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ユキナDiary-  作者: PM8:00
126/150

最終月日 ~上~ 君たちの恋は君たちを救う

いや~~だらだらやってたら随分長くなってしまいました。

 ホント、長文スイマセン! でも読んで下さいね?

 ではどうぞ!

 

 




 太陽にこたえを、月に呼吸を、雨で繋がりを、星に願いを、


 龍は、求める。


 そして龍は、身勝手で、しかし然るべき相手を想いやる。

 泣いている少女の悪夢を晴らし、やがてやってくる。


 



 





 やがて―――帰ってくる。




 


 




 護熾のいない、世界。

 これが普通、これが本来の時間が導いた日常。

 大戦は終わった。長いようで一日しかなかった、大戦。

 全ての流れは、眼の使い手全員でも、全世界の人達でもなく、たった一人、護熾が寿命と引き替えに引き出した圧倒的な力を誇る第三解放でソラの理を破壊したことだった。


 そしてその中で、私と護熾はソラの悲惨な過去、彼を取り巻いた二人の人物の生き様を見てきた。

 そして私のお父さんと、私に第二解放と紅碧鎖状之太刀をくれた師匠であり、シバさんの妻であるリーディアさんがソラ本人の証言を交えて真実を話し、そしてその場を後にしていった。


 そしてソラも、最後は私の腕の中で、微笑んで逝ってしまった。

 あんなに可愛い笑顔をしているのに、その人は孤独な悲運でどうしようもない運命に身罷られ、とてもとても可哀想だった…………


 そして、護熾。


 ゼロアス、護熾のお母さんが元になっている虚名持最強と戦い、おそらく第三解放で戦って倒したんだろうな。そして、私がソラの精神攻撃を受けているとき、彼はみんなを助けに、私を助けに、私を抱き締めて姿を現した。

 それから自分の激情に任せて、ソラを攻撃し、心の壁と言う名の絶対防禦の鎧を破壊した。

 

 そして、ソラが逝き、結晶の雨が降る中、私を精一杯、今までで一番強く抱き締めてくれた。

 とても温かくて、とても安心する温もりが確かにそこにあった。

 そして私に斉藤さんとイアルと一緒に作った御守りを私に返してくれた。


 ―――それからだ、護熾が逝ってしまうのは

 

“じゃあな、先、行ってるぜ”


 まるで自分の分も生きてくれと言わんばかりのいつも通りの口調。

 そして願いを込めたような口調は耳からいつまでも離れない。

 まだその時から一日も経っていない所為かもしれないけど、私はその声が忘れられない。

 

 私が一番愛した、人。

 私を一番、愛してくれたあの人。


 もっと早く気が付いていれば、傍らでずっと一緒に居られたかも知れない。

 その隣は日溜まりのように温かく、私を安心させ、安心できる場所。

 それを持っていたのに、無責任に、『他の人と一緒になれ』なんて…………身勝手すぎだよ。

 

 私はもう、護熾以外の人と付き合っていくつもりも一緒にいるつもりもない。

 それだけは自信を持って言える。

 私は、護熾だけとしかキスもしたくない、護熾以外に身も心も預けられない。

 あの人が私の欲しいモノを全て持っていて、あの人も私を必要としてくれた。

 もう、あんな人はこの世に二人はいない。

 


 





 



 ユキナは眼を醒ました。

 身体の上には毛布が乗っかっており、包帯を巻いた全身を程よく温めてくれていた。

 そして上半身を起こし、辺りを見渡すと虚名持との戦闘で負傷した他の三人が怪我の処置を終えた状態で寝ており、ラルモは少しだらしなく、アルティは静かに寝息を立てており、ガシュナは胸の上にミルナを突っ伏させて寝ており、互いに静かな時を過ごしていた。

 

 それからユキナはふと、自身の手に何かが握られていることに気が付き、それを開いて見てみると、途端、目頭からぶわっと涙が溢れそうになる。

 オレンジの御守り。

 護熾の、遺品。


「起きたようね? ユキナ」


 急に横から声を掛けられたので眼を丸くして横に振り向くとドア付近に胸の前で腕を組み、壁により掛かった状態でイアルがこちらを見ており、ユキナが気付いたのを機にこちらに向かって歩み寄ってきた。

 

 それからベットの横まで行き、一度ユキナの手に握られている御守りを一瞥してから、


「海洞…………持っててくれてたんだ……」

「…………うん……」

「ねえ…………海洞は最期になんて、言ったの…………?」


 彼女もまた、好意を寄せていた人物の最期を見ていた一人。

 そして彼女の位置からでも護熾がユキナを抱き締め、そして離れてから何かを言い、手の繋がる瞬間、消えていったのが容易に見えていた。

 

 だからこそ、悲しみの共有までとはいかないが、最期の最期に彼が言った言葉は知りたい。

 そんな思いである。

 ユキナは自身の小さな手に納まっている御守りを見つめながら、


「“俺のこと好きになってくれてありがとな”って……そしてイアルや斉藤さん、それにティアラちゃんにも俺を好きになってくれて、ありがとうって………………」

「…………そう…………最期の最後まで、ホントっ…………バカなんだから…………」


 護熾の最期の言葉は自身に好意を持ってくれた四人の少女への切実な感謝の言葉。

 きっと、それが精一杯だったのだろう。彼のおかげで、結果的に四人の少女は救われた。

 彼の一人の犠牲だけで、彼自身の知っている世界は護られた。 

 その名の通り、熾烈な戦いをする人達を護ってくれたのだ。

 そんな彼が残してくれた言葉は、イアルの心に届く。

 届いて――――涙が溢れそうになる。


「まったく…………また帰ってこないかな……? あの時みたいにさ…………」

「……今回は……身体ごと異次元に持ってかれたから……たぶんもう…………」

「そ……そうなのね…………もう……会えない……か…………まったく、ユキナが可哀想じゃない……」

「ありがと、イアル…………」

「……どういたしまして…………そういえば明日、今日は復旧工事や破損箇所の点検で……少し片づいて……中央の大霊園で今回の犠牲者の弔いがあるから……彼のために来てあげてね?」

「うん……分かった」

「じゃ……お休み……」

「うん、お休みイアル」


 そう言い残し、イアルは他の眼の使い手を起こさないように静かに病室の外へ行き、ユキナはその背中が見えなくなるまで見送り、そしていなくなったら再び上半身を毛布に潜り込ませ、ギュッと御守りを抱いてから、ゆっくりと瞼を閉じて、就寝した。








 



 日曜日、大戦が事実上終了。

 当時ユキナは朝日に晒されながらも、ずっと胸に抱いた御守りを抱き締め続け、泣き声を上げていた。そして動ける眼の使い手のラルモとアルティの二人が到着すると今までの疲労が解放されたのか、意識が無くなるように後ろに倒れ込んでしまった。

