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ユキナDiary-  作者: PM8:00
146/150

ユキナDiary---第玖話 静寂無き世界

年明けまでおよそ二時間前。間に合ったぞー!

それでは今年最後のお話を投下。この話自体はもう少し続きますがね。ではどうぞ!











 大戦が起こる前のとある日のワイトの夜であった。

 ほとんどの人間が夕食を済ませ、家族団欒や風呂などを楽しむ時間。とある家族も同様に団欒を楽しみ時間を迎えていた。


「ん~、可愛いなミルナは~」

「う~お父さんお薬の匂いがする」

「ははっ、お父さんお医者さんだからな」


 父親と思える人物はソファーの上で娘に頬ずりしており、ミルナと呼ばれた少女も嬉しそうに言う。

 その様子に母親である妻はやれやれと溜息をついてから呟くように言う。

 

「あなたったら本当に親バカねえ」

「そりゃ、お前に似て可愛いんだからな」

「ふふっ、ありがと」

「ほら、お前もおいで」


 家事を一旦済ませた母親も隣に座り、父親からミルナを受け取る様に抱き上げ、膝の上に座らせるようにする。まるで小さなお姫様だなと父親は思っていると不意に不安が頭の中をよぎる。

 

「でもこの子も大きくなったら、お前みたいに誰かに貰われるのかな……」

「それは、その子が望む幸せがあるならそうなるでしょうに」

「?」


 唐突に始まった父親の考える将来図に対し、妻はそう言い、一方当の本人であるミルナは不思議顔で首を傾げている。


「確かにそうかもしれんが、しかし! 俺がちゃんと見極め認めた男としか駄目だ! どこぞの馬の骨に私の娘を渡すわけにはいかん!」

「こらこら、暑くなっちゃってあなたったら。この子はまだ三歳ですよ?」

「そうだが、例えばいかにも目付きが鋭く狼のような性格の男とかは絶対にだめだ。内心何考えているか分からんからな」


 どこか未来で誰かがくしゃみをし、成長した娘に心配されたが父親はそれを知らない。

 そんな彼に対し、母親はミルナの頭を撫でるようにしながら言う。


「その時はその時です。もちろんあなただけの判断ではなく私もいますから。こう見えても男を見る目はあるのよ?」

「そ、そうだな」


 妻にそう言われ、父親は何だか照れた様子で後ろ頭を掻く。

 家族そろってこの時間を過ごす。それこそこんな風に他愛もない話を交わしながら。

 少なくとも、この時間だけは幸せと呼べるのは間違いなかった。








「おや、寝たのかこの子は」

「もう時間ですからね」


 午後十時を回る頃。

 布団の上で倒れ込んだのか、息子が穏やかな寝顔で寝ているのを父親と思しき若い男が屈んで覗き込んでいた。その後ろでは母親が夫と飲むために温かい飲み物を用意しているところであった。


「んー……寝顔は可愛いが……」


 息子の寝顔を見ながら顎に拳を当て、父親は呟くように言った。


「俺に似ちまったからな……将来が少し心配だ」

「まだ顔を気にしていたの? 大丈夫よ。ガシュナは将来男前になるわよ確実に」


 息子の将来を懸念する父親は目付きが鋭く、俗に言う三白眼であった。

 一方、夫の性格を知っている妻はフォローするようにそう付け加える。


「だけど見た目が怖いって冗談半分に言われてきた俺からすれば複雑なんだよなー」

「軍人らしいってことよ。いいじゃない。あなたのお父さんもそうだし気合入れないとダメよ中尉さん?」

「ははっ、そうだな」


 街の未来を護る職業にいるのだから、せめてそれが息子の誇りになればいいな。

 父親は息子と妻の両方を見てそう思い、ガシュナの頭を一度撫でてから、その場を離れた。














 大戦は世界中で起きていた。

 不可視の異形なる軍勢に平穏が黒く塗りつぶされる中、曇天の下で両者は戦っていた。




 激しく金属が衝突しあう轟音がアグヌの上空を突き進みながら移動していく。

 それは二つの影。両者は激突しあう度に切結んで火花が散り、その度に互いに一旦距離をとり、別の場所で衝突していく。そして突如、衝突した瞬間に互いに立ち止まり、二人は互いに剣をぶつけ、鍔迫り合いへと持ちこんでいく。

