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ユキナDiary-  作者: PM8:00
139/150

ユキナDiary---第弐話 帰る場所

 ま た せ す ぎ た な!


 とういうわけでお久しぶりでございます。

 いろいろあって、ほんっとにいろいろあって遅れました!

 でも大丈夫です。もうこの言葉に信用が無くなっているかも知れませんが大丈夫です!

 とにかくお久しぶりです、遅れて申し訳ありません、そして、ただいま。


 レッツゴーネクストページ! ↓





 雪の降る夜であった。

 しんしんと降り積もる雪は、その場に立って天を見上げればさながら自らが空に向かって昇っているのではと錯覚を覚えてしまうほどに静かで、幾億も降り続けている。

 そんな夜でも、世界は新たな生命を生み出していく。そう、それはこの雪の降る冬まっただ中の夜であった。


 それはある町の病院の個室にて、つい二時間前くらいに命が誕生していた。


「この子が……俺たちの子か……二人とも、よく、頑張ったなァ……」

「ふふっありがと。……それとようこそ、私たちの赤ちゃん」


 両者が見守る中、その赤ん坊は今はタオルにくるまれ、静かな寝息をたて、穏やかな寝顔で眠っている。

 その様子にこの瞬間に父親となった青年は、頑張ってくれた妻と子に安堵の溜息と共に感動の余り泣きそうな表情でいた。



「それにしても、女の子かー……絶対ユリア似だぞ」

「あら、そうかしら?」

「だってお前の母さん、すっごいお前に似てたからな。将来美人になるぞ」

「うふふ、嬉しいこと言ってくれるのねアスタくん」

「いやいや、事実なんだけどなー」

「んんっ……」



 生まれた段階で女の子なのは判明していたのでこの赤ん坊の将来の姿を想像しながら、出産の緊張感を徐々にほぐれていくのが分かった。そして赤ん坊が二人の会話で起きそうになったのでやや慌てながらも互いに声を小さくし、



『そ、それでこの子の名前、決まったの?』

『あ、ああ。さっきまでこの名前にしようかと思ったんだけどさ。ほら、外、見てみ?』



 言われるがままに、ユリアは窓に顔を向けると、雲の切れ間から照らし出される月光を反射しながら音もなく雪がしんしんと絶え間なく降っており、静寂が外を支配していた。



「? 雪が降っているけど?」

「ああ、雪ってのは冷たいイメージがあるけど『神聖なもの』とか『清めしもの』とかそういうありがたい意味があったりするんだよ。そんでお前の名前のユリアから『ユ』をとって、外の雪を合わせ、さらにその前に考えていた『ユリナ』の名前から一文字とって――――」



 いかにもこの名前は絶対良いと言わんばかりのニッとした笑顔で人差し指を立て、




「ユキナ――――ってのは、どうだい?」

「ユキナ……ユキナ、良い名前ね。うん、それがいいと思う。すごく、いいよ」

「だろ? んじゃあ改めてよろしくな、ユキナ」

「ユキナ、よろしくね」



 そしてこの瞬間にて、小さな命に名が付いた。その名はいずれこの世界を変革に導く名なのだがそれとは無縁な穏やかな眠りがそこにあった。

 そんな名が決まった愛娘に対して、一番最初に言って貰う言葉は『パパ』だと謎の自信と気合いを込めているアスタのテンションの所為でユキナが起きてしまい、この子はまだ少しデリケートなんだからあんまり眠っている時は騒がないようにと再び寝かしつけるユリアに怒られ、しょんぼりとした彼はごめんなさいと謝るのであった。









 そんな愛娘の誕生から―――――――時は経ち、











「おっ、戻ってきたか」


 ある白い殺風景な個室にて椅子に座り資料の束を眺めていた男がそう呟き、目の前の机にバサッと置く。

 その置かれた机、既にスペースと呼べる箇所がないほどに文字や数字の羅列をいかにも機械が打ち込みました的な紙の山々が占有しており、先程置いた資料のちょっとした衝撃で後片付けが面倒になるなんて光景は目に見えていた。しかし単にこの膨大な資料による研究を行なっている施設が悪いのではない。この男の自業自得である。


