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ユキナDiary-  作者: PM8:00
113/150

四十月日 花、実結び、憎悪、破壊生みださん

 



 


 三日だ。三日でミルナは俺の世界を変えたんだ。

 ミルナには不思議な何かがある。そして今でもあの言葉が心に残っている。

 だからこそ、今度は俺から何か残す言葉を言わなくてはならない。

 

 だから、だからこそ、







「う……おっ……おおおおおおおお!!」




 倒れている体を起こすように、血で汚れた手が地面を掴み、体中の切り傷が悲鳴を上げるが如く血を噴き出させても構わず、両手をついてポタポタと体から血の雨を流そうが無視し、そして立ち上がった。

 そして額から顔に掛けて流れる血を腕で拭い、視界を確保してからギロッと東の方に顔を向け、追いかけるようにその場の地面が踏み砕けるほどの速度で宙に向かって蹴りだし、駆け抜け始めた。

 

 絶対に相手の思い通りにはさせない。

 その信念を持って、蒼き少年は世界を変えてくれた一番、自分にとって大切な人間の許へ向かい始める。例え四肢がちぎれようとも、奴の喉元に噛み付く覚悟で、再び獣同士の喰らい合いに臨む。







 








 ミルナが少年を抱き起こして顔を見てみる。

 顔立ちはよく、目を細めているので三白眼がより凶悪に見え、他の生徒はその眼差しに少し怖れていたが治したミルナは泣きそうな顔で喜んでいた。

 それからである。

 ミルナが治した少年は人が集まっているのに気が付くとまだ安静にするべきなのに立ち上がってしまい、

 

「だ、大丈夫だ俺は……」

「あ! 今動くと」

「へ、平気……だ」


 ドサッ


 その所為で傷口が開きまた振り出しに戻ってしまい、また倒れてしまった。

 なのでミルナは大慌てで再び治癒に、そして保健室の先生と病院の関係者が到着したので安静と怪我重度から療養を兼ねて運ばれていくことになった。

 その時ミルナは彼が何だか見過ごせず、無理を言って『お友達です』と嘘をつき、この少年がどういう人物なのかを知っている大人達は一瞬意外そうな顔をしたがすぐに表情を戻し、同伴する許可をくれた。








 やがて、彼は目覚めた。

 温かいベットの上で体の上にシーツを掛けられ、胴体には消毒済みの包帯が綺麗に巻かれている。そしてシーツが無駄に重いと思い、見てみるとウェーブの掛かった薄茶色の長い髪をした少女が椅子に座ってベットに突っ伏して寝ており、ずっと側にいたのが窺えた。


「おい、起きろ。貴様は誰だ?」


 威嚇するような、荒々しい口調で少年が呼びかける。

 しかし起きない。それどころかヨダレが口から出ており、シーツを徐々に濡らしていた。

 これに呆れた少年は足をベットとミルナの間に突っ込ませ、そして上下に動かして太平プレートの如く、超小規模の地震をそこに引き起こすとようやく『ふえ?』と気の抜けた返事が返ってきた。

 

「貴様は誰だ? F・Gの生徒か?」


 口調は変わらず、迫まるような声で問い掛ける。

 ミルナは目を擦って少し椅子の背もたれに凭りかかるとようやく自分が今どこにいるのか、何をしているかを理解すると目をパチクリとしながら少年に向けた。


「え? あっ、あ、すいません!! 寝てました!!」

「いや、それは分かっている。用は貴様は何だ?」

「あ、ハイ! 私はあの〜〜、何と言いますかまずはユキナとアルティの友人でして〜」


 そんなことはどうでもいい、そう言いたげな少年の表情を見ながら


「今日開眼を会得しました。ミルナと申します。あの怪我は一応治しましたが……どうですか? 人を相手にやったのは初めてですので……」

「…………! 眼の使い手なのか? 治した? 一体俺の何を――――?」


 この少女が眼の使い手? それに治した? どこを?

