ユキナDiary--その前シリーズ ~浅き淡夢~
どうも~。
今回はその後シリーズから一変してその前シリーズをお送りしたいと思います。今回はあくまで物語全体の補完みたいなものになっております。
そして今回はちょいと一話で終わらせるのは困難な内容だったのでいくつかぶつ切りにしてお送りいたします。ではどうぞ!
ただ、その機会が訪れなかっただけだ。
でも、こうして俺にもようやく対等の立場が訪れたのは、幸運なのか、悪戯なのかは分からないが、不意にそれは訪れた。それは俺が心のどこかで望んでいたかも知れないし、あるいは目を背けていたモノかも知れない。
でもこれで俺は、ちゃんとあいつを受け止められる。
孤独の果てを生きてきたあいつを、俺は精一杯抱き締められる。
世界は何も知らずに廻っていく。
そう、俺たちが何をどうしようと、この世界は回り続ける。
結局俺がやったのは世界の理の裁きを代理で行い、本来あるべき姿に取り戻すという実に単純で、その分たくさんの辛い思いをさせられてきたし、大切な奴らにさせちまった。
でも辛いことばっかじゃねえ。
俺はそこで、本当に大切な連中を、あいつを、ただ護りたいって思った。
そして一番護りたかったそいつは、さっき『頭撫でれ』と言うようにゴシゴシと胸に頭を擦って甘えてきたので撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細めた。
俺は、こいつが、ユキナのことが好きだ。胸を張ってそう言える。
そんなユキナは俺を『海洞護熾』という人間として認めてくれるから、俺はこいつの想いに応えられる。すると突然何かにお腹を抱き締められたので見下ろしてみると、寝ぼけ眼でユキナが抱きついており、何だか嬉しそうに微笑んでいる。
彼女は『ハグハグして~』と甘えた声で囁いてきたので願い通りにするとゴロゴロと喉を鳴らして顔を胸に埋めてきた。
そして『じゃ、お休み』と俺の頬に温かいモノを押しつけてからすぐ寝てしまった。
…………いや、照れてねえからな俺は、うん、照れてない………………………………くそっ
とまあ、茶番は置いておき、余談だが、最近クラスの連中が『リア充』『ロリコン』『殺ス』と念仏のように俺に唱え始めてきた。まるで邪霊扱いだ。
俺が何をしたって言うんだよお前ら。弁護士呼ぶぞこら。
そんなワケで柔らかい彼女の感触、ではなくユキナを抱き締めて眠り落ちた。
そう、そこまでは良い。
次目覚めたときには着替えを済ませ、朝食の準備という恒例の家事が俺を待っている―――
ハズだったんだが……
「あれ、どこですかここ?」
護熾が眼を開けると光が差し込み、既にお昼頃になっていた。
ただしそこはベットではなくどこかの屋上の上に立っており、そして眼前には静まりかえった見慣れた町並みが光景として広がっていた。
それに服装もTシャツにジーンズという格好に切り替わっていた。
人々、および世界の全ての動きが止まったかのような、静寂の世界。
護熾は何が起こっているのか理解できず、キョロキョロと首を動かして周りを見渡す。
しかしいくら回しても音など聞こえず、風の一つも吹かない。
(…………夢、か?)
