40日目 学園祭【上】
護熾はいつも通りの時間に目を覚ました。
欠伸をしながら腕を大きく上に伸ばして背伸びをする。
と、ここでイスに掛けられていた“ガーディアン”の制服が目に入った。
少しの間制服をじっと見ていたが、ベットから出てきて制服を手に取り、着替え始めた。
あれ脱いでこれを着てこれ脱いであれを着ている間にこの部屋のドアが開いたことに気が付いたのでそちらに顔を向けてみると、なんといつの間にかユキナが寝ぼけた顔をして部屋に入ってきた。
「うぃ〜〜〜〜〜〜〜〜護熾、おはよ〜〜〜〜〜〜〜〜」
「よお、珍しく早いじゃねえか」
目を擦り、よだれを垂らしながらズルズルと布団をひっぱっている光景は向こうの世界では見なかった光景。
護熾はユキナを見ながらそう言いながら制服の上着を着て、誰がどう見ても“ガーディアン・護熾”。
黒と緑のはいった制服が威厳溢れる雰囲気を醸し出している。
「思ったより動きやすいもんだな…………うちの学校と大違いだ」
制服の調子を確かめるために腕を回したり、しゃがんだりして護熾の世界の制服と比べ、その着心地を体感する。
素材は強くて長持ちし、実は防御力も兼ね備えているこのガーディアンの制服は文字通り戦闘のスペシャリストが着るための服。
それに護熾は感動してユキナを見ると床に巨大な白玉団子が一つ。
よく見ると持ってきた布団にくるまって気持ちよさそうに寝ているユキナだった。
「珍しく早く起きたと思ったらここで夢の続きを見てるんじゃねえよ!! オラオラオラオラオラ!!!!」
白玉団子に手を掛けて激しく揺さ振って10秒後、鬱陶しそうに唸った後、
「んぁ? ああ、護熾………………ぐーーーーZZZZZZZZZZ」
続行。
「オイ! 起きろ!! 感想を言ってくれよ!! オラオラオラオラオラオラ!!!!」
20秒ほど揺さぶっても効果が薄かったので眠れる悪ガキを起こす困ったお母さんが繰り出す最終手段!布団をむんずと掴んで一気に持ち上げる護熾自己流の“布団剥がし”を決める。
するとするすると海苔巻きの具が取れるようにユキナはコロコロと布団から剥がれ、転がっていくと
コロコロコロコロコロガンッ!!
「いったあああああい!!!!!!」
悲鳴を上げながら飛び起き、頭を抑えて立ち上がる。
そして『何するのよ!?護熾!!』と涙目で振り返るとそこには制服を着た護熾の姿があったのでびっくりし怒るのをやめてマジマジと上から下まで見た後。
「護熾、……………似合っているよ」
「そ、そうか。ありがとよ」
少し照れたのか、ポンと両手でユキナの肩を叩いたあと『よし!お母さんにも見せに行こう!』と言ってユキナを残して部屋を出て、下に降りて行った。ユキナは護熾の背中を見送ったあと
「ぷっ 子供みたい」
ちょっと笑ってから背伸びをし、同じように1階へと降りていった。
下へ降りるとユキナ母が護熾の制服の調子を確かめるように、ホコリ落としをしたり、襟をきちんとさせたりと、まるで入学式に行く息子に最後のチェックを行っているようだった。テーブルの上には焼きたてのパンとコップに入ったミルクが入っていた。
「……………これでよし! それにしても、とても似合っていますよ護熾さん」
パンパンと手を叩いて、護熾の全体を見るようにして言った。そしてユキナが下へ降りてきたことを確認したのか、護熾から離れてユキナの前に立つと、
「ユキナ、今からあなたの服を決めるからちょっと来なさい」
クローゼットがある部屋に誘い込むように言い、護熾は一緒に入るわけには行かないので、
「おーいユキナ!! 先に“F・G”行ってるからな!!」
そう叫んで伝えると、その後に
「うん!! わかった先に行ってて! 楽しみにしといてよ!!」
と元気な返事が返ってきた。護熾は 楽しみにって、おいおい、と苦笑いをしながら先に家を出て“F・G”へと向かった。
「うおおおおお〜〜〜〜みんな本当に忙しそうだな…………」
護熾がこう言ったとおり、改札口を通り抜けて1Fに入った途端、生徒があちらこちらで物を運んだり案内用のポスターを貼ったりと忙しなく動き回っている。
「あ! そこのガーディアン!! 何さぼっているのよ!!」
よく通る声。護熾はその声の主を知っているのですぐに振り向いた。そこには小走りでこちらに近づいて止まり、イアルが箱を二つ重ねた状態で立っていた。
