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ユキナDiary-  作者: PM8:00
116/150

四十三月日 ラストラバンダス2

 


 





 俺の心は、剣に似る


 運命という歯車に立ち向かうとき、無力感を帯びるとき、両刃の剣になるんだ。


 救いたいという気持ちを映す刀身、そして弱いクヨクヨとした気持ちを映す刀身。


 今がたぶん、その両方で揺れ始めている。


 救うことになるのか? 殺すことになるのか? それで揺れている。


 ただ俺は、普通の高校生でいたかったのに、こんなに辛い選択を迫られている。


 そして、紅い海が、目の前に広がり始める。




 

 剣を握らなければ、人を護れない。


 剣を握ったままでは、人を抱き締められない。









「…………護兄、遅いね?」

「そうだね……どうしたんだろ?」

「……確かに護熾は焦らすような子じゃないからな……ちょっとみんなで、近藤さん達が向かった高台の方に向かってみようか?」


 用意した花火がよく見える特等席の上で、武はそう言うと立ち上がり、一樹と絵里もそれに続いて立ち上がる。すると近くで雷が落ちたような轟音が、


「わっ!」

「何!?」


 海洞一家のいる場所を、猛烈な勢いで通り過ぎていった。

 それは、近くにある雑木林が生えている山に反響音が、小さく何度も響いていった。


「………今のは……一体?」


 揺れが治まり、武は高台の方に顔を向けた。

 





 ほんの8秒前。

 結界から飛び出した護熾は、沢木達に一瞬姿を見られながらも、紅い閃光に身を突っ込ませていく。この閃光を止めなければ目に映っている命が全て吹き消されてしまう。

 その瞬間、護熾は目の前に紅い海を見た。一切の陽の光を含まない、陰の光。

 そして無音の紅海が護熾の身体を包んでいき、そしてそこで動くのを止めると一瞬周囲が静まり―――今までに無いくらいの核弾頭の爆発に似た轟音が辺りに響いた。


「うわっ!!」

「きゃっ!!」

「な、何だ!?」


 近藤達が悲鳴を上げ、そのあと突風と地響きが起こる。

 紅い閃光を目の当たりにし、そのあと爆発音が響いてそこら一帯が揺れる。

 高台の上は震度6強くらいで揺れ、人々は立っていることもできず千鶴を含めて全てがしゃがみ込んでしまう。

 巨大な獣の唸り声のような音が世界を包み、突風となって辺り一面に襲いかかり、梢から大量の葉を散らしていく。

 

 そして地震が止むと、茫然とあの紅い光とこの揺れに放心状態になった人々はただただ驚くしかなかった。目の前に黒い防壁が波打つような光を放ち、それからパキンと気持ちの良い音を立てると崩れるように消えていってしまった。

 その場にいた人々は夢にしてもあまりにもできすぎているあの光景に、本能の奥底から燻られたような恐怖心が生まれ始める。だが、ここで一人、少女が慌てたようにすぐ前の方に駆け出す。

 そこにいたのは――――


 閃を受けた所為で限りなくボロボロになった護熾が、横に寝そべるように倒れていた。







「かっ…………! はっ………!」


 護熾は拳を地面に付け、そして今丁度、紅葉よりも濃い色の赤を口から吐き出し、紅い花を咲かせたところであった。コートは半分ほどが一気に裂かれ上半身が裸の状態に近く、顔に付いていた仮面もほとんどが消え去り、黒い眼球が退き始め、白い眼球に戻りつつあった。


「海洞くん!!!」


 千鶴が悲痛に似た叫ぶ声を上げ、護熾に駆け寄ってすぐに屈み、ソッと頭を起こして顔を見る。

 護熾の状態は既に死纏状態でも開眼状態でもなく、ただの普通の状態。

 ゼロアスの放った空間をも突き抜ける閃を防ぐ際、護熾は第二解放に戻り、小刀を高台の方に投げつけ、そして地面に対して垂直にドーム状の漆黒の防壁を作り上げると自身はさらに閃に立ち向かい、全身全霊を込めて放った渾身の一撃を当て、周りに拡散させたが自分は余波を受け、今のようなボロボロの状態になっていた。