前後の記憶から察すれば夢と判断せざる終えないのは確実だった。
しかし不意に、この空間に降り立ってから一分後に、向こうの建物の屋上に動く影が視界に入ったのでそちらに顔を向けると、一瞬表情が強ばり、そして目を大きく開いて驚いた。
「あれは…………?」
彼が目にしたのは、建物から建物に飛び移る艶やかな黒髪を持った―――少女の姿であった。
海洞護熾は、何故自分が此処にいるのか、何故彼女が走っているのかはすぐには理解できなかった。
しかしそう考えている間も、自分と将来を誓い合ったあの少女は建物から建物へと飛び移るという常人ではやり遂げることが難しい荒技をやってのけてみせ、すぐさま飛び降り、姿を見えなくさせた。
「ああ、っと……状況が全ッ然分かんねえけど……此処もしかして結界か!?」
護熾はすぐさま彼女の後を追うためにまず今自分がいる"空間"の方に注目し、そして自分が眼の使い手だったときの感覚を思い出しながらソッと頭の中でできると念じながら足をまるで階段を上るかのように踏み出してみると、案の定―――足が何もない場所に留まった。
「よしっ! とりあえずあいつを追いかけるのが先決だな」
そして護熾は見知った彼女を追いかけるように、誰もいない町の上空に向かって大きく跳躍した。
ユキナDiary-Former story-浅き淡夢――
建物の屋上から少女が飛び降りる。
普通この高さから人が飛び降りれば死、運良く助かっても四肢は使い物にならなくなると言うその高度を何の躊躇いもなく重力に身を任せて地面に向かう。
そしてその小さな身体が地面に激突して目を背けたくなるような光景、にはならず、驚くことに少女は何もない空間を蹴ってジグザグに落下しながら進んでいった。
少女が着いた場所は物寂しげなやや狭い裏地で、そこら辺にはもう使い物にはならないガラクタ達が寝そべるように積み上がっており、建物によって狭まった陽光が穏やかに照らしていた。
しかしその少女は別に場所がどうであろうと関係なさそうな仏頂面で、無言のまま裏地の道をゆっくりと歩き始めた。
コツコツと自分の足音だけが際だって不気味に響き、周りの壁が音を反射して空間内に広める。
そして少女が特に注目せずにいたガラクタの横を通り過ぎようとした瞬間だった―――
「ギャッギャッ!!」
「アアアアアアァァ!!」
「グガアアアアアアアアアア!!」
真上から、両脇にあったガラグタの中から、黒い体毛を生やした狼のような怪物が突如少女に向かって奇襲を仕掛けてきた。おそらく少女がこのポイントにたどり着くのを狙って待ち伏せしていたのであろう。
そしてガラグタの破片などが宙に舞い、三体の怪物が襲いかかってくる光景がゆっくりと流れる中、少女は少しだけ身を伏せるような姿勢を取る。
怪物達は己の武器である爪を前に突き出しながら、少女の身を引き裂こうと迫る。
そして全ての一瞬が、永遠まで引き延ばされた直後――――
ザグッ
まるで分厚い紙を貫いたような音が聞こえ、真横から来た怪物の一体が動きを停止させていた。
その目は驚きのあまりに見開かれ、その瞳に自分の身に起こった原因を映し込ませる。
―――夕陽色の髪。
それだけが目に見え、それから銀色の何かが視界を遮ると、それから先の未来は見えなくなった。
少女はいつの間にか持っていた銀色の刀身の刀で右から来た一体を斬り捨て、そしてまだ仲間がやられたという認識ができていない残りの二体に反撃を仕掛ける。
まず、僅かに先程の一体と遅れて奇襲を仕掛けてきた怪物の攻撃に対して、紙一重で爪を頬が擦れそうな真横跳びで懐に潜り込むと刀を持っていない左手を胴体に押し当てる。
刹那―――オレンジ色の閃光が怪物の上半身と下半身を分け、一瞬で塵に変えさせる。
そしてその衝撃によって生まれた白煙が上方から飛びかかってきた怪物の視界を遮り、一瞬だけ少女の姿を見失う。
ただ、少女にとってその一瞬が怪物に対しての決定打となり、白煙の中から尾を引いて少女が銀色の刀身を携え、そして―――オレンジ色の両眼で睨み付けながら横に一閃、振り払った。
「な、怪物達は世界から消えたんじゃねえのかよ…………?」
建物の壁に背中を付け、戦闘の一部始終を覗き見ていた護熾はそこで起こったことについて驚いていた。
自分の記憶が正しければ、あの大戦で旧理は消滅し、同時に怪物達は旧き常識が塗り替えられたことによって存在を消滅させたハズである。
しかし現に、あの少女が、三体の怪物達を圧倒的な力と速さでものの三十秒で倒した光景がある。
これは自分の記憶と今の状況に大きな矛盾が存在していることを意味する。
(ホントッワケ分かんねっ、でも、あいつなら分かっているかもしんねえから……よし、前に出るか)
何故自分がいきなり此処にいるのか、何故怪物達がいるのか。
その鍵はあの少女にあると考えた護熾はもう一度顔を覗き込ませてみる。
少女は、既にいなかった。