 その時辛うじて二人に慌てて受け止められて、二人の腕の中に目を閉じた少女が納まった。

 眼から涙を流したまま。


「…………ユキナは……護熾のことが好きだったんだな……」

「…………うん」


 それから二人はユキナを抱えたまま下りていき、そしてみんなの元へ行くとユリアがユキナの身柄を受け取った。ユリアは一度ユキナの泣き寝顔を見てから、ギュッと生きていてくれたことと、護熾が再び死んでしまった悲しさの両方を含めて強く抱き締めた。

 大戦は終わった。

 ならば世界情勢や犠牲者の数、及び個人特定。損害箇所、修復箇所。

 などなどやるべきことはいっぱいある。

 それから、各自それぞれやらなければいけないことについて動き出した。

 トーマとシバと隊長達の大人組は状況整理に自身の思いを押し殺し、ジェネスとティアラ、そして長老を連れて動き出した。

 一方、眼の使い手の子供達はミルナを除き、全員怪我があまりよくなく、特にガシュナは病院でもう一度適切な処置を受けさせなければならなかったので直行で病院に行かなければならなかった。

 

 そして同様に、ユリアはユキナを抱いたまま、戦いに勝ち残った眼の使い手と共に、病院へ搬送させて貰い、そして安全に使えるようになった病院内の部屋を眼の使い手の部屋として貸し切りにし、そこにソッと寝かせることにした。

 胸に、遺品の御守りを握らせて。






 





 


 最終月日 ~上~ 君たちの恋は君たちを救う







 



 大戦から二日後。現世曜日では月曜日。

 七つ橋町は昨日は曇りだったが今日は快晴で、蒼い蒼い澄んだ秋の空が延々と続いている。

 そんな中、一人の少し長い髪をした少女が下駄箱から上履きを取り、そして履き替えを澄ませてから二階の自分の教室へと向かっていた。

 それから階段を一段一段、少し重い気持ちで踏みしめながらも上がりきり、そしてふと少し向こうにある教室の引き戸の上にあるプレート『1-2』を見て、少し固唾を呑んでから足を前に進め始めた。

 

 そして引き戸を開け、中に身体を入れて辺りを見渡すと――――


「おはよ~~千鶴、あいつまだ家にいないってさ…………」


 気の抜けた声が自分に向かって飛び、声のした方向に恐る恐る眼差しを向けると机の上に置いた手に頬を載せて、ぽけーっとよほどつまんなそうな表情で、近藤が朝のHRの開始を待っていた。

 千鶴は一瞬、憂い顔を帯びるが、すぐに近藤の許へ向かって歩き出し、自分の席の横に鞄を置くとイスに座ろうとし、ふとイスを引いた手を止めた。


 自分の隣は確か、あの人の席。


 おっちょこちょいな自分に消しゴムを貸してくれたり、たまに教科書を共有したりしてくれたあの人の姿は、もうない。いつもこの時間に来ているあの人の姿は、ない。

 千鶴はそう思いながら引いていた手を再開し、そしてイスに座って近藤の方に身体を向けると近藤がタイミングを見計らって喋り始めた。


「たくっ、いきなり花火大会の午後に姿を消して、親父さんに心配を掛けさせて祭りどころじゃなかったのに…………あいつ、何処行ったんだろう……千鶴を振っといて……そんなことをする奴じゃないのは分かってるのに…………親父さんだって有給延ばして探してるって言うのに……」

「…………うん、きっと海洞くんは……用事があったんだよ……とてもとても大切な用事が……」

「そんなに大切なら親に一コも言わないなんておかしいでしょ? やっぱり…………海洞この頃変だった。胸に傷は拵えるわ、祭りの時血だらけになってあたし達の目の前に出て、それからいきなり消えて…………それでケロッと帰ってきたと思ったらまた姿を消して……もう、訳分かんないよ……」


 中学時代、よく知る友人だからこそ、近藤は素直に不安を混ぜた口調で千鶴にそう言う。

 護熾の父、子供思いの武は会社に連絡して有給期間を延ばして貰い、警察に連絡するなどの徹底振りで今は東奔西走をしている。これ以上家族がいなくなるのは彼にとってとても痛いことだからだ。


 千鶴はあの日護熾に何があったかを一般人である近藤に伝えるわけにはいけない。

 それがもどかしく、とても悔しいことだが仕方がないのだ。

 

 本当のことを言ってしまえば、彼は自分の大切な友人、知り合い、家族、そして恋人ユキナの全てを救いに孤軍奮闘で立ち向かったのであり、そしてこの世界は少なくとも救われた。

 今は、異世界むこうの方でもう既に大戦は終わっているのか、はたまたまだ続いているのかは分からないが、もう彼は此処には戻ってこないと言うことだけは分かっている。


「お~い、近藤! 海洞の奴いた!?」

「おお沢木…………いなかったわよ……」

「……そうか……斉藤さんは?」

「ううん、こっちも」


 千鶴が教室に入ってから数分後、今度は沢木が教室に入って二人を見つけるなり、そう質問を述べる。が、二人の返答に正直に溜息を付き、肩を落とし、それから自分の席の横に鞄を置くと千鶴同様に近藤の方に身体を向けた。


「あいつマジでどこ行ったんだよ…………あいつが行きそうなとこは日曜日の間に木村と宮崎と一緒に探したけど何処にもいないんだよ。」

「やっぱりそうなのね~~~、あ~あ、ユキちゃんも黒崎さんもいなくなって、その上あいつまでいなくなったら学校生活かなり退屈よ?」

「だな…………早く帰ってこいよな~~もうっ!」


 沢木はそう天井に叫びながら身体を仰け反らせ、近藤はただ溜息を付くだけで昔ながらの彼の姿が垣間見えるのは今か今かと待っていた。

 千鶴はそんな彼の中学時代からの友人の様子を見て、やっぱり彼は私達にいなくてはならない存在だと改めて確信すると、丁度、まだ残っていた木に付いていた紅葉が落ちるのを見た。

 とても、不吉な予感。

 以前にも似たような胸騒ぎが、千鶴の胸を突く。

 それを抑えるかのように、千鶴はギュッと服を握りしめた。




 







 同じ頃、ユキナはベットに座っていた。

 他のみんなは既に居らず、壁に掛けられている時計の音が病室の静寂に響いていた。

 ユキナは座り込んだまま、膝を抱えて、何かを躊躇うような姿勢をとり続けたが、やがてベットの上に置かれていた黒い服を手に取り、それを着ると、首にヒモを長くしたオレンジ色の御守りを掛け、外で待っていたユリアの元へと向かっていった。










 








