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ユキナDiary-  作者: PM8:00
36/150

閑話休題 鬼面仏心の少年の話

 




「ところでさ! 千鶴は海洞のどこが好きなわけ?顔はストレス溜まっているように眉間にシワを寄せてるし、無愛想だし、割と短気だし。」


 ここは斉藤家の二階にある二つの内の千鶴の一人部屋で内装は普通。そして女の子らしくベットや机の上にはデフォルト化したクマの人形やウサギの人形などが置かれていた。

 

 そして今日、部活が二人ともお休みだったので近藤は斉藤の家に遊びに来ており、斉藤の母親から

 『あら、勇子ちゃん。どうぞお上がりになって』と丁寧なお迎えをしてもらってから現在千鶴の部屋で許可を得てからベットに座っていた。

 

 そして同じく隣でベットに座っていた千鶴は近藤に突然訊かれ、飲もうとしていた氷の入った水を思わず噴き出し、ゲホゲホと咳き込んだので近藤が慌てて背中を叩いて何とか治まる。

 落ち着いてから千鶴は答える。


「んーとね、特別どこが好きってわけじゃないけど、…………優しいとこ……かな?」

「う〜ん、やっぱそうなのね。」

「ねえ、勇子はさあ、私と海洞くんが知り合う前に会ってるんでしょ? ………その時のこと、教えてくれないかな?」


 近藤は千鶴から当時のこと、つまり中学時代の護熾の話をして欲しいと聞かれ、少し悩んだ仕草の後、

 『いいけど、少し覚悟をしてね?』と何やら警告をしてきたが、好きな人の過去を知りたい千鶴は迷わず頷いた。












 一方、商店街の方では、


「あったーーーーーーー!!!!!!! 出やがったなこの緑黒ジグザグの物体!!!!!!」

「それを俗に『西瓜』っていうんだぜ沢木」

「西瓜買うのかよ〜〜〜〜いらなくね?」


 沢木、木村、宮崎のトリオは八月に行く海水浴のために水着やらそして今、夏恒例の【西瓜割り】(またの名を【爆ぜる夏の風物詩】)のために買い物に来ており、三人はスーパーの野菜果物売り場に並んだ今年採れた西瓜の列を目の前にしていた。

 

 そして三人は護熾と連絡が取れないことに若干寂しい思いと、特に木村は転校してきた容姿可憐、性格もOK、背が低いのがこれまたたまらないロリッ娘のユキナの事を気に掛けており、『どうして木ノ宮さんは現れないのか!?』と呟きながら西瓜に手を乗せてこの世の道理についての虚しさを語っていた。

 

 そんな沢木を尻目に宮崎が『確か西瓜って熟れているものを判断する方法があるハズなんだけどな〜』と西瓜を触ってペチペチと叩いていると沢木がずいっと前に出て西瓜を一個ずつデコピンしていく。


「これか?いやこれか?………あ!これだ!」


 沢木はちょうど『ボトボト』と詰まったような音を出した西瓜を両手で抱え込み始めた。

 変な方法で品定めをした沢木に疑問を感じた二人はどうしてそれに決めたのか?と尋ねると


「海洞の言うことだと叩いてボトボトと音がした奴は熟れているらしいんだ。そのことを中学の時に教えてもらったんだ」

「あいつって妙にそういうこと博識だよな〜〜〜〜」

「…………沢木、海洞って中学の時どんな奴だった?」


 沢木は宮崎から当時のこと、つまり中学時代の護熾の話をして欲しいと聞かれ、木村もそのことについて興味があるらしく、同じように話してくれと急かしてきたので少し悩んだ仕草の後、

 『いいけど、少し覚悟をして聞けよ?』と何やら警告をしてきたが、護熾の過去を知りたい二人は迷わず頷いた。


 そして同時刻、近藤と沢木の口からはまったく同じ話の冒頭から始まった。











「「あいつは、二年前のちょうど春に会ったんだよ」」




 





