24日目 発展都市ワイト
山の中の森の道を二人は降りていた。
護熾は荷物の重さでバランスを崩しそうになりながらもユキナと共に、慎重に山を降りていた。途中、護熾は足を取られて荷物の重さでずざざざっ、と五メートルほど滑り落ちたが、すぐに体勢を立て直して何とか滑り落ちる体を止めた。
「だあ〜〜〜!!!! 何でこの世界には結界が張られてねえんだよ!?」
結界があればこんな山ひとっ飛びなのにと護熾は今の自分の状況に嘆いていたが、心配してすぐ隣に駆け寄ったユキナからは
「だってこの世界には結界はそんなに必要ないんだもん!」
しょうがないじゃない!と護熾にさっさと山を降りるように促した。実際、この世界は護熾のいる世界よりも当然といえば当然なのだが怪物対策は万全だった。
そんなに必要ないというのは結界は張られているのには張られてるが、パワーはかなり抑えられているということであり、移動用、隠密行動用、休息用などで使用するのではなく【探知用】としてユキナの持っている通信端末機が結界をレーダーとして利用するのと同じようにさらにその規模を大きくした方法で怪物の襲撃を感知しているのだという。
しかもそれが全世界規模。
――ホントに進んでるんだな……
山を降りながらユキナの説明を一通り聞いた護熾は空気を地面のようには歩けないものの、結界の使い方がそんな風に使われてることに感心し、いかに自分達が何も知らずにこの世界の人達に護られているのかを思い知ると、自分にその人達に会わせる顔があるかどうか不安になるが、
「どうしたの? ほら、もうすぐそこよ」
悩んでいる間にユキナが出発してしまったので護熾は降りてから考えようと決め、小さな足が踏みしめた道をそれよりも大きな足で踏み、追っていった。
太陽が少し西に傾いた時だった。二人は山を降り終えていた。山のふもとでまた休憩をとった後、リュックを担ぎ、その場所から見てもハッキリと様子が分かる町、ワイトへ足を動かし始めた。
白い地平線を歩きながら護熾は隣を歩いているユキナに訊いた。
「なあ? やっぱ緊張するか?」
「それは、ね。護熾は?」
「俺もだ。どんな風に迎えられるのか心配だな」
「あ! そういえば護熾、町に住んでいる一般人には自分が向こうの世界から来たって言っちゃダメだよ」
「―――何だ、そうなのか? それはまた難しい約束事だな」
「いいから必ず護ってね。私が言って良いと言った人だけに話してね?」
「分かった。俺もあんまり詮索されると困るからな」
二人は相づちを打って、今から自分達が向かうべき方向へ目をやると、二人を待っているかのように今は城壁しか見えない大きな町が歩いていくごとに大きくなっていった。
ワイトのある研究施設内。
少し広い部屋にテーブル、大きなモニター画面、探知機、何かのグラフを表している画面。その様子を数人の白衣を着たここの研究員と思われる人が見ながら残りの10人ほどの同じく白衣を着た人達が何かを入れた試験管やビーカー、グラスを丁重に扱って調べごとをしていた。
すると探知機がビッビッ、と音を立てて反応し、研究員達が即座に反応して目をやるとその場にいた全員が驚いたように目を開いた。
探知機と連結しているレーダーに二つの反応。
一つは人間として認識できる黄色い点、もう一つも人間と確認できる黄色なのだが――――妙に大きかった、片方の三倍くらいあった。このレーダーは生体反応を見るものなのでこの二人が怪物が化けた偽者ではないことは明らかなのだがそれにしても大きく、この大きさで反応するには普通人が身長五メートルくらいでなければならない。
しかしそんな人間がこの世に存在するわけがない。
「これって、人?」
「おい、お前ちょっと博士起こしに行ってこいよ」
「う、うん分かった」
若い男の研究員に“博士”と呼ばれた人物を起こしに行くように言われた眼鏡を掛けた若い女性研究員はこの研究室の奥に位置する【室長の自室】と書かれた掛け軸のすぐ下には『仮眠中、2時間後に』とメモ用紙にペンで書かれた文字がテープで貼られていた。
しかし女性研究員はそんなのを無視し、失礼しま〜すと言いながらドアを開けた。
