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ユキナDiary-  作者: PM8:00
117/150

四十四月日 ラストラバンダス3 

 



 





 銀色の満月が、鋭い音を立てながら黒い群れに突っこみ、一度に何十体もの怪物を切り刻み、そしてワイヤーを引き寄せると手元に丁度、柄が納まって戻ってくる。

 その持ち主に怪物が一度に五体飛び掛かるが、左手で持っていた剣を一振り、振り向き様に振ると面白いように胴体と下半身を真横に別け、塵に変えていく。

 どうやら鎌の柄の先端にワイヤーを括り付け、通常でも扱えるが、形状の利点により投擲用に切り換えてその攻撃範囲を最大限に生かし、そして投げている間の無防備状態を補うために第二武器セカンドウェポンの小回りの利く超高速震動長剣を使用しているようである。

 だがこれでも、大人数の相手には隙というのは必ずできてしまう。

 そこで姿勢を屈め、四つん這いになると背中のすぐ上を一閃、ブンッ、と空を切る音が通り過ぎ、雪崩のように来た怪物達を真横一閃に斬り捨てる。


「ナイスギバリ! フォローありがと!」

「どういたしましてだもんよ! って、あっ! 伏せて!!」


 斧を両手で持ち、何かに気が付いたギバリがイアルにそう呼びかけると二人ともほぼ同時に屈む。そして目を瞑ってゴミが入らないようにすると突然、10メートル先で爆風が起きる。

 広範囲に起こった爆発に巻き込まれた怪物達は内蔵されていた鉄片によって体が切り刻まれ、そのまま塵へと姿を変えていくと周りに風を作り、その流れに乗って消えていってしまう。

 爆発が納まり、急いで立ち上がったイアルは指をある方向に差して


「ちょっとリル!! 投げるなら合図を送りなさい!」

「ごめん!! 先生に助けてもらいながら投げちゃったから!」


 怒りマークを額に浮かべて振り向いて叱咤激励し、リルは片手にまだピンを抜いていない手榴弾を持ちながらペコペコと謝る。

 そんな謝っているリルの背後から怪物が飛び掛かってくるが、すぐに黒い氷山が怪物の顎を突き砕き、瞬時に灰に変える。


「大丈夫か二人とも!? 疲れはないか!?」

「ハイ! スーツのおかげで何とか体力は保ってます!」


 影を仕舞い込みながらシバがそう尋ね、イアルがすぐに答える。

 怪物達がひしめき合うこの地帯、イアルとギバリは互いの死角を護りながらの斧と鎌による広範囲攻撃で、リルが投げる手榴弾の攻撃範囲(鉄片による攻撃、爆発の範囲ではない)は4.5〜9.1メートルとなっているので思いっきりブン投げなくてはならない。なので完全遠離型のリルにシバが援護に周り、何とか攻撃と防禦の切り替えを上手くやって耐えていた。


 だが、それでも、ていうかそもそも全ての怪物達がシバ達を相手をしているわけではないというのは今のところの一番の問題である。

 当然脇はすり抜け、少しずつ城壁に近づいていく怪物達。

 シバ達は互いの死角の確保とリルの爆発範囲からの防衛ラインで手が一杯一杯なのでどうしても抜けていってしまう怪物達が数十体現れてしまうのだ。

 そこで一度イアルが城壁までギバリと撤退し、怪物達の元へ向かおうとした最中だった。

 急に左真横の方から黄色く明るい閃光が奔ったかと思えば――――、


 電気を帯びた線が、城壁に向かおうとした怪物達を一掃し、跡形もなく消し飛び、地面を抉った後だけが残る。

 こんな兵器、持っているのはトーマ博士くらいなのだが……

 その答えを知るべく、顔を横に振り向かせると確か空は曇りなのに太陽がそこにあった。

 眩しいくらいの目映ささで………


「おいっ……見る箇所違うだろ? 顔を見ろ顔を!」


 言われたとおり、視線を少し下げて顔を見ると明らかに不機嫌そうな顔で坊主頭の若い男が立っていた。

 その男は右手の甲辺りから煙を上げており、それを鬱陶しそうに振って消すと改めて二人に簡単な自己紹介を済ませる。


「俺はバルムディア軍第二部隊隊長のレンゴクだ! こちらの町が有利になったんでこうして加勢に来た!」


 レンゴクと名乗った坊主頭の男はそう言うと城壁を目指してやって来た怪物の内、一番前を先走っていた怪物に向かってダッシュで向かい、いきなり踏み込んでパンチを胴体に食らわせるとまるで小さな爆発が起きたみたいに貫き、灰を体に被る。

