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ユキナDiary-  作者: PM8:00
110/150

三十七月日 一人の護り手として……

 





「……………ラルモ?」


 小さくなり、そして急激に上がった気を感じ取ったアルティは静かにそう呟き、北の方向へ顔を向ける。ただ、いくら目が良くても城壁までしか見えないので確信には至らなかった。

 そして顔を前に戻し、自分の相手をしている敵をアメジストの瞳に映し込ませる。

 四つの赤い球体を自身の体の周りで回転させているユニスという女性のような虚名持。先程から互いに撃っては防ぎ、撃っては防ぎの同じパターンが14回もこの人物と繰り広げて互いに無傷でいた。

 

「何ィ〜? 気になる人でもいるのォ〜?」


 コートを纏わせた腕を持ち上げ、クスクスと笑うユニスにアルティは首を軽く横に振って否定する。それを見たユニスは ま、いいか と呟いた後明後日の方向に目を向ける。どうやらラルモの存在には気が付いていないらしく逆に、


「そういえば、タイアントが解放したわねェ〜。解放させるなんて勲章モノよ〜……あっ! そうだ!」


 遠くでも同種の気の変調には敏感らしい。

 そして突然悪戯を思いついた子供のような残酷な笑みを浮かべ、その笑みを見たアルティは背筋に何か冷たいモノを感じた。突然気力が跳ね上がったのを感じたからだ。

 何? まだ何か力を隠し――――――。

 ここまで考え、すぐに答えにたどり着くと目を少しだけ大きく開き始める。

 

「よくよく考えたらあんたとあたし、攻撃して互いに防いで無傷だもんねェ〜。だからこそ、こんな鼬ごっこは止めにしてあたしから切り出していくね。そもそも飽きてきたとこだしィ〜」

 

 だるんだるんの袖のコートを持ち上げて、そこから出た手を顔の前に翳し始める。

 この構えこそ、最も覚悟しなくてはならない怪物達の解放を示す仕種。

 だがアルティは動かない。攻撃したとしてもユニスの躯護光セルガードが自分の攻撃の全てを防ぎきってしまうからだ。

 勝負はこれから、そう心に決意し、いつでも防御ができるように身構える。


「これで終わらせる。言っとくけど強いからね、あたし」


 いよいよユニスの手持ちの気力がピークに達する。

 すると元々陽炎のように歪ませていた空間がさらに広がり、熱さまで本物になってアルティの黒い強化服を舐め回す。

 そして遠くで感じ取ったのと同じ空気の軋み、震え、悲鳴がそれぞれ大きくなっていく。

 それから彼女の周りを廻転していた躯護光が四つ、順に一つずつユニスに吸収されていき、最後の一つが身体の中に入っていき、両眼の下にあった紅蓮の線が暴れ出したように顔中を覆い尽くすとそこで初めてアルティにとって最悪の言葉が告げられる。



「封力解除 かがやけ 『天翔翼鳳ホウオウ』」



 突然その地点にある大気が一気に紅蓮に染まり上がる。

 アルティはそれを感じ取り、肌が灼ける前に瞬時に後方へ、100メートルほど空間転移で移動する。すると確認できた光景は炎の滝が上空から地面に向かって勢いよく雪崩れ込んでおり、まさしく烈火の土砂崩れになっていた。

 

 もし少しでも判断が遅れていればこの強化服でも何秒保ったことか。

 それ以前に肉体が溶けていたかもしれない。アルティは先程の熱さで汗が額から滲み出ており、それを指で拭い去ろうとと額に手を掛けたときだった。


 目の前に柳のような炎尾が通り過ぎる――――。


「これがあたしの本当の姿。さっきのがあたしのもう一つの名前」


 淡々とすぐ側で囁かれたような声でアルティは驚愕の表情を浮かべて後ろにバッと振り返るが―――いない。

 そしてまた背後に気配を感じ取り、今度は素早く反応して振り向くとそこには、炎尾を背中に生やし、紅蓮の双翼を肩から延ばし、全身が鳥の羽と鱗で覆われており時折炎の揺らめきの如くボンヤリと光り、そして鳥の足を思わせる手をアルティの肩に置いていた。

