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ユキナDiary-  作者: PM8:00
29/150

29日目  心得

 




 理由はほとんど言いがかりに近かった。

 絶対に覆らない裁定という名の濁流に呑み込まれた我が子。

 そして五年という、短いようで長い月日が経った。そして私の胸に深く突き刺さったあの声は、今は自分の胸に抱くことが出来ている。





 護熾はしっかり見ていた。

 麦わら帽子を被ったユキナそっくりの女性がこちらにじょうろも帽子も投げ捨て、襟を掴んでいる自分の腕をすり抜け、ユキナに抱きついたとこを

 だが、抱きついた瞬間、ユキナの背骨がボキボキボキボキと軋む音がし、ただの抱きつき攻撃でノックダウンしたとこを


「く、く、く、苦しい〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

「あ、あら私ったら」


 青ざめた顔のユキナが精一杯出した声に気がついたユリアは慌てて抱擁を解き、一歩後ろに下がった。その瞬間、ユキナはクラゲのようにグニャグニャと地面に座り込み、ゴホゴホと喉に何かがつっかえたようにドンドンと胸を軽く拳で叩く。


「おい、大丈夫か?」


 護熾は差し出した手にユキナはそれに応じて手を取り、支えてもらいながら立ち上がった。

 ユリアは少し慌てた様子で自分のアナコンダ級の抱擁を受けた我が子を心配したが、どうやら少し呼吸困難になったようで外傷はなく、安堵の気持ちと反省の気持ちの両方を心に思っていた。

 セキが収まったユキナは一回両膝に手を置き、ふぅと溜息をついた後、姿勢を真っ直ぐに戻し、ユリアに向き合うとハキハキした声で


「お母さん、ただいま!!」


 五年ぶりの勇士を見せつけた。

 ユリアはそんな我が子の元気な姿を見て、思わず泣きそうになるが、そこは堪え、必死ににこやかな表情を浮かべると優しい、胸に残るような声で


「――――――お帰りなさい、ユキナ」

 

 その言葉でユキナは全ての緊張が解けたのか、自分は今母親と話している、自分は“お帰り”って言われた。その言葉をどれほど愛しく、望んだことか。

 親の温もりを忘れた体はその冷めた体に温度を求め、駆け寄らせ、飛びつくように抱きつかせた。ユリアはそれをしっかり受け止め、後ろ頭に手を回し、自分の胸板に押し当てるとユキナはゆっくり泣き出した。


「えぐっ…………えぐっ………会いたかった……ずっと会いたかった……お母さん!! お母さん!!」

「よく帰ってきましたねユキナ、本当によく帰ってきましたねユキナ!」


 沈む夕陽の中、オレンジに照らされた家の前で五年ぶりに互いにあった親と子。

 護熾は側でただただじっと見ていた。

 二人の気が済むまで抱きつかせておけばいい、

 そう思い、えんえんと泣き続ける二人をそっと見守る。







「ユキナ、そちらの方は?」

「護熾、向こうの世界で会ったんだけど………続きは中でするね」

「そうですね。では護熾さん、中へどうぞ」

「え、あ、はい。じゃあ遠慮無く」


 少しきょどりながら護熾は家の中に入ろうとしている二つの自分より小さな背中を見ながらついていく。何しろ、ユキナの母ユリアは瓜二つ。

 少し身長が上なだけで容姿、髪型等はまったくと言って良いほど変わらない。


 ――子は親に似るって言うけどこれは似すぎだろ?





「―――まあ! それでは護熾さんは異世界から来た人でその上開眼が使えるの!?」


 3人は今、居間にある四角形のテーブルに座っており、ユリアに向かい合うように護熾とユキナはイスに座っていた。テーブルの上には庭で取れたというハーブから作ったお茶の入ったマグカップが三つ、湯気を立てて置かれており、そのうち一つを取った護熾はお茶の香りをかいだあと、ずずずと啜るように飲んでいた。

 

 ユリアはユキナから五年間の任務の話、護熾と出会った時の話、学校生活、友達、護熾の開眼修得について(ユキナが瀕死になったことは心配させないために話さなかった)を聞き、娘が相当な苦労をしたという心痛む気持ちとこの少年がユキナの世話をしてくれていたという感謝の気持ちが膨らんでいた。


