう答えた。
するとイアルはその態度に少しいらっときたのか、少し怒った口調で、
「じゃあ、あなたはユキナとどういう関係なの?」
今度は護熾に質問を投げかけるとさすがの護熾もその質問を聞いた途端、表情が変わり、少し焦った様子で腕を組んで、頭をかしげるようにして唸りながらどう答えるか考え始めた。
「え〜あいつは〜〜〜〜う〜〜〜〜〜〜ん、どういったらいいんだが………」
「どうしたの? そんな複雑な関係なの?」
「う〜〜〜〜〜〜ん、強いて言うなら“命の恩人”ってとこかな……」
護熾は自分が言ったことにはっとした。
安易に口にした命の恩人が護熾の正体に繋がる危険性があったからだ。
しかしイアルは特に何も気にせず、
「ふ〜〜ん、命の恩人ね〜そりゃまあ、あなたは『眼の使い手』でカルスでの戦いの時にそんなことがあったんでしょうけど」
護熾が『眼の使い手』だという理由で合点がいったよである。
―――よかった〜〜〜〜〜ばれなかった。
内心ホッとした護熾は胸を撫で下ろした後、急いで残りのパンを口に入れて全て食べ、そして残った袋をポッケにしまい、疲れたようにその場に体育座りをして顔を下に向け、安堵の気持ちと共に大きくため息をついた。
「ふえ? 護熾こんなとこでなにしてんの?」
近くで声がしたので護熾は下に向けていた顔をすぐにその方向へと向けた。
口にパンの袋をくわえて、頭にも器用に一個乗せていて、これまた両手にはいくつかの袋がぶら下がっていて私服姿で立っている人がいた。
ユキナだった。
「…………………お前、何時ここに来たんだ?」
体育座りから立ち上がり、手で尻の汚れを落とすように叩いたあと、そう聞くとユキナは口にくわえていた袋を手で取る。
「さっきの集団の中に、私だってパンが欲しいからね!」
こう答えた。
よく見ると、所持しているパンは全部あんパンだった
。ALLあんパン、THEあんパン、それを見た護熾は少し呆れながらもあることに気がついたので続けて聞いた。
「そういやお前、私服のまんまだな。それで今日のパーティーに出るつもりなのか?」
「ううん、ドレスはあとから着るに決まってんじゃん。女子は大抵そうだよ」
「じゃあ、もしかしてイアルも」
護熾はイアルに顔を向けるとイアルは『当然でしょ!』って言う顔をしながら
「もちろんよ。私だってドレスは着るわよ。今日は特別な日なんだから………おっとそろそろ時間ね。海洞!! 残りのポスター貼っておいてよ!!」
時間が来たらしく、走って二人をその場に残し、次の仕事場へと向かって行ってしまった。
「多忙なやつだな……あいつ」
「護熾知ってる?今日の学園祭が終わったら後片づけが明日の早朝に行われるのよ」
「げ!! ぜってーーー手伝わさせられるじゃん俺! しかも早朝から!?」
「大丈夫よ護熾。言えば多分ここの空いている寮の一室を一晩借りることが出来ると思うからそうすれば良いと思うよ。お母さんにも泊まるって言ってあるし」
「ああそうなのか、じゃあ後でシバさんかイアルに聞いてみるか」
置いてあったポスターの残りを手に持って、ユキナについてくるように言い、とりあえずこのポスターを貼れる場所を探しに適当にぶらつき始めた。
「それ全部風紀委員募集のポスターなの?」
「そう、全部貼らないと怒りの雷が降ってきそうなんでやってんの。」
護熾はポスターを持ってユキナはあんパンを食べながら移動をしている。護熾が 俺にも一個くれよ、と言うが 絶対だめ〜〜〜 と断られてしまう。
廊下を歩いて移動していると途中、横道から出てきた誰かとぶつかりそうになり、護熾は足を止めた。
「あわわわ〜すいません〜前が見えなかったもんで…………」
ぶつかりそうになった人は箱を塔のように高く積み上げて持っていて、顔が全く見えなかった。
真正面からは見えないので横から覗いてみた。
ウェーブのかかったふんわりとした茶色の長い髪があり、小柄な体で一生懸命支えていた。
護熾はとりあえず高く積み上がった箱を手で持って床に置き、正体が誰なのかを確認した。
「あ! ユキナと護熾さん!!」
箱をとって顔を確認するとミルナだったので護熾はびっくりした表情で
「何であんたがここに…………」