 続けざまに伝えられる事柄に少年は少々不満がありながらもキョロキョロと自分の身体全体を見る。すると背中の傷のことなのか? と尋ねるとハイとミルナは即座に答えた。

 それからミルナは少し遠慮がちな声で恐る恐る尋ねる。


「…………あの〜〜もしかしてガシュナくんっていう名前ですか?」

「馴れ馴れしく言うな。今日初めて会ったばかりだろ?」

「す、すみません。ユキナから聞いた話であなたに興味があったから…………でもよかった。……ホントに…………うぎゅっ」


 うぎゅっ。そんな謎の擬音語にガシュナは思わず眉根を寄せるとポタポタと何かが落ちる音が聞こえ、そちらに目をやる。水滴が数滴、シーツの上に落ちている。

 そしてまた追加で二粒シーツの上に落下し、その落とし主を見ると案の定、何故かミルナが泣き出していた。


「よかった……もし死んでしまったらどうしようかと……その怪我、怪物から兵士を護った時についた傷だそうですね? さっき聞きました。 だから……だから……えぐっ……えぐっ……うえ~~ん!!」

「…………! いや待て貴様。何故泣く? ちょっと……止めてくれないか? 五月蠅い」


 突然大声を上げて天井を仰ぎながら泣き出したミルナにガシュナは冷静な言動で泣くのを止めるように言う。 と、ここで周りの視線が急に気になり始め、辺りを見回す。

 ここは個室ではなくガシュナの他にも二人ほど患者が寝ており、しかもそのガシュナが任務で行った討伐で療養を得ればまた戦線に復帰するくらいの怪我をした二人より12歳ほど年上の若い兵士が冷めた目でガシュナを見ていた。

 あ〜あ、あの子女の子泣かしちゃったとそう言いたげな目である。

 さすがに女の子を泣かしたという泥は塗られたくないのでガシュナは凄く慌ててミルナに


「わ、分かった! 分かったから泣くのを止めてくれないか? お前が治してくれたんだろ? 礼を言う。礼を言うからもう帰って良いぞ?」

「ひっぐ……ううう〜〜そうですね……あの〜つかぬ事をお聞きしますが……」

「何だ? 言ってみろ」

「明日も来ていいですか? あなたの怪我はどうやら内部まで来ていて未熟な私では治しきれなかったそうです。なのであと三日は完全に治るまでかかるそうなので。できれば完全に治るまで私が―――」

「ダメだ」


 ガシュナ即答。

 即答で言われたミルナはハッとなって目を見開くがすぐに目頭に液体が溜まり始める。


「でも……でも……それでもしかしたら――――」

「あああああああ!! 分かった来ればいいだろ来れば!? だから泣くのはよせ!!」


 しびれを切らしたガシュナはガバッと上体を起こし、とうとうヤケクソ気味の声で叫んだ。

 するとミルナの目頭に溜まっていた涙はスススッと涙腺に引き戻されていき、そしてガタンと立ち上がり、手を頭に添えてどこで覚えたか知らない敬礼のポーズを取ると、


「ハイ! 明日も是非来させて頂きます! 病院の先生は出歩く範囲はトイレまでと言われているのでこの約束護って下さいね! では明日!」


 そしてさっきとは打って変わって元気な口調でそう言い添え、タタッと走り去ろうとしてベットの縁に足を引っ掛けて転びそうになりながらも病室から出て行き、そしてやがて走る音が聞こえなくなると緊張の糸が切れたかのように頭を枕の上に戻し


「何なんだあいつは…………もしかして俺は填められたのか?」


 何かと黙らせようとすると泣き出し、そして自分の都合の良いときはあんなに元気になる。

 何だ? ユキナの影響か? 開眼者? ……治す能力? そんなの聞いたこと無い。明日もあいつ来るのか? 調子狂うな。できれば来て欲しくないな。


 そんなことを思いながらまだ正午を少し過ぎた外に目をやる。

 自分は怪物から受けた傷をほったらかしにしていた。何よりもすぐ自然治癒能力で治ると思ったからだ。しかし思ったより怪我の重度は高く、体が思うように動かず、そして今朝倒れてしまった。 

 自分は本当はここで倒れているわけにはいかないのだ。それなのにここで足踏みしてしまっている。

 何なんだ。あの女子は、俺のことで泣いたのか? 頭に来るな。俺の何を知ってると言うのだ。明日来たらガツンと言って二度と来させなくしてやる。

 

「よおガシュナ、さっきの女の子は君の知り合いかい?」


 不意に入り口から声を掛けられ、他の二人の一般兵は即座に敬礼のポーズをベットの上で行う。ガシュナは少し苛立った目でその人物に顔を向ける。

 黒髪に戦闘服、いつもこんな格好だ。

 そう頭に浮かばせた人物はシバという軍の戦闘部隊の隊長をやらせてもらっている“元眼の使い手”であった。現在ちゃんと眼の使い手が開眼して戦力として機能するのはまだガシュナだけでアルティとラルモはもう少し修行が必要でユキナは現世で孤軍奮闘をしている。

