35日目 ガナ
今回は長いですよ!!一万文字越えです!!!長いので覚悟してお読み下さいね。では!
風が強くなっている。
雲が速く空を駆けめぐる。
そんな蒼天の底をシバは一人で走り続けていた。途中で遭う数匹の怪物の残党を両手で逆手に構えた小刀で斬り捨て、今まで自分が通った道を逆戻りしていた。
――――頼む!生きててくれよ護熾!!
あの時は護熾の行動に従うしかなかったが今は無事生き残った人達を核にも耐える地下シェルターに送り届け、同行していた兵士も置いていき、単身でまた戦場に舞い戻ったのだ。
トーマからの連絡で聞いた護熾を狙っている怪人、名前持。
いくら気が大きくとも所詮まだ経験が未熟の一般人同様の人間をまんまと囮として使い、任務を優先したことにシバは心が痛かった。
あいつは人を巻き込ませないために俺たちを巻き込まないように遠くに場所を移したのだ、シバはそう思い、護熾の咄嗟の判断と気遣いに気が付きながら自分が行くまでせめて持ち堪えてくれよ、とそれだけを祈るしかなかった。
走っている方向の遙か前方に、黒煙が上がっているのが見えた。
黒煙の中に護熾は立っていた。黒い視界で周りの状況は分からないが建物が崩れる音は確かに聞こえていた。そしてその原因を作ったのが自身が生み出した飛光であることは撃った瞬間から解っていた。
突然の会得。
人とは時にある条件下の中、脳のリミッターが外れることがある。その時の力は人智を越えた強大な力を誇り、容易く人外の力が一定時間働くのだ。そして護熾も例外ではない。
護熾は過去に怪物に襲われた時の反撃、知識持に襲われたときの突然の開眼。それらに共通しているのは自身の生命の危機の瞬間である。
だが、今の護熾にとってはそんなことは関係なかった。関係あるのは相手が倒れたかどうかだった。
その答えは――――否。
突然黒煙の中から銀色に覆われた腕が伸びたかと思うと護熾の首を噛みつくかのように掴み、そのまま上から押し込んでアスファルトの地面に叩きつけて亀裂を放射状に作り上げる。護熾は吐血と共に激痛に耐える声を吐き出し、意識が飛びそうになる。
怪人はそのまま追撃の手を緩めず自由になっている手に拳を作り、護熾の腹にその一撃を穿つ。
「う……ああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!!!!」
怪人はそんな悲痛な叫び声をものともせずに続けて腹を踏んづけたり、顔を連続で殴ったりとにかくボロボロにするまで攻撃を加え続けた。時間にして三十秒後、護熾は片手で怪物に首を掴まれて高々と持ち上げられていた。
「驚きました。まさかあれほど隠し事があるとは、油断しました。しかしこうしておけば妙な反撃をされずに済みますからね」
怪人が護熾をボロ雑巾にするまで攻撃を加えたのはこうして話をするためであるが、問題のその隠し事をその身に受けてもまったくの無傷だった。
怪物は口からも腕からも脇腹からも血を流し、それでも尚こちらを睨んでいる護熾を見上げながら言う。
「しかし、あなたのあの攻撃はただ大きいだけです。フワフワと広がって形を為しているだけの中身のない攻撃でした」
先ほどの護熾の飛光。生命の危機が迫ったときに放たれた攻撃は相手の隙を作るには充分すぎたが初の成功が仇となったのか、つまり例えるならば相手に霧をぶつけるのと凝縮した氷をぶつけるのではどちらがダメージが大きいかと言われれば間違いなく氷であり、護熾の飛光は前者の方でありダメージは与えられず、尚かつ強力ではなかったとそう伝えていた。
「ちく……しょ…」
「そういえば自己紹介がまだでしたね。それに私があなたを狙う理由も、特別にお教えましょう。」
怪人は自らに付けられた名、そして目的を話し始めた。
「私の名は“ガナ”。そして私があなたを狙うわけは“あの方”があなたを連れてくるように、そしてもし抵抗するならば、殺してもよいと仰せになったからですよ」
「だれだ……そいつは……何で……俺のことを……」
普通の人間が持ち合わせることがない巨大な気。それが全ての狙いであることは護熾は大方理解している。もし自分を連れ帰って怪物に転身させればそれこそ全てを破壊し尽くす魔物が生まれ、自分の背中にあったものが全て砕け散ると。