 そんなワケで呟いた後、男はイスの背もたれに凭れ掛かり頭をドアに向けて仰け反らせる。

 するとドアの取っ手が捻られ、元気よく風を切るように開けられる。



「よっ! ここにいるんだろトーマ? っておっと、逆さ首でお待ちかねかい」



 入ってきたのは軍服から既にラフな私服姿になったアスタであった。



「相も変わらずだな。で、どうだったんだ?」



 入ってくるのがアスタだと分かっていたのか、トーマは首を元の位置に戻し、机の上にある飴が入った缶を手に取るとそのうち一つを手に取り口に入れる。



「ああ、連中もう一度襲撃を掛けてきた。中途半端に連中が撤退したのが気になって残ったのは正解だったな。まあ数もそんなにいなかったかし楽勝だったがな」

「そうか、……そういえばシバのやつは?」

「ふっふっふ。実はな……途中まで一緒だったんだが、丁度お前の師匠せんせいに会いに来ていたリーディアに見つかってな、何やらお説教的なもん喰らってんで来るのが遅れてんだよ」

「あっちも相も変わらず仲が良いな」



 どうやらシバは自分の妻であるリーディアに結果を報告するように言われ、少し怪我をしてしまったことを伝えるとまだまだ修行が足りないぞと怒られている模様である。それはそれであの二人にとっては日常的なものなので大して気にすることでもない。



「んでどうよ、お前が師匠せんせいとストラスと一緒にやってる研究のほうは?」

「あー、んー。また壁にぶつかったって感じだ。前にも言ったように試作品はできてるが問題の異空間内での空間実体やらステルス迷彩感知と無効化が不安定だ。まだまだ改良の余地ありまくりって感じだな」



 トーマの話した研究というのは、今この世を脅かし続けている怪物と呼ばれる存在に最も効果的ではないかと言われているものである。数百年前から出現してきたと言われている怪物達は、自らの同胞を得る手段として他の生命体、主に人間を狙い、その際にステルスと呼ばれている薄い膜を展開し、周囲の景色と同化してしまうという厄介な能力がある。しかも怪物は一番下っ端なので数も多く、それだけこの能力の厄介性も増している。

 もちろん人類は町の周りに壁を作ったりしてやられっぱなしと言うわけでもなく相手はただ姿を見えなくしているだけなので位置さえ把握できれば攻撃も当たるし、最近では武器の発達で温度感知のスコープやセンサー等の地雷やらで対抗できるし、この町ワイトに至っては眼の使い手が居るのだ。

 だが、やはり限界と言える状況もあり、近年に至っては怪物達の行動が活発になってきている。



「あー、そうか。でも意思疎通っつうのはできてんだろ? ほら、言葉や文字が全部俺たちの使っている言語に変換される的な?」

「ああ、でもそれはあくまでオプションみたいなもんだしな。メインが完成しなきゃ生かせない機能だ」



 この世界の言語は、当然のことながら各地域で違う傾向にある。

 だが大分前に同盟を結んだりして怪物に対抗するために言語が統一されつつあるがそれでも情報のやりとりが困難である場合がある。だからこその便利な機能だがこれに実は大きな意味があることはすでに彼らは知っている。



「そうだな。んじゃ、俺はそろそろ行くぜ。休憩中だったみたいだしな」

「そうか、とりあえずはお疲れさん。帰って奥さんと娘さんによろしくな若旦那さん」

「ははは、何か照れるなそれ。お前もさっさと相手見付けろよな」

「余計なお世話だ。…………………っと、ちょっと待てアスタ」



 別れを言い、茶化して帰ろうとしたアスタを呼び止める。



「? 何だ?」



 当然、不思議顔で振り向き返すアスタ。



「少し話しておきたいことがあってな。お前…………」



 急に真剣な表情になったトーマが次に口を開いて発した言葉はこうであった。



「『異世界』があるって、信じられるか?」

「その話か……そうだなー」



 その質問に対し、彼は顎に手をやって悩む仕草をする。

 無理もない。何しろ町の周りに壁を形成するという文化は二百年以上前から存在しており、ほとんど人間が攫われなくなっている。

 もちろん歴史の中には町が壊滅させられ人々が殺されたり攫われたりするというのはあったがそれにしても時々数百体、多くて千体もの怪物を何度も何度も殲滅しているのに勢力はむしろ増える一方なのだ。

 そのことに疑問を持って過去に消えた村や壊滅させられた町の人口、さらに現在まで攫われた人間や行方不明者の名簿といざ照らし合わせてみると、一目瞭然で数が全く合わない。

 怪物の材料は人間のはずなのに。実は違うのか。しかしそれでは攫う理由にはならない。

 ならばその供給源とは何なのか。

 代々伝わる眼の使い手の情報から理という世界の循環を担う超物質が存在すること、そしてその理が怪物達の手中にあり悪用されていること、以上の理由で異世界存在説、またはまったく未知の生産方法がある、という仮説が上がっているのだ。



