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ユキナDiary-  作者: PM8:00
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ユキナDiary---第捌話 平穏、強襲、開戦

 遅れたとしかいいようがありませんが、とにかくお待たせしました。次話は年内に出せると思いますので、とりあえずこのお話をどうぞ。では!










 今日のワイトでは、軍に関わらない一般人は何も知らずに過ごしていた。いや、正確には軍の中にも今の状況を知らない人間もたくさんいる。そんな中、無事また朝日を告げたワイトでは起床のためにあちらこちらで一日の始まりを開始していた。


「お父さーん! 起きてー!」

「うん……? う~、朝か……」


 一般家庭における朝の始まりはこんなものである。この家庭においてはどうも子供に起こされるのが休日の朝の始まりのようである。それはさておき、休日の始まりは寝床から起き上がるのを惜しみ、渋々起きてから息子とともに顔を洗い、それから家族と共に温かい朝食を食べ、



「ほーら、食べたら歯を磨いてきなさーい!」

「……朝なのに元気だよなー、お前とラルモは……」



 元気すぎる嫁と息子に対し、胸に秘める疑問を吐露するが、とりあえず洗面所へ向かう。

 向かうとそこには既に息子であるラルモが歯磨き粉の辛さに苦戦しながらも歯磨きをしていた。


「ふおおぉぉぉ…………!」

「はっは、わざわざその歯磨き粉で磨いているのか。元気がいいな本当」


 その真剣かつ辛そうであるが、その挑戦する姿を微笑ましいと思い、頭を軽く撫でるようにする。撫でられて嬉しいが口の中で続く抗争にラルモは奇妙な表情になり、それがまた微笑ましいと思える。

 今日は休日。大凡妻と息子の所為で休んだ気になれない一日になるであろうが、それも家族サービスだなと彼は思い、自分もコップに挿してある歯ブラシを手に取り、息子とともに歯を磨き始めた。









「あら? あの子、またあそこにいるのかしら?」


 少し時間が経過した頃、別の家庭では若い女性が家の中で子供を捜していた。とは言うものの、既に行き先の検討はついており、その場所へと足を進める。

 木材で作られたドアを開くと、そこには大きな本棚が左右の壁に並んでおり、部屋の奥には大きな机が鎮座している光景が眼に映る。それから視線を少し下にずらすと、案の定お目当ての子供がそこにいた。


「あらあら、やっぱりここにいたのね」

「ああ、今日も朝食を食べ終わったらここに来てたよ」


 その部屋の中には、机の椅子に座っている夫と、床に大きめな本を広げて座って眺めている少女の姿があった。


「今日は何を読んでるのかしら、アルティ」

「ん」


 近づいてきた母親に対し、アルティと呼ばれた少女は身体の半分はありそうな本を掲げて見せる。

 本の内容はとある地方の童話が記されており、それを掲げたまま一生懸命読んでいるのか真剣な表情でじーっと見ている。ただ、少女の腕力では保つのが難しいのか、すぐにプルプルと膝ではなく肘が笑い始める。


「おっと、本がお痛しちゃうわよ」


 そこへすかさず母親が下から支えるようにそっと手を差し伸べ、ゆっくりと本を床に下ろさせる。

 

「楽しそうなお話は見つかった?」

「うん。おもしろいよ」


 そう楽しそうに笑う少女に、思わず母親の方も顔に綻びが生じる。

 何て楽しそうに笑うんだろう、そう思っていると、父親がそれに気が付き声を掛ける。


「おや、お前も楽しそうだな?」

「あ、あらそう?」

「ああ、惚れ直しそうだったぞ」


 もう、あなたったら、と母親は頬を少しだけ朱に染め、少女の頭を撫でると立ち上がり、


「それじゃ、アルティの面倒を頼みましたよ?」

「ああ、任せとけ」


 元気な返事から了承を得た母親は家事に戻るため、暫し娘を父親の許に預けて部屋を抜けた。

 


 これらがほんの数時間前までの出来事であり、この日誰しもが普段の日常を過ごせることを、いや、それが当り前だと思って気にも留めていなかったことであろう。忍びよる影のように、奴らはそれら全てを破壊しに侵攻しているなどと、今は誰も思ってはいないのだ。



