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ユキナDiary-  作者: PM8:00
114/150

四十一月日 孤狼、一輪の花を愛し―

注意! ちょいグロ描写が入っているので苦手な方はその部分を飛ばしてお読み下さい! かしこ

 







 中央病院第一棟正面入り口前中庭。

 ミルナは自分を誘き出した上空に浮かぶ白い虎のような獣人を仰ぐ。

 そして目を見開いて、その場から動こうにも動けなくなってしまった。ミルナは特殊能力を持っているものの、前戦にはガシュナの配慮で1回も出たことがなかったため、怪物以上のランクに位置する怪物は見たことがなかった。

 故に、実力差はすぐには分からなかったが、ここまで強い邪悪な気を放っていると嫌でも分かってしまった。

 全身に牙の矛を向けられた感覚。初めて戦場という空気になりかけている馴染んだ場所がこれほど遠く、知らない場所になってしまうのか。それを今、痛感していた。

 おそらくこれが虚名持、そして相手が発した愛する人の名前。

 ミルナは体中を絞り、勇気を出して問い掛ける。


「夫が……! ガシュナはどうしたんですか!?」

「おや? 意外だな。僕の解放状態の気にアテられても平然といられるなんて。君、ただの人間じゃないな」


 ヨークスは質問に答えず、自身の気で気絶か、肉体を弛緩させて動けないようにしてから連れ去る予定だったが、思った以上にこの少女の内蔵されている気が大きいことに気が付く。

 眼の使い手が全部で七人、という怪物側からの解釈は間違いなのでは? そう気が付くと今自分が獲物と定めているこの少女は、もしかしたら眼の使い手、外れても気が桁外れに多い人物であることが窺える。


「なるほど、可能性は充分にあるな。甘い気の匂い。すごく気持ちのいい匂いだ」


 宙から地面に向かって静かに降り立ちながら、距離を縮めるごとに次第に強くなってくる匂いにヨークスは少しだけ感動を覚え、そして芝生の上に爪を生やした足を乗せると、ようやく対峙する形になった。

 ミルナは左足を一歩後ろに引き、すぐに逃げられる体勢に入る。

 自分の能力では決して勝てない。でも巻き添えをさせるのだけは避けられる。

 そしてヨークスがどうやって捕獲しようかと考えている間にミルナは精一杯後ろに走り――――後ろを向いた先にヨークスが平然と立っていた。


「どこ行く気だい? 君に逃げられるわけがない」

「ああ……あ………ぅ……」


 至近距離で顔を合わせた二人。

 ミルナは目の前で見た虎眼で一気に血の気が引き、ペタンと地面に膝をついて座り込んでしまった。

 圧倒的な気力の差は互いに近ければよりハッキリと分かり、よりアテられてしまうのだ。

 全身から力が抜けるのを感じたミルナは簡単に呼吸が乱れ、汗だくになり、動けなくなる。


「そう、そうすればわざわざ足の腱を斬ってまで動けないようにする必要がないからね」


 そう言いながら鋭い爪を携えた手を伸ばす。

 ミルナは虚ろな目で自分の頭に延びてくる敵の手を見つめ、一体ガシュナの身に何が起きたのか、それだけを案じて爪がミルナの柔らかい髪に触れようとした直後――――ヨークスの体に電気を帯びた黄色い閃光がまっすぐ、被弾する。

 ヨークスは爪先でミルナの頬を僅かに抉って赤い線を作り、そして撃たれた衝撃でずざざざ、と芝生の土の上で合計十本の細い線を引き、そして衝撃にあっさり耐え抜くと撃ってきた相手を睨み据える。


 その人物は手には二本の黒い棒状の物を組み合わせた不思議な銃を持っており、握っている手は人差し指をピンと延ばし、口には白い棒を銜え、頭は桜色、着ている服は白かった。

 そして介入してきた人物は軽快よく走るとまずはミルナの保護を優先し、腕で抱きかかえると銃口を即座にヨークスに向ける。


「間に合った……すまないなミルナ。でも無茶はすんなよ?」

「は……博士……」


 ミルナが自分を抱き抱えている人物を見上げ、弱々しく呟く。

 博士と呼ばれた人物は―――トーマだった。

 手にはバルムディアでクイヴァに使ったレールガン。しかもあれから改良を加えたのか、銃身の両脇にはバッテリー用の電池が取り付けられており、三発から五発に見事装弾数を増やすことに成功していた。