 同時刻。

 異世界の人々、及びワイトの住人より。

 

 月曜朝10時にそれは始まった。

 大戦から僅か一日にも満たない時間。だが彼らにとっては普段の時間感覚とは違う死活を送ってきたのだ。或いは13年前の大戦を思い出し、またアスタのような救世主が現れるのをひたすら祈ったのである。


 そして朝日が昇り、銃撃や爆音は途絶えていた。

 それから、シェルターのワイトの見張り兵が緊張と嬉しみを混ぜたような表情で住民がいる大きな部屋に入り、こう告げた。


『大戦は、終わりました。もう世界から怪物は消えたとのことです。』


 それを聞いたとき、住民達は一瞬耳を疑った。

 一瞬、だけだった。

 それから外へ出てみると、変わらない朝日が町全体を包み込んでいた。

 これほど、清々しい悪夢からの開放感はこの先無いであろう。

 住民達はその朝日を受けてから、兵士の誘導に従って自宅へと足を進めていった。

 中には眼の使い手達の安否や家族、兵士の安否について質疑する要望が多く、兵はその返答に暫し手こずらせたが、今はまだ確認中ですので暫しお待ちを、っと言った。



 その日の午前、町はヨークスの侵入での破壊活動以外はほぼ無傷だったので個人的な葬儀はまず後回しにし、住民全員で中央の裏にある大霊園に向かって黒い喪服を羽織って歩いていた。

 目的はまず、この戦いで死んでしまったこの町の兵や世界中で死んだ人々へ。

 それから過去の人達と過去の英雄達への今回という日の報告をするために。

 

 住民達は世界が今どうなっているかを大凡は中央からの緊急報告で知っていたので嬉しさ半分、悲しさ半分の気持ちで歩いていた。

 黒い集団が一つの場所に向かって歩いているので町全体は傷心の雰囲気で包まれている。

 中にはどうやら大戦で身内の兵士が死んでしまったのか、泣いている人もいた。



 やがて、霊園は人でいっぱいになった。

 黒い喪服を着た人々は、整列に近い形で並び、何百万という数が並んでいるのでその光景はさながら黒い回廊を思わせる。全員、憂い顔で下に少し俯かせ、沈黙を保っていた。

 

 ユキナ達は、同じ場所に固まってこの葬儀を見守っていた。

 ガシュナも、ミルナも、ラルモも、アルティも、トーマも、イアルも、ギバリも、リルも、全員黒い喪服姿一式で、その場に佇んでいた。

 後から、戦闘に参加してくれた隊長達、ロキ、レンゴク、フワワ、フィフィネラ、アシズ、カイムは、全員強化服を外し、すぐに用意した喪服を着て、眼の使い達に一礼をしてから隣に並んでいた。

 そして、ジェネスとティアラもやってきた。

 二人とも、光を映さない喪服姿で手を繋いだ状態で登場し、ティアラは手を繋いだ状態でユキナに一礼をし、ユキナも礼を返してから、ティアラも父親と共に隊長達と並んだ。







「リーディア…………全部が、終わったよ……護熾とユキナが、終わらせてくれた。そっちに…………護熾はいるかい? いたら…………仲良くしてやってくれ……」


 大霊園にある一つの墓を、喪服姿のシバは見下ろしてそう呟き、手に持っている水色の花を墓前の前にソッと供える。それから両手を合わせ、目を閉じて瞑想をしたあと、みんながいる広場へと趣いた。














「――この度の、第二次大戦で命を落とした犠牲者を弔う、並びに平和を願う葬儀を執り行う」



 人々全員から見える少し高台に上った喪服姿の長老は読み上げるようにそう言い、後ろにいる裁判官達の許へと戻る。そして振り返って大きな墓標を見据える。手には一輪の白い花が持たれている。

 この墓には13年前に起こった大戦で無くなった人々、及び英雄のアスタが眠っている。

 長老はその墓標に一礼をしてから、その白い花をソッと墓前に設けられた台に置き、その場から身を引くように下がる。

 それが葬儀の開始を告げる合図となり、配られた一輪の花を台の上に置くために、人々は一人一人墓標の前に出て、綺麗に一つ一つ並べるように置いていく。


 そしてユキナにもとうとう順番が回ってくる。

 この世界の人々は、異世界の少年に救われたという事実は知らない。

 それでも、知らない方が良いかもしれない。

 ユキナはそう思いながらこの大戦で亡くなった人々へ、前の戦争で亡くなってしまった父親アスタへ、そして胸の御守りを握りしめながら今は亡き最愛の恋人に、花を贈る。







「……大丈夫……ユキナ……?」

「うん……もう平気だよ。」


 既に花を置き終えたミルナがたったいま花を置いたユキナにそう声を掛け、ユキナは微笑んで答える。ミルナはその表情を見て、やっぱり無理していると、分かった。

 そして次の人のために場所を空け、少し離れたところで集まっている他の皆も許へ歩み始める。

 そして到着し、到着すると同時にアルティの抱擁がユキナを迎え入れる。


「わわっ、何々?」

「…………」

「…………せめてこれだけでも、ってことよ」


 イアルがそう言い、それから口を鎖す。

 

 ユキナは、最愛の恋人を失ったのだ。自分の欠けたら痛い部分を、失ったのだ。

 そして後から無言でミルナもユキナを抱き締める。

 アルティも、ミルナも自分の大切な人は此処にいる。欠けたら痛い脆弱な部分を、持っている。

 だが、彼女だけはそれを失ってしまった。

 目の前で死に行く恋人を、止めることができず、ただただ泣いてそれを見送った。

 手を伸ばして届いたが――――届いた瞬間、掴むことはできなかった。


 その苦しみ、その悲しさ、寂しさ。

 二人は大切な人が死んでしまうんではないかという強い不安には襲われたが、ユキナのようには失ってはいない。

 だからこそ、自分達は言えない。言えないからこそ、せめてこうしてあげたい。

 こうしてあげないと、可哀想で仕方がないのだ。

 だが、その行為こそがユキナの胸の奥底を引っ掻く。ずっと抑えつけていた心が、動き出す。

 

「…………ごめん、二人とも……!」


 するとユキナは突然、二人の腕を払ってそこから抜け出すと――――駆けだした。


「ユキナ…………!」

「! ユキナ…………!」

「行くなミルナ」

「アルティ、お前も……」


 その背中を追いかけようとしたミルナとアルティにガシュナとラルモから静止の声が掛かる。

 ミルナは立ち止まって足を止め、恐る恐る振り向くと、既に目の前にいたガシュナが優しく肩に手を置く。


「…………今は、ソッとしてやれ。奴自身、まだ心は安らいではいない……一生安らがんかもしれない。俺たちに奴の気持ちは理解できない…………それを無理に踏み入れるならば、それこそ侮辱になるぞ」

