33日目 現地到着
「で、貴様は何しにここに来たんだ?」
「何ってシバさんのサポートだよ」
「それはよかった。俺たちの足手まといにならずに済んだか」
「おい、どういう意味だ? 少し向こうに行って殺り合うか?」
「断る。貴様のような素人の相手はする気はさらさらないんでね。」
「な ん だ と? 素人かどうかは向こうで決めてやるから表へ出やがれ!!」
今、眼の使い手一行はホビィーと呼ばれる軍専用の浮遊車両の待機室で屯していた。この車両の特徴は座席が無いところである。何故ならどんな気流でも安定するように設計、配慮されており、軍用なので後部から外へ出るときに邪魔だからでもあった。窓は四角い長方形の枠に分厚い透明度の高いガラスが使用されており、今は済んだ青空が見えている。
ホビィーの数は全部で五機。それぞれ乗組員は最大で三十人ほど収納できる広さである。
護熾は再び巡り会ったガシュナに上空1200メートル辺りでどうして貴様がいるのか?の質問に答えたところ、早速その場がピリピリと静電気が放電しているような険悪な、むしろ今にも弾けそうなムードに入っていた。
それを壁に背中を付けて座っているユキナ達とワイトの兵士達も気が気でなかった。
――頼むからここで開眼なんかして行く前に墜落させないでよね。
全員一致でそう思い、まだ睨み合いをしていたのでしょうがなくシバが二人を宥めに行くハメになった。
――少し前
一行がホビィーに乗る際に見送りに来たミルナとトーマの内、トーマは護熾とユキナの二人にある物を手渡した。一つはライターのような小さな機械、もう一つは片耳分しかないイヤホンのような形状でそこに小指ほどの小さい機械が取り付けられた端末。
「この耳に取り付ける方のやつは記録装置とスピーカーが取り付けられていて直接俺が周りの状況などの様子を伝えることが出来る。そしてこの【瞬間移動装置】と呼ばれるケースみたいな奴はその名の通り上部にあるボタンを押すことで中央内に一瞬で移動が可能だ」
この瞬間移動装置、実際に使うと護熾が此処に来たときに使った“繋世門”と同じ効果を使った対象、または対象に体が触れている物に効果を発揮させ、文字通り瞬間的に距離など関係なくワイトの中央に移動することが出来るもので眼の使い手だけが持つことを許されていた。 何故これを持たせるのかと尋ねると
「中央の命令でね、眼の使い手は貴重な戦力だからやばくなったらそれを使えってことだ。まあでもこれは俺が出来るせめてものサポートだ。気をつけて帰ってきてくれよ」
自分は科学者であり、兵ではない。トーマは自分達の代わりに戦場へ向かおうとしている若い戦士達に死んでほしくない、そう言う思いで今此処に立っているのだろう。苦笑いがそう伝えていた。
そしてもう一人、戦場に立つことが出来ない人が一人。
「ガシュナ!!」
地面に向かって後部の乗り込み口の壁を倒して掛け橋にしているホビィーに乗り込もうとしているガシュナの足がピタリと止まる。だが、そのまま振り返らず次の言葉を待つと、
「怪我、しないでね」
ミルナは心配そうな声で呼びかけにガシュナはポリポリと頭を指で掻いた後、返事もせず、振り返ることもせずにさっさと中へ踏み入れて行ってしまった。
ガシュナがこのような行動をとった理由は単に心配を掛けさせたく無いだけのことで、絶対に俺は怪我をしない、という自信の現れであり、それを知っているミルナは少し微笑んでから先ほど二つの機械を渡され、さっそく耳に取り付け作業をしている二人に顔を向けてると
「ユキナ、そして護熾さん、二人とも怪我をしないで無事に帰ってきて下さいね」
「それ言われるとますます不安になるな〜〜」
