ユキナDiary---第拾壱話 凍り付く紅蓮
前回が四カ月近くかかって今回は一週間程度ですよ! どうですかこの体たらく! どれだけ自分がいい加減かがよくわかりますね。っと言うことなので本文に進んでくださいな。でわでわ
相手の攻撃を後退しつつかわしながら、トーマは相手戦力を計っていた。
敵は名前持であり、その肉体のみの力だけでさえ下手な挙動は即命取りに成りかねないほどの相手。その上名前持クラスになると固有能力も得るため、今はそれが何なのかを見定めるに至っていた。
そして交戦を開始してからおよそ数分。大凡の相手の能力の察しはついていた。
雷やレーザー、初めは光線の類を操る能力かと思いきや、それだけで果たして都市機能を麻痺させる能力に足るのか。既にトーマはこの怪物こそがヘリを叩き落とし、通信機能をダウンさせ、さらには手持ちの自動小銃から兵士の頼みの綱である怪物可視のスコープ類を使用不可にした張本人だと結論付けていた。
つまるところ、光線という限定的なものではなくもっと大きな範囲での能力。トーマは相手はその体表から様々な指向性の波長を操っているのではと勘繰り、攻撃の予兆からそれが正解だと判断した。
つまり、都市機能を麻痺させるだけの指向性の波長。考えられる限りそれは電磁パルスと呼ばれる非殺傷の大量破壊兵器と化した波長である。
電磁パルスはケーブルやアンテナ類に高エネルギーの電流を発生させ、それを伝って電子機器などに過剰な電流を与え、半導体や電子回路に損傷を与えたり、一時的な誤動作を発生させる。文明が発達し、機械類やネットワークに依存している現代の人類にとって、これほど驚異的な能力があるだろうか。事実、それはいかんなく発揮されており、命令系統や報告に凍結を与えている。もし仮に戦闘機や攻撃ヘリなどが十分に飛び交っている中で発動されたと思うと、ゾッとしない話である。実際にそうすることもできただろう。しかしこの名前持はそれよりもこちら側の情報系統に損傷を与える方を優先的にしていた。それは不幸中の幸い、とは言い難い。結局どっちもどっちだ。
波長を操るということは、そしてその攻撃パターンからは判断するに、多様な攻撃を同時に行える可能性も秘めているということだ。今はまだ全力で攻撃してきていないのはトーマの眼から見ても明らかである。
だが、それでも相手のレーザーや雷は容赦なくこちらの身を滅ぼそうと際限なく放ってくる。そしてそのうちの一手が丁度避けた際の余韻で靡いた白衣を貫き、黒く焦がす。
「…………」
黒焦げて穴が開いた白衣をその場で脱ぎ棄て、浅紅色の気を纏う彼はそこから突破口を導き出そうと思案する。
幸い、既に付け入る相手の弱点は見つけていた。
(―――それは、攻撃の初動の遅さ)
そう、前述したとおり、相手は様々な攻撃を同時に行えるという規格外の能力を持っているが、その代償なのか、能力を使用した攻撃は若干のタイムラグが存在しているのだ。だからこそ圧倒的速度を誇る筈のレーザーや雷を現状、紙一重で避け続けていることができているのだ。
相手は攻撃の際、自身の身体を帯電させる。これも視覚から得られる致命的な予備動作であるが、相手の感情によっても自然に発生する様子なので確証は得られていなかった。トーマはそこではなく相手の体表から発生する気を波長に変換する際の変動を見ていた。研究者ゆえの職柄なのか、こと観察能力に関しては彼は現眼の使い手の中で抜き出ている。それに気の扱いも長けていると言われている彼だが、その気を具現化し、自らの武具を精製する術は未だに会得していなかった。しかしそれも先程兵士から受け継いだ自動小銃が補ってくれる。これが現時点でのトーマの持ちうる最善であり最高戦力の状態である。
しかし相手の名前持、パルシも自身の攻撃が当たらないことに苛立ちを感じており、遂にそれがさらなる挙動に繋がる。いきなりパルシは雷の出力を急激に上げ、住民たちを葬った規模で攻撃を行う。すると最初と同じように、トーマの周辺はアスファルトが砕けた際にできた白煙に包まれる。
