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ユキナDiary-  作者: PM8:00
27/150

27日目 少女の決意

 




 護熾とユキナに会えなくなって寂しい人達のある日和。


『ごめんね、今護熾、お留守で一週間くらい帰ってこないと思うんだ』

『なにゅぅ!!?』


 夏休み、八月辺りに海へ誘おうと電話を掛けてきた沢木は武の衝撃の発言でここからは見えないが凄い迫力のある形相で受話器を壊しかねん勢いで叫び、母親に怒られているのが後から聞こえた。そして渋々と武に礼を言ったあと、電話を切った。


「ねえお父さん、護兄早く帰ってこないかな?」


 一樹が受話器を置いた武のズボンの裾を掴み、尋ねる。


「さあね〜、護熾が無事ユキナちゃんと共に家族の無事を確認してくれたらね」


 自分の息子、護熾がユキナの家族を探す(大嘘)旅に武は正直不安だったが、今頃はきっと電車に乗っているだろう、今頃は何を食べるか考えているのだろう、そう思いながらその場を離れようとしたら


「でも護兄、ユキナ姉ちゃんと一緒なのよね〜、護兄大丈夫かな?寝るトコ」


 ソファーに寝転がり、漫画を読んでいる絵里の一言で武はあらゆる点でやっぱ二人だけで行かせるのは誤りだったと後悔した。

 ユキナは誰から見たって可憐な容姿の可愛い女の子、そしてそのお供をするは精力熱気溢れる健全な高校一年生の我が息子護熾!この二人だけで旅館に泊まったりするだろう、一緒の部屋で寝ることもあり得ない話ではない。

 そして互いに高校一年生、夏休みのしおりに書かれている『異性との交流は穏やかにしましょう』の規律を超えたことをやらかすかもしれない。


「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ絵里!!!! 護熾とユキナちゃんの純潔が守られてることを父さんと祈ろう!!」

 

 絵里は突然、武が涙を流しながら理解不可能なことを叫んで崩れ伏してしまったのでびっくりし、その後よしよしと一樹と一緒に武の頭を優しく撫でるのであった。




 



 ここは七つ橋高校、体育館。今は午後の部活活動が行われている。


「はぁ〜〜〜〜〜〜暑いね〜〜〜千鶴〜〜」

「うん、やっぱり夏は部活が厳しいね勇子」


 体育館の水道の縁に座って涼しさに浸っているのはユニフォーム姿の近藤と体操着姿の斉藤だった。

 今この二人は部活の休憩時間、つまり近藤は実は女子バスケに所属していてかなりの強者として部員に怖れられており、得意技は相手が床にボールをついた瞬間に奪い取る技『鬼神の瞬き』(男子バスケ部の部員命名)が有名である。

 近藤は首に水で濡らしたタオルを巻いており、氷の入った水筒を美味しそうに飲むとちらっと斉藤の方を見る。斉藤は少し俯いて、微笑んでいるが、どこか寂しそうな表情であった。