 

 彼は先程、西の門で司令部から上半身がなくなった兵士の画像と白い虎のような生き物が中央に向かって飛んでいったとの報告を受け、唯一まともとまでは行かないが、殺されるまでに時間が稼げるトーマが自ら進み出て、そして危険性が一番高い病院の施設にやって来たのだ。

 そこでミルナが殺されそうになっていたので一発目を発射、そして今、撃たれた箇所から煙を上げているヨークスを睨みながら二発目の充電を開始し、装填し直し終えていた。


「……レールガンですか……随分と厄介なのをお持ちで…」

「その厄介なのはあんたら用だ。西から来たそうだな…………ガシュナはどうした?」

「!!」


 そう、それがミルナが一番聞きたいことだった。

 肩と頭に着いている翠と黒の螺旋状の刀身には誰だか分からない血がこびりついているのだ。それがもしかしたら……いや信じたくないがもしかすると


「一応生きているが切り刻んでおいた。もう動けないだろうね彼は」


 淡々と残酷なまでに答えを聞く。

 じゃああの血は本当に…… 付いている血の量、そして刀身が先端から中頃まで付いていると言うことはそれだけ深い傷を負っている可能性は充分に高い。

 それほど深い傷なら出血多量死で死んでしまう。

 ガシュナが危ない……! そう察したミルナはヨークスを今まで誰にも見せてこなかった睨みを利かせた顔で見つめる。


「君は……トーマって言ったね確か。此処の研究者で開眼の力は失われた……ハズだったが情報が古いようだね?」

「生憎正解だ。このまえちょいと勘を戻したからできるようになったが……これでも生憎お前には勝てそうに至らなそうだな」

「ご名答、ガシュナよりは何倍も頭はキレているのはさすが研究者と言ったとこか」


 ガシュナでもやられたのだ。

 自分達が勝てる確率など天の理、地の愚行の如くありはしないのだ。

 だからこそ、助けに来たは良いが、この後どうやって逃げるかまでは何も手段はなかったのだ。

 文字通り完全な神頼みの時間稼ぎ。キセキというなの現象に懸けるしかない。

 トーマは桜色の瞳と銃口を向けながら、万が一ミルナに相手の攻撃が当たらないように常に相手から隠すようにして睨みを利かせる。

 逃げても無駄。救援も無駄。もし来たとしても儚い犠牲者だけが増えるのみ。

 だったらミルナだけでも逃がすか? しかし相手の機動力では逃がした瞬間連れ去られてお終いになる可能性の方が高い。こちらが動けば相手は攻撃を仕掛けて来るであろう。

 じゃあせめてレールガンを撃ちながら病院まで駆けつけ、そこまでミルナを送り届けて見せる。そう判断し、引き金に指を掛けようとしたときだった。


「いつまでそっちを向いているんだい?」


 後ろから耳元に囁くような声。

 気が付くと二人が向いている視線の先にはヨークスの姿はない。まるで死角を突いたような、人の意識の裏に潜り込んだかのような移動速度。そしてトーマが振り向くよりも先に見えない刃が背中を一瞬で斬り、血沫を芝生の上に散らし、レールガンを手放し、白衣を赤く染まらせミ両手でミルナを抱いたまま草まみれになるほど芝生の上を転がった。

 そして止まると、激痛が背中に奔る。

 久し振りの痛覚を持っての感覚。思わず苦痛で表情が歪む。

 ミルナは急いで介抱し、声を必死で掛ける。

 