「あっ、あいつもういなくなっ――――」
「あなた、誰?」
急に声を掛けられた護熾は一瞬、身体をびくっと震わせる。
そして思いっきりバッと顔を前に戻すと、案の定、いつの間にかそこには彼女がいた。
「あ……」
「この世界の人? 怪物に攫われてた人? よく見ればあなた気力とても高いわね。じゃあ早速――」
護熾の真ん前には黒髪で黒目、顔立ちは幼いがどこか凛々しく又は可愛らしい顔をしており、艶やかな髪が背中までかかっている小柄な少女が立っていた。
護熾はその少女のことをよく知っていた。
あんパンが好きで、身長を気にしていて、甘えん坊で寂しがり屋で、食材を料理という名の実験で化学兵器に変えてしまう、そんな彼女。
――ユキナが片手をまるでナイフのようにして護熾の首筋に打ち付けようとしていた。
「ま、待ってくれ! 俺だ!」
「何? 別にあなたのこと何かどうでもいいし、教える事なんかないからとっとと眠ってね」
このとき、護熾は言い難い違和感を覚えた。
この目の前にいる少女は、自分のことを知らないように思えた。
いや、ユキナの視線は完全に護熾のことなど興味の対象になり得ない、その辺の人間と同じような扱いであった。
彼女が自分のことを覚えてない、このことに護熾は心が締め付けられるような錯覚を覚え、思わず叫んだ。
「俺だよ! ユキナ!!」
「? 何で私の名前知ってるの?」
名前を呼ばれたユキナは、護熾に対して怪訝そうに首を傾げた。
(おかしい……何で俺が今この場にいるのか、)
今日は休みなのか、商店街の中は一際賑わっており、雑踏が空間を支配している。
(その上、怪物達が何故かいるし。そして何よりも、)
聞き慣れているはずのこの空間が彼にとっては既に別の何かにしか感じられず、一抹の不安を覚える。
そして彼が最もショックだったことが、
(今隣にいるユキナが、俺のことを知らないってことだ)
「ん? どうしたの"カイドウ"?」
「いや、少し考え事をしてただけ」
隣を歩いていたユキナに声を掛けられ、護熾は簡単に答える。
それからちらっと視線を横に向けてみる。
今ユキナはお昼の時間らしく商店街の売店で買った揚げたてカレーパンをモシャモシャと気持ちのいい音を立てて食べながら歩いていた。
因みに護熾は彼女には『カイドウ』と呼ばせていた。この少女が自分のことを知らない以上、自分の知っているユキナと同じようにするのは問題があると判断した結果でもある。
「それにしても、こんなに早くガーディアンが来るなんてね」
先程の出会いで護熾は自分は怪しいものじゃなく、あんな事やこんな事も知っているガーディアンだと咄嗟に言ったため、ユキナは気絶殺法をやめ、話を聞いてくれた。
護熾本人としては彼女が自分をどっかに置いて行ってしまうよりはかなりマシだと思っているが、嘘をついていたり彼女が本当に自分のことを知らない辺り、結構複雑な気持ちだったりもした。
「ま、気にしないでくれユキナ」
「……それに妙に馴れ馴れしいとこが気に入らない。! もしかして……」
カレーパンを食べ終えたユキナはポッケに包み袋を仕舞うと立ち止まり、蹴りの体勢を整え、
「ストーカー?」
「……その結論に達したお前の思考に俺は問いたい」
「だって私のこと知っているみたいだし」
「お前のこと知ってる男子はストーカー決定かよ。安心しろ、別にてめえのことなんざそんな対象で見ることはねえから」
「……それって私が子供だからってことを遠回しに言ってるよね?」
「どっち何だよお前……」
子供っぽく見られるのはどうやら自分の知っているユキナと同じみたいである。
ただ、やはりというかユキナは護熾に対してやや距離を取っている節が見られ、本来の距離感は随分遠くにあった。
「とりあえず、私の様子見ってとこでしょうね。ま、どうせ一、二日でいなくなるからどうでもいいか」
「! 他にも来たヤツが……いや、そもそもお前何してんだ? さっき怪物がいたけど何でいるんだ? 連中は消えてなくなったはずじゃあ……」
その質問に対し、ユキナは片眉を上げて答える。
「何言ってるの? 怪物はうじゃうじゃいるわよ。私もここ三年この辺りを守護してるけど減る様子なんてまったく見当たらないわ」
倒しても倒してもまるで砂の中に剣を突き立てるのと同じくらいの無謀だとユキナはため息をつく。
しかし護熾にとってはかなり重要なキーワードがそこにあった。
「……三年?」
「? そうよ? 私、十歳からこの特別長期任務をやってのよ? 知らなかった?」
「……お前、今いくつだ?」
「14、くらいだと思うけど」
まさか、そんな。
護熾は何故怪物達がいるのか、何故ユキナが戦っているのかが彼女との対話でどんどん明らかになっていくのが頭の中で手に取るように分かった。その上、彼女が自分のことを知らないのは当然である。
そう、此処は、彼女は、この時代は、
(俺、今過去に来てんのか?)