 当時、護熾は中学二年で黒い制服に身を包み、顔は今と変わらず無愛想な眉間にシワを溜めた表情で端から見れば機嫌の悪そうなヤンキーのようだった。

 当時、近藤と沢木は護熾は二組でまだ春だったので互いのことを知るのにはもう少し時間が必要だったがちょっとした騒動でこの三人はすぐに仲良くなった。

 その騒動とは、


「おい、てめえ金もってか?」

「持ってません持ってません!! だから見逃して〜〜〜!!」


 学校の放課後、家に帰ろうとしていた沢木は運悪くどっかの中学の上級生三名に絡まれており、裏路地に連れ込まれて胸ぐらを掴まれながらも必死に持っていないと本当の事を言うが、カモを捕らえた上級生達は中々解放しようとはしてくれなかった。


「やめなさい!!! そこの三人!!! うちのクラスの男子に何してるのよ!?」


 そこへこの騒ぎを偶然近くで聞きつけたセーラー服に身を包んだボーイッシュな顔立ちの女子生徒、近藤が勇敢に三人に指を差して沢木を解放しなさいと要求し、三人は急に声を掛けられたので驚いて振り向くが、相手が女子だったので驚かせやがってと近藤に一人近づいていった。


「んだ? てめえがじゃあ金くれるっつうのか?」

「だ、誰があげるもんか!さっさと沢木を解放しなさいよ!!」


 睨み顔で言う近藤をその男子生徒はまじまじと見た後、何か狙ったような眼差しで


「お前、よく見るとかわいいな」

「え…………」

「なあ、俺と付き合わないか?」


 そう言った男子生徒は近藤の手を掴むと自分のとこへ引き寄せようとしたので近藤は必死に振り払おうとするが、当然力の差は明らかでみるみる引き込まれていき、男子生徒は顔を近づけて囁くように言う。


「なあ、なっちまいなよ」

「やめて!!! 離して!! 誰か!!」

「へっへ、ここには誰も来ね――――――」



 一瞬の刹那、三秒後には男子生徒は横に吹っ飛んでおり、近藤は何が起きたのか分からず目を見開いていると目の前に何か黒い物があることに気が付き、その黒い物が中学の制服の袖だと分かると左に目を動かしていき、仏頂面で何故か肩からパック詰めのサクランボが入ったビニールを提げており、同じクラスの護熾が上級生を何の躊躇もなく殴り飛ばしているところだった。

 

 護熾は突然仲間を吹き飛ばされ、驚愕の表情で突っ立っている他の二人と沢木からの視線を浴びながらも、殴った手をブンブンと軽く振って引っ込める。


「え…………あんた確か同じクラスの“海洞”?」

「ああ、ちょうどよかった。これ持っててくんね?」


 そう言って渡したのはサクランボの入ったビニール袋。

 近藤はポカンとしてると

 『それ近くの店で売ってた上物だから大事にもっとけ』と言いつけた後、護熾は次に沢木の胸ぐらを掴んでいる男子とその後ろで同じく睨みを聞かせていた男子にギロッと凍り付くような眼差しを向けると腕をボキボキと鳴らして


「金目的でうちのクラスメイトをかつあげするなんざお仕置きが必要みてえだなぁ?」

「な、何だてめぇは!!? 急に割り込んで来やがって!!!」


 急に仲間を吹き飛ばされた男子は罵声を浴びせるが、護熾はそんなことを意に介さずにズカズカと歩み寄り、五歩手前で止まると『俺がだれだって?』と少し顔を俯かせて言うと、バッと顔をあげ、にやりとした表情で言った。


「ただの通りすがりの“男主婦”だよ!!!!」









「それでどうなったの?」

「もうボコボコのギタギタよ! 何でかあいつはケンカが超強いのよね」


 確かに護熾はケンカが強い。毎日家事をやっているおかげかも知れないが千鶴はかつて助けられたことがあったのでそこには納得していた。

 その騒動がきっかけになり、三人は仲良くなり沢木が妙に護熾に執着があるのがよく分かった。近藤は当時の事を懐かしそうに笑いながら言う。


「その後ね、お礼を言ったら『別に正義面してやったわけじゃねえ、この前あいつらの横割りのせいで買える物が買えなくなったからそんときのお返しだ』って言ってさっさと私からサクランボを返してもらうと家に帰っちゃったんだよね〜」