「海洞……? 海洞なの!?」


 千鶴が抱き起こしている血塗れの人物が、護熾だと気が付いた近藤は、驚愕の表情で一瞬、信じられないと疑ったがすぐに駆け寄り、同じく顔を覗き込む。

 口から血を吐き出し、着ている服も半分が破れ、上半身はほぼ裸でそこからの血が斬られたように滲み出ている。

 他の三人もすぐに駆け寄り、同じく顔を覗き込み、護熾本人だと解るとどうすればいいのか分からないと訴えかけたような表情を護熾に投げかける。

 

「海洞!! おい海洞!!! どうしたんだお前!! 何でこんな、こんな血塗れになってんだよ!!」


 沢木が必死になって叫ぶ。中学からの友人が、ここまでボロボロになるなんて思いもしない。ましてはこんな怪我なんて……一体何がどうなっているのかが分からない沢木は慌てさと冷静を欠いた言動で何度も叫ぶ。

 宮崎も、木村も、肩を軽く揺さ振ったりして返事を求める。

 するとやがて、朦朧となっていた目の焦点が合い始め、最初に千鶴の顔が映り込み始める。


「海洞くん!!」

「ぅ………さいとう……か……」


 やがてボンヤリとした光景が、ハッキリとし始め、自分の周りに友人達が取り囲むようにしていることに気が付くと軽く微笑み、


「よかった…………無事……か…」

「……無事って……無事ってお前が無事じゃねえじゃねえか!! 今すぐ救急車呼ぶからそこで待ってろ!!」


 沢木が必死な顔で立ち上がり、ポッケに入れていた携帯を取り出し、119と押そうとすると護熾の腕が伸び、押させないように止める。

 沢木は護熾の謎の行動に驚き、手を止めてしまうとみんなが見ている前で、護熾は無理矢理立ち上がった。傷ついた箇所から無理をした代償として血が容赦なく溢れ、大量の血の雫を遠慮無くコンクリートに吸わせていく。


「何考えてんのよあんた!!! そんな身体で動いたら死ぬわよ!?」


 近藤が護熾の手を掴み、歩みを止めさせる。

 怪我をしている理由も分からない、何かと戦っているのは分かっている、でもそこまでして動くこの少年の姿が、あまりにも痛々しく逆に近藤の目に涙が浮かぶ。

 だが護熾は、それを振り払ってみんなの囲んでいる輪から抜け出す。

 周りに先程の爆発音で集まってきた野次馬達の視線の中、護熾は覚束ない足取りで振り向いてそれからまた、安心させるかのような微笑みで、千鶴達を見る。


 悪いな、そう短く呟く。 それからまた、消えた。







「うわっ! 何でこんなに人が!!」


 人混みの中を掻き分けて一樹達も通れるように配慮しながら道を造ってきた武は、やっとのことで高台に着き、そこで千鶴達を見つける。

 泣きそうな表情の五人。何か信じられない現象を見たかのようなにポカンと口を開けて呆けている野次馬達。

 そして、誰のだが分からない、大量の血の後。


「…………! これは、誰のだい?」


 武は目を見開いた表情を五人に向けるが、四人はふるふると首を振って答えない。

 すると千鶴はまた唐突に、吹っ切れたように駆け出していった。


「あ! 斉藤さん!!」

 

 武が手を伸ばして呼びかけるが、一樹と絵里が人混みから苦しそうな顔で出てきたときには、既に集まってきた人々の中に掻き消え、何かを追いかけるように走り去っていってしまったところであった。







 護熾は軽く上空へ飛び立ち、それからバシュンッ、と火花を体から噴き出させ、常磐色のコートを再び羽織るとジェット機並の速さで真っ直ぐ飛び立つ。

 これ以上あんなのを撃たれれば、今度こそ救うことはできない。ならば人がいない方向へ、近くにあった山の方へ急いで宙を蹴って向かい始める。

 体からは血は止まりつつあったが、それでも軋むような痛みが響いて脇腹に手を添えて兎に角走った。

 だがすぐに追いかけっこは終わる。蒼い結晶を纏った竜が、突然真横から現れて護熾の米神の部分に掌底をぶつけると面白いくらい体が横に吹っ飛び、雑木林に突っ込んでいく。木々が何本か折れる音が聞こえ、土煙が護熾の吹き飛ばされた軌跡に沿って濛々と立ち上がる。