トーマはその場に足止めを食らい、立ち止まってしまうがその瞬間に視界を覆っていた白煙に大きな揺らぎが生じる。何かがこちらに急接近している予兆に他ならないそれは、白煙を切り裂いて現れた名前持パルシにその者に他ならなかった。
「ちょこまか避けやがって、これならどうだ……!」
静かに怒りを滲ませたパルシは白煙を纏いながら至近距離にて右手から雷を放出するために瞬時に帯電させる。いかに眼の使い手といえど、この距離から避けられまいと、直撃すれば命の危機に瀕する筈であろうと考えた結果だ。接近してから雷を放出するまでおよそ一秒。
しかし、トーマもトーマで再び周辺を白煙に覆われた際、相手はほぼ確実に接近してくると判断していたため、見切るほどの確実な回避は望めなかったが、顔面に放たれた雷を紙一重で避ける。頬を静電気が奔ったかのような微痛と炙られたかのような熱で撫でられたが、後ろに一歩後退することに成功する。
その瞬間―――
「ぬぁっ!?」
驚愕の声を漏らしたのはパルシの方であった。
トーマが後退すると同時に、自動小銃の銃口をこちらに向け、発砲したのだ。しかしその威力は先程の銃弾によるものと比にならず、右胸に受けたその衝撃だけで後ろに半メートルほど下がることを余儀なくされたのだ。受けた右胸はそれこそ齧られたかのように抉られ、傷口を焼かれたからか出血はない。しかし穿つだけの威力はなかったのがパルシにとって幸いだった。そして痛みに耐え、上げた表情は目前の眼の使い手を睨む。
(―――なるほど、仮にも眼の使い手、ってことか)
ここでようやく、パルシは相手が自身が覚悟を決めて挑まなくてはならない相手だと理解した。
一方、トーマは銃口を向け続けたまま、先程の結果を顧みる。
自動小銃によるこちらの攻撃は命中。ただ相手の損傷は軽微。
致命的なダメージには成りかねなかったがトーマが撃ち込んだものはただの銃弾ではなく、弾丸サイズに凝縮した飛光である。通常、飛光は掌サイズであり含まれる能力は各々の気の性質によるが、大体は威力も爆発に近いものである。しかしトーマはそれを弾丸サイズにまで凝縮し、連射もある程度確保し、貫通力を格段上げたものに仕上げていた。それに具現化が下手な彼にとって今手にしている自動小銃は武具であり、自身の気を染み込ませる形であったので既に眼の使い手の武器となんら遜色ない状態であった。だからこそ相手の雷玉も打ち返せるほどの強度もあり、さらには再装填の必要もない魔銃として今彼の手に収まっているのは、一重に彼の気の扱いに長けた才能によるものであった。
さて、先程の結果をもう一度思案する。
こちらに近接攻撃をしてくることは分かっていた。しかし回避に重点を置いたためこちらの反撃はあまり成果を上げられなかった。無理もない、あと数秒ほどの猶予があればもっと貫通力を上げることは可能だったかもしれないが想像以上に相手の身が硬かったのだ。確実に仕留めるならば、悟られず、なおかつ命中させる必要がある。この状況下と、己の能力を見せてしまった相手に対してこの二重課題は難問である。
さて、どう動くか。
トーマはこうしている間にも掌から送り込んだ気を弾倉に、排莢口の内部に、銃身に滞りなく供給し、次なる攻撃に備えている。それに、自身は銃に気を送り込んで銃弾に仕上げ、それを撃ち込む攻撃と言う回りくどい事をしなくとも高い精度で放てる通常の飛光もあるのだ。それならばもう一度だけなら撹乱やブラフによる隙を生み出すことができるかもしれない。
しかしこの時、トーマはまだ相手が全力でないと高を括っていた。
その安易な戦略予測とは裏腹に、相手の名前持パルシは―――その場から消え入る様に完全に姿を消した。
「――――っ!?」
これにはトーマも流石に驚きを禁じ得なかった。
まるで通常の怪物が自身に掛けるステルス迷彩となんら変わりないが、あくまで自分は『眼の使い手』だ。通常のステルス程度何の意味もなく視認できるというのに、相手は高速で動いたわけでもこちらに何らかの幻覚を見せたわけでもなく、それ以上の擬態効果を発揮したのだ、いうなればこれは強化ステルスと言えよう。一重にそれは可視光の微妙な調節による敵の波長を操る能力の応用に他ならないが、それでもトーマはこの敵の隠し札に翻弄された。