「そういや『理』とやらが世界循環をするのにこの世界だけじゃ上手く廻らないとか発表されてたよな?」

「その話だけ聞くと都市伝説特集みてえだけど可能性はある。もし本当なら、こっちも何とかしなくちゃならねえんだが……」

「まあそこはワイト史上天才の再来って言われている師匠せんせいと以下二名が何とかしてくれるだろう!」

「以下二名で括られた俺の心境は複雑だが、まあ頑張ってみるよ。すまないな、足止めして」

「いいってことだ。んじゃ今度こそじゃな!」



 そう言って軽い敬礼のような仕草をし、その場を後にしたアスタは愛する家族の元へ急ぐために小走りでその場を去っていく。そしてものの数秒で彼の気配は遠くなり、小さくなっていった。

 そんな背中を見送ったトーマはやれやれだなーといいたげな表情でイスから立ち上がり、


「たくっ、ドアくらいちゃんとしめてけよなー」


 礼儀がなっていない友人に対し小言を呟きながらも尻ぬぐいで自分がしめようとすると、丁度誰かがこちらに来た気配がし、しめようとした手が止まる。



「おや?」



 そう言い、ドアから覗くようにすると案の定というか何というか、



「やれやれ、とりあえずはお疲れさんと言っておこうか?」



 彼が声を掛けた先には、仕事帰りの上お説教を受け、ややげんなりとした夫と何やらすっきりとした表情でいるその妻がトーマを訊ねてきていた。

 もしかしたらアスタは先を読んでわざとしめなかったかも知れないと思いながらも、どうやらもうちょっと先にならないと研究が進まないが息抜きも必要だな、っと彼はそう心の中で決めつけ、二人を中へ招き入れた。







 昼下がりの住宅街の歩道で二人の親子連れが手をつないで歩いていた。

 二人とも黒髪でつややかな髪を持ち、日の光もあってか艶を帯びており、買い物帰りなのか持参しているバックには食料品のパックの一部がはみ出ており、膨らんでいる。


「さーてユキナ、今日のお昼ご飯、どうしようか?」

「んーとね、ハムが食べたい!」

「ふふっ、じゃあサンドイッチにしましょうかね?」

「わーい!」


 母親の返答に対し、ユキナと呼ばれた幼い少女は片手をあげて満面の笑みで喜びを表す。

 その様子に母親のほうも笑顔で対応し、それからふと前に顔を戻すと「あっ」と声を出し、その場で立ち止まる。ユキナのほうもつられて止まり、そして顔を前に向ける。


 前方には男が一人、こちらに歩いてきていた。

 それはラフな格好をしており、表情はなんだか笑みを抑え込んでいるようであり、なおかつ早足でこちらに向かってきていた。

 しかもその男の目的はどうやらこの親子二人のようである。


 っと、ここまで状況を説明すると不審者か何かが近付いているようにも思えるがむしろその逆で、ユキナはこちらに向かってくる男の姿を認識すると、満面の笑顔になり、母親の手から離れる。

 そして一生懸命走りながら両手を前に突き出し、こう叫んだ。



「お父さーん!」

「ははっ! ユキナーーーー!」



 父と呼ばれた男、アスタも抑え込んでいた笑顔を表し、しゃがみ込んで大きく開いた手でユキナを迎え入れ、しっかり抱くとヒョイッと持ち上げ、これを待っていたんだというばかりに頬ずりを開始する。