 シバはガシュナを見ながら近づいていき、腰に手を当てると 派手にやったな と少し微笑んだ顔で


「さっきの子は今日開眼が判明した女の子だね。名前はミルナ。能力はまだ未明だけどどうやら対象の負傷した箇所を治せるらしい。だけどまだ未熟で、治せる力もそれほど高くないらしい。」

「シバさん、あいつ何なんですか……急に笑ったり泣いたりしたんですよここで」


 一通りミルナという人物の話を聞いたガシュナは別にそんなのに興味はないと言いたげな表情をシバを見て、そう言う。シバは そうなのかい? と言った後どうやら詳しくは知らない様子で


「俺は学校の先生じゃないからな。でも……たぶんあの子は人を思いやれる心が大きいんじゃないかな? あ、でも君は――――」

「そう。誰も分かって欲しく何か無い。俺は一人でいたい。ああいう内面にズカズカ入り込んでくる奴は―――――」


 そして素直にキッパリと他の二人にも聞こえるように言った。


「嫌いだ」






 



 西門でガシュナが攻撃を受け、戦闘不能から五分。

 何か白い物体が城壁に凄い速さで接近しているとの報告が入り、全員は何事かと思い怪物の群れの向こうの景色を見たときだった。

 突然、糸も簡単に上に何かが通り過ぎ、町を護っている防壁を突き破ってそしてあっさりと行ってしまう。


「な、何だ一体!?」


 突然の出来事で対応ができなかった兵士達はスコープから見える光景から目を離し、狼狽えるに狼狽え、そして何かがヒュンヒュンと音を立てて接近しているのに気が付き、もう一度外の方を見てみると光の屈折で僅かしか分からなかったが何かが近づいてきており、そしてそれが兵士達の体の中心を横に薙ぐ。

 一瞬何事もなかったように思えた瞬間、すると不思議な光景ができあがった。

 何かが通り過ぎられた兵はズッと体がズレ、世界がズレていく。

 そして腰から上がない人達が倒れることなく、そして脇には上の部分が赤い液体にまみれる。そしてその場所はトマトを投げ合ったような光景になった。

 それを見た兵士達は恐怖で顔が引きつり、中には嘔吐する者まで出てきた。


「なんて事だ……!」


 兵長はすぐに振り返って中央の方を見る。

 そして震えた声でさっき侵入していった――――白い虎のような生き物を入れてしまったことに後悔と血の気が引くような感覚を覚えながらそう言った。


「悪魔を……入れてしまった………」







 ちょこんとガシュナの寝ているベットにミルナは約束通り来た。しかしどこか眠そうで目の下に隈を作っていた。

 ガシュナは別段面白くなさそうな顔でニコニコ顔のミルナを見据えるようにいや、睨むように見ていた。しかしミルナは不思議と、いつも気が弱いのにこの少年が睨んでこようと後には引かなかった。

 ガシュナの傷の回復は順調であり、もうほとんど歩いても平気なのだが医師の判断でもう一日寝ているように言いつけられ、しかし病院内は自由に歩いてもいいとの許可は出ていた。


「で? 今日は何しに来た?」

「あっ! そういえば私、昨日の夜。一応称号を貰いました!!」

「…………速いな」


 普通は三日ぐらいかかる新たな眼の使い手の新任会は最後に通知で自らのもう一つの名前の称号を言い渡される。それで初めて眼の使い手と名乗れるようになるのだ。

 この少女があまりにも不思議な能力だから興味を持った審査官が早めに言い渡したのか?

 その疑問を聞くこともなく、または答えることもなくミルナは鞄に入っていた封筒を取り出すと元気な声で


「ジャーン♪ 私の称号は『“輝眼”』 そして認めて貰うためにこの病院の患者十名を治させて頂きました!」

「…………それで隈があるのか」


 ミルナは昨日、眼の使い手としての資質を調べに来た人たちに無理を願って自分が本当に開眼者だと言うことを証明するために奮励努力をしたのである。

 なので一応称号だけは言い渡され、本格的な戸籍は後々通常通りに行われるそうである。

 そしてガシュナは昨日、自分がこの少女に何を言いたかったのかを思い出すと早速それを告げようと口を開けたときだった。


「あ! そういえばこの病院にはお花畑があるそうですね! ガシュナくんも歩けるそうですし、一緒に行きませんか?」


 ここでガシュナは激しく絶句する。

 は!? 巫山戯るな! 誰が女子と花畑をわざわざ見に行かなくては行かないんだ!!

