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ユキナDiary-  作者: PM8:00
119/150

四十六月日 完全なる激怒

 







「お〜い千鶴〜〜〜」


 あれから少し、経ったあとに後ろから声を掛けられたので振り返った。

 すると様子を見に来てくれたのか、近藤が軽く手を振りながらこちらに近づいてきており、そして真ん前までくると辺りをキョロキョロと見渡し


「れ? 海洞の奴は…………?」

「………遠くへ行くって言ってた……」

 

 千鶴は俯き気味でそう答え、近藤は怪訝そうな顔でそれを聞き終える。

 もう彼は此処には戻ってこない。自分という全てを捨てて、心に決めた人の元へ向かったのだ。


「……告白できたの?」


 不意に近藤からそう言われ、少し戸惑うが、すぐに千鶴は困り笑顔を作って答えた。


「ううん、フラれちゃった。でも、悔しくは、ないよ。悔しくはないから…………」

 

 近藤が何かを察してすぐに前に出て千鶴の頭を抱き締める。

 千鶴も、近藤の胸に両手を置いて身を預ける。

 彼にはもう、会えない。この世界は密かに護られた。しかし必ずや犠牲無しというのは有り得ない。この世界で彼が払った代償は戻らないこと。毎日が楽しかったと彼はそう答えた。

 そして、今度は向こうで代償を払えば……彼は………


「生きて、もう一度会いたい……! 寂しいよ……! 私に勇気をくれた海洞くんが……! いなくなるなんて……!」

「千鶴…………」

「いやだよ……! 嫌だよぉ…………」


 それから、千鶴は心が落ち着くまで、無人に近い住宅街の狭間で近藤の胸の中で泣き続けた。彼の生存と、向こうの世界と知り合った人達の無事を祈りながら、ずっと。





 





 それは突然の報告だった。



 時間の流れが違う。

 その者の鎧から出ている見えない膜のようなモノと映像のズレ、そして電波や赤外線を遮断していることからそう結論を出され、それがバルムディアのストラスに届き、驚愕の表情でその報告を目にしていた。

 時間の流れが違うと言うことはこちらの攻撃した“時間”が相手の体に触れる前に文字通り時間の流れに流されて届かないということなのだ。

 簡単に言えば虚数空間(異空間と考えた方が良い)に身を置いている。

 つまり、この世にそれを破るモノはない。

 故に、無敵。


「――――というワケです…………」

「本当に、何も、か?」

「ハイ、この星を一撃で壊す兵器を使っても、です」

「……博士……勝てないの……?」

「残念ながら、考え得る範囲ではないッス……」


 研究所に招いたジェネスとティアラに、ストラスが重い表情でそう伝える。

 この世界に誇る大国でさえ、その一人にかすり傷一つでさえ付けられない。

 しかも眼の使い手のほとんどが負傷などで戦闘続行は不可となり、もう打つ手が無くなりつつあった。絶望、そんな一言が頭に過ぎる。

 ジェネスは暫く黙り込んで目を瞑っていたが、やがて開けてから少し首を振ると、


「…………まだ終わったワケではない。…………何としてでも、生き残って見せなければテオカに笑われてしまう」


 一大国を担うモノとして絶対に退くわけにはいかない。 

 このことは敢えて町民には伝えず、バルムディアの周りに屯って居る怪物達の数の報告や戦況報告などの処理を引き続きストラスや他の研究員達に告げる。

 そしてジェネスはティアラに此処にいるようにと言いつけ、部屋から出ようとしたときだった。


「…………博士!! ワイト東大門地点に未確認反応が出ました! ……大きい反応です……!」

「どれどれ!? ……………! これは…………!」


 急いで研究員が担当していたレーダーを覗き込み、ストラスは一瞬驚いた後、喜びの顔になった。ティアラがストラスの裾を引っ張り『ねえ何があったの?』と不安げに尋ねるとストラスは踊りだしそうな気分でティアラとジェネスに急いで伝えた。


「“彼”が、彼が来ました!!」








「…………ミルナ?」

「! ガシュナ……? ガシュナ、目が覚めたの!?」


 ワイト中央の病院前の庭で、ミルナとフワワに看病されていたガシュナが、ようやく麻酔の効果が薄れて目を覚ました。

 ガシュナはすぐに体を起こそうとするが、麻酔の効果と完全には治っていない体の所為で起きあがれず、勢いよく後ろ頭をぶつけそうになったのでそこはフワワが支えてゆっくりと元のシーツの上に頭を戻す。