 紅蓮の男アスタは太刀を、そして名前持ネムラスが持つものは、銀盤こおりの長剣。


「ふむ」


 名前持ネムラスは涼しい顔で少しだけ首を傾げるようにし、相手の顔を眺めると見据えて言う。


「名を聞いていなかったな眼の使い手。私の名はシュニ―。さあ、答えよ」

「……アスタだ」

「アスタ……星を意味する名であるか。覚えておこう!」


 そう言い、高らかに上げた言葉の端に乗る様に、シュニ―はアスタを簡単に押し退け両者の距離を広げる。そしてシュニ―は片掌を差し出すようにする。


「さあ、時間はないぞ眼の使い手アスタよ。この前のように私の一撃で沈むなよ!」

「ちいっ!!」


 自分はこの都市から一刻も早く脱出しなければならない。それは隊長やその部下の願いでもある。しかし距離にして七メートル先にいる相手がそれをさせてくれない。否、この場に残していくわけにはいかなかった。

 不意に、ブンッと空気が軋む音がしたかと思えば、子供ほどの大きさの氷柱がアスタの四方から襲う。

 対し、アスタは冷静に太刀を片手に持ちかえ、居合のような態勢に入る。それからその刀身に自身の気を注ぎ込み、紅く灯し始める。そして輝きすら混じり始めると狙いを定める。

 狙いは四方から来る氷柱ではない。狙うは当然、シュニ―のみ。

 ビュンッ、と空気の壁を切り裂く音と同時に圧縮された気の斬撃が肌に触れそうなほど接近していた氷柱を一気に壊し、気の斬撃よりも一瞬早く何かがシュニ―に襲いかかる。


「なっ」


 攻防兼ねた攻撃に動揺したわけではない。

 空気の壁を切り裂くほどの速度で振られた斬撃は衝撃も伴うものだ。その衝撃が胸部を殴り、一瞬中てられたこと、それを考えての二段構えの攻撃に動揺したのだ。そして飛翔する斬撃が一瞬遅れてシュニ―に到達し、炸裂の轟音と共に巻き込む。

 その瞬間を見届けたアスタは即座に身を屈んで前に飛び出す。いちいち一手を放つごとに様子見をするくらいでは倒せる相手ではないと分かっているのであろう。

 その読みが当たったのか、案の定先程の攻撃を長剣で受け流したシュニ―の姿が、爆煙の合間から垣間見えていた。シュニ―もアスタが接近していたことに気が付き、剣を構え直して受けて立とうと身構える。

 そして両者が三度激突するかと思いきや、アスタの姿が眼の前で消えた。

 名前持ネムラスの動体視力を追い越す速度に、シュニ―は一瞬硬直する。


「むっ」


 しかし瞬時に出現場所を把握するとそのまま前方に倒れ込むようにして少しだけ跳ね、宙返りをする。

 すると逆さまの光景でアスタが背後からこちらに太刀を振り翳す姿が見えたので片手に持ちかえて剣を振り、その斬撃を受け止める。宙にいるのに関わらず、シュニ―は普段の体勢となんら変わらず攻撃を受け止めきる。


「見事な速力だな。なるほど、貴様は速度に特化した眼の使い手か。それに先程の攻撃。若いのによほどの手練であるな」


 逆さまの体勢で浮いた状態からシュニ―は称賛の言葉を浴びせる。

 眼の使い手、と言うのは個々で特化した能力が違う。アスタの場合は速度に長けているのは先程の一連の行動から既に把握済みであった。そしてそれらを纏め、確認するように言う。


「だがそれだけで私を倒せるとは、当然思ってはいないはずだな?」


 そう、仮にも名前持ネムラスだ。シュニ―はそう言うとその体勢から剣を持っていない方の人差し指を向けるようにする。瞬間、アスタはそれだけで何をしようとしているのか察し、即座にその場から掻き消えるように移動する。

 すると離れた瞬間に先程まで居た空間を光の帯が刺し穿ち、鉛色の雲までも貫く。

 上位の怪物のみが扱う気力を凝縮し相手を貫く『線』の名を持つ技だ。放たれた線は、それこそ本人の気質を表すかの如く、氷粒が光を反射しながら儚く消えていった。

 線を放った後、シュニ―は無重力にいるかのようにもう一度くるっと半回転し、少しだけ浮く様にしてからゆっくりと虚空に向かって足を付ける。それから少しだけ辺りの気配を感じるように首を動かす。