「……博士! ……博士!」

「ああ、大丈夫だ……ミル…ッ……!」


 ミルナに心配させないよう、トーマはそう言うが実際の所は確かに出血量に対して傷は浅い。

 だが問題なのはレールガンの発射速度はヨークスの移動速度など軽く超えるが、肝心のトーマがその狙いをつけることができていない。

 つまり、もう時間稼ぎもできず、攻撃も当てることができない。

 しかも負傷し、軽快に動ける状態ではない。終わった。嫌でもその言葉が浮かんだ。


「ご苦労だったね。もう君の出番は終わりだよ」


 ヨークスの冷たく残酷な響きが聞こえる。

 おそらく相手はミルナに攻撃を当てないよう、自分にだけ焦点を絞って攻撃して来るであろう。それでも、とトーマは背中にミルナを隠し、相手から遠ざける。

 そして、一瞬で距離を縮めて来たヨークスの姿が桜色の瞳に映り、『では』と丁寧な別れの挨拶が耳に入ると不思議な光沢を放つ刀身が首許に向かって延びる。 

 トーマはこれから起きることを目を瞑って覚悟する。

 そして刃がトーマの肌に触れる瞬間、突然、二人とヨークスの間を裂くように槍の包囲陣がトーマとミルナを護るように現れる。

 ヨークスは一瞬で後ろに引き下がり、串刺しにならずに済む。

 そして上空から何かが降り立つ。

 するとミルナの目が大きく開かれる。


「貴様ッ………とうとう手を出したな……」


 蒼い背中。

 共に将来を歩いていこうと心に決めた人が、血塗れになりながらも再び敵と対峙していた。










 




 病院入院から三日後。ガシュナは退院した。

 ミルナは10日ほど骨折の回復で授業には復帰できないのでこのまま病室に残ることになる。

 ガシュナが退院した午後、授業が終わったアルティはちゃんと花束を持ってお見舞いに他の人と一緒に来てくれた。友達の多くはミルナのドジっぷりに大笑いしたり早く治ってねなどのごく友達としてのありきたりの言葉を添え、ミルナは今後この病院で医療系の技術をこの能力と共に生かしたいと夢を語り、そしてまた明日も来るね、と解散した。


 人がいなくなった病院は静けさが目立ち、ミルナはパフッと枕に頭を置いた。

 肝心のあの人は、もう会ってくれないだろうな………。

 ガシュナは退院したらもう会う機会はないだろうな、とそう思いながら布団を首許まで寄せて もう一度会いたいな〜 と心の底から呟いたときだった。

 キィーー

 突然ドアの軋む音が聞こえ、驚いて起きると、花束を持った物体。

 ではなく花束で顔は隠れているが―――ガシュナだった。今日は戦闘にでも行ったのか、顔に二枚ほど絆創膏が貼られており、しかしほぼ無傷でミルナの前に立っていた。


「ほら、見舞いだ。」


 わざと素っ気なくそう言ってみせ、花束を花瓶の中に入れるとミルナの隣に座る。

 ミルナはポカンと口を開けて驚いており、ガシュナはそれに気が付く。


「何だ? その顔は?」

「いや〜 まさか来るなんて思わなかったので……」


 ミルナの素直な感想。ガシュナは何だか嫌な目付きになる。

 

「ガシュナくん……優しくするときは怒る人ですか?」

「……………」

「実は……照れ屋ですか?」

「なっ…………!」


 ガシュナは目を怒らせてミルナに顔を向けた。

 しかし向けられたミルナはニコニコ顔で怒られたなどという慌てた行動や面構えはしていない。


「気色悪い! かゆいことは言うな!」

「え〜〜でもみんながいなくなってから、ここに来ましたよね? そんな感じがします」


 一瞬、心理眼でも持っているのかこいつは、とガシュナは疑ったがミルナの言うとおり、確かにガシュナはいなくなるのを待ってから入ってきた。

 花が萎れるんじゃないかと苛立ちながら。

 

「それで……何故お花を……?」

「貴様は花畑が好きだからな。連中が持ってくる量では足らんと思って」


 ほら出た優しいときは怒った口調。しかしミルナに向ける眼差しは、どこまでも穏やか。

 昨日で少しは変わったようである。ミルナにだけ見せる、自分の優しい部分。


「あ、ありがとう……」

「フン、じゃ、また明日な」


 時間にすれば三分ほどの時間。

 そう素っ気なく言ってガシュナは椅子から立ち上がると、スタスタと病室から出て行ってしまった。残されたミルナは頬赤く染め、ギュッと両手に拳を作ってそれを胸に当てる。

 『また、明日な』

 この言葉の意味は、また明日も来てくれると言う意味なのだ。

 また会いに来てくれる。みんながいなくなった後に、また素っ気ない口調で姿を見せてくれるのだ。自分だけが知っている、優しいガシュナの姿が。

 何故優しくしてくれるかは、これから分かってくれるだろう。

 そして、心惹かれる何か。これはきっと、一緒にいたいという気持ち。

 それをいつかきっと、伝えられますように………







 




