23日目 集まる仲間
護熾とユキナから南へ10キロに位置する城壁に囲まれた町。
その中は平坦で広く、そのため道も建物も敷地に広く平屋の建物が多かった。舗装された道路もあり、住宅街から少し離れたところにはビルもあった。ここまで見ると護熾の世界と何ら変わらないが今日のこの町の日常は少し違っていた。
なぜなら、外で遊んでいる子供は一人残らずある方向へ目を向け、それを見守る婦人達も不安げな視線で何キロも先にある城壁に注目してた。
そしてその城壁の外から突然、爆発音がし、子供達は急な出来事に体を縮こませ両耳に手を当ててその場でうずくまった。城壁越しにこちらまで届いた爆発音に怯えている子供を安心させようと母親はすぐさま駆け寄り、包み込むように抱きしめると、子供は怯えた表情で顔を母親に向け、指をまた音がしている方向へ指し、小さな声で尋ねた。
「お母さん………あれ何なの?」
「×××(この子の名前)ちゃん、大丈夫よ。すぐに終わるから」
城壁の外では数十体の怪物の群れがぐるるとうねり声を上げながらこの町にはドーム状の外部拒絶のバリアが隙間なく張られているため、今は固く閉じられている門へ突入をしようとしていたが、それができない状況にあった。
この町の強い軍隊の足止め、防衛装置の始動、はたまた単に門があまりにも頑丈だからではなかった。
閉じられた門のすぐ側には一人、たった一人の少年が怪物の群れを相手に立ちはだかっていた。怪物達はその少年の所為で前へ進めずにいたのだ。
その少年は青いセーターと緑のジーンズを履き、顔立ちは端整だが狼のように目つきが鋭かった。髪型は無造作スタイルでやや長めの黒髪をしている。その少年は十代半ば、及び護熾と同じように見えるがどこか大人っぽく、その眼差しだけで相当な威圧感があった。
こいつはただ者じゃない、こいつは危険だ。
この町を護るようにただ立っている少年の気迫だけで怪物達は警戒心を剥き出しにし、しかし見えない壁でもあるかのようにそれ以上は近づいてこなかった。少年は右から左まで一度群れを見渡すと
「ふん、こんなものか。一気に終わらせるか」
やっと口を開き、そして何の拍子もなく黒い瞳が一気に蒼く染まった。
この少年はユキナと同じ【眼の使い手】だった。
そして同時に黒かった髪も入れ替わるかのように鮮やかな青色に染まると両手を万歳するように空へと両掌を向けた。怪物達は急に雰囲気を変えたこの少年が不思議な行動を取り、しかも隙だらけになったのでやるなら今しかないと一体の怪物が先陣を切って突進し始めた。
それに釣られて他の怪物達も後から続いて自分達の邪魔をしている者の首を取ろうとそれぞれの得物を携えて行くが、少年にとっては小うるさい騒ぎごとにしかすぎなかった。
何の前ぶれもなく、少年の掌から空に向かっていくつもの蒼い“飛光”が放たれ、怪物達は動かしていた足を止め、上空に放たれた蒼い光球に目を奪われている間に飛光は怪物達に向かってもの凄い速さで落下を始めた。
油断したと、怪物達は攻撃から回避しようと急いでその場から離れようとする。
しかし光球の落下地点は怪物達ではなく怪物達から三メートルも離れた地点に音もなく、まるで地面に吸い込まれるように落下し、姿を消した。
暫しの間、怪物達は何が起こるのだろうと警戒していたが、何も起こらないのでこれは相手のミスだと確信し、再び襲いかかろうとしたときだった。
「言ったろ? 一気に終わらせるって」
少年はそう言い、瞬時に体勢を低くして片膝をつき、空に向けていた手を地面に付けた。するとそれが何かの胎動だったのか、怪物達に向かって蒼く光る槍状の針がいくつも地面から生まれ、約半数の怪物がその餌食となった。
最初に空に向かって放ったのは相手の動きを止めるのと同時に油断をさせるものであり、広範囲に攻撃するためのものだったのだ。最初に撃った飛光と地面に付けた手から発せられた“気”を直結、共鳴で針地獄を精製し、それが相手の戦力の半減に繋がった。
残りの怪物は目の前で起きた仲間の光景にたじろぎ、ここは一旦身を引いた方がいいと判断し逃げ出そうと後ろに振り返った時だった。
「どこに行くつもりだ?」
声を低くしながら少年は群れに左掌を向けながら言った。手加減も慈悲の欠片もない眼差しで自分から逃げる背中を見ながら目を細め、狙いを定める。
そして向けている掌から気を凝縮した蒼い光球が作り出され、ソフトボールくらいの大きさまで成長させると大砲のように放った。
少年の飛光は風を切りながら進み、一番近くにいた怪物の背中に命中した。
そしてその勢いは止まらず、今度はそのまま貫いてすぐ近くにいた二体目にも襲いかかり、同じように塵にしていく。そして二体目を貫いた飛光は球体の形態から四方へ伸びる槍状の形態に展開させると手裏剣のように回転しながら飛び、さらに五体ほどの怪物をあの世に送った。
「ちっ、攻撃範囲が足らなかったか」
本人から見れば失敗だったようで残りあと三体の怪物は悪態をついた少年の悔しさが残った眼差しを背に受けながら逃げだそうとした時だった。
パン!