「ああもう可愛いなァ! パパ寂しかったぞ!」

「う~、お髭くすぐったい~」

「あなた、お帰りなさい」

「おうただいまユリア! 買い物すんだ後だったみたいだな」


 娘に頬ずりをするアスタの元に、ユリアと呼ばれた母親が近付き、夫の帰還を喜び、彼のほうもそれに受けこたえる。


「ええっ、それと今日のお昼はサンドイッチに決まってるわ」

「おおっ、いいね。おっと待て、当ててやろう…………わかったユキナがハムかパン食べたいって言っただろ!」

「うそー! 何でお父さん分かったの!?」

「はっはっは。パパはユキナの好きなもの知ってるからだよ~」


 っとまた頬ずり攻撃を開始し、ユキナの方も眼を細める。

 そんな実に、誰がどう見ても親バカ振りを発揮している若い父親に、ユリアが何か思いついたかのようにこう言った。


「じゃああなた。御夕飯は好きなものを作ってあげるわ」

「おっ、それって何だ?」

「ふふっ、今度は私が当てる番ですよ♪」


 そう楽しそうに口に人差し指を立てて微笑むユリアにアスタのほうは何だろうな~っと笑顔で答え、それからゆっくりとユキナを地面に下ろす。


「さて、じゃあユキナ、皆で手をつないで帰ろうか!」

「はーい!」


 そう言い、ユキナを両親二人で挟み込むようにし、彼女が両手をそれぞれに差し出す。

 その小さく、壊れてしまいそうな掌を二人は優しく握り、そして歩みを再開した。

 三人の表情は再会できたという喜び、これからの食事や家での過ごし方の想像で笑顔しかなく、いかにも楽しそうな家庭が窺えた。


 そして帰宅途中でアスタがシバのやつがよー、と話したり、彼とユリアによる人力ブランコでユキナを楽しませたりしながら、三人は帰るべき家へとその足を進めていった。












 海洞家にて、お昼の時間である。

 そう、壁に飾ってあるデジタル時計が伝え、電波の乱れもなく表示されている時刻は正しいといわんばかりである。

 それに気がつき、さらに自分のお腹と相談した結果約0.2秒ほどで結論に達し、伸びをするためにこたつの中で温めていた両腕を外に出し、頭上に掲げるように伸ばし、う~と背筋に力を入れるようにした後、


「ごはん!」


 体に力がこもるとともにそう高々に宣言したユキナにその場にいた全員の注目が集まる。


「あーもう可愛いなぁ! ユキちゃんは~~~!!」

「う~~」


 彼女のその仕草に萌えたのか、横から近藤が突撃し、抱きしめると頬ずりを開始する。


「そうだな。そろそろ飯にするとしようかね。何か作るから先に食べててくれ」


 頬ずり攻撃を受けている彼女を横に置いておくとして、その提案に賛成の意を示した護熾は片膝を付きながら立ち上がる。そしてそのまま台所の暖簾をくぐって向こうへ行ってしまう。


「えっと、護熾さんもああ言ってらっしゃったのでそれでは、お昼にしましょうね。たくさんあるのでみんなでどうぞ」


 ユリアはこちらに戻ってきたときに持ってきた鞄の中に手を入れ、そっと中に入っていたものをこたつの上に出す。それは重箱のようなもので、二段式になっていた。そしてその重箱を二つに分けておき、いざ蓋を開けてみると、一つはおにぎりがぎっしり、一つは保温が効いていたのかできたてを思わせる卵焼きやソーセージ、さらにはカラッと二度揚げがしっかりされている鶏の唐揚げの香ばしい匂いが空っぽの胃袋を刺激する。


「おおっ!? すげえ!?」

「あ、おいしそうおいしそう!」

「ああもう早く食べたいー!」


 その重箱の晴れ姿に驚嘆の声を上げながらラルモが近付き、近藤が感動し、今すぐ食べたいと言わんばかりでユキナが覗き込む。


「じゃ、じゃあ。私達も」

「そうだな」


 お昼の時間の火蓋が切られたので若夫婦の方もユリアの作った弁当のスケールには負けるが、ガシュナは大きめな弁当箱をこたつの上に置き、蓋をあけると色鮮やかな野菜とハム、そしてパンで作ったサンドイッチの姿を見せる。そして極め付けに小さめの保温ポットを横に置き、出し物を終える。


「これはですね。私と彼女アルティで作ったものです。どうぞご賞味下さいな」

「じゃあ俺らで作ったものも出すもんよ。たくさんあるんでこっちもどうぞ」


 ミルナがそう言って次はギバリが他のよりもさらに小さく、しかしフレンチソースのかかったサラダや衣に包まれた魚が入った箱を取り出す。こちらはフレンチソースの酸っぱい匂いや揚げられた魚の独特な匂いがあり、パンにお米どちらでも合うようにチョイスされていた。

 どうやら異世界側は三グループに別れてそれぞれのメニューで一つの『弁当箱』にしてきたのであろう。その証拠に主食となるご飯とパン、そしておかずの量がどちらも1:1なのだから。


「すげえ。俺らなんかこの弁当箱だぜ。スケール違いすぎだろ……」


 そんな異世界組の昼食に圧倒されながらも、現世組の方も個人用お弁当を出す。こうしてこたつの上には大小様々でどれもおかずが異なる千差万別な弁当箱が並べられ、栄養補給を急かす胃袋に従って昼食会が始まる。


「いっただっきまーす! ごはんーー!!」


 食事の礼をした直後、いいや限界だ食べるねと言わんばかりにユキナが突撃しょくじを開始し、他の面子もそれぞれの弁当箱から食べたいモノを選び、和気藹々と昼食を挟みながら知り合ったばかりの相手との会話を楽しみ始める。




(ねえ、ラルモ)