「…………私は……どうしたら……」

「見守れ、そして……………………いや」


 急に、ガシュナは口を止め、ゆっくりと東の方へ顔を向けた。

 ミルナはその方向へ怪訝そうな顔を向けるが、ガシュナはフッと微笑み、彼女の顔を見た。

 心配するな……、何かに気が付いたような、そんな台詞がポツリと吐かれた。

 






 ユキナは、自宅に向かって走っていた。

 気が付けば、二人の腕を振り払い、必死になって走っていた。

 あそこにいると、自分自身が憎くなってしまうからだ。

 顔の両眼からは熱い液体が流れ出し、顔を俯かせながら必死に駆けだしていることも分かった。

 でも、止まらない。

 何も言えない抱擁は、二人からの精一杯の励ましだというのは分かっていた。

 でも逆に優しくされることで、恋人の死はより現実のモノとなってしまう。

 まだ恋人が死んでいないという幻想に縋っている自分が露わになってしまう。

 それを認めたくなくて、今は走っている。


 それを認めようとしている自分が嫌で、走っている。


 ユキナは一回グシャグシャになった顔を腕で拭ってから再び走り出す。

 この行動自体に意味はない。ただの気持ちを発散させるだけの行為。

 それでも、今はいい。今は、あそこにいるみんなに会わせる顔ができないだけだ。

 ずっと我慢していた気持ちが溢れ出す。縮みきったバネが弾けるように、感情が素直に溢れる。


 一歩走れば―――彼の横顔が浮かぶ

 一歩走れば―――彼の微笑みが浮かぶ

 一歩走れば―――彼との過ごした日々が浮かぶ

 一歩走れば―――彼と触れ合った体温が思い浮かぶ。



 一歩走れば―――もう、彼はいない。



 ―――気が付けば、もう自宅に着いていた。

 ユキナはその事実を知って驚くのが半分、丁度よかったことが半分と思い、玄関から入っていった。

 靴は脱ぎ捨て、急ぐように二階へ通じる階段へと駆け上っていく。

 階段の段を忙しなく、うるさい音を立てながら駆け上りきったユキナは自室に着くとドアを開け、そして叩きつけるようにして閉めると喪服を脱ぎ捨て、シャツと下着姿になってベットにダイビングをした。


 そして枕に顔を押しつけ、声を押し殺してから、泣いた。

 枕に涙が染み込み、元の重量を超えさせる。

 枕に押しつけた暗い視界の中、ユキナはとにかく泣いた、ただただ泣いた。

 今こうして泣いていれば、彼は現れるだろうか、今こうして泣いていれば、頭を撫でてくれるだろうか?

 否、それはない。

 

 彼との恋の駆け引きは、世界を救った。


 愛は世界なんて救わない。

 救うのはその当事者に関わった人達しか救われない。

 彼は、決して世界を救うなどとの大義名分で世界は救ってはいない。

 自分の感情を救ったのだ。その感情にいる先のユキナ、そして戦友や友人、仲間を。

 だから、この世界の住民達はその次いで。

 それが腹立たしいことでもあり、仕方がないこともである。







 でも、きっとどこかに護熾はいるはず。きっと、目に見えないだけ。

 私が何時か向こうに行ったとき、護熾は待っててくれるかな?

 きっと待ってくれる。私は護熾の約束通り、真っ当に生きていくからさ。

 向こうでもう一度会えたら、その時は、よろしくね。

 この想い、もう一度あなたに届くまで、声に出していくよ。

 ね? 護熾 ………………ずっとずっと…………愛してるから



 それからユキナは、抑え込んでいた気持ちと、泣いた疲労で、昨日あまり眠れなかったことも含め、ゆっくり、ゆっくりと意識を枕の中へ沈めていった。










 

 


 



 




 ゆっくりと、光のない道を進む。

 いかなる光も届かない真の夜の道を、歩いていた。

 歩いても歩いても、歩く感覚が身体に刻まれるだけで、一向に明るくはならない。




 ―――暗えな、これが理解者の定めか…………




 そう思いながらも、歩みは止めない。 止めたところで何もなりはしない。

 もう、彼女には会えない。

 あの小さな体を抱き締めた感覚は、今でも残っている。

 泣きながらも、必死に手を伸ばして繋がり保とうとした少女の姿が、今でも鮮明に残っている。

 

 やがて、前方の方から暖気のような空気が流れてきた。

 暗く冷たいハズの空間なのに、何故。

 だけど…………温かい。

 その疑問の前に、暖気はやがて光となり、身体を包み込んでいった。



 








 


 それは、温かい日差しに包まれたような温もり。

 身体は、何か柔らかいものに乗っかってるような感覚。

 鼻には、コーヒーを涌かしたような香ばしい匂いが漂ってくる。


「おっ、起きたみたいだね? 頭は大丈夫? …………って此処じゃあそんなことはないか」


 横の方から、若い女の人の声がし、自身にツッコむ。

 そしてコップに何か液体のようなモノを注いでいるような音もする。

 目を開けて、ゆっくりと身体を起こす。暖かい、毛布が前へとずり落ちる。

 そして辺りを見渡すと少し離れたところに台所に立っている女性の姿が映った。


「あなた、“元理解者”の護熾くんでしょ? 現世での活躍振り、耳に挟んでいるわ」


 背中を向けたまま女性はそう言い、振り返って顔を会わせる。

 左目に眼帯をした、若い女性だった。髪は長くウェーブが掛かっている。

 手には淹れ立てのコーヒーが入ったコップを持っていて、湯気が立ち上っていた。

 

「具合はどう? 来たばっかりだと気分が悪くなったりするのよ?」

「…………いいえ」

「そう、そういえば自己紹介まだだったわ。私はミョルニル、トーマとストラスが世話になったわね。」

「…………!」


 それを聞いた途端、しばらくベットの上で目を大きく開き、そのままぼうっとする。

 それから息を静かに吐き、肩がゆっくりと上下に動いた。


「…………結界を作ったっていう博士の師匠は死んでるって聞いた。じゃあここはもうあの世か……」

「あら? 思ったより冷静ね護熾くん。」

「まあ、前と感じが違う…………此処はどこだ?」


 ようやくボウッとしていた意識が浮上し、護熾は改めて辺りを見渡した。

 自分は確か理ごと身体を持って行かれ、意識も途絶えて死んだはず。

 なのに何故身体の感覚は生きていると同様に感じられるのだろうか。

 それに自分は何故か家の中にいる。布団も暖かいと感じられる。そのことに疑問を持っていると―――


「お~~い! 護熾起きましたか~~~?」

「おっ、早速一番五月蠅い人間が来たみたいね~~」

 