 しかしここでミルナの邪気のない心底からの笑顔。

 その顔を見ると、妙に言い出せなかった。しかもここで言ったらこの少女の顔は天気のように急変するであろう。引き受ける義理は無いはずなのに、断るにいたたまれなくさせる。

 かてて加えて右と正面から怪我がまだ完治しない若い兵士が行ってあげなよと茶化すような目で訴えかけてくる。

 左にはこちらの顔を真っ直ぐ見てくる人畜無害の底意のない笑顔。右と正面には微笑ましい目で見てくる兵士二人。 

 何時そこの女子の味方になった!? これはある意味脅迫じゃないか!? 

 怒りマークを額に浮かべたガシュナが二人を睨むがミルナが自然にそれを打ち消していく。



 自分の事情を知らずに踏み込んできてお花畑に誘うバカ。

 それに便乗して無駄に強い強制力を掛けてくる二人の子供バカ。

 そして―――――。

 そのバカ共にほだされ、負けそうになっているバカ。


「ええいクソ!」


 ガシュナはぎりりっと奥歯を噛みしめると頭を掻きむしって突然立ち上がった。


「貴様の望みがそれならさっさと終わらせるぞ!!」


 そしてベットから飛び降りるようにして床に降り立ち、スリッパを履くとミルナの小さな手を少々乱暴ながらも引いていき、そして『よくも俺にこんなことをさせやがったな!!』と脅しのつもりなのか、ミルナのお花畑GOGO作戦に協力した二人に向かってドアをわざと大きな音を立てるように閉めていった。

 残された二人は互いに顔を見合わせて『青春だね〜』と呑気なことを言ってのほほんとするのであった。



 病棟の裏の庭には患者の散歩コースが広く取られていた。

 そしてその散歩道の中頃、大きな花畑が広がっている場所があるのだ。そこが今回ミルナが案内する場所。一方手を引かれてやってきたガシュナは不満と今すぐ帰りたいを思いっきり出した表情を……したいとこだがこの少女に泣かれるのはまっぴらごめんだったので特に興味なさそうな顔で一緒に歩く。


 そして到着すると虹を上から撒き散らしたかのような雄大な花畑が目の前に広がっていた。

 時々そよ風が花を揺らし、連鎖的に波を作り、花びらを彼方に持って行ってしまう。

 ミルナは女の子の反応どおり、わあ〜綺麗〜 とまるで自分が案内されたかのような楽しそうな声で腰を屈めて花を近くで見始める。

 因みにここは病院の所有地なので摘むのは禁止されている。

 一方、おなごの付き添いに付き合っているガシュナはここでパッパと帰って逃げてしまおうかと考えているとここでがつんと言わねばと言う心が先に動き、そして小さな背中を見せているミルナに声を掛ける


「貴様、何故俺をここに連れてきた? 無論治してもらったことに感謝はしているが何故俺にまとわりつく? 俺は治して貰えば充分だ。貴様は俺に何を求めているんだ? 正直迷惑だ!」

「ミルナでいいよ………………うん分かってる。迷惑なのは。でも……ね」


 ガシュナが見ている中でミルナはゆっくりと立ち上がって振り向く。

 その顔は微笑んでいたが、今度はどこか悲しそうな面向きがある。


「あなたは私と何だか似てるから、見過ごせなかっただけです。別に同じ眼の使い手だからとかそういうのではなくて…………何だかあなたが可哀想に見えて…………すいません、何も事情は知らないのに勝手なことばかり言って……………………………そういえば知ってますか?」


 そして再び花の方に向き、こう語る。


「地面を武器で突くのと花が根を張って地面を付くのでは違いがあります。花はそのあともちゃんと実らせます。でも武器では何も実らせません。だから私が言いたいのは今のあなたは武器で地面を付いているように見えるんです。だから―――」


 そして何か知りきった口調で、最後に言った。




“憎しみは、何も実らせません”