(ん? どうしたんだアルティ)

(よかったら……これ)

(これ、って弁当箱!? え、これもしかして……)


 ユキナが食欲の猛威を振るう中、アルティがそそくさと周りにばれないようにラルモに近づき、これまたこっそりと薄い桜色の布包みに入れた弁当箱を渡す。そしてそのまま憧れの先輩にバレンタインチョコを渡した後かのように顔を下に向けながらその場から迅速に、しかし静かに離れる。

 そんな彼女の後ろ姿を表情を削がれたような、言うなればポカンとした顔で見届けた彼はその後ゆっくりともう一度渡された物を見落とす。可愛い薄桜色で、何か小さな好意。この季節に未だ見ぬ、小さな春。


(うォおお!? こ、これが友達以上、恋人、それか夫婦での関係でのみ渡される伝説のアイテム!! 手 作 り 弁 当 ! ! あ、あいつ怒ってたけど、こ、これは許してくれた証拠ってことなのか? そ、そうだよな。オーケー、冷静になれ俺。そうでなきゃ渡してくれねえし、何よりもあいつの腕を知りたい。よーし!)


 とは正反対に夏のような暑さが彼の心をたぎらせており、震える手で弁当箱の蓋を開ける。

 中身は一目でサンドイッチだと分かったのだが、どうも中に挟まれている具材が違う。トマトや野菜類は全員用に出された物とまったく同じではあるが、ハムの代わりに鳥のもも肉を使った照り焼きが挟まれており、照り焼きソースとマヨネーズを混ぜた匂いが鼻に届いていた。


(す、すげぇ! あいつってばあれだけの量を作る中で俺のためだけのメニューも作ってたのか! や、やべえなんかグッと胸に来る。嬉しいな素直に!)


「じゃ、じゃあいただきまーす!」


 彼女が自分のためだけに作ってくれた愛情(?)溢れる昼食。

 ラルモは表情に嬉しさを滲ませながらも手を合わせ、目を瞑りながら高々に言い、一番右のものを手に持ち、思いっきりかぶりついた。

 歯が柔らかいパンの生地を感じ、そのすぐ後にレタスの瑞々しさを称えるシャキシャキ音が聞こえ、最後に鶏肉のふんわりとした柔らかさが伝わりそれぞれの味が舌の上で混じる。

 パンの味とレタスの水気を含んだ味、甘めのタレを味わい、そして肉の旨味や脂の甘みを噛みしめながら、突如それら全ての味覚が遮断される。


(…………え? ありゃ? なんだ?)


 何かこう、今まで旨味として感じていたモノを払い切ってしまうような何か。

 それは味覚を消し去っただけでなく、口蓋を通って喉へ、さらに食道を通らず鼻の方へ上ってしまう。この間、僅か三秒。すると不思議なことに、まず舌に痛みを覚え、それが切っ掛けかのように鼻の方まで痺れに似た痛みが疾走する。まるで小さな棘が大型のナイフに生まれ変わるかのように、鼻に到達するまでに痛みが増幅しと、出口を見つけたと言わんばかりに突き抜けていく。その異常な衝撃波は思わず噎せさせ、しかし第二波、第三波が立て続けに遅う。

 これは一体、これってもしかして―――――!

 ようやくこれの正体が分かり、しかし分かったところで防ぎようがない。

 


 まあ、要するにこれは遠慮情け容赦無用の――――『辛味』であり、前述の通り遠慮情け容赦無用で彼に襲いかかったわけである。








「あれ? アルティったらラルモに何渡してきたの?」

「……ちょっとしたものを、ね」


 戻ってきたアルティに気が付いたミルナがそう声を掛け、別に大した用事でもなかったように返事をする。すると横から囓り掛けのサンドイッチを手にしているイアルが顔を出し、


「なーにがちょっとしたものよ。さりげに彼氏に手作り弁当なんて渡しちゃってさー!」


 意地悪そうに、あと料理が苦手な彼女の良い意味での嫉妬を含んだ声ではあるが、その表情は何か彼女の弱みを見つけたような、そんなニヤニヤとしたものであった。

 アルティはイアルのその言葉に若干動揺はあったものの、持ち前の冷静さで即座に切り返す。


「本当にちょっとしたことよ。それにどうしても(''''')渡さなきゃいけなかったものだし……」

「どうしても渡さなきゃいけないものに、こっち来たらすぐここの台所借りて再調整してたみたいじゃない? ほんと、あのバカに惚れ込んでるのねー」

「うん、だからお仕置きもちゃんとしないとね」

「……え?」


 何だか会話の方向性にズレが生じていることに気が付き、それとアルティの視線がさっきから固定化しているのにも気が付き、そちらの方に視線を合わせてみる。

 するとまるで居酒屋で酔いつぶれたかのように、片手に大きく囓ったサンドイッチを持ったまま額を机に付け突っ伏しているラルモの姿がそこにあった。一見寝てるんじゃないかと目を疑ったが、それは彼がしきりに小刻みに動いていることで晴れてしまう。よく見れば冷や汗なるモノをダラダラ流しており、異変に気が付いた沢木達が彼の顔を覗き込み、そしてすぐに茶の入ったコップを渡そうとしていた。

