39日目 学園祭、そしてユリアの願い
護熾とイアルの戦いが終わり、フェンスから見物をしていた生徒達は暫しの沈黙の後、“ガーディアン”のイアルを打ち負かした護熾に注目を集め始めていた。
口々に彼は一体何者なのか?、『眼の使い手』なのに知らない、カルスの町を救った奴だ! などとしゃべり始めた。
「あ〜〜〜〜〜やっぱりめんどうなことになったな〜」
自分が『開眼』をした結果、このあとどう説明をすればみんなが納得するかを考えていなかった護熾は外で騒いでいる生徒達を見て、ため息をついた。
自分が異世界から来ているとは知られてはいないが、それでも人に注目を浴びるのは苦手なのでとりあえず何を聞かれても答えない心構え作っていこうと考えるが、
「そういえばあの緑の奴、顔恐くね?」
生徒達からこんな声が上がったのでギロリと睨んで生徒達をフェンスから数歩下がらせる。そしてまた項垂れるとシバからポンポンと肩を叩かれたのでそちらに顔を向けると
「護熾、見事な戦いだったぞ」
「シバさん、いたなら早く出てきて下さいよ。」
労いの言葉をかけてきたシバに対して護熾は、こんな事がないように頼んで釘を刺した。二人が話し終えると今度はイアルが護熾に向かって質問をする。
何かと聞きたいことはあるが、まずは相手の名前を知らないのでまずは名前から聞くことにした。
「そう言えばあなたの名前、聞いていなかったわ。何て言うの?」
もう負けたショックからすぐに立ち直ったイアルは護熾にそう聞いてきた。護熾は名前を言うべきかどうか迷ったが、言わなければ失礼なので
「確かに言ってなかったな、俺の名は“海洞 護熾”」
ピクンとイアルの眉が動いた、不思議そうな顔をして護熾の顔を眺める。護熾は少し驚いた顔をして何だ何だと思い、視線の先をたどっていくと
「何だ? 顔にゴミでも付いてるのか?」
と自分の顔を指さすがイアルは首を横に振って違うと答え、
「いいえ、あなたの名前ちょっと長いな〜と思って」
イアルの言ったことに護熾はドキンときた。
彼女はなにも聞かされていないハズ、そして護熾が異世界から来た『眼の使い手』でこのことを教えてしまったらよりややこしくなるのは明白なので思わずフルネームで言ってしまった自分に後悔をしていた。
―――やべ〜〜〜〜〜 めんどうなことは避けていきたいのに何言っちゃってんだ俺!!
顔が汗だくなっている護熾の考えていることがわかったのか、ユキナが助け船を出す。護熾とイアルの間に入って護熾の説明を始める。
「あ〜イアル、彼の名前はほら、その、特別なのよ。気にしないであげてね」
ユキナの説明に納得がいかないイアルはユキナを避けて護熾にもっと近づいてきた。
顔を思いっきり近づけてまじまじと見る。
護熾は目のやりどころに困って横に向いたり上を向いたりする。
―――私はこの男に初めて負けたのね……………眉間にシワを寄せてるのが変だけど……顔はまあまあじゃない?