 そして灰を落とし、後ろにいる二人にチョイチョイと指を振って、


「というわけで味方ってワケだ。共通の敵を倒すために来たお前ら二人と同じ兵だ。」

「…………信用して、いいのかもんよ?」

「大丈夫よ、この人見たことあるから。バルムディアの隊長さんだから安心して」


 指を差して聞くギバリにイアルが淡々と答える。

 イアルがそう言うなら……

 そう理解したギバリは改めて軽く会釈し、イアルも会釈する。

 それを見たレンゴクはうむと軽く頷き、城壁に向かってくる怪物達を見据えた。

 


 一方、シバとリルの方にも訪問者が来ていた。

 それは怪物達が一斉に襲いかかってきたときに、突然それらが灰の雨になり、同時に空薬莢が十発分くらい灰の雨に混じってカランカランと地面に落ちて奏でていた。

 そして黒い影が二人の前に降り立つ。

 出で立ちは刃の付いた仮面で顔を覆い、両手には拳銃を装備しているスーツ固めの人物。

 その人物は着地と同時にすぐに両手の拳銃を囲んでいる怪物達に向け、何度も何度も両腕を発砲音と共に跳ね上げさせながら撃ち続ける。

 そして一段落し、そして背後に飛び掛かってきた怪物の胴体に振り向き様にソッと優しく掌底を当てると、ガコン!とアームパンチが炸裂し、怪物は原型を留めることができず、塵に一気に変わっていった。

 それから不自然な動きで顔をユラユラと動かして仮面に付いた刃で飛び込んできた怪物の懐に潜り込むようにしてナイフを手で持ったときと同じように突き立て、次々と倒していき、そして二人の許へ辿り着くと、リルはびっくり、シバは一瞬だけ驚いたような顔になるがすぐに微笑み、


「そっちはもういいのかい?」

「ええ、それに、約束ですから」


 返事をし、それから顔に手を伸ばして仮面を外すと爽やかな微笑みを常に浮かべた甘いマスクがそこに現れる。

 リルはうわ!とその美形に驚くも、『う〜んでも私の好みと言うわけでは……』と変な方向に思考が行ってしまうが若い男はそんなことを意に介さず、完全に仮面を外し、一つに縛った金髪を覗かせると改めてシバに挨拶をした。


「どうも、バルムディア軍第一部隊隊長のロキです。加勢にただいま参上致しました。」

「こちらこそ、心強くて助かるよ」


 ロキと名乗った男は、続いてリルに会釈しながらすぐ後ろに迫っていた怪物に鉛玉を脇の下から見ずにプレゼントする。弾丸は寸分の狂いもなく怪物の開いた口に入り、ドサッと倒れさせる。

 どうやら長々と挨拶はさせてくれなさそうですね。 

 そう短く呟くと新しい弾倉を空になった銃身と入れ替え、ガシャンとリロードを完了させ、仮面を仕舞い込む。


「あれ? それは使わないんですか?」

「ん? これはですね、攻撃範囲が広いので皆さんと一緒に戦うのにはちょっと不向きなんです。まあこの両銃で何とかしてみますけどね。」


 リルの質問にサラッと少し困り顔で答えるロキ。

 しかし焦りも諦めもその顔からは見えない、どこか余裕のある面持ちだった。

 銃弾が無くなればアームパンチやレールガン、切れれば体術で、そんな感じであろう。

 そしてシバもいるし遠距離型のリルもいる、下手なことをしなければただの体力勝負に入るのでその間までには他の援護もここにくるであろう。

 シバが影で十数体を薙ぎ倒し、リルがいくつか遠くに投げた手榴弾のレバーを弾けさせ、ロキが撃ちまくる。

 近、遠、中距離を各人が担当した無駄のないフォーメーション。

 これならいけるとシバもロキもリルも確信していた。

 だが一つ気になることがある、その気になる何かを確認しようと三人とも同時に上をチラッと見て固まってしまった。

 そんな……ユキナは!? そう咄嗟に浮かんだシバの瞳には、黒い鎧が映る―――――


 

 ――――その者が、上空20メートル地点から仮面の下の目を覗かせてこちらを見下ろしていた。







 