「げほっ………はっ…………」


 もはや第二解放を保つこともままならず、自然とコートも火花も消え、開眼状態が解かれる。喉の奥に絡まった血の塊を吐き出し、それからいきなり首を掴まれ、軽々と持ち上げられた。ゼロアスは片手で護熾の両足に地が付かないほどの高さまで持ち上げ、興味が無くなりつつある面白くなさそうな顔で顔を見つめる。


「………無駄に高い生命力が仇になっているようだな? なぁ?」


 閃を敢えて結界内で撃たず、現世に向かって撃つ。

 これは、護熾に確実に閃を当てるように仕向けた考えで確実に消え去って真理だけが残るだけかと思ったが、原型を留め、尚かつまだ動けるほどの力を残した護熾に正直ゼロアスは驚いていた。


「ハァ……ハァ…………ああ、そうみてえだな」


 護熾が蚊の泣くような声で呟く。

 返事を聞いたゼロアスは護熾の胴体に一発拳をぶち込む。

 護熾は殴られた衝撃で目を見開いて痛みに耐え『ごほっ……!』と大量の唾を吐き捨てる。それから地面に叩きつけられ、顔が土塗れになってゼロアスが強く頭を踏みつけた。

 だがそれに抵抗し、再び立ち上がろうとする。

 こんなにボロボロになってまでも立ち上がる気力、一体どこから湧いてくるのか理解の外である。それが今ゼロアスが頭に浮かべた事柄であり、もう開眼状態にすらなれないこの男が、それでも諦めずに立ち上がろうとするのが何よりもおかしかった。


 ゼロアスはもう一度護熾の首を掴むとそのまま宙へと飛び立ち、飛び立った衝撃波で木々に付いている葉っぱを全て叩き落とすと木々の頂点まで動くとそのまま地面に対して平行に飛行し、ある地点へと向かう。


 山のほとりにある湖。

 水は少し濁っており、落ち葉などが水面を覆っている箇所もあったが割と綺麗で、その水の鏡に自分達の姿を映し込め、ゼロアスは水面から高さ五十メートルの地点で片手で護熾の首を掴み、ぶら下げる状態で佇んでいた。


「てめえの負けだ! 海洞護熾! 解放状態の俺と、普通に戻っちまったてめえとの差なんて比べられねえほど離れたことくらい、分かるハズだ!」


 ゼロアスはより掴んでいる手の力を強める。

 護熾は一瞬痛さで顔が歪むが、すぐにまた眼差しをゼロアスに向ける。恐怖している目でもなければ、命を捨てた絶望の目でもない。ただただ、しっかりと見つめた、強い眼差し。


「……てめえの母親の肉体だが知んねえが、お前は本気をまったく出してねえ。しかもさっき人間を助けた。分かってんのか? お人好しだが何だか知らねえが、お前は望みすぎだ。この肉体に宿っているてめえの母親の魂、そしてこの現世の人間どもの命。全部が全部救えると勘違いしてんじゃねえぞ!!」

「勘違いじゃねえ…………約束したんだ……ユキナと……」

「………あァ?」


 ギョロンとゼロアスが血走らせた瞳を動かして護熾を睨む。

 護熾は弱々しく腕を上げ、自分の首を掴んでいるゼロアスの腕を掴む。

 そして口をゆっくりと開け、喋り始める。


「俺が、この世界を護るってな……だから……お前何かに敗けるワケには……いかねえんだ………」

「はっ!! くっだらねえ!! てめえら人間ってのは追いつめられると頭がイカれるのか!? この状況で!? この状態で!? てめえに何ができんだ海洞護熾!!」


 さらに強く首を絞め、殺意の込めた瞳で睨むが、護熾の表情は一切変わらない。

 そしてゼロアスの尻尾の切っ先が護熾の腹に狙いを定め、そして右手も手刀の形にする。

 それから一瞬の沈黙が辺りを包み込み――――

 

「てめえの敗けだ。」



 


 


 ―――――ドシュッドシュッ!!