 平穏の破壊者達はゆっくりと、街の防衛装置に感知されることなく、大蛇の如く丸呑みするように取り囲み始めていた。











「まったく、発見した時には死亡報告書の作成をせねばと思っとったぞ」


 名前持ネムラスに倒されてからおよそ二日目であった。

 朝の目覚めで意識が戻るなり愛する家族ではなく筋骨隆々の隊長に叱られるなど、目覚めにしてはワーストに入るレベルだー! とアスタはひくひくと顔を引き攣らせながら心情はそんな感じであった。

 意識を取り戻したところを看護師に発見され、その十数分後には報告を聞いた彼が病室まで赴いてくれたのだ。ただし椅子に腕を胸の前に組み、力士像のように座られていては気楽な雰囲気など生み出すことはできない。


「あー、その、とにかく心配をおかけしました」

「まったく」


 そう低い声色で答えた後、


「……意識不明だったとはいえ、お前がいなければ我々の機は墜落させられていただろうし、お前は命令を護った。だから、よく無事でいた」


 心中の一部を吐露するように、溜息とともにそう伝える。

 任務上で言えば、彼は自身に課せられた命を実行したにすぎず、もし彼の判断がなければ、こうして病室で再会することもなかったであろう。


「それで、話を急に変えるが、『いた』のか?」

「…………はい」


 名前持ネムラスはあの街に存在していた。

 短くとも確かな事実に、隊長はそうか、と呟いて落ち込むように顔を少しだけ俯かせる。それから再び顔を上げると、


「お前が倒されたんだ。強かったのか?」

「ええ。こちらが様子見している最中に、向うは全力みたいでした。まあ、あれが全力がどうか分かりませんが、一太刀しか浴びせられませんでした」

「一太刀、ね。連中の事だ。もう回復していることだろう。……アスタよ」

「はい」

「次は、勝てるか?」

「もちろん」


 その返事には、覚悟を決めた声色で合った。次は絶対にこんな無様にならない、と。その瞳に宿った闘志は、自分より一回りも経験が少ない若造にしてはあまりにも上出来で合った。それを見届けた隊長は少しだけ嬉しそうに微笑んだ後、すぐに曇らせて溜息を一つ付いた。


「そうか。…………アスタよ、今から言うことを落ち着いて聞いてくれ」

「……何を?」

「いいから。黙って聞け」


 それから一息ついた後、そのまま言葉をつづけた。



「お前が名前持ネムラスに倒された後、街は潰された」

「…………え?」



 単純明快な言葉に、しかしそれだけにアスタは驚愕の表情で眼を大きくする。


「お前を回収した直後、突如として敵の勢力が増大、その六時間の間に残った部隊も逃げ遅れた住人も、撤退を余儀なくされた兵たちも三分の一が生存確認できていない――――殺害されたか若しくは攫われたか」

「ちょっと待ってください……どうして」

「落ち着け、お前の責任ではない。今回の連中はどうにも殺しにかかってきている。だが確認された勢力を見るからにも大都市を攻め落とすほどだ。なぜわざわざそれだけの戦力を投入したのか……そして次は、おそらくここだろうな」


 陥落させた街を拠点としているならば、そしてその戦力に狂いがなければ、次はほぼ間違いなくここ都市アグヌに攻めようとしてくることは想像に難くない。


「この事態に全世界の軍や政府も注視している。…………何故、『怪物』などと呼ばれているのか、いやでも思い知らされるな」

「隊長、やっぱり今回の戦いはオカシイですよ」

「……どういうことだアスタよ」


 現場に行く前からあった違和感、そして現地に着いてからもこびり付く様に残っていたそれは、どうにも拭い去ることができなかった。アスタは現在までの状況確認も含めて話す。


「まず、名前持ネムラスの出現した時間。対峙したから分かるんですけど今まで見過ごしていたわけではなく、どうも奴はわざと我々が住民を救出した後を選んで出て来たようでした。それと奴は言ったんです。『動かなくなってもらいたい』、と。どんな理由があるにしろ、あそこで奴は俺を殺さなかった」