「………下らん戯言だ。」

「ハイ、本当にすみませんでした。お花畑が見たくて無理矢理付き合わせたことに……では、さよなら……」


 そしてミルナはそこから逃げるように、ガシュナの許から離れていった。

 ガシュナはその小さな背中を何故か見送っていた。自分には一切関係もなく、ただ治してくれて看病してくれただけなのに。それなのに条件は同じ彼女は自分のことを自分と似ていると言ってきたのだ。

 何を知って自分と似ているだと? 反吐が出る。知った風な口を利く奴は大嫌いだ。

 あの女子がどんな素性を持っているかは知らんが、俺には関係ないことだ。


 そう決めつけ、用が無くなった彼はその場から去ろうとする。


 “憎しみは、何も実らせません”


 不意打ちのようにその言葉が頭の中で繰り返され、ガシュナは足を止める。そして片手を頭に乗せ、苦虫を噛み潰したような顔で呻くように呟く。


「何なんだあいつ……! 何で俺の心を見透かした風な口調で言いやがるんだ……!」


 似ているから? 可哀想だから? たかが昨日知り合っただけでこんなにも言いたいこと言ってやりたいことやらせて最後には“憎しみは何も実らせない”? 

 たかが女子で回復にしか使えない能力の分際でとうとう説教か! はっ、何で俺があの女子を気にしてるんだ!? 


 不思議と、あの言葉が気になる。

 何かを悟りきったような、しかしまったくの正論。何を気にしているんだ俺は……

 ホントに不思議だった。何故かものすごく気になったのだ。まるで何もかも知っているような、自分の過去を知っているような。自分は誰にも過去など明かしていない。故にあの少女の言葉など苦しみを知らない者の戯れ言……のハズである。

 

 それはもちろん、アルティやラルモのように“自分と同じ両親がいない”なら何を言われても同情できる部分はある。しかしそれでも同情されたくない部分はたくさんある。

 しかし……もしかしたら…………

 不思議と、口を合わせて見たかった。自分の知らない何かを持っているかも知れない。

 ガシュナは病室に戻るなり、心配で来てくれたのか、お見舞いに来ていたラルモと誘われて仕方なく来たアルティに『ミルナ』という少女に明日もう一度来るように言ってくれないかと頼むと、ラルモは地球外生命体を見るような目で凄く驚き、アルティは特に反応はしなかった。






 虚名持町内侵入の報告が中央に届く一分前。

 ワイト町内に侵入したヨークスは所構わず最短ルートで匂いの持ち主の許へ向かうために建物だろうが電柱だろうが鉄筋コンクリートで建てられた何十階建てのビルであろうが翠と黒の螺旋を描いた刃で一瞬で切り刻み、背後に崩音と白煙を大きく立たせながら宙を駆け抜けていく。

 もう少しで、目標到達地点に到着する。

 さあ、どんな風に連れてきてどんな風に殺してあげようか……

 残酷な考えを浮かべながら、ヨークスは住宅街が広がる空の道を風と共に駆け抜けていく。

 もう目には中央と呼ばれるワイトの最重要地が小さく映っていた。







 翌日。

 体の調子は完全に回復し、今すぐにでも戦線に復帰できるが、三日という入院の約束なので仕方なく寝て過ごそうかと考えているとき、新しい患者がガシュナの使用している部屋に一人来るそうだと看護婦からそう言われた。

 まあ別に誰が来ようが俺には関係ない。

 そう思い、看護婦が去るとゴロンと寝転がって窓の外を眺め始める。

 この部屋に一緒に同居していた兵の二人はほぼ完治したらしく、仕事に早く戻るために早々に退院してしまっていたので今この部屋にはガシュナしかいない。

 


 そしてドアにノックが掛けられ、ジロリとそちらに目を向けるとドアが開けられ、車椅子に乗ってやって来た病院服を着た患者と同伴者が一緒に入ってきた。

 そこでガシュナは目を丸くして驚く。

 同伴者は車椅子を後ろから押しているアルティ、そして患者というのは――――――。


「えっへへ〜〜すいませんガシュナくん。足、ちょっとやっちゃいました」


 後ろ頭を掻きながら、病院服で車椅子に乗り、右足を包帯でグルグル巻きで固定されているミルナがまさかの満身創痍で入院してきたのだ。

 ガシュナ、これ以上言葉にできないほどの唖然。

 確かに自分は明日も来てくれるように二人に頼んだ。それで話しをし、それっきりにしようとしたがこの流れだと一緒に一晩過ごすという状況はまったくもって避けられない事態になってしまったのだ。