そこは薄暗く、部屋の明かりが極限まで抑えられており、目に映ったのはすぐにでも雪崩が起きそうな資料の山や何かを削って形を調節する機械、コーヒーポットとすぐ側には飲みかけのマグカップ、そしてぽつんと一つだけある机に足を乗せ、イスに大きく寄りかかり、腕はダランと自然に横に垂らして半分に開いた本をアイマスク代わりに天井に向けた顔に乗せてすやすやと博士だと思われる人物が寝ていた。
女性研究員はその人物の側まで行き、肩を揺さ振って起こすと、その人物は寝ぼけた口調で鬱陶しそうに目を覚ました。
「ん? なんだい? ドアの所にちゃんとメモを貼ったつもりだけど〜」
「博士、博士、起きて下さい。レーダーが人らしき生体反応を示したんですが――」
「人らしき反応? …………………帰ってきたか」
語尾を少し上げて嬉しそうに言い博士は顔に乗せていた本を手に取ると、右目がビー玉みたいな球状の眼球をはめ込み、その周りを機械的な何かで囲った義眼をしており、髪は白く、やや長めだった。博士は机に乗せていた足を床に付け、手に持った【飴の美味しい、上手な作り方のレシピ】というタイトルの本を白衣の大きなポッケにしまい込み、一回欠伸と背伸びを同時にしてから女性研究員と共に部屋を出た。
部屋を出ると研究員一同がドアから出てきた博士に礼をして、探知機と連動しているレーダー画面を見るように頼まれるとその義眼に二つの点滅している黄色い光を映し込ませた。少しの間、それを見ると博士は一人の研究員に人物の特定を頼み、研究員はキーボードを、叩く音がつながって聞こえるくらいの速度で打ち続けると二つの黄色い点の内、小さな方にピーと線が引かれ、英語で『Specific completion(特定完了)』と書かれ、画面の右半分に詳細なデータが表示される。
『称号【烈眼】名前“ユキナ”特例長期任務期間終了』
「やっぱりそうか、じゃあもう一つの方も頼むよ」
博士は今度は大きな方の特定を急がせ、もう一度キーボードを叩かせたが表示されたのは
『Specific uncertainty(特定不明)』
こう出たので一同は少し黙り込んでしまった。表示されない、すなわちこの世界全ての人は政府、または役所などで必ず自分が何者なのかの登録を義務づけられているためこの結果は頭を悩ませる結果となった。しかもこの大きな反応。
自然とこの場にいる全研究員はある答えにたどり着いた。そして一斉に博士に顔を向けると博士は一同を見渡して少し微笑み、
「まあ、まずはお迎えの乗り物を手配しないとな、調べるのはその後だ」
こう話すと研究員全員がハイ!と元気よく返事をした。そして丁度、二つの黄色い点が城壁の所に到着した。
人が二人、外から来たのに気がついたライフルを持っている二十代くらいの門番兵は驚き、思わず銃を向けて護熾に両手を上げさせたが、すぐにユキナが取り持って緊迫した空気を和らげた。門番兵は失礼しましたと謝罪し、ユキナは中に入れて欲しいと頼むが、
「う〜〜ん、君たち外から来たよね?そんな危険なことをしでかしてるから取り調べを先に行わないと……」
確かに怪物が出現するこの世界にたった二人で外から来たのはおかしいと門番兵は言い取り調べをするから荷物を全部出してと言われ、護熾は仕方なくリュックを下ろそうとしたら城壁の門からもう一人こちらに近づいてきた。
「お〜い、その子達は何なんだい?」
「あ、この子達が町に入りたいと言ったのでまずは審査をと」
「へ〜外から来たのかい?―――ってこのお嬢さんは!!」
こちらに近づいてきた目の前にいる兵より二十歳くらい歳を取ったベテラン風の門番兵は最初は優しい口調で来たが、ユキナの姿を見た途端、思いっきり取り乱してあたふたと敬礼のポーズをとった。護熾と若い門番兵はこの熟練の人が何故敬礼をしたのか分からず怪訝そうな顔をするが、ベテランは飛ぶように若い兵の横に立つと怒った口調で耳打ちをした。
「バカもん! このお嬢さんは【伝説の英雄】の娘なんだぞ!」
「えええええ!!!! そうなんですか!!?」
「これだから若い者は!!」
上司の叱りを受け、すいませんと謝った若い兵はユキナを見るとその手にオレンジで様々な装飾がされた何かカードのような物が突き出されるように目の前にあったのでそれを数秒間見つめたのち、一気に顔の色を変えた。
「え、それって」
「これでいいでしょ? 私達は早く町に入りたいの」
「え? あ、はい! じゃあ入場を許可致します。ですがしかしあの〜」