 ガシュナは、気楽に死ねなくなった。

 感情の立ち入らない全き理性は、関わらなければよかったのだと訴えてくる。

 利己を追求する冷たい本能はとしての理性は、ガシュナを容赦なく弾劾している。無意識がそれに気がつき始めてからずっと。

 仲間とか、友とか、そして恋人とか、本当に煩わしくて、そんな弱い部分など捨てて自分が泣かずに済むように、自分が死んで誰かが泣かずに済むように、そう決めて生きてきた、ハズだった。

 

 ミルナの見舞いに初めて行ったあの日の午前、戦闘中、ふとあの少女の顔が浮かんだ。

 もしここで死んだら、あいつが俺のために泣くだろうな。怪我して倒れただけで、あの少女は自分だけに泣いてくれたのだから。

 固く閉じていたハズのドアを簡単に開け、ささやかな主張のように、自分の話をした。敢えて痛みをガシュナに晒した。自分の過去と一緒に。

 それで対等になったつもりはないだろう。しかし、十分だった。

 もしかしたら自分以上に、心を殺して過ごしてきたのかもしれない。力がないだけに。

 怪物に恨みを持っている人はたくさんいて力が無い人などほとんどだ。

 でもその代表として戦っているのではないと気が付く。そう、泣き顔を見ずに済むための利己的事情のために、そうなって、やがては護るべき存在の笑顔のためとなってきていた。



 あいつの声が聞きたい、。あいつの笑顔が聞きたい。あいつと話がしたい。

 そして―――あいつの側にいたいと……






 









 ガシュナが二人の前に降り立つのと同時に、二人を護るように廻転していた槍はそこで時間が止められたかのように動きを停止させる。

 ヨークスは驚きと呆れ顔の中間で表情をガシュナに向ける。

 あれだけ斬ったのにわざわざここまで激痛をかいま見ずに走って来たのだから自分の寿命を縮める行為であるからだ。しかしガシュナは一切そんなことは気にしない。

 そう、今は


「ヨークス、とうとうミルナに手を出したな?」

「何だ? 怒ったのかい……そんなボロボロの体で!」


 叫ぶようにヨークスは何かをガシュナに飛ばす。ガシュナはその見えない何かをしっかりと睨み、槍で拡散させてダメージをなくす。

 ちょっとした突風が、ガシュナの髪と後ろの二人の髪を撫でる。


「一度食らえば分かる。どうやら貴様の能力、“大気を操る能力”だな?」

「…………ご名答。よく分かったね。そんな答えを言うためにわざわざここに来たのかい?」


 ヨークスの能力は空気を操る能力。

 その名の通り、自分の周りにある空気を自身の気で硬度を上げ、無数の刃としての形状を作り上げて敵を切り刻む能力で、同時に防御も担うことができる。切れ味は防護服など紙切れ同然の威力。

 しかし攻撃範囲はどうやら自分が見える範囲でないとできないらしい。しかしそんなことが分かったところで、相手の脅威は全然変わらない。


「でも、君のところに彼女を連れて行く手間は省けた。感謝するよ。さて始めようか? 君をもう一度ひれ伏せさせれば僕の興味は次で満たされる」


 そう、ただ単に力のぶつかり合いでは確実に相手が上なのだ。

 虚名持の解放状態がここまで強いとは、予想外だったのはガシュナの油断であった。しかしもう、一切の油断はしていない。だが自分がここでまともに立っていられるのも時間がないのは事実。ここで倒れてしまえば後ろで悲しそうな顔で自分の背中を見ているミルナが自分の目の前で、殺されるのだ。