「姿が見えないな……様子見か、はたまた策でも講じているのか」


 違う速度軸に居る筈の彼を、シュニ―は感じ取りながらその出方を窺うことにした。






(この足の速度だけじゃあ、当然倒せる、わけねえよな)


 引き延ばされた世界を移動するアスタは、考える。

 敵は今まで戦った名前持ネムラスとは少しだけわけが違うことは始めて対峙した時に既に頭に刻まれていた。

 

(前は全力出す前に向うに全力を出された。それに様子見をしている時間はない。ここは一気に行くしかねえ!)


 幸いなことに、自分が見る限りではシュニ―はさほど力を出してはいない。しかしそれが意味するのはまだ何かが、先があるということだ。自身の全力、相手の全力、果たしてどちらが上なのか、ハッキリさせる前に決着を付けなければならない。

 そう、自分にはまだワイトに戻ってやるべきことがあるのだ。護るべき、故郷、友、そして家族を。


(今の状態では時間が長引くだけだ。……いくぞ!)

 

 本音を言うならばまだ取っておきたいが、普通の開眼状態で勝てる見込みも薄い。

 加速する世界の中、アスタは覚悟を決めると全身に電撃を通すかのような衝撃に駆られ、一気に加速世界の中でさらに加速し、一瞬でその場から掻き消え轟音を置き去りにして行った。






 


 突如、シュニ―の懐に雷鳴と共にアスタが出現する。


「なっ……!」


 その出来事に対し、今回初めてシュニ―は驚愕の表情に染まる。予想外の速度で来られたのに対し、身体は反射的に長剣を振るい、来たるべき攻撃に対し備えるが、甲高い金属音と共に、思わぬ方向に腕が跳ね上がったのに気が付くのは一瞬遅れてからであった。

 ザクッ、と耳元に肉を貫いた音が聞こえた。それはすぐに鋭い痛みとなり、シュニ―はすぐさま後方へと素早く移動した。そして虚空の上を滑りながら距離をとり、改めて傷の様子に意識を向ける。傷口は右肩にコルクで刺されたように丸くできており大して深くはないが、赤黒い液体がマントと首元を少しだけ濡らしている。シュニ―は肩に手を当てながら、


「……なるほど、貴様、全力で来たな。以前の私のように」


 前方に居る相手の姿を見て、シュニ―は全てを察する。

 およそ八メートルほど先には、あの眼の使い手が居た。

 左半身を見せるようにして佇んでいるその姿は先程までと違い髪が少し逆立ち、出るオーラは重厚さを増している。そして何よりも、明確な殺意を向けるようになっていた。眼の使い手の身体能力と気力を一段階上昇させる技能『最大限解放イグニッション』。過去に幾人かの眼の使い手が踏み込んだ新たなる力の領域。


「……優しいな、眼の使い手アスタよ」


 その姿を認めてから、シュニ―は少しだけ微笑むように言う。


「私は確かに人間に近い姿をしており、私もまたこの姿になんら疑問を持たない。しかし貴様は最初に遭った時、私のこの姿に対し、僅かながらの躊躇いを見せた。それがなければもっと深い傷を残せたろうに」


 シュニ―は肩に当てた手を少しだけ撫でるように動かし、退けると薄く張った氷が傷口を既に塞いでいた。傷の応急処置を済ませたシュニ―はアスタに告げる。


「さあ、来い! 覚悟を決めた貴様の実力。この身を持ってして砕かせて貰おう! 私もここから躊躇を捨てていく。いざ!」


 相手の心臓の位置に切っ先を向け、宣言したシュニ―は剣を構えて一瞬で間合いを詰めるほど踏み込む。アスタは特に行動を起こさず、肩の力を抜いたまま接近するシュニ―を見据える。シュニ―は迎撃の構えすら取らないアスタに疑問を生じるが、今更足を止める理由もないのでそのまま眼の前で剣を振り被る。


