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ユキナDiary-  作者: PM8:00
2/150

2日目 出会い

 

 








 日本の年間行方不明者の数は毎年正式に警察に発表されるだけでも10万人は超えるという。

 しかも実際の数はこの2、3倍になっているという説もある。

 では、この行方不明者が事故や事件、或いは遭難ではなく攫われているとしたらどうであろう?

 きっとこの世界の誰もが、『異形なる者』に攫われているなどという考えには辿り着いてはいないであろう。さらに、攫ってきた人間がどうなるのかさえ言わずもがなである。


 






 



 護熾は昨日と同じように日差しが照りつけており、陽炎がアスファルトにゆらゆらと出ていて向こうの景色を歪めている。橋の下には音もなく静かに流れているきれいな川がより一層夏らしさを醸し出している。さらに蝉が喧しく嫁探しに言葉通り命を掛けた声を張り上げ、土手の草はボウボウに生えて青々とした緑を広げている。

 その光景を見て、人々の頭の中に思い浮かぶのは、夏だなー、の一言であろう。

 

「はっー、あっち~ぜ~」

 

 そんな中、素直な感想をぼやき、手で顔を仰ぎながら制服姿の少年が歩いていた。

 関東の方にあるこの町は七つ橋市の中にある七つ橋町と言い、周りをぐるっと見渡せば田んぼが必ず目に入り、緑の木々に覆われた山も見えるいわゆる田舎みたいな町である。

 ちなみに今日はわたがし雲がちょくちょくある快晴で、夏らしさを一層深めている。

 制服姿の少年、海洞護熾の学校では期末テストが二日前から始まっており、今日終了したらしく彼と同じ制服を着た生徒が同じように橋を渡っていた。

 友人たちとはテスト終了の打ち上げの誘いがあったが、用事があったので惜しまれながらも断り、この炎天下の中を徒歩で進み、帰路を急いでいる時であった。

 

(―――あれ?)

 

 橋を渡り終え、しばらく道なりに進んで、商店街の入り口の前を通ろうとしたときだった。

 不意に聞き取った声が泣いていたので気になってそちらに顔を向けてみると、うずくまって顔を手で隠している幼い女の子が商店街の入り口のすぐ側にいた。

 護熾は気になり、立ち止まって少しの間辺りを見渡して様子を見ていたが、この子の親らしき人物は見当たらず、やれやれと溜息をついたあと、女の子のもとへと進路を変え、接近する。

 そして女の子のすぐそばまで行くと、しゃがんで目線を合わせるようにし、女の子に優しく声をかけるように尋ねた。


「よう、どうしたんだ? お母さんとはぐれたのか?」

 

 女の子は護熾の声に気がついたらしく泣き崩れた顔を上げた。が、顔を合わせるなりちょっと怖がったように表情を強ばらせた。   

 護熾は自分の顔を見て恐がれたのを察し、少しグサッと心に小さな針が刺さったかのようなダメージを受けるが気を取り直して、表情も少し和らげてみせてから再度訊ねる。


「何があったんだ? 言えるか?」

「え、えっと……その……ひぐっ………… あのね……お母さんが~~~」

 

 護熾に対して安心できる人だと確信したのか、顔をうつむきながらも指を商店街の裏路地に指し、女の子はこれ以上言わなかった。おそらくあそこへ『行った』っきり、戻ってこないとしか言えないんであろう。

 

「何やってんだお母さん……わかったわかった。俺が探しにいくから。っと、お前をここに置くのもまずいから……あ、ちょっとすいませーん!」

 

 事情を知り、探しに行く決意を固めた護熾はその前に女の子をここに残しておくのは危ないと判断し、近くで打ち水中である顔見知りの魚屋の店主のもとへ行き、事情を話し、快諾してもらうといざ少女の母親探しのため、薄暗い裏通りの入口へと走って行った。




 


 昼なのに関わらず裏路地は薄暗い、日差し除けが日光で薄暗い裏路地を薄い色で照らしていた。

 そんな中を走りながら各通路を覗き込み見て回るが探索難航中でもあった。

 何しろあれから三十分、人の気配もなければお店もないここで発見できない方がおかしい場所だからである。

 

「お母さんどこだ~~! 交番に頼んだほうがよかったのか!?」


 立ち止まるとゴールを決めた選手みたいに両手に拳を作って屋根に向かって言うがが辺りは何も変わらず静まりかえっているだけだった。

 と、後ろから突如、ゾクッとするようないやな視線と物音がしたのですぐ振り返るがいない。

 気になって物音がした方向をじっと見るが変わった様子は特にない、そもそもあれだけ自分が動いといて誰も見かけなかったのだから。


(―――何だ? 猫か?)