しかしこの怪人、ガナにその命を下した人物の方が今は聞き出すべき対象。その人物に対して敬意を表しているガナに護熾はそれが親玉、或いは中心人物であることを読み取ることができていた。
「そうですね、教えておきましょう。私達怪物はあなた達人間を“理”という超物体の力を借りて変えているのはご存知でしょ? それを行える唯一の“あの方”つまり【創造主】なのですよ。まあこれ以上話したところで時間の無駄なのであなたを連れて行きます。」
ガナはそう言うと意識を無くさせるためか、使える腕の方に拳を作り、護熾の腹に向かって繰り出そうと腕を少し引かせ、狙いを定め始める。
このままでは本当に自分の命、及びみんなが危険な目に遭ってしまう。だからここから抜け出す方法を思考を全開にして護熾はじっと睨みながらその方法を模索する。
飛光もダメ、本気の攻撃もダメ。残された方法がなくとも必死に考える。そして一つだけ、もしかしたらいけるかもしれないものが頭に浮かび始める。
ガナが言っていた『フワフワと形を為しているだけ』という言葉が引っかかり、ではどうしたら凝縮できるのかを考える。
凝縮、つまり一点に集中させること。己の大きすぎる気をどこか一つに押し留めて相手にぶつける方法がないかと考えると一つだけ、あった。
護熾が口元を緩ませるのとガナが一撃を繰り出すのはほぼ同時だった。
ドコッ!! と鈍い音が護熾の体を射抜き、波打たせると少し俯いて気を失ってしまったように見えたが――――ガナの表情が驚愕に塗り替えられる。
「何―――!?」
突き出した拳を護熾の左手が当たる直前に掴んで止めさせている。そして次に、右手が拳を作り、自分の頭目掛けて狙いを定めている。
護熾は首を掴まれながらもにやっと嬉しそうに歯を見せて笑い、そして言った。
「ありがとよ、ヒントくれてよ。礼は手加減無しだ!!!!!!」
腕が一瞬、翠色にボウッと薄く光ったと思えば神速の速さで空気を壊しながら突き進み、ガナの顔面にそのまま堅さなど無意味のようにめり込み、そして首を掴んでいた手は離れ、すごい速さで後方に吹き飛ぶ。想像以上の攻撃にガナは地面の上を滑り、意識が飛ぶんじゃないかと思われるくらいの脳震とうに襲われ護熾もまた、滅多打ちの影響でがっくりと両膝を地面に付けて荒い息づかいを口から吐いていた。
気を一点に込めた渾身の一撃。
それが護熾の編み出した自分の攻撃。
その攻撃力は先ほどの飛光を凝縮させたものなので威力は想像に難くない。だが大きなダメージを与えることはできたが決定打にはならなかった。
「ハァ……ハァ……調子に乗るなよ小僧!!!!!!!!!」
口から青い液体を出し、仁王立ちで立ってとうとう残虐な本性を露わにした口調で言ったガナは今のをもう一度食らえばただでは済まないと理解していた。それ故に連れて帰るなどと無謀なことはせずに殺してしまおうと思考を切り換える。そして“殺す”ためにしか使えない攻撃を繰り出そうと奇妙な事に右手の中指だけを残して他は全て折りたたみ、それを護熾に向ける。
それが何なのか分からない護熾はそれを見つめているとそこから何か細い線がこちらに向かってくることに気が付き、反射的に急いでその場から離れようとするが体が動かない。先ほどの攻撃と体力の低下で足が一時的に麻痺をしているのだ。
目では追えているのに体が付いていかない状況に護熾は苦渋の表情になる。
――――くそっ、動けねえ
目つむり、死がゆっくりと近づいてそして―――遮られた。
ガナの放った攻撃が何かで斜め上に屈折して弾かれ、丁度後ろの方に建っていたビルに進路を変えて直撃し、ガラスなどが撒き散らされて護熾に当たらずに済んだ。攻撃が何者かに防がれたのは両者が気が付くのにそう時間は掛からなかった。
今、攻撃を防いだ人物は護熾の目の前にいて、その人物は小柄な体に似合わない日本刀を握り、夕陽を思わせる色の髪をツインテールにした少女―――ユキナが両手に握った刀を横に構えて立っていた。
「“線” よね? 自分の気を小さな部分に纏めて高速で放つ技。見飽きてるわ」