箱をうんしょ、と言いながらその場に置いたミルナは
「今日は学園祭なのでガシュナと博士と一緒に手伝いに来ているんですよ! 私、一応ここの生徒だったんでこの日が楽しみで今日は休みをもらって来ました!」
と楽しそうに笑顔でそう答えた。
「でもここでも働き過ぎよミルナ〜。よし! 私も手伝う!」
ユキナが心配そうにミルナに近寄って箱を持ち始めると、ミルナは慌てた様子で、
「あ、ユキナ、大丈夫だよ〜私は」
「大丈夫、ってあなたはここで働きすぎているんじゃ休みもらった意味ないじゃないの。今日は楽しく過ごす日でしょ」
「あ、ありがとうユキナ〜」
「何だ、貴様らいたのか」
急に第三者の声が入ってきたので三人は一斉に声のする方向へ目をやる。
ミルナと同じように箱を山積みに抱えてこちらに歩いてきたのは、ガシュナだった。
「あ、ガシュナ、ご苦労さん〜。あなたも今日を楽しみにしているの?」
「違う。今日はミルナの付き添いだ。」
フンッ、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。そんなガシュナにミルナが申し訳なさそうに言う。
「ごめんねガシュナ。あなたまで付き合わせちゃって」
「気にするな、お前の頼みだから断るわけにはいかない」
「じゃあ護熾、私はミルナのお手伝いをするから一人でやってね」
ユキナは護熾が何か言う前にスッとミルナが持ってきた箱の半分を持って、そう言った。
護熾は ああ、そうしたほうがいいな、と頷いて承知をしてから、
「じゃ、夜にまた会おうぜ!」
と三人をその場に残して自分の仕事を片づけに走ってその場から離れて向こうに行ってしまった。
「護熾さん、行ってしまいましたね……」
「まあ、護熾は護熾の仕事があるからね、イアルに押しつけられているらしいしね」
「あらそうだったの!?それは大変ですね護熾さん」
「おいミルナ、さっさとこの箱を片づけに行くぞ」
廊下にいた三人も仕事を片づけに護熾と反対方向の道を歩み出した。
そして時は過ぎ、夕方。一般公開は終了し、食堂フロアが会場になっているので生徒達はそこに集まって準備をし始めた。
テーブルをつなぎ合わせたり、掃除をしたりして後半の【創立記念祭】に向けて生徒全員が一体になって準備を進めた。
そして、準備が整った。
赤いドレスを身に纏ったイアルが会場全体を見渡せる場所に立っていてその脇には先生方や他のガーディアンもいる。生徒全員が豪華な料理を盛りつけられた大皿を乗せたテーブルを囲んで群がるような形でそれぞれ片手に水の入ったグラスを持ってイアルに注目し、今か今かと待ち遠しい目で見ている。イアルは堂々とした姿勢でグラスを片手に持って始まりを告げた。
「では、今から【創立記念祭】の開会式を始めたいと思います! 生徒代表として私【ガーディアン・イアル】が司会を務めさせて頂きます! それでは学園長の挨拶から!」
イアルはその場所から降りて学園長に席を譲り、学園長はその場に上がってから話し始めた。
「え〜みなさん。一般公開、ご苦労様じゃった。あまり話を長くすると料理が冷えてしまうので、今日という日を祝って…………乾杯〜〜〜〜!!!!!」
学園長の乾杯という合図で生徒全員が声を張り上げて 乾杯!!とグラスを高く持ち上げてパーティーの始まりと今日という日を祝った。それからは生徒が料理を食べ始めたり、互いに今日の仕事に対して労いの言葉をかけたりしてそれぞれの安らかな時を過ごし始めた。
「すげえな、こんなに生徒がいたんだ……」
護熾は小皿に盛った麺料理をずぞぞぞぞぞぞ、と音を立てて啜りながら周りの様子を見てそう言った。見る限り人、人、人、人。 しかしみんなちゃんとした服装をしており、男子はびしっとスーツ姿。女子は色とりどりのあまり飾っていないドレスを着ている。
「よう! 護熾。楽しんでるかい!」
後ろから声がしたので護熾は麺を口にくわえたまま振り返った。そこにはシバとトーマとラルモが立っていた。トーマはいつも通りの白衣姿だがシバは今日はボディスーツではなく黒のスーツを着ている。ラルモも同じくスーツを着てビシッと決まっていた。