なぜならば、相手が攻撃する際の予兆である体表の変換を見定めることができなくなってしまったのだ。
――――と、次の瞬間、
「がぁっ―――!?」
パルシの強化ステルスを目の当たりにし、そして相手が名前持というのにその場で硬直するという致命的な隙は当然見過ごされる筈もなく、トーマは腹部に強い衝撃が走ったことに対し、眼を見開いて激痛を感じ取る。ベキベキと内部の肉を潰す音が直に聞こえ、激痛が意識を焼き尽くす様な錯覚に陥り、同時に肺に残っていた空気も強制的に搾り取られる。それから突如顎を下から上へ打ち抜く衝撃が新たに加えられ、この戦場の空にいくつもの紅い飛沫を上げさせた。
生活機能を失ったシェルターを後にし、リーディア達は中央に向かっていた。
兵士達の連携もあり、中に居た住民と後から来た住人達合わせておよそ千人近くの数を連れ、いつ襲い来るかわからない怪物の脅威に恐れながら、それでも安住の地を求め、大人しく先頭を行く彼女に付いて行っていた。
先頭を歩くはリーディア。妊婦と言うハンデも何のそのと言った様子で、恐れもせず堂々と中央の門までの最短ルートを後ろの住人達を引き連れ移動している。と、彼女のすぐ後ろをユキナを抱き抱えたユリアがそっと尋ねる。
「ねえ、今のところ周りはどんな状況なの?」
「うむ。別段周辺に変わった動きもないし怪物共もいない。だけど……」
「だけど……?」
「……いや、とにかくこのペースで行けば門の前までは到達できるだろう」
ここでユリアは何かを察したようにその背中を追い続ける。
彼女が何かを隠した、というその分かりやすい言動は、あからさまに気を配っておかなければならない事態がどこかで起きているということだ。しかし彼女は嘘をつく人間でもないので門の前までは無事に付けるだろうと、とにかく彼女を信じて我が子を抱いた身を急がせる。
(……南エリア付近に新たな怪物たちの出現、シバっちがそこに居る。トーマの方は名前持と交戦。今一瞬大きな気の揺らぎがあったが……大丈夫なのだろうか……?)
リーディアが無視できない事態と言うのは、新たな怪物の出現とトーマの戦闘状況であった。
まず、新しい怪物が街の内部に何の予兆もなく現れたことに関して、リーディアは焦りを感じざるを得ない。もしそのように今の状況で出現されたら確実に怪我人がでるからだ。それにトーマの方も、徐々にではあるが、こちらの方に戦闘が近付いているように思えたからだ。
とにかく両方の事態を避けるには一刻も早く今いる住人達を安全な場所に運ばなければならない。すぐ後ろにはアスタの妻で友人でもあるユリア、それにその娘のユキナ。さらには自身のお腹にもシバとの子が眠っているのだ。断じて争いに巻き込んではならない存在である。
そう懸念しているうちに、東大門が正面に見えてきた。
シェルターの場所が中央とあまり離れていなかったという幸運もあり、千人近くという大規模な人数であるにも関わらず比較的容易にここまで来ることができたのだ。後ろから付いてきた住人達も門を視認し始めたのか、その顔には先程までの強張った表情は緩み、安堵の色が出てき始めていた。
門の前に着き、住人達が蝟集している間に、兵士達は門を開ける手続きと確認を行なっていた。敵の電磁パルスにより、機械的な連絡や認証などに手古摺る他、機械的な装置を施されていない非常口からしか中に入れないのが現状であった。それでも住人達を入れられる準備は整ったので我先にと急ごうとするのを宥めながら、兵士達は誘導を始めた。その間、リーディアは責任を最後までとる腹だったからか、住人達が一人残らず中に入るまでその場で警戒を解くことはなかった。
残り百人にも満たないほどになったときだった。
ユリアとユキナも自身が促したように既に中に入っており、いよいよ自分もこの中に入る時が来たな、と思った矢先、強烈な違和感を脳が感じ取る。
「…………」
途端、その方向に視線だけを尖らせ、身体もその方向に向ける。
「……残り何人ほどか?」
その場に居た兵士達に聞こえる声でそう尋ねると、目測で数えた一人が返事をする。
「およそ、六十そこらかと……」
「そうか、できるだけ迅速に頼む」
