26日目 若き開眼者達
ある病院内の風景。
ここでは足やら腕やらに包帯を巻き、病院の寝間着を羽織っているワイト所属の兵士二人が互いにベットをくっつけ合い、何か盤を覗きこんでチェスに似たようなゲームをやっている。
「なあ、確か今日、英雄さんのお嬢さんが帰ってくるんだろ?」
駒を前に一個動かす。
「ああ、そうらしいな。何でも数多の怪物を滅したという恐ろしくバカ強い子だとか」
駒を右斜めに二個動かして相手が動かした駒を弾く。
「なあ?思わないか?」
駒を五個左に動かす。相手の駒を一つ弾く。
「何が?」
駒を左斜めに動かして敵陣の駒を弾き飛ばす。
「眼の使い手は全員うちに所属しているけど、何か時々少し恐い気がするんだよな」
駒を動かして王手を掛ける。
「…………」
駒を動かし、王の盾にする。
「人間離れしたあの力がどう考えても俺たちと同じ人間には見えないんだけどな」
王を狙った駒を一旦引かせる。
「いや、同じだよ。それだったらシバ先輩に失礼だろ?」
駒を一歩進める。
「〜〜〜〜〜〜〜確かに…………でもなあ」
駒を右に進める。
「関係ねえよ。結局はあの子達に護られてるんだから少しは自覚をしろよ。王手!」
先ほど一歩進めておいた駒で相手の王を奪い取った。
「あ!! お前いつの間に!?」
「へっへ〜気がつかなかったお前が悪いんだよ!」
片方は悔しそうに、片方は嬉しそうな顔でがやがやとやってるとふと、ゲームの勝者の兵士が病室のドアの方に顔を向けた。負けた方の男はそれに肖って同じくドアの方に顔を向けると男は口を開いて言った。
「そういえばさっき、眼の使い手の子達が何か慌てた雰囲気で飛び出していったよな?」
「ああ、あの病院の天使と呼ばれる女の子を連れてな」
病院は今日も平和である。
場面は変わり、研究施設地下“観察部屋”にて
研究員達はぞろぞろと集まってきた眼の使い手に戸惑いながらも先ほど得た情報を元に解析やデータ作りをしており、トーマやシバ、そして少年は覗き窓から観察部屋を見下ろしていた。見下ろしてからちょうど真下辺りにぐるぐるとトンボみたいに目を回したミルナを心配そうに介抱しているユキナとアルティがおり、トーマから見て左の辺りにある剣山の壁に胸ぐらを掴まれている護熾がガシュナとマグネシウムに水をかけたような感じに睨み合いになっていた。
「おい! 聞いているのか? 貴様が先ほどの大きな気を持った奴なのかどうか質問に答えろ!」
「んだよお前、急に人に全力でケンカ売ってんのか? さっき開眼したのは俺だけど、それがどうしたって言うんだ?」
「貴様は何者だ? お前みたいな奴はこの町にいないはずだが」
――うわっ、めんどくせえなおい
自分が何者か、それを言ってしまえば自分の目の前にいる目つきの悪い(護熾も同じくらい悪いが)少年がどんな反応を示すのか分からないがとりあえず自分が商店街で不良達に絡まれた気分と同じ感じであることは確かだった。
そしてトーマはどうやってだが自分を異世界から来たと言うことを知っていたためじきにこの少年にも伝わるだろうから隠す意味も別に何もないのだが、この少年の態度が気に入らなかった。
護熾のケンカ上等の思考が100パーセントに達するまでもう残り僅かになっていた。
その頃目を回しているミルナは
「う〜〜ん、ガシュナ〜〜ダメよ〜〜〜〜今はまだダメ〜〜〜あ、ちょっと、心の準備が……」
何の夢を見てるかは分からないがとりあえず魘されているように見えたので心配そうに覗き込むユキナとアルティ。
ミルナは目を回しながらも護熾にケンカを売っているようにしか見えない態度をとっているガシュナの名前を呼びながら時々、『やんっ』とかキスをしているように口を動かしたりと、何の夢を見ているかについて二人を悩ませているとき
「う〜〜〜〜ん、あれ? 何故にキュウリが!!?」
わけの分からないことを叫びながら覗き込んでいたユキナの鼻に頭をぶつけて起きあがり、尋常じゃないダメージを鼻に受けたユキナは決闘に負けたボクシング選手のように鼻を片手で押さえながら悶える。
そしてミルナは自分が今いる場所の把握が出来ていなかったので周囲を見渡すようにするとガシュナが護熾の胸ぐらを掴んでいたとこを目撃したのでその光景を見て
―――ひぇえええ〜〜〜何だかガシュナと恐い顔の人(護熾)が睨み合ってる〜