 見晴らしの良い海を染めている夕陽が、三分の一沈んだところで護熾が口を開いた。


「俺の…………母ちゃん?」


 息子の声を聞いた朔那は、護熾の声を噛みしめるように聞き、一度瞼を閉じ、そしてもう一度開けながら、口も開かずに少し憂い顔で直接耳に届ける不思議な声で喋る。


『“そう呼ばれるのを……幾度も夢に見ました”』


 そして朔那は護熾に向かって、しっかりとした足取りで歩み寄り始める。

 砂に刻まれた朔那の足跡を、海の波が何度も消した後に、護熾の一メートル先に朔那が佇んでいた。身長差は約15cm程度なのでそれほど差を感じさせないが、親子というのか、やはり朔那の方がどこか護熾より大きい部分があった。

 護熾は少し身を退く体勢ながらもマジマジと近くに来た母親の姿を見る。

 一樹と絵里に似た容姿、武と結婚した美しい女性、そして、写真で見た時と自分の内なる記憶とその姿が重なる。

 これは夢なのか? もしかして死にかけている俺の夢?

 しかしやはり疑うのが人間の心情というものであり、護熾は頬を抓って変な顔を朔那に公開する。そんな護熾を見た朔那は顎に拳を当ててクスッと笑い、それからちゃんとここがどこであるかを明かす。


『“夢ではありません。此処は私の世界です。私の魂の世界ですよ、護熾”』

「………母ちゃんの世界? …………ゼロアスは!? あいつはどこだ!?」

『“…………彼は今、“真理”を持って町を破壊しに向かっています。しかし此処での時間は向こうの時間とは一切関係なく、進行は止まっています。なので安心して下さい“』 

 

 確かにこの世界は感覚的に止まってしまったかのように流れている。

 遠くに見える夕陽も沈んでいるようで実は何度も繰り返し沈んでいるだけであり、時折遠くに飛ぶカモメの群れも、必ず同じ編隊を組んで飛んでいるので朔那の言葉は信用できた。

 だが此処で一番肝心なのは本当に本人かどうかである。


「じゃあ…………あんた本当に母ちゃんか? ここに来て実は違いましたー!……ってことはねえよな?」

『“こほん、武さんと一緒に付けたあなたの名前の意味は、『護熾の“護”は誰かを守れるくらいに強い子になるってこと、“熾”は盛んに燃える火のように元気でいて欲しいって意味』、ずっと忘れない、だって大切な子供の名前ですもの“』


 ここまで淡々と家族内でしか知らないような事柄をスラスラと言い当てられるのは本人と認めざる終えない、そう判断した護熾は『すいませんでした』とお辞儀して疑ったことをお詫びする。朔那は気にしませんよ、と微笑んで答える。

 その微笑みを見た瞬間、護熾は少し頬を朱に染め、後ろ頭に手を当てて照れる。

 何しろ八年ぶりの再会なのだ。

 そう考えると何かともう、何から話せばいいか分からなくなってしまうのだ。

 そして写真と記憶で見るよりも何倍も綺麗なのだから益々話し始める言葉が見つからない。

 そこを何とか振り絞り、護熾はまず自分が何故ここにいるかについて問いてみる。


「母ちゃん、何で俺は此処にいるんだ? それに何で母ちゃんは姿を見せれてるんだ? 母ちゃんの魂はゼロアスの中に閉じこめられてるんじゃ?」

『“…………そうです、しかし私には一応、眼の使い手を凌ぐ気を持っていますので短時間ですが、こうして思念体という形で動くことができます。それに今、ゼロアスが真理を持っていますのでこうして自分の世界にあなたを引き込むことも可能になりました”』


 今や護熾の体内に真理はなく、ゼロアスの手に納まっている。

 真理は超物質、触れているだけでもそれなりの効果はあるらしい。なのでこうして話す時間に余裕があるのだ。

 朔那はそこまで話すと、ようやく何かの心構えができたのか、護熾の前まで歩いてそれから両手を伸ばして首に回すと、ギュッと抱き締めてきた。

 護熾は当然驚いて、目を丸くするが朔那は目を合わせて


『“…………ごめんなさい、みんなに苦労を掛けさせてしまって…………特にあなたには、本当に苦労を掛けました。”』


 母朔那からの精一杯の謝罪。

 護熾は少し目を細めて、母親の言葉を受け取る。

 護熾は、責任を感じていた。家族の中心から母親を奪ってしまったのは自分であると責めてきた。だからこそ抜けた母親の穴を埋めるために料理以外の選択などは自分でしていた。