 そして耳を澄ませると、彼の声は『ぐォ”お”お”お”お”』と全て濁音で形成されていることも分かった。


「…………あんた、何したの?」

「……ラルモは食べるとき、一番右から食べる癖がある」


 そう言ってイアルにいつもの眠たそうな目を持つ仏頂面を向け、人差し指を立てると、


「これですっきりした。…………良い気分、ふふ」


 ああ、こんな表情もできるようになったのねー、とイアルは黒い笑みを浮かべているアルティに対してそんなことを思い、そしてそんな彼女にした彼の方にもう一度目をくれてやると、わんこそばみたいに立て続けに運ばれてくるお茶をがぶ飲みしている忙しい姿が映った。





「あれ? なんでこんなに芥子からし減ってんだ?」


 一方、台所の方で調理を終了した護熾は冷蔵庫の棚にあった芥子の異常な減りに首を傾げていた。

 とまあ、こんなことに時間を取られてはすぐに冷ましてしまうと思考を切り換え、最後の仕上げに移る。今回は人数が多く、異世界側がどうやら昼食をたくさん用意してきてくれたようだが正直もうちょい量が欲しいなと思ったためこうして作ったのだ。主な懸念は今も食卓で猛威を振るっている彼女なのだが。

 出来上がったものは既に大皿の上に乗せてあり、その上にソースとマヨネーズを網目状に掛け、鰹節を均等に振りまけば、うねうねと生き物のように動き、まだできたてだと言うことを知らせてくれる。そして食べやすい大きさに切り分け、いざ食卓へと運び出す。

 以上、護熾が用意したのは、お好み焼きである。とは言っても具はキャベツと豚肉のみでなんちゃってお好み焼きと言った方が適名であろう。因みにキャベツも豚肉も余り物である。








「……なんだこれは」

「お好み焼きだ」

「……う、動いてやがる」

「お好み焼きだからな」


 こうして護熾お手製のなんちゃってお好み焼きは食卓でデビューを飾ったわけだがガシュナなどの一部の人間は眉間にシワを寄せていた。それもそのはず、まず見たことのない料理が目の前にあり、しかも振り掛けられた鰹節がうねうねと生き物のように動いているのだ。そして何でできているかというと野菜と肉、あと何かをごっちゃ混ぜにして焼いたもの、という認識なのだから食べるのを躊躇するのも分かる。


「えー、でも美味しいよ?」

現世ここの食べ物は最初は抵抗あるかもしれないけど大丈夫よ。それにまあ海洞が作ったものだしね」

「美味しいよラルモ」


 とは言ってもすぐに順応した異世界側の女子は既に小皿にとって食べており、好評なようであった。

 お好み焼きの方は全員一つずつあるので残っているのはガシュナとラルモの以下二名のみである。ガシュナは、何故こいつらはこの得体の知れないものを口に入れることができるのだろうかと考えていると、ふいと横から見慣れた髪と顔が映り込む。


「ほーら、ガシュナも食べてみてよ。美味しいんだから!」

「…………分かった」


 こちら側の人間の口に合い、不評もなく、尚かつ自分の嫁に勧められるのでは観念するしかないな。こいつが作ったものというのも些か歯痒いモノではあるが、とガシュナは心の中で諦め、ミルナに差し出された小皿からこの妙な料理を箸で持ち、遠慮がちに一口食べてみた。

 生地は意外にもふんわりしており、キャベツの甘みや豚肉の旨味がよく分かり、ソースが良く合っているのが分かる。その上、うねうねと動いていたあの物体も香りや風味に一役買っており、より味覚や嗅覚が刺激されていた。