 絶対にそんなことはさせない。

 ガシュナは力を振り絞って、体中に火花を散らし、そして血雨を芝生に垂らしながら片手に海神を作り出して、それを両手で握りしめる。勝負は1回。まさしく一発勝負になる。

 それで全てが決まる。それで、ミルナとトーマは生き永らえることができる。

 自分は、分からない。

 それでも、行こう。

 ミルナが何か叫んだが、ガシュナは無視して前に弾き飛ばすように飛び出す。

 最後の最後まで、素っ気なく優しくさせてくれ、ミルナ。

 俺がこんな奴になったのは、お前の所為なんだからな。


 ミルナを護っていた槍が、ガシュナの後を追うように一斉にヨークスの方に矛先を向けて飛ぶ。

 ヨークスは一瞬ピクリと驚くが、すぐに風の刃で叩き落とそうと体から飛ばす。

 それをガシュナが飛んで来るなり槍を振るって風の威力を弱らせ、槍が行き届くようにする。

 これに全てを懸けたのだ。落とすわけにはいかない。


「それで何ができるんだ? 解放状態の僕の体皮には矛は届かないよ?」


 ……分かってる。そんな当たり前のことは


「……どうやら脳面積の足り無さは、思った通りだな。」


 槍を携えて自分に向かって奔ってくるガシュナを憐れむような目で見据えるヨークスに、ほんの一瞬、今度は自分から油断を生む。

 今しかない、ガシュナがそう判断すると槍の速度が急に加速してジェット機のように空気を切り裂く音を奏でながらヨークスに突っ込む。

 その形状を――――槍から元の“飛光”に戻しながら。


「なっ――――!」


 一瞬の油断を付かれたヨークスに飛光が何十発も命中し、白煙を当たるごとに生み出し、当たるごとにその衝撃を体に波打たせる。

 そしてガシュナが白煙の中に突っ込む、最後の“一撃”を懸けて、全ての力を込めて。

 そして―――白煙の中からくの字に体を曲げてミルナに向かってガシュナが飛び出してきた。

 芝生の上を何度も跳ねながら、やがて目の前に滑りながら来た。

 やったか? トーマが期待を込めて眼差しで白煙を見据える。











「…………今のが最後の攻撃か?」


 


 





 腕を顔の前で交差させたヨークスが煙が晴れていく中、確かにそう言った。

 腕には槍が中程まで刺さっていた。おそらく心臓狙いの一撃の攻撃。

 空気の防御壁でも防ぎきることはできなかった。

 そしてヨークスは槍を引き抜いてそこら辺に捨てる。

 すると槍は粉々に砕け、赤い血が芝生の上に散るが、本人へのダメージはそんなに高くはない。

 だが、失敗に終わった。ガシュナの飛光による連続攻撃の矢継ぎ早、喰らっている隙に全身全霊を込めた渾身の最強の一撃。

 だがそれでも、終わった。

 

 ミルナはガシュナに駆け寄って膝の上に乗せ、頭を起こす。

 肺を大きく損傷させているのか、息をするたびに血が口元を流れる、胸は上下させ、もう立ち上がる力も残されていないことが窺えた。

 終わった……もう私達三人は……ここで。

 ミルナは白衣が血で汚れるのも構わず、ガシュナの頭を抱き締める。

 トーマも首を少し浮かして近づいてくるヨークスを睨む。

 

「強力だった。確かに今のが胸に当たっていたかと思うとゾッとするね。でも、もう万事休すだ! お前達三人は所詮、世界に近い僕たちに敵う事なんてありえなかったんだ!」


 完全なる勝利を確信したヨークスは天を仰いで狂喜の気持ちで叫ぶ。

 いつ見ても自分に負け、絶望感に平伏す人間はゾクゾクさせてくれる。

 そしてそれらを殺す快感も。

 そして最後に自分に最強の攻撃を仕掛け、そして負けた人物に顔を向ける。

 愛する人に抱き締められている人物の顔は恐怖で引きつった、ではなく―――――獰猛な笑みを浮かべていた。




「…………何?」


 


 急にヨークスは歩みを止める。

 そして発せられた疑問詞は、ガシュナが笑っていたことではなく、自分の歩みが止まってしまったことであった。

 まったく動かないのだ。重い錘で付けられたかのように。


「……やっと……効果が出てきたよう……だな」

「な……に……?」


 体の自由を奪う何かがヨークスの体を蝕み、そしてとうとう両膝を芝生に付けてしまう。

 体に言うことを聞かせようとも、まったく無反応。それどころかドンドン力が抜けてくる感じである。


「脳面積が足りないのは……貴様の方だ……」

「え……ガシュナ何をしたの?」

「奴の体内に…………俺の気を“侵入”させた」

 

 ミルナの質問にガシュナが答える。

 それを聞いたヨークスは一体何時自分の身体の中にガシュナの気が入り込んだのかを思い返すと、ガシュナを切り刻む直前、槍で攻撃ではなくわざわざ飛光で迎撃していたことが思い出された。