少年の後方にある城壁の上から発砲音が響き、三体の内真ん中にいた一体の右胸を射抜いて塵へと変えさせた。少年は城壁の上を急いで見ると、黒緑の軍服を着た軍人達がきれいに横に並んでそれぞれライフルのスコープを覗いていた。その後ろには一人、胸の前で腕を組んで怪物を見据えている真っ黒の軍服を着た男もいた。軍人達はスコープから見える十字線を残り二体の怪物に重ねた。
そしてそのまま撃った、撃ち続けた。
弾丸のうねりが二体の怪物に絶え間なく襲いかかり、直後に地面を削りながら一体は頭に、一体は左胸に命中し、地面に倒れるのと同時に塵へと姿を変え、風に運ばれていった。
静かになった戦場に少年は蒼から元の黒髪に戻すと無言で、つまらなそうな顔で城壁を見上げ、ライフルを構えるのを止めた軍人達の中からこちらを見下ろし、手を大きく振りながら呼びかけている黒い軍服の男を見た。
「お〜い! 俺、銃使えないからこの人達に任せたけど何とか終わったな! ご苦労さん!!」
少年はそれを聞くと城壁の門の方へ足を運び、大きな門の隅にある勝手口から町の中へと体を入れさせた。
少年は黒い軍服の男と横に並んで、町の中を歩いていた。
少年と一緒に歩いている男は髪は黒でややボサボサ、顎には髭を少し生やしていて歳は三十代前半のように見え、真っ黒の戦闘服の軍服を纏い、胸には弾薬や手榴弾を入れるポケットがついていて、手にこれまた黒い革手袋をしていたが今は外して胸のポッケに入れていた。そして時折、すれ違うこの町の兵士と挨拶を交わし、次に少年に
「援護があったけど何とか終わったな」
「…………」
「援護されたのがやっぱ嫌か?でも西で戦った俺はお前みたいに一人で戦えないから君は凄いよ」
「フン、俺が思ってるのはそういうことじゃなくてさっさと蹴りを付けられなかった俺の甘さに腹が立ってるんですよシバさん」
「……そうか、やっぱお前は凄いな、ガシュナ」
シバと呼ばれた男は笑いながらそう言った。ガシュナと呼ばれた少年はそのまま歩き続けた。二人は町の通りを歩き続け、広場に出た。そこではまた、平和を取り戻した町の光景が目に飛び込んできた。
広場の真ん中には花畑があり、その周りでは子供達がボールを蹴って遊んでおり、用意されているベンチにはそれを和やかに見守る母親達が互いに語り合っていた。
ガシュナとシバはそこを通り過ぎ、本来自分達がいる町へ移動するために飛行場へと足を運んでいた。二人が花畑の横を通り過ぎようとしたとき、ガシュナの足にボールが当たり、歩みを止めさせた。足に当たって跳ね返ったボールはすぐ近くをコロコロと転がり、それを取りに来た子供がボールを両手で抱え込むように持ち、自分を鋭い視線で見下ろしているガシュナを素朴な瞳に映した。そして母親と思われる女性が飛び出すように子供を後ろから抱きしめ、小さな声で
「こら! この人達は眼の使い手さんと言ってとても強い方達だから謝りなさい!」
と、子供がボールを足に当てたことを詫びさせようとしたが、子供は他の子供や通行人、親たちの緊迫した視線の中、
「ねえ、恐い顔のお兄ちゃん!」
そう、ぶち壊しにするような明るい声が広場に広がるとその場にいたこの町の住人はこの子供の口を手で塞がんとばかりの勢いで駆けつけようとして身を乗りだし、シバはあららと苦笑いで微笑む中、子供はまた口から言った。
「みんなを護ってくれてありがとう!!」
それを聞いたガシュナは無表情のまま子供の小さな頭にぽんと手を置くと、周りの人達はこの子はこの人の怒りに触れたから殺される!と思われたが、ガシュナはそっと優しく撫でた。
そして口だけ笑って見せ、
「ああ、また怪物達が出たら駆けつけてやるからな、だから親の言うことはよく聞くんだぞ?」
