表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユキナDiary-  作者: PM8:00
124/150

五十一月日 終焉 上

 












 私は、さよならなんて言わない。

 それは私自身に対する諦めだし、あなたに対する侮辱になる。

 あなたは私にたくさん大切なモノをくれた。とても、とても大切なモノ。

 それは人の温もり、家族、一緒にいてくれるって言う約束、信頼、そして――――恋。

 千の夜を越えて、私はあなたに出会った。

 それから互いに知らないうちに、恋をした。とてもとても切なくて、甘い恋を。

 その時、あなたは言ってくれた。 

 

 『あの日、俺たちは出会わなければ気持ちが通じ合わないまま別々の道を歩んでただろうなって。 でも今はそれよりも幸せだって、負け惜しみなく言える。 わがままかもしれないけど、身勝手だけど―――俺たちが恋人同士になるために、世界はこんな異変を起こしたんじゃないかって、そう思うんだよ』

 

 私は、とても嬉しかった。

 だって現世で、私があの五年間の長期任務に就いていなければ、会えなかったんだもん。

 本当にそれは偶然的で、必然的だった。そして他の三人よりも、あなたは私を選んでくれた。

 だから、さよならなんて言ってあげない、言ってあげないからさ…………


 





代わりに私が、精一杯好きって言うよ――――







 

 


 



 


 五十一月日 終焉  ――I nothing but promise with you――

 









 全てに、決着を付けるときが来た。

 だが、それは同時に、思いがけない別れが来るモノだ。







 


 それを見届ける覚悟があるならば、

 この見てはならない物語を、結末を、

 あなた自身の眼で必ず見ることだ。そして―――――


 














 必ずや後悔するだろう。















 





 ソラがツバサとリュウとのまるで家族団欒のような湯浴みの映像で意識が途切れた。

 それから、意識が深海から引き上げられるかのように段々と暗い世界から明るい世界へと切り替わっていくのが手に取るように分かり、そして浮上が完了する。


「ん? ここは…………」

「う、うぅ…………ごおき…………どこ? ……あ…………いた……」


 はたと目を醒ました二人は互いに倒れていた。

 先に護熾が身体を起こして少し顔を動かすとすぐ近くで倒れていたユキナを見つける。

 ユキナもまた、倒れたまま視界に護熾がこちらを見ていることを確認して安心感を得たような微笑みを浮かべて、それから身体を起こした。


 二人は首を回して辺りの状況を確認する。

 蒼い床、見上げれば雲一つ無い水色の澄み切った永遠に続く空。

 風は僅かにあるのか、時折強めの風が二人の間を通り抜けていく。

 二人はこの正体不明の場所を見渡す。ここはよく言えば静か、悪く言えば寂しい場所。

 まるで誰かの心を写し取ったかのような殺伐とした風景が刻まれた空間だった。

 二人はすぐにこの場所が感じ取った気から理の中だと知った。


「ユキナ、立てるか?」

「うん……大丈夫」

 

 鏡のような床に姿を映し込ませながらも、護熾は手を差し伸べ、ユキナはそれを受け取って握ると身体が少し引っ張られ、ヒョイッと立ち上がった。

 それから少しふらついたので慌てて護熾が両肩を掴んで支える。

 それから護熾はやや呆れ顔でソラの過去を見る前にユキナの起こした行動について文句を突きつける。


「たくっ、無茶ばっかしやがっておめえは」

「それはこっちの台詞よ」


 唇を尖らせながら反論し、それからユキナは『でも、ありがとね』と微笑んで言い、もういいよ、と言って護熾から身体を離し、それから真正面の方に顔を向け、少し凛とした面持ちに切り替わった。

 護熾も釣られて顔を前に向ける。


「…………あいつか」


 二人が視線を向けた約20メートル先で人影が映った。

 その人物は白い純白の衣に身を包み、素足を蒼い床に付け、蹲るようにしてこちらに背中を向けた状態で座っていた。そして膝の間に顔を潜り込ませるようにして、表情は隠していた。

 その様子を捉えた二人は


「…………行こ」

「…………ああ」


 短い口合わせの後、二人とも足並みを揃えてソラの許へと歩き始めた。






 