 その表情を見た近藤はキランと目を光らせるとずいっと顔を寄せ、


「んっふっふ〜〜〜千鶴ったら海洞のこと考えてんでしょ?」

「え!? そ! わたっ! ………………うん」

「思ってたことを洗いざらい吐きなベイビー!!」


 心の内を読み取った近藤は夏の暑さに負けないテンションで思ってたことを教えるように急かすと斉藤はごく当たり前なことを言った。


「うん、海洞君、今頃どうしてるかな?って思って」

「あら? 意外と普通だわね。大丈夫大丈夫、あいつ中学から知ってるけど見た目通り丈夫だから何も心配することはないよ!」

「うん、そうだね」

「…………………ハァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


 何かつまらないことでもあったかのように長い溜息をついたので斉藤は心配の眼差しを向けるが、近藤は後ろ頭に手を当てて、一度掻き上げると顔を上げながら


「あんたさ、自分が好きになった人が幸せになればそれでいい口でしょ?」

「えっ……………」


 斉藤は絶句する。

 護熾が幸せになってくれればいい、確かにそれは誰かを想う人であれば必ず願うものだが、近藤が言ったのはその隣に自分がいない光景、自分ではなく別の誰かと隣にいる光景。

 それは自分が最も怖れていることで最も願っているのかもしれない。

 心の中で護熾とは自分が釣り合わないと思ってるかも知れない。

 言い返せない自分を見ると、言われたとおりなのかも知れない。

 少し、そんな自分が嫌になり、顔を近藤から少し逸らす。


「ほらほら!! 暗いぞ千鶴!! まだ始まったばかりでしょ!!?」


 いまの斉藤とは対照的にスパーンッ、と肩を叩いた近藤はムスッとした顔になる。

 一方斉藤は思ったより強かった肩たたきにバランスを崩しそうになり、それを近藤が慌てて手を取ってくれたので何とか水浸しの所に体をつけるのを避けることが出来た。


「今のあなたは海洞の背中を見てるだけ、それじゃ何時まで経っても鈍いあいつはいつまでも気がついてくれないよ」

「…………………」

「あんたは乳もある! 顔も私が認める可愛さ! 女として羨ましいスタイルを持ってるのよ!」

「ち、乳…………」

「でもね、千鶴」


 近藤は一度軽く息を吸い、ざわわわっと影を作っている木の葉擦れの音が響いた後ににっと歯を見せて笑い


「背中を見てるだけじゃなくて、今度は真ん前から見なくちゃ、いつまでもいつまでもおどおどおどするんじゃなくて強くなりなさい。あんたの夏休みの課題は”強くなる”こと!」

「強く、なること?」

「そう、ユキちゃんを見習いなさい!」


 木ノ宮ユキナ、確かに彼女は護熾とも転入初日にすぐうち解け合い、さらに何の隔たりもなくクラスに溶け込んでいったのでその社交性に驚くべき点も見習うべき点もたくさんある。

 そして何より――――斉藤は考えるのを止めた。


「そうだね、ユキちゃんは凄いよね…………………………髪を」

「ん?」

「髪を少し…………伸ばしてみようかな」


 恥ずかしそうにくるくると自分のショートカットの髪を指で巻きながら自分の考えを伝えると近藤は一瞬キョトンとするが、すぐに満足そうな笑みを浮かべると斉藤の肩をパンと叩き、


「そう、その意気込みよ千鶴。」

「えへへ、ありがと、勇子」


 互いに笑顔で見せ合ってるとき、一人の少年が二人の姿を見かけたので近づいてきた。

 近藤と斉藤も自分達に誰かが近づいてきてると気がつき、そちらに顔を向けると私服姿の木村、木村雄二が何か一仕事を終えたような様子でぜえぜえと息を切らしていた。


「どしたの木村?」


 近藤が尋ねると息を整え終わった木村は、肩越しに親指で本校舎の1階にある保健室を親指で指すと

 

「さっき学校の前を宮崎と歩いていたら熱中症で倒れた婆さんがいてよう、それをたった今二人で運び終えたとこ。で、今宮崎が様子みてる。」

「あらら〜〜この時期高齢者の人にとっては地獄だもんね」

「なあ、そういえばさあ、二人は木ノ宮さんの連絡知ってる?」

「いや、知らない」

「ユキちゃんの………そういえば知らないね」

「はあ、そうか」


 心底残念そうな溜息をついた木村は乾ききった喉を潤すために二人の横を通り過ぎて水道に足を踏み入れ、蛇口を捻って水を飲み、閉めてから口についた水滴を腕で拭うと二人に顔を向けた。


「沢木の奴が八月辺りにみんなで海に行こうって言い出してそれで沢木は海洞を、で、俺があんた達二人と木ノ宮さんを誘うことになってたけど連絡無しかぁ〜」

「なるほど、残念ね。でも私だってユキちゃんの携帯番号を持ってたら今すぐ呼び出してあんパン食べさせてその頭を撫でたい!! すごく撫でたいのよ〜〜〜!!!!」


 よほどユキナの頭を撫でたくて仕方ないのか代わりに斉藤の頭に手を置いてわしゃわしゃと撫でまくる。斉藤は苦笑いで大人しく撫で撫で攻撃を受け、そっと目をつむると


 ――あたしは弱い、何時までもおどおどしてちゃ、ダメなんだ。

 