そうリーディアが告げた途端、彼女の向いた先の住宅街の横道から黒い集団が姿を現す。
およそ数は十数体。どのような経緯でここまで来たかは知る由もないが、リーディアの気を近くで感知したのでこちらに接近したのであろう。
そして案の定、遠くで怪物たちを視認したのか、まだ入れていない住人達が半ば狂乱に陥り、それを抑えようと兵士達が駆け寄る。暫しの間彼らは一悶着を起こしていたが、とある一つの事実に気が付く。距離があったとはいえ、飢えた肉食獣のような唸り声が聞こえていたはずなのに、その声は接近するごとに大きくなるどころか、パタリと止んでいた。そこでようやく、旋風が辺りを包んでいることに気が付く。その場に居た全員、その渦巻く旋風の中心に立つ、一人の女性の背中を見る。
旋風に靡くその髪は夕陽に染まった色ではなく、瓶覗色であった。
そしていつの間にかその上半身には風が編んだのか、銀色の光沢を放つ鎧が装着され、その背中は雄々しく、見るものには息を呑ませた。
「慌てるな。約束したろ? 私が安全に送り届けると」
彼女の前方では十数メートル先で全滅した怪物たちの成れの果てがあり、突如強い横風でその形を崩し、黒塵と化して上空に運ばれていく。
そして彼女がこちらに顔を向ける。
その瞳の色は髪と同じ色であり、それは雲一つない晴天を思わせる澄みきった空を思わせる。
まさに与えられし称号、天眼の名に相応しい容貌である。
「これ、そんなところで突っ立ていないで、早く避難するんだ!」
こちらに見取れて動かない住人達と兵士に一喝入れると、それでようやく我に返り、引き続き、しかし先程の混乱はなく落ち着いて避難行動に移る。行動で示した約束の確固たる効果、それが再び滞りなく安全へと繋げていく。
しかしリーディアは開眼状態を解いた後、自らの体調が優れないことをその身を持って感じていた。無理はない。いくら超人的な能力を持つ彼女でも、さすがにお腹に子を抱えたまま一戦やらかすのは、重荷になる他ないのだ。できればこれ以上自身が戦わずに済めば。
そして残りの住人達も入り、いよいよ自分が最後の番になると、それを見越していたのか扉の向こうからユリアが顔を覗かせる。娘のユキナは少し離れたところで待たせているのであろう。
「……大丈夫? リーディア?」
「心配掛けたな、さあ行こう」
そう穏やかな笑みを見せ、彼女に自身が無理していることを悟られないようにする。
まあ、中で少し休めば後はどうにでもなる。
そう思った矢先―――
「おやおや、こんなところに居ましたか眼の使い手よ」
その声を耳にした途端、立ち止まって表情を引き締め、再び開眼し、鎧も再び装着して声のした方向に顔を向ける。
それは先程怪物たちを葬った場所にて、眼鏡を掛けた一人の男が佇んでいた。
そして、感じた気力に彼女は絶望したかのように表情をすぐさま削ぎ落した。この気の量、そしてこの気を持ちながらにして、容姿は人間と変わらないという特徴から苦し紛れに呟く様に、リーディアはその名を告げる。
「虚名持……」
「御名答」
相手の眼の使い手から自身の格名を言われ、それに対して肩を竦めるようにする。
それから虚名持である彼、ヨークスは今の彼女の様子を観察するようにまじまじと見る。
先程、彼女が行なった戦闘の一部始終を見ていた彼は、改めて彼女の能力分析に入る。
まず、彼女の気以外の探知方法から。
それは彼女特有の能力で、気による探知ではなく離れた所でも『視覚』を持って見ることができるという能力だ。おそらく飛光に能力や視覚共有などの高度な技能にて仕込んでいたのだろう。彼女はその能力を持ってその者を視認していたが、逆にそれをヨークスが逆探知して、その存在を知られたという最大の過失を犯したのだ。
そしてもう一つ―――、
「……不意打ちのつもりかい?」
そう彼は言うと裏拳気味に拳を振り、『背後』から急接近してきた飛光を打ち崩す。
それに対してリーディアは予想しきっていたのか、特に反応せず視線を固定したままだ。
もう一つの能力。というのは先程のように死角からの飛光が物語っている。
これはつまり彼女の視覚が及ぶ範囲にて、このような攻撃が可能という単純明快なものだ。