「ユキナ……か?………助かったぜ」
刀をビュンと斜めに振り下ろし、そして護熾の方に振り返る。
一人でボロボロになるまでガナの相手をしていた護熾の姿は痛々しいものでえに喰わぬ悲しい表情になったユキナはつかつかと近づき、そしていきなり
「おほぉっ!!?」
刀の柄で殴った。躊躇無しの鉄槌に護熾はそのまま横に倒れて腕を投げ出し、ピクピクと体を震わせながら『何すんだてめえ〜〜〜?』と今の状況をきれいさっぱり忘れ、理由も分からずに鉄槌を下したユキナを睨みつける。
ユキナは見下したような眼差しで今度は倒れている護熾の胸ぐらを掴み、無理矢理立たせる、というより身長の差があるので両膝を地面に付かせたままで顔を引き寄せ、頭突きをするじゃないかという勢いで顔を接近させ、言う。
「どうして一人で戦っているのよ!!? あなたは私が来なかったら死ぬトコだったのよ!!? 何で、何であなたは……傷ついてばかりいるのよ………心配したのよ…」
「…………わりぃ、でも今はそれどころじゃねえぞ。…………人が……死んだんだ……」
「え?」
「俺の目の前で……人が死んだんだよ!!!!!!」
護熾の言葉にユキナが反応する。
その顔は憎悪に満ちた恐い顔。そして倒したいという信念が込められた眼差し。
「何ですか? 蟻が二匹に増えましたね……」
二人の顔が一斉に同じトコへ向かう。護熾は手でユキナの掴んでいる手を振り払い、ゆっくりと立ち上がる。ユキナもガナの方に体を向け、護熾と並ぶ感じで戦闘態勢に入る。
怒りに満ちたガナはそんな二人を殺してやる、そんな雰囲気でその場を包み込むが、二人は臆せずに滅するべき敵に強い視線をぶつけ、対峙する。
「どうやら二回戦目になりそうだな」
「ええ、護熾と戦うのは今回が初めてだね」
「ああ、行くぞユキナ」
ゆっくりと息を吐き、飛び出していった。
第一陣戦闘領域。
怪物達は確実に数を減らし、そして士気も下がっている。原因は何か?理由は簡単。
強すぎるのだ。
ガシュナ、ラルモ、アルティはそれぞれ息切れもせずに平然と怪物の群れの前に立っており、怪物達は徐々に恐怖していた。
勝てない、強すぎる。束になったとしても絶対に勝てない。傷一つ付いていない三人を見ながら、怪物達は後ろに蹈鞴を踏み、完全に恐れを為していた。
そこを見逃すわけにはいかない三人。
三人の内、ガシュナが前に踏み出し、そして左手に青い飛光を溜めるとそれがブオンッと音を立てて長い槍が精製されていく。ガシュナの武器精製、しかしユキナみたいに本物そっくりではなく青白いまるで蛍光灯のような光を放ちながらその手にしっかりと握られていた。
三白眼の目を一瞬、細める。
「終わらせるぞ」
低い声でそう言った後、長く伸ばしたゴムを離したかのようにガシュナは前に弾き飛び、怪物の群れへ体を低い体勢で無理矢理ねじ込ませると握られた槍を弧を描くように頭の上で一回転させた。
槍は相手を突き刺すというより切り裂きに近く、ガシュナの攻撃範囲にいた十体の怪物達は紙切れのように裂かれ、塵と化した。攻撃範囲から外れた怪物達からは一瞬の出来事にしか見えずまた、後援に回っていた兵士達からもそうであった。
ガシュナはそのまま槍を片手に突き刺したり、もう片方の手からは貫通力バツグンの飛光を時折放ち、さっきまでとは比べものにならないほどの速さで“殲滅”を開始し始める。
そして次に攻撃を仕掛けようとしているのはラルモ。
不思議なことにアルティがラルモの右肩の上に手を置いていた。よく見ると置かれている手から紫色の静電気のような放電現象が起きている。
「よっしゃああ!! ガシュナ!! こっちに戻ってきてくれ!!!」
何かの準備が整ったのか、ラルモはそう伝えるとガシュナは大きく後方にジャンプをしてその場から非難するように空中に体を留め、止まる。
「充電完了!! 見てろよお〜〜〜」
ラルモは右腕を前に突き出し、左手を添えるようにして一度右手首に触れ、何かを摘む動作をするとそれをゆっくり、後ろに引き始める。するとさっきまでなかった黄色く輝く弓矢が突如出現し、同じく放電現象を纏いながら弓矢が精製されていく。
何故ラルモがアルティから力を借りて弓矢を形成しているのか?