イアルは護熾の顔をそう思うと、そのことを思ったのを恥じたのか……一瞬、頬を朱に染めてすぐに護熾に背を向け、すこし慌てた口調で、
「わ、わかったわ。あなたの名前が特別なのは認めるわ」
つかつかと四人をその場に残してフェンスの扉のほうに急いで歩き出した。
その時、人混みをかき分けて入ってくる二人の影があった。そしてその中の一人が手を振りながら、
「おーーーーーーい!! イアル!! なにしてるんだもんよ!?」
と叫び、フェンスの扉を開けて乗り込んできた。イアルと同じ黒と緑のラインがはいった制服を着ているのでその二人が学校が誇る“ガーディアン”だと分かる。
制服を着た大男と眼鏡を掛けた小さい女子がまず最初に来て、イアル
「“ギバリ”“リル”。何の用なの?」
自分の前に現れた二人の“ガーディアン”の名前を呼んで要件は何と尋ねると、
「イアル〜〜、明日の学園祭の会議を開くのに何勝手に稽古をしているのよ〜〜〜〜」
「いなかったから捜してみればどこにもいないし、散々捜したもんよ〜」
ギバリとリルは口々に文句を言うがイアルはプイッと無視して振り返り、まずシバに顔を向けると頭を下げて
「シバ先生、わざわざお呼びして申し訳ありません。じゃあ私は用事があるので失礼しますね。」
と、丁寧にお辞儀して謝ると『ああ、いいよ』とシバは簡単に返事をすると、今度はアルティが手を挙げてイアルにこっちに来るように言ってきたので何かと思い、近づいてアルティの口元に耳を添えると小声で、
『“また”ラルモが女子寮に入ったからよろしくね』
「はあ!? またやらかしたのあいつ!? まったく、あとで放送で呼んどくわ。ありがとねアルティ」
ああ〜〜仕事が増えた〜と、髪を手で掻きながらフェンスの扉に向かおうとしたときに何かに気がついたようにピタッと足を止めて護熾に振り返ると、少し微笑みながら腰に手を添えて
「海洞、だったわね。今回は負けたけど次はそうはいかないから覚悟しときなさいよ!」
ビシッと指を指してから言い、ギバリとリルを連れて、外に出ようとしたときに生徒達が道を空けて三人を見送った。そしてイアルは『ギバリ、あの鎌取っておいてくれない?』と命令して、『えぇ!?自分で取ればいいもんよ!?』と反論したのでまたローキックを食らい、渋々フェンスに入って取ってから二人の後を追っていた。
護熾達も姿が見えなくなるまで見て、そしてやっと姿が見えなくなったところで緊張と疲れが切れた護熾は
「俺は二度とあいつとやりたくね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
バタンッと仰向けに倒れてこの上まく情けなく叫んだ。
「ねえ、アルティがいるよ!」
「相変わらず綺麗ね〜」
「あの無表情が何とも言えない!」
まだ残っている生徒達は口々にアルティを見て言う。
確かにアルティも美少女の部類に入るが、彼女もまた、護熾と同じようにジロジロと見られるのが嫌らしく、
「じゃあねユキナ、私、用事があるから」
ユキナから離れたかと思えばいきなり『開眼』をしてシュンッと音を立てて跡形もなくその場から姿を消した。突然消えたアルティに上体を起こして護熾は
「おお! どこいったんだあいつ!?」
「たぶん自部屋のある寮に移動したんだよ」
ユキナがそう答え、外に出ようとフェンスの扉に向かって歩き出した。
続いて、護熾とシバも歩き出した。生徒達が再び道を空ける。シバが周りの生徒達に礼を言い終えると、
「護熾、食堂に行こう! のど乾いたろ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
ひとまず一件落着をしたので、三人は食堂へ向かうためにエレベーターに乗り込んだ。
三人がエレベーターで下りていったあと、残された生徒達は、
「それにしてもあいつ強かったな〜 一体何者なんだろう? あのイアルに勝つなんて……」
「さあ、でも途中で入ってきた黒髪のあの女の子。かわいかったな〜〜」
「そうだよな。すっごいかわいかった」
「誰なんだろ?」
食堂フロアに到着したシバと二人は、空いていたテーブルに座って、飲みたいものをシバに頼んで、カウンターの方に行ってしまってからしゃべり出した。
「災難だったね〜護熾」
「ああ、ここに来てまた嫌なことにあった。俺やっぱここに来てからろくな事がね〜〜」
「そうね〜、でも明日なら良いことがあるかもよ」
「へー何で?」
「学園祭があるの」
「学園祭? そういえばイアルと一緒にいた二人がそう言っていたな」