 これは完全に予想外であった。まさか足を折るとは、どんなことをしたらこうなるのか。

 すると訊く前にミルナが自分から話してくれた。


「階段から落ちて、気が付いたらボッキリとやっちゃいました〜。」

「貴様……そう諦めたような口調は止せ。」


 どうやら二階から一階に下りる途中、どうやらこの少女の本来持ち合わせている大ドジが発動してしまったらしく多くの友達に心配されながらも入院することになったらしい。

 しかし骨の回復力は尋常ではないらしく、このまま固定しているだけで10日でほぼ完治するという勢いで修復をしているというのだから驚きである。

 

 それはおそらく、というよりほぼ間違いなく彼女自身の能力の影響であろう。本体なので他人に使うよりも回復力は大きい。ミルナはガシュナの右隣のベットまでアルティに運んで貰うと自分でベットの上に移り、ガシュナと目が合うとニッコリ笑って『今日一日よろしくお願いします!』と意気揚々と言うとガシュナはつまんなそうに フン、と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。


「じゃ、ミルナ。ガシュナとどうか気をつけて……」

「ハ〜イ、今日はありがとうねアルティ、できればお見舞いにも来て欲しいな〜」

「うん、治るまで毎日来るから。じゃ」


 別れの挨拶と見舞いに来るという約束をしたアルティは一度ガシュナの方を一瞥し、何かが起きたらその時は、と言いたげなメッセージを残すとスタスタと病室から出て行き、文字通り二人っきりの空間になってしまった。


「………………」

「あの〜ガシュナくん。私から何か話したいと言うのは?」

「…………夜でいいだろ? ……ちょっと散歩に行ってくる。」


 そう何だか疲れたようにそう言い、ガシュナは外の空気を吸うためにミルナ一人を残して病室から出ていた。






 そして今晩。

 雲がなく、カーテンは閉じていないので月明かりがよく入ってきていた。

 月光は消灯した病室の窓から差し込み、蒼白く部屋の中を軽く照らしている。


「俺は怪物達を憎んでいる。ものすごく憎んでいる。俺の親を殺したんだからな。それを貴様は憎しみは何も実らせないと言った。何でそう言える? それが訊きたいんだ俺は」

「…………そうだったんですか……」


 ガシュナは10年前の大戦当時、目の前で血祭りに上げられた両親を見たという。

 そしてその怪物達はすぐにワイト軍の兵士の銃撃の前に倒れ、その時保護されたそうだが目の前で殺されたというのが何よりも記憶に残り、恐怖よりもまず先に、復讐心が生まれた。

 それ以来、将来は軍の兵士になって死ぬまで怪物を殺し続けようと誓い、他人を拒絶し、そしてその心に触れたのか、はたまた偶然なのか、突然開眼を会得したのだ。


 彼にとっては都合の良い力だった。

 力があればより多く倒せる。力があれば逆に恐怖に陥れることができる。

 ミルナは初めて少年の口から訊く過去に驚き、ガシュナもまた何故自分がこの少女にこんな話をしているのか分からなかった。

 ガシュナは話し終え、そして一度小さく溜息を付くと今度はミルナに向かって訊いた。


「こんなことを訊くのはアレなんだが、貴様、両親はいるか?」

「…………………いません。あなたと同じく、大戦の日に……」


 やっぱり、とガシュナは即座に思った。

 大戦の日に実は子だけが生き残るというのは珍しいケースである。それは当然、子供を護る親が死に、そしてその子供が逃げる最中、怪物に襲われて死んだなどと言うのはよくある話だった。

 なのでガシュナやミルナ、ラルモとアルティが生き残ったのは運がいい話なのだ。


「“憎しみは何も実らせない”というのは…………私に力がないからです…」

「…………何?」


 いきなりミルナは答えた。答えになっているようで、なっていない答えにガシュナは眉間にシワを寄せ、片眉を上げた怪訝そうな顔で見据える。

 ミルナは続ける。


「私も……怪物達に少なくとも両親を殺したことに憎悪の感情は持っています。しかし、先程言ったとおり、私には力がありません。あるとしたら、この回復能力しかないんです。でもその前に、私は悟っていました。憎しみを持っている自分が一番、情けないでいることを……」