 二人はソラの前で足を止めた。

 今目の前にいるのは、この世界を恐怖で包み込んでいた怪物達の創造主にして世界の道理だった人物。そんな人物なのに今はあの黒々しい仮面も、鎧も、超重の雨を思わせるような気力もなく、後ろからなのでよくは見えないが、その顔立ちと姿からはとても想像が付かないような、純粋で、幼さを少し残した様子が窺えた。白い衣が、時折吹く風で軽く揺れる。


「…………どうやら、此処は理の中のようだな……」


 二人にソラが不意打ちのように聞く。

 ユキナは『そのようね』と冷静に短く答え、護熾は無言で背中に睨み付けた無表情の顔を向ける。

 そんな護熾の様子に気が付いたのか、ソラは少しだけ肩をすくめる。

 するとそれを待っていたのか、護熾の口が開く。


「てめえ…………家族を失う悲しさを知っているのに……ずっと世界中の人々から大切なモン奪ってきたのか?」

「………………どうやら、私の過去を見たようだな」


 ソラはそれだけしか言わなかった。

 答えたとしても、それはさらなる怒りに火を付けるだけであることは護熾の様子から百も承知であった。

 護熾は一度奥歯を噛みしめ、強ばった表情を向けるが、すぐに落ち着いた顔つきに戻る。

 

「てめえに何があった? てめえの唯一の拠り所だった両親を失い、そしてツバサとリュウに会ってから何があったんだ?」

「……………………」


 答えは、無し。

 護熾の質問に、一瞬反応したような素振りを見せただけであとはただただ気の弱い少年を演じるかのような、クヨクヨした態度しか見れなかった。様子からして口にしたくないような出来事が起きたのであろう。

 護熾は一瞬、畜生の情が湧き上がるが、すぐに拳を握りしめて気持ちを鎮める。


 此処でソラを捻り潰すのは実に簡単なことだ。

 しかしそれはしない。何故なら今は、落ち着いているからだ。

 さっきまでの護熾はこの世界でも、仲間のためではなく、ましてやユキナのためでもなく、“憎しみを晴らす”ただそれだけの行為に蝕まれていた。

 だからこそ大馬鹿だと気が付いて落ち着いている今こそ、この四百年も続く怪物と人間の戦いの原点を知りたい、今はそんな気持ちなのだ。

 

「ソラ……何があったの? 私達はさっきまで敵だったけど……今は互いに怖いことはないよ。それに、あなたが本当に望んでいたことを言わないと……」

「…………何が、変わるというのだ?」

「変わらないかも知れない……でも、(ソラ) それを知りたがっている人が(ソラ)、いるの」


 代わってソラに真実を話すよう促しているユキナの声に別の誰かの声が入り込んでいることに護熾は気が付き、目を少し大きくしてユキナに向ける。

 ソラもその声に反応して僅かに口元が動く。

 ユキナ本人は気が付いていない様子でさらにソラに問い続ける。


「ツバサさんは、知りたいのよ。(ソラ、届いているか?) あなたは何故自分から離れていってしまったのか、(聞こえるか? ソラ) あの時何があったのか、(そちらに向かうぞ)」


 段々とユキナの声と別の声が重なり合い始める。そして誰の声なのかも鮮明になっていく。

 凛として、落ち着きのある、気品が漂う声。

 そしてその声が段々とユキナと同調するように完全に重なると…………








「「今、行くよ」」


 






 2つの声を持った口から、声が漏れる。

 するとユキナの身体から一瞬、火花のような電撃が奔ると瞬間、ユキナの身体から抜け出すように白い衣を纏った少女が姿を現す。ユキナは身体から少女が抜け出た反動で一瞬、体勢を崩しそうになるがすぐに踏み留まって呆気に取られた表情でその少女の背中を見つめる。

 その人物は――――紛れもなく、ツバサだった。


「なっ、あんたは…………!」

「うォえ!?? わわっ、私の身体からツバサさんが!!?」


 死纏会得の際にアスタと一緒にいたと思われる人物の声と一致したのを知った護熾はユキナの身体から出てきたことも一緒に驚愕し、また、ユキナもまさか自身の体から真実を伝えてくれた少女が出てくるなど思いも寄らなかったのだろう、よほど驚いているのかぺたぺたと自身の体を触りまくって何も起こっていないか確認する。そんな二人を尻目にツバサは一歩一歩素足を蒼い透き通るような床に触れさせながらソラの許へと近づいていく。