彼女が開眼した今、彼女を中心にして一つの結界を展開していると言ってもいい。そこに眼を展開すれば、そこから飛光を放出できるという遠距離攻撃もできるし、逆にこちらから不意打ちを掛けるのも難しい。現に気付かれないように接近した彼でも、この距離で気付かれたのだから相当な探知能力であろう。
しかしそれでも、ヨークスの興味はそこには向いていなかった。彼が向けている興味など、彼女に接近して初めて気付き、上書きされたのだから。
だからこそ、彼は口にして言った。
「僅かな羊水の匂い。『子』がいるね……?」
「ッ!?」
それは、彼女にとって一番相手に知られたくない事であり、禁句であった。
瞬間、彼女はいよいよ全力を持って当たらなければならないと即座に判断し、
「下がれユリア!! 他の連中もだ!!」
「は、はい、でもあなた様を置いて行くわけには―――」
「急げ!!」
「り、リーディア待って!」
冷静とかけ離れた怒号を持って、兵士達は鉄扉の向うへと潜り、その際ユリアも肩を掴まれて一緒に行こうと告げられるが、彼女は友人を置いていけないとリーディアに手を伸ばして喰い下がる。
しかし突如、旋風が開いていた鉄扉を無理やり閉じさせ、ユリアがその手に触れたのは、冷えた金属の感触であった。
「……――――リーディア……」
鉄扉に両拳を触れ、縋りつく様にする彼女はリーディアが自分達を護るため、その身を削ってまで新たな敵に挑んだことを理解した。自分が彼女を連れ戻しても、それは大惨劇に繋がるしか道は残されていないのだ。
それは自分が無力だと思い知らされる仕打ちでもあり、ただ彼女が無事であることを祈るしか、今はできなかった。
鉄扉を閉じ、この場に少なくとも自分と相手しかいないと確認したリーディアは、改めて相手に向き直って片腕を天に向けて上げる。
「おや?」
その動作に反応するヨークスを前にして片腕を振り上げた瞬間、その手に曇りなき輝きを誇る長剣を具現化し、握らせる。
そしてその切っ先は天に向けさせると、それは見える範囲で相手が逃げようもないほどに圧倒的な密度を誇る飛光が展開される。まるで銀河の星々の如く虚空に展開されるソレは、彼女が生き延びると言う決意を示す輝きのそれだった。地上から天まで展開し、余すことなく無数の飛光の目標に定められたヨークスは、そんな中でも不敵に笑って見せた。まるでそれは殺傷能力のない、視覚を楽しませる電灯細工と言わんばかりの表情だ。
リーディアは相手がどんな表情だろうと関係なく、相手に向かって剣を振り下ろす。
瞬間、虚空に展開していた無数の飛光が一斉にヨークスへと降り注ぐ。その様は一人の人間に対して百人の拳が休むこともなく殴打するという壮絶極まりないもので、命中するたびに水色の零れ火が辺りに散る。飛光は確かに当たり、その度にヨークスの身体が揺れる。揺れたらその方向から衝撃が走り、反対方向に、あるいはまったく別の方向から直撃し、しかし倒れ伏すことも許さぬ総身に響く怒涛の攻撃。
だが、それでもヨークスには取るに足らない些事であった。
飛光の猛襲の中、彼は人差し指を彼女に向け、―――たった一つの一閃を放った。
それは容赦なく、察知した彼女の防御の構えも鎧の強度も無視して右肩を貫き、鮮血を地べたに吸わせる。
本来ならばそれでも彼女は攻撃を止めなかっただろう。しかし時期が悪かった。
彼女は苦痛と汗塗れの表情で傷ついた肩を左手で抑え、そしてまだ展開していた飛光と鎧と握った剣を閉じる。
飛光のラッシュを受け、気の残滓を纏う状態で受け切った相手は、それこそ無傷に近い様子で涼しい顔であった。
まだ残されていた気力を再び自身に還元したのは、一重に虚名持相手に生き残るという大きな執念があるからだ。しかし相手が悪すぎる。強い、あまりにも強すぎるのだ。アレは本当に眼の使い手が倒せる存在なのかと、根本から疑うような強さであった。ならば自分が叶う道理もなく、だからこそ、彼女はその場から逃走した。むろん、虚名持がすぐそこの中央の住人達に何らかの害を及ぼすかもしれなかったが、当の本人は眼の使い手以外に興味がなかった。それに、これは一種の挑戦であると理解したヨークスはその表情を狂喜を含ませた笑みにする。
