14日目 いつもの日常
いつもと変わらぬ朝が来た。
朝日は優しく町を照らしていき、部屋の中にも光が入り始めている。護熾はむくっとベットから起きあがって半分開いた目で周りを見渡すとユキナが壁により掛かって座っており、膝を丸めて部屋に置いてある漫画本を読み老けていた。
何か石碑でも発見した考古学者のように熱心に見ているので護熾は欠伸混じりで声を掛けた。
「なんだ、いたのか」
声を掛けられたことに気がついたユキナは本から視線を眠そうな目を擦っている護熾に向け、少し膨れっ面になると
「いちゃ悪いわけ? とりあえずおはよう!」
一夜を寝ずに過ごしたとは思えない様子で元気な挨拶を返してきた。護熾はそんなユキナに守られてるんだな、と少し笑うとベットから降り、両腕を天井に伸ばして背伸びをすると
「ああ、おはよう…………さて、朝食の支度をしないとな」
寝間着のまま、ユキナを部屋に残してドアから出て行った。護熾は昨日見た夢のような現実のような、小さい自分に会ってきたことを話そうかどうか迷っていたが、それがユキナが自分に言った特別な“力”なのかどうか今ひとつはっきりしなかったので、黙っておくことにした。フライパンの上でジュージューと焼けるソーセージが香ばしい匂いを出し、もう一つのコンロの上のフライパンでは卵が焼けていた。
またいつもの“日常”が始まる。
「しかし、あんなとこで普通投げる? 日本刀。お前のエネルギー弾みたいのでやれば良かったじゃん」
周りに青々とした緑が広がる田んぼの一本道を白い夏服を着て、カバンを手にぶら下げて歩いている二人がいる。護熾は隣を歩いているユキナに指さして昨日の怪物の襲撃のときの対応について文句を言っていた。
「だって、まさか一体が隠れているなんて思わなかったんだもん。それに私は狙い撃ちはあまり得意じゃないから攻撃範囲の広い刀でいくのがあの時はベストだと思ったから……」
後半、口調に勢いを無くしてきたユキナは昨日、自分が守るべき護熾を守れずに結局、左頬に大層な爪痕を残した傷を負わせてしまったことを深く反省していた。
しょぼんと俯いたユキナに護熾は あ、少し言い過ぎたな……、と反省した後、気にしない素振りでしゃべり出した。
「そうだな、俺はお前に守られてるからな。昨日はありがとよ、さてと今日は一時間目が……あれ? って、おい!!」
学校の授業の事について話そうとした護熾の手からカバンが離れた。正確に言えばユキナがカバンをひったくって前を走って行ってしまった。夏の澄んだ青空の中、ユキナが五メートルくらい距離を離すと後ろに振り返って、カバンを持ったまま人差し指で自分の下瞼を引き下げ、同時に舌をちょこっと出して“あっかんべえ”をすると
「私が落ち込んでるとでも思ったの!? 悔しかったら私に追いついてみなさい!」
そう言って学校へ全力疾走を開始した。土煙をその場に残して行ってしまったユキナを護熾はその背中を見送りながら
「―――――はやっ」
一言言うと一度後ろ頭を掻きむしりしょうがなく走り出す護熾。
乾いた大地の土を蹴って二つのカバンを持って楽しそうに何かから逃げる黒髪の少女とそれを追いかけている眉間に皺を寄せたような黒髪の少年は
「何だあいつ!? めちゃめちゃ足速いじゃねえか!!」
いくら速く走っても追いつけないユキナに苛立ち混じりの声で叫んでいた。夏の澄んだ青空がどこまでも広がり、朝なのでやや涼しい風が吹き抜けていく中、風のように奔っていくユキナと手を前に出して捕まえようとする護熾は学校へと一直線に向かっていった。
一人の少年が机に突っ伏して、息切れをしながらエアコンが効いた教室内で体力の回復を試みていた。周りの生徒達は声を掛けように掛けられずにいた。
護熾は結局、ユキナに追いつけず、下駄箱のとこで一旦見失ったが、既に靴から上履きに履き替えていたユキナは階段のところで待っていた。護熾がユキナを見つけると教室とはまったく正反対の方向へと逃げ出して第二ラウンドが始まったので、護熾は本気になって追いかけて、今はこの様になっていた。よろよろと1−2組の教室に入っていったときには息切れ一つしないユキナは
「じゃあ私、トイレ行ってくるね」
と短く言うと教室から出て行ったので、怒る気力もない護熾は歯ぎしりをしながら