「…………あんたが俺を、治してくれたのか?」

「はい、もちろんミルナもあなたに血を提供しながら治療に当たってくれたおかげですよ。随分、お疲れになっていますけどね」


 フワワの言うとおり、ミルナは少し窶れていた。その様子からよほど血の提供と休まずに回復の気を自分に送ってくれていたことが窺えた。


「………二人とも……感謝する」


 ガシュナがそう、呟きながら礼を言う。

 フワワは『いえいえ』と軽く礼を受け取り、ミルナは泣きそうな顔で握っても支障のないガシュナの手を握る。ちゃんと生きてくれてありがとう、そう伝えるかのように。

 因みにトーマは幸いあまり大きな怪我ではなかったのですぐに研究所に戻っていた。


 ガシュナは、ミルナが無事であったことにホッとしていたが、まだ戦いが終わっていないと言うことを改めて実感すると苦い顔をした。北と南の反応がないことからこれで虚名持は現世のみとなって全滅したことは分かった。

 しかし東の方では離れていても禍々しい気だけは感じられた。

 自分にはもうそれだけ戦える気力はない。おそらくラルモもアルティもだ。


 と、ここで東の方にその禍々しい気を消し飛ばすほどの別の気が突然発生する。

 ガシュナは驚いてそちらの方に顔を向け、ミルナは心配そうに『どうしたの?』と聞くとガシュナは驚愕の表情のままで、言った。


「あの野郎が………! 来やがった…………!」

 






 一方、南門仮設テント内病院でも丁度ラルモが薄目を開けて目を覚ましていたところだった。

 そしてジロリと目を横に動かして見るとアルティが自分の手を握って心配そうな表情で目が覚めるのが今か今かと待っていた。


「…………アルティ、か?」

「!! ラルモ? ラルモ目が覚めたの!?」

「……ん〜〜〜……どうやら生きてるっぽいなぁ〜〜〜」


 そうラルモが微笑んで緊張感のない声でそう言う。

 するとアルティはラルモの頭を抱き締めて目覚めたことを心から喜んだ。

 ラルモの背中の傷はまだ治っていないため、自力で起きることは叶わないが、ちゃんと安静にしていれば以前のように歩き回れるほどの治療処置はされているのでもうこれで安心なのだ。


「ちょちょちょちょちょっ! 何だ何だアルティ! 何かお前らしくない!!」


 ラルモは頬を赤らめながら慌てた声でそう叫び、少しアルティを離れさせると、ふうと溜息を付く。今までのアルティはこんなことは絶対にしなかった。しかしこうして起きてみるといきなりの抱擁、夢にも思わなかった歓迎にラルモは心臓がバクバクだった。


「よかった……本当によかった……」


 改めて目覚めてくれたことを喜んだのか、目頭に涙を溜めたアルティはソッと優しく指で拭い、ぼやけた視界を確保する。ラルモはそれを見て、慌てて手を伸ばす仕種をするとアルティはそれを受け取ってしっかりと握る。

 ホント、何があったんだろうな?

 彼女の気持ちの中身など知らないラルモはただただ首を傾げて不思議がり、それからワイトに現れた虚名持の反応が全て消えていることに気が付き、少し険しい顔をした。


「…………アルティ、東の方はどうなっているか分かる?」

「…………ダメ、大きな力に阻害されて、分からない。」

「そうか………………」


 ラルモは『ありがとな』と短く礼を言い、そのまま黙った。

 気を最も敏感に感じ取ることができるアルティでさえ、分からない。

 ということは幼いときに見た漆黒の鎧を纏った人物がまだ居るという何よりの証拠。まだ、大戦は終わっていない。そう確信し苦い顔をした時だった。


 東大門の方から大きな力が突然出現した。

 それを感じ取った二人は即座にそちらに顔を向け、ラルモは一瞬驚いたような表情になるが、すぐに期待を込めた待ってましたという顔をしながら言った。


「ああっ! あいつが! あいつが来た!!」









 少し前。

 ユキナは、音も光もない、閉鎖された空間の中にいた。

 上も下も分からず、何も聞こえてこない、何も感じ取れない、ただ、温度のない寒さが体中を蝕んでいることは分かった。

 ここでの時間の流れは、外の世界の一秒でここは約一時間の長さに感じられるので既に時間感覚が分からなくなるほどの時を過ごしてきたのだ。

 しかし空腹や意識をずっと保っていられることから体への変化はどうやら時間と共に起きないようで、逆に精神攻撃を長く続けるためだという意味にも取れた。


 随分、あれから経った。みんなは大丈夫であろうか?