「いや、ちょっと疲れているのが本音ですかね。そういえばアルティはどうした?ラルモ」
「アルティなら向こうの席でケーキを食べながら本を読んでいるよ。ほら!」
ラルモが指さした方向に顔を向けると、少し青みがかったドレスを着ているアルティがイスに座って本を読みながらフォークに刺したケーキを食べているのが見えた。
「あいつもドレスを着ている……そういやユキナ達、あれからまだ会っていないな………」
「ユキナとミルナとガシュナならさっきあっちの方で見たけど」
博士がそう言ったので護熾は じゃあ向こうに行って会ってきます、と言い、今日は楽しもうぜ!とラルモから言われながら三人と別れ、移動を始めた。人混みを避けて歩くが、食堂フロアは生徒全員が入れるほどデカイので捜すのは困難を極めた。少し進んでいくと人だかりの中に開けたとこがあったのでそこに行ってみた。その場所は男女が互いに手を取り合い、舞踏会でよく見られる音楽無しのダンスが行われていた。護熾はその場から立ち去って別の場所に行こうとしたら
「ちょっと待ちなさい」
よく通る声。
すぐ振り返って見ると、赤いドレスに身を包み、首の辺りにリボンを付けているイアルがいた。手には白い手袋をしており、気品さが漂っている。
「なんだイアル。俺はユキナ達を捜しているんであとにしてくれないか」
「ちょっとくらい時間を空けなさいよ。………………私と踊ってくれないかしら?」
「…………………はあ!?」
少しの硬直状態から解放された護熾は突然 踊ってくれ、と言ったイアルに驚く。そして両手を向けてブンブンと振って
「待て待て、俺踊ることなんて出来ねえぞ」
「大丈夫、私に適当に合わせればいいだけよ」
そう言うと護熾の手を掴んで反論の隙を与えずに踊っている集団の中に引きずり込んでしまった。護熾は仕方なく、渋々イアルとのダンスに付き合うことにした。イアルの手を取り、恥ずかしそうに腰に手を回して、顔を横に逸らしながら踊り始めた。
「ちょっと、ちゃんと顔を向けなさいよ!」
「いや、だって何か恥ずかしくって………」
生まれてこの方女性と踊ったことがない護熾は少々混乱していた。しかしイアルに合わせてぐるっとうまくその場を半回転したり、周りの踊っている人から見て学んだのか、すぐにそれらしい踊りをすることができるようになってしまった。
「意外とうまいじゃない」
「何か周りの奴らを見てたらわかったもんで」
「…………………昨日は、ゴメンなさい」
突然口調が変わったイアルに護熾は少し驚いた。しかし何のことかはすぐに分かったので気にしない素振りで返事をする。
「ああ、別にいいよあのことは。」
「……それにしてもあなた何者なの?なんで『眼の使い手』なのに私たちが知らないわけ?」
「うっ………別にいいじゃねえかそんなこと」
「よくないわよ、やっぱり気になる〜。」
そう言って半回転をしようとしたらドレスに足が引っかかってバランスを崩し、
「あ、ちょ、わわわ」
床に転けそうになったところを護熾がすかさず抱きかかえるような形で止めたのでケガはなかった。お互いの顔が超至近距離で向き合っているなか、護熾が心配の声をかける。
「おい、大丈夫か?」
「あ、ありがとう……」
「やっぱあれだな。ドレスは転けやすいんだよ」
護熾はイアルを少し持ち上げて立たせながらそう言った。イアルはちょっと頬を朱に染めて両手を添えると
「じゃ、じゃあまたあとでね」
と、自分の顔を見られないようにそそくさとその場から立ち去って行ってしまった。護熾はポカンとした顔でその背中を見送りながら
「何だあいつ、急に踊れとか言い出したかと思えば向こうに行きやがって…」
パンパンとお腹の辺りを手で叩いているとちょんちょんと背中を誰かに指で押された。護熾は ん?、言いながら振り返ると
「やっほ〜〜〜元気にやってる〜〜〜?」
ミルク色の純白のドレスを着ているユキナがいた。特にこれといって装飾があるわけではないがどこか違う感じがした。
「ああ、今探しに行くとこだったぜ。それにしてもお前、似合っているぞ」
「えっへへ〜〜〜ありがと護熾〜。お母さんと一緒に決めたドレスなんだよ!」
ユキナは嬉しそうに髪をなびかせるようにその場で軽く一回転をして、もう一度向き合った。