「確かに、お前が生きていて安心していたが、そうなると不自然だな。わざわざ敵を生かす真似をするなんぞ」

「そう、それと隊長が言った俺が居なくなった後に大都市すら攻め落とすほどの戦力。初めからそれだけあって、これまた機会を選んだかのように投入し、街を潰した。どれもこれも腑に落ちない。奴らの目的は眼の使い手でも住人でもないように思います。もっと別の、何かが?」


 アスタは考え込むようにし、隊長の方も改めて今回の戦場の不自然さに首を傾げる。

 殺されなかった眼の使い手、初めから出し惜しんでいた戦力、そして今回の名前持ネムラス

 

「複雑ではある。しかし連中は今度はアグヌを攻めてくるのは動向からして確実であろう。私は持ち場に戻る。お前は休んでおけ」

「いや、俺はもう」

「全身の骨にヒビが入った奴が何を言う。しかしそれも一日経ったらほぼ完治しているそうだ。まったく、眼の使い手も我々から見れば理解を超えているな」

「あー、まあそれも取り柄、ってことで?」

「ふん。そう、それと眼の使い手がもう一人増援に来る。シバだ。そろそろ離陸する頃合いであろう。他にも本格的に始まる前に、各地からも増援が来る。どこも都市の精鋭達だ。とにかくお前はもう少し休んでおけ。では」


 そう言い、椅子から立ち上がった彼は看護師に後を頼んだ後、新たな戦いに備えるため病室から出て行った。

 その背中を見送ったアスタは、やれやれと身体を倒し、枕に頭を乗せる。

 もう一人の眼の使い手、シバが来るならばこの状況もそれなりに好転するであろう。そして他からも増援が来る。世界もこの状況を見過ごせなくなってきたのであろう。まあ、このような非常事態になったら、普通は増援を送るか、軍事力の少ない小さな町などは万が一に備えて身を固めていることであろう。


「……ん?」


 ここでアスタは何か引っかかる感触を確かに感じた。

 それはどうにも先程から持ち続けている疑問に対して、無くしたパズルのピースのように嵌ろうとしていた。差し詰め絵柄にあうように向きを変えて嵌めこもうと四苦八苦している状態と言えよう。

 もう一度起こった事柄に対して整理しよう。

 まず、名前持ネムラスの出現のタイミング。これは単に自分の元へおびき寄せるためであり、墜落させようと攻撃したのもそのためであろう。そもそも街中で見たあの氷は気を物質化させるというのは相当の気の扱いに長けたことを示す。本当に墜落させたければわざわざあんな派手に気力を撒く必要はないのだ。

 次に殺さなかった理由。簡単に言うならば『殺す』のが目的ではなく『戦闘不能』にするのがメインだったのだろう。眼の使い手が殺された、となれば世界は恐怖し、警戒態勢に入るであろう。それもかなり強固に。しかし殺さなかったことで、そしてまだ戦えるということで、他の大都市からは増援を寄越し、なおかつ眼の使い手も一人呼ばれているのだ。

 最後まで隠していた大都市ですら落とせる戦力も、今回の増援の切っ掛けになっている。


 ここまで考え、結びつき、アスタは凄まじく不吉な予感がした。


 今回の戦いの目的は眼の使い手でもなく、増しては住人ではない。



(一見、結果的に奴らは自分たちにとって不利な状況に追い込まれている? 違う。でも増援なんか呼ばれたら面倒なのは変わりないだろう。いや、でも都市すら落とせる戦力、っていうのは名前持ネムラス一体の独断で動かせるものなのか? 仮にそうじゃないとしたら、これは奴ら全体が動いていることになる。と、なると――――)



 そしてようやく、向きを変えまくっていたピースがカチリ、と嵌り、アスタは答えを見つけた。



(奴らの狙いは――――まさか主要都市!?)



 そう、その可能性は濃厚で合った。

 と言っても、増援を寄越したところで防衛力はきちんと残しているので、問題はない。

 だが、奴らはお行儀よく『増援を差し引いた都市の戦力』に対抗するわけではない。



 隊長は確かに言った。『シバがそろそろ離陸する頃合いだ』、と。

 さて問題。離陸中のヘリを丁度、住人達がいる地域である住宅街に何らかの方法で突き落としたのならば。それで起こった悲劇と言う『隙』に乗じて、混乱の最中奴らは来るであろう。これならば一気に軍の戦力展開できない区域まで入り込む、まさに喉元に喰らい付くという表現がぴったりであった。

 もちろん、その主要都市には『ワイト』も含まれていた。奴らは小さな街を囮とすることで、世界規模で圧倒的優位のまま戦争を展開しようとしてるのだ。


(今のままだと、シバが危ない――! そしてそれだけじゃない――!)