 そんなことは、あれから何十回も考えた。

 やがて、それすら考えられなくなっていた。


 それから、護熾のことをずっと考えてとにかく心を安定させていた。護熾のことを考えてなければ、今頃精神は崩壊してこの空間に負けてしまっていたところであろう。


 しかし、それももう限界に近かった。感覚は段々失われていき、希望という淡い想いでさえ、消えかけていた。



(孤独…………久し振りに……感じたな……)


 ユキナは漂いながら、暗い空間を見つめる。

 五年間の悠久の孤独。二度と遭いたくなかったのに、今はこうして無理矢理遭わされている。それを避けようと手足を伸ばしてみても、触れるモノは何もなく、本当にひとりぼっちだった。耳鳴りのするほどの静寂の中で、泣きたいほどの無力感に襲われ、自分自身、生きていることさえ信じられなくなっていた。


(息が苦しい…………意識が少しずつ遠ざかって行くみたい……)

〔………キナ〕


 ユキナは目を閉じ始める。そして全ての体の力を抜いていく。


(もう、ダメなのかな……目を閉じて…………眠ってしまおう……)

〔…………ユキナ〕


 心が壊れていくのが、体を伝って分かっていた。

 せめてまだ正気の内に、眠っておきたい、例えそれが、死の眠りでも。


(二度と冷めない、冷たい眠りに―――。)

〔あきらめるな!! ユキナ!!〕


 呼ばれたような気がして、ユキナは目を開ける。

 目の前に、さっきの暗闇と違って何だか明るく感じる。

 すると誰かに背中から抱き寄せられ、温度が感じられ始める。とても温かく、優しい温もり。


(この温もり、知ってる……)


 それは、ユキナの頭の中に僅かに、希望を涌かす。

 生きたいと、最期まで自分の力であがいて戦いたいと。

 約束したじゃないか、もう一度恋人に会い、抱き締めて欲しいと、だから、諦めたくないと。


(私は……生きたい……!)


 するとユキナの気持ちに呼応するかのように、体が持ち上げられる感覚があった。

 そして暗闇の中を急上昇していき、光が、辺りに一気に広がって暗闇を吹き飛ばしていった。そして、目の前が白く染まっていった。





 

 

 イアルは目の前で起こっていることに目を疑っていた。

 突然球体から突き出された腕は、見た目からしてユキナのではないからだ。

 しかもその者の作ったこの球体を易々と破壊したのだ。

 じゃあ一体誰の? その疑問に答えるように、手から始まったヒビ割れはビシビシと音を立てて次第に大きくなっていき、やがて球体全体にそれが広まる。


 そして突き出された腕は引っ込まれると―――刹那、破裂するかのように辺りに黒い球体の破片が勢いよく飛び散る。それはまるで、氷を中から砕いたような光景に近かった。

 イアルは破裂した勢いで出た突風を腕を顔の前にやって防ぎ、やがて風の勢いが止み、腕をどけてからもう一度見ると、さらに我が目を疑った。


 曇天の下で、ユキナがぐったりとしながらも抱かれ、その抱いている人物が見たことのある懐かしい顔だった。


 護熾が、目の前に立っていた。








「……よう、イアル。随分ボロボロだな?」

「か、か…………海洞!?」


 眉間にシワを寄せ、微笑んだ表情で自分を見据えている人物。

 もう二度と、会えないと思っていた少年、それがこうして目の前に立っているのだ。何であなたがここにいるの? そう問い掛けようとしたときだった。


「う……うぅ……」


 イアルが驚いている間、ようやく周りが明るいことに気が付いたユキナは呻くように呟き、やがてうっすらと目を開け始める。それに気が付いた護熾は抱き締めるのを止め、優しく向かい合うように立たせて両肩に手を置く。