「へえ〜〜〜〜〜何か私が助けてもらった時に似てるね」


 以前、千鶴は田んぼにピンクの麦わら帽子を落としたときに護熾に拾ってもらったことがある。その時持ち合わせていたのは上等の桃である。

 場所は移り商店街。



「で、それがきっかけで俺と近藤と海洞は仲が良くなった。それであいつの事を名前で呼ぼうとしたらあいつ苦笑いで『名前では呼ばないでくれ、恥ずかしいから』って言ってきたんだよ」

「確かにあいつの名前はそこらの人より特殊だよな?」


 会計を済ませ、西瓜を抱え込んだ沢木は自動ドアを出ながら話す。しかし一旦区切り終えると沢木は少し俯いて何か悲しそうな表情になったので二人が心配して『おい、どうしたんだよ?続きは?』と尋ねると小さな声で


「あいつ、母さんいねえんだよ」








「―――そう、あいつにはお母さんがいないの」


 楽しそうに話していたのと打って変わって近藤は視線を下に降ろしながら両手を膝の前で組み、もの悲しげな口調で千鶴に話す。千鶴は押し黙ってその話を聞いている。


「行方不明になったんだって。しかもお父さんが単身赴任で遠くに行っちゃったから自分が一人で頑張らなくちゃいけないんだって楽しそうに言うのよ。でもその楽しさの中にどこか寂しそうな感じがあって…………それに気が付いたときは見てらんなかったな、海洞の奴」


 






「でよ、あいつは一樹君と絵里ちゃんの世話もしてたんだよ、一人で。あいつは自分一人で育てて自分一人で色んな事やって…………寂しかっただろうな」


 商店街を離れ、沢木達は住宅街が両端に並ぶ歩道を歩いていた。沢木は西瓜をよいしょと持ち直し、話しを聞いて押し黙っている二人の前を歩いていた。

 母親のいない家庭、沢木達と近藤達には無論、両親はいる。しかし護熾には両親が常日頃いるわけではなく、常に子供三人だけで過ごす日々。それでも護熾は弱音を吐かず、ずっと頑張ってきた。ずっとずっと苦労してきた。

 

 宮崎は思う。

 沢木を通して友達になった護熾にそんな事情があるとは知らず、少し軽薄な態度に反省をする。

 木村は思う。

 一緒に過ごしていて気が付かなかった過去に驚き、少しだけ、ほんの少しだけ何故眉間にシワをよせたような態度を取っているのかが分かる気がしていた。


「でも、おれはあいつが好きだな。色々教えてくれるし、楽しい奴だし。顔が恐ええのが玉に瑕だけどな」

「それは俺も分かるぜ!!!!」

「俺もだ!!早くこの町に帰ってきやがれっつうんだ!!!!」


 三人は笑いながら護熾が理由不明の旅から帰ってくるのを心待ちにしている。澄んだ青空と蝉の鳴き声が本場の夏を伝えている。三人の笑い声が重なっていく。








「まあ、そんなわけで私は海洞が好きだな」


 近藤の突然の告白に千鶴は『ええええ〜〜〜〜〜〜!!!!?』ともの凄く驚いたので『違う違う!友達としてよ!!』と近藤が身振り手振りで慌てて訂正を加える。

 互いに落ち着いてから近藤は窓から見える青空を見ながらふうと溜息をつき、


「それがあいつ、海洞って奴なのよ」


 ピリオドを打った。

 千鶴は『話してくれてありがとね』と礼を言い、じゃあ何かジュース持ってくるねと部屋からやや小走りで出て行った。そして階段を降りながらそっと後ろに振り返って廊下にある小窓を眺めながら


「海洞くん、そんな事情があったなんて……」


 大きなショックと小さな悲しみを抱え、一人鬼面仏心の男を想いながら階段を降りていった。 




 

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