28日目 五年の月日を経て
解極会―――いわゆるこちらの世界で言う裁判のようなもので普段は中央内、及び軍の官位クラスの人間が罪を犯した時、起こされる裁定である。なお、連行された人は一切反論することはできず、証人がすべて説明を行い、そして今回の場合は異世界から来た人間、海洞護熾の処置のための異例中の異例の裁定でもある。
空気が重い。
何かの罪を犯した人がここに立つときはこんな気分なのか……護熾はそう、自分を差別しているような眼差しを投げかけている十人の決定者を見据え思う。
ユキナはというとシバの背中に隠れ、顔を少し覗かせているだけでその表情は怯えきっており、それがさらにその姿を見たことない護熾の不安を駆り立てていた。
「博士、その少年の調査報告をせよ」
裁判官の一人が要求してきたのでトーマは白衣のポケットから小さな四角い黒光りする機械を取り出し、自分達が今いる場所の少し前にある証言台らしきものに近づき、そこにあった四角い型に填め込むと裁判官達の机に薄青色の立体映像が浮かび、字面が表示される。
トーマはそれを見てから凛とした面持ちで一行を見回し、言った。
「今回、ユキナがつれへひたこのひょうへんは!」
「トーマ、口の飴の棒取ってから言え」
緊張した空気の中、見事クラッシュさせたトーマにシバが呆れた口調で口にくわえている棒、よくぺろぺろキャンデーについている白い棒を口から外せと言い、裁判官の一人が
「何たる無礼な振る舞い! 慎み給え博士!!」
叱咤を飛ばし、明らかに反省していないトーマはヘラヘラしながら棒を手に取り、ポッケにしまい込んだ。
その後 ちっ、とわざとらしく舌打ちしたのでその裁判官は大層怒り、机にガンガン拳をぶつけて色めき立ったので、老人に『これ、静かにせんかい』と叱られ、収まりきれない苛立ちに耐えながらも深呼吸し、冷静に黙った。
「では、改めて、皆さんが下した【特例長期任務】で現世で遂行、帰還した眼の使い手称号『烈眼』ユキナ女士の報告に寄れば、現地にて今こちらにいます名を護熾という少年を発見致し、そのあと護熾の怪物が“視える”という特殊な能力に気がつき任務を遂行しながらの共同生活に踏み切り、監視、及び護衛も遂行致しました。」
トーマの報告を経て、裁判官達はざわつき始めた。
そのざわつきの中、護熾はトーマが口にくわえていた白い棒が飴の棒だと分かったのと、何よりユキナがこの場所で、五年間に及ぶ長期任務を言い渡されたことを知り、シバの背中に隠れているユキナにちらと目を向ける。
今から五年前、彼女も幼かったであろう、なのに家族と引き離され、地獄のような日々の中、必死に生き抜いてきた。
その始まりがここで行われた。
――そうか、だからこんなにビクビクしてんのか……
何故そんなことになったかは知らないが護熾は少なくとも本人にとってあまりにも不本意なことであると分かる。だがその任務のおかげで会えたというのもまた事実。
皮肉だな、そう思った。
互いに喋り合っている声が部屋の中で響く中、裁判官の一人が手を挙げ、トーマに質問の要請をし、それが認められると次のことを質問した。
「さっきの報告を聞きますとユキナ女士がその少年を発見したのは怪物に襲われているところを、ってことでいいんですよね?」
「ええ、彼女の報告に寄れば」
「では護衛というのはどういうことですか? その少年が集中的に怪物に狙われている、と解釈もできますが」
この裁判官、頭がキレるらしく報告を一回聞いただけでなかなか鋭いことを訊いてきた。トーマは『それはこれはまだ続きがありますんでそのお答えを交えながら報告します』と言い、老人の方に顔を向けると老人はざわめついている他の裁判官に声を掛け、静かにさせると喋るタイミングを見計らい、トーマは報告の続きを話し始める。
「彼は、護熾は一度怪物に浚われ掛け、そのあと二度も怪物に襲撃されました。その理由は彼自身が持ち合わせている強大な“気”によるものです。彼をさらって怪物に転生させれば恐ろしく強力な怪物が生まれていたでしょう。それを防ぐためにユキナ女士は自己の判断で護衛にあたったのです。」
護熾はトーマの話を聞き、胃が締め付けられるようなゾッとする感覚に浸った。確かに自分は怪物に何度も襲われ、時に命を持ち去られそうになった。
もし自分がさらわれて強大な力を持つ怪物に変わり、自分の家族、友人、ユキナ達眼の使い手の敵になりえていた――――何とも考えたくない結末。