 アスタは看護師が何かを話しかける前に、ベットから立ち上がろうとした。

 一刻も早くこのことを伝えなくては、故郷の人間達が、今ヘリに乗っているシバも、その帰りを待つリーディアも、完成間近の研究に没頭しているミョルニルとストラス、トーマも、そして何より、愛する家族であるユリアとユキナが、危ない。



 看護師の制止の声も聞かず、アスタは電極をぶちぶちと引き剝がすと飛び降り、靴を履いてから病室のドアを破る様に開け、すぐさま司令部の方に向かおうとし、一瞬、世界が真っ白になった感覚を得た。



 瞬間――――上空から空気を押しのける凄まじい爆音が都市全体を震わせるように響いた。









 二階から二人が戻ってきて数分が経過しようとしていた。

 

「ユキちゃん♪ ユキちゃん♪ ぷにぷにほっぺ~♪」

「う~~」


 近藤はコタツの中に入っているユキナを両膝の上に乗せ、その幼い小顔にある両頬を存分に楽しんでいた。現在、今では再び全員が集結しており、互いにそれぞれ話したいことやテレビゲームなどを通じて時間を潰している状態であった。護熾の方もターキーを焼くにはあと一時間半ほど待たなくてはいけないので今は高校生らしくテレビゲーム組になって混ざっていた。


「ほんとユキちゃんのほっぺ柔らかいな~。海洞はこのこと知ってるのかしら?」

「んー? 護熾もね、髪と同じくらいほっぺも触るんだよ」

「あらら、あの奥手男が?」


 ユキナの返答に対し、近藤は意外そうな表情で言う。

 そしてその返答に対し、さらに斬り込む質問を投げかけてみる。


「そういえば、ユキちゃんってその、海洞とどこまで進んでるの?」

「ん? んっとねー」

「おっと待ってユキちゃん。おーい、あんた達そんなに聞きたきゃ遠慮しないでそばまで寄りなさいよ」

((ギクッ!?))


 (ちゃんとした理由があったとはいえ)二階で覗き見した件から、気になっていたのだろう。そんな彼女の発言に対し、反応したであろう二人を挟むようにコタツにいた千鶴とイアルが聞き耳でも立てているのか、一見聞いてないふりをしているようでいたが様子がおかしく、意識は二人の会話に向いていたのを近藤に悟られていた。


「い、いやその、ね? やっぱ気になっちゃって」

「わ、私はその、恋仲の男女が不健全な行為をしていないかを……」

「千鶴は素直だとして黒崎さんも認めないとね。さあさあ、ユキちゃん。もう一度訊くけど海洞とどこまで進んでいるのかしら~?」


 改めて周りに悟られないように固まった彼女らは気になっていた。眼の前にいる天真爛漫と言える少女とあの少年との交際状況を。もちろん分かりやすく言うならば恋のABC、つまりはそっち方面の進行度を訊きたいわけなのだが、



「えーっとね。護熾が将来お婿さんになって貰ってくれるのを約束するくらいに…………えへへっ」



 どうも、ユキナの方は彼女らの訊き出したい質問の隠喩が分からず、素直に、そして後ろ頭を掻きながら頬を朱に染めてそう答えた。


「あらー、ちょっと会話が食い違ったわね」

「いやまあ、仕方ないんじゃないかしら。訊くんなら寝る前でもいいわけだし」

「そうね。ちょっと気が早かったわね。我ながら早計すぎたというか……」


 近藤とイアルは質問の仕方が悪かったと反省していたが、千鶴だけは何やら納得している二人にとある事実を突き付ける。


「ちょ、ちょっと二人ともっ! 何気にユキちゃんすごい発言してるんだけどっ!」

「……そういえば、そうだわ」

「た、確かに。え、なにあいつユキちゃん貰う気でいるの!? ま、まあこのまま交際が続けば在り得なくはないんだけどね」


 将来結婚するなんかは端から見れば見栄っ張りに見えるかもしれない。しかし護熾の性格を考えると本気で約束したのであろう。そこもまた彼だからと妙に納得できる辺り、彼への信頼なのだろう。