近寄ってはいけない空気から逃げるように後ずさりすると背中が柔らかいものに当たったので何かと思い、振り返るとアルティが自分の両肩に優しく手を置き、何か あ〜あ、みたいな表情になっていたのでその方向を見ると両肘を床につけて地を這うような声でユキナが
「ぬおおおぉぉ〜〜〜〜〜五年ぶりの再会が鼻血でスタートとは〜〜〜」
ボタボタボタと鼻の両穴から赤い一筋の線を垂らしながら涙目で振り返ったのでミルナは五年ぶりに会えた衝撃と何故鼻血を吹いているという疑問を混ぜ合わせたような表情、とりあえずは世にも罪のない笑顔で
「ユキナ!!! ユキナなの!? 本当にユキナ!!?〜〜〜〜会いたかった〜〜〜〜!!!」
鼻血を吹いているのは何故かという疑問はさておき、ミルナはアルティの元から離れるとユキナに駆け寄り、飛びつくように抱きつくと黒い髪の頭と薄茶色の頭を並べさせた。
そしてまるでふかふかのぬいぐるみを愛すようにユキナの首に手を回し、ひしっと強く抱きしめてその存在を確認するように頬をくっつけ、そして―――泣き出した。
「…………グス…元気にしてた?」
「―――今元気じゃない」
素直に感動するべきなのか、“治して”もらうべきなのか、ユキナは双方に揺れたが今はそんなことを考えている場合じゃないと気づき、ミルナをそっと退かすと立ち上がり、自分がやらなきゃいけないことをせんと顔をそちらにむけた。
その視線の先には……殺伐とした空気を互いに纏わせている恐い顔者同士の冷戦。
少女はこの冷戦を終わらせる使者となるべく鼻からドバドバと血を流しているという緊張感ゼロで駆け寄ろうとした瞬間、目の前に影が通り過ぎ、二人の間に入ったのは
「まあまあ! ケンカはよそうぜガシュナ! お前が掴んでいるそいつは博士の話によるとどうやら“異世人”らしぜ!!」
「何? それは本当かラルモ」
普通入り込んだら腰が抜けてしまいそうな空気にいとも簡単に入り込み、ユキナの代わりに間を取り持とうとしたのが、ラルモと呼ばれた少年だった。
ラルモは護熾のことを異世界から来たんだから手厚く持てなそうよとガシュナに提案し、何とか和やかな空気に変えようと説得したが、
「そうか、じゃあ話は早い」
ガシュナが取った行動は――――護熾の右頬を自由になっている手で殴り飛ばした事だった。
護熾の体は殴られた衝撃で倒れそうになるが、ガシュナが胸ぐらを掴んだままだったので膝を着くだけの留まり、少し前に俯いて前髪で顔を隠す。
緊迫した空気が弾け飛び、辺りは一瞬にして冷たい空気に変わる。
その場にいた全員が唖然とした様子で見守る中、ガシュナは殴った方の手も添え、両手で護熾の顔を無理矢理引き寄せると自分の感情を正直にさらけ出すように睨みながら言う。
「一度、一度だけ殴りたかった! 貴様ら異世界の人民共がのうのうと俺達に護られながら平和ボケに浸ってるのが許せなかった!! 誰のおかげで自分達の平和を築いている? 誰のおかげで大切な人を失わずにいる? それは俺たちが貴様らを護っているからだ!!」
「ちょ、ちょっとやめなよガシュナ」
「引っ込んでろ!!! ラルモ!!!」
いきなり殴ったガシュナをラルモは手を伸ばして止めさせようとしたが、ガシュナの憎しみ、怒りを込めた眼差しに思わず手を引っ込めてしまった。他の一同も凍り付いたかのように動かない。
ラルモが身を引いたのを確認するともう一度護熾を引き寄せ、さらに続ける。
「貴様もそうだろ!? 俺たちが命を懸けて護ってることを知らずに生きてきたんだろ!? それで貴様はノコノコとここに来たのか?」
「――――るせぇな」
「―――何?」
その時、ガシュナは僅かながらも護熾の気力の上昇を感じた。その僅か、いや、それだけでガシュナを怯ませるのには充分すぎるほどだった。
護熾は自分の胸ぐらを掴んでいるガシュナの腕を掴み、顔を上げるとその顔は、楽しそうとまではいかないが笑っていた。
「お前が何を言いたいかはよく解ったぜ、でも何だ!? 俺を殴るだけで済むっていう小さな問題なんだろ!?」
「なっ、貴様っ」
「確かに俺はつい二週間前までは知らなかったよ!! だけど今は違う! てめぇが俺を殴って気が済むんだったら現世の代表としててめぇのへなちょこパンチいくらでも食らってやるぜ!!」
――何だ!? こいつが喋るだけで気がガンガンと飛んでくる……ッ!