 

 ユキナとそんなに変わらない、顔立ち。

 透き通るような白い髪、雲を写し取ったような白い衣。

 第三解放状態の護熾と、今のソラの姿となんら変わりのない姿をしたツバサは軽い足取りでソラへと歩みを進めていく。

 その姿はさながら、神に近づく巫女のようであった。

 ツバサは蹲っている背中を見据えながら、まるで雑踏の中で待ち人を見つけたかのような潤目で近づいていき、そしてとうとうソラの真後ろまで来ると、そのまま膝を突き――――背中から思いっきり抱き締めた。


「ようやく…………再会できたな……ソラ……」

「…………! ツバサ…………何故此処に?」


 振り向きはしないものの、充分に驚いていることを声で伝えるソラ。

 ツバサは少し抱き締める力を弱くし、そのまま話す。


「今はそんなことはどうでもいい。君は、取り返しの付かないことをしてきたのだぞ…………バカモノ…………!」

「………………」


 四百年間、ソラがしてきた行為は最早償っても償いきれないほどの命を脅かしてきた大逆の徒なのだ。

 それをツバサは呆れるように、悔やむように叱った声で呟く。

 ソラはそのことに終始無反応だったが、表情は少しだけ曇ったように見えた。


「何故あんなことをした…………? お前の身に何があろうと、ずっと私達は受け入れていくつもりだった…………なのに、あの日を境にどうして、いなくなった……?」

「………………」


 一瞬、息を呑むようにソラの喉が動く。そして――――









「…………怖かったのだ」



 



 



 ソラは、一言言った。

 大切な姉のような存在に出会えたことで、心に僅かな緩みができる。

 それを切っ掛けに、ソラから次々と言葉が吐かれる。


「怖かったんだ…………私はあの日、人をたくさん殺めた。…………そして自分を責めた……どうして早く言わなかったんだ……どうして……自分に“理”が宿っているのかと………………人は道理から外れた力と存在に畏れる…………私は……ツバサとリュウに拒絶される前に…………自ら拒絶したのだ…………」


 嗚咽を引いた、言葉がソラの口から生まれる。

 あの日、あの出来事がなければ、あんなことにはならなかった。

 そう、ソラは苦しそうに、ツバサに言う。


「…………そうだったのか…………まったく……君は、本当のバカモノだ……本当の……バカ者だ……」


 ツバサは静かにソラの頭を撫でた。

 その様子は、どこにでもありそうな、自然な光景。

 護熾とユキナは、その様子をただただ佇んで見つめる。

 あの日、一体何があったのだろうか……?

 二人の疑問が一致したとき、それについて答える声が背後から響いた。








「戦いだ。人間同士のな」

「それは、あの日の午後に起こった」






「…………! あんたは………!」

「…………お父さん! それに…………」


 その声に反応した二人はすぐに振り向いてその姿を確認し、驚いた表情を向ける。

 黒髪の若い男と鎧のような防具を上半身に纏ったオレンジ色の長髪をした女性。

 かつて英雄と呼ばれた武人、アスタ。

 かつて当時唯一の女傑だったシバの妻、リーディア。

 焔眼と天眼、二人がこちらに向かって歩きながら二人の顔と奥にいるツバサとソラに目を向け、そのままアスタが話を続ける。


「当時一番世界に影響力が大きかった街は街同士で戦争を始めていた。そして戦は長引いた。長引けば物資と兵糧も足りなくなる。そこで攻め込んでいた街の兵が最初にソラのいた村を襲い、そして領土にした。それから半年後、もう一つの街の兵がツバサの村に訪ねてきた。」