 窓の外から聞き覚えのある声が聞こえ、ミョルニルはそれに反応するともう一カップ、コーヒーを淹れ始める。そして勝手口からバタンとドアが開く音がし、こちらにその人物が入ってくる。

 若い黒髪の男。

 さっき出会ったユキナの父親、アスタが普通の出で立ちで護熾を見つけるなり手を振って元気よく、


「よっ、護熾! 調子はどうだ?」

「あ、アスタさんだ。アスタさん、此処どこですか? 前は結晶に囲まれた所だったのに何でホーム的雰囲気なの?」

「ああ~~あそこは狭間だからこことは訳が違うぜ。ここはお前の真理……いや、“新理”といっとこうか? 理は命の循環を担う力を持っている。その理から新理は引き継いだ。ここはいわゆる命の循環の場、俺たちから言えば“待ち人の間”ってとこだな。」

「待ち人の間?」

「そう、現世でも俺たちの世界でも死んだモノは此処にくる。生きてるもの何でもな!」


 アスタはそう力むように言い、そして丁度背後にある窓から重い地響きを鳴らしながら数匹の象の群れが通り過ぎていった。それから鳥の大群が通り過ぎ、その場に多くの羽根を舞わせながら、飛び去っていった。

 明らかに日常の光景ではない。


「…………納得」

「―――そう、護熾殿がソラの理を破壊してくれたおかげで、こうしてこの世界も安定を取り戻した。」


 続いてアスタが通ってきた勝手口から上半身を鎧で覆ったオレンジ髪の女性、リーディアがそう言いながら入ってきた。そして入るなりアスタの背後に立つと、

 

 スコンッ! とアスタの後頭部に平手打ちがかまされ、気持ちの良い音が部屋内に響く。



「って! 何すんだリーディア!?」

「お前、来る途中植木鉢を倒していったのだぞ? それを私が直してきたから少々遅れたのだ。」

「あらら~~植木鉢倒してきたの? それはご苦労だったわねリーディアさん。そしてアスタくん、以後気をつけるように」

 

 ダバダバダバダバダバダバ


「せんせい! コップのコーヒー溢れてますよ!?」

「え!? あ、あらやだ! 私ったら!」


 そう言いつつミョルニルはポットの八割の中身をぶちまけた床を急いで台所に掛けてあった台拭きで拭き取る。そしてそれを見かねたアスタとリーディアも、それを手伝い始める。

 

「あちっ! 布が薄いな!」

「ごめんごめん! 私ったら長く使う派で」

「……もう拭けないほどコーヒーが染み渡ってます……先生……」


 そんな騒動を見ながら、護熾は本当にこの人達は死んでいるのかと我が目を疑いながら、眺めていた。

 

 少しした後、砂糖を入れて貰ったコーヒーを貰った護熾はそれを啜っていた。

 温かく、苦さとほろ甘さが溶け合った味が喉元を過ぎていき、胸に温もりが灯る。

 そして半分まで飲み終え、ゆっくりと、一度息を吐いてから、アスタに尋ねた。


「……怪物になっていた人達は?」

「ああ、全員元の魂の姿でこっちに来たよ。もの凄いたくさんの人が来たからびっくりだよ!」

「そうですか…………ソラは?」

「彼は、ここにはいない。…………ツバサさん達と一緒にいるはずだ。」


 旧理の破壊。ソラの支配が溶けた人々はようやく人としての循環を辿ることができたのだ。

 護熾はそれを嬉しく思うが、どこか元気がなかった。

 それを察するように、リーディアが窺うように訊く。


「……ユキナのことか?」

「…………ええ、寂しい思いさせちまってると思うと何だか……」

「……案の定正解だよ護熾。ユキナは今、お前のことで泣いているよ。」


 アスタがそう言い、飲み終えたカップを台所の流しに置く。

 護熾は泣いているユキナの姿が容易に想像でき、カップを持っている手に力が籠もる。

 この先、彼女はどう過ごしていくのだろうか。ちゃんと、笑って生きてくれるだろうか。

 そしてふと、思い当たることが浮かび、それを訊いてみる。


「そういえば、命の循環って言ってたけど……あんたらは大丈夫なのか?」

「ああ、それだったら大丈夫だ。順番は二百年待ちだからそれまでに自分の想っている人々は来るからね。」

「……二百年!?」

「ああ、それだけこの世界はバカ広くて、魂も多いってわけ。だから俺はユリアをずっと待つし、ユキナも待っていられる。まあ結局はここで二回目のお別れを何時かは来るんだけどね」


 頬を指でポリポリと掻きながら、アスタは言った。

 どうやら新理が作る現世で生を全うしたモノはこの世界に必ず来るようであり、この世界の広さはアスタ曰く『想像するな。死ぬぞ?』って言われてるくらい広いらしく、それに他の二人も同意して頷く。

 そして二百年という歳月はどの生き物もそこまで長く生きては居られないので人ならどちらが先に死んでもここで恋人を待っていられるというわけである。だから『待ち人の間』と呼ばれている。

 因みにこの世界では当然ながら犯罪は犯せない。

 何しろ規律が人間の作った法律ではなく、生き物に対して絶対的な理がしいた規律なので弱肉強食の世界も、生き残りの世界も、戦争も殺人も起こらない。いや、起こせないのだ。

 

「絶対平和ってやつかな? まあでも時間がゆったりと流れるだけで退屈なときは退屈だな。でも現世は覗けるからいい。」

「…………何を見た?」

「ええっとね…………何だよその眼は? プライベートは護ってるからいいだろ?」

「それならよかった。あんたならやりかねないしな」

「何おゥ!?」 


 アスタの妻と娘のダブルべた惚れを危惧した護熾から安堵の息がつかれ、同時にアスタは怒る。


 それはさておき、っとリーディアが二人の話に割り込み、普通の玄関がある方へ顔を向ける。

 それに釣られてアスタも、ミョルニルも、護熾もそちらに顔を向けると、こちらに向かって二人ほどの足音が響いていた。


『ここですってば奥さん。ミョルニルさんがそう言っていましたから』

『本当に此処なんですね。同行して頂き、ありがとうございます。』

『いいっていいって、私だって丁度ミョルニルさんに呼ばれてたからさ』


 一つは、初めて聞く声。そしてもう一つの声で護熾は眼を大きく開いた。

 ミョルニルは護熾の知らない方の声に反応し、急いで玄関の前に駆け出す。

 そしてミョルニルが部屋から出て行った数秒後、


 ピンポーン


「はいはい~~今行きます~~~!」


 タイミング良くチャイムが鳴り終わる頃にミョルニルは玄関のドアを開けた。

 そして外にいる二人の姿を見る。

 一人にはよく来たねっと、話し、もう一人には初顔のように顔を伺いながら、


「テオカさん、こちらの方は?」

「ああ、こちらの方はたぶんあんたんとこにいる人を見せれば分かると思うよ。」

「そうですか、じゃあお二人さん、こちらへ上がって下さい」


 短い会話の後、ミョルニルは踵を返して靴を脱ぎ終えるのを待ってから、部屋を案内した。

 二人はミョルニルの背中に付いていき、そして三人がいる部屋に到着する。

 そして最初の一人が入ってくる。一人は、護熾はその人物の姿を見て驚いた。

 金髪の…………自分!?