「うん。それにお母さんも護熾なら、って認めてるしね」

「いよいよもって男子共に聞かれたら集中砲火を浴びる立場になったわねーあいつ。まあ、ユキちゃんも幸せそうだし順調そうだからいいけどね」


 ここでイアルはやれやれと肩をすくめてボソッとわざとユキナに聞こえるように呟く。


「あーあ。ユキナが何らかの手違いで別れたら傷心している海洞に近づく作戦も考えていたのになー」

「っ!? ちょっとイアル! 聞き捨てならないよそれ!?」

「四分の三、冗談よ」

「よ、四分の一は本気だったんだね黒崎さん……」

「ユキちゃんも大変だねー。周りに虎視眈々と狙う子がいて」

「な、何で私の方にも視線を向けるの?」


 そう意地悪そうに近藤(因みにイアルが護熾に好意を抱いていたことはのちに千鶴から聞いていたため知っている)は彼女の頬を触りながら、にやにやと千鶴の方にも顔を向けていた。


「因みにユキちゃんのほっぺ。柔らかさは千鶴の胸と同じくらいね」

「っ!?」

「ちょ、ちょっと勇子っー!」


 不意打ちの情報に、ユキナはマジマジと千鶴のそのたわわに実っているものを見る。

 相変わらずその歳にしてはスタイルの良い容姿に羨望の眼差しを向けざる負えないと同時に、やはり一番危惧してしまう危機感も伴ってしまうものだ。

 そして気がつく。自分の周りにいる少女たちもまた、自分とは違う次元スタイルであることを。しかし今回は前回のお泊りのように取り残されたわけではない。


「うがーっ!」


 そう小さく吠えるようにすると近藤の膝上から脱出。そしてコタツに潜伏するやもぞもぞと高速で動くモグラのように移動し、隣で固まる様にしていたアルティ、ミルナのいるエリアまで行くとそこへ顔を出す。


「ど、どうしたユキナ?」

「同盟者達のとこに戻ってきたの」

「同盟者? ……ああ、なるほど」


 突然やってきた彼女にミルナとアルティは不思議顔でいたが、彼女が元いた場所を見て納得していた。

 そんな眼の使い手達はじーっと、明らかに羨望の眼差しを三人に向ける。そして同時に自分達の胸を見下ろすようにし、それからずーんと周りの空気と一緒に重くなる。

 それを見て、イアルはコタツに頬杖を付くと呆れた調子で零すように言った。


「まったく、こっちから見れば眼の使い手あのこたちってのは欲張りすぎなのよねー」


 今のままでも彼氏から十分に愛情を貰っているのに、と彼女は沈んでいる三人を見て、心の中で付け加えた。

 











「……何が、起きたんだ?」


 曇天で和らいだ日差しに照らされる大地で、シバは呆然とした様子で呟いた。

 視界は良好、聴覚も問題なし。五体満足、と身体の方は万全であった。

 しかし精神が、思考が今の状況を理解しきれていなかった。自分のそばには、先程のヘリに乗っていた増援のための兵士達がおり、先程助けたばかりなのでシバのようにまだ立ち上がれてはいなかった。

 シバは辺りを見渡す。横十メートルほどには燃え盛る鉄屑と化したヘリが黒煙を吹いており、もっと遠くの方からは爆発音さえ聞こえてきていた。おそらく同時刻に離陸したヘリだろう。残念ながらシバの力では、一緒に乗っていた人間しか救出できなかったのが現実だ。せめての救いは街中で墜落せず、外壁のすぐそばに墜落した形であったことであろう。


「うぅ……一体」


 意識を戻したのか、すぐ横の兵士がむっくりと起き上がる。続いて他の兵士達も、およそ二十名ほど。


「分からない。現状、俺達が見ていたのは突然の操作不良、及び凄まじい閃光のみだ。本部に連絡を取る。装備の確認でもしていてくれ」


 シバは胸にしまっていた通信機を取り出し連絡を入れるが、


「……? 変だな。壊れているのか?」


 取り出した通信機は黒い画面のまま沈黙しており、シバは首を傾げる。

 さすがにヘリの墜落と言う大参事に見舞われたのだから壊れていてもおかしくないと思われるが、御覧の通りシバはまったくの無傷であり、壊れるような出来事は思い当たらなかった。