 そして父親が単身赴任する際、料理を一生懸命覚えて家事に徹し、一樹と絵里のお母さん代わりになって罪滅ぼしをずっとしてきたのだ。


『“護熾……あなたに会えていることを、心から嬉しく思います。本当に立派になって……大きくなって……あの人によく似ています”』

「…………なあ、母ちゃん、何で親父と結婚したんだ?」

『“え…………?”』

「だって子供っぽいし、結構心配性だし、低レベルの泣ける話で号泣する人だよ? よく選んだなって思ってさ」

『“………………”』


 武は確かに、よく言えば純粋、悪く言えば見た目に反して男らしくないと取れ、あまり魅力的ではないのだ。

 護熾は容赦なく母親に向かって人生最大の謎の内の一つをぶつける。

 朔那は息子からの質問に後ろ頭に汗を掻き、一瞬、躊躇したがすぐに首から手を離し、自分のお腹に当てるようにすると海の方に向かって体を向け、言う。


『“ここは、あの人が私にプロポーズをしてくれた場所ですよ。私の、一番の思い出の場所”』

「…………!」


 そして朔那はソッとしゃがみ込み、両手で砂を掬い上げながら話し続ける。


『“あの人は緊張気味で私と海でデートして、それから日が沈む頃にあの人はプロポーズをして婚約指輪を渡してくれたの…………サイズが合ってなくて、ものすごく慌ててたけどね。”』


 指の間から砂を落とし、そして立ち上がって護熾をもう一度見て、


『“あの人はね、カッコつけなくて優しくて、私の良いところも悪いところも認めてくれる、あの人も良いところも悪いところも、全部見せてくれる。私を一番、安心させてくれるモノがあの人は持っていたの”』


 出会いは互いに大学時代。

 財布を落として困っている武を朔那が拾ってあげたことが切欠である。

 武はお礼にと、カフェなどに一緒に行き、泣ける映画も見た。武がたった一人で号泣していたが。おかしくて、いびきも五月蠅くて、少し頼りないけど、何だか安心する。

 あなたもあの子を安心させていたのよ?

 不意打ちのように聞いてきた朔那に、その意味を即座に理解した護熾は若干照れたように頬を指で掻く。


『“あのユキナって子…………とても可愛い子よね。 目が大きくて、でもどこか強気で、小さくて……そしてあなたのことが好きでいる…………護熾も、そうでしょ?”』

「う、うるせえな………」

『“それに、二人でキスもしたじゃない?”』

「!! だぁああああああああ〜〜〜!! 何で知ってるのそんなことまで!?」


 もの凄くかぶりを振って顔を赤くし、手振り身振りで誤魔化そうとする護熾は実の母親に知られたくないことを知られていて大パニック。どうも護熾とユキナの親というのはこういった二人のやり取りをよく見ている。

 朔那は完全に冷静さを欠いた護熾の様子を見て拳を顎に当ててクスクス笑い、


『“フフ、その慌て振り、やっぱりあなたはあの人の子供ね。絵里も、一樹も、大きくなって………”』


 だが、ドンドン表情を暗くしていき、そして涙を目に浮かべて見ると、護熾はその顔を見て慌てるのを止め、真剣な顔で見つめ始める。


『“でもやっぱり、あなたには辛いことを背負わせました。寿命も半年までに縮めてしまい、それでも私は何も言えなかった。本当に、本当にごめんなさい……”』


 口も動かさず、ただ涙を流して詫びる朔那。

 何で自分の可愛い子供が、こんなに辛い運命を背負って生きているのだろうか。

 できることなら代わって上げたいのに、それすらもできず今や自分の肉体は人々を苦しめる怪物となっている。だからもう、ただただ謝ることしかできない。


「………何で母ちゃんが謝んだよ? 母ちゃん何も悪いことしてねえじゃんか」

『“………あなたは、優しいです。でも本当は母親と呼ばれる資格もないのです。私はただ、私にいっぱい幸せをくれた武さんとあなた達が幸せに暮らせるように……願っただけなのに”』