ただ喋っているだけでこの気力、こんな人間が存在して良いのか?こんな気を持った奴がいていいのか?悔しさを感じたガシュナはさらなる怒りをかき立たせると胸ぐらを掴んでいる手に力が籠もったときには、既に瞳の色が瑠璃色のような蒼に変わり、そして同時に髪の色も瞳のそれと同じように変わっていた。
自分の瞳に目を丸くして驚いている護熾の表情を映しながら
「開眼しろ、ここで貴様とケリをつける。貴様が開眼できることはさっき感じ取った気で分かる。」
「………………お前バカか? 開眼ってのは人を傷つけるもんじゃなくて“護る”ためのもんだろ?」
護熾の言うとおりだった。
ガシュナに否定する余地はなかった。自分が明らかにやっていることは隼戦闘行為だということもよくわかっていた。
ではどうしてここまでムキになってるかというと先ほど話していたように何も知らないで平和に暮らしている異世界(ここでは護熾の世界を指す)の住人がどれだけ自分達が苦労しているのかを知らないこともにも腹を立てていたが、別にまた、恐い思いをさせたくないという優しさもどこかにあった。
では何故、というとガシュナは今自分の目の前にいる少年、護熾が気に入らなかった。
にわか仕込みで異世界風情で、でも自分より大きな気を持っていることが許せなかった。
ギリリと奥歯を噛みしめ、渾身の一撃をもう一度食らわせようとしたとき、その拳を誰かに後ろで止められ、自分達の間に誰かが割り込んできた。
ガシュナの拳を止めたのは二階から瞬く間に走ってきたシバ、そして護熾を護るかのように立ちはだかっているのは、ミルナだった。
「ガシュナ、あなたの気持ちは分かるけどこの人に私怨をぶつけたってしょうがないよ」
「……………………」
シバが止めていなければミルナを傷つけていたかも知れない、それを思ったガシュナは心が冷めた気持ちになり、肩の力を抜くと開眼を解いた。開眼を解いたことを確認したシバは手を離し、腕を自由にさせた。
すると興奮がまだ冷めないガシュナを安らげるようにミルナは身を預けるように体を寄せ、胸板に頭を乗せると優しく、落ち着かせるような声で
「ガシュナは疲れてるでしょ? 私も早く切り上げるから待っててね」
「――――――すまない」
護熾はこの少女の一言でガシュナが落ち着いたところを見ると友達、いや恋人のように見え、見ている自分自身も何だか洗い流されるように気持ちが落ち着いていった。
こうして殺伐とした空気が澄み、一件落着―――と思いきや
「ご お き〜!!!!!」
直後にユキナのダブルドロップキックが護熾の顔面を襲い、さらに壁に後頭部をぶつけるという災難にも見舞われ、世界が歪んで見え、頭部にヒヨコをくるくると回転させ、鼻血をぶちまける。
「護熾!! あなたのせいでミルナが怪我するところだったのよ!!」
「て、てめ……………何でお前も鼻血を出しているんだ?」
自分を蹴り飛ばしたことに怒る前に律儀にユキナも鼻血を吹いていることにツッコむ護熾。
ユキナがプンスカ怒っていると、トントンと誰かに背中をつつかれたので、振り向くとシバとラルモがそれぞれ一言、
「お帰り、よく帰ってきたなユキナ」
「オッス!! お帰り!!」
ユキナは笑顔で元気よく うん!ただいま!と返事を返すが鼻から血がダラダラ流れ出るのでシバは苦笑いしながら胸ポケットから何か鼻を押さえる物を取り出そうとしたとき、ユキナの鼻に、護熾の鼻に、小さな手が当てられると一瞬、閃光が奔り、二人は反射的に目をつむる。
そして瞼を開くと純白の髪と澄んだ白の瞳をしたミルナが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「これで二人とも止血が完了です。どうです? 止まってますか?」
二人は鼻に手をやると確かに血は止まっており、痛みも無くなっていた。