「で、護熾は泊まるトコがないから家に泊めても良いよね?」

「もちろんですとも! 護熾さん、二階にユキナの部屋と…………空いた部屋が一つありますからそこを使って下さい。お疲れになったでしょ?」

「え、ああハイ。ではお言葉に甘えて」


 飲み干したマグカップをテーブルに置き、護熾は足元に置いてあったリュックを手に取るとユキナも立ち上がり、『こっちよ護熾』と声を掛けながら二階へ通じる階段へと先導する。

 二人が居間からいなくなるとユリアはそっと両手でマグカップを取り、娘が帰ってきたという事実を改めて確認するかのように、一度かるく溜息をついてから、お茶を飲んだ。

 そしてカレンダーと思われる物が掛けられている壁の方に微笑みを浮かべて


「あなた、ユキナが元気な姿で帰ってきましたよ」


 そこには一枚の写真が貼られており、ユリアと、黒髪で明るい笑顔を顔に出して肩を抱き寄せピースしている若い男が写っていた。




「ここが、ユキナの部屋か」


 部屋の中にはベットと机、クローゼットが置かれており、長年使われていないのに関わらず綺麗に掃除されていた。おそらくユリアが何時娘が帰ってきても良いように、そしていないという寂しさを紛らわせるために定期的に掃除していたのだろう。

 部屋を見るだけでその思いが伝わってくるような気がした。

 

「わあ〜〜〜〜〜〜〜〜!! 懐かしい〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」


 五年ぶりの自部屋は変わっていないらしく、戻れたという喜びに浸ったユキナは挨拶代わりにまず、ふかふかのベットに派手なダイビングをする。

 宙を一秒ほど飛んだあと、一度ユキナの体を純白の布団が包み込むようにし、そのあと何度か小さく跳ねさせた後収まり、お帰りというように迎い入れてくれた。

 

 一方護熾は初めてユキナが自分の部屋に来た時みたいに部屋の中をぐるっと見渡していると机の上に写真立てを見つけたので近づき、手に取って顔を覗き込ませた。

 

 そこにはユリアに抱きかかえられている幼いユキナ、そしてその頭に手を乗せ、楽しそうに笑っている黒い髪をした若い男。これがすぐにユキナのお父さん、町の人達からは英雄と褒め称えられ、眼の使い手にとっては伝説の“第二解放”を成し遂げた武人、【アスタ】

 だが目に映っているのはそんな賛美を気にしていないような眩しいくらいの笑顔。


「そうか、死んじまってんだよな」


 会ってみたい、だがその願いはすでに故人であるためかなえられることはない。


「護熾、それは13年前の写真よ。お父さん、今はいないけどね」


 布団に寝転がりながら、偲ぶようにユキナは言った。

 護熾は心の中で合掌し、黙祷を捧げた後、丁寧に机の上に戻した。そしてそのあと、この部屋で撮ったと思われるユリアとユキナのツーショットの写真もあることに気がつき、それを手に取ると、むむむと眉間にさらに皺を寄せ、吟味するように見つめた後、


「ユキナ、ちょっと立ってくれ」

「ん? 何?」


 布団から立ち上がり、護熾の元に来たユキナはそのあと机を背に立つように指示されたので言うとおりに動き、『もうちょい右!』、『あ〜と!少し左』と細かい指示も入れられながらやっとのことで護熾からOKがで、『で、何なのよ?』と立ち疲れ、少し元気のない声で訊くと、護熾は写真と今のユキナをよく見比べた後、


「お前、五年間、身長一ミリも伸びてねえだろ?」




 ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!