それは生体エネルギーには個人にも寄るが、量と“性質”が関わっており、眼の使い手はそれぞれその“性質”を明確にして扱うことが可能になっている。
ユキナの性質は『滅浄』。ガシュナは『破壊』。ラルモは『変化』。アルティは『現象』。
といった具合にそれぞれ特性が決まっており、今回ラルモも場合の『変化』は他人からもらったエネルギーの変換、つまり自身で作り上げることもできるがこうしてアルティからもらうように力を最大限活用すれば普段より強い攻撃が可能になる。
攻撃力も、“攻撃範囲”も
「秘技、“ラルティ☆アロー”発射!!!!」
「…………やめてよ……その名前」
アルティが静かなる反抗をし、空中にいるガシュナも呆れたような表情で思わず槍をラルモに投げそうになるがそこは冷静という貫禄で何とか抑える。
ラルモはそんなアルティの抵抗とガシュナの未遂を気にせずに恥ずかしい技名と共に矢を放つ。矢は最初は一本、五センチ進むと三本、十センチ進むと八本。そう突き進むほど矢はどんどん数を増やしていき、怪物達に届くまでには――――――約200本の矢の嵐が扇状に広がって攻めていた。
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
怪物達は声にならない驚愕の声を上げ、逃げだそうとするが全てが手遅れで矢は手当たり次第に怪物達を射抜き始め、次々に塵へと変えていく。
悲鳴、断末魔。怪物はそれぞれ声を上げながらその場に崩れ伏し、黒い塊へ変わっていき、そしてガシュナが
「フィニッシュだ」
持っていた槍を投げる体勢に入るとそのまま侵入口付近に向かって投げ、風切り音と共にビュンと真っ直ぐ落下し、地面に深々と刺さる。
そして点滅したかと思うと――― 一瞬静かになり、爆発した。
範囲は群れをすっかり覆うほどの広さで爆発で生まれた突風は塵と瓦礫を吹き飛ばし、爆音を町中へと響かせる。
「さて、ラルモ、アルティ。ユキナとあのヘンテコ翠野郎のところへ行くぞ」
ガシュナは空中から土煙に紛れた二人に向かっていう。
すると白煙の中から二人は上へ向かって跳躍し、ガシュナと同じ高さに体を留め、こくんと頷いた。それを確認すると三人はユキナと護熾の気が発している地点へと足を急がせ始める。
兵士達はそんな三人をポカンと煙の中から仰ぎ、そして煙が晴れていくとそちらに顔を向け、怪物が一匹も残らずにいなくなっていることが分かり、それぞれ持っている銃や通信機を落とし、はたまた尻餅をつく者もいて、そのうち一人が口をパクパクさせながら
「すげえ………」
まるでさっきまで嵐の中にいたような言葉を述べた。
ユキナの矢継ぎ早の斬撃がガナに襲いかかる。ガナは先程の護熾とは動きが違うユキナに翻弄されていた。ユキナは地を滑るように移動し、一瞬で背後を取ると袈裟斬りを食らわせる。
だがガナを護っている銀色の甲殻が刀を難なく弾き、ユキナはその強度に驚きながらも続けて首を跳ね飛ばそうと横薙ぎに振り、もう片方の手から飛光を放つが、ガナはそれを裏拳で止めて金属音を響かせ、飛光はそのまま受けて弾いた。
だが、一瞬隙を生んだところで前から護熾が『オオオオオオオオォォォォォ!!!!』と叫びながら突進してきて右手に力を溜めながら渾身の一撃を繰り出そうと迫る。
「ちっ、だが所詮。クズが二つ集まったところで何もできやしませんよ」
護熾が胸に向かって繰り出す刹那、ガナの姿が霞のように消える。
そこに拳が空を掠め、何の手応えも無しに不発に終わった。
「!!!!!!」 「!!!!!!」
二人は姿を消した敵を見つけようと急いで首を回すと突然、護熾の後ろに両手に紅い光球を溜めたガナが姿を現し、それが護熾とユキナにそれぞれ向けられている。
護熾にすら感知できない速さで一度姿を消したガナは二人に向かって死の閃光を放った。
空気は軋み、道の両端にあったビルや家の窓ガラスが割れていき、爆発音で大地が揺れた。
同時刻、その爆発音を近くで聞いたシバはそちらに進む方向を変え、力の限り走る。
この爆発音があるということはまだ交戦中であることはすぐに分かったが、敵は予想以上に強いこともまた、その爆発から推測することができた。
「頼む……! 無事でいてくれよ」