「ユキナ! 大丈夫か? 随分閉じこめられていたみてえだな?…………平気か?」

「うぅ………う?…………え…………まさか………護熾?」


 ぼやけた視界を安定させ、やっとユキナも目の前にいた少年に気が付き、目を大きく開く。

 特に目立った外傷はなく、精神攻撃で精神は消耗しているものの、ほぼ無事でいたことから護熾はユキナを抱き寄せて『よかった……よかった』と呻くように呟いて生きててくれたことを感謝する。

 一方ユキナは抱き締められながらもビックリしている頭を整理し、呼吸が整うのを待ってから、顔をゆっくりと上げて顎を胸に押しつけるようにした後、護熾に向かって第一に発した言葉は――


「バカァ!!」

「あ…………あァ!?」


 ユキナは怒った口調でそう叫び、護熾は予想外のあまり口を開けて凄く驚いた。

 キッと睨んだその表情からは怒っている以外の何も感じられない。

 折角助けたのに、感謝の言葉がこれではどうなのであろうか? そう護熾は頭を悩ませていると続けてユキナがそのまま言う。


「何でこっちに来たの……! 何で、何で!? 私は護熾は斉藤さんと……半年間を過ごして欲しかったのに……何で来たのよ!?」


 ユキナは、そう覚悟して現世を離れ、そして戦場に立った。

 もう二度と会えないと信じていた少年に、自分のことを死ぬまで忘れないで、幸せに過ごして欲しいと、そう願っていたのに、それを易々と壊して自分のために来てくれたのだ。

 自分が愛した少年、自分を愛してくれた少年。互いに好きだと分かれば、それで十分だったのに、来てしまったのだ。

 でも…………それと同時に大きな感情が自然と溢れ出してくる。

 ユキナは、護熾に縋り付くようにお腹に抱きつくと、顔を少し埋め、両拳を護熾の胸に押しつけるようにする。


「バカ………バカァ…………」


 そう何度も呟いてから、本音を吐いた。


「……会いたかった……もう二度と会えないかと…………助けてくれて……ありがとね……」

「…………ああ、俺も会えて……嬉しい、嬉しい……ユキナ!」

「護熾……護熾!…………護熾!!」


 何度も護熾の名前を言い、思いっきり抱き締める。ちゃんとこの人は『ずっとそばにいる』と言う約束を守ってくれたのだ。彼のおかげで、心は崩壊せずにいられる。

 それから何度も何度も顔を埋め、会えなかった五日間の寂しさを護熾にぶつける。

 護熾もそれに答えて背中と後ろ頭に手を回し、軽く抱き締める。それから、イアルの方を見るとイアルは不安げに尋ねた。


「…………ゼロアスは?」

「…………倒した。現世むこうは無事だ、安心してくれ」


 そう淡々と答え、少し視線を落とす。

 自身の母親を倒してしまったのだから、その心はまだ重い。しかし、いつまでもクヨクヨはしていられない。護熾は、もう一度ユキナの両肩に手を置いて体を離し、顔を合わせる。

 するとユキナは、心配そうな顔で目を見つめ、呟く声で言う。


「護熾…………」

「何だよ? ここまで来て今更退けとか言うんじゃねーだろうな?」

「だって護熾は…………疲れてるでしょ?」


 確かに護熾は此処に来るまでに自身の真理を使って無理矢理道を切り開いてきたため、少々体に疲労は蓄積されていた。だがそれよりも精神攻撃を受け続けてきていたユキナの方がよほど疲れているように見え、どっちの台詞だよと護熾に思わせながらも護熾はやや乱暴な口調で言い始める。


「たくっ! 何が疲れてるだァ!? てめえに言われたくねえよ!! 俺はみんなを護りたい、お前を護りたいから此処に来たんだ!! で? てめえは俺の側で死にたいとか、斉藤と一緒に半年過ごせとか、ゴタゴタゴタゴタゴタゴタゴタゴタゴタと自分勝手なことはほざいてといて何自分は死ぬことしか考えてねえんだ!? こっから先、てめえの意見は全部却下だ!! 分かったかチビ!!」

「な…………」


 ズビィ!と裁判で被告人に向かって指を指す検察官の如くユキナに向かって言った護熾はそう言い終え、同時に懐かしのユキナ専用の悪口を言い添える。

 ピキッ

 その途端、ユキナの額に怒りマークが浮かび上がる。

 そして自然と、口から言いたいことを喋り始める。


「何よそれ!? 私の意見全部却下!? どれだけ理不尽な御託を並べてるの!? 助けてくれたことに感謝はしてるけどさすがにそれはないわよ!! 第一に私はあなたに助けられる為の存在じゃないの!! 戦士なの! そこは分かってるの変な顔!!」