 



 何かが胸と腹を薄い紙を貫いたような音が聞こえた。

 それはやがて激痛になるが、護熾は声が出ず、大きく息を吸って、それをゆっくりと吐いてから肩の力を抜いていった。護熾の見ている世界が、紅く染まる。

 それから世界の全ての動きゆっくりとなったように見え、段々ゼロアスから体が離れていく様がよく分かった。


 ゼロアスは、護熾の腹を貫いた鋭い尾を引き抜き、赤く染まった尾を振って血を振り払い、湖の水に赤い斑点を溶かしていくと今度は自分の右手を見る。

 護熾の右胸に自分の手が突っ込んでいる。

 そしてそれを体内で握る形に変え、そしてズッと血を纏わせながら引き抜く。

 引き抜かれた手は同じく血塗れで何かの塊が握られており、やがて血が流れ落ちて紅い層を薄くしていくとやがて、強く光る何かが見えてきた。


「これが、か…………思ったより小さいんだな」


 ゼロアスは自分の右手に納まったモノを見る。

 そして、首を掴んでいる手を離すと、光を失いかけている目をした護熾は後ろにゆっくりと倒れ、重力に従って投げ出すように落ちていく。

 そして何度か軽く回転した後湖に着水すると少し大きな水柱を立て、すぐに納まり仰向けで一度水面に浮かんだ後、静かに水底に沈んでいった。

 水に大量の血をバラ撒きながら、やがて姿が見えなくなった。


「……呆気ねえ幕引きだな、海洞護熾」


 ゼロアスは素っ気なく踵を返し、その場から離れるように歩み始めていった。

 









「海洞くん…………?」


 

 場所は高台のさらに上の丘。

 ずっと遠くから、その様子を見ていた千鶴は体が竦んで固まったかのように、その場に佇んだ。ゼロアスが護熾を持ち上げ、そして体が貫通するほど鋭尾を難なくと護熾の腹を貫き、そして右手を護熾の右胸に突き刺し、そしてズッと引き抜いて護熾がそのあと落ちていったのをハッキリとこの目で見てしまったのだ。


 海洞くんが、負けた。

 

 どうしよう

 

 どうしよう どうしよう どうしよう どうしよう どうしよう どうしよう  


 千鶴はドサッと両膝を地面に付け、頭を抱えて否定するようにふるふると軽く首を振る。

 頭が混乱してしまい、自分が何をすればいいか、分からなくなっていた。

 海洞くんなら勝つと、そう信じていたのに、結局何も自分はできなかったのだ。

 だが、千鶴は泣きながらも、護熾が落ちていった場所へと急いで向かい始める。例え、死体を間近で見たとしても、側に行ってあげなければならないのだ。

 それが今、千鶴の体を動かす唯一の思いだった。

 

 



 護熾の視界に遠くなるゼロアスの背中が、ボンヤリとした光景の外に消えようとしている。

 目に見えているのは水でぼやけ、くすんだ世界と暗い世界。

 護熾の意識は僅かに残っていたが、まるで冷たい鉄の液体が体を覆っていくような感覚が足から昇ってくるような感じがし、何も聞こえない耳鳴りと気のせいな風が耳を通り抜けていったが、やがて眠くなり―――――目を閉じていった。


 護れなかった………やばい……から…だ……動かねえ……


 死んだら意味ねえんだ……勝たないと……勝たないと……死んじゃ意味がないんだ……俺をもう一度……立たせてくれ……


 ちくしょう………俺は……一体……く……そ…





 







 気が付くと、夕焼けが地平線に消えようとしている海の波打つ際に佇んでいた。

 砂浜は白く、オレンジ色に染まり、波は静かにさざ波を立てる。

 護熾は、ハッと気が付くと辺りを見渡し、ここはどこだと首を振る。死に間際の自分の夢だと思ったが、その割りに砂も波も限りなく本物であった。

 そして自分の胸と腹に、特に胸は向こうの景色が見えるほどの穴ができており、護熾は一瞬驚くが、痛みがまったくないことに気が付き、同時に在ることに気が付く。

 数メートル前の波打つ際に、夕陽を見ている自分より背の低い白いサマードレスを着た麦わら帽子で顔を隠した誰か。

 そしてその人物が護熾に顔を向ける。その顔を見た途端、護熾は驚愕の表情になる。


 見たことのある懐かしい顔がそこに、あった。






 