「…………」

「どうだ?」


 横から護熾とラルモが顔を覗かせるが、ガシュナは特に意に介さず両目を閉じると――――今度は残りを全部口に入れてしまった。


「おい、お前美味しかったんだろ!?」

「(もぐもぐ)……うるさい」

「うまいんだな!? 俺も喰うぞ! ―――――うめえじゃねえか!」


 ラルモも釣られ、一口食べるとその美味しさに感激し、食べる速度を増す。


「そういやイアル達が作ったっていうこの弁当って、イアルは何を担当したんだ?」

「ん? ふふっ、何かしら海洞? まさか私があの時の私のままでいると思って?」


 お好み焼き問題を片づけた護熾はひとまずそれを置いておき、イアルに素朴な疑問をぶつけてみる。

 すると彼女は過去の失敗から克服できたかのような自信満々な笑みで腕を胸の前で組み、弁当箱のある場所を指さす。


「……何だ?」

「だからここ、ここよ! これを担当したの!」


 指がさされている場所は――――サラダであった。


「このサラダを切って盛りつけたのは私よ。うまくなったでしょ?」

「…………」


 ああ、こいつとユキナあいつって同じ位置にいるんだなー、と護熾は世の中の不思議さの認識を改めながら苦笑い気味の表情を作ってみせる。

 すると今度は反対側から服の袖を引っ張られたのでそっちに顔を向けてみると、片手におかずやらにぎり飯やらを載せた小皿を持つユキナがおり、いつものように可愛い微笑みで座っていた。


「はい、これ護熾の分!」

「お、おお悪いな。んじゃあ―――」


 彼女の厚意に甘え、さっそく受け取ろうとするとフイっと何故か小皿が遠ざけられてしまう。


「……あれ? なんだユキナ?」

「このままじゃつまんないから、えーとこれを―――はい、あーん♪」

「――――――!!」


 ユキナは適当に選んだ卵焼きを人差し指と親指で持つと、小さな子供にあげるかのように声を出しながら彼に口を開けるよう催促する。

 あーん、という行為には二種類存在することが確認されている。

 1. 自分が食べようとしているとき。

 2. 誰かが食べさせようとしているとき。

 今回は後者の場合だが、これには甘えんぼさんへのサービスというのも含まれている。つまり、ユキナは彼氏を甘えんぼさんに見立ててるわけで、護熾も護熾で別に前回(口にヘルスブレイカー投入)の経験があるので構わないが、あくまで二人っきりの場合である。


(ちょっと、ユキナ、お前の厚意は分かるが、周りを見てくれ! すっげェえ恥ずかしいんだよ!!)


 ユキナだけの視線を向ければ天使のような微笑みだけが確認できるであろう。しかしその周辺には既に見逃せない面白展開を察知した野次馬達がおり、この厚意に対しての羨望の眼差しを向ける者、羞恥であわわな人、あらあらうふふな人、目を輝かせている者、嫉妬心(リア充)爆発しろな人、鼻で笑ってるかのような嘲笑な表情など、表情や眼差しだけで人物特定ができる面子が周りを囲っているのだ。ちなみに一番近いイアルはニヤニヤな表情である。


(ぐお”お”、く、苦しい! で、でもこの純粋な笑顔をぶち壊してたまるか。だって、今日は、こいつへの、前祭夜! おお!! やってやろうじゃねえか!?)


 断ってもおそらく彼女は膨れっ面でむ~と不機嫌そうな表情になるだろうが今回はサプライズパーティーなのだ。その第一陣をここで切ってもいいだろうと護熾は覚悟を鉄よりも堅く心に決める。人はそれをやけくそなどというのだが今の彼に客観的に見る、という心理整理はない。

 かくして――――、


 パクッ


「おおっ!? やりやがったこいつ!」

「くっそー! 羨ましいなこんちくしょー!」

「よっしゃァ!! アルティ! 俺にも――」

「ダメ(ペシッ)」

「おうゥ!?」

「見せつけてくれるねーユキちゃんったら!」


 護熾とユキナのはい、あーんが終わると周りから黄色い声が飛び交う。普段から無愛想な彼と可愛らしい彼女のこのコンボは彼らにとっては面白イベントなのだ。


「あっ」


 しかし卵焼きを口に入れて貰った瞬間、意外にもあげた本人であるユキナが驚いた表情をした。

 一方護熾は周りの黄色い声を聞こえないふりでもするかのように口でもしゃもしゃもしゃもしゃとよく噛んで食べましょうねのお約束の回数を簡単に超えるほど動かしていたが、彼女の表情が想像していたのと違うことに気が付き、味も分からぬまま飲み込む。

 そして周りも何やら不穏な空気を読み取り、それに従って場を静かにすると、彼女は次にこう言った。


「まさか食べてくれるなんて、思わなかった…………もう、護熾ったら」

「…………」


 彼女は自分の行為を思い出したかのように恥ずかしそうに頬を朱に染める。そんな彼女の表情はさらに可愛さを増しており、二人っきりであれば是非見惚れていたいのが惜しいところである。