 そこで他の兵士に使えないかどうか尋ねようと首を回すが、他の兵士も同様、通信機を弄っているが反応していない様子であった。

 シバは一度外壁の方に身体を向けて顎に手を添えて思考する。


(他のも同じ、か。情報が分からない今、ここは一旦撤退す―――)


 そこで思考が途切れた。いや、切れさせなければならなかった。

 そもそもヘリが謎の爆発によって墜落、しかも複数一気になど成し遂げられる手段を持っているモノなど限られてくる。

 シバは緊迫した表情でその場を振り返る。

 肉眼では広大な大地と曇天の空が地平線まで続いている絵面しか映っていないが、彼の感覚は別のものを捉えていた。



(百、―――千、―――いや、それ以上の、なんて、数だ……っ!)


 

 彼が捉えたのは、気、すなわち怪物たちの気。

 しかしその数が尋常ではない。しかも隊列を組んでこちらに来ているのか、まるで巨大な絨毯状の気がこちらに向かって一直線に来ているのがここからでもよく分かった。

 この非常事態時に通信機は使えなくなっている。ならば急いでこのことを本部に伝えなくてはならない。


「お、おい急ぐんだ! 詳しい状況は後回しだ! 怪物達が群を成してこちらに向かってきている!!」

「そ、そんな!?」

「退避だ! 急いで門まで向かってくれ! 俺は近くの墜落現場で生存者の確認をする!」


 生き残った兵士達に言い渡し、シバは他のヘリの墜落現場へと向かう。

 自分は負傷したアスタの援護に向かうためにヘリに乗っていた。しかし今はそれすらも奴らによって拒まれ、態勢を立て直すために戻らなくてはならない。


(くそっ……! 事前の報告で妙だと思っていたが、連中とうとう仕掛けてきたのか……!)


 心の中で悪態を付く中、


(……アスタ、お前は無事でいるのか)


 安否の分からない友は、遥か遠くの地にいる。

 しかも、この状態ではここに戻ってこれるかどうかも怪しい状況である。

 シバは胸中に負い目を感じながらも、今自分がすべきことにその足の速度を一気に加速させた。










 漂白された世界に色が戻り、霞んでいた景色が鮮明に写り始めた。

 病院内は先程まで廊下を照らしていた灯りがバチバチと音を立てて消えており、遠くの方から人の悲鳴が聞こえる。おそらく先程の出来事で混乱しておるのだろう。しかし灯りが消えている以外は、特に変わったことはなかった。


「……何だ? 一体」


 足を止め、立ち尽くしていたアスタは天井のその先の、上空を見据えるようにして呟いた。

 既に爆発の音から上空で起こったものだとは感づいており、それが何をもたらしているのかを探っているところであった。すると廊下の向うからこちらに向かってくる音を聞き、そちらに意識を向けると先程病室を出て行った隊長が走って来ていた。


「アスタよ! 無事かッ!?」

「隊長!」


 この異常に対し、隊長はまず彼の安否を確認して一息つく。病室を勝手に出てきたことについては今はそれどころじゃないのか、追及せずに今の状況の確認に入る。


「先程の凄まじい光を見たか?」

「はい、そのあとに電気消えたみたいですけど……」

「ああ、だがこれはただの閃光ではない。現に通信機能がダウンしている!」

「なっ……!」


 それを聞いた途端、アスタの顔が凍りつく。

 通信系統をやられたということは指揮系統も同時にやられたということだ。これでは眼の使い手の彼はともかく、他の兵士達の行動に支障が出る。人間達が怪物たちに対抗できていたのは、現在の科学力の他に情報網による迅速な対応があってこそだ。それが失われたということは、こちらの戦力が半減したと言っても過言ではない。しかも被害はそれだけではない。


「今は復旧に手を回しているが規模が大きい。この病院ですら医療機器をやられて治療もままならぬ状態になっている。同時に主に稼働中だったヘリや戦車などの兵器も使用不可だ。これだと軍の方も弱体化しているかもしれん。一体全体何が起こっ―――」