ミルナは護熾にペコリとお辞儀をすると
「自己紹介がまだでしたね。護熾さん、ですよね? ユキナからお話を伺っています。私はミルナ、称号は『輝眼』“治す”能力を担っています。」
称号を持っているということは彼女もまた眼の使い手であることが分かる。
治す、つまり護熾とユキナの鼻血を止めたように自身の生体エネルギーを他人に送り込み、自然治癒力を爆発的に増やす能力であり、戦闘に向いていない、いわばサポートに当たる能力である。
護熾はミルナの丁寧な自己紹介に釣られ、いえいえこちらこそと軽くお辞儀をすると
「次は俺!! 俺の名はラルモ!!! 称号は『琥眼』!! カッケーだろ!? よろしく!!」
どこからそんなテンションが、と思えるほど元気な自己紹介をしてくれたのは同じく眼の使い手ラルモで、護熾に手を差し出して握手を求めてきたので護熾はそれに応じて手を伸ばし握り返す。
「お、おうよろしく……俺は海洞護熾だ」
「わお!! 護熾か! よろしくな!!」
「ああ、よろしく」
――こいつ、沢木達と同じジャンルの奴だな
そういえばあいつらは何をやっているんだろうか、ここに来てまだ一日も経っていないのに既に一週間過ごした気分になり、護熾は沢木達がどんな風に過ごしているか少し気になった。
その思いの中、自己紹介はアルティに移る。
しかしアルティは護熾を怖がっているのか、はたまた嫌がっているのかは分からないがとりあえずそこから動かなかったのでラルモが連れてこようと走って近寄り、手を取ろうとしたときだった。
「私に気安く触らないで」
するとラルモが『わぎゃああああああああ』と変な声を出しながら黒こげで部屋の宙を舞い、前のめりで床に滑り込むと何かのコントの着地のようになり、体からどす黒い煙を作り出す。何があったんだとアルティを見ると既に瞳と髪の色を鮮やかな紫色に変え、体を中心に薄い何か紫色のバリアを張っており、仏頂面で飛んでいったラルモを見据えていた。
ポカンと口を開けてその光景に驚いている護熾にユキナが
「あ〜あ、ラルモったら。護熾、彼女の名前はアルティ、称号は『柴眼』。因みにミルナとアルティは私の大親友よ!!」
ラルモを黒こげにしたアルティの自己紹介を代わりにしてくれた。そして次に話すことにさすがの護熾も驚いた。
ユキナの話によるとアルティはいわゆる空間転移や先ほどラルモを蹴散らしたようにバリアを張ったりと人間の第六感、超能力のような力が扱えると説明した。
「どうも、さっきはガシュナが失礼な事をしてしまったね。俺の名はシバ、一応眼の使い手だけど………まあ気にしないでくれ」
「ど? ……どうも」
次に自己紹介をしたのは黒い軍服を着こなしている男、シバ。
一応眼の使い手というところに引っかかっている護熾は頭に?を浮かべながらとりあえず握手だけは交わしておいた。
そして最後に腕を組んでふんぞり返って無愛想な態度を取っているガシュナ。
護熾はガシュナの前にずいっと出て、先ほどの恨みを晴らすかのように悪態をつく。
「おい、てめぇ、覚えてろよ」
「何が? 貴様の顔なんぞ覚えてられるか」
「ああん? 何だって? 聞こえんなぁ?」
「お前のそのふざけた顔を覚えられないということだ」
「何だって!!! てめぇ!! 開眼無しでサシで勝負しやがれ!!」
早くも自己紹介どころで無くなったのでミルナがガシュナを止め、ユキナが空中回転半ひねり踵落としという無駄に凄い技で護熾を止めて(ノックダウンさせて)とりあえずまたあの空気を作ることだけは避けることは出来た。
――絶対にこの二人は相容れない仲だな
二階から見物しているトーマを含め、その場にいる全員、ミルナに止められているガシュナといい汗掻いた!!的な感じで額の汗を腕で拭っているユキナの横に仰向けで後頭部から煙を出して倒れている護熾を見て一句一文字の間違いもなくこう思った。