 切実な思いが、震えた声と共に護熾の耳に届く。そして朔那はある願いを言う。


『“護熾、どうか私を、ゼロアスを倒して下さい”』







 山中の落ち葉を踏みしめながら、千鶴は必死に走っていた。

 幾度も空が見える地点を走り抜け、そしてようやく湖がある場所へ出てきた。

 この湖は一般の人が観光できるように一応橋が設けられており、千鶴は何の疑いもなくすぐにその橋に向かって走り、そしておそらく落ちた場所を身を乗り出して探し回る。


 そして見つけた。 

 護熾の血と思われる紅い液体が、まだ少し水に溶けきっていない状態で。


「ああ、………ああ……」


 間違いなくこの湖に護熾は落ちたのだ。

 そしてあの傷とこれほど長く水の中にいるということはもう、助からないと考えてしまう。

 死んでしまったと、改めて理解した千鶴は両膝を力なく落として付け、ただただ涙を流して自分の無力さを呪う。

 護熾なら勝てると、そう信じ切ってただ見ていた。


「やだ……やだ……海洞くん……死んじゃだめだよ……」


 ユキナが頼んできた、もし護熾がゼロアスに勝ったあと一緒に居る約束。

 自分は力がない、それでも、それでも一緒に居てあげたかったのに……死んじゃうなんて。

 勇気をくれた少年がいなくなるなんて、もう二度とゴメンなのに。

 すると――――何かが頭の中に響き始めた。





 遠くで、ゼロアスが町に向けて閃を放とうと片手を上げ始める。

 この世界は、見えない敵の手によって滅ぶ。

 そんな絶望が知らずに過ぎろうとしたときだった。



 暗い水底で、ピクリと護熾の指が動き始めていた。








「そんなの………そんなの辛いよやっぱ……ユキナから聞いて覚悟はしていたのに……やっぱ怖えよ」

『“辛いのは分かります。でもこの世界を保っているのにも時間がありません。それに……あなたを待っている人は、たくさんいます。すぐ、そばにも”』


 すると護熾の耳に誰かがすすり泣く声が聞こえてくる。

 驚いて辺りを見渡すが、この場にいるのは護熾と朔那の二人だけ。それに、聞き覚えのある声だったので耳を澄ませてよく聞くと、すぐにそれが千鶴のものであると確信した。


「斉藤が近くに……! 」

『“その子もまた、あなたを待っています。あの子はあなたのことが好きでした。例えあなたが、ユキナを好きになったとしても、あの子はあなたに感謝しているのですよ。だから、みんなを救えるのはあなただけなんです、護熾”』

「〜〜〜〜〜〜!」

『“ゼロアスを倒しても、それは殺すことにはならない。私は、私のままでありたい。どうか、護熾、みんなを救うために、そして、あなたの愛する人のために、もう一度立ち上がって下さい!”』


 自分がこのまま死ねばこの世界は、自分の知っている世界は滅びていく。

 しかしそのためには、母親を倒さなくてはならない。

 一番辛い選択を強いられ、護熾は苦い顔で歯を食いしばった。


「分かってる、俺が行かなきゃいけないんだろ? 俺は……みんなを、護りたい!! ゼロアスから、みんなを!! 勝ちたい!!!」

『“そうです。どうか、みんなを……この世界を…………あなたにはもう、その“力”があります”』


 母の願い、そしてみんなを助けたい、その思いがやっと、護熾に決断をもたらした。

 決意した眼差しを見た朔那はソッと微笑み、コクンと頷く。

 しかし護熾はここでまた表情を暗くする。


「でも、一つだけ問題があるんだ……」

『? 何でしょうか?”』


 護熾の親指が、自身の穴の空いた胸に向けられる。

 

「穴が、空いちまってるんだ……」

『“フフ、護熾、あなたにはもう――――――』


 ゼロアスに貫かれた致命傷、さっきから痛くて仕方がないのだ。この傷のままで挑むのはどうかと訊く。

 しかし朔那は微笑んで最後に言った。









“穴なんて空いてませんよ”








 



 

 ドクン 


「……! 何だ? 消えかけていた拍動が、また……」


 頭の中に波打つ何かの感覚を感じ取り、ゼロアスは閃を撃つのを中止して湖の方へ振り向く。

 奴は右胸と腹を貫かれ、さらには命の源である真理を抜き取られているのだ。

 生きているハズがない。

 そう考えるのが普通であり、真理もちゃんと血塗れだが、手元にある。だが、何か胸騒ぎに似たような重圧。

 湖の方には一人の少女がキョロキョロとしていた。あいつか……? ゼロアスは怪訝な顔ながらもその場から飛び去って湖へと急いで向かい始める。







「………海洞くん……?」


 ふと、千鶴は泣くのを止めて辺りを見渡す。

 頭の中の誰かの声、もしかして、もしかしたら、そう思って立ち上がり、護熾が沈んだと思われる地点を覗き込む。僅かだが、水面が揺れ始めている。


“斉藤? そこにいるのか?”