「あいつの弁当、タバスコかけてやろうかな……」
密かな復讐を心に決めていた。
昼休み。
頬の絆創膏がまだとれない護熾はこの時間に保健室で貼り替えをしてもらおうかと思っていたが先に弁当を食べることにした。ユキナに誰からも見られていない時にこっそりと弁当を渡して、『ばれるとやっかいだから絶対に他の人に言うなよ』と忠告したあと、ユキナは即座に机の上に出すと布を取って、ふたを開けて、上手に盛り込まれたおかずと白いご飯が目の前に広がり、それと同時に食欲を引き立てる美味しそうな匂いが鼻に届き、ユキナは護熾に目を輝かせてバッチグーのジェスチャーをして口に運び始めた。
護熾はやれやれと言いながら自分の弁当を開いて食べ始めると、ユキナが白ご飯を飲み込んだ後に
「ねえ護熾、そういえばここの学校に入ってから私まだ“あんパン”が売られているパンの売店しか知らないからここの案内頼める?」
「木ノ宮、ここでは名前で呼ばないで“海洞”って呼べ。そうしないと勘違いされっからな。てかお前、あんパンが売ってるかどうか調べたわけね…」
七つ橋高校の案内を頼んできたことに護熾はあんパンへの執着心に少し呆れた口調で言ったが、『まあ、暇だからいいけどな…』とすぐに返事を返した。
ユキナを連れて案内をしに行くときに後ろからの殺気の視線が痛々しかったがそれを無視して教室を出て行った。そのあと二人がこっそり追いかけるように後をついていった。
廊下を二人で歩いて護熾のこの場所の利用方法、どんなトコかについての案内と説明が始まる。
「ここが図書室、俺は行ったことねえから分からねえけど結構本の種類が豊富らしい。――ここが体育館。体育の時間に使われるし、部活でも利用されている。――ここが理科室、理科の時間にたまに使われて標本やら何やらがあって割と楽しいところだ。――ここが保健室。昨日世話になったところで……そうだ! ちょっとこれ貼り直してもらうわ。」
保健室の前で案内をした護熾は自分の左頬を指さすと中に入って、先生に傷の消毒と新しい絆創膏を貼ってもらってから案内の続きを開始した。
「ここがお前の言っていた売店。この前にある自動販売機で俺はよく飲み物を買う。――ここがプール。って言っても、もう今年は使わねえな、もうその授業終わちゃったし夏休みが来てるからな。――ここが先輩達がいる二年の教室がある棟だ。気をつけろよ、この学校にはごくたまに悪い奴がいるからな」
護熾が 悪い奴らがいるからな、と言った時にユキナが護熾の顔を指さして
『皺を寄せているような顔をしている護熾がそれを言うのもおかしいね』
と笑いながらからかったので護熾は不機嫌な顔をするが案内を続行する。
二人のやり取りを見ている二つの人影は廊下の曲がり角で顔を覗かせて見ていた。
「やっぱりただの学校案内だと思うよ。ユキちゃんは大丈夫だって」
「いいえ怪しいわ! 海洞が襲わないとは限らないのよ。確証もないけど……でもあの頬の傷はユキちゃんがやったって言ってたもん!」
「海洞君はそんな人じゃないと思うけど……てっ、あの怪我、ユキちゃんがやったの!?」
「そうらしいよ。だから私たちが見守ってんじゃん!」
こんな会話を繰り広げているのは近藤と斉藤だった。
近藤は昨日の屋上であったことを危惧してこっそり二人の後を追いかけてきてたのである。斉藤は無理矢理連れてこられたので乗り気ではなかったが、護熾のことが心配だったのは正直だったので仕方なく近藤と一緒に隠密行動をしていた。
護熾とユキナが他の場所に移動をすると二人はまるでスパイのような動きで後をついていった。音もなく、様子を見ながら。
「―――で、ここが屋上。以上!」
両開きの鉄の門扉を勢いよく開けた護熾は叫んだ。
今日は昨日より日差しが強いので長居は出来ないがそれでも涼しい風が屋上を吹き抜けて優しく頭を撫でていった。ユキナはフェンスのとこまで行って、昨日と同じようにここから見える景色を眺め始めた。護熾も隣に並んで同じように眺めると、眺めながら
「なあ、何でお前は昨日、ここからこの景色を見ていたんだ?」
尋ねられたユキナは少しの間、黙っていたがやがて話し出した。