 すると突如、二人のそばにあった窓ガラスが派手に割れ、辺りに破片を撒き散らしながら何かが飛び込むように侵入してきた。

 咄嗟に二人は身構えるようにすると、ガラスの破片に覆い被さる透明な何かが数体、その場所だけ歪ませていた。よく聞けば怪物特有の唸り声が、二人を威嚇するように発せられ、それは立ちあがった。

 隊長は反射的に腰のホルスターに手を伸ばし―――病院内なので武装解除していたことに改めて気が付き次に何をすべきか思考した瞬間、真横から紅い光弾が透明な物体を射抜く。


「ガ、ガアァァアァアァアアアアアッ!!」


 瞬間、黒い体毛に覆われた狼男のような怪物が突如三体同時に姿を現し、射抜かれた傷口に手を当てるや否やボシュッと塵に変わり、その場に崩れる。

 隊長は後ろ腰のしまっていたナイフを取り出そうと構えたままそれを見届けてから、改め、光弾を発した本人を見る。


「すまぬアスタ。助かった」

「いえ…………もう、この都市にも怪物達が……。そうだ隊長! ワイトが危険なんです!」

「……この様子だと、奴らは仕掛けてきたということか」

「はい、実は―――」


 今置かれている状況とアスタが慌てていた理由をそれだけで言い当てた彼は、そのまま詳しく聞く。

 何故連中は自分を殺さずに生かしたか、奴らの本当の狙いは何か、を。

 それらを全て聞き、吟味した後にもう一度今の事態を噛み締め直す。


「―――とにかく、連中は何かしらの方法で我々の中枢たる指揮系統を破壊している。それどころか兵士と一般市民の生命線なる医療施設も。今すぐにでも帰還したいが……ハッキリ言って最悪の事態だ。中央区ここまで怪物どもが侵入している時点で全てが困難を極めている」

「で、でも俺がいます! それにワイトだって三人も眼の使い手が――」

「アスタよ、最早これは全世界を巻き込む戦争が始まったと同義だ」


 ふと隊長がアスタの声を遮る様にし、彼を黙らせる。


「実はシステムがダウンする前に、お前を倒した名前持ネムラスの姿が確認されている」

「な、じゃ、じゃあ奴がこれを!」

「おそらく。だが俺が言いたいのはそうじゃない。今から俺はお前に三つの命令を下す」


 そう言い、彼はアスタの肩に手を置く様にする。

 それは叩いて乗せるような感覚で、しかし信頼と言う名の重みが乗っかっているとさえ思えた。


「一つは、この街から脱出することだ」

「!! な、何故っ!?」

「上官命令だ、口答えするな。ヘリなどの移動手段が潰された以上、それ並みの機動力を持ったお前にならばできること。だがその際にあの名前持ネムラスはお前の前に立ちはだかるだろう。だから倒せ」


 それから今度は自身の上着をアスタにぶっきらぼうに被せるようにすると、

  

「二つ目に、我々の故郷であるワイトを、救ってくれ。あそこにはお前の家族が、友がいる。俺にもお前くらいの息子や孫がいる、つまり同じ事が言える。お前が行けば少なくとも、ここよりかはマシな戦況になるはずだ」

「隊長……」

「なあに気にするな。お前がワイトに行っている時はあの名前持ネムラスもいないってことだ。システムダウン前での確認では一体しかいなかったようだしな…………その後に何が来るかは分からぬが、三つ目を、最後の命令を、下す――――生き延びろ」


 

 それは、彼が最もアスタに伝えたかった言葉であろう。

 アスタはその言葉に、息を呑み込んで立ち尽くす。隊長はもう一度念を押すかのように言う。



「生き延びるんだ。俺は今から他の若造共を率いて交戦に入るが、連中も生かすつもりでいる。それが隊長たる俺の優先すべき事項だ。これが、最後になるかもしれないがな。だったらその時まで抵抗するさ。だから頼む。俺とあいつらの命を懸けて護りたい、家族のいる故郷を。お前が行けば、それは叶うんだ。さあ、行け」