「おっす! あんたが護熾だな。いや~~~やっぱ私に似てるのかな~~~?」

「ななななななななっ! 俺ぇ!? ドッペルゲンガー!?」

「いやいや、あたしテオカ。ジェネスとティアラがお世話になったみたいね。あん時はありがとね。」

「ティアラ……? …………あんた、もしや女?」

「そうよ?」


 テオカ、護熾を金髪と蒼い瞳に変えたような姿をしており、ジェネスの妻であり、ティアラの母親でもある。そんな彼女も此処にいるというのは何ら不思議ではない。

 突然現れた普通の服の、金髪碧眼の護熾そっくりなテオカに驚いた護熾はコップを落としそうになるが、何とか体勢を立て直し、そしてティアラの話が持ち上がったのであることを質問すると怪訝混じりの返答が帰ってきた。


「いや、でも、う~~~~~ん。あの親父にこの母親で、どうやったらあんな女の子って感じのが生まれるんだ?」

「あれあれ~~何気にケンカ売るのうまいねこの子は~~~? 私は未だ若いぜよ? 現役バリバリの元一番部隊隊長の拳を吹かせるわよ? 痛いよ? 拳に息吹きかけてからやるわよ?」


「……護熾! やっぱり来てたのね?」


 そんな攻撃準備万端状態に移行しつつあったテオカの行動の前に、不意に、テオカの背後から声がし、その声の方向に護熾は顔を向ける。


 長い黒髪で、穏やかな眼、微笑み。それは何時しか、ゼロアスを倒したときに見た表情。

 そしてワンピースを着た姿の海洞朔那がそこにいた。

 

「…………母ちゃん!」

「おっ、あれが護熾の母さんか! 綺麗な人だな~~」


 護熾は素直に驚いた声を出し、アスタは初めて見る護熾の母親を見て別の感想を言う。

 朔那はベットの上にいる護熾を見つけると、恐る恐る近づき、他のメンバーが作ってくれた一直線の道を辿りながら、やがてベットの前に着くと、そっと――――首に手を回して抱き締めた。


「護熾…………本当によく頑張りました……本当に、本当に」

「……ああ……よかった。母ちゃんもここに来れたんだな?」

「ええ、あなたがゼロアスを倒してくれたおかげで、無事、此処に来れたのですよ?」


 久し振りに見る、口を動かして喋る母親の姿に護熾は一種の感動を覚える。

 自分の母親も、しっかりこの地に訪れることができた。

 死んでるとはいえ、安心する感覚がそこにあった。

 朔那は抱きついた腕を外し、護熾と顔を見合わせる。


「じゃ、じゃあ母ちゃんもここで待つのか?」


 護熾はやや慌てながらもそう質問し、朔那は微笑んで答える。


「ええ、しばらく時間が掛かるけど、私は武さんをここで待つわ。でもあの人には長生きして貰いたいな」


 長生きはして欲しいけどその分こっちに要られる時間は減る。

 でも早めに死なれるのも困る。結局は微妙なのだ。

 そのことを朔那は困り笑顔でそう言い、護熾はその笑顔を見て、顎に拳を当てる。


「………………」

「何だ、護熾。考え事なんかしちゃってよー?」

「え? ああ、ううん、何でもねえよアスタさん」


 顎に拳を当てて悩んだ仕草をした護熾にアスタが茶化すように言ってきたので慌てて弁明をする。

 実のところ彼は、ユキナと家族を待つのに母親と共に待っているのも悪くはない、と思っていたりした。

 どうせもう、向こうに戻れないならその方がいい、とそう思っていた。


「さて、ちょっと来い護熾」


 するとアスタは護熾の服の襟を掴むとそのまま返事も待たずにベットから引きずり下ろす。


「なっ!? 何すんだ!!?」

「お前に礼を言いたい奴が来ている。」


 といいつつアスタは二階への階段を上り始める。


「ってどこ行くんじゃああああっっっ!?」

「天国」

「嘘を付けぇ!!」

「はっは! 冗談だ! でもなあ護熾。こうでもしないと時間が延々と続いちまうからな!!」


 そして護熾を掴んだまま余裕綽々で階段を上りきり、そして二階の誰かさんの部屋の中に入り、そして窓をやや乱暴に開けてそのままヒュンッとベランダから家の屋根に飛び移ると綺麗な着地を描いて降り立つ。

 そして護熾を真横に置き、腰に両手を当てて仁王立ちをする。


「ててっ……何だよ急に…………―――――――」


 無理矢理連れてこられた護熾は後ろ頭を掻く。

 そしてアスタと同じように座っている状態から直立の状態に移行しようとすると、そこで、言葉が止まった。

 アスタは護熾の顔を見て、微笑む。


 …………これが、お前が救った人の数だよ。


 そう、ポツリと呟いて、視線を前に戻す。

 

 この家のすぐ真下に人。

 家の前の道に人、人。

 他の家の屋根の上に人、人、人。

 遠くの道や、建物からも人、人、人、人。

 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人。

 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人 人。


「すげえ…………! こんなに、人がいるのか…………!」


 何万、何百万と言えるほどの人が、一斉に護熾を見ていた。

 人々はまるで護熾を神か何かのような感謝の眼で見つめており、道が人でギュウギュウでなろうとも是非一目見たいと感情に駆られてるかのように、この町で護熾を見ていない人間は一人としていなかった。

 その光景はさながら独立を勝ち取った国のような、勝利を勝ち取った時の国民が代表者を称えるような図に近かった。


「ここにいるみんなは元怪物だった人、怪物になった家族や恋人を待ち焦がれていた人々しかいない。もちろん、期限が過ぎて会えず、生命の循環に行ってしまった人もこの世界ではいるさ。だからこそ、お前はその悲しみを与えず、此処にいるみんなに幸福を与えてくれた。お前はもう、救世主だよ。 ………………ほら、全員でお前に礼を言ってるぜ」