「私はね、五年間のこの現世で異世界の守護者の眼の使い手として任務を遂行してたときによくここで寝ていたのよ。そこから見える夜の町はどこか騒がしく、静かで、楽しいようで、怖かった。でも今見えるこの景色はそんなのはどこにも無くて、暖かい。ただ優しくて暖かい、そんな気がするの」
それを黙ってきていた護熾は無表情でユキナに向いた。ユキナは護熾を見つめ返すと
「でも今は私があなたを守る。怖い目にはあわせない。だから護熾、私を信じてね」
かなりグッと胸にユキナの言葉が響いた。その眼差しからは力強い意思がしっかり伝わり、護熾は驚いた表情で見ていたが、やがて口元を綻ばせて笑うと
「ああ、信じるさ」
一言だけ言った。
場所は移り、屋上の門扉のところでそんな二人を覗き込んでいた二人は他人から見ればいいムードを醸し出している護熾とユキナの様子を見ていた。
「ほら見なさい! 犯人は現場に戻ってくるってよく言うじゃない!」
「…………いや、違うと私は思うけどな〜〜〜」
「何でもいいじゃない、てか千鶴は悔しくないわけ?愛しの海洞君が昨日来た転入生の学校案内をしてるのよ?」
「それは仕方ないじゃない。学校案内を頼まれたんだから、それに他の男子の方がよっぽど危ないと思うよ」
「むむっ、それは海洞の人柄をよく知ってるから言える事ね。でもあのムードはまずいでしょ。あなたのせっかくのダイナマイトボディを見せつけて海洞を虜にしていきなさいよ!」
「勇子〜〜〜〜〜それは無理だと思うよ。海洞君は女の子のスタイルくらいじゃ絶対に落ちないと思うよ」
「ああ〜〜〜もう!!私はあなたをそんな風に育てた覚えはありません!ていうか行きなさい!」
「あ!ちょっと、勇子!!」
近藤は斉藤の背中を両手で押すと門扉から押し出され、屋上へと出てきてしまった。急に門扉が開く音がしたので護熾とユキナは門扉のほうに目をやると二人に見られて硬直した斉藤が呆然と突っ立っていた。
「斉藤じゃん、お前もここに来るのか?」
護熾はフェンスから離れ、近づくと斉藤はハッと気がついて両手を前に出して一生懸命振ると
「違うの違うの違うの違うの違うの!!!!………………」
慌てて叫ぶがすぐに頭の中が真っ白になる。
そのまま硬直してしまったので護熾は心配して『大丈夫か?』と声を掛けるが、つややかなショートヘヤーが風に吹かれてるだけだった。ユキナはハッとしていた。斉藤が護熾に好意があるから一緒に学校内を歩き回るのは当然として気にするだろうからなんだか悪いと思っていた。固まった斉藤に
「お〜〜〜〜い、斉藤さん、元気か〜〜〜」
護熾が目の前で手を振って呼んでいたのでユキナは
「じゃ、じゃあ! 私は先に教室に帰ってるからね!! 海洞君は斉藤さんを頼むね。」
そう言うとピューーーっと扉まで走って教室まで戻って行ってしまった。残された護熾は 何なんだあいつ、人に学校の案内をさせといて、と愚痴ったあと、仕方なくいつまでも固まった状態から直らない斉藤の両肩に手を置くと
「もしもし〜〜〜〜〜!? 起きてますか〜〜〜!?」
前後に揺さぶって5秒ほどすると斉藤は本日二度目のハッとをして気がつくと目が合った。
そしてボンッと顔を一気に真っ赤にする。斉藤には今の状況が信じられなかった。
どちらかがもう一歩前に動けば簡単に口と口とが重なり、まさに青春の一コマになってしまうので斉藤は思わず両手で護熾を突き飛ばしてしまった。尻餅をついた護熾はキョトンとした顔で自分を突き飛ばした斉藤を見る。斉藤は緊張で突き飛ばしてしまったことに気付くと何度も何度も頭を下げて
「ご、ご、ご、ゴメンなさい海洞君!!!! わたしったらつい……」
謝ったので護熾は手をついて立ち上がりながら
「いやいやこっちこそ悪ぃ、急に揺さぶったりしたからびっくりしたんだろ?」
同じように頭を下げて謝った。
そんな二人を見ている近藤に捕まったユキナと近藤は門扉から二人を見ており、
「でしょ〜〜〜? やっぱいい感じでしょ?」
「でも斉藤さん、かなりガタガタだよ?」
「そこは慣れでしょ? 私はこれからも応援していくわ!」
頭の上で気合いを入れている近藤にユキナは『一緒に住んでいるってばれたら大変だね』と思いながらこっちに戻ってこようとしている二人に気がつくと、近藤と共にその場から走り去っていった。