彼女の言っていることが正しければ此処は今より二年前の世界と言うことになる。
つまり護熾が中学二年生の時である。
もちろん、何故過去の世界に自分がいるのかは全く分からないが、とりあえず隣にいた彼女が自分を無視して前を歩き始めてしまったので慌てて追いかける。
「ちょっ、お、おい! 置いていくなよ!」
「何? どうせいなくなるんだから馴れ合わないでよね」
彼女は後ろを見ずにそう冷たく無機質に言葉を並べる。完全に護熾のことなど眼中にない様子である。
ただし、護熾は彼女が必ず足を止める言葉を掛ける。
「あんパンをこれから買うけど、お前はどうだ?」
「!」
その言葉を聞いた瞬間、ユキナの足はピタリと止まり、そして何かを思案するように小首を傾げた後、後ろに振り向くと無表情で護熾の顔を見据えてから、
「食べる」
「よし、決まりだな」
そう言って何故か財布もきちんとあるジーンズからそれを取り出すと彼女の大好物のあんパンを買いに出かけた。
彼女が此処のがいいと護熾を連れてきたのはパン屋さんで、彼も此処のことはよく知っていた。
そして彼女は早速あんパンのある棚の前に移動し、そして何種類もあるあんパンを慎重に鑑定するかのように吟味する。
そんな彼女に護熾は後ろから覗き込んで言う。
「……どれも同じだろうが」
「同じじゃないわよ。まずこの桜の塩漬けはNGね。私の風味を壊すから。今は白ごまを選ぶか黒ごまを選ぶか迷ってるだけ」
はあ、と護熾は彼女の熱心なこだわりにため息をつく。
因みに白ごまがこしあんで、黒ごまがややつぶあんとなっている。
それから彼女はじっくりと時間を消費して、ようやく白ごまこしあんの方を選んだ。
どこか座れる場所へと、近くの公園にあったベンチに座った二人は、早速買ったあんパンを食べ始めた。
「……寂しくねえのか?」
「あむ、んむ、何が?」
「お前、ずっと一人なんだろ?」
「はむ、別に、んぐ、どうってことないわよ」
あんパンを一口頬張るたびに彼女の顔が綻ぶのでいまいち先程の威圧的な感じはしなかった。
そんな彼女に護熾は そうか、と一言だけ言うと少し大きめの一口であんパンを囓る。
それから何か考え込むように虚空を睨んで思考を巡らせる。
(どうして、俺が過去の世界に来たのか、はまったく分からないが、とりあえずこいつのそばにいた方が得策みたいだな。もう開眼も使えない俺なんて知識持はもちろん、普通の怪物にだって太刀打ちすらできねえはずだから)
一度此処は夢なのではと思ったがそれにしては映像が鮮明すぎるし、何よりもあんパンの味がちゃんと分かった。そして開眼ができるがどうかも一応試してみたがうんともすんとも言わなかった。
(…………俺、元の世界に帰れるかな)
「あれ、食べないの?」
と既に食べ終えたユキナが手を伸ばして護熾の手からあんパンを奪い取ると一口で食べてしまった。
護熾は数秒思考が停止したが一気に表情を変えると彼女に掴み掛かるようにして、
「おまっ!? 何、人の食ってんじゃこらァあああああああああああ!?」
「え? 食べたくないかと思ったから食べてあげただけだよ?」
「だけだよ? そんな小首を傾げて可愛く誤魔化そうとするな!」
前にも似たような状況、あった気がする。っと護熾は思った。
「ふん、だったらちゃっちゃと食べればいいのよ」
「おまっ、俺一応16だぜ? 年上は敬えよ」
「年の差で何が決まるの? まったく、そんな変な顔で睨まれても困るよ?」
あんパン一つに対して怒っている彼に対して、一言呆れたように呟く。
ただし、その言葉の中に、彼の怒りを逆撫でするものがあった。
「だれが変な顔だとこんにゃろうが!? それだったらてめえだってドチビじゃねえか!!」
護熾の言葉に対し、今度はユキナが反応し、平静を保っているが若干口元はひくひく動いている。
「……! ほォー? 私がチビね……なるほど、じゃあ私のどこがチビっていうのよ?」