 そして護熾にその感謝の言葉が届き始める。

 不思議な響きを持った声色で、護熾一人に向かってお礼の言葉が贈られる。

 若い男女、老人達、小さな子供達、大人達から一斉に、届く。




 ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう

  ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう

 ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう

ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、

 ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう

  ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう

 ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう

ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう

 ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう

  ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう

 ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう

ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう

 ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう

  ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう

 ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう

ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう

 ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう

  ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう

 ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう

ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう



 ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう


 本当に、ありがとう。




 幾重にも重なった言葉が、護熾の元に届く。

 その光景に、その声に、護熾はしばらくの間、眼を見開いてボウッと立ったまま、聞いていた。

 そして護熾はその言葉を全て聞き入れそれから瞼を閉じ、肩で大きく息をし、肩を上下させ―――頷いた。

 

「これが怪物の所為で人生を狂わされた人々のせめてもの感謝だ。俺からも、礼を言わせて貰う」

「ちょっと待って下さいアスタさん。俺は救世主でも、何でもねえんだ……」

「? どうしてだい?」


 突然、護熾がそう言い出したのでキョトンとした表情でアスタは呆ける。

 続けて護熾は一度大きく溜息を付いてから、喋り始めた。


「俺は結局は、人なんか救い切れてねえ。今回の大戦で死んじまった人もいるんだ。それに俺は世界を救ってやるぜなんか一言も言ってない。…………ただ、自分の護りたい奴を護っただけだ、礼を言われる、資格なんてねえよ」

「……それで、十分なんじゃねえのか?」


 え? っと護熾は少し唖然とした声でそう呟き、先程の護熾の言葉を返上したアスタに顔を向ける。

 アスタは護熾の顔を見て、それから護熾を称えている人々を見据え、


「お前は、俺の娘のユキナを愛している。そして他のお前の友達や家族も、一緒にな。お前はただ、自分より先に死んでいく人々を見たくなかっただけだ。自分の、利己的感情を救ったんだ。みんなに無事でいて欲しいって、ユキナに無事でいて欲しいって、願ったんだろ? だから、悪い言い方になるけどここにいる人達はそのついでだ。お前らの恋がお前らを救った。まだ生きている人も、ここにいる人も結局お前の我儘の余録を預かっただけだ。そだろ?」


 そう淡々とアスタは護熾に向かって言い、それから一言添えた。


「俺だって英雄だって言われてるけど、ユリアとユキナ、シバとトーマに死んで欲しくなかっただけだからさ。お前の気持ちは分かるよ」

「アスタさん…………」

「そして…………来たか……お前の使者が来たぞ」

「え…………?」


 アスタが指さした先に、護熾は釣られて顔を向ける。

 太陽、真っ白に光り、くすんだ光景が目の前に広がっている。

 そして、ソッと、誰かが姿を現す。

 

 白い衣を羽織り、翼のような白く柔らかいオーラを纏った少女、ツバサがゆっくりと護熾の前に舞い降りる。そして綺麗に音も立てず、屋根の上に降り立つと白い美しい髪のカーテンから護熾を見つめた。


「! ツバサさん…………!」

「…………本当に世話になったな……護熾よ。礼をしに参ったぞ。……いや、正確には新理の代理だ」


 ツバサはそう言い、アスタの方に顔を向ける。

 アスタはただこくんと頷いて了承し、護熾に前へ出るように促す。


「ほら、お前の居場所はここじゃねえ」

「え? …………それってどういうことだ?」

「新理が礼をしたいんだそうだ。本来、死んだ人間は生き返らない。でもお前はあん時は真理を持っていたから助かった。だけど今回はそうは行かない。いかないけどな――――――」


 そう言いながら護熾の背中を押し、ツバサの前に足を進めさせる。

 護熾は体勢をぐらつかせながらもツバサの前に出て、そしてアスタの方に振り向く。


「お前自身の“時間”を戻す。お前が、最初に殺される前の時間にな。そうすればお前は現世に帰れる。」

「!!!! ホントか!? 時間を戻す!? 俺の!?」

「はっは、お前、テンッパってんな。正確には生き返るんじゃなくて当時の状態に身体を戻すだけだ。だが記憶はそのまま。少し若返って帰れると思え。」

「…………マジかよ、もう、みんなに会えないと思ってたのに…………帰れる……はは…………ユキナと……一緒にいられる……!」


 帰れる。生きて帰ってこれる。

 殺される前の時間、マールシャ戦で胸を線で射抜かれる前の時間に身体を戻せば、すなわち寿命も元通りの普通の状態になることができる。


  新理は自分を護ってくれた護熾に感謝しているのである。

 今は前理の力を受け継いで最高の力を持った状態になっている。

 人一人の時間を戻すなどワケない。


 しかし生き返ると護熾は新理が身体から抜けているので眼の使い手達のようにもう開眼や死纏は使えなくなる。使えなくなるが生き返るなら使えない方が良い、寧ろもうこの先で必要のない能力である。


 生き返れるという事実に嬉しさを隠すことができない護熾は両手に拳を作って唸る。

 もう、ユキナを泣かせることはない。もう、みんなを悲しませることはない。


「悔しいが、ユキナにはお前が必要だ。あの子はお前以外の人とは一生付き合っていくつもりはないらしいから、親の身としてもそれは困る。あの子には俺が生きれなかった分、幸せに過ごして欲しいと願っている。それができるのは、護熾、お前だけだ。」

「…………言われなくても、そうするさ。でも…………」

「でも?」

「また、母ちゃんに会えなくなるな…………」


 そして後ろに振り返って見る。

 そこにはいつの間にか屋根の上に登り切っていたみんなが護熾の背中を見つめていた。

 その中から、朔那が一歩前に出てきて、護熾の顔を見ながら、言う。


「それでも、私はあなた達を見守っているから、護熾は是非、私達が生きていけなかった分を、生きて欲しいの。あなたはみんなに必要とされている。だから私に会えなくなるのは後悔しないで、ただ真っ直ぐ、生きて。私は武さんをずっと待っているから……」

「母ちゃん…………」

「護熾くん! 向こうにいったらトーマくんとストラスくんによろしくって言っておいて! 私は旦那さんと元気に過ごしてるってさ!」

「護熾! ジェネスとティアラにずっとずっと待ってるって言っておいてくれ! あたしは元気だって! そう言って!」


 母朔那から始まり、ミョルニル、テオカが向こうに戻ったら伝えて欲しいことを護熾に託す。

 そして最後にアスタ。アスタは一歩前に出てきて、護熾の肩に手を優しく置くと。


「ホントはな、ホントはな! ユキナに彼氏……いや旦那さんができるのは嫌なんだよね」

「シリアスなところで自分の愚痴を言うの止めてくださいアスタさん」

「だけど、悔しいがお前は百点満点だ! 花丸つけちゃうぞ? お似合いですよね? 護熾のお母さん!」

「ええ! もちろんですとも! きっと二人なら……ううん、絶対二人なら、うまくいけます」


 ユキナの父親、アスタから正式に交際を認める言葉。

 文句なしで首を縦に少し振った護熾の母親、朔那。

 二人の願いは一致している。愛し合う者同士で、私達の分も、幸せになって欲しい。

 護熾はそれで嬉しく、つい涙腺が緩みそうになるが、キュッと我慢し、ツバサの方に向き直った。

 