 確かに戦闘には絶対不向きの能力である。 

 戦闘に参加して怪物達に攻撃するれば逆に回復させてしまうから。このご時世の中、怪物達に大切な者を奪われ、憎しみを持っている人間など大勢いるであろう。

 その中でこの少女は憎しみを持っている人間を否定するような言い分、特にガシュナにはその言葉が痛いほど響いた。そして…………怒りが込み上げてくる。


「巫山戯るな! 貴様は俺を侮辱するのか!? 憎しみを持っている自分自身が一番醜いだと? 貴様は神になったつもりか? 貴様の言ってることは単なる諦めの言葉しか聞こえないぞ?」

「ハイ……確かに諦めた言い方です……それに憎しみの感情は捨てることはできません……………………でも憎むのと一人でいるのはまったく別だと思いますよ?」


 ガシュナが怒って言うとミルナがこれまた当を得た言葉を返してくる。

 確かにそうだ。脆弱な何かを欲するのではなく捨てることで、ある意味気楽になったのだ。

 なんだこいつは、何でこんなに俺に突っかかってくる?

 確かにこいつと俺は同じ立場の人間であるのは間違いない。

 だからなのか? だから何もかもが俺に届いてくるのか? そんなの認めるわけには……


「そういえば私のこと、話してませんでしたよね?」


 思い出したようにミルナが言う。ガシュナは軽く頷く。するとミルナはまず最初にこう言った。


「ガシュナくんが……私に自分のことを話してくれて……話す勇気が湧いたんです。……すいません、ホントは私が先に話すべきだったんですけど………」


 ガシュナは黙った。

 ミルナは自分の話をしようとしているのだ。自分の話をするのは自分のことを知って欲しいという合図なのだ。相手のことを知り、自分のことを伝える。

 今までにこんなに踏み込んできた人は、親以外、いない。


「最初に訊かれなくてほっとしたんです。このことを誰かに話したら、全部現実になっちゃうような気がして―――ホントはもうとっくに現実になっていたのに。ずっと見ないようにして考えてたんです」


 ミルナはそこで言葉を切り、ガシュナからの返事は一瞬の間があった。


「―――辛いなら話すな。無理して聞き出すことでもない。」

「でもガシュナくんが…………話してくれたんですから…………私も」


 聞いて欲しいと思った。でも、それは言えない。ガシュナがそれ以上何も言わなかったからミルナも勝手に話した。


「大戦のあの日、両親は帰ってきませんでした。私は軍の人達に崩れた家の中から助け出されて……それで病院で看護婦の人に訊いてみたんです。『お母さんとお父さんはどこ?』って。でも看護婦さん、気を遣ってくれたのか『もうすぐ会えるよ』とただ繰り返してました。そしてそのあと、F・Gの養育施設に、孤児の施設に送られてからも……ずっと……」


 両親はまだどこかで自分を探しているんだ。もう何ヶ月も経っているのに、それでも自分との繋がりの肉親がいることを信じて生きてきていた。


 そ れ は 嘘 だ。


 それが嘘であることは知っていた。最初から、分かっていたのだ。


「ホント、分かってたのに両親が来ないってことの先を、考えるのを止めたんです。来ないね。困ったね。でももう少ししたら……――ガシュナくんが『復讐』っていう悪い言い方だけどちゃんとした目標を持ってしっかり親のために行動を起こしているから……羨ましいと思いました。私は何時か今のように普通の生活が送れるようになったらきっと両親も…………ってそんなこと、あるわけないのに」


 ミルナは情けなく笑って、自分の頭をコツンと叩いた。


「馬鹿ですよね。取り返しの付かない過ちをしてしまって。最初から――最初から認めてせめて両親の顔を見て、それからお墓も名前を入れて貰ってちゃんとした墓碑に入れて貰えば良かったのに……もう多くの人と混ざって見分けも付かない。」


 ガシュナはちゃんとした墓碑を墓地に作ってもらっている。

 ラルモもアルティもそれなりの墓碑を建てて貰っている。これらは全て、ちゃんと自分達で申告し、建ててもらったものである。しかし10年前の大戦では家族世帯で死に絶えることが多かったので場所に困った中央はせめて英雄と共にとユリアの許可で『あの人も賑やかな方が好きなはずですから……』と一緒に何千人分もの灰をあの大きな慰霊碑に納めたのだ。ミルナは両親の死を受け入れられなかったから、ガシュナのように誓いを立てることもできない。