「うるせえ!! 俺の勝手だろうが!! てか何気に俺の顔のことを言いやがったな〜〜!!! この万年チビが!!」

「誰が万年チビよ!! 私はあなたのことを思って言っているのに!! この万年変顔!!」

「誰が万年変顔だコノヤロウ!!! それが助けてもらった奴の台詞か!? だから器が小さい所為で体も小っせえんだよ!!」


 ――どうしよう、レベルが低い言い合いだわ。――


 その様子を少し離れてみていたイアルは後ろ頭に汗を掻き、夫婦喧嘩の低レベルVerを繰り広げている二人をどう止めるべきなのか考えながら、やっぱりユキナと護熾は互いにとても愛し合っているようにも見えた。こんな状況で言い合い、それが何よりの証拠。

 やっぱ敵わないな、さて、二人をどう止めてやるか、そう行動に移そうとしたときだった。

 背後に土を踏む音が聞こえ、イアルの表情が驚愕に染まる。

 


 イアルを仕留めようとしていた怪物達は、護熾の突然の登場で驚き怯んでいたが、何だかそれほど強そうな感じがしなかったので一斉にこうして襲いかかってきたのだ。イアルはそれにいち早く感づいて今度こそ先に両手で超高速震動剣を握りしめ、振り向き様に斬ろうとしたときだった。


『お前ら、少し大人しくしてろ』


 護熾が突然、怒気を含めた低い声で怪物達にそう言い放つ。

 すると怪物達は一応は気を敏感に感じ取る器官は備えているのですぐにその場に立ち止まった。そして護熾は睨みを利かせた眼差しを向け、怪物達はビクンッと体を震わせて硬直し、すぐに感づく。本能で悟る、『絶対に逆らってはイケナイ』ということを。


「え? え?」


 突然動きを停止させた怪物達に途中まで動かして剣を警戒しながら引き戻し、イアルは一歩飛び退いて護熾とユキナの隣に並ぶ。

 ユキナも当然その光景に驚き、護熾に顔を向けて即座に思った。


 ――怪物達を隷属させた?――


「さて、もう大丈夫だな。直に他の怪物達にも俺の存在は認識されるだろうな」


 やれやれと言った感じで護熾はそう言い、怪物達に動くなと意思疎通で命令した後、ユキナとイアルを交互に見る。どこか余裕そうな表情。

 イアルは、またどこか強くなったと感じ、ユキナも同様の考えを浮かべるが、二人とも何故護熾が怪物達を従えているかについて疑問だった。

 しかしその前に護熾はイアルが来た方向に険しい顔を向ける。


「………みんなが、あそこに居るな」

「ええ、先生とみんなが……あそこにいる――――」


 そうイアルが言い終える前に、護熾はユキナの元から離れ、イアルの肩に一度ポンと手を置いてから横を通り過ぎ、それから怪物達の前に来て二人に向かって振り返る。


「二人とも、よく頑張った。もうここから先は俺一人でいい。安心しろ、もう誰も死なせやしねえ」

「待って護熾!! 勝てると思ってるの!? 相手は、相手は想像を絶する強さを持っているのよ!?」

「何言ってるのよ海洞!! みんなで行ってみんなを助けるのが普通よ! それを一人で!! 止めてよ! 独りよがりは!!」


 当然ユキナとイアルは激しく反論を申し立てるが、護熾は一切それを聞き取らず軽く『うっせえな〜』と鬱陶しく言った後、腰に手を当てて背中を向ける。


「こんな時ぐらい休めよ。結局俺の心配ばかりでお前らは自分の心配はしねえ」


 そして肩越しからまずイアルを見て、


「心配すんな、みんなは助ける。それから、できるだけここを離れてくれ。」


 それからユキナの方を見て、


「巻き込みたくはねえんだ……お前らをな……じゃ、」


 そう言って顔を前に戻し、その場から立ち去ろうとする。

 ただ、右手は力の限りギュッと握りしめた拳と、表情は先程のような穏やかな顔ではなく―――何か衝動的に駆られた怒りの表情だった。


「あ………………」


 残されたユキナは消える直前に見た護熾の表情に気が付き、声を漏らす。

 それは、いつも見てきたような優しいものでなかったことにすぐ気が付き、それから、何か途轍もなく大きな激情が流れていることがすぐに分かった。

 あんなの、護熾じゃない。


「どうしたのユキナ?」


 同じく残されたイアルは、不安げな表情でユキナの顔を伺う。

 ユキナはソッと顔を上げ、それからより不安げな表情をイアルに向けてから言った。


「護熾が、怒ってる…………」


 感じたことのない、怒りに満ちた護熾を見てしまい、微かに肩が震えた。





 