「今日は忙しいのよ!! 何さぼって……………………海洞!?」
それがガーディアンの制服を着ている護熾だと気づくのにそう時間はかからなかった。
箱を持ったままその場で二人は硬直し、護熾は何を話せばいいか分からず、イアルもまた、どう話せばいいか分からずにいた。
「よ、よう、あ〜〜その、忙しそうだな、お前」
先に口を開いたのは護熾、それからイアルはその話をきっかけに
「あなたも知っているだろうけど今日は“学園祭”よ。朝からこうやって準備をして、夕方辺りから始まるの。」
大まかな今日の日程の説明をし、それから何か閃いたように指を顔の横に立てると、
「ちょうどよかった。あなたにも手伝ってもらいましょ」
「いやあの俺…………」
「ツベコベ言わない!! 来なさい!!」
「……………はい」
「じゃあこれを持って」
そう言ったイアルが差し出した箱を受け取った護熾はイアルから二階の会議室へそれを運んで一緒に来るようにと指令が下された後、トボトボとイアルと一緒に歩いてそこに向かう。
エレベーターを利用して二階へ上がり、会議室に着いた護熾はドスンッ!と音を立ててテーブルに箱を置き、ふ〜、と額を腕で拭う。そんな護熾を見ながら、イアルはイスに座り、
「ありがと海洞、でもその制服を着ている以上、手伝ってもらうからね!」
ビシッと指を指された護熾は ええ!? という顔をする。
「お、おい!! いくら何でもそれは…………まさか俺、ハメられた?」
制服を貸されているという立場上、そして学園祭に参加したければこの仕事を手伝うしかない。
それに気がついた護熾のハメられたという言葉を聞いたイアルの顔がにやりと笑った。
「ああああああああ〜〜〜〜〜ちくしょーーーだからこれを着てこいって言ったのか〜〜」
テーブルに拳をぶつけて顔を下に向け、悔しそうに嘆く。
イアルは『フッ、ざまぁみろ』と言い足そうな顔をしながら、
「フッ、貸してあげているんだからそれくらいの事をしなさいよね」
髪をかき上げて立ち上がり、箱から紙を丸めたような物を取り出して護熾の前に置いた。
護熾は差し出された紙のロールをちらと見る。
「いい? 学園祭前半は一般の方々が来るからその案内用のポスターを書かれていることに合わせて空いている壁に貼ってきて頂戴、私たちの学園祭は夜からだからね」
「………………何枚あるんだこれ?」
「はい、文句を言わない! 私はまだまだやることがあるから。じゃあね」
けっこうな数がありそうなポスターの塊を見ている護熾をほっといて、イアルはさっさと会議室から出て行った。残された護熾はポスターの束を抱えて渋々部屋を出て行った。
まず最初に見たポスターは『トイレはこちら!』だった。
「トイレってどこだ?」
まだこの学校の地理を知らない護熾は慌ててキョロキョロと辺りを見回すと、
「あ、見取り図発見」
運良く2Fの廊下の壁に見取り図が貼ってあったのでそれを見て、護熾は急いで自分が為すすべき仕事をするために移動をした。
ある時は1Fの食堂フロアへ、ある時は2Fの廊下まで護熾は1Fと2Fを繰り返し移動を続けた。
二時間ほど経過すると持っている紙の量は約半分になっていたので
「あ〜あと半分。頑張るか……」
次に手に取ったのは『喧嘩などを起こさず、楽しみましょう!』と書かれているポスターだった。
「いや、………………いらないだろこれ…」
どうなったらケンカが起こる状況があるのだろうか?過去にあったのか?護熾はそう思いながらこのポスターを一様、1Fの入り口付近に貼った。
「次は…………」
護熾が次に手に取ったのは妙に手が込んでいるポスターで、目立つ文字でこう書いてあった。『風紀委員募集!校内の規則を守っていこう! 校則を破ったらただじゃ置かないわよ』
「おい……………もしかして残り全部……」
残りのポスターをめくって中身を確かめてみると、護熾の予想通り残りすべてが風紀委員募集だった。隅の方にはビシッとこちらに指を指している手が書かれていた。
「学園祭関係ねえじゃん!! 何考えてんだあいつ!!」
「びっくりした〜! 制服似合っているもんよ! ……何か嫌なことがあったかもんよ?」
ポスターを握りつぶす勢いで叫んだ護熾は声がしたので後ろに振り返るとそこにギバリが丸めたビニールシートを肩に担いで立っていた。