 異世界では護熾敗北、ユキナ幽閉から10分が経過、強化服を身に纏った兵士達はある人物の登場で少し困惑していた。

 ここは西大門。その城壁の下で、そのやりとりは行われていた。


「あ、あの〜?」

「ん、何だ?」

「あなたは確か……バルムディアの隊長の方では?」

「そうだけど? バルムディア軍所属第六部隊隊長アシズだ。以後よろしく。」


 唖然としている強化服シリーズの見ている視線の先に、新しくなった強化服を着ているアフロ男アシズが丁度、二十体ほどの怪物を難なく“消し飛ばした”ところであった。

 強化服兵士はアシズの右手の甲の方に目をやる。

 白い煙が出ている。僅かだが細い煙を上げ、アシズはふうと息を吹いて消すと腕をブンブンと準備体操のような行動を取り、怪物達の群れに目をやる。

 それから怪物達を見ながら兵士達に話す。


「まあまあ、確かに一ヶ月前くらいは仲悪かったよ、お偉いさん同士は。大丈夫、こっちの町はもう部下達に任せても平気なくらい占圧できたから心配しなくてもいい。それに―――」


 怪物の一体がアシズに飛び掛かる。

 アシズはそれを腕で受け流し、ガシッと首を掴むと左手から腰に差したナイフを取り出し、それを怪物の胴体に突きながら、


「借りがある。だから全員でここに来たんだ。」


 ブワッ、と灰に身を変えた怪物の塵を身に受けながら、そう言った。

 一方北大門の城壁の上に一般正規兵に混じって、ゆらゆらと蠢く黒い絨毯を見て、

 

「うわ〜〜アカンアカン。こっちよりも多いな〜〜ここは」


 キツネ顔で大阪弁で喋る同じくバルムディア軍所属第四部隊隊長カイムが、たくさんいる怪物達を目の当たりにし、消極的な言動を吐き、バルムディアとワイトの数が比較にならないとやれやれと言い、城壁の縁に足を駆けると右手をグーにし、左手を何か反動に備えるようにすると


「先に減らしとこ、楽になるために」


 そう呟き、ガコンッと右の甲の手首の隙間から銃身を覗き込ませると周囲の大気が一瞬震え、それから無音で黄色い閃光が右手から発射され、驚いて兵士がそちらに一斉に顔を向けたときには撃ち終え、撃った場所を見ると怪物達がまるで海が割れたかのような光景があり、そしてすぐにその割れ目は修復されていった。


「やっぱ、アカンか……あ〜あ、加勢にいこ」


 そう残念そうに言い、城壁の下で戦っている兵士達の元へ合流へと向かい始めた。

 そして南大門、南は他のと比べて比較的怪物が少なく、優勢の状態であったので今は第五部隊隊長のフィフィネラは仮設テントで休んでいた。

 仮設テントの中である怪我人を少女と一緒に見守っていた。

 包帯を全身に巻き、応急手術で背中に縫った少年が今はベットの上で寝かされており、少女はその少年の手をずっと握っていた。


「あなた……確か柴眼のアルティね? その子は琥眼のラルモね?」

「……………ハイ」


 アルティが軽く頷き、フィフィネラも軽く頷いてラルモの方に目をやる。

 兵士達の話によるとあと二分ほど遅れていたら完全に命が取り戻せなくなるくらい危険な状態になっており、傷は何とか治療できたが意識がまだ回復して折らず、もしかしたら二度と目覚めないかも知れないと告げられているのだ。

 だからアルティは、こうして目覚めることを願ってただひたすら手を握っている。

 体温はあるが、今は人形化しているラルモの目覚めるそのときまで。

 フィフィネラは、ソッとしといてあげようと考え、席を立ち上がると


「じゃあ私は、手伝いに行ってくるわ! だからあなたは、ここでその子を見守っててね?」

「ハイ、ありがとうござます」


 そしてフィフィネラはニッコリと一度微笑み、それからテントの入り口の布を跳ね上げるとそのまま出て行った。






「どうだ……? ガシュナの容態は?」

「ええ、傷は大したことはないですが、血管をかなりやってしまって出血が多いです。現地点ではミルナさんが輸血をしてくれていますが……ミルナさん大丈夫でしょうか?」

「は、ハイ。」


 トーマが後から来た兵士達の手で担架に乗せられながらフワワに聞き、容態と怪我の程度を答えてからミルナの心配をした。

 今、無菌室と言われる薄いビニールの部屋に消毒された白衣とマスクを付け、フワワが傷の縫合と消毒、余計な血を抜き取る作業とミルナは器具の受け渡し、左手で治療した箇所の最終治癒、そして腕には輸血用の管を刺し、シートに寝かせたガシュナに新たな血を供給していた。

