4日目 ユキナの話
『あなたは命を狙われている可能性がある』
ユキナはまず自分が何者なのか、何故ここに来たのか、そしてどうして護熾が命を狙われてるかについての説明を始めた。説明が終わると、護熾は胸の前で腕を組み、軽く目をつむり、片眉をピクピクさせながらユキナの説明の概要を確認するように復唱する。
「そうか―――で、お前は異世界の人間でパラアンと呼び、異世界でとりわけ戦闘に長けた戦士の『眼の使い手』で、さっきのあのカエルみてえな怪物を遙々お前が倒しにきて――」
ユキナがこくんと頷く。
「で、しかもさっきの女の子のお母さんを攫っていこうとしたのは怪物に変えるためだと? で、さっきの怪物は『理』という場所に逃げ込んだから俺が危ないと?」
また、こくんとユキナが軽く頷く。護熾は眉の往復運動の速度を急に速くすると
「よーし、信じ―――って、誰がそんなの信じるんだ!! ドアホォーーーー!!」
常人が信じられるわけがない話に護熾も例外なく普通の大人に言ったらすぐに熱でも測られそうな説明をしたユキナに向かって、叫びながら立ち上がり、仏頂面で見返す。
ユキナは信じてもらえると思っていたが、見事それが打ち破られ、やれやれとため息をつくとゆっくりとベットから立ち上がり、少しだけ護熾よりも高い位置に顔が置かれた。
そして腰に手を当て、少し見下ろした。
「あなた、今まで怪物が見えたことってなかったの? しかもさっきちゃんと見てたよね?」
「当たりめぇだ! 過去に一回もあんなへんてこりんな生き物なんて会ったことはない!」
「仕方ないわね~、じゃあどういえば信じてくれるわけ?」
「お前が普通の人間じゃないとこは認めてやる。でもそんなホラ話をするならよそでやってくれ!」
目の前にいる少女の言ったことを冷たくあしらった護熾は無愛想な表情で親指を自分の部屋のドアにくいっと向け、家から出て行くように促す。
しかしユキナは懸命に信じてもらおうと両拳を作って護熾の身の危険について言うが、護熾は彼女のジャンパーの襟をむんずと掴み、猫のように持ち上げると小柄な体が簡単に宙ぶらりんになる。
「本当の話なの! 信じなさい!!」
ユキナは持ち上げられた体をじたばたと暴れさせ、ブランコのように揺れるが護熾はそんなことを聞きもせずに無視をし、ドアの方に彼女を片手で持ち上げたまま歩く。
ドアノブをもう片方の手で掴んで開け、部屋から放りだした。
「玄関から帰れよ!! たくっ」
ドア越しでも届くような音量でそう伝えた後、後ろ頭を掻きながらベットの方に振り向くと――紛れもなく自分がさっき放り投げた少女がベットの上に立っていた。
驚愕の表情を浮かべ、ポカンとした護熾に得意そうな表情を浮かべたユキナはベットからぴゅんとウサギのように飛び降り、床に落ち着くとどうやって部屋の中に戻ったのか理解が出来ず、思わず後ずさりをしている護熾に近づきながら言った。
「あなたの身が危険なの!! だから私が――」
「だ、誰がお前みたいな“チビ”の話なんか信じるか!!」
ブチンッ
護熾の吐き捨てるように言った『チビ』という言葉がユキナの脳内にエコーが掛かったように響くと途端に顔を暗くする。肩がふるふると震え始め、前髪が少し顔にかかり表情が見えづらくなる。
「――――?」
様子が変だと思った護熾は肩を震わせ、佇んでいるユキナの顔を下から覗き込むと、その表情は額のあたりに血管を浮き上がらせ、ピクピクと怒っている表情だとすぐに分かった。
その矛先が自分に向いていることも、
「誰がチビですって!?」
怒りが頂点に達したユキナは目にも見えない速さで横薙ぎのローキックを護熾の拗ねにヒットさせる。ヒット直後、護熾の顔が驚き顔から痛みで歪んだ表情になり、その場から崩れるように倒れた。
「あたたたたたたたたたた、痛ってぇええええぇぇぇぇぇぇ!!」
某世紀末救世主の技の掛け声を披露した後、護熾は人体の急所、スネを蹴られたためにその激痛に悶え、両手で蹴られた箇所を抑えながらゴロゴロと忙しく部屋の床の上を転がり回っていた。
「私のどこがチビなのよ? あなたが怪物だったら即、消しているとこよ。私の身長は145cmもあるのよ!?」
「それのどこがチビじゃないんだ!?」
一旦転がるのを止めてツッコんだ護熾は再びチビと言ってしまった自分の過ちに気が付く前に猫のように目を光らせたユキナのドロップキックが顔に飛んできているところを目撃していた。
部屋内に新たな悲鳴が響き渡ったのは言うまでもなかった。
「あ~、俺がお前の悪口を言ったことについては詫びるが、それでも俺はまだ信じねえ」
右目にパンダのような痣を作り、他にも数カ所、痣らしきものを顔に作っている護熾は面白いものになっていた。ユキナはギロっとした視線で護熾が謝るのを確認すると小さく肩で息をした。
護熾は頭を掻きながら立ち上がり、そしてふらふらと机のとこまで移動をしておいてあったカバンから弁当箱を出そうと手を突っ込んだ時であった。
「じゃあ仕方ないわね。と言うわけで、私は今日からここに住む!」
「ッ!!」
何気ない口調で言ったのでその言葉の意味を理解するのに数秒を要したがやがてブリキの玩具みたいに首だけを小刻みに動かして顔をユキナの方に向けると
「ええええええええええええええええ!! ちょっと待てええええぇぇぇぇぇぇ!!」
それはそれは部屋中に響き、確実に近所迷惑になるような音量で叫んだ。
「おま、いきなりそれはないだろ! 図々しいなもうっ、それにお前女じゃん!?」
ギャーギャー騒ぎながら指を指している護熾に耳を両手で塞いで目をつむっているユキナはゆっくり片目を開きながら
「…………うるさいし、仕方ないじゃない! それにまた怪物に狙われるかもしれないし、あなたはまだ私の話を信じていないじゃない!? だ か ら 私はあなたが信じてくれるまでここに住むって言ってるのよ!」
淡々と話すユキナに護熾はもうついて行けなかった。
今日あった出来事にほとほとに疲れ、返す気力が無くなっていた。
「はあ~~~どうなっちまうんだよ~」
弱々しい声で言った護熾の瞳には押しかけ居候を決め込んだ誇らしげな表情を顔に出しているユキナの姿がしっかりと映っていた。