 ―――瞬間、剣の根元から刃が振り被る速度に耐えきれず、ガラス細工のように砕け散る。



「ぬっ―――――!」



 砕けて破片となる氷の刃をその身に被りながら、ゆっくりと進む世界でシュニ―は眼の前の相手を見る。

 偶然ではない。刃が砕けたのは眼の前に居る眼の使い手の仕業によるものだ。すぐにそれは分かった。思い当たる節を振り返るとアスタが懐から飛び出して出現した際に、防ごうとした剣を力で逸らされた時のことだ。相手の筋力も相当だが、あの時感じた感触は先程までの太刀と違ったのだ。


(まさか、)


 アスタが攻撃を外したシュニ―に向かって剣を突き出す。

 剣、そうアスタが手にしているのは太刀ではなく、剣。それも峰に凹凸が施されており、積極的に武器を破壊する事を目的とした剣。しかも相手を貫くために先端はレイピアのように細くなっている。その名をソードブレイカ―と呼ぶアスタの持つ五本の剣の内の一つである。


(持ち変えていただと! しかし破壊するとは、否不可能ではない! 武具も眼の使い手の一部であるからか!)


 銀盤の長剣はそれこそ自身の気を凝縮したもので単なる鋼鉄とは硬度が比べ物にならない。しかしアスタは現在最大限解放状態だ。剣にさらなる気力を注げば、剣の特性も相まって破壊可能になる。しかもそれを絶好の一撃の隙にするタイミングに調整されたのだ。

 残された峰と柄のみで、シュニ―はアスタの渾身の突きを防ごうとする。

 しかしそれをすり抜けるように、左胸に容赦なく剣先が突き刺さる。

 

 彼を突き動かすは護りたい故郷、友、そして家族のため。それが全てなのだ。

 音は聞こえなかった。

 この戦場と化した都市で、そもそもそんな小さな音など耳にすることは誰一人としてできないのだから。 









 シバは赤茶色の荒原を駆け抜けていた。肩には一人の人間を担いており、ヘリの墜落現場で唯一息のあった生存者であった。怪我はしているが、幸い少々荒い運び方くらいでどうにかなるほど深いものでもない。助かった理由は、乗っていた他の兵士のおかげであった。そう、墜落の直前に自ら下敷きになったのだろう。自分の認識票タグを今担いでいる兵士に握らせているのが何よりの証拠であった。だからこそ、シバはこの兵士を救わなくてはならない。


(間に合え……! 間に合え……!)


 背中から迫りくる脅威に対して、立ち止まることも振り向くこともなく抱えている命を救うためにワイトへ急ぐ。防壁門までの距離はおよそ三百メートル。少しでも墜落地点がずれていたら門にぶち当たってこの兵士の命すらなかったことであろう。シバは可能な限り足に力を入れ続けて走るが突如、前方の上空に空間の歪みが出現し、一つの穴が開く。そしてそこから黒い涙のように落ちてくる毛を纏った存在。紛れもなく怪物たちの群れで合った。


(やつらの攻撃かッ! 後ろはあくまで本陣を囲む隊列ってことかッ!) 


 それでもシバは走るのを止めず、臆することもなく大地に降り立った怪物たちに向かって走る。

 当然、怪物たちもこちらに接近してくる眼の使い手の存在を感知したのか、一斉にシバの方に顔を向け、突進しだす。

 シバは走りながらも前方に迫りくる怪物たちから眼を離さず、それどころか速度を増す。


「……少々、傷に堪えるかもしれないが許せよ」


 聞こえていないであろう兵士に静かに許しを請った後、怪物たちの群れの先頭にそのまま突っ込む。

 瞬間、空を切り裂く音を発生させながら突き進み、シバは一気に黒い絨毯から飛び出す。時間にしておよそ五秒ほど。怪物たちは二人に触れることすらなく、彼らは何が起こったのか分からず呆然と立ち尽くしていた。

 横を通り過ぎた眼の使い手は、同じ人間を担ぎ、近づいてきたから仕留め様とその爪や牙を振るおうとした。だけどしようと思った時点で身体がまったく動かなくなってしまったのだ。そして遠のく眼の使い手の存在を感知しながら、振り向くこともなくその場に立ち尽くした。



 そして一番先頭に居た怪物が何故動けなかったのかその場を見下ろすように首を下げると、自分の影に眼が留まる。自分の影、自身の黒さとなんら変わらないそれは自分の形を正確に映しているが、果たして自分の頭部からこちらにむかって針なんてあっただろうかと思う。