 自分を連れ去ろうとする悪気に満ちた手、その手を取り払い自分のとこへ引き寄せ、自分を護るために見せてくれた暖かい背中。

 少女は誓う。

 次に護熾と会うときはおどおどしないこと、そしてこの一夏で、その背中を見ないようにすることを固く心に誓う。


 ――海洞くん、私は、強くなってみせるよ


 その想い、思いを澄み切った青空に駆け抜ける風に乗せ、一人の少女の決意を運んでいく。









 中央最重要練。

 この建物にはワイトから集められた裁判官達で構成されている。

 ここではワイト、及び中央内で最も厳重な警備を敷き、中に入るのには必ず口実とその証人、そしてなおかつそれで許可を得られた場合のみ入ることを許される場所である。

 そして最高司法機関でもありワイトで罪を犯した者、他の町が怪物に襲撃されたときにも判断するのもここである。その裁定は絶対であり、覆ることはない。


「で? これはどうゆうこった?」


 先ほどの一連騒動は治まり、ガシュナは家に、黒こげのラルモはアルティがしょうがなく襟を掴んで引きずってどこかへ行ってしまっていた。

 そして今は前方にミルナ、右にシバ、左にトーマ、そして真後ろにユキナがまるで連行するかのような形で護熾を囲み、その建物内の廊下を一緒に歩いていた。

 いや、実際は連行されており護熾の両手首には人間では破壊不可能と思われる手枷が掛けられており、そのことについて今周りから訊いているとこであった。


「いや〜すまんな護熾。今から行くとこにいるお偉いさんは何故か臆病な人達ばかりでね。罪人などを連れて行くときは必ず手枷を付けることが義務になってるんだ」

「俺って罪人扱い何スか?」

「護熾! あなたは『顔面脅迫、及び恐ーい顔』の罪であんパンパシリ一週間の刑に処す!」

「誰がそんな刑をやるか!! ってか何だよその『恐ーい顔』とか! ほぼ悪口じゃねえか!?」


 罪人扱いになってることをいいことにからかってきたユキナに護熾は手枷をはめられている両腕をブンブンとハンマーみたいに振り回すが、スイスイと避けられて終わってしまった。

 無駄な体力を消費するだけになってしまったので護熾はしばらく黙ることにした。

 

「護熾さん、さっきは“夫”が大変失礼なことをしてしまって申し訳ありません」

「ん? …………ああ、別に気にしていないからいいよ」


 さっき自分が異世界から来ただけという理由ででぶん殴られるという災難に見廻られた護熾に話しかけるタイミングを見計らっていたミルナが謝罪の言葉を言ってきたので護熾は軽く、受け流した。

 ただ、何か違和感があると感じ、頭の中でもう一度ミルナの言ったことを再生してみる。


『護熾さん、さっきは夫が大変』

『護熾さん、さっきは夫が』


 夫が


“夫”



「おい、あんたさっき“夫”って言わなかったか?」

「はい? 言いましたけど」

「夫ってまさか…………あのガシュナのことか?」

「はい、そうですよ」


(護熾の頭の中で木魚を叩いている音)ポク、ポク、ポク、ポク、ポク、ポク、チーン!


「えええええええええ!? ちょっと待て待て待て待て待て待て!!!!!」


 全てを理解した護熾は困惑しまくった声で他の3人も驚かせ、ミルナはポカンとした顔で見ると、両腕を額に手を当ててう〜んと唸り、一回深呼吸をした護熾が尋ねる。


「あんた、いくつだ?」

「え? 私は16ですよ。あ! ガシュナもです」

「〜〜〜〜〜え〜と女性は16で男性は確か18じゃなきゃ」

「護熾、この世界とあなたの世界では法律が違うのよ」


 ユキナの言うとおり、この世界での法律は護熾のとこと異なっている。

 結婚指定年齢は他の町の法律と異なる場合があるが基本は14から結婚していいということになっており、これはこの世界が怪物に襲われ命を落としやすいから定められたとのこと。

 