「そして共同生活を開始して4日目の夜。ユキナ女士はその日計17体という現地では異常な数の怪物を倒したところを言いつけを破って同行しようとした護熾の身代わりに『知識持』の攻撃を受け、戦闘不可まで追い込まれました。そして護熾だけでも逃がそうとしたところ、単身で挑みに行き、そして皆さんの耳に入っているとおり――――本来あり得ない開眼を戦闘中会得。そして見事に撃破、とのことです。そして開眼を会得したのでユキナ女士は任務終了と同時に此処につれてきたのです。以上で報告は終わります。」
この報告が本当ならば自分達が見据えている少年は異世界の開眼会得者となり、しかも初で『知識持』を撃破するほどの戦闘能力を持った人物ということになる。
裁判官達は再びざわめつき始め、ユキナが何故この世界に連れてきたのかを理解し、そして手枷は意味があるのか? 凶悪な表情をしているが問題はないだろうなどを互いに口々に話し、そして老人の方に一斉に顔を向けた。
「ふむ、報告をありがとう博士殿。皆の者、ワシは異世界の少年、護熾殿は報告を聞いている限りではユキナ女士の命を救ったと見受け、さらに怪物の討伐に貢献、なので危険性はあまりないと踏む。ワシはそう判断するが其方らはどうじゃ?異論を唱える者は宣告せい」
老人が裁判官全員に尋ねると異論の声も反対の声も出ず、押し黙っていたので老人は全員
、護熾を安全な客として迎えることを認め、判決は後に持ち越すと判断した。
「審判は後の会議で決定することに致す!! 受裁者護熾はユキナ女士の同行のみ中央出入りを許可する!! そしてシバ殿、博士殿は引き続き我らの会議に出席を命ずる。では護熾、及びユキナ殿は引き下がって良し! 判決は後日言い渡す。これにて解極会は解散! 引き続き【本議会】へ移る!」
威厳がある声で全員に言い渡すと裁判官達は一斉に席を立ち、老人が始め出てきた扉に体を向けるとそこに向かって歩き始める。やがて、十人全員が扉の向こうに消えていった後、老人はゆっくりと立ち上がり、シバの後ろの隠れているユキナを朗らかな眼差しを向けながら
「ほれ、出てきて良いぞユキナ殿」
優しい声色で呼びかけるとさっきまで震えていたユキナは震えを止め、一回顔を覗かせてから服を掴んでいた手を離し、不思議顔で護熾の隣に並ぶように立つと老人はいきなり頭を下げた。その光景にシバとトーマは目を丸くして驚き、恐る恐る訊く。
「長老―――なぜを頭をお下げに!?」
「どうして――礼なんかを!?」
二人が訊いてから五秒後、頭の位置を戻した長老と呼ばれた老人は申し訳なさそうな表情でユキナを見据え、机に手を置くと
「わしらが下した特例長期任務は五年という長い歳月を強いるあまりにも酷い裁定じゃ。それを受けたユキナ殿にあやまらんでどうする? ワシはずっと後悔してるんじゃ」
「そうですけど…………」
「謝るのに地位はいらん。ユキナ殿、本当にすまなかった…………ワシがどうこうしようとその判断を下したワシを許すことはできんじゃろ? いいや許さないで欲しい、お主のかげがえのない時間を我氏らは奪ってしまったのだから」
この老人、長老というのは分かりやすく言えば、日本で言う総理大臣や天皇、世界で言えば大統領にあたる地位を持つ中央トップに座る人物であり、その長老が一個人、つまりユキナに頭を下げたというのは誰にも見られてはならない行為であり、もし裁判官一人にでも見られたら町を挙げての大混乱に発展しかねない。だからこの老人はユキナに謝るために先に裁判官達を行かせたのはこのためである。
シバとトーマは何か恐ろしいものを見てしまったという後悔の眼差しで長老を見つめ、護熾はとりあえずこのそうめんみたいな髭を生やしている爺がユキナに頭を下げた、という口に出したら極刑になりそうなことを頭に浮かべている中、ユキナは軽く深呼吸をし、一歩前に出て長老を仰ぐと
「いいえ! おじいちゃんは悪くないよ!! 最初は恨んでたけど、帰って来れたし、だから気にしないよ〜〜〜〜」
明るい笑顔で長老に叫ぶようにため口で言ったものなのでシバとトーマは干涸らびる思いで無礼を詫びさせようと猛ダッシュで駆け寄ると
「フォッフォッフォ! 元気じゃの〜さすがあの男の娘じゃ!…………本当にすまない、礼をゆうぞ」
――ああああぁあぁぁああああぁああああああ!!!