 針、それはその場にいた怪物たちの影に全てに存在していた。

 その針は自身の影の頭部から生え、なおかつ自身の腹部を貫いていることに気がつくまで、そう時間はかからなかった。




 背後で怪物たちが断末魔と共に塵へと変わる気の抜けた音が微かに聞こえた。

 シバは防壁門に到着し、非常口を開けてもらえるよう内線を使って連絡を試みる。しかし発信音すら鳴ることもなく、通信機と同じく機能しなくなっていた。仕方がないので非常口無理矢理こじ開け、非常用の隔壁を下ろしてから先へと急ぐ。薄暗い非常用の通路を駆け、扉を開けると、



「ガァアアァアアアアアッ―――!!」



 黒い大きな物体が眼前に降り立ち、視界を黒で埋め尽くす中、高々と振り上げられる五本の爪。


「ッ!?」


 予想外の出来事に対し、シバが身構えると彼の足下にあった影が意思に反して形を持ち、鋭い一撃を前方に見舞う。影でできた槍は一瞬にして怪物の腹部を貫き、次の行動に移される前にその場で仕留める。

 そして悲痛な叫びが耳を劈き、元の視界がひらける。

 そこは既に、自分の見知った光景でなくなりつつあった。


「い、ったい……何が……? なんて、こった……」


 シバの前に広がるそこには異変が存在していた。場所が場所だけに、その異様さに眼を奪われたのは無理もない。先程のこともあり、シバは信じられないと言った表情で立ち尽くす。

 そこには防壁を越え、今まさに侵攻せんとする黒き怪物の群れが街へと向けて闊歩しているのだ。まるで防壁などなかったかのように平然と存在しているそれは、平穏という水を濁す泥そのものだ。 


 シバは抱えている兵士のことを気遣ったが、このまま見過ごすわけにもいかないので殲滅するために戦闘態勢に移行しようとした時だった。

 するとその怪物たちに向け、一斉に銃撃音が真横から発せられると突如として射抜かれ、一瞬あがいたのちに塵へと変換される。

 シバは立ち止まり、銃撃した方向に顔を向けると、


「シバさん!」


 墜落していたヘリに共に搭乗していた一人の若い兵士が小走りでこちらに近づいてくる。その後ろには同じく銃を手にした兵士達がこちらを認め、銃口を下げて遅れてこちらに接近する。

 全員がこちらに来たところで、改めてシバは状況を確認するために初めに来た兵士に尋ねる。


「一体これは……状況はどうなっている?」

「はい。既に侵入されている地域の確認はできました。東西南北全ての門の周辺から怪物たちを確認、それぞれ哨戒が交戦に入ったとのこと。被害は現状では不明。今は放送で住民に避難を呼び掛けてもらっています。この辺の地域の放送系統は無事みたいです」

「そうか……奴ら、何らかの手段で内部に送り込んできたか。幸い激化する前に避難要請はできたとして……避難要請ができたってことは、連絡手段にも使えるな。連絡できたか?」

「はい。中央も異変に気がついて部隊の編成をしたそうで、既に各地域への派遣を行っている模様です」

「そうか、しかし我々はこのまま突っ立ているわけにはいかないな。とにかく、できることは住人の避難の支援だな。十人ずつに分かれて少しでも支援できるように向かおう」

「「「了解!」」」


 今現在、展開できて動ける部隊はシバ達のみである。たかが二十人ほどの部隊では微々たるものでしかないがそれでもないよりはマシであった。因みに武器に取り付けられた電子スコープは壊れなかったものもあり、それを基準にして編成を行い、二手に分かれて住人の避難の援助に臨むことにした。


(リーディアはおそらく動いているはずだ。ユリアさんとユキナちゃんを連れて避難シェルターに。トーマんとこは中央だから被害は少ない筈だ。だからここで俺が最小限に被害を少なくしないと)


 敵の本陣はすぐそこまで迫っている。シバは他の兵士達と駆けながら近くの地域の怪物の殲滅、及び避難支援に向けて動く。被害の状況は不明。もしかしたら既に毒牙に掛かっているかもしれない。幸い友人知人家族は発生源から離れているためと機転の利く判断の持ち主ばかりだ。うまく避難できていることだろう。

 