「明日は“F・G”の創立記念日なの。盛大なパーティーが行われるの」
「そうか、だからあの二人は慌ててイアルを捜していたのか……」
手を頭の後ろに回してイスに寄りかかるようにしたとき、聞き覚えのある、はっきりとよく通る声が放送から流れてきた。
『ちょっとラルモ!!! 至急2階の会議室で校則違反の取り調べを行うから早く来なさい!!』
シバは二人に飲み物を渡した後、 じゃあ、俺このあと授業があるから、と言って向こうに行ってしまった。護熾は飲みながら、窓から外の様子を見てみた。太陽が夕陽になるちょっと前だった。
「もうこんな時間か、そろそろ戻らねえとな……」
「もうちょっとここにいましょうよ。」
ユキナはまだここに居たいらしく、ストローくわえたままぐるんぐるんと口で回す。
と、ここでまた聞き覚えのある声が放送から流れてきた。
『こちらイアル! 至急、海洞は同じく二階の会議室に来ること! 以上!』
ガチャンッ! と放送が途切れる音を立てて放送は終わった。
カウンターの上にあったスピーカーを見ながら、
「何? 何か悪いコトしたのか俺?」
護熾は再びイアルと会うのが嫌らしく、目を細めて額にさらにしわを寄せて、コップに入った飲み物をを飲み干す。ユキナもコップを上にぐいっと向けて全部飲み干した。
「なんでこう、呼び出されることが多いんだ?」
「さあ? あなたの運が悪いんじゃない?」
腰に手を当てて、後ろに仰け反って背伸びをした後、護熾達は2階へと向かった。教室が並んでいる廊下には、先ほどの三人とラルモが三人の前で正座をして護熾達を待っていた。
「おお、護熾! お前も何かしたのか?」
正座をしながら後ろに振り返って、護熾に呼び出された理由を聞いてきた。
「違う違う、そんな理由で呼び出されたはずじゃねえけどな……」
正座をしているラルモにそう言い、視線を前にいる三人に移す。
イアルの後ろにギバリと何か布みたいのを持っているリルが付き添うような感じで立っている。
「で、何のようだ? 稽古は二度とゴメンだけど……」
おそるおそる護熾が聞くと、呆れたようにイアルは肩で軽く息をし、
「違うわ、あなた達にラルモの回収と渡したいものがあるから呼んだのよ。ほら、リル渡してあげて」
「明日学園祭なので是非『眼の使い手』のあなたにこれを着て頂きたくて……」
そう言いながら両手で差し出されたのは“ガーディアン”の制服だった。黒と緑のラインが入った気品あふれる制服。それをマジマジと見ながら護熾は手を伸ばしながら
「これを俺が? …………何で?」
リルから制服を受け取ったあとイアルに尋ねると、イアルは腕を組んで、壁に寄りかかりながら、
「あなた、明日の学園祭に参加するんでしょ?」
「え? ああ、まあ面白そうだから」
「礼服とか、スーツとか持っていないでしょ? 今日の格好だって普通の服じゃないの。だからこれを貸してあげるって言っているのよ」
図星だった。
護熾は少し黒い長ズボンと半袖のシャツの上にこれまた半袖のトレーナーを着た姿だったのでそう言われるのも仕方がない。
「うっ、確かに持ってねえや。……悪いな、じゃあこれ遠慮なくもらっておくぜ」
護熾が言い終わったのを見計らい、ギバリが嬉しそうな顔で急に護熾の前に出てきた。
「あんた! すごいもんよ!!、『眼の使い手』だけどイアルに勝っちゃうなんて!! あ、自己紹介が遅れたもんよ。俺の名前は“ギバリ”! だもんよ! よろしくもんよ!!」
ラルモに負けないくらいのテンションの高さで背が高く(たぶん185くらい)、語尾が特徴的なギバリは護熾の手を持って、スーパースターを目前にしているような口調で自己紹介をした。続いてリルがギバリの横に立って
「あ、あたしも! 私の名前は“リル”! イアルとギバリと同じ風紀委員やっています! あと、え〜とん〜と…………」
何かを言おうとして言葉が詰まる。
二人の後ろにいるイアルは大きくため息をついて、それから容赦為しにギバリの尻に強烈なローキックが炸裂する。
「い! 痛いもんよ! け、けっ飛ばさないで欲しいもんよ!!」
少し涙目でギバリイアルに振り返るがイアルは鬼のような表情で
「ちょっと二人とも! 私を呼んだのは会議をするためでしょ!? だったらここで時間を潰さないでさっさと始めましょ!」
ふんぞり返って一足先に会議室にイアルが入ってしまったので、二人は渋々後についていった。
「じゃあ、また明日会おうもんよ!」
「また明日会いましょうね!」