「! 海洞くん!? 海洞くんなの!?」

“ああ、何とか。あいつに1回負けちまったけど、どうにか生きてる”


 直接頭に響く声が届き、千鶴は初めはかなり驚いて戸惑ったが、安心して安堵の息をつく。

 しかし肝心の本人がいない。つまり、まだ水底にいるのだろう。

 千鶴は状態の方を今度は尋ねてみる。


「どうにかって……大丈夫なの?」

“……すまねえ、どうも俺、やっぱ本気で戦えてなかった。…………だから約束する、絶対護るって…………絶対勝つってよ”


 自分に誓うように、相手に誓うように、水のような響きを持った声でそう言う。

 まだ生きてる、よかった、よかった、千鶴は何度も何度も頷いて護熾の生存を喜び、また涙が出そうになって口を押さえる。が、そんなつかの間は消える。

 するとその場の影が暗くなる。

 千鶴が上を仰いで見てみると――――――ゼロアスが、不思議顔で千鶴を見下ろしていた。


「何だ? お前、誰と話してんだ? あァ?」

「あ……………」


 ゼロアスに睨まれた千鶴は言葉を失い、後ろに一歩引き下がって固唾を飲み込む。

 まるで炎を肺に引き込むような息苦しさが今の千鶴を支配し始める。

 しまった、気付かれた。護熾はまだ、姿さえ見せず致命傷を負ったままのハズなのでまだ生きていることはバレるわけにはいかない。

 ゼロアスは湖をキョロキョロと舐めるように見渡して最後に千鶴に視線を定めると


「やっぱてめえに聞くのが早えか? 女、誰と話してた?」


 ゼロアスが口を割らせようと千鶴に歩み寄った刹那。

 突如手に持っていた真理がいきなり放電現象を起こして思わず手放させると瞬時にその場から姿を空間に同化するように消えていってしまった。

 

「な……! 何が起こって………! !!」


 真理が突然覚醒し、そして消えていったことにゼロアスは驚愕の表情で目を丸くしてさっきまで持っていた方の手を見つめる。

 

 そして感じるこの強烈な気。

 そんなバカな、あいつは殺したはずだ、なのに何だこの気は!?

 一度消えかけた、命の息吹を取り戻す鼓動。それらに呼応するように湖の波が激しく揺れ始める。

 そして一気に水面が―――――

 ドバシャァアアアアアアアアアアア!!!!!!

 割れる。綺麗に二分され、滝のように水が割れたところに流れ込む。

 割れた深さは水底にまで及び、水の壁がそこに生まれる。まるで何かを避けるように。

 千鶴は驚いて目を閉じ、ゼロアスは飛んでくる水を手で弾き飛ばしてから水底に目をやる。




 黒い仮面。

 漆黒の眼球に翠の瞳、そして黒と緑の火花を全身から放ち、翠のコートに黒いコートを重ねた姿。死纏状態の護熾が水底からゼロアスをジッと睨み上げていた。

 胸と腹の傷はほぼ治りつつあり、右胸に至っては真理がまた戻ってきたことを示すように一瞬光ってから、やがて皮膚に覆われて見えなくなっていった。


 ゾッとした。

 殺したはずの人間がこうして全快状態でまた自分に挑んでくるなど、予想外。

 致命傷を二つも突き、それで尚動く。

 しかも先程戦ったよりも明らかな殺意を露わにした残酷な表情になっていることが手に取るように分かる。


「………! ハッ………! やっぱ消し飛ばしておくべきだったか?」


 そう言いながら笑みを浮かべ、両手を突き出す。

 すると放電が両腕に巻き付き、紅黒い球体が出来はじめる。今度こそ完全に消し飛ばして真理を回収する。ならば自身の最強の技をぶつけるべきなのだ。

 

「やめて……………!!!」


 その様子を間近に見ていた千鶴は、触れられないと分かってながらもゼロアスの前に駆けだして止まり、両手を広げて護熾を護るようにする。

 ゼロアスは片眉を上げ、邪魔だと言わんばかりに目で伝え、千鶴は表情を凍らせ、恐怖を覚える。でもそれでも、自分ができることなんだから、バカみたいな行動だけど。

 そう思い、目を瞑って覚悟を決める。その刹那、

 

「「無理すんな、斉藤」」

「!!」


 ゴッバァ!! という爆発音と不意に目の前から声が聞こえる。

 そして目を開けたときにはゼロアスの胴体に重い蹴りを入れて上空に飛ばしている護熾の姿が眼に映る。そしてゼロアスは体をくの字に曲げ、信じられないと言った表情で上空に向かって突っこんでいく。やがて、30メートル先の斜め上の上空で体を留めるのと護熾が千鶴に振り向くのはほぼ同時であった。