 ヨークスは愕然とした。あんな一秒にも満たない時間に体内に入れられていたのだ。

 眼の使い手には操気法というのが存在する。

 それを使えば任意で爆発させるか定着させるなんて朝飯前である。

 その驚愕の表情を見たガシュナはそのまま喋り続ける。


「…そうだ……解ったみたいだな……何故撃ったあと、爆発しなかったのか……お前は俺の気の性質が“破壊”であることは…知らないな? そこでお前の体に付けた後、ゆっくりとお前の体皮を痛点に引っ掛からない規模で破壊し、体内に送り込んで……根を張ったんだ。」


 そして時間を掛け、どんどん体の奥深くへと細胞を小規模で破壊していき、もう取り除けないくらいまで深い位置に飛光を侵入させたというのだ。

 そう、それは言わば体に害する物質……毒と言ってもいい。

 そしてガシュナの最強の一撃もわざわざ攻撃に特化した形の槍ではなく、飛光にしたのもその理由である。

 

 気が付かないうちに強度の弱まった体にはいくつか飛光を爆発させて誤魔化し、いくつかはさらなる体内の侵入に使い、そして最後に自分が“最高の囮”となって全身全霊の一撃を込める。当然体の強度は低下していたので腕にも軽々と刺さる。

 

 そして相手は最強の一撃を放ってきたと思いこみ、そして手の打ち所が無くなった自分の姿を見て油断し、“時間”を作る。

 自身の強大な気のせいで、体内にガシュナの気があることも知らずに。

 そして今、準備が完了した。


「お前の体の中はもう、爆弾だらけのようなもんだ……俺の気はお前の神経を気が付かないうちに破壊し、もう動くこともままならない」


 ガシュナの腕が弱々しく上がり、膝まづいたヨークスに掌底が向けられる。

 ヨークスは大気を操る能力でせめて発動を阻止しようとするが、まったく発動せず、一気に血の気が引いていく。

 この僕が、この僕が、下等な人間に殺されるのか……!!

 そう言いたげだが、ヨークスが見ているガシュナの顔は―――死神そのものである。

 

「今まで殺してきた眼の使い手……人々の痛みを思い知りやがれ……だがな……最も重要で俺がお前を殺す理由はな………そうじゃないんだ」


 ガシュナが向けた手に握り拳が作られる。

 そして最後に、ガシュナは顔を向けずミルナに『すまない、キツイのを見せるぞ』と呟き、最後にヨークスを睨んだ。




「貴様は俺の、誇りに傷を付けた……!」



 

 そしてギュッとガシュナの手が力強く握られるとそれを合図にヨークスの顔が、これ以上ないほど苦痛に歪む。

 そして突然、胴体が肥大化を始める。まるで中で石けんの泡ができるかのように、ボコボコと肉体の膨らみが増え続ける。それはまるで、毛むくじゃらの風船。

 そして目玉が破裂し、ブクブクと白いアワと赤いアワが混じった物が口から噴き出される。

 もうそれは既に凛々しく、恐怖を与える王者の虎ではなく、狩人に狩られ、毛皮を剥ぎ取られる獣そのものだった。

 そして最後に体内爆発が連鎖的に起こり、ヨークスの気が劇的に低下し、最後にゼロになった瞬間――――身体が花火の様に爆発した……。






 










 あれから一年後、二人とも14歳になったとき、ミルナは病院で医療技術を学ぶ看護婦となり、ガシュナはいつも通り眼の使い手の仕事をし、怪我をして入院し、入院したその夜のことだった。


 ミルナは夜勤で患者の見回りを終え、タオルを持って帰って消毒しようと持ち場に戻ろうとした時だった。急に影がゆらっと奥で動き、『きゃああああああ!!』とものすごい声で悲鳴を上げると頭に包帯を巻き、耳を指で塞いでいるガシュナが消灯で明かりの消えた廊下の月光下で姿を現し、そしてミルナの落としたタオルを拾い上げる。


『よう、大丈夫か?』とガシュナが自分に向かってタオルを差し出している。

 そのタオルを受け取ろうとミルナは近寄ると生まれつき不運なのか、また躓いてしまい、前に倒れそうになると少年は自分の体を受け止め、その小さな体を持ち上げると『お前は危なっかしいな、まったく』と言い、少し嫌みに聞こえたが、その顔は少し微笑んでいた。

 そして、自分を降ろした少年は――――


「なあ、あのな、その…………」

「ど、どうしました?」

「け、結婚しないか? ミルナ……」

「!! …………―――――ハイ、ガシュナ」






 


 