 そう言い切り、アスタとリーディアは護熾とユキナの前で止まった。

 かつて第二解放を会得する前の師匠との再会。そしてユキナはアスタとの二度目の再会。

 まず、最初に動いたのは、リーディアだった。


「よく、頑張ったな、ユキナ」

「鎧のお姉さん! …………どうして此処に?」

「鎧のお姉さん? …………あっと……そうか、シバの奴言わなかったのか。まあ無理もねえか。改めて紹介だ、彼女はリーディア。シバの、妻だ」

「「…………!!」」


 シバの妻のことは聞かされていなかった二人は素直に驚く。

 大戦で死んだというのだからもちろんアスタの同期にあたる彼女は別段、改めたことはせずただ二人に向かって軽く微笑みを向けるだけだった。

 そして、アスタは彼女の紹介を終えると両手を伸ばして――――


「こんちくしょうめっ! やっぱりお前はユリアにそっくりだな!!」

「わわっ!」


 いきなりユキナを抱き寄せるとウリウリと頬摺りを開始。

 ユキナはされるがままに『うぅ~~お髭がくすぐったい~~』とそんな返事。

 元々、ユリアにも娘にもべた惚れな父親なので湧き上がる感情を抑えきれなかったのであろう。

 当然こんな一見、(見た目が)幼い子供にペタペタとする犯罪現場のような光景に『待った』の介入がくるのは当然であるが。

 空気が読めない行動を起こしたアスタにリーディアは右手を伸ばしてアスタの右耳を掴むと、


「これアスタ、今はそんなことをしている暇ではないだろ」

「いてて! いいじゃねえかリーディア。見てみろよ、ユキナは段々ユリアに似てきて…………めちゃくちゃ可愛いんだよ!」

「はーいアスタさん、俺はリーディアさんに賛成で~す」


 リーディアとの口論の隙に護熾はヒョイッとユキナをアスタから奪い返す。

 そしてそのまま背中から抱き締めるようにし、若干避難の目をアスタに向ける。

 そんな護熾に父親からの反論。アスタはズビィ!と右手の人差し指を護熾に向けると、

 

「ああっ!? お前父親から娘を盗るな!」

「あんた、ここが現実だったら警察行きだぞ?」

「うるせえ! これは愛情表現だ!! そしてまだお前達は付き合いの身のくせに三回もキスしやがって!!」

「―――――!! なァああああああ!? 何であんたもそれ知ってんだよ!? 何!? あんたらみたいな存在にプライバシー侵害は引っ掛からねえのかよ!!」

「き、キス…………見られてたんだ……」

「ユキナ、お前にしては上出来だったぞ?」


 可愛い愛娘を盗られたことに怒る父親と激しく口論する彼氏。

 接吻を見られたことを可愛く恥じる彼女と褒める人妻。

 アスタと護熾は暫し睨み合いになるが、ユキナの『ねえ、お父さん。早く続きを話してよ』で何とか丸く納まった。


 娘の頼みだから仕方がないと承諾したアスタはババっと髪を一度掻き毟ってから、さっきと打って変わった真面目な顔で、ツバサとソラを見ながら、ゆっくりと口を開いた。


「奴が何故怪物を作り出すようになったかは知らないが、その日、ツバサは遠く遙々来た街の斥候(偵察の役をしている人)から談合の話を持ちかけられた。それで彼女は了承し、家に伝わる刀を持ってリュウと一緒に行き、そして安全を配慮して村人達を近くの洞穴に避難させたんだ。相手は街だ、下手なことをすればツバサの村なんて一撃で踏みにじられるだろう。そして、それは起きたんだ―――――――」





 




 



 山の頂上近くの洞穴に避難した村人達と息を潜めて二人を待っているときだった。

 洞の中はジメジメとし、まだ冬明けなので非常に冷える。

 なので人々は全員、身を寄せ合ったり、毛皮の毛布に身を纏ってツバサとリュウの無事を願いながら待っていた。

 そんな中、同じく毛皮を纏い、見張り役を打って出ていたソラはふと、敵街の兵と談合をしにいく二人が自分に向かって言った言葉を思い出していた。

 

『ソラ、お前は村の人と一緒に隠れていろ。私は何とか話し合ってみる。できるだけ、良い条件で村人達が過ごせるようにな』

『安心しろソラ、そこにいりゃあオレ達にもしものことがあっても簡単には見つからねえさ。だからお前は、静かに帰りを待っててくれ』


「……もしもが起きたら、僕はどうすればいいんだよ……」


 悪態を付くように、そう呟いた。

 二人が戻ってこなかったら、想像するだけでも嫌だった。

 ソラはギリッと奥歯を噛みしめると、その赤い瞳に決意の意志を表す。

 そして、村人がもう一度見張り役の少年に目をやったときには―――――毛皮が一枚、無造作に捨てられているだけだった。






「ソラは何となく感づいていたかも知れないな。彼にとって、二人はかけがえのない存在だったから、いなくなってしまうのが辛かったんだろうな」


 アスタがそう言い、話は続く。

 