「私……迎えにも行ってあげられなかった。きっと会いたかったのに。だから……あなたのことが羨ましいんです…………一人で泣くこともなく、しっかりと現実に立ち向かって親のために……」


 ずっと聞いていたガシュナは自然と苛立ちに似た感情を覚え始める。


 違う……単なる自己満足だこれは、俺は……


「それでしかも兵の人達を体を張って護ったり……町を護ったり……」


 俺は単に……怖かっただけだ……家族とか、友達だとか、仲間だとか、自分の弱点を捨てて気楽に一人で死ぬことを選んだだけなんだ……


「人々も護って…………」

「違う!!!!」


 怒号のような声が、ミルナに向かって放たれた。ミルナは驚いて涙で濡れている顔をハッとガシュナに向けると、ガシュナはベットから飛び降りて、激しく空気が動いた。そして激しく肩を掴むと、


「何なんだ貴様は!? 俺に過去を話させて! お前も話して最後は自分はあなたのことが羨ましいだと!!? 俺のやってるこれは単なる自己満足だ!! 他人と関わらないのは自分の弱点にしたくないからだ!! もう一度大戦が起こったとき! 誰が死んでもこの悲しい感覚が煩わしいから! 自分一人で死んでも誰も悲しまないからだ!! そのために俺はたった一人で過ごしてきた!! お前はそんな俺を羨ましがるな!! 復讐なんて…………」



“憎しみは、何も実らせないんだろ?”


 するとガシュナは肩から手を離し、今の自分の発言が信じられないような、自嘲するような笑みに変わると頭を抱え、呻くように呟いた。


「……………はっ! 何だこの言い分は……まるで自分の今の今までを捨てたような言い方じゃないか……たかが女子との三日の交際でこの俺がこうまで語り尽くすとはな…………どうかしてる……お前みたいな奴に……踏み込んで欲しくないこちらの事情をあっさりと教えやがった…………しかも弱い部分をわざわざ晒け出すとは……」


 ミルナはそんなガシュナを見つめ、今度は逆に両肩に優しく手を置く。


「ううん…………でもあなたは私のことを知ってくれた。私は……スッキリしました……あなたも……スッキリしてくれれば……それでいいんです。すみませんでした」

「いい、元々呼んだのは俺の方だ。怪我して入院してきたのは予想外だったがな」


 ミルナは小さく吹きだした。的確な突っこみが、不思議と緊張しきったミルナの心を和らげてくれる。この人は、ちゃんと最後まで聞いてくれた。

 それどころか、この人は―――――初めて笑ったところを見せてくれた。










「!」


 病室で新しい消毒液とタオルを手に持っていたミルナは足を止めて、天井を見つめた。

 それから、人の歩く邪魔にならないように廊下の脇に置くと―――その場から急いで駆けだした。


「!! ちょっとミルナさん!? どこへ!?」


 後ろから看護婦が呼び止めるのも構わず、ミルナは患者と看護婦が立ち入り禁止の扉をくぐって、上へと向かう。

 ここに私はいてはいけない、この感覚の狙う先は…………私だ。

 天井を見つめたとき、何かが探るように地下の自分達を見つめていた見えない眼。

 そして自分に狙いを定めたとき、“眼が合った”。

 まるでお前がここから出ないとここにいる人間共の命はない、と伝えるように。



 そして外へ出る。曇天の空が強めの風を地面に叩きつけ、ウェーブの掛かった髪を容赦なく揺らす。そしてさらに走る。敵の攻撃が来ないように、できるだけ遠くに。

 直後にほぼ真後ろに地面を抉る斬撃が放たれ、芝生と土煙を発生させる。

 ミルナはその衝撃で前へ倒れ込んでしまい、芝生の上を転がって芝生を体に付けながらも膝を付いて手を付き、攻撃した方向を見つめる。


 二歩足で立っている白い、そして不思議な模様をした刃を体から生やし、炯々とした目つきでミルナを見下ろしている虎の獣人がスンスンと鼻を動かし、そして匂いを嗅ぎ取ると嬉しそうに舌舐めずりをしてから、


「君がそうか、ガシュナの大切な人とは」


 指を差して、そう告げた。



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