「ああ、これだから眼の使い手は本当に飽きが来ない」
これはある意味互いの命を掛けた狩るものと狩られる者の図式だった。
ならばその役を全うしようと、ヨークスは気を探知せず零れ落ちた血痕を頼りにその歩を進め始める。この血痕のその先に、果たしてどれほどの楽しみがあるかは、それだけはヨークス自身も分からなかった。
研究所内の電子機器の大半が壊れた今、ミョルニルとストラスの二名は所内で破損した部位の交換や代理部品を掻き集め、それらを組み込んだり交換したりして再度装置の調整を行なっていた。
パルシの電磁パルスにより、着々と稼働準備に入った矢先にデータなどをリセットさせられ、部品の他にも予備電源などを使って新たに出力や範囲設定などの最終数値を入れていた。しかしこうして再び数値を入れ終えようとしているのは二時間かかる筈の準備をおよそ一時間ちょっとで済ませていたという他ならぬ早業によるものであった。
「あと十五分、ってところね」
「そうっすね……。でも、」
「トーマくんのこと? 彼なら大丈夫よ! きっと!」
ストラスの不安を混ぜた声を聞き、彼女は力強くそう言う。ただ、それは根拠も何もない虚勢を張ったものであり、事実彼女も彼の安否については知る由はなかった。もし機械が正常に動いてさえいれば、こちらから連絡を入れ、それで出てくれば吉、出てこなければ手が離せない状況だと推測ができるだろう。しかし通信機はガラクタ同然になり、おそらく受け取り側であるトーマの所有している通信機も使い物になっていないだろう。
「きっと、きっと大丈夫よ……他の皆もきっと……」
彼女の心配はトーマだけでなく、他の眼の使い手達はその縁ある者たちにも向けられている。
しかし彼女はこれ以上弱音を吐くことを止め、再び手を動かし始める。
トーマが出る前、自分は各々にしかできないことをやり遂げるべきだと説教したばかりではないか。それを自分がしていなければ、この場に居ないトーマと背中にいるストラスに示しがつかない。
ならばこそ、彼女は進む。
この装置の発動によって戦局は大きく巻き戻せるはずだと信じながら。
ポテト&シーザーサラダの酸っぱいドレッシングと瑞々しい歯応え。
クリームシチューの野菜の旨味を閉じ込めた濃厚なクリームに、
握り寿司の薄い酢のシャリに新鮮な刺身、そして口に入れた時にほどよく解け、
オムライスの半熟玉子の甘さとケチャップライスの酸っぱさが合い、
コロッケの揚げたてで割ればホクホクとした湯気とサクサクの衣を味わい、
海老フライのぷちぷちっとした噛めば出る肉汁にタルタルソースがよく合い、
渡り蟹のトマトクリームスパゲティの蟹臭さを感じさせない濃厚な蟹ミソとトマトクリームの酸っぱさとまろやかに仕上げるクリームソースが混ざり合い、それを絡めたパスタを頂き、
七面鳥の丸焼きの程よく焼けた肉の柔らかさと旨味と、その中に仕込まれた肉の旨味を吸った炒飯が違った視点からの美味しさを見せつけてくれる。
そしてフルーツポンチは最後の締めには十分で、遠慮のない果実の甘さが残った胃の中に沁み渡っていく。
以上、今日の夕餉のメニューの全てを味わったユキナは満足げな表情でいた。
勿論、他の皆も満足し、食卓の上には空になった皿と食べ尽くされて残った骨のみである。
「適量、ってとこだな」
全員の様子を見て、そう判断した護熾はひとまず安心する。何しろこの後にはケーキが待っているのだ。ここで食べ過ぎでも起こされたらその人自身が気の毒な思いをするので今のところは上々であった。
「そんなわけで、女子に皿洗い頼めるか?」
「上々! さああんたらはさっさと死地に行ってくるのよね!」
「「「うえ~い」」」
近藤の呼び掛けに対し、護熾を除く現世側の男子達が満腹感から来る気の抜けた声で返事をしながら立ち上がり、ガシュナ達もそれに続いて荷物をまとめた部屋にて着替えを取りに向かう。
ケーキを食べる前に、まずは湯船につかって身も心もサッパリとする予定なのだが、近藤のここで言う死地とは、男子陣は着替えを持って冷え込んだ夜の中、銭湯に行くことを指していた。