 





 

 


 ツバサとリュウは偵察を通して相手の街と定め合った山を越えた場所に向かっていた。

 ツバサは左手に鞘に仕舞い込まれた大太刀を握っており、これは御守り兼もしも交渉が上手くいったら相手に信頼の証として受け渡すために持ってきていた。

 一方リュウは腰に短剣を二本差しており、背中には飾るように工房で鍛えた鍛鉄製の剣がぶら下がっていた。こちらは完全に『もしも』用だった。

 今から二人が向かう場所は、村を領地にしようとしている進んだ技術を持っている街の兵との待ち合わせ場所。

 だからこそ、下手な刺激を与えないように話し合いを進めていくしかない。

 二人は緊張した面持ちで、しかしあくまで冷静に互いに普通通り、話し合っていた。


「もう、冬も明け頃だな」

「そうだな、雪解け水が自然に恵みを与える季節になってきたな」

「あと少しで田植えの時期か……豊作になってくれればよいのだが……」


 少し霧が立ちこめる山の中をを二人で並んで歩いた。

 常緑樹が立ち並ぶ、程よく日の光が届く地面を草履で踏みしめて一歩一歩足取りが重くなるのを感じながらも、ただ進んだ。

 今更戻ったところで、どうにもなりはしない。

 

「なあ、リュウよ」

「何だ? ツバサ」

「手を…………昔みたいに繋がないか?」

「はいいいっ!?」


 突然のツバサの申し出にリュウは一瞬で冷静さを失う。

 ツバサの男らしい性格上、そんな乙女のような行動ができるなどと想像も付かなかったリュウにとって、その衝撃はかなり大きかった。

 いくら行く場所がアレとはいえ、何かしら変な行動は起こさないのは暗黙の了解だったが、こうしてツバサが何かしら申し出たということはきっかけが欲しかったのだろう。


「頼れる人物が……君しかいなかったのだ……せめてもの詫びだ」


 今は何も礼はしてやれない。それを伝えるかのように太刀を持っていない右手を、リュウにソッと差し出す。

 リュウはかなり戸惑ったがこの申し出を断る理由など、どこにもないので恐る恐る左手で右手に触れる。

 自分より小さい手。肌の色に似付かわしくない温かい温度。

 そして微かに震えていることに、今になってやっと気が付く。

 本当は…………怖い。

 彼女の本心では、こう言っているのだ。

 今回のことは、いくら名主の娘の誇りがあるとはいえ、相手がその気になれば皆殺しにされる危険性が高い街が相手。どんなにしっかりしていても、どんなに気が強くとも、所詮はツバサもただの女の子。

 そう知って、リュウはその女の子らしい小さく柔らかい手を、握った。

 

「こ、これでいいのか?」

「ああ、これでいい。…………少しザラザラしておるな?」

「そりゃ今の時期寒いし……毎日金槌握ってっから触り心地は良くねえよ」

「でも、昔と変わらないな…………懐かしい、感じだ」


 そう言いつつ、嬉しそうに顔を綻ばせる。

 緊張は少しは和らいだ様子だったので、リュウもその顔を見て安心を顔に表す。

 この道を下れば、もうすぐ街の兵達との待ち合わせ場所に着く。

 

 ―――オレが、こいつを護ってやらねえと―――


 ふと強い決心が、心に浮かぶ。この少女の方が、自分より強いのは分かっている。

 しかし男として、この少女を護ってやらないといけないという掻き立てられた気持ちがふつふつと生まれてくる。

 