 勃発した怪物たちの宣戦布告に対し、眼の使い手シバはまず能力を持った理由を証明するために戦場に臨んでいく。








「……シバは、無事みたいだな」


 中央の研究室で静かにトーマは一安心したように溜息をつく。

 先程ここを飛び立ったヘリが一つ残らず墜落したという報告をうけたばかりであったが、遠くで開眼状態に変身した気を何度も感じたのでおそらく大丈夫だろうと確信しているところであった。しかし何度も開眼状態になっているということは、それだけ危機に面している、つまり交戦状態になっているということだ。


「分かるの?」

「俺だって一応眼の使い手だ。あいつの気くらい分かる。でも何度も開眼状態に入っているみたいだから戦っているのは確かだし、繰り返しているってことは長期戦覚悟なほどの状況みたいだ」


 同じ室内に居合わせているミョルニルに対し、トーマは腕を組んでから捕捉を加えて肯定する。

 そんな彼にふとミョルニルは視線を組んでいる腕に向ける。そこにはここに居ても経ってもいられないように指をトントンと前腕部分にしきりにノックしており、かと言って持ち場を離れるかどうか思案しているようであった。


「……ねえ、何葛藤してるの?」

「……できることならリーディアやユリアさん、ユキナちゃんの安否を確認したい。通信系統もその辺は掴めてないみたいだからな。だが、何が起こったのか解明しないと対策もとれないのも事実だからな」


 できることなら今なお戦場にいる眼の使い手達の最大の不安材料を取り除く。しかしその前に街全体の戦況や怪物たちの進行具合、はたまた先程の通信系統やヘリをダウンさせる謎の現象の解明もできなければ自分が出て行っても無駄骨の可能性も否めないのだ。


 それに対するミョルニルの判断は早かった。


「決まってるわ。行ってきなさいトーマ」

「! 師匠せんせい……」

「解明の方は私とストラスくんでやっておくわ。結果が出ればあなたに伝えればいいだけだしね。ほら、壊れていない通信端末よ」


 そう言ってミョルニルは胸ポケットから出した通信機器を軽く放り、トーマに受け取らせる。


「っと、だがここだって決して安全じゃないんだ。もし優先的に中央ここを破壊しにでもこられたら……」

「その時は終わりだけど、今は自分にとってできることをするべきだと思うわ。あなたのその力はここを護るためじゃない。とにかくあなたは行くべき。そして私の戦場はここ。二時間待ちなさい。そうすれば何らかの戦果は上げられるわ」

「二時間で……ってことは」

「そう。まだ大規模な試運転はしてないけど、今からそのための演算や出力係数を打ち込むわ」


 そう得意げに言うミョルニルの顔には、確かな自信に充ち溢れていた。

 そう、この街の戦況を逆転しかねない代物と言えば、彼女が今日まで研究し続けてきたものだ。それを発動するまで二時間の準備をくれということだ。


「……恩に切る」


 ならばと、自分の行うべき方針を定めてくれた彼女に普段は言わないような口調で礼を言うと、すぐに振り返って研究室を飛び出す。彼はその瞬間から研究員ではなく、眼の使い手と言う戦士に変わる。その背中を見送った彼女はやれやれと溜息をついてみせる。するとすれ違いざまに今度はストラスが研究室に入ってくる。


師匠せんせい、さっき先輩が走って出て行きましたけど……」

「ええ、優柔不断な部下に啓示しただけよ。それよりどうしたの?」

「その、さっきこの中央を指定範囲にした結果と怪物の仕掛けた現象についてなんですけど……」


 ストラスはそう言いながら手元の資料を渡し、彼女は受け取ってすぐに流すように見る。ミョルニルは暫しの間文字やら数字が羅列する資料を見て、一つの疑問を口にする。


「……これって」

「ええ、どうにも我々、知らずに連中の裏をかけたみたいっす」


 出てきた一つの結果に、ミョルニルとストラスは同時に思った。

 本当に、これこそが切り札に成りかねない、と。

 奴らが破壊しつくすのが先か、完成させて人類が反撃するか、時間との戦いを両陣営は背負う。









 海洞家にて四時半を回ったことを時計が伝えていた。

 そう、いよいよ本日のメインイベントの一つでもある夕食に向けての準備である。

 台所に立つのは前にも言ったように護熾、ユリア、千鶴、ミルナ、リル、アルティの六人である。

 台所の大きめのオーブンには既にターキーを突っ込んでおり、およそ二百度で焼き始めていた。ここからおよそ三十分後には温度を少し下げ、何時間かそのまま焼く必要がある。その間に他のメニューに取り掛かり始める。