シバとトーマがめちゃくちゃ驚いている中、長老は再び頭をゆっくりと下げた。
それを見て、ヘラヘラが消えたトーマともう腹斬って詫びていいですか!?になっているシバの二人が汗だくになっているのに気がついたユキナは頭にハテナを浮かべ、キョトンとしているとロケットダッシュで来たシバが左、トーマが右でユキナの肩を掴むと護熾を冷ややかな目で見させるほどの勢いで
「おま、長老に二度も頭下げさせたんだぞ!? 前代未聞だぞ!?」
「研究者としていうけど裏歴史に長老を二度も謝らせた女として記録されるぞ!?」
「まあまあ二人とも、時間がきとるから行くぞ」
自分がやったことを一切気にしていない長老が二人を呼んだので二人は一瞬、死刑を言い渡されたような気分を感じ、ビクッとしながら急いで長老の元へ向かおうとしたら、ふと何かに気がついたようにシバは護熾に振り返った。
「護熾、その手枷は外の二人の兵士に言えば解いてくれるから」
「え? 俺って結局どういう扱いになるんだ?」
「危険性はないと判断されたからね。一応、【仁和眼の使い手】として認められたから中央内の出入りは自由に出来るよ。まあ但し、ユキナ同行のみだけどね」
そして次にシバはユキナの方に顔を向けるとにっこりと微笑んで
「ユキナ、ほら、ユリアさんのとこへ行ってやりなさい。一番君を待っているハズだからさ」
「――――お母さん!」
驚いた表情から、やがて嬉しさを込めた顔になり、『うん! 行ってくるね!!』というと護熾の手枷で固定されている腕を掴み、嬉しさパワーでグイグイ引っ張り、あっという間に扉をくぐり抜けて行ってしまった。
土埃をその場に残し、自分より大きな護熾を連れて行ったユキナを見送る3人。
「あの」
「ん? どうかなされましたか長老」
「どうしました?長老殿」
長老は軽く首を横に振り、まっすぐ護熾を連れ去ったユキナが通り抜けた扉を見据え、
「護熾殿が、ユキナ殿を救ってくれた―――じゃなきゃあの笑顔はない、そう思えて仕方がないのじゃが」
「………………そうですね。互いに命を救いあった仲ですし…」
「いや、そうではないのじゃ、でもまあ、それは後じゃ。ほれ、行くぞ」
しゃべり終えた長老は踵を返し、裁判官達が入っていった扉に向かい始めたのでシバとトーマは慌ててその後を追いかけ、階段を上り、長老の両脇に着くと共に歩き始めた。
――ユキナ殿、いい男をみつけたようじゃな
長老は両脇にいる二人に見えないように、満足げに微笑んだ。
中央四大東門から北東に500メートル。
中央を取り囲むようにしている町はそれぞれエリアが決まっており、東西南北の四つのエリアに区切られている。だがそれは地図の上からなので実際仕切りもなにもなく、普通の住宅街そのまんまの光景であった。
そして今、夕陽が沈み始めている頃合いに手枷が外れた護熾と少し緊張の面持ちのユキナは道路道である一軒家を見上げていた。
作りは海洞家とほぼ変わらず、異なっている点といえば二階に部屋が二つ、そして庭が広く
、ガーデニングをやっているらしく色とりどりの花、規則正しく並べられた植木鉢、その花々に引き寄せられた蝶。
そして二人が何故この家の前にいるかというと此処がユキナの実家だからである。
しかし一向に入る気配を見せない。
「おい、早くお母さんに会いに行けよ」
「だって、だって……………五年も会っていないんだよ?会ったら頭真っ白になりそうで…」
「気持ちは分かるけど必ず通らなきゃいけない道だぜ?正直になりな」
正直になりな、ユキナはその言葉を聞き、キリッとした顔立ちになると
――そうか! 私の正直な気持ち、それは
“逃げたい!”
「何逃げようとしてんだてめぇは!?」
家に入るのを諦め、別の方向へ歩き出したユキナの襟元を護熾はむんずと掴み、思いを断ち切るなと言いつけるが、
「やだやだやだやだ!!! もう緊張して入る勇気ないもん!! ミルナの家に行く!!」
「そしたら俺はどうするんだよ!? ガシュナの野郎と家中内戦をやれと!?」
『どちら様ですか?』
逃げだそうとしているユキナと逃げだそうとする犬のリードを必死に引っ張っている飼い主のように踏ん張っている護熾の動きを止めさせたのは、今二人が前にしている家の庭からだった。
二人は同時にゆっくりと首をそっちに向け、声のした方向を見ると手には水色のじょうろ、白い肩だしサマードレスとピンクのリボンをつけた麦わら帽子。
それらを身につけてこちらを不思議顔で見ているのは―――ユキナ。
「え………あれ……ユキナが二人!?」
自分が今掴んでいるユキナと麦わら帽子を被っているユキナ。
護熾はこれは夏の陽炎が生んだ幻覚か!?はたまたドッペルゲンガーに出くわしたのか?色々ありすぎて疲れ切っていたのでそういうことにしようと神速で脳の処理を行おうとしたとき、麦わら帽子を被ったユキナは襟を掴まれているユキナに目を移すと、彼女の表情は驚愕の一色に染まり、呟く。
「ユキ……ナ?」
「おかあ……さん?」
互いに無意識に口から呼び名が生まれる。
すると確信したのか、麦わら帽子のユキナ、いやユリアはじょうろを投げ出し、麦わら帽子が頭から離れるのを気にせずに走り、玄関前の門を開け、そしてユキナに近づくと
そっと、包み込むように抱きしめた。
「ユキナ! ユキナ! ユキナ!!!」
どれだけ待ったのだろうか、どれだけ心配したのだろうか、どれだけこの再会を待ちわびたのだろうか、ユリアはただただ自分の胸に我が子を押し当てる。
そして子供のように泣き、ぎゅっとさらに強く抱きしめ、そして体を少し離すと
「ユキナ、よく顔を見せて」
そう声を掛け、我が子を見ると――――魂が口から抜けでているような青ざめた顔になっていた。
「あら?」