 護熾は自分の姿に怖がっていないか、恐怖していないか気にしていた。

 何しろ死にかけの身でそして回復して戻ってきたのだから自分はもう“人間”に戻れなくありつつある。そのことを含めて『怖いか?』と不安げに尋ねるが千鶴は首を軽く横に振り、


「怖くないよ………海洞くんは、海洞くんだもん……」

「「…………そうか」」


 不思議と、声が結界越しからでも届いた。

 嘘偽りのない言葉。それは目に見える命の鼓動から分かる。

 そして、今でもこの人は、自分のことを好きでいてくれているのだ。自分はユキナを選んだのに、ちゃんと付いてきてくれる。見捨てず、信じ続けてくれた。

 護熾は顔をゼロアスの方に向ける。

 ゼロアスの手には空間をも突き抜ける閃がまだ手に戻っており、再び二人に両手を突き出して向けると大きな金属が軋むような音が辺りを包み込み始める。


「「なあ斉藤、頼みがある……」」

「…………何?」

「「“名前”で、俺を呼んでくれないか?」」


 全身に震えを浴びながらそう頼む護熾。

 人間でいられなくなるなら、最後は誰かに両親から貰った誇れる名前で呼んで欲しい。

 それが護熾の願い、千鶴は少し戸惑いながらも軽く頷いて、そして言う。


「ご、護熾くん……」

「「……サンキュ、千鶴。これで安心して………勝てる」」


 真っ直ぐゼロアスを見て、もう一度誓うように言う。

 勝つと。絶対に勝つと、そう言っている。そう、彼は負けない。負けるハズがない。千鶴の思い描く護熾とは、誰にも負けないのだ。

 不良に絡まれたとき、ナンパされた時、いつも助けてくれる海洞護熾というの名の少年。


「「待たせたな、ゼロアス。」」


 護熾の手が持ち上がり、顔を掴むように翳し始める。

 ゼロアスはその行動に一瞬驚かされるが、特に何も言わず、見据える。

 明らかに気配も態度も、覚悟も別段に変わってきている。


 護熾が現世に戻ってくる際に、アスタと眼の使い手達から二つの力を貰ったことを覚えているであろうか?

 一つは“死に抗う力”、そしてもう一つは“第二解放”と誰もが思うであろうが、実際第二解放というのは自身の精神世界に居座っている過去の眼の使い手達に認められればその力を手に入れることができるのだ。

 故に、二つの力を貰った時点でまだアスタは護熾の精神世界にいた。

 アスタが姿を消したのは護熾が死纏の力を手に入れてから。

 ならばあと一つの力とは、何か? それこそが自身の生命の危機に陥ったときに発動する最後の力。

 しかしその力を使った瞬間、人間ではなくなるのは必然的になる。

 でも、もう覚悟を決めたのだ。ゼロアスを倒すことと、自分がどうなろうと、そして――――みんなを、ユキナを護りたいとただ頼んだ。

 力を貸してくれと。大切なものを護る力をくれと。


 護熾の手が自身の仮面を掴み、一気にバリバリバリと引き剥がすと辺りが一瞬、白く包まれる。そして護熾と取り巻いていた黒い気が、光によって消し飛んでいった。


 千鶴があまりの眩しさに目を瞑り、ゼロアスはその光景に驚愕しながら、見下ろす。

 そして白い世界はほんの一瞬で終わり、護熾の姿をゼロアスと千鶴は同時に見る。


 

 

 全身からは白い火花を放ち、瞳と髪は普段と同じように黒く、白い衣を纏った姿。


 

 

 対して変わらない、それが第一印象であったが気やプレッシャーなどは本当に比べものにならないほど大きく、護熾に見られたゼロアスが一瞬体を強ばらせた。

 これが、理解者。

 そしてすぐに何が起こっているのか理解し始める。先程手に持っていたから分かってしまったのだ。

 


 奴は、真理と“同化”している。

 


「“第三解放” とでも言っておくか?」


 

 急に護熾が独り言のように呟く。

 その言葉にピクッと千鶴が反応する。すぐ近くにいる千鶴は、モロに気を護熾から受けているのだがまったくと言って良いほど影響がなかった。伝わってくるのは、普段の穏やかな護熾そのもの。昔も今も、それだけは変わらない。

 