 自分の中ではそう決めつけ、別のところを探しにまた走り出した。

 しかしまだ見ていない通路で探してみるがやはりいない。

 だが女の子のお母さんが見つからないこともそうだったが護熾自身、何かしらの恐怖に似た不安が体全体に降り注ぐように感じていた。


(―――いやな、雰囲気になってきたな……)

 

 自然と汗が額に出る。

 暑さのせいではない、それは言いしれぬ恐怖だった。まるで自分が狼の狩り場や爪と牙が待っているような洞窟にでも迷い込んだように、異国で言葉の通じない孤独感が深まっていくかのように、緊張がどんどん高まってくる。

 そして緊張が頂点に達した時に後ろの方でまた音がした。だが護熾はすぐには振り向かなかった。

 明らかに、根源的な恐怖を持った何かが背中からびんびん感じ取れたからだ。

 それでも緊張で強ばった体を少しずつ動かして勇気を振り絞り、ゆっくりと振り返った。

 そして護熾の双眸が大きく開かれる。




(―――何だ……こいつは……?)


 

 目線の先にいたのはカエルのような人型をしており明らかに『人間』ではないのがそこに立っていた。

 時折体が半透明になり、向こうの景色を体に映し込ませながら感情が全く見えない眼で護熾を見ている。 


 だが護熾が驚いたのはすぐ後だった。

 その怪物の肩に女の人らしいのが腕で支られながら担がれており、気絶しているらしくだらんと力なく肩の上で垂れていた。

 そして怪物がゆっくり護熾に近づき始める。

 

 護熾は危険を察知して怪物を見ながら後ろに下がるが、後ろも確認しないで下がったため壁に背が当たる。顔を後ろに向けてT路地だと気づき、横の道に逃げようと足を踏み込んで行こうとするが怪物は護熾の行動を先読みしたかのようにすぐ目の前に跳躍してきて動きを止めた。

 咄嗟にカバンを投げつけて抵抗を試みるが体に当たっても何の意にも介さず、正体不明の怪物は確認するかのように護熾の顔を上から覗き込み、そして品定めをしたかのような確認を終えると抱えていないほうの手を護熾のほうに伸ばしてきた。

 

(―――やべっ、何だよ、何だよ……ちくしょ……!)


 怪物の伸ばしてきた手がもう少しで頭に触ろうとしたときに心の中でそう覚悟し目を固くつむり、自分の命が持って行かれるような感覚を感じたときであった。

 地面を蹴り、裏路地の中を風のように疾走している者が道を迷わずに護熾と怪物がいるT路地に向かって走ってきた。


 そして護熾の頭を掴んでいる怪物を発見するとそのまま怪物のほうへ進路を変え、2メートルくらい近づくと前方に大きく跳躍して、両足で思いっきり怪物の横顔を蹴り飛ばした。

 怪物は蹴られたところ歪ませながら横に大きく倒れて護熾の頭を掴んでいた手と肩に担いでいる女性を支えている手を離し、置かれているゴミ箱をいくつも倒しながら地面の上を滑り、やっと止まった。

 


 怪物を蹴り飛ばしたのは黒髪で黒目、顔立ちは幼いがどこか凛々しく又は可愛らしい顔をしており、髪が背中までかかっている少女だった。

 服装は夏なのにフード付きパーカーとスカートを身につけており、蹴った反動を利用し、軽くバク宙をするとそのまま護熾の目の前へと着地した。

 

「早く!! 保護して!!」


 護熾に顔など向けず、いきなり少女は叫んだ。

 その目はしっかりと自分が蹴り飛ばした怪物を見ていて変な動きをしようものならもう一度叩き込もうと睨み、腕を構えて攻撃態勢に入る。

 

「お、おう……」


 今の状況に混乱しながらも護熾は横に倒れている女性に急いで駆け寄り、腕で頭を抱えて心配そうに顔をのぞき込む。

 女性は特にこれといったケガはなさそうなので護熾は口元を綻ばせて安堵の息をつく。

 怪物は体を起こして立ち上がり、自分に向かって身構えている少女をしばらく睨んだ(?)あと、後ろを見ずに後方へ高くジャンプし、壁を蹴って高度を稼ぎ、商店街の屋根を伝って逃げていってしまった。


「あ、……逃げられちゃった……」

 

 少女は残念そうな声で肩を落とし、怪物が逃げていった方向を見つめなおし、そのあと護熾のほうに振り返るが護熾も怪物が逃げていった方向を見ている。まるでUFOでも見たような目で。少女はそれが何を意味するのか、この男は何を見ているのか、それを理解するのにそう時間は掛からなかった。

 

「え? あなた、あいつが見えているの?」


 少女に驚愕混じりの声でそう言われてが、護熾は今の出来事で少し放心状態になっており、ポカンと虚ろな表情で少女の質問に答えるよりもまず先にとりあえず礼を言った。

 

「え、あ さっきは助けてくれてありがとう………見えたってなにが? ってかお前何なんだ? 何だよさっきの生き物―――それを相手しているお前って一体?」

「おっと、その話は後よ。 私は急いであの怪物を追いかける。また会いましょ、すぐに会えるわ」

 

 人差し指を口の前に出してそう言うと少女はすぐさまその場を離れ、怪物が逃走した方角へと走り去ってしまった。

 その場に残された護熾は去っていくポカンとした表情で目で追いかけるように少女の背中を見ていたが、すぐに自分が何のためにここに来たのかを思いだし、お母さんの帰りを待ちわびている女の子のもとに急ぐために背中に抱えて急いで裏路地から出て行った。



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