理由はもちろん、さすがにこの人数ともなると一つの湯船に全員が入りきるには時間がかかりすぎるからである。それをあらかじめ分かっていた護熾は事前に男子にはそう伝え、女子には残って皿洗いとケーキの盛り付けを頼んでいたのだ。因みに一樹だけは居残ってもらっている。
『じゃあ一樹くんは私と入りましょうね』
『はーい』
「「「…………」」」
ゾロゾロと着替えを入れたバックを持ち、銭湯へと出発するために男子陣が廊下を歩く中、ユリアと一樹の会話が聞こえる。
「…………願うことならば、今俺は一樹くんと代わりたい……!」
「アホなこと言ってねえでさっさと行くぞ」
木村の戯言を一蹴した護熾は、他の連中共々を連れ、いざ銭湯へ行くために極寒の外へと向かった。
金属光沢を持つ鈍色の大剣が、氷に覆い尽くされて朽ち果てる。
砕け散った剣の破片と氷の破片が辺り一帯に散り、しかしそれらを身体で弾き飛ばしながら互いに接近し、アスタは新たに炎揺剣を左手にて精製し、最大限解放の最速を持って刺突を試みる。フランベルジェの特徴としてその特殊な刀身が肉を引き裂き、止血しにくくして治りづらい傷を作る。そのため死よりも苦痛を与えるための剣と呼ばれている。他に敵の剣による攻撃を受け流すのに都合がよい、などの利点もあるという。
しかし相手の体表に剣先が触れた瞬間、剣先は確かにシュニ―の胸を貫くが、たかが一センチ程度刺さったところで喰らい付くかのように氷がそこから浸食していき、それ以上の侵入を拒む。それと同時に殺傷能力と耐久度が失われるのか、剣の特性を一切生かすことなく砕け散る。
「ちィ、駄目か―――!」
アスタは悪態を付きながら後退し、相手との距離をとる。
最大限解放の力を持ってして相手に損傷を負わせようとも、途中で喰い止められる上に剣そのものも破壊されるというリスクの方が遥かに高かった。しかも剣は完全に破壊されたのか二度と生成できないので徐々にアスタが用いる剣も二振りのみとなっていた。
一方でシュニ―は先程受けた右胸の出血を自身の氷で覆い尽くし、いとも簡単に塞いでしまっていた。相手の攻撃を封じる一方、自身の回復にも回せる彼の能力は確実にこの戦闘の軍配を上げつつあった。
「どうした? その状態では手も足も出ぬか?」
「…………」
シュニ―の問いかけに対し、アスタは体から表出するスパークを鳴り響かせ、相手に紅蓮の双眸を睨み付けるだけで返事はしなかった。
その無言を肯定と受け取ったシュニ―は、次に彼の右腕の方に視線を向けた。
彼が先程左腕のみを持ってして接近してきた理由、それは一目瞭然でもあり、シュニー自身の行為に他ならなかった。
「そうだな。片腕を封じられ、しかも破壊もままならぬ状態なのだからな。今までお前の力を見せてもらったがどうやら―――」
既に右腕は肩近くまで氷に覆われており、アスタは最大限解放の力を持ってしてもそれを壊すことができていなかったのだ。
「……私の買い被りだったようだな」
それを見て何かを思ったのか、静かに瞼を閉じてそう呟いたシュニ―は、再び瞼を開ける。
その視線は炯々としながらも冷たい瞳であり、いよいよ眼の前の紅蓮の男を仕留めるため、受けに徹していた姿勢を攻めに転じさせる。
そうして一歩一歩接近してくるシュニーに対して、アスタは残された二振りの内、短剣であるククリ状のナイフを左手に精製して逆手に構え、今日三回目の、禁忌の三度目の最大限解放を発動し、電撃を新たに纏って相手を迎え討つ。
きっと今持っているこの短剣すらも効かず、そして最後の一振りも砕かれ、自身に打つ手がなくなると、アスタは思った。最大限解放ですらも単なる抵抗に過ぎない、とも。
実質、アスタがその考えをした時点で、彼の敗北が決定した瞬間であった―――
読了ありがとうございます。さてさて久々に感じる後書きですが、次回はいよいよこの長かったお話にも決着を付けようとも思います。勘が良い人なら分かるかもしれません。そうです恒例の文字数パラダイスを展開していく所存であります。さあ何万文字になるかな~? などと自身で期待しながらも皆さまには少しお待ちいただけると感謝です。では次回までまた、でわでわ