 ガシュナは今は麻酔で眠っており、安らかな眠りで体を預けてきている。

 三回目の損傷した血管の縫合、皮膚の縫合を終え次に移るフワワはちらっとミルナの方を見る。輸血とは文字通り血を供給するので供給する側の血は減りつつける一方、そしてさらに治癒能力を使った開眼をしているため体力の消費は尋常ではない。

 だが、ミルナの表情は真剣そのもの。夫を助けたいという強い意志が、彼女の疲労を取り消し去っていた。


「………ミルナさん、ここで言うのもあれなんですが……お会いできて光栄です」

「え? どうしてですか?」

「それはもちろん、あなたは医学界では有名ですから」


 ミルナは眼の使い手の中ではきわめて珍しい能力の持ち主だというのはご存知である。

 そして、ミルナの体質を上手く見つけ出せば、それこそほとんどの病気を治すとまではいかないが、進行を遅らせる新薬が完成する可能性があるのだ。

 そして本人が持ち合わせる医療技術も中々なもので、フワワなどの医療界には特に有名なのだ。


「そ、そんな、それほどってわけでも……」

「この大戦が終われば、あなたは多くの人の命を救う鍵になります。ですから今は……互いに乗り越えていきましょう!」

「ハイ!」





「ストラス、応援ありがとな」

『大丈夫ッスか先輩? 声からして少しは大丈夫そうですけど、とにかく無事で良かったッス』

「スーツの強化状況は? 最終起動の支障はないのか?」

『ハイ! さすがは隊長さん達、すぐに慣れて戦場では随分戦果を上げてくれたようッス』


 担架の上に寝そべり、携帯でバルムディアの研究所にいるストラスに電話を掛けているトーマは感謝の言葉を先に言い、それから加勢に来てくれた隊長達の新しいスーツのメンテナンス状況について聞く。

 ストラスは大戦の始まる二日前、バルムディアに戻って部下の研究員に送っておいたトーマと共に作り上げたアップグレードのデータで強化服をさらに強化させた。

 従来の機能をそのまま、そして装甲の軽さはそのままで防禦力を上げ、さらにはスーツ内に仕込んだ電気信号で神経系を刺激し、今まで以上の機動力とパワーを確保、さらには右手首に小型レールガンを設置し、最大四発を可能にした。


『そういえば……っておっと!!!』


 突然何かを話そうとしたストラスの声にノイズが入り込み、トーマは慌てて『どうした!?ストラス!』と叫ぶとストラスではない、別の可愛らしい声がその問いに答える。


『すみません! ゴオキは大丈夫なんですか!? 博士!!』

「……君はティアラだね……驚いたよ。」


 明るい声、そして急かすように聞いてきたティアラにトーマは溜息を付く。

 それから、憂い顔で少しの間悩んだ表情で黙り込み、そのあと


「分からない、彼が今どうなっているか。現世で一番強い虚名持と戦っているっていうのは確実だが、もう向こうとコンタクトを執る手段はない。残念だが」

『そ、そうですか……でもゴオキならきっと大丈夫ですよね!? 何たって私が惚れた殿方ですもの!』


 そうだ、あいつはそう簡単には死なない。

 向こうでゼロアスを倒せれば、向こうの世界は安全が約束される。

 トーマはほくそ笑み、そしてストラスとティアラの電話の主導権争いになっているのを聞くとどうやらバルムディアは無事なようである。

 そして、どうか無事であることを祈った。 みんながお前を心配している、だから決して、負けるなと護熾に祈った。








「あんた………まさか……!」


 一度退いた波が、護熾の拗ねにぶつかり、しょっぱい泡粒を跳ねさせてオレンジ色に輝く。

 静寂の中、波の音しか聞こえない中、護熾を見つめている人物は、ソッと麦わら帽子を片手に取り、軽くお辞儀をする。 

 それから、口元を微笑ませ、そして開くことなく、声を出した。


『“大きく、なりましたね。護熾”』


 八年前に行方を眩ませた、海洞朔那がそこに佇んでいた。


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