 この笑顔を、護りたいから。この少女を、死なせたくないと、心からそう思った。

 ツバサはリュウの手を引いて、歩き出した。釣られてリュウも後から動き出す。


「なあツバサ…………」

「どうした? リュウ」

「……もし、無事でいられたらその…………」

「? 何だ?」

「あー、や、やっぱり何でもねえよ」

「…………そうか」


 今の状況で言うのは、止めておこう。今は、護ってあげないと。

 話を自ら誑かしたリュウにツバサは少し怪訝そうな表情で前に戻すが、何か言ってくれようとしてくれたことは感づいたらしく、微笑みと握る力を少しだけ強くした。

 ありがとう、そう伝えるかのように。


 そして山のふもとが二人の視界に入ってきた。

 此処から20メートル動けば、おそらく兵士達が待っているだろう。

 二人は一度息を呑んでから、進んだ。


 ――――背後に黒い影が忍び寄っていることに気が付かず……











「ようこそ、名も無き村の名主殿とその徒者よ」


 ツバサとリュウの二人を40人ほどの集団が待ち受けていた。

 歳は色々で20代前半から五十代までの男兵達で、全員皮で作ったベルトで固定された鎧を身につけており、この場所に来た二人という人数とツバサの容姿に驚きながらも友好的に迎え入れてくれた。

 着いた場所は既に移動式のテントが組み立てられていた。

ドーム形をした大きなモノで、厚い布で覆われている。 

 その中に際だって大きなモノが一つあった。おそらく兵長のテントだろう。


 その中で、一番歳を取っていそうな男性が話しかけてきた。おそらく彼が兵長であることは雰囲気と他の兵との鎧の違いで読み取ることはできた。


「ようこそ、私がこの部隊の隊長だ。ここに来るまでに疲れたであろう、近くのテントで疲れを癒しながら、話し合おうではないか」


 二人は一度顔を見合わせる。

 罠じゃねえか? リュウがそう目で伝えるがツバサは相手の出方から一応信頼はできると言い、素直に兵長の指示に従って一つのテントに移動し始めたのでリュウも仕方なく、いつでも背中の剣が出せるように周りに注意を配りながら、恐る恐る付いていった。


 テントの内部は数人が楽に寝れそうなほど広い。

四本の鉄製の細い柱がテントの隅に、放射状に組まれた骨木が屋根を支えてテント全体を建たせていた。中には長方形のテーブルが置かれており、椅子が数個下に置いてあった。

 そして足元には柔らかいフェルトが敷き詰めてあった。その初めての感触に戸惑う二人に隊長がクスッと軽く笑う。


「やはり初めてか? 緊張しなくてもよろしい、我々は敵対している街の連中より民を思う心を持っている」


 隊長はそう話ながら専用の椅子に座り、二人にそこにある椅子に座るように促す。

 ツバサは太刀を椅子に掛けてから軽く会釈して座り、リュウは背中に背負っていた剣を外し、テーブルの上に短剣を置いて警戒を解いていることを伝えた。

 

 隊長が言う敵対している街というのは多数の民族が入り乱れる地域で、戦と略奪、民族による民族支配で辛うじて国という体裁を成り立たせていたところだった。支配する民族でも裕福なのはさらにその支配者階級の一部の者だけであり、多くの民衆は常に貧しく飢えていた。しかしようやく近年、抑えらている政治形態だからこそ支配者絶対主義だった環境が改善され、全ての住人が人並みの生活を送れるようになっている。


 だからこそ、街の発展に領土を広げようとする野望を持っているのだと言う。


「半年ほど前だったか、此処より遠く離れた村が奴らの手に落ちたそうだ。いきなりの奇襲で村人の三分の一が刃に落ち、今は男達で若い者は勝手に兵に徴集され、女は苦しい労働を強いられている。奴らは命に手は出さないがそういうことは平気で課してくる奴らだ。」


 自分達の街のポリシーとの違いと人を人として扱っていない現状に怒りを露わにする隊長。

 