「でもガシュナ、夜の相手はしてくれないんですよ」


 頬に手を添え、同時に朱に染めて必死に照れ隠しをするものの、誰がどう見てももう完全に惚れ込んでるのが分かり、恥ずかしい悩みをさらっというのでその場にいた一同は顔を伏せたりして黙ったりした。

 

「でもミルナ、何で護熾と同じくらい顔の恐いガシュナと結婚したわけ?」


 ユキナが尋ねたことに なに!?と怒る護熾越しにミルナが


「ガシュナはあんな顔をしてるけど心はとっても優しいのです!!ああ、あの日を思い出すといつも心が熱くなります……」


 自分の胸に両手を当てて目をつむり、あの日を思い出していた。

 『よう、大丈夫か?』目つきの悪い少年が自分に向かってタオルを差し出している。そのタオルを受け取ろうと近寄ると生まれつき不運なのか躓いてしまい、前に倒れそうになると少年は自分の体を受け止め、その小さな体を持ち上げると『お前は危なっかしいな、まったく』と言い、少し嫌みに聞こえたが、その顔は少し微笑んでいた。

 そして、自分を降ろした少年は――――


「ほーい、着いたぞ」

「はぅあ!!」


 トーマの声にあの日を思い出すのに夢中になっていたミルナはシャボン玉が弾け飛んだみたいに驚いた。

 到着したところは何やら豪華な彫刻が施された赤褐色のがめつい大きな扉の前でその両端には背中にアサルトライフル、腰にはホルスターにしまい込まれたパースエイダーの装備をした兵士が門番をしている。

 ただならぬ威圧感に護熾は罪人(?)としての気まずさを感じ、ごくりと唾を飲み込む。


「では私はここで、護熾さんそしてユキナ、時間があったらまた会いましょうね」


 ミルナは丁寧に別れを告げるとその場を風のように去っていった、実際にはガシュナとの約束を果たすために猛スピードで仕事を終わらせるためだが護熾達はそれを知らない。

 

「ハッ! ご用件は聞いております! 入室の許可はもう既に承っております!」

「お? さすが、今回は早いね」


 敬礼をした兵士は扉の取っ手を掴むと重い音を立てて開き、赤い絨毯が敷かれたやや広めの通路を護熾達に見させた。

 そして完全に開くとシバは二人にご苦労さん、と言い、護熾を連れて中に入っていく。

 道の終わりにはもう一つ扉があり、研究所で見たような何かを識別する機械と監視カメラがついている。徐々に扉に近づいていくと突然ユキナはシバの腕に手を回し、何か不安そうな声で言う。


「わたし…………恐い」

「…………大丈夫だ、君は帰ってきたんだから」


 シバは腕に抱きついたユキナの頭を撫で、護熾はいきなり臆病になったユキナを変だと感じ、そして自分はどうなるかという不安に襲われる中、扉の前に一同は足を置いた。


「トーマです!! 異世界の少年を連れてきました!」

『よろしい、中へ入るが良い』


 扉の向こうからスピーカー越しの濁声が聞こえるとサーッとなめらかに扉が十字に開き、中を見ると護熾達から見て壇上を仰ぐ造りになっており、それぞれ扇形の段に置かれたこれまた扇形のテーブルにそれぞれ一人ずつ、年齢が大して変わらないが体型や顔つきが違う上官、及び裁判官が黒衣を纏ってイスに座っていた。全部で10人はいる。

 ここは何処か粛然とした雰囲気で緊張感に包まれていた。


 ――何だ? 俺どうなっちゃうの?


 そしてちょうど真ん中に他より一段さらに高い壇があることに気づき、その奥のドアから誰かが部屋に入ってきたのでそちらにも目を移すと同じく黒衣を纏った人であったが年齢は一際飛び抜けた老人だった。

 その老人は禿頭で長い髭を蓄え、おしゃれなのか髭を紐で蝶結びにしており、きつい視線をぶつけてきている他の裁判官や上官達とは違って穏やかな表情の好々爺だった。

 その老人が席に着くと他の10人は一行はその老人に向かって礼をし、それを見た老人は『うむ』と言ってから部屋に響く渡る声で宣言した。


「それではこれより、【解極会かいきょくかい】を執り行う!!」





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