「…………もう、いいか? では私からも」


 そう言いつつ、ツバサは右手をソッと持ち上げ、護熾の右胸の丁度傷跡に手を押し当てる。

 護熾は一瞬眼を丸くするが、すぐに普通に戻すとツバサは瞼を閉じ、祈るように呟いた。


「君には苦しいことを背負わせた。それは本当に済まないと思っている。だから、感謝する。君にはソラの分まで生きて欲しい。私とソラは生命の循環にもう少し時が経てば呑まれるが、ソラの過ごせなかった時間を、どうか二人で…………じゃあ、行くぞ?」

「ああ…………じゃあ、皆さん。これからも、見守って―――――――」












「―――行くんですか、ツバサさん?」

「ああ、私は過去の人間。過去は過去らしく、離れたところで暮らすよ。……ソラと少しでも、思い出を作りたいからな…………」

「…………護熾は、着きましたか?」

「心配ならば、覗くといい。護熾は、きっと幸せになるだろう。ユキナと共にな」

「あ~あ、孫が直に見れねえのが唯一の残念ポイントだな。名付け親になりたかったのに~、そうですよね?」

「ええまあ、…………それでも、あの子達には、立派に生きてほしいです。それで何時か、孫の姿が見られれば、十分ですよ」

「そのようだなアスタ。私達は今はゆっくり、ゆっくりと、見守って行こう。そして―――――」








“二人の恋を、祝福しよう”









 中央での葬儀が終わり、ユリアは方向からして家に戻ってしまったユキナのことを心配しながら、道を歩いていた。ユキナは今、とても辛い状況下にある。

 それはかつて、アスタが亡くなった時の自分と同じ心境に立たされているのであり、胸を締め付けられるような痛みは今でも持っている。

 あの子には…………そんな目には遭わせたくなかった。

 ならば初めから会わなければよかったのではというわけではない。彼のおかげで今のユキナはある。


「…………あら? 誰か、家の前にいる…………?」


 丁度、家が見えてくる頃、玄関前に自分の家を見上げている人影に気が付き、思わず立ち止まる。

 そして不思議そうな顔をしながら、姿をもっと鮮明に見ようと足を進め、そして―――――


「あ、あ、ああ、あなたは………………!」


 巨取った声を上げ、その声に反応した人物は、ゆっくりと顔をこちらに向け、微笑んだ。















 ユキナ家の玄関のドアが開かれ、そして誰かが中に入ってくる。

 その人物は靴を脱ぎ捨て、少し軽快ではない足取りで階段に向かい始める。


「かっ…………痛って……油断してた…………アナコンダハグ、恐るべし……!」


 首をさすってそう言いつつも、二階へと通じる階段を一歩一歩上がっていく。

 そして登り切り、ふと目の前にあったドアの掛け板を見つめる。

 『ユキナ』と書かれたお札。それを見てから、ドアの取っ手に手を掛け、中に入った。




 そして、彼女を見つける。

 今は寝ているのか、泣いているのかは分からないが、顔を枕に埋めてベットの上に倒れており、その姿を見るなり、嬉しいのやら、これからこいつはどんな反応を見せてくれるのかを楽しみにしながら、足を前に進め始めた。

 















 ユキナは枕に埋めたまま、眠っていた。

 だが、ドアの開く音がし、浅い眠りがすぐに醒めても顔はすぐに上げなかった。

 おそらく心配になって帰って来たユリアが様子を見に来ただけだろう、とそう思っていた。


 そして中に入ってきた人物の手が、自分の頭に置かれ、撫で始めた。

 その時初めて、大きさや撫で方から、この手の持ち主はユリアではないことに気が付く。


 そして撫で終えた手が引っ込まれ、それを機にユキナは顔を恐る恐る上げた。

 





 








 今、本当に神様がいるのなら、私は精一杯感謝する。

 それは、たぶん世界の誰もが見たことのない様な、モノ。

 それは優しくて、温かくて、たぶん、ううんとっても甘い。

 だからこそ、世界は見つからないように隠した。誰もがそれを欲しちゃうから。

 でも、手に入れるべき一人の人は、ちゃんとそれをみつけることができる。

 

 私は、五年という寂しさをこの身に受けてきた。だけどその代わり、神様はあるモノを私にくれた。

 

 それはとてもとても――――――大切な、人。












「よお、随分ブサイクな顔になってんじゃねえか?」


 












 ユキナの艶やかで、柔らかい髪を撫で終えた護熾はそう茶化すような微笑みで、ユキナを見下ろしていた。ユキナは、眼を大きく開き、今目の前にいる人物に対して我が目を疑った。

 そしてマジマジとその姿を見る。

 

 不機嫌そうに真ん中に寄った眉間のシワ。

 力強い、真っ直ぐこちらを見つめている眼差しと、男の子らしいツンツンとした黒髪の頭。

 そして―――――あるモノを確認してから、ユキナは身体を起こし、両腕を伸ばした。


 護熾はそれを受け取るように首に回させ、そしてユキナの小さな背中に腕を回す。

 そして互いに、今までで一番、強く抱き締めた。

 ゆっくり、ゆっくりと、強く、強く抱き締めた。

 

 ユキナは抱き締めた感覚、護熾の匂いを名一杯感じ、そして息が詰まりそうな感情の波に胸を押しつけられながらも必死に抱き締めた。

 すると向こうもそれに答えるように、さらに強く抱き締める。

 まるで、愛していると言われているような気がした。

 それから、吸った息が吐き出される頃には、眼から涙も一緒に流れ出ていた。

 それから頭を護熾の横に置き、囁くように言う。


「あなたは一体………………私を何度泣かせたら気が済むのよ…………バカ…………!」


 そして最後に、きつく抱き締められた腕の中で、言いたいことを辛うじてユキナは囁いた。





 ―――――お帰り、護熾。






ああ~~ここまで来てしまったか~~とうとう次でラストです。

 最後です。

 フィニッシュです。

 作者悲しいです!(笑)

 でも、此処までこれたのはこの作品を見てくれる人が一人でもいるからです。

 その人達のおかげで、此処まで来れました。

 ですが、今お礼を言うのは気が早いというものなので最後まで書かせてもらってから言わせて貰います。

 さて次回でとうとうラスト! ラストはおそらく私はやってしまいます!

 何がって? ふふ、それは言えませんな(笑)

 でも一応注意書きは前書きで書きますのでご了承下さい。

 では皆さん最終話で会いましょう! ではでは~~

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