「あら? 何の音かしら?」


 カップをかたづけていたユリアは一瞬、家が揺れたことと気持ちの良い音が響いたのでそれに驚き二階の方に目をやるが、そのあと特に何も起こらなかったので気にせずにカップを水で濯ぎ、夕飯はちょっと豪華にしようと考えながら支度に取りかかり始める。


「もう!!! 何であなたって人のそういう気にしているところをピンポイントで狙ってくるわけ!?」

「お、お、お前だって………………ガクッ」


 護熾は一般人に言わせれば目にもとまらない速さの跳び蹴りをくらい、頭から煙のようなものを出してうつ伏せに倒れており、ユキナはその頭を踏んづけながらプンプンと怒っていた。








「さあ、今日は腕によりを掛けて作りました。男の子が一人いると作り甲斐があって嬉しいわ」


 テーブルに並べられたのは刺身やらサラダやら煮物やらお肉料理やら料理がずらりと並ぶ。

 二人はそれぞれフォークを手に取ると嬉しそうに『いっただきます!』と手を合わせてから少々お行儀が悪いが、美味しそうに各料理を口に運び始めた。

 

「美味しい〜〜〜〜護熾の料理と同じくらいだけど、お母さんの手料理の方がやっぱり上ね!」

「うまっ! え!? お母さん上手ですね、あとで教えてもらおうかな」

「あらあら、でもこうやって大勢で食べるのは、楽しいわ」


 このあと、夕食を猛烈な勢いで食べる二人は残った肉料理をかけてフォークとフォークの小競り合いを披露したが、剣術(?)で勝るユキナは見事護熾のフォークを弾き飛ばすと拾っている隙に口に運び、勝者はユキナで、敗者は何だか惨めな思いになった護熾で幕を閉じた。






 護熾は風呂に入ったあと、よくタオルで体を拭き、リュックを部屋の隅に置いた後、ベットに仰向けで寝ていた。

 染み一つ無い天井が見える。やがて、その視界を黒い闇が覆い、別の世界へと誘い始める。



 〜そう、我々に運命など無い、無知と恐怖にのまれ、足を踏み外した者たちだけが運命と呼ばれる濁流の中へとその身を捧げるのだ〜


「んだてめぇ、人の顔を覗き込みながら何かカッコよさげな言葉を並べちゃってよぉ?」

「いいじゃねえか、もう一度お前がここに来るときまでに考えた名言だぜ!?」


 いつの間にかベットではなく、地面が透け、銀河状の光が漏れ出ている常闇の世界に来ていた。仰向けに寝ている護熾の顔を逆さまに覗き込んでいるのはサングラスを掛けた、今時の若者風の【内なる理】と呼ばれる世界に住んでいる【第二】と呼ばれる存在。

 第二は楽しそうに詩のような言葉を発表したあと、けらけらと楽しそうに笑い、護熾はうざったそうに立ち上がり、後ろ頭を掻きながら第二と対峙した。


「で? 今日は俺にボコボコにされに来たのか?サングラス兄ちゃんよ?」

「ええ〜〜〜俺の呼び名ってそれ〜〜? まあ、いいけどよ。でもお前みたいなひよっこにが俺の相手をするのは五百二十年早い!だからちょっと闘いの心得を教えておこう、と思ってさ」

「闘いの心得?」


 妙に細かい数字を言ったあと、妙にまともなことを口から述べた第二に護熾は怪訝そうな顔で片眉を上げ、胸の前で腕を組む。

 第二は聞く準備が出来たと目で判断すると【闘いの心得】を教え始めた。


 ――臆するな、引き下がるな、恐怖を捨てろ、前へ突っきろ、信じれば必ず答えてくれる。その身に刻め、高鳴る鼓動、自らが思う願いを、決して臆するな、勝者はただ一人だけだ――


「おい、何のアドバイスにもなってないぞ?」

「生意気な弟子だな〜〜〜〜〜〜師のありがた〜〜〜〜〜〜〜いお言葉だぞ?」

「誰が何時てめぇを師匠と認めたんだよ!? “支障”の間違いじゃね!?」

「はいはい、よく耳かっぽじって覚えてろよ?じゃあね〜〜〜〜〜」


 第二は言いたいことだけ言ったあと、右腕を持ち上げ、パチンと乾いた音を空間内に響かせると護熾の足元にお約束の底なしの穴が突然出来、そこに重力に引きずり込まれ、ものの一秒も立たずにそこから姿を消し、護熾は捨てぜりふを吐く暇もなく元の世界に戻されながら心の中で


 ――あんにゃろう!! 何が心得だ!? ただの自作の詩を言いたかっただけじゃねか!!



 いつかあのサングラスを自らの手でたたき割る、そう心に固く誓うのであった。






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