「どこがって、見たまんまじゃねえか!」
「具体的に指摘しなさい!」
「具体的にって……俺が確か174で、お前見たところ145じゃん。三十センチ物差しの差があるんだぞ?」
身長およそ145で自分の胸くらいしか届かない。これをチビ以外どう言えと。
そう思っている間に、ユキナはベンチから立ち上がるとくるりと身体の向きを護熾に向け、
「ふっふっふ、…………誰がチビなのよっ!!」
そして護熾は足に迸る衝撃を感じた。
それは蹴りで、的確に人体の急所である脛にクリーンヒットを決めていた。
「ぐァああああああああああああああ!! 痛ってーーーーーーーーー!!」
脛、皮膚の下にある骨の膜は衝撃を与えると他の部位より痛いのだ。
なのでその痛みを存分に味わうように地面をゴロゴロと駆けめぐる彼は数十秒後にようやく治まってくるとゆっくりと立ち上がり、身体に付いた砂を取り払いながら、
「必死に言い訳している上に反撃してきやがった~~。……ま、どうせ何年も前から身長変わっていないんだろ?」
「!? どうしてそれを!?」
「あ、そうなんだ」
「あ、くっ、くっ~~~~~!」
自分の身長がここ三年でまったく変わっていないことがバレた彼女は歯を食いしばって怒ったような表情で護熾を睨み付ける。ただ、あと二年経っても身長が変わっていないと知っている護熾は少し複雑な気持ちになるが、彼女を誤魔化すために一つの情報を提供する。
「ま、そのことはいいか。知ってるか? あっちの方のデパートには値段1.5倍で二倍サイズのあんパンが売られてるのを」
「!? 何ですって!? この町に三年もいるのに私としたことが!? …………って、え?」
元々デパートに行ってまで食糧確保をしなかった彼女にとってその情報はかなり良質であったがそれと同時にふとした疑問が浮かび上がってくる、その対象は護熾で、急に再び睨み付けるようになった彼女に対してやや不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「? どうしたんだ?」
「……どうして、あなたはそんな細かいこと知ってるわけ?」
「あ、」
彼女の中での護熾の設定は今日この世界にやってきたガーディアンと言うことになっている。
そんな一日この町の護衛役が何故そんなことを知っているかに対して疑念を抱いたのであろう。
しかも護熾が思わず自分の失敗に対して呟いたのも相まって益々ユキナの疑問が膨らむ。
「それに、私の好物も知っていたみたいだし……」
「いや、これには事情が……その、ほらたまたま最初にあそこのデパートでさ、」
「フーン、ま、"そういうこと"にしておいてあげるか」
しかしごくあっさりと追求を止めてしまった。
それに護熾は思わずポカンとした表情で固まるが、当の本人は横にあったゴミ箱に包み袋捨てるとスタスタと歩いていって仕舞ったため護熾もその後に急いで付いていく。
(思えば、初めから怪しいのよ彼は)
ユキナはスタスタと無言のまま歩きながら思う。
(だって私と会ったガーディアンは普通証明書を私に見せるはずなのに、彼はそうしなかった。ってことは彼はガーディアンすらない。そしてこの町のことをよく知っているみたいだし……変ね)
今日彼と出会ってから、今まで出会ってきたガーディアンや兵士達と明らかに異質な様子だったので彼女はもし普通のガーディアンや兵士だったらとっとと置いていくつもりだったが、そんな彼に対してある種の別の警戒心を抱いていたのだ。ただ、今のところ何の危害も加えそうになく、むしろまるで自分のことを友達か何かのような扱いである。
(……そういえば、こうして突っかかってくれる人間なんて、久しぶりかも)
思えば長い年月による孤独の所為で人との接し方が冷たくなった自分に対して、友好的に捉えてくれる人間は貴重とも言えた。ただ、それが何だ。それがどうしたというのか。