 そしてクチバシを生やした顔でアルティの顔に迫り、凶悪な笑みを浮かべると


「でもめんどくさいのは嫌い。あなたの力を見ている暇なんてないからね」


 アルティは瞬時に全身にバリアを――――――――獄炎の放電現象が爆発を誘って二人を中心に爆発した。

 







『第二解放…………か。それで一体何をした?』


 雷の電圧と電流を押し込め、さらに気流などの大気の流れで空中放電を防いで威力を増加させた雷球を受けて尚、それ以前に全回復して第二解放状態に入っている少年を見下ろしながら、タイアントは訪ねる。

 するとラルモは遽しくビッと三本指を並べて顔の前に突き出すと、それはそれは早送りのような、舌を噛んでしまわないかという速さで喋り始める。


「この状態、何でか三分しか保たないんだよ!! 時間ねえからぱっぱと説明すっぞ!? 簡単に言えばお前のあのバリバリ玉をオレの気を“触媒”にしてバリバリ玉を“ストック”した!! そのおかげで俺自身の生体エネルギーがめちゃめちゃ増えて自然治癒能力が高まってハイ完全!! それで第二解放が完了ってことだ!!」


 この間10秒。

 しかし早口で喋りすぎて両膝に手を置いてぜえぜえと息切れをしている。

 そのマシンガントークを耳に入れたタイアントは黙々と今の説明を噛みしめて内容の理解をしていた。

 つまり簡単に言えば雷球は“直撃”した。

 しかし自身がやられる最中、朦朧とする意識の中で雷球を身体全体を使って自身に取り込んでエネルギーを補充、そこで得たエネルギーを傷の回復に使い、そしてそれを燃料に第二解放に移行した。

 一見単純な流れで成し遂げたように見えるが瀕死の少年が刻苦の意志でここまでの窮地を利用して逆に自身の全快と強化に繋げたことは驚くべき判断力と機転の良さが光っていることが証明されていた。

 

 面白い……


 この男がいかに解放状態の自分と渡り合えるのか、眼の使い手の対怪物最終形態がどれほどのものなのか、互いの全力をぶつけ合ってみようじゃないか。

 そうして見据えたラルモはゆっくりと一歩前に踏み出し――――残像を残して、気が付けば自分の真横に位置していた。


 ――!! バカな!?


 そして自分の脇腹にラルモの拳と蹴りがそれぞれ一発二発と見事にはいるが巨体を誇るタイアントには蚊が刺しているくらいの痛みしかなく、タイアントが巨体を動かして弾き飛ばそうとするとまた、ヒュンと残像のみを吹き飛ばし、本人は降り立った場所へと移動していた。

 それに気が付いたタイアントはすぐそちらに顔を向け、目を細めた怪訝そうな表情を向けながら先程のほぼ無意味な行動について問う。


『……………何がしたい?』

「言ったろ? この状態一日二回でしかも三分しかなれないんだ。 あんま時間は掛けたくないんでね。」


 するとタイアントは突然、脇腹に激痛を感じ、何が起こったのかすぐに見やると――――身体全体が斜めに、つまり転がされるように浮いた。机の上に置かれた紙が風に弄ばれるように、浮いたのだ。そしてその衝撃が鋼鉄並みの甲羅にヒビを入れさせ、僅かに血が滲み出始める。

 この突然の事態にタイアントは目が落ちるんじゃないかというくらい驚き見開いてそのまま転がり、そして何とか仰向けになって止まるという事態は避けられ、ドッスゥウウウウウウウウウウンンン!!!! と一時的な地震を起こすほどの地響きを起こし、横に半径4メートルほどの窪みを残し、そして地響きが終わる頃、自分をこんな目に遭わせた道化師を睨み付ける。


『な、何をしたんだお前!! 一体さっきの行動で何をした!!』

「オレから発生した運動エネルギーを“増加”させたんだ。」


 通常は人が殴る、噛みつく、持ち上げる、矢が当たる、指で突く、握手をする、蹴る、などには必ずと言っていいほど、エネルギーの作用が働いている。これらは働かせるモノ、受け取る側の二率背反で成り立っている。