「はは、はっははははははははははははははははは!!!! いいぜ海洞!! まだ楽しませてくれんのか!? 」


 相手がまた強くなる。これで今度こそ本当に本気同士の真正面勝負になる。

 ゼロアスは両手に閃を溜めながら狂喜の声で吠え散らす。

 これで決着をつけようぜ、そう伝えるかのように閃が撃ち放たれる。


 大気が震え、世界が揺れる。



「海洞くん……」

「ああ、大丈夫だ。………俺、真理と同化してもう“護熾”って言う人間じゃないけど……」


 超物質の真理と同化してさらなる力を引き出した代償として護熾は人間を捨てた。

 そうじゃなければ世界を震撼させるあの虚名持に勝てないのだ。

 故に、人間としての半年間、幸せに生きていくことを捨てたのだ。


「最後に名前で、呼んでくれてありがとな。」

「あ………―――――」


 最後にそう言い、千鶴が声を漏らす中、護熾はその場から飛び立った。

 紅い海目掛けて真っ直ぐ、護熾は何の迷いもなく文字通り真正面から立ち向かっていく。


 そして、閃に護熾は激突していった。

 しかし護熾は両手で閃をドンドン割っていく。まるで、閃自体が護熾を避けるように。

 そして千鶴には届かないように、周りに拡散させながら。紅い海の中を突っ切っていく。


「ここで……敗けちまったら………」

「くっ―――――!」


 ゼロアスは予想外の力を持った護熾の侵攻を止めようとさらに閃の出力を上げる。

 紅い海は絶望を思わせるほどの暗く、底の見えない闇の底を描き出すがその中で一筋の光のみが、道を造ってゼロアスにまっすぐ向かっていく。


「俺の、背中のもんが全部壊れちまうから……」


 家族、友人、馴染んできた世界。

 そして、後ろには人間として最後に名前を呼んでくれた大切な友人。

 もしユキナと会わなければ、一緒に歩んで来れたかも知れない、別世界の恋人。


「母ちゃんいや、“ゼロアス” お前は最高に強かった……! 今までで一番、最強だ!」


 自分に名前をくれた、母親。

 このために、自分は眼の使い手になった。この目的のために、眼の使い手みんなにそう言った。風が吹く、自身の黒髪を揺らしながら、撫でながら、やがて護熾は右手に握り拳を作る。

 

「チィッ!!」


 さらに閃の出力を上げ、全身全霊を込めた閃を護熾に向かって放ち続ける。だが、護熾には無効、全てを拡散させてただ道を造るのみ。全てを、終わらせるために。

 目指すは蒼き竜、この世界を、破滅に導くモノ。

 ゼロアスの表情が歪む。護熾がまったく止まらない。

 

「でもな、一つだけお前は勘違いしてる。俺が護りたいのはこの世界全部じゃねえ。俺が護りたいと思う人達全部だ」


 自分の大切なモノを、壊させるわけにはいかない。自分の世界を壊させやしない。

 何者も、自分の世界を変えることは絶対にさせやしない。


「だから俺は全部捨てても戦ってやる! だから、壊させやしない! 俺は誰にも死んで欲しくないから! だからてめえ何かに―――――」


 護熾は全身全霊の最強の一撃を右手に込める。これで、最後、そう確信して吠えた。

 ゼロアスの最期と、自身の母親の別れを込めて。












「敗けるワケにはいかねえんだよ!! ゼロアス―――――!!」


 









 ゼロアスの手前で、閃が全て拡散されて護熾が紅い海を割って出てくる。

 二人には世界が静かに進んでいた。ゆっくりと何もかもが音のない世界に一瞬入った。

 護熾は右足に力を入れ、再び飛び出す。右手に全ての力を込めて。


 ゼロアスは自分に向かってきた護熾の顔を見ながら、ソッと、諦めたかのように目を閉じた。

 そして護熾がゼロアスの胴体を拳で突き破る。

 そして、貫いた。

 その瞬間、衝撃が加わり、貫かれた箇所の裏側の背中に生えていた結晶の集団は一気に全てが割れ、同時に結晶の鎧も割れる。その光景はまるで光の滝のように流れ落ちていく。

 夥しい血が辺りに撒き散らせ、散っていく結晶に混じって紅く染まっていく。

 



「かっ………は……ははっ…てめえ……の―――――」



 

 解放状態を解いていき、水色のコートを羽織った状態に戻りつつあったゼロアスは、激しく上下に胸を動かしながらも自身の胴体を右手のみで貫いている護熾の顔を見るために顔を上げ、そして初めて、穏やかで落ち着いた口調で告げた。



「――――勝ちだ」




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