「なるほど、それでその街の兵とやらと対抗するために、私の村で食料の調達が欲しいワケか?」

「無論、是非そうさせていただければそなたの村の安全は約束する。我々は村人に辛い労働を強いるわけでもなく、男も借り出さない。」

「……幸先の良い話だ。しかし一つ今頼みたいことがある」

「何だ? 申してみよ」

「後ろの兵達をどっか行かせてくれないか? 視線がきついと落ち着けん」


 少し不機嫌そうな表情のツバサが隊長にそう言う。

 街の兵長相手に臆さず話すツバサに内心ハラハラだったリュウは背後から気配がしたのでそちらに顔を向ける。するとテントの入り口の跳ね布の隙間からたくさんの目が見えた。

 若い兵達がこわごわとテントの中を覗き込んでいた。

 いくら容姿が違えど、ツバサはその辺の町娘よりも可愛く、綺麗な容姿をしているためか、特に若い兵士達にはウケが良かったようである。


「うっ………すまない、我が部隊はその…………色気がないので兵達がその……欲求不満というか……」


 いきなり出鼻を挫かれた気分になった隊長はごほんっとわざと大きく咳払いをするとそれに気が付いた兵士達がそそくさとテントの入り口から逃げていった。

 恥ずかしいところを見られてしまったな。

 隊長は二人に向かってそう言い、笑いを誘う。

 ツバサはフッと微笑み、リュウもいつの間にか手を掛けていた剣から手を離した。

 そして二人を思った。

 どうやら下手な警戒は、この兵達と隊長には不要だと言うことを。

 この隊長という人の性格と様子と、人に対する考え方は少し話してみて信頼できると確信した二人は肩の力を抜いた。

 その様子を見た隊長は話を戻した。

 

「すまないな、話を戻そう。我ら部隊の中継地にはどうしても供給してくれるところが必要不可欠なのだ。そなたの村は実に兵糧に困らないほどの豊作が続く豊かな土地だ。我々に提供してくれる分を差し引いても十分な量がある。それに戦の方も長引いているが、こちらが圧し始めている。そう長くは世話にはならないだろう。それにそなたの村に専属の兵を付けよう。これなら敵の兵が攻めてきてもすぐに対応できる。どうであろうか? 我々が出せるできる限りの交渉だが?」

「なるほど……しかし一つ気になるな。その村に来るという兵とは、大丈夫なのか?」

「無論信頼できる部下を送るつもりだ。もし謀反を起こせばそれなりの罰は用意する。安心してくれ」

 

 街の兵の隊長はツバサとリュウの思っていたよりも遙かに良い条件を出してきてくれた。

 しかも安全面も配慮してくれるというので豊富な食料と引き替えにしてはお釣りが来るほどの待遇だった。


「ツバサ…………いいんじゃないか?」

「ああ、君もそう思うかリュウ」


 この条件に乗らない手はない。

 二人は顔を見合わせ、それから頷いた。

 この談合に―――――賛同しよう。

 ツバサはもう一度前を向いて、それから隊長に向かって頷いた。

 隊長の方もツバサが了承してくれたことに感謝の意を表明するかのように軽く頷いて答える。

 そしてツバサは信頼の証として太刀を差し出そうと鞘に手を掛けたときだった。

 風を斬るような音。

 

 その音を聞いたツバサは一瞬で険しい顔になる。


「!!ッ」

「どうした? ツバサ」


 椅子から身を乗り出すようして立ち上がったツバサにリュウが不安げに尋ねる。

 ツバサは食い入るような目付きでテントの外を睨んだ後―――――突然、リュウの襟首を掴むと隊長の方へ飛び退いた。


「なっ!」

「隊長殿、伏せて!!」


 そう叫んだツバサは飛び降りる際、隊長側のテーブルを足で叩きつけるようにすると途端、テーブルが跳ね上がって入り口に対して三人の盾になる。

 すると―――――――



 ドカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!



 テントの外から矢の嵐が一直線にこちらに向かって布の薄い入り口を狙って中に入り込む。

 そして丁度、三人を護っているテーブルに磁石に吸い付けられるかのようにどんどん突き刺さっていく。


「うわっ! 一体何だ!?」

「な、何だというのだ一体!?」

「奇襲だ!! この場所は狙われていたのだ! しかも数は数人ではない!!」


 矢の数からして三十は下らないほど見えない敵。

 それを確認したツバサは鞘から太刀を引き抜く。リュウは引っ張られた反動で少し喉が痛むが、すぐにツバサに続いてすぐ側に落ちていた剣を拾い上げる。

 隊長も腰に差していた二本の剣を引き抜き、緊張した面持ちで二人を見る。


『敵襲だァーーーーーーーーーーーーーーー!!』


 耳を澄ますと、兵達の声が聞こえた。


「なんて言うことだ…………まさか此処まで敵の手が伸びているとは……お前達、此処に残っておれ」

「あっ、隊長さん!」


 部下の身が危ないと危難した隊長は立ち上がると同時にテント内に剣を持った騎士達が入り込んで来る。隊長はそれをすぐさま視界に取り入れると中腰の状態から腕を開くようにして左右の騎士の腹部を強打し、斜め前後の騎士の腕を掴んで引き寄せながら身体を反転させて其々対面に立つ相手にぶつけ合う。