「た、たいちょ―――!」

「行け! 時間は刻一刻と迫っている!! このままではお前ですらこの都市から出られなくなる! 行くんだアスタよ! さっさとリベンジに行ってこい!」

「くそっ! あんたも絶対生き残ってくださいよ!!」


 そう最後に悪態をつく様に、アスタは叫ぶと壊れた窓からその身を飛び出させた。

 それは瞬く間に風を切るような音を残した後、隊長が駆け寄って窓から上空を見る頃には気配は既にそこには跡形もなかった。



「……若造が、俺に偉そうに口きける歳でもなかろうに」



 窓縁に両手を乗せ、言葉にしなかった何かを溜息に混ぜて零してみせる。

 街が一つ潰され、この都市アグヌですら既に中枢近くまで毒牙を喰い込まれている。それは世界中の人間達に対する向うからの紛れもない宣戦布告である。それを明確にしたのは、言うまでもなく今足を付けているこの地、アグヌの状況だ。世界は今から戦火のみで彩られることだろう。

 故郷のワイトの状況は一切不明。しかしここと同様に通信系統をやられていない状態で、例え眼の使い手が三人いようとも不利な状況に変わりはしない。それはアスタが行ったところで、変わりないかもしれない。

 しかし、あの男ならば何かしら変化をもたらせるだろう、と、根拠のない自信があった。自称現実主義を貫き通してきたが、それに縋るなんてヤキが回ったかと自嘲するのは後だ。


「……頼んだぞ」


 短い最後の信頼の言葉。伝える相手は一足先に戦場に向かってここには居ないが、それだけ言い残すと自らの戦場へ向かうため、その場を離れた。

 向かう先は轟音と悲鳴の惨禍。彼は胸の内に秘める。これが最後に全うするべき任務だと。そして確固たる意志も、覚悟もできた。他の若造共を生かす意志と、怪物共に対する最後の抵抗を成し遂げる覚悟を。


 それを叶えに、男はその道を突き進んだ。

 







 都市の全貌を確認できる高度まで上昇したアスタはその光景を信じられないと言った表情で見渡していた。ところどころで黒煙が曇天に向かって立ち上り、怪物たちの唸り声と人々の阿鼻叫喚の悲鳴、爆発音、どこかで戦闘を開始したのか銃撃を交える発砲音も定期的に聞こえる。さすがに怪物と知識持しか暴れていないので表面上は被害が少ないように見えるが、あっちこっちで戦闘が起きている時点で、深刻な状況と言えた。そう、怪物たちだけでここまでの被害が出ているのだ。眼の使い手が住まうワイトに至っては、名前持ネムラス達も集結していると考えると、焦燥のみが思考を一色に染まる。


 しかし染まったのも束の間、不意に感じ取ったモノに冷や水でも掛けられたように冷静になり、その方向に意識を向けると、それは佇んでいた。

 


「怪我は完治したか、眼の使い手」



 深い男の声が、鳴動する上空でもハッキリと耳に届く。

 服装はあの時と少し異なっているが、今は気にしている場合ではない。



「お前……」

「察しているようだが。既に全世界で我々の軍勢は展開している。当然、貴様の故郷であるワイトもだ」



 虚空に一歩近付いた相手は紛れもなく、陥落した街に居た名前持ネムラスであった。

 アスタは身構えるのと同時に、その瞳と髪の色を一気に紅蓮に染め上げ、周囲に灼熱の粉を撒き散らす。それを認めた名前持ネムラスは、初対面と同様に落ち着いた様子で、別の言い方をするならば開眼そのものには関心がなさそうな態度のままだった。



「一つ問おう」



 相手はそう言い、そのまま続ける。



「ワイトに行くつもりか?」

「……だったら何だって言うんだ」

「そうか、行くつもり、もとい戻るつもりか。ならば私を倒すしかないというのも、承知ではあるな?」

「初めから、そのつもりだ!!」


 相手の声を掻き消すような雄叫びをあげ、アスタは弾丸の如く踏み込む瞬間に梵字が描かれた円陣が出現し、抜刀するかのごとく右手で銀色の太刀を引き抜くとそのまま突っ込む。

 真正面から突っ込んでくるアスタに対し、名前持ネムラスは見据えたままその場に立ち尽くし――――




 甲高い金属音がアグヌの上空に響き渡り、今ここで一つの戦いの火蓋が切って落とされた。










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