苦笑いで答えた護熾はポッケに先ほどのワープが出来る装置を仕舞い込み、もう一度ミルナを見る。ミルナは初めて戦場へ行く護熾に対して『護熾さん、みんなが付いていますから安心して行って下さいね』と優しい言葉を掛けてからユキナの方に向くと一歩前に出て無言でユキナを抱きしめた。ユキナは特に動じず背中に手を回して抱き返す。
「ユキナも、ね?」
「大丈夫だってミルナ! 五年間で鍛えられた私の戦闘力を見くびるんじゃないわよ!?」
「う、うんそうだね! だけど……」
急に口調を下げたミルナは両肩を掴んで体を離すと面と向かいながら
「私がこんなことを言うのも何だけど誰かが危なくなったらその時はその人を護ってね?私はみんなが怪我だらけで帰ってくるのを見たくないから………」
「ていっ!!!」
「ひゃあ!?」
心配ばかりするミルナにしびれを切らしたユキナは掛け声と共に一喝と言う名のチョップをミルナの額に軽くたたみ込む。そしてびっくりして慌てて額を手で押さえているミルナにビシッと人差し指を突き出して差すと
「怪我をしたならあんたの出番よ! そん時はお願いね?」
「ユキナ…………うん! 一発で治してあげるから!!」
「そう、それでよし!! 護熾、みんな先に行ってるから入りましょ?」
「ああ」
そして二人は右耳に端末を付けた姿で機内に乗り込み、そして掛け橋を登り切ったところで振り返り、出発の邪魔にならないように離れた所から見送ってくれているトーマとミルナに手を振った。それから掛け橋は静かにスムーズに上がっていき、やがて完全に閉じると機体は向きを180度回転させ、滑走路に機首を向けるとエンジンを掛け、そこから生まれる風で地面の砂を巻き上げ、そしてそれを見に受けながら加速していき―――飛んでいった。
現時点でのカルスの戦況はワイトと同じように城壁のすぐ近くが軍の駐留場となっていたため一般市民の住んでいるエリアには今のところ侵入は許してはいない。しかし数があまりにも多いのでそれに恐怖心を抱いた兵士達は肉体的にも精神的にも限界が来ており、押され始めているとのこと。
そこで二十キロ離れているカルスへ向かう間にシバからそれぞれ役割分担が決められていた。
ガシュナは一人でも怪物数十体を赤子の手を捻るかのように簡単にいなす相当な戦闘力を持っているので第一先陣、つまり怪物が一番集中している侵入口付近へ兵の増援、及び撃破担当し、出来るだけ周りに損害を与えない戦い方を指示された。
ラルモ、アルティはその後援、ユキナは来たばかりなのでもしもの為に同じく後援で待機。
そしてシバ、及び仁和眼の使い手ド新人の護熾は一般市民の非難の誘導、護衛の担当となった。
ラルモは『あ〜あ、今日休みだったのにな〜』とのんびりとした緊張感のない声でのびのびと床に寝っ転がり、ユキナは護熾が危険な仕事に就かなかったことにホッと息を吐いて胸を撫で下ろした。
先に言っておくが、シバ以外の眼の使い手はみんな私服で来ており、これは軍服を着たくないということもあるが何より服装で自分の能力が妨げられないという自身の表れである。だがその現れが逆に同行している兵士達を不安にさせるのである。
「ねえ〜〜護熾〜〜〜暇なんだけど〜?………………」
「ん、何だよラルモ。俺をじっと見たって何にも何ねえぞ?」
内心自分が危険な役回りでなかったことに少し安心していた護熾はこちらをじっと見ているラルモに面白いことは何もないぞと言うが、それでも観察するように顔をじっと見てきたので だから何なんだよ、と鬱陶しそうに訊くと
「いや、護熾って面白い顔してるな〜って思ってよ」
護熾には言われたくない禁句というものが存在する。禁句その一『変な顔』 禁句その二『面白い顔』。そして今、禁句のその二が耳に届き、脳内のアドレナリンが上昇すると……
ブチン!