そう話して手を頭から離し、飛行場へと再び足を動かし始めた。シバも気にしないで下さいねと、子供とその母親に言い、ガシュナに続いて歩き始めた。
広場を抜け、飛行場までもうすぐ、というところでシバの胸ポケットがブルブルと震えたのでシバはポッケから水色の、ユキナが持ち合わせている同じ通信端末機を取り出し、蓋を開きながらまるで携帯電話のように耳に当てると、そこから男の声がした。
『よう、任務ご苦労さん』
「トーマか、おかげさまで無事終わったよ」
『そのようだな、例の荷物運びの護衛をやった二人もさっき帰ってきたとこだ』
「おっ、さすがだな。」
『それとちょっとニュース。今日、ユキナが帰ってくるだろ?』
「おお!! そうだった!! とうとう帰ってくるのか!? じゃあさっさとこっちも帰るからな!!」
『ああ、さっさと帰ってこい!』
トーマと呼ばれた男は楽しそうにそう告げて通信を切った。シバは電源を落とし、蓋を閉じてポッケにしまい込むと連絡があったシバを足を止めて待っていたガシュナに嬉しそうにさっきのニュースを伝えた。
「ユキナが今日帰ってくるそうだ! ははっ、成長したかな?」
「ユキナ、か。それだったらあいつがすごく喜ぶだろうな」
「そうだな! すごく喜ぶだろうな!!」
ユキナが帰ってくる、そう伝えられた二人は飛行場にある日光で黒光りする戦闘機のような人を運ぶための輸送機に乗り込もうとさっさと歩いていった。
到着地点から約一キロが過ぎたとこで護熾は予想もしなかった山登りをするハメに遭っていた。山は横に何キロも広がっており、まるで国境のようにあっちとこっちを分断していた。
護熾には主に一週間分の着替えを詰め込んだリュックはこのときばかり重荷になり、今すぐにでも投げ出したい気持ちだったがそれをやってしまうと後悔だけしか残らないと分かっているのでその気持ちを抑えつつ、先を行くユキナの背中を追いかけてノコノコと道に沿って山登りに専念していた。
ユキナの話によるとこの山を越えれば、自分達の目的地が見えるというのだが、この山は安く見積もって700メートルは軽く超えていて、しかも人の手が加えられていないので時々見たこともない虫に驚きながらも護熾は少し息を荒くしながら坂道を必死に登る。
途中、道の脇に地面が平らになっている場所があったので護熾はそこで一回休もうと提案するとユキナはそれを承諾し、ちょうど木が横たわっていたのでそこにリュックを置き、中から水筒とお菓子を取りだして、それをユキナにも渡して休憩にした。
「プハァ〜! ああ〜〜生き返る! ユキナ、あとどれくらい登ればいいんだ?」
「そうね、あともうちょっとだと思うけど」
水筒に入っている氷の入ったお茶をゴクッと飲んだ護熾はユキナに尋ねるとそう答えが返ってきたので、そうか、と袋から取り出した板チョコをカリッと囓った。
10分ほど休むと護熾は水筒をしまい込み、立ち上がり、再び道に戻って登り始めた。
「なあ、荷物を持ってくれたっていいだろ?」
「やだ、女の子に苦労させる男は嫌われるよ、って近藤さんが言ってたもん!」
「そこであいつを出すか?ちぇっ、これ重いな〜」
「はいはい、ファイト〜」
「その気の抜けた応援、ムカつくな〜」
ブツクサと文句を言いながらも必死に登ること五分、ついに山の頂上へ立つことができた。
そこから見えた光景は――――あまりにも雄大だった。
赤茶色の大地からやや白っぽい大地に変わった風景は疲れをどこか持ち去ってしまうような壮大なもので、見下ろせば、城壁に囲まれた半径八キロほどの町がよく見えた。
「あれか? 随分と大きな町だな、国の間違いじゃねえか?」
「この世界では町って呼ぶの。あれは【ワイト】。私が生まれ育った町よ」
「ワイトか…………よし! 行くかユキナ!」
「うん!」
二人はそこへ向かうために山を滑るように下り始めた。