爆発が起こった地点から約三百メートル離れた瓦礫の山が少し動き、ガララッとユキナが中から瓦礫をはね除けながら姿を現した。右手には日本刀が握られており、まだ戦う意思は捨ててはいない。だが敵の強さに疲労しており、苦しそうに息切れをしていた。耳に付いていた端末も壊れ、跡形もなく無くなっている。
「ハァ、ハァ、…………強い」
そして右方向に少し離れたところで瓦礫の山が動き、護熾が弾き飛ばしながら姿を現した。しかしユキナと同様、端末は壊れ、しかも先程まで一人で戦っていた疲労が重ねに重なり荒い息づかいが目立っていた。
「動けるか……ユキナ……?」
「ええ、何とか……」
護熾は次に、霞む目で前方を見るとガナが精密機械のようにスタスタとこちらに向かって歩いてくるのが見え、二人にトドメを刺しに来ているのがよく分かった。
「ユキナ、このまま行けば確実に殺される。も、もう後がねえ、……最大の力で、二人同時に行くしか…手がねえ」
「ええ、ええ、護熾、私も……同じ事を考えていた……とこよ」
「よし、じゃあ……立つぞ」
あの堅い体をどうにかして破壊していくしかガナに勝てる見込みはない。そう決断した二人は互いに支え合いながら立ち上がり、荒い息を整え、ギンッと前を睨み付けた。
もう黙って退くわけにはいかない。
ユキナは一度大きく刀を握りしめ、瞼を閉じるとオレンジ色のオーラが体から噴き出て、それが刀の刀身に巻き付いていく。
と、ここでいきなりその巻き付いているオーラがまるでテレビ画面の砂嵐のようにうねり始めたのでそれに驚き、何が起きたのかと思い護熾の方を見ると護熾も同じく体から最大限の力を拳に込めようと意識を集中させていたが前回より明らかに強くなっていることが肌から感じとれた。
―――何?……もしかして私の刀と護熾の気が“共鳴”している?
―――ユキナの気が、流れ込んでくる?
護熾の無意識による成長。
それはまるで砂に埋もれた砂鉄が強力な磁石によって無理矢理掘り起こされるように護熾の異常な気がユキナの力の増大を促しておりまた、ユキナの気も護熾の力の助長になっていた。これでいけば相手の堅い外皮を貫くことができる、がこのままでは護熾に問題はないが巨大な力にユキナの刀自体が保たず、折れてしまう。一か八かの賭けになるが四の五の言っている暇はない。
ここは己とユキナ(護熾)を信じて切り抜けるしか方法がない。
「護熾!! いける!!?」
「いいぜユキナ!! 行くぞ!!!!!!!!!」
覚悟を決め、一発勝負の勝敗を決めに二人はジェット機のように飛び出す。互いに共鳴をしている御陰で護熾はユキナと同じ速度で、ユキナは護熾の力をありったけ刀に込めて疾走し、前方でこちらに向かって歩いてきているガナを迎え撃とうとする。周りに衝撃が飛び、ビルに残ったガラスが巻き上げられる。
その中で、ユキナは今までにない気持ちを体中に味わっていた。
―――暖かい……どうしてだろ?体が動く、それに、負ける気がしない!!!
「「はぁ―――ぁあああああああああああああああああああああああッッ!!!」」
二人の雄叫びが重なり、さらなる加速が生まれ、疾風が二人を包み込んでいく。
だが、ガナは二人がこちらに近づいていることに気が付き、足を止めると手で円を作ってそこに紅く黒い禍々しい光球を作り始める。
二人は止まらない、護熾は拳を、ユキナは最大パワーの“疾火”を纏わせた刀を携え、相手が攻撃を放つ直前に二人は同時に――――衝突した。
ぶつかった瞬間に閃光が奔り、護熾の拳は頭に、ユキナの刀は深々とガナの胸の中心を貫いていた。そして刀身は保たず、根本からポッキリと折れてしまった。砕けた刃が、宙にキラキラと日を反射させながら舞う。
「―――――この私が………」
全身全霊を込めたパンチを顔面に食らい、ひび割れが奔っている。胸の外殻には紙を突き刺したように柄のない刃が背中まで達していた。
「…………敗けた…………くそォ」
ガナは悔しそうに顔を歪ませながら前のめりに倒れ、地面に沈み込んだ。その後方には今にも倒れそうなほど疲労困憊している二人が倒れたガナを見下ろしており、護熾が近づいて倒れたかどうか確認しに行く。