「何?」
「後ろの方は一体?」
若い門番兵が言った後ろの方は護熾のことで、護熾は一瞬ビクッとするがユキナは冷静に
「私の友達よ。文句あるかしら?」
と答えるとそれだけで何か王女を相手しているかのような慌てぶりで若い兵はそそくさと門の脇にある勝手口へ行って門を開けに行った。やがて門がゆっくりと開き、人が同時に何百人
も通れそうなほど開くと、ベテランが二人を案内するように中に招き入れた。
歩きながらベテランは二人に話しかけてきた。
「お嬢さんは知っていますからそこのお若い方、我が町“ワイト”へようこそ。この町は科学や技術が発展しており世界でも有数な先進国です。ちなみにこの町の外からまず内側に一キロほどが【警備エリア】そしてそこからさらに内側がビルやお店、家などが並ぶ【住宅エリア】、そしてさらに内側まで行くと【軍・施設エリア】になりそして最後にこの町の真ん中に位置する病院や施設はそこで働く人や関係者、はたまた偉い方や【眼の使い手】さん達が主に拠点としているこの町のシンボル【中央】があります。では中へどうぞ」
先導されるがままに中に入るとまず目の前に広がったのがエンブレムの入ったコンテナを乗せたトラック、色々な重火器、そして護熾が見たこともない装置がずらり、といかに怪物に対して警戒をしているのかよく分かった。上を見上げると空からの侵入に対抗するためか、目を凝らしてよく見ると透明なドーム型のバリアみたいのが町全体を覆っていた。
やがて、開いていた門が重い音を立てて閉じ、その音を背中に受けながら進むと三人の前に高そうな黒い車みたいな乗り物が停止した。運転座席には車とは真逆に白衣を纏った若い男が
ベテランの後ろにいる二人に声を掛けた。
「外から来たお二人方ですね? よろしかったら【中央】まで乗せていきますのでどうぞお乗りになって下さい」
護熾とユキナは互いに顔を見合わせてからうんと頷き、後部座席に乗り込むとこの町の説明をしてくれたベテラン門番兵と門を開け、後から来た若い門番兵に礼を言ったあと、バタンと車のドアを閉じた。
車はその場に二人を残し、音もなく発進すると旋回し、もと来た道へ踵を返して行ってしまった。土埃が少し立ち、晴れた後に若い男は少し残念そうに指を唇にあてて呟いた。
「ああ〜〜〜〜あの女の子可愛かったな〜〜〜あの男は彼氏なのかな〜?」
「さあな、まあでもおまえじゃあ、無理だって」
ベテランはキッパリと言い、若い男は肩を落として溜息をついたが、この町の平和を守るためにまた門の外へと足を運び始めた。
よく舗装された道路を黒い車が走り抜ける。
入り組んだ道路はまるで東京のように都会さがよく出ていて技術が発達しているのはよく判るが、所々に木々が生い茂っているところがあり、そのおかげで息苦しさを感じなかった。
今は【住宅エリア】とかいう場所らしく、家やビルが建ち並び、所々で人が歩いたり仲良く遊んでいたりとなんやかんやで護熾のとこの世界とまったく変わりがなかった。
「私は博士の頼みでお迎えに上がりました。ユキナさん本当に五年間ご苦労様でした」
前を見ながら白衣の男は自分がなぜ二人を迎えに来たのかを理由を伝え、そのあと労いの言葉を掛けた。ユキナは笑顔で返事をすると白衣の男は恐縮ですと答えた。
車の窓から見える景色を一通り見終えた護熾はユキナに小さな声で尋ねた。
「おい、お前って何なんだよ!? 財閥のお嬢様みたいな扱いを受けてさ」
「え? そう?」
「そうだよ! まあそれは後で訊くとして今から向かう中央ってとこはどんな所なんだよ」
「ん、とね。とにかくすごいとこ」
「は?」
「まあ見れば分かるって事よ」
7キロほど町中を進み、少し見渡しがよくなると正面にまた門があった。
これまた頑強な作りで中が全く見えず、隔離された空間のようにも見えた。まるで城壁全体が何かしら威厳をもった何かに見える。車はその門をくぐろうと近づけて止めるとそこの門番をしている人が丁寧に話しかけてきたので白衣の男はポッケから何か身分証明書みたいのを取り出してそれを見せるとそれを見て了解をした門番が門を開けてくれた。門は三重構造になっており、それがスムーズにカシャカシャと音をたてて開くと車を門にくぐらせた。