会議室に入る前に二人は護熾に別れの挨拶をしてから入り、バタンとドアを閉めた。手に制服を持っている護熾を見ながらユキナは
「これで護熾の明日の服は心配なさそうね」
と護熾に顔を向けて笑顔で言った。
「ああ、それにしてもギバリか…………お前の気持ちわかるぜ……」
「何か言った?」
「あ〜何でもねえ。何でもありませ〜ん」
密かに護熾にはギバリと通じ合うものが出来たみたいです。正座をさせられていたラルモは立ち上がって
「ふ〜〜〜やっと終わったよ。それにしても護熾、イアルを打ち負かしちゃうなんて怖いもの知らずだね〜」
手をパンパン叩いてそう言い、護熾は少し疲れた顔をしながら
「ああ、とんでもねえ奴だった。」
校内最強を多くの生徒の前で参ったと言わせてしまったのだから明日からどんな顔をすればいいのか分からなかったが、ただそれだけを言い、下へ降りる階段に足を進めていった。続いて二人もついていって2Fの廊下から姿を消した。1Fの方で護熾とユキナは家に戻ると言ったので途中でラルモと別れて“F・G”を後にした。
「ちょっといいかしら?」
今は深夜と夜の境目。
ユリアが待っていた家に戻った護熾達は夕食を済ませ、寝る準備に入っていた。
今は寝ようと布団を護熾の居る部屋にユリアが訪ねてきていた。
「どうしたんすか? こんな時間に」
ベットから降りて、布団をたたみながら部屋の外にいるユリアのところに行く。
「ここだとユキナに聞かれちゃうから下へ行きましょ」
ユリアにそう言われ、1階の方へと向かう。
ろうそくが灯されているテーブルに座るようにと言われて座ったら、温かいお茶が入ったカップを差し出された。ユキナ母は護熾と向かい合うようにテーブルのイスに座って手を膝に置いてから話し出した。
「今日中央の人達から聞いたんだけど、あなたが異世界に戻ったらユキナも行っちゃうって話だったからちょっと言わせて欲しいの……」
「!」
少し顔を下に向け、もの悲しげな目でそのまま話を続ける。
「あの子、あなたの知っている通り、快活的で強くて、優しい子だけど……5年間もたった一人で向こうの世界にいて、すごく寂しかったと思うの。そしてあなたと出会えたから今ここにいるのよ。親の私から言わせてもらうわ、本当にありがとう……」
護熾の手を両手で持ち、祈るように目をつむって護熾にお礼を言った。
護熾は内心すごく驚いていたが、口には出さずただ黙っていた。
「そしてあなたが異世界に戻ったら、あの子をよろしくね……」
もう一度、向こうに行ってしまうユキナに対しての寂しさと護熾に預ける安心の気持ちがひしひしと伝わってくる。それを察したのか、護熾は少しため息をつく。
「どうかしたの?」
「あ、いえ、うちにはお母さんがいないもんで何かこういうの初めてで……」
「あら、そうだったの…………」
護熾にはお母さんがいない、ユリアは特に詮索はせず暫しの沈黙のあと、
「お母さん、大丈夫ですよ。ユキナは責任を持って面倒を見ますから」
護熾はしっかりと顔を見て、迷いのない気持ちを目で伝えた。それに応えたのか、ユリアは微笑んで『はい』と返事をした。
「ところで護熾さん、あなたはユキナのことをどう思ってますか?」
ユキナ母が突然そういうことを言ってきたので護熾は飲んでいたお茶を噴水の如くブーーッと吐き出して顔に掛かると
「△●■○□※★☆!!!!! あちっ!! ごほっ!!! あ、ごほ!! あっちごほ!! …………はあ………………何でそんなことを聞くんですか!?」
カップをテーブルにドンと置いてからくわっとした顔でユリアに向ける。
「いや、ちょっと聞きたいな〜〜って思ったから」
笑いながらユリアは護熾の背中を撫でる。護熾はぶっきらぼうな顔をして顔を横に逸らすと
「…………よくわからないんです。あいつのことは………」
「え?」
「………何でもないです。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい。…………さて、明日は学園祭だからユキナの着ていく服を考えなくちゃね」
そう言い、互いにその場を別れ、護熾は二階に、ユリアはテーブルのろうそくをフッ、と息で消してから寝室に戻っていった。部屋についた護熾はベットに体を滑り込ませ、何度か寝返りをうったあと、仰向けになり、
―――親父、一樹、絵里。元気でやってっかな?
天井を見ながらそう思い、目を閉じてから深い眠りに入っていった。
かれこれ五日目が過ぎようとしている。
短くて早い。良い思い出が今のところまだ無い。
明日、その思い出とやらを作りに行こう。そう思って、目を瞑った。