 


 突如東大門に出現した大きな反応にワイトの研究員はとにかく驚いた。

 しかも敵か味方か分からないが、レーダー反応や波長からしてとんでもない存在だと言うことが分かっていた。新たな敵か? それが一番自然な考えであり、東門に設置されたカメラの映像が途絶えた今、解析を待つばかりである。

 虚名持は全滅し、あとはその者のみ、だがその者のこれ以上は状況を悪化させないでくれ……

 そうひたすら願う心境の中でバタンとドアが開かれて誰かが入ってきた。


「博士………!」

「どうだ!? 状況は!?」


 ユリアに呼びかけられたトーマは胴体に包帯を巻いた姿で登場したが、トーマは自身の怪我などよりも周りの状況について研究員達に呼びかける。すると研究員の一人が東門で巨大な反応が出現したといい、トーマはすぐにレーダーを覗き込むと顔色を変え、一瞬有り得ないという表情をし、それから少し微笑んでユリアに顔を向けた。


「ユリアさん、彼が、来ました。」

「彼って………? !! まさか、護熾さん!?」

「はい、それにすぐ近くにユキナの反応もあります。しかし………」


 ユキナの無事、そして彼の出現にトーマは安心するが、彼は一体どうやってこの世界に来られたかという疑問が浮かび、少し憂い顔になる。

 この世界と現世を繋ぐ橋の役割をしている理は既に移動させられて繋がりは断ち切られているのである。そして護熾に宿る真理はまだ『未覚醒』のハズ。しかし現に波長のパターンは少し変わっているが彼そのもののパターン、そしてその者に匹敵する超絶たる気力。


「……ユリアさん、悔しいですが今は、見守ることしかできません」

「………ハイ」


 震える肩を、ユリアは必死に抑え、それから絶対無事でいられるよう、ただ願った。

 あまり無茶をしないでくれよ、それが護熾へのトーマの心のメッセージだった。









「これだから人間は、何百年見ても変わらない。大河の中の魚が、川の流れを変えようとしていることと何ら変わりもしないのに、まだ足掻くか……」


 黒光りする漆黒の篭手の先に紅碧鎖状之太刀を握りしめ、その者が少し視線を下げて見下して言う。そこには折れた鍔無日本刀を持ち、激しく息切れをして両膝をガックリと地面に付けているシバがおり、スーツも既にボロボロで血が滲み出ていた。他のメンバーもそれぞれ横に倒れており、その者が直接手に掛けたわけではないが、シバのように高い気力を有しない彼らは徐々に気力精力ともに徐々にその者の超重の気に圧し敗け、苦しそうな息遣いをして尚、立ち上がろうと藻掻いていた。

 その者はまだ僅かに闘心の陽を灯している人間達を見て、少し苛立つ。


「諦めろ。私は陽を憎む。陰に生まれついた私に、そんな姿を見せるな。」


 それから人差し指をシバの顔まで伸ばし、額に触れる一センチ前まで延ばすと、


「たかが我が理に授けられた力で、私に勝てると思うな。」


 そしてコッ、と軽く人差し指の先をシバの額に向かって突くと直後、キン!と音が響き、シバの右手に握られていた日本刀全体にヒビが入り始める。

 そして一気に爆発するかのように破裂すると同時にシバの気力が一気に低下を始める。

 

 開眼状態の強制解除。


 よくよく考えれば、理を扱うその者にとって造作はない。

 理は人々に助けを求め、開眼の力を渡したのなら理を扱うその者にとっては何の効果も示さないただのなまくらなのだ。この世と現世の主と言うべき存在、全てが彼の掌の上なら、開眼の力も例外ではない。