 庭に散った肉片が芝生に落ちるごとに灰になって消えていく。

 そこにはもう、かつて虚名持と呼ばれた存在は消えていた。

 赤い花火から灰色の煙を見送っている三人は、全ての肉片が灰になってから、やっと緊張の糸が解けたのか、軽く溜息を付く。

 

「よくやった……ガシュナ」


 背中の白衣に血を吸わせながらも、トーマは既に開眼を解き、痛む背中ながらもガシュナに歩み寄る。ミルナは心配そうにガシュナを見つめるが―――これはかなり危険である。

 傷はどれも浅いが出血量が多く、すぐに輸血しなければ危険な状態である。

 

 病院では輸血パックが出払ってないのだが、幸いミルナとガシュナは血液型が同じなので輸血は可能である。その器具を取りに行けばいいのだが早くしなければ病原体やらが傷口から侵入し、蝕んでしまう。

 だが、足が動かない。

 初めて戦場に立ったのだ。そしてあの光景。足がすくんでしまうのも無理はない。


「ミルナ……急いでくれ、俺はあんまり動けないからお前しか、もう…」


 トーマも苦しそうにそう訴えかける。

 自分より怪我の重度は高いのだからそちらを優先すべきなのは当たり前なのだが、その言葉でミルナはハッと気を取り直し、ゆっくりとガシュナの頭を地面に置いて安静させてから病院に向かおうとしたときだった。

 

 上空から、何者かが飛び降りてきた。

 それは、片手に黒いアタッシュケースを携え、謎の服装をしている人物で、三人から三メートルほど離れたところで見事な着地を決めると二人の怪我人を発見し、急いで三人に自分の正体を明かした。


「私はバルムディア所属第三部隊隊長フワワです! ミルナさん!! 医療器具はこちらに揃ってますのであなたの能力が必要です!!」








 







 トーマのいなくなったオペレーター室で、南門の虚名持と中央に侵入してきた虚名持がその存在を消滅させたという情報とモニターのレーダー反応で解ると、その場にいる人達は歓声の声を上げた。

 これで三つの門は護られた。あとは東門だけである。

 しかし虚名持との戦闘でアルティは軽傷、ラルモは意識不明の重体。

 ガシュナとミルナとトーマには他の兵が向かっているがまだ安否は不明である。

 そして残されたのは、東門でその者と剣を交えるオレンジ色の少女と――――現世で最強の虚名持と戦う最強の眼の使い手の戦いだけである。

 ユリアは二人の無事を願いながら、その者の気の影響で画質が悪くなりつつある東門の向こうの景色を映した映像をただじっと、祈るように見ていた。




 







 シバは持っている刀に影を纏わせ、強力な突きで一気に群れを割るが、幾分数が多いため段々と体に疲労が溜まり、影の動きも調子が悪くなってきていた。

 シバは三体を一度斬り捨ててから血糊を飛ばすように刀身についた灰を払いのけるが、休む暇もなく怪物達は群れを為して襲いかかってくる。


「く……! やっぱり一人で戦うには、ブランクが多かったか……!」


 汗がにじり出る額を手で拭い、そして迎え撃とうと足に力を入れたときだった。

 突然、10体の怪物達が真横に上下が分かれるように斬られ、別れてから数秒後に灰に変わる。シバは驚いて飛び出すのを止めると続いて声が掛かる。


「目を瞑って下さい!! 先生!!」


 即座に言われたとおり、目を閉じるとシバの頭の上を黒い物体が放り上げられる。

 それはスプレー缶に似た物体だったが、空中でレバーが弾け飛ぶと強烈な閃光が怪物達の視界を奪い、混乱状態にさせる。

 そして混乱状態でシバに近寄った怪物の頭が縦に切られる。

 そこには―――鎌を持ったイアルと斧を持ったギバリ、そしてたくさん手榴弾が入っていると思われるケースを持ったリルが、シバの元へ参上していた。

 シバは瞼を開け、三人の姿を確認すると


「お、お前達……!」

「シバ先生、遅れてすいませんでした。スーツの最終メンテナンスに時間が掛かりましたが、やっとのことで来れました。」

「先生!! すごいもんよ一人で今まで戦って!」

「でもあたし達が来たからにはグッと楽にはなると思うよ! ……たぶん」

「ハイハイ二人とも、気合い入れていくわよ!!」

「「ハーイ」」

「ははっ、頼もしいな」


 一般人着用強化服を来ている三人はそう意気込み、イアルはさらに東の上空へと顔を向けた。そこには遠く、小さく映るが――――確かにユキナが、一人でその者と戦っている姿が確認できたが、長くは見れず、すぐに怪物達へ視線が向き、銀色の月光で切り裂いていく。