「あ! いたいた」
ユキナの後ろからコーヒーミルク色のドレスを着たミルナとスーツを着たガシュナがひょっこり出てきた。
「護熾さん、楽しんでいますか〜?」
「まあ、楽しんでるっちゃ楽しんでるかな」
「そうですか!ガシュナはあまり楽しんでいないみたいなので」
「ほっとけ」
そう言いながらグラスの水を一気に飲み干すガシュナ。そのあと
「ミルナ、先に今日借りた寮に戻っているからな」
そうミルナに言った後、パーティー会場から離れ、寮フロアに行ってしまった。
「あいつ、もう行っちまいやがった。」
「ええ、元々今回の事に興味がなかったですし、明日の片づけも手伝ってくれるので気にしないで下さい。」
「ま、あいつらしいといえばあいつらしいか……」
それから一時間後、厨房のほうでは忙しなく減っていく料理の追加をしたり、飲み物の追加をしたりして大いに働いていた。そんな中、厨房に向かって手伝いの一人のガーディアンが厨房に向かって今のお皿の状況を報告していた。
「お酒と水とジュースが切れそうです!すぐ追加を頼みます!」
「はいよ!」
たくさんのグラスに果実酒とジュースを入れ、水を入れた容器を持って、テーブルに並べるシェフは取り違いでジュースと果実酒の入ったグラスを二つほど間違えて置く。
そしてジュースと勘違いしたある人が果実酒の入ったグラスを一つ持って、
「これをガシュナに持って行ったら? のど乾いてるかもしれないし」
「そうですね〜そういえば護熾さんは?」
「護熾は 疲れたから寮に行ってる、って言ってたよ。そうだ! 護熾にも持って行ってあげよっか!」
そう言ったユキナはグラスの一つをミルナに渡して、もう一つグラスを手にとってから、ミルナと一緒にパーティー会場から抜け出した。一階の広場を歩きながら、『特別寮フロア』の入り口付近で止まり
「じゃあ護熾がいるのはここのはずだからミルナとはここでお別れね」
「そうですね。ガシュナはここから二階の寮ですからここでお別れですね。でも渡したらまたここで会いましょうね」
二人はそれぞれの部屋で休んでいる二人のもとに行くために階段のところでまた、ここで会う約束をしてからその場で別れた。ミルナは階段を上りながら
「ガシュナ喜んでくれるかな〜?」
と両手に持ったグラスを見ながら喜んでくれるかどうか心配をしていた。一方ユキナは
「そういえば護熾の寮の部屋はどれかな〜?」
と、どの部屋に護熾がいるのかを捜しながら奥の方へと向かった。一番奥の寮の部屋のドアが少し開いていたのでひょこっと中を覗いてみる。
「あ、護熾いたいた。」
中を覗いてみると護熾は既に仰向けでベットに寝ており、スースーと寝息を立てて気持ちよさそうに寝ていた。部屋の中は明かりが消しており、月明かりが優しく部屋の中を照らしていた。
「もう〜〜〜〜〜護熾〜。せっかく飲み物持ってきたのに寝ているなんて〜。しょうがない! 私が飲んじゃお!!」
ユキナはそう言うと ガバッと一気に味を確かめることもなくグラスに入った果実酒を飲み干してしまった。そしてミルナはガシュナがいる寮のドアの前に立ち止まり
「う〜〜〜〜喜んでくれるかな〜? …………落ち着いていこう、うん落ち着いて。」
ミルナは緊張をほぐすために持っていた片方のグラスの果実酒をくいっと飲んだ。そしてガッシャン!!と割れた音を立ててもう一つのグラスを床に落としてしまった。
場面は護熾の方に移り
「ん? 何だ? 布団の中に何かいるのか?」
布団の中にモゾモゾと何かが入ってきたのに気がついた護熾は目を半分開いて目を覚まし、布団をめくって正体が何なのか確認しようとしたときに、急にそれは護熾に襲いかかるように覆い被さって布団を自分ではぎ取った。護熾は暗くてよく分からなかったが月明かりでその正体が分かると半分閉じていた目が全開になった。
「えっへへ〜〜〜〜ごおき〜〜〜〜」
覆い被さっていたのは素っ裸になったユキナだった。
頬を赤く染め、目を半分閉じながら両手を護熾の顔の両脇に置いてじっと見下ろしている。
自身の父親の武が帰ってきたときの記憶が甦る。
そう、裏人格を持ったユキナの再来だった。