 絶対に勝てない。

 開眼状態を解かれ、そして攻撃も一切通用しない敵の前で肺を焦がすような呼吸を強要され、その中でシバは純粋な絶望を身に晒す。

 勝てない、勝てない、勝てない、勝てない。

 その事実が何とも苦しく、何とも悔しい。無力な自分に、そして彼一人で世界を掌握できる力に怒りを覚え、必死に顔を上げる。


 そこには刀を高々と上げ、トドメを刺そうとしているその者の姿が、目に映った。


「終わりだ、眼の使い手の男よ。あの世で人間の世界の終焉を傍観しているがいい」


 そして風を斬る音が聞こえ、刀が一瞬煌めいて振り下ろされる。

 刀身との距離が、自分の寿命の知ると、不思議と怖くはなかった。あの世に行けば、リーディアに会える。そう思うと、怖くはなかった。

 今まで一緒に歩んできてくれた仲間に、救いがあることを祈り、そして目を閉じる。

 せめて俺以外は、助かってくれよ、そして数秒後に訪れる死を受け入れようとした時だった。


『“それで終わりか? シバっち”』


 そんな声が聞こえ、それから訪れるはずの死が来なかった。

 そして目を開けてみると、現世で戦っているはずの少年が、右手の指二本で易々とその者の放った斬撃を受け止めていた。






「っぶね。シバさん、遅れた」

「………! 護熾……! 何で君が、此処に……!」


 護熾は指で挟んだ刀身を振り払い、一歩下がってその者を見据えながらシバにそう言い、シバは驚愕の表情で護熾の背中を見つめる。それから、倒れているギバリも、リルも、ロキも、レンゴクも顔を声のした方向に向け、同じく目を見開いて驚きを見せ、そして希望に近い光を心に宿し始める。

 彼が、来てくれた。

 もうまともに戦える眼の使い手など、この世に存在しないと思った矢先、町を二度も救ったことがある少年が来てくれたのだ。それだけで、絶望から希望に塗り替えられていく。


「護熾さん……よく……此処へ」

「……! ロキ隊長! それにレンゴク隊長も来ていたのか! それにギバリもリルも……!」

「カイドウはん……来てくれて、嬉しいもんよ……」

「ああ、カイドウさんだ……よかった……ホントによかった……」


 まず最初にロキが、続いてギバリもリルも同じく嬉しさを込めた蚊の泣くような声で護熾に向かって言う。もう、二度と会えないとトーマから伝えられていたからだ。

 護熾は全員を一度一瞥し、それから顔を前に戻して睨む。

 

「ほお、現世で会った理解者か………ゼロアスを倒したようだな……」


 珍しく感心の声を上げ、そう言うその者。

 護熾はただ睨みを前面に出した表情をひたすらその者に向け、向けてきた禍々しい気を真正面から受け、平然と顔色一つ変えず、気負うことなく立っていた。

 随分と腕を上げているらしいな……

 護熾の不動っぷりにさらに感心したその者は刀の切っ先を護熾に向ける。


「大凡此処に来るために真理を使ったらしいな。だがあのまま現世で安穏の暮らしていれば、良いものを、せっかく拾った命を捨てる為に此処に来るとは、愚かな奴だ」

「うっせえ野郎だな。誰が命捨てに来たって言った?」

「………どちらでもよい。お前もそこで平伏している人間達のように、そして真理を今度は我が手で奪う。それだけの話だ」

「……させねえよ。その為に来た。誰も、もう死なせやしねえ………だから――――」


 相手が誰だろうと自分の信じている世界を壊させやしない。

 平然とその者と話す護熾の姿は、みんなから見れば、まさに神のようであった。

 みんなを護る、そんな硬い決意を露わにした眼差しが、そう物語っている。そうすると、不思議と護熾の右手に力が入り、拳が練り上げられる。


「アルティ、みんなを頼む!」


 護熾は振り向かず、そう叫ぶと突然シバ達の前に髪と瞳を紫色に染めたアルティが出現し、地に舞い降りる。


「…………うん」


 ラルモの意識が回復し、自分はせめて負傷した東大門にいるみんなを助け出したいという行動から来たのであろう。

 アルティは地に付くなり護熾の背中に向かって頷き、すぐに倒れている四人に向かって四角いキューブ状の透明な紫色の箱に一人ずつ囲む。

 それから、来てくれたこととこの先のことを心配してくれたのか、目を瞑って瞑想してから、シバ達が護熾に向かって何かを言う前に、あっという間に掻き消えるようにしてその場から安全な地帯に瞬時に移動していった。