「誰が面白い顔じゃこの野郎!! 好きでこんな顔してるんじゃねえんだよ!!」
「おお、それは悪いな〜」
まったく反省の色を見せず、逆にますます親近感を感じたラルモは異世人おもしれえ〜〜と自分にズバッと指を差して怒っている護熾を見ながらそう思い、
「わーい! 護熾の変な顔〜〜〜〜!!!」
ユキナから禁句その一の解号が楽しそうに言い渡され、憤りの矛先がそちらに向くとコノヤロウ!と機内での鬼ごっこが開始され、ドタバタと走り回り始め、途中でラルモも加わったのでその様子を見ている兵士達は『大丈夫かな?』と不安の声を呟き、アルティは元気そうに走り回るユキナをちらっと見ながら本を読みふけり、ガシュナは壁にもたれ掛かりながら目をつむり、片眉をピクピクさせながら苛立ちの言葉を一言呟いた。
「オレ達はピクニックに来てるのか?」
出発から10分、目的地だと思われる城壁に囲まれた町が窓から見えた。そして城壁の外側の方では蟻みたいな黒い点々が集まっており、近づけば近づくほどその姿が鮮明になり、怪物の集団であることが分かった。
「多いな……」
その様子を窓の縁に腕を当て、そこに額を当てて見ていた護熾はそのあまりの多さに正直に言葉を吐き、それから肩越しに後ろを振り返ると兵士達は出撃準備のために銃がちゃんと機能するかの点検をしており、一方眼の使い手一行は準備運動をしたり瞑想などをして落ち着いた雰囲気を取り巻いていた。
「よーし、じゃあ準備はいいか? みんな!?」
「「「「「ハイ!」」」」」
全員の返事が返ってくるとシバは次にホビィーの操縦者に手を振って合図を送ると操縦者はハンドルの横に配置されている操作盤のスイッチを複数順に押すと重い音を立てて後部の壁が前に倒れて風と共に上空の澄んだ空気が勢いよく入ってきた。
全員の髪が風で乱れる中、ガシュナは表情一つ変えずに蒼い世界が広がる風景に向かって歩き出す。目的地はすぐ目の前。そしてガシュナは何の唐突もなく―――飛び降りた。
「え、……おい!! パラシュートも付けずに何で飛び降りて―――」
「あ、護熾、私達眼の使い手は結界が無くても宙は歩けるのよ?」
突然の行動に驚かされた護熾にユキナが説明を加える。
眼の使い手とは体内のエネルギーを支配するだけではなく、開眼状態でなくとも空中に飛び交う無数の“気”さえも従えることが出来、望めば足元に固めて踏み台にすることが出来る。なのでガシュナの行為は飛び降り自殺なのではなく、一足早く戦線に立ったということなのである。
尚、これが使えるのは“気”を操ることができる眼の使い手だけであり、基本中の基本である。そしてこれができない眼の使い手といえば、
「…………………………」
「あ、ゴメン……護熾…」
「いいよ……慣れたから」
また一つ、突き放された感じになった護熾であった。
「じゃ、行ってくるね護熾! 怪我しないでね!!」
その後、カルス上空に到達したホビィーからは続いて後援のためにラルモ、アルティ、ユキナが順に“気”の道を使ってパラシュート無しでガシュナに続いて同じく戦線に飛び立っていく。そして他の四機からもパラシュートを身につけた兵士がカルスに向かって降り立っていき、空中で開くその姿は窓から見下ろせばまるで空に咲く花のようであった。
残された護熾はシバと共に一般人の護衛をするべく戦闘は仲間に任せ、自分達は人命を護りに行く。
危険性はゼロとは言えないが、戦場に立つよりはぐっと安全である。だが護熾は少しだけ震えていた。無理もない、戦争を知らない世代に生まれた少年にとってはここは縁無き状況であるためどこか現実離れした感覚が体中に降り注いでいた。今、ホビィーはカルスにある広場に降り立とうとしているのだが下りるごとに銃声が響いているのが鮮明に耳に届き始める。
――来ちまったのか……俺にできるのか?