 相手はいきなりの反撃だったため咄嗟に剣を振るう事が出来なかった。

 隊長はそこを突破するとそのまま一人の騎士に剣を突き刺して倒し、倒れきる前に剣をもぎ取り、二本の剣を振るって瞬く間に四人の騎士を斬り倒した。

 一街の隊長なのだからその腕は伊達ではない。

 一方残された二人はと言うと入り口近くに倒れている兵士を見ながら、


「ツバサ…………どうする?」

「…………行くしかなかろう」

「おまっ、それでもし死んだらソラに会わせる顔がねえぞ!?」

「だから此処に残れと言われたことを素直に従うのか!? 逃げてもおそらく狙い撃ちにされる!! 奴らを倒しながら逃げるしかない!! …………私は確かに女で人を殺めたことはない……だが生き残らなければ今はいけないのだ!」


 今の状況で既にコソコソと逃げることは敵わないと知ったツバサはリュウに向かって言う。

 ツバサがそう叫び終えた時、その声を聞きつけた敵の兵がテントに顔を入れてきた。二人を見て、


「いたぞ!」


 そう叫んだ瞬間、兵の米神を柄頭が思いっきりぶん殴っていた。

 リュウは剣を引きながら、昏倒した兵士を、テントの外へ蹴り出した。


「人を殺める必要はない。もしもやばかったら別だけど………………畜生……怖えな……俺はお前ほど強くねえから……」


 初めて、自らの命が危険に晒されたと確信したリュウは、人を傷つけたことと恐怖で肩が震え、それが腕に伝って剣先も微かに動いていた。

 その様子を心配そうにツバサが尋ねる。


「リュウ…………」

「でも、分かった。行こうぜツバサ。ソラに会おう!」


 決意したのか、リュウは強気の笑顔でツバサの手を引いて立たせた。

 すると蹴り飛ばされた兵に気が付いた兵が、リュウの気が付かないうちに剣を振り上げており、リュウが気が付いて前を振り向いたときには剣は振り下ろされ――――― 一閃、刀身の長い刃が剣を叩き折り、同時に峰が頬を殴った。


「気をつけろリュウ。油断はするな……!」

「わ、悪い、ありがとな」


 ツバサは気絶して動かなくなった兵の身体を盾にしながら、テントの入り口を大きく開けた。

 外はもう動かない人や剣を交えている者。矢を放つ者。怪我人を安全な場所に移動させているなど敵味方入り交じってさっきまでの光景が一変していた。


「今から、目に付く敵は倒せ。最悪の場合は…………殺していくぞ」

「わ、分かった…………ツバサ、行こうぜ」

「ああ」


“父上、母上、私達に加護を”


 ツバサは先祖代々伝わる大太刀にそう祈り、両手でしっかりと柄を握りしめた。

 生き残るために、太刀と剣を持った少年少女は、まず目の前にいた敵兵を派手に斬り伏せた。 

 見たこともない光景が、二人の目の前に広がっていった。







 ソラは二人が向かったとされる山を今下っていた。

 石がゴロゴロと寝転がっている走りづらい下り道でも懸命に走っていた。

 何故なら二人の身が心配なことと……先程から聞こえる人の断末魔や火の手が上がっているとしか思えない黒煙が青空に向かって延びているからである。

 心が、走る。心が、叫ぶ。

 これ以上、自分の手から大切な人達が消えていくのは、耐えられない。


「やだ、やだ、僕から二人を取らないで…………!」


 そう、何者でもない神に願うように、泣きそうな顔になりながらもソラは嫌な予感を振り切るように走った。 とにかく、走った。とうとう森を終え、下り道の終わりにそれを見た。

 矢と切り傷で死んだ、敵も味方も判断が付かない屍の道。混沌と轟音が支配する世界。

 日常から切り離された朱色の世界にソラは茫然と立ち尽くした。

 それからふと、何かがこちらに向かって移動してくるのが視界に入ったのでそちらに目を向けてみた。

 そして半年前の―――――地獄を………









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