「娘よ、何故私に刃向かう?」


 火花が、空中に散って消える。

 ユキナを同じ刀で弾き飛ばしたその者が刃先を差し出してユキナに問う。表情が分からない面の下からは読み取れないが、何か気に入らない様子である。

 ユキナは斬られた頬から派手に流れ出る血を腕で拭った後、その答えを言う。


「私は、仇とか何とかであなたと戦ってるワケじゃないの! ワイトはあなたの“故郷”でしょ!? 何で壊そうとするの!?」

「……愚問だな娘よ。あれはもう、私の知っている故郷ではない。」

「だから壊すの!? あなたの都合でどれほどの人が死んだと思ってるの!? 目を覚ましてよ!」


 それでも、戦わなきゃいけない。

 ユキナは駆け出す。この人物が何者であるかの片鱗を知っているが故に、口だけでは絶対に止まってくれないこの人に、自分の刃を延ばす。

 そしてその者は刀を持った手を足らしたまま、迎え撃つ素振りを見せず、ただその場に佇む。ユキナは構わず、横に刀を添え、威力を増加させるために疾火の焔を纏わせる。

 そして飛び掛かって横薙ぎの神速の居合い斬りを一閃、光らせる。

 そして―――刃は決して、その者には届かなかった。

 何か薄い膜でもあるかのように、鎧に触れる数センチ前で弾かれてしまったのだ。


「!!!?」

「滑 稽。 もう私はお前と戦う気はない。お前は大人しくしているがいい」


 ずざざざと下がったユキナにその者が指を差して言う。

 そして――――宙に刺さった紅碧鎖状之太刀が黒い塊に戻り、グネグネと蚯蚓のようにうねり、細い触手状の形に変形し始める。

 そして、その内一本がユキナの背後に延びる。

 ユキナが『何?』と振り向こうとした瞬間、ビュルッと黒い触手がユキナの細い首に巻き付き、ギュッと首を絞めてくる。

 ユキナは首に巻き付いた触手を振りほどこうと


「なっ、何一体! くっ…………!」


 触手は今度は胴体に巻き付き、次に刀を持っている腕にも巻き付いて刀を振るって脱出という手段をなくさせる。そして足、手、腕、とドンドン紅碧鎖状之太刀だった物体は一斉にユキナに殺到するように伸び、緩やかに巻き付いていく。


「う……あ……」


 そして段々と、締め上げられているわけではないが、力のない声で呻き、最後には吸い取られたかのように開眼を解いて元の状態に戻ると体に巻き付いた黒い塊がユキナの小柄な体を飲み込んでいく。

 そしてそこには、宙に浮かぶ巨大な漆黒の球体が出来上がっていた。

 その者は中に閉じこめられた姿は見えないユキナを見据えながら


「無音の闇、五感の支配、普通の人間ならば精神は一時間で崩壊するその世界に、お前はどれほど耐えることができるか? そして、心がなくなった後に、また会おう。」


 そう言い残し、その者は歩みの先を―――ワイトに向けて歩き出した。

 最大の危機急来のカウントダウンが、今まさに始まった。












 そして舞台は現世に移る。





 






 

 


 蒼い蒼い空の下、雲のない空の下。

 上空に浮かぶ二つの影が何度もぶつかり合いながら、宙を地面のように互いの攻撃の反動で引き下がる。周りには二人の大暴れによって引き起こされた建物崩壊などが起こってまるで戦場の後のような荒れ地に変わりつつあった。

 そして水色のコートを羽織った人物は、嬉しそうに相手に指を差しながら


「随分と腕が本当に上がったようだな? だがそろそろもう一段階の解放をしたほうがいいんじゃねえか? 」

「…………ゼロアス、お前、“生まれてから何年”だ?」


 護熾が唐突に聞き、ゼロアスは怪訝そうな顔をする。


「…………八年だ、それがどうした?」

「そう、か……………戦ってみて至近距離で気を探ったけどあんたのその体―――」





 確信を込め、しかし口にするのを躊躇するかのような口調で、彼は言った。





「俺の母ちゃんのものだ」






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