誰かと一緒にいることは心地が良いことを忘れた彼女は、ただ前を見つめて歩いた。
後ろから彼が付いてくる気配を感じながら、それでも、足手纏いにしか捉えなかった。
(私はただ、この町をあと二年守ればいいだけ)
いつも思ってきたことを頭の中で繰り返してみる。
自分は眼の使い手だからこの町の守護を頼まれた。自分は英雄の娘なんだから、頑張らなくちゃ。
しかしそれは、同時に彼女にとって大切なモノをどんどん奪っていった。
だからこそ、彼女はほんの僅かでも思った。思ってしまった。
誰かとこうして、何の隔たりもなく直に話せるのが、楽しいと思ったことが。
朝六時五十三分。
「……あれ?」
護熾はベットの上で目が覚めた。
視界にはまず見慣れた天井が入り、窓からは朝の日差しが入り込んでいた。
護熾は一度布団の中で大きく伸びをし、欠伸をかいて口に手をあてる。
「……夢、なのか?」
そして意識を覚醒させてからふと横で寝ている人物に気がつく。
そこには可愛い可憐な寝顔があり、護熾はその表情に見とれ、それと同時に彼女を抱き締める格好で自分が寝ていたことに気がついた。
「んんっ…………」
するとユキナはくぐもった声を出し、ぼんやりと眼を開けた。
そして大きな黒い瞳で目の前にいる護熾の姿を捉えると可愛く微笑み、
「おはよ、護熾」
「あ、ああおはよう、ユキナ」
ごく普通に、簡単挨拶をした。
(何だ、あれは夢、だったのか)
先程自分がいたあの世界では今から二年前でユキナは自分のことを知らなかったのに、今は今まで通り、ユキナは自分の彼女としてそこにいた。
そして護熾は起き上がろうとし、布団を退けようと手で持ち上げるとそこで見たモノに言葉を失った。
「なっ……!?」
「あ……そういえば」
布団を捲ったそこには、ユキナの露わになった素肌があり、彼女は慌てて布団で隠すようにする。
護熾は赤面し、恐る恐る事の事情説明を求める。
「……なっ、何で?」
「だ、だ、だってその……護熾が誘ってくれたから……」
は? と鳩が豆鉄砲を喰らったような顔の護熾にユキナは事の成り行きを説明し始める。
「だって、真夜中に急に護熾がその……私のお尻……触ってきたから、したい、と思ってさ……」
「…………」
どうやらあの夢の中では動き回ることが多かったせいか、現実でも身体の動きがシンクロされてたようである。それが運良く(?)ユキナの身体に触れてしまったのだと考えられる。
「で、服脱いだら今度は抱き締めてきてさ、もう色々と嬉しかったのに、抱き締めたまま眠られちゃったから服着れなかったし、そのまま寝たの」
「あーまあ、俺朝食作るから着替えておいてくれ」
「むぅー、彼女がせっかくOK出したのに。護熾の……奥手」
頬を可愛く膨らませ、そう怒ってみせる彼女を見てから、護熾は一階へ行くために階段へと向かった。
彼女はいつも通りで、何の問題もない。
階段を降りながら護熾はそう思ったが、ふとした事で足を止め、
「…………五年間、この町を守ってくれたんだよな……」
夢の中の彼女は三年目、そして今の彼女は五年間を過ごし、さらに辛い目に遭ってそれを乗り越えてきた。自分が呑気に過ごしてきた過去五年間に、彼女はずっと戦ってきたのだ。
(……あとで、あいつにその辺のこと、詳しく聞かないとな)
彼はそう思ってから、再び降りるために一歩進め始めた。
てなわけで今回は本編で書ききれなかったユキナの過去のお話第一弾です。
それにしても五年はやりすぎだったと今でも思っています。ん~、私だったらちょっと無理ですね。
そして記念すべき第一弾、まったく話が進んでいないという大変な事態になっております。ハッキリ言ってこの一話、個人的にあんまり面白くないですね。次回はもっと進めるようにするので気長にお待ちください。ではまた次まで、ではでは~