 まずは前菜から。オーブンでガーリックバターを塗ったパンを軽く焼き、オリーブ・オイルをかけて塩とコショウをふったものである。その上に赤ピーマンと薄切りトマト、バジルを乗せればブルスケッタの完成である。前菜と言うだけあって、長い食事準備を支えるために最適な一品である。また少し冷やしてからでも大丈夫なので出すのを控え、次の料理に移る。


「って、あれユキちゃん?」

「ん~?」


 その最中、いつの間にか台所に来ていたユキナに千鶴が気が付く。

 彼女はテーブルの上に顎を乗せ、皿に盛られたブルスケッタに興味津々と言った視線を向けており、自分が何をしたいのかハッキリと言葉にした。


「つまみ食いに来たのー」

「匂いにつられちゃったの? んー気持ちは分かるけど……」

「ああ待った待った斎藤。ほれ、ユキナ」

「わーい!」


 困る千鶴の横から割り込むように護熾が登場し、ユキナにブルスケッタを一切れ差し出す。

 ユキナは彼からの厚意を素直に受け取り、その場でもぐもぐと食べ始める。


「い、いいのかな海洞くん」

「まあ予想の内だったし、今から作る夕食のネタバレ防止も兼ねてるからな」


 ぶっきらぼうに言ってみせる護熾は、ブルスケッタを食べる彼女の頭を撫でるようにする。それに対してユキナはブルスケッタの味を楽しむと共に、彼氏に撫でられて嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。

 そんな光景を見ながらも、千鶴はあんな風にぶっきらぼうにするのは彼なりの照れ隠しであることは大体分かっていた。話によると彼女は五年ぶりの誕生パーティー、色々としてあげたいのは紛れもなく彼なのだ。千鶴は感慨に耽る様に二人を見ていると、


「……そうやってると三人家族みたいよ、あんたら」

「わあっと!?」


 不意に横からユキナを回収しに来たイアルが呟く。


「ち、ちがっ、私は決してそういうことを狙ってやったんじゃなくて……!」

「分かってるわよ。私個人の感想を言っただけだし。とりあえずその子を回収しないと邪魔になるしね」

「むっ、私は味見役としてここにいるんだよっ!」

「胸張って堂々と言える台詞じゃないしな。ほれ、気は済んだんだろうからコタツに戻ってな」

「はーい」


 何はともあれ、満足したユキナは護熾の言うことに素直に従い、イアルと共に自分の炬燵もちばに戻って行った。


「これでしばらくはこっちに来ることはないから安心しな」

「そ、そうなの?」

「ああ、流石にあいつも分かってることだしな」


 二人が戻るところを見届けていた彼の表情は、どこか楽しげだった。

 その表情を見て、千鶴の方もつられて微笑む。

 どうか、彼の望んでいる通りに事が進んでくれることを。そう願わずにはいられなかった。

 

 

 





 ワイトの東門からおよそ一キロ地点に、怪物達軍勢の中枢である本陣が鎮座していた。

 本陣はワイトに近い方から怪物たちが隊列を組んで所狭しと並び、続いて知識持ナレジ、その者を大きく取り囲むように名前持ネムラス達がおり、その者に最も近く控えているのが虚名持ラバンダスとなっていた。

 その中で、名前持ネムラス軍にいたパルシは一つの疑問を持ち続けていた。


「…………どういうことだ?」


 彼が疑問を生じていたのは無理もない。現在攻め落としているワイトに対してあらゆる通信や兵器を無力化する攻撃を行ったはずで、それは紛れもなく直撃したはずだった。にも関わらず、機能停止に追い込まれているのは自分達がいる東門付近のみであり、他は通常通り戦況報告が行き交う通信が行われていた。


「ほう、何やら自信満々でやったはいいが、どうやら人間の知恵の結晶はピンピンのようだな」


 それを察したかのように、やや小馬鹿にした口調で横から誰かが言った。

 顔を向けると一人の名前持ネムラスがわざと肩をすくませる仕草をしてみる。

 パルシは忌々しげに、その名前持ネムラスの名を呟くように言う。


「マールシャ……」

「おっと、鬱積する気持ちは分かるぞォ。私だって戦場に乗り込んで眼の使い手とやり合いたいのだが、それは主が決めることだ」


 マールシャと呼ばれた名前持ネムラスは退屈そうに言う。

 それに対して揶揄するかのように笑ってからわざと聞こえるように呟く。

 