 ユキナもイアルも大体さっきの場所から遠くに離れた。

 もう制限を掛ける必要はない。








「これで、もう心掛かりなのはいねえな……」

「何だ? 他の人間が居ると本気を出せないと言っているように聞こえるが?」


 もう誰もいない。周りには人間の成れの果てとその頂点に君臨するその者だけ。

 護熾は目を細め、辺り全体を見渡すように目を動かした後一度閉じ、それからもう一度開けるとその瞳はエメラルドのように透き通った翠に変わる。そして同時に、髪の色も同様の色に染まり、一瞬だけオーラが体全体を巻く。

 

 そしてそのオーラがやがて火花へと変わり、それが全体に噴き出し始めると今度は常磐色の袖無しコートが護熾の体に羽織られ、風を孕んで膨らみ、それから体に沿うように萎んでいった。


「…………第二解放。理の力を受けた人間からさらに引き継ぎで重ねて発現する力。だがそれでは所詮大河に大魚が生まれた程度だ。何ら変わりはしない。」

「ああそうかい、だけどこれを見てから続きを言いな」


 それから護熾は、腰に差してあった死の力を封じ込めた黒い刀身の小刀を引き抜くとそれを顔の前で掲げるようにして持ち、刃先を下にして持ち替えると解号を言い放つこともなくいきなり護熾の体にへばり付くように黒いオーラが纏わり付く。

 そして、黒い空間を裂き、中から両眼を黒く染め、その眼の下からは黒い骨のような仮面を付け、漆黒の衣をコートに被せたような姿で登場する。


「なるほど、その姿での状態ならば、ゼロアスを倒すことは可能だな。だがその力を持ってしても、私の体に何も届かぬ」

「「…………だから、だから何だって言うんだ? てめェ…………!」」


 急に護熾から怒号が返ってくる。

 その様子にその者は少し怪訝そうな顔をするが、所詮何もできない人間だと言うのは分かっているので哀れみを含んだ眼差しを護熾に向ける。

 護熾はソッと手を仮面に掛け始める。


「「お前、自分がこの世の全てを支配したと勘違いしてるっぽいな……!」」

「…………何? お前、何が言いたい。お前の行動は浅ましく見えるぞ。私にお前の牙は届かない、永劫な」

「「じゃあいいものを見せてやるよ。 てめえをぶっ倒すとっておきのやつが、俺にはあるんだよ!!」」


 それから、掴んだ手に力が入る。

 そしてバキバキと仮面を握り壊すようにしていくと――――― 一瞬で辺りが白い空間に変わる。それはもの凄い速さで、太陽の光がそこに出たかのような眩しさ。

 その者はその閃光に驚いて一瞬眼を瞑るが、すぐに眼を凝らして光の中を見据える。


 護熾から発せられた光源は、線を残像として残し、空へと一瞬で飛び去った。その際に、地を覆っていた曇天の雲に大きな穴を開け、円形の蒼い空を生み出して広げていった。


 そして光が弱まるにつれ、白い風に靡く衣が姿を現し、黒髪で黒い瞳の白い火花を放っている護熾が姿を現す。その者はその姿を見て片眉を若干上げて不思議がる。


「何だそれは……それではまるで……」


 それから、護熾の顔が上がり、その者を睨む。


「お前は…………みんなを殺そうとした。俺の母ちゃんは普通の人生を歩めなかった……そして、ユキナを殺そうとした……!!」


 護熾は、爆発的に殺気を膨れ上がらせてからそう言う。

 その殺気は、その者に瞬時に届く。すると何か悪寒のようなモノが届き、その者は本能的に紅碧鎖状之太刀を構え直し、両手で握りしめる。

 それからすぐに理解した。

 自分の気力が、徐々に護熾の気力に圧し負け始めたことを。

 バカな、そう思った瞬間、刀身の中程に切れ目が入る。

 そして、パキンと軽い金属音を立て、刀身がその者と護熾の姿を映し出して、そして腰辺りまでゆっくり回転しながら落ちたときのことであった。


 

 その者を護るようにしていた時間の膜が斬れ、鎧にも切れ目が入り、ぐらりと体勢が崩れたかと思えば、後ろに向かって吹き飛ばされていた。


 


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