 そして今回の彼の対応にも十分驚いてくれたし、評価を付ければ及第点であろう。しかし、


「…………」

「あれ、ねえちょっと。何であんたが燃え尽きたような表情をしてるのよ!」


 気が付けば、護熾の周辺の空気だけ何故か色を忘れたかのように薄まっており、肝心の彼は精根尽き果てたかのような表情でいた。

 慣れねえことはするもんじゃないな、と彼はもう一つ心の中で鋼よりも堅く決意したのであった。







(ふん。よくもまあ恥ずかしいことができるもんだな)


 その中で、鼻で笑っているかのような嘲笑の表情をしていたガシュナは茶を啜りながらそう思い、一息ついてコップを置く。それから軽く周りを見てみると灰になりかけている彼に周りがわらわらと集まっており、蘇生を試みていた。

 やれやれ、面倒な奴だ。っとガシュナは座り直そうと腰を浮かしたときだった。


(!? ―――猛烈な視線! 背後に何者かが―――!)


 眼の使い手としての感性がそう告げ、急に感じた強い視線に向かって振り向く。

 そこには怪物が―――でもなく、実はサンタが、でもなく――――愛妻、今は恋人の彼女、ミルナがいるだけである。しかし強い視線を発しているのも彼女で、よく見るとその大きな瞳は憧れの星々で埋め尽くされている。



(―――――ん? いや、まさか、しかし、これは、間違いなく―――)

 


 夫で彼氏である彼はすぐに気が付いた。彼女が何故、こんなにキラキラとした瞳でこちらで見ているかを。最初はそんなことはないだろう、と考えたかった。だがそんな希望など潰し尽くされ、彼女が一体何をどう憧れているのかを理解してしまう。それは―――――、



 彼女ミルナが、はい、あーんを俺にやりたがっている――――!?



 よく考えれば、ミルナも年頃な夢見る乙女である。そして親友が実行したからには是非自分もやってみたいという願望を遠慮無くぶつけているのだ。突如、今まで経験したことのない様な背筋の冷たさと冷や汗が彼の全身を覆っていた。


(や、やめろミルナ! やりたいのは分かるが、場を考えてくれ!)


 必死にそう、念話でも送るような眼差しを向けるが、彼女はそれとは裏腹にキョロキョロと机の上を見渡し、そして鶏の唐揚げを箸に持つと落とさないように下に手を添えて花が咲いたような嬉しそうな表情で彼の口元まで運んでくれる。揚げたてのような香ばしい匂いが鼻をつくが額に汗をダラダラと流し、

 

(く、くそ! そ、そんな悪意無しの笑顔を向けるなどと――――!)


 第二の犠牲者セカンド・サクリファイスになるなどと毛頭無いが、この野に咲いた小さな花のような、そんな穏やかさを運んでくれる笑顔を文字通り萎らせるなどできるはずがなかった。


(ここで断れば―――くっ! …………い、いいだろう! 今ならほとんどの連中は奴に注意が向いている! 一瞬のうちに――――! いくぞ―――! ――――――――――) 


 ここに今、一人の男が何物にも代え難い行動に出る。

 その姿を刮目する者など目の前の相手しかいないが(ていうかそうじゃないと困る)、男は全ての思考を一時的にシャットダウンする。

 何も考えず、感じる。

 そして感じたモノに対して大きく口を開け、目の前に差し出されたものに噛み付いた―――――

 









「あれ? 何で山田君も燃え尽きたような表情になってるのよ?」


 新たな異変に気が付いた近藤が首を傾げていた。

 何故ならそこには行為の隠蔽のために全ての実力を出し尽くした彼が四肢をだらしなく投げ出している姿があり、ミルナが慌てている様子でさすっているが彼周辺の色はまだ戻りそうになかった。

 何だか向こうに同じ奴がいるのねー、と本人が聞いたら激怒しそうな感想が抱かれるが、同時に退屈することは絶対にないわねという評価もあった。

 そんなこんなで昼食会(灰燼者二名含む)は、洗い物が楽に感じるくらいの完食で終了したのであった。




と、第弐話が完成しましたがただの日常風景になってしまいました。しかも護熾達の方が話を占めるという。なので次回はアスタ達の方にライトを向けた展開を考えております。何時になるのと疑問と懸念の声が見えてきそうですがこんなに長くはならないように努力は致します。せっかく戻れたんですしね。ではまた次回、それでは! でわでわー

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