「ふん、だったら俺は今から主に直接乗り込むように交渉しに行くさ。当然俺だけっていう条件でな」

「むっ、それは少々聞き捨てならぬ台詞だな」

「だったらここで殺し合うか? 丁度お互い暴れたくて仕方がないんだから、なァ!」


 ここでとうとう互いに視線をぶつけ、睨み合いになる。

 その圧倒的険悪な雰囲気に傍にいた知識持ナレジや怪物達は身の危険を察知してその場から遠のき、他の名前持ネムラス虚名持ラバンダスは面白い出来事が起きそうだと退屈しのぎに期待した視線を送っている。

 最早止めようのない喧嘩が起きようとした時、一つの声が刃の切っ先を滑り込ませるように入る。




「待て」




 その一言だけで、殺気立った空気が沈んでいき、溶けていった。

 ざわついていた音も掻き消え、放心が軍勢を支配していく。睨み合っていた二体の名前持ネムラスも既に互いの顔ではなく声を発した人物に顔を向けていた。両者とも意外そうな、驚愕に染まった表情と共に。


 声をかけたのは、紛れもなく彼らの頂点として君臨するその者であった。


「主……」

「お前達の胸焦がれる気持ちは分かるが、今はその時ではない。さて、急な話だがどうにもパルシの能力が思ったほど効果が出ていないようだ」

「も、申し訳ございません!」

「それはいい」


 さして気にしていないと言いたげにその者はパルシに近づく。近くに居た虚名持や名前持は一斉に身を引いて道を作り、頭を垂れて迎える。そしてその者がパルシの前に立つと、一つの命令を下した。

 短い理由と一つの命令。それを聞き受け入れた途端、パルシは驚くと共に狂笑の表情を作る。



 内容は簡単だった。

 その能力と名前持ネムラスの力を持って、ワイトに乗り込め、と。



 かくして戦争は加速する。

 ワイトに近づく一つの変化が訪れようとしているなど、眼の使い手達が気づく由もないのだから。

 異形な軍勢が放った一手が、この大戦を大きく揺らすのは、もう目前である。






 



 アグヌの上空にて二つの影が映っていた。 

 一人は眼の使い手アスタ。

 もう一人は名前持ネムラスのシュニ―。

 両者は時が止まったかのように静止しており、アスタの最大限解放である纏った電撃が時折バチバチと音を立てているだけであった。

 シュニ―は折られた長剣での防ぎに失敗し、左胸にアスタのソードブレイカ―が深々と刺さった格好のままであった。単純にいえばいくら怪物で名前持ネムラスと言っても、急所を貫かれれば死に至るはずである。

 しかし現にシュニ―はこのような状況でも息をしていた。しかも、一切乱れることもなく。

 対して、アスタの方は徐々に息が荒くなっていた。まるで事の重大さに気が付く様に、理解ができず焦る様に。


「『ここからは躊躇を捨てる』、と、確かに私は言った」

 

 表情を変えず、深く静かな声でシュニ―は言う。

 左胸に剣は刺さっているが、赤黒い液体はまったく漏れ出てはいなかった。

 と、次の瞬間、刺さっている場所から剣の刀身が氷に覆われるかのように柄へと登っていき、身の危険を察知したアスタはすぐさま離れて距離をとる。


 そして身構えるとシュニ―の左胸に刺さっている剣は柄の方まで氷が浸食し、氷の造形へと変貌してしまった。まるで剣が氷自身に喰われたかのような光景は、流石に不審の表情を浮かべざるを得ない。


「さあ、ここからだ眼の使い手アスタよ」


 シュニ―は左胸に刺さっている筈の剣の柄を握り、静かに引き抜く様にする。

 そしてその切っ先をアスタの方に向けると、特に何もしないうちに剣はガラス細工のように粉々に砕け散る。



「お前の切り札は見せてもらった。次は私の番、ということだ」



 アスタの胸中によぎる一つの疑問。

 感じたことのない気質。

 今まさに、シュニ―はその不可思議な気質の正体を現そうとしているのだ。




 それはまさしく絶望と、同義なのかもしれない。






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