そして少しすすむとやがて芝生の生えた光景が目に広がり、さらに進むと十階建てのビルや何かの施設が複数あり、どれも大きかった。そしてどれも、渡り廊下や何かで繋がっていて一つの建物のように形成していた。
車はやがて、噴水のある敷地に入り込み、駐車場と思われしき建物のすぐ隣にあった車が並んでいるところの空いたスペースにバックして入り込み、止めた。
「はい、着きました。では降りて下さいな」
白衣の男に降りるように促され、車から二人は降りた。
そして後についてくるように言われるとユキナはそれに従い、護熾はリュックを背負い直しながら従った。足先はまず目の前にあった十階建てのビルに伸び、護熾は近づくごとに高くなってくる建物を見上げながら芝生を踏みしめ、手動のドアから中に入っていった。
中は温度が一定に保たれているらしく快適で、空気も澄んでいた。
カウンターにいた女性に挨拶をした白衣の男はこっちに来るように手招きをして、二人は素直に従い、ついていった。
煌々と光る照明を頭に受けながら、廊下なりに進んでいくとやがて、“研究施設”と書かれ、先ほど車の中から見た施設だと気がつくが、白衣の男は先ほど門番に見せた身分証明書をドアをロックしている認証システムに翳すと、赤いランプが緑のランプに切り替わり、ガチャッとロックが解除された音が響いた。
白衣の男はポッケに身分証明書をしまい込むと後ろに振り返って護熾を見据えると言った。
「ユキナさんと一緒に来た君。」
「え、俺ですか?」
「うん、君だよ。異世界からわざわざようこそ」
これにはさすがに護熾は驚いた。まだ何も言っていないのに早々に自分の正体がばれたので目を丸くしてこの対応にどうしたらいいか思考を巡らせ、心臓の高鳴りと冷や汗をかきまくっていると
「ああっと緊張しなくてもいいよ。僕たちは君の味方だ」
と護熾の気持ちに気遣った男は宥めるように優しく言ってくれたので護熾は少し落ち着くことが出来た。そしてユキナをちらっと見ると
「〜〜〜〜話す前にばれてるぞ」
「あらら〜〜〜早速ばれたね」
ユキナは別段、気にしていない様子でロックが解除された研究施設に足を運び入れた。護熾も入り、白衣の男も中にはいるとドアを閉めた。そして少し進むとさっきよりも大きな扉が二人の前に立ち塞がった。
白衣の男は今度はドアに設置されたスピーカーに口を近づけると大きめの声で言った。
「博士! 二人を連れてきました。中に入れて下さい」
すると扉が内側から開き、中から白衣を着た女性の研究員がこちらを覗き込むと三人の姿を確認し、それから大きく開けてくれた。先に白衣の男が入り、つぎにユキナ、そして最後に護熾が入ると施設内にいた研究員がまるで軍隊みたいにさささと横に並び始め、案内をしてくれた男もその中に入り、護熾とユキナの二人の前に横に整列をし、凛とした面持ちで二人を見据えた。二人は何事かと思い、その場に佇んでいると奥の部屋から誰かが出てきた。
出てきたのは清潔そうな白衣を纏った男で、やや長めの白髪で右目はビー玉のような義眼、口にはタバコみたいな白い棒をくわえている。ユキナはその男の姿を見ると目を輝かせて叫ぶように言った。
「博士!! 久し振り〜〜〜〜!!!!」
「おう、可愛くなったなユキナ!! 五年間、本当にご苦労さん!!」
「えっへへ〜〜ありがと♪」
博士は整列した研究員の一番前に立ち、今度は護熾を下から上まで順に見た後、怪訝そうにこちらを見ている表情を見ながら、率直に言った。
「さてと、ようこそ異世界の少年。早速で悪いけど君が何者なのかまずは調べさせてくれないか?」
「――――はい!?」
「お、いいそうだ。かかれ〜〜〜〜!!」
博士の一言で研究員達は訓練された特殊部隊の如く好奇心と狂喜の目で飛び掛かると逃げる暇も与えずに捕まえ、取り押さえ、服を脱がし始めた。
「なっ!! ちょ!! てめえらなにしやがんだ!!!!!」
常識という枷が外れた研究員達にリュックを取られ、着ていた服も脱がされ、さらにズボンも脱がされ、それが部屋内にピュンピュンと舞う。端から見れば犯罪発生現場の光景なのだがそんなのは無視してユキナは楽しそうに博士と話し合っていた。
「博士博士、みんなは?」
「ユキナが連れてきたあの男を調べてから呼ぶよ。あの男、ちょっと興味深いんでね。」
そう言った博士の笑みは何か面白いものでも見つけたかのような楽しそうな微笑みだった。