目を見開いたまま、うつ伏せに倒れている。護熾の確認が終わると直後に、ガナの顔のひび割れが広がっていき顔全体に広がると仮面のように割れ、中から若い男の、人間の顔が露わになった。
護熾は当然驚き、一歩後ろに下がって警戒態勢に入るが、ユキナが首を横に振って
「大丈夫よ、これがこの怪物のベースになった人だから……」
怪物とは元々人を変えて作り上げられた生物兵器。護熾は驚愕の表情で引き下げた足を元に戻し、ゆっくりと腰を落としてその顔を覗き込む。
何も知らず、気持ちよさそうな寝顔が妙に心に残る。
そしてその人間は足から塵になっていき――――静かに消えていった。
シバが西側から到着した。そこには廃墟と化したビルが連なり、道路が抉れ、見るも無惨な光景になっていた。そしてその道路の真ん中に開眼状態を解いた二人が背中をくっつけて座り込んでいるのを発見すると、雑踏の中で会いたい人を見つけたかのような表情で急いで駆け寄り始めた。
ガシュナ達が南の空から二人を発見する。三人はそこへ向かって宙を走っていく。
「なあ、ユキナ。」
「ん?何?」
護熾は顔を俯かせる。
「正直、俺はまだ眼の使い手の仕事がよく分かってねえけど、別にこの任務に誇りを持っているってわけじゃねえけど。なんつーか」
一旦、口を止めるとシバがようやく二人の側に到着した。そこへ気付いていない護熾が言葉を繋げる。
「俺は弱いけど、人は護りたい。それで俺は人を―――山ほど護りてぇんだ。」
「!!」
「それでさらに怪物達を倒して、元になった人間も助けたい。それがオレの〜―――」
ゆっくりと語尾を低くした護熾は横に体を投げ出すように倒れた。ユキナはびっくりし、体を反転させて声を掛けながら揺さぶり、シバもすぐに介抱に向かう。
シバに抱き起こされながら護熾は『あ、シバさん、いるってことは無事送り届けたんですね』と呟き、そして
「ユキナ、それが俺の“覚悟”だ」
まっすぐで迷いのない眼差しを向け、自分の気持ちをはっきりと伝えた。ユキナは少し微笑みながらこくんと頷き、この少年の強い意志をしっかりと受け止めた。
「いたいたいたいた!!!!!!護熾!!ユキナ!!!大丈夫か!!?」
テンションの上限を知らない声が三人に向かって降り注がれる。上を向くとガシュナ、ラルモ、アルティがそれぞれ順番に降りてきて、ラルモは護熾を、アルティはユキナに声を掛けながら無事を確認する。
「こいつ……勝ちやがったのか?」
ガシュナがシバの腕に倒れているボロ雑巾の少年を見ながら言う。護熾は『へっ、どんなもんだい』と得意そうに言った後、スーッと息を大きく吸い込むと
「ガシュナ!! ラルモ!! アルティ!! そしてここにはいないけどミルナ!!!」
「「「「「!!!!!」」」」」
「俺も、母ちゃんがいねえ!!!!!」
護熾の突然の告白に三人は驚く。
予想もしていなかった事に三人は戸惑いを隠せない表情になるが、護熾は叫びながら続ける。
「お前らが孤児だってことはラルモから聞いた!!でも、俺がこうやって言っても別に同類とか仲間だとか思わなくていい!!でも俺は、…………」
ガシュナ、ラルモ、アルティ、シバ、そしてユキナが見つめる中、
「強くなりたい、同類を作りたくない、それをここに誓う」
護熾の母親は八年前に行方不明のまま。理由もなく突然消えたということはつまり怪物にさらわれた可能性が高い。これは護熾自身、ユキナと共に過ごす日々の中でたどり着いた答え。
護熾はガナのように変えられた人間、さらわれて自分のように酷い目に遭った人間。そんなのは見たくもない。そして、さっきの戦いで巻き込まれた人達に弔いを向けるかのように目をつむり、そして――――寝てしまった。
「あ、護熾の野郎疲れて寝ちまったな!」
「フン、死に損ないが」
ガシュナとラルモがそれぞれ愚痴をこぼし、シバはユキナに介抱を頼んで変わってもらうとユキナもボロボロのため、思わずバランスを崩しそうになるがアルティのフォローで何とか体勢を戻した。ユキナは笑顔で礼を言う。
「ありがと、アルティ」
護熾を受け渡したシバは耳に付いている端末に手を添え、明後日の方向を向きながら
「トーマ、聞こえるか?護熾は俺たちの味方だって、長老に伝えてくれないか?」
スヤスヤと気持ちよさそうに寝ている少年を側に、仲間だと認めた。