「護熾、大丈夫かい? 落ち着いて」
一人残された護熾に気遣いでシバが声を掛ける。それに反応して顔を向けるとシバはこちらに近づいてきた後ポンと手袋をはめた手で頭に手を置いてきた。
キョトンとした表情で護熾はシバを少し見上げると
「ここに来た以上、どんな素人でも兵士だ。大丈夫、俺が付いているしそれに――」
『そう、俺も付いているよ』
不意に右耳に付けていた端末からトーマの声が聞こえたので護熾は首筋にキンキンに冷えたジュース缶を当てられたみたいにビクッと飛び跳ね、そのあとキョロキョロとしてから耳の端末に気が付いてそっと手を添えて聞き取れるようにすると
『よ! 護熾。トーマだ』
「博士、驚かさないでくれ」
『はっは、さて、俺がこの端末から周りの状況などを報告するから安心して任務にあたってくれ。俺は今研究室から君たちの位置を把握しているし怪物の位置もよく分かる。今の戦況は――』
敵戦力は約四百、こちらの損害は負傷者が700。死者が五十人になっておりさっきより戦局は悪化していた。そして逃げ遅れた住民は住宅エリアに入り込んだおよそ数体の怪物によって非難シェルターへの道が絶たれているため今回、その住民達を無事シェルターに送ることが護熾とシバの任務になっていた。
そういうことだ、気をつけて行けよ!、トーマはそう言って通信が切れると同時に機体がカルスの町に降り立ったらしく、震動が機内に響き渡って治まった。
そしてユキナ達が出て行った後部の壁が倒れて道が出来る。
「よしみんな!! 護熾!! 気を引き締めて行くぞ!!」
「「「「ハイ!!」」」」
元気な返事と共に護熾はシバの後に続いて外へ出るとごく普通の町並みが両脇に広がっており、自分達は道路の交差点のど真ん中に降り立っていることが分かった。
そして護熾達の姿を見て、30メートル先にいた一般住民だと思われる老若男女の人達が全部で20人ほどがおーいと手を振りながら走ってきた。中には子連れもいる。
その人達が今回護衛に当たる人達だと分かり、急いでこちらも動こうとした時だった。
近くの住宅の影に身を潜めていた黒い猿みたいな怪物が両グループの間に割り込むように現れ、足を止めさせた。
住人達は ひっ、や ああ、など弱気な声を出してその場をたじろぐ。怪物は5体でそれぞれ三体はシバ達の方へ、二体は住民の方へ別れて走り出す。
護熾は住民達が襲われたとすぐに頭で理解し、反射的に開眼状態になると誰よりも先に前に出て攻めてきた怪物の一体を横に殴り飛ばした。怪物はこめかみの部分を殴られて吹っ飛び、無人の住宅に突っこみ、それから姿を見せなくなる。
そして護熾が残りの二体の怪物の横を通り抜けて行くとその怪物達に苦無が数本ずつ風を切って飛び、綺麗に怪物に命中すると刺さった衝撃で極小規模の爆発が起こった。
この苦無は“雷管”と呼ばれる物で中に火薬が仕込んであり、衝撃を与えればこのように爆発で大きなダメージを与えることが出来、並の怪物なら一撃で倒すことが出来る。
それを投げ終えた体勢でいたシバは姿勢を戻し、前を見ると既に護熾が残りの怪物達を片づけており、他の兵士達と住民はあまりにも早く五体を倒してしまった二人に驚きの目を向けていた。
「す、すごい……」
だが、【それ】は来ていた。
【それ】は遠くの住宅街の屋根の上から翠の少年を見つけ、にやっと口元を綻ばせていた。そして翠の少年に向かって大きく跳躍すると地盤にしていた家が粉々に砕け、どれほどの力でジャンプしたかを物語っていた。
そして【それ】に気が付いた護熾はその方向へ目を向けると―――銀色の光沢を放つ怪物が目の前に来ており、挨拶を言ってきた。
「ご機嫌よう、翠の子供さん」