見た目通り力持ちのため、こういった力仕事を任されているのだろう、軽々と30Kgはある物を平然と涼しい顔をして立っている。
「ギバリ…だったな…………これ見てみろよ…………」
嫌な顔をしながらポスターを一枚取り出して、ギバリに見せつけた。それを見たギバリは目を丸くして
「ああ! またイアルがこれをやっているのかもんよ!? 相変わらずだな〜」
「またって…………毎年やっているのか?」
ギバリは知っているかのような口調で話した後、シートを壁に掛けて近づいてきた。
護熾はポスターをもう一度見ながら『そんなに人数いねえのか?』とギバリに質問をすると頭を指でポリポリ掻きながら
「そうだもんよ。うちら風紀委員は今のとこ三人しかやっていないんだもんよ! だからたぶん呼びかけのつもりだろうけど……」
後半に勢いが無くなっている。
他の生徒がおそらく入りたがらないのだろう、何たってあのイアルなのだから。
つまりサッカーを観るのは好きだけどやるのは好きじゃないとという輩しかこの学校にはいないわけである。
護熾もその辺は納得いった。
「そういえば名前聞いてなかったもんよ! 教えてくれないか?」
「ああ、俺の名前は―――」
「何やってんのギバリ〜?」
護熾は自分の名前を言おうとすると途中で言葉を段ボール箱みたいなものが二人の間に入って何だと思ってその持ち主を見るとクリッと目に眼鏡、背はユキナより高い女子のリルだった。
「え、あ〜今、昨日イアルを倒した『眼の使い手』と話しているんだもんよ!」
楽しそうに話すギバリの話を聞きながら、リルはギバリが置いたシートのすぐ隣に箱を置いた。そして護熾が来ている制服を見るとすぐさま手をポンと合わせ
「あ! そういえばその制服着てくれたんですか!? 寸法合ってますか!?」
目を輝かせながら護熾の顔を覗き込んでそう言った。
「お、おう……問題ないけど」
「よかった〜〜〜〜〜!! それしかなかったんですよ!! ほんとによかった〜〜」
「必死で捜したもんな〜! それを渡すのに間に合うかどうか心配だったもんな〜」
ギバリとリルは二人で ねえ〜、と相づちを打つように互いに笑顔で顔を見合わせた。
―――この二人、風紀委員に合っているのか!?
その様子を見て、護熾は素朴な疑問を浮かべた。イアルと違い、明らかに風紀委員に合っていない感じだからだ。しかし護熾はラルモの事があったので(明らかに戦闘向きじゃない)口を閉じて黙っていた。
「あ、しまった。名前教えてくれないかもんよ?」
ギバリは思い出したように護熾に振り返る。リルもその話に興味があるようで顔を向ける。
「俺の名前は……………『海洞』って呼んでくれ」
なぜ名字で言ったのか?その理由はフルネームで言ってしまうと昨日のイアルみたいに勘のいい人ならすぐに護熾を疑うからである。しかし幸い、この三人は風紀委員という立場上、異世界での短期間駐在任務に参加したことがないので護熾の世界の名前の特徴とかは知らないわけである。
「カイドウ! カイドウって言うのか!? よろしくもんよ!」
「カイドウさん! こっちもよろしくです!」
ギバリは嬉しそうにそう言いながら握手を求めてきたので護熾は当然それに応じるとリルも握手を求めてきた。護熾は握手をしながらギバリにある質問をする。
「ところでお前ら、なんで風紀委員に入っているんだ?」
あのイアルと一緒にいるからそれなりの関係はあるだろうと思った護熾は二人の答えを待った。
まずギバリから返ってきた。
「風紀委員に入っている理由は……俺らが友達だからだもんよ!」
少し意外だった。
友達という理由で風紀委員に入っているのならこの二人が風紀委員に合っていないのに合点がいく。続いてリルが話す。
「イアルとは幼い頃からいっしょだもんね! ちょっと過激だけど、いい人よ!!」
「そうだもんよ!! 頼りになるし、みんなのリーダーだもんよ!」
二人は口を並べてイアルの事を話す。イアルはこの二人から厚い信頼を得ているようである。護熾は次の質問をギバリに聞いた。
「ところでギバリ、お前しょっちゅうイアルに蹴られてるのか?」
その話に神妙な顔になって、ギバリは護熾に顔を近づけ、手で壁を作るようにしてこう答えた。
「………………しょっちゅう蹴られてるもんよ」
「お前もか…………………………」
「ま、まさかカイドウはんも?」
「ああ、ユキナって奴によく蹴られている…………」
「……………………お、俺たち仲間だ!」
「そうだな! あれ痛えよな!?」
「まったくだ! よくあんなに蹴れるもんだよ」
熱弁を語っている二人の様子を見ながら、リルはいつの間にか取り出したメモ帳に
「え〜と、『カイドウさんはギバリと同じように蹴られている』っと」
「ちょっと!! そこの三人!! なにさぼっているのよ!!!」
よく通る声。
三人は一斉に声がした方向に顔を向けるとイアルが遠くでも分かる鬼のような形相でこちらに近づいてくるのが見えた。
「あ、やばい! じゃあ、カイドウはん! またあとでな!!」
「カイドウさん!! 夜にまた会いましょう!!」
二人は急いでシートと箱を持って、ピューーーーーーーと土埃を残して向こうに逃げていき、二人の姿はすぐに見えなくなった。
「…………………」
「海洞〜〜〜〜〜〜〜あなた、仕事は終わったの〜〜〜〜?」
あまりの逃げ足の速さに茫然としていたが、後ろから地を這うイアルの声が聞こえてきたので護熾はとりあえず二人に習って急いで紙を抱えてその場から逃げ出していった。
「はあ〜〜〜〜〜ここまで逃げれば大丈夫か?」
護熾の現在位置は一階エレベーター前。
膝に手をついて、辺りの様子をキョロキョロ確認する。
相変わらず他の生徒が物を運んだりしているがちょっと少なくなったように見える。
「よお! 護熾! その制服は借りたのか!? よく似合っているぞ!!」
元気な声がしたので護熾はそっちに顔を向けた。シバとトーマが二人揃って箱を持っていた。
「シバさん、それに博士、お仕事ご苦労さんです。博士はなぜここに?」
「いや〜〜たまには俺だってハメを外したいからな。だから手伝いにきた」
口にくわえている白い棒をぐるんぐるん回して話す。
「そういえばシバさん、ユキナ見ませんでしたか?」
護熾はそろそろユキナがこちらに来たと思ったのに姿が見えないことを心配したのでシバに聞いてみた。
「いや、今日はまだ見ていないな…………今日着る服で迷ってるんじゃないかな?」
確かに、と護熾はそう思い、『じゃあ俺もまだ仕事あるんで』とシバ達とその場で別れを言い、一階の入り口付近に足を運んだ。
「これをどこに貼れと…………」
風紀委員募集のポスターとにらめっこするように睨んで、貼るか貼らないか迷っていた。しかし後ろから誰かがこちらに走ってくる音がしたので振り返って見ると、イアルだった。
「もう〜〜〜〜あなたさっきさぼっていたでしょう!?」
「そんなことよりこのポスター、貼る必要ねえだろ」
イアルの言葉を押さえて、護熾はポスターをイアルに見せつける。するとイアルは『それが何!?』っていう顔をしながら、
「い、いいじゃないの! こちとら三人でやりくりしてんだから!!」
何かと大変な模様。
しかしイアルははっとしたような顔で護熾ではなく入り口のほうに顔を向けた。
護熾もつられて顔を入り口に向けると丁度、耳に何か音が入ってくる。
「あっちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜防衛ライン突破されたようね〜〜」
「え? 何? 防衛ラインって」
「海洞、そこから退いたほうがいいわよ」
護熾はイアルに言われるがままにそこから動いて入り口の脇に身を置いた。
すると
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!
護熾が動いてから三秒後、たくさんの人たちが列を作って走ってきている光景だった。
護熾はその光景に驚きながら走り去るのをただ見る。
やがてすべての人たちが食堂フロアに吸い込まれるように入っていった。
まるで象の群れが走って通り過ぎたのを見たかのような顔で、護熾はその背中を見送りながら、
「……………………………何なんだあの人たちは?」
「一般客よ、私たち以外のガーディアンがさっきまで食い止めていたけどダメだったようね。ちなみに彼らの目的は無料で配布される食堂のパンよ。外にも評判が広がちゃってるのよ」
イアルが腕を組みながら少し諦めたような口調で護熾にそう説明をした。