 ラルモの能力とは自身が発生させた蹴る、モノを投げるなどの行動の最終到達地点、つまり運動エネルギーが作用される相手に自分の行動を当てるとそのエネルギーを増大させる。


 簡単に言えば自身が何気なく蹴った蹴りの威力をタイアントの巨体持ち上げるにまで放った後に増加させることができると言うわけである。

 小石を投げれば隕石並みに、拳を当てればミサイル並みに、その威力を自身の意思で自由に変えられるのだ。

 これがラルモの第二解放。第一解放が『吸収と精製』ならば第二解放は攻撃力を前面に押し出した、いわゆる『放出と増加』の能力というわけである。


「増加……? それがお前の能力か…………?」

「グダグダ話している時間はねえ、パッパと終わらせるぞ」


 拳を掌にパンと押し当てて響かせ、三分間しかないこの状態をもう一分も使い果たしたラルモはトドメの一撃を、決定打を放つために行動を起こそうとする。

 すると上空がもっと暗くなり、見上げるとタイアントの背中から発生させた煙の支配下にある全雲が放電現象を連鎖的に引き起こしていた。

 

 雷とは上層と下層の電位差が拡大して空気の絶縁の限界値を超えると電子が放出され、放出された電子は空気中にある気体原子と衝突してこれを電離させる。電離によって生じた陽イオンは、電子とは逆に向かって突進し新たな電子を叩き出す。この2次電子が更なる電子雪崩を引き起こし、持続的な放電現象となって下層へ向って飛ぶ。

 

 しかもこれらの放電は、大気中を走る強力な閃光となる。

 そして地上との間の放電1回の放電量は数万〜数十万A、電圧は1〜10億V、電力換算で平均約900GW(つまり100W電球90億個分相当)に及ぶが時間にすると1/1000秒程度でしかない。そしてエネルギーに換算するとおよそ900MJであり、家庭用省電力エアコン(1kW)を24時間連続で使い続けた場合、10日強使用できるほどのエネルギーがある。


 そしてこれらのエネルギーの塊をタイアントはラルモに向かって全て放とうとしているのだ。光の速さは秒速三十万キロ、地球七周半を一秒で駆け回れる速さ。この世の全ての生き物が絶対に敵わない速さを誇っている。

 なのでラルモが先程残像を残すほどの高速移動、タイアントが見えた範囲で気を足に溜めてさらに気で作ったレールに乗ってその流れで移動する歩法でも逃れることはできない。

 ラルモは鮮やかに光っている枝分かれした雲を仰ぎながら、スッと両手を合わせて何かを試用とした直後、


『終わりだ、眼の使い手』


 タイアントが別れの言葉を言い、空から流星群のような、雨のような稲妻が降り注ぎ、ほぼ全てがラルモに降り立ち始める。そして一秒もしないうちに――――――強大な閃光と雷鳴が辺りを覆い尽くしていった。






『…………今度こそ終わったか………』


 雷が何十も枝分かれしてラルモのいた地点、その全てが穴だらけで白煙が舞い上がっていた。いくら何でも第一解放のような吸収能力はもうなく、しかも雷の雨に見舞われたのだ。そこで黒こげで倒れていたって何の不思議ではない。

 奴の死体を確認するまで安心してはいけない。そして徐々に煙が晴れていく。

 


 そして晴れ上がり、そこで信じられないものを見ている様な目で立ち尽くす。

 煙の中から天を衝くように延びている細い、細い槍状の黄色く光る物質が五本ほどラルモを取り囲むようにして地面に刺さっており、それぞれ火花を散らして放電していた。

 ラルモは少し縮こまって腕で顔を覆うようにしていたが、やがてその腕を解放し、静かに姿勢を立て直すと


「マジらしいな、雷が高い所に落ちるっていうのは……」


 雷が高いところに落ちる、そんな常識的なことを最初に食らったとき思いついていた。

 ラルモを取り囲んでいるこの五本の柱はいわゆる避雷針の役割として働いており、柱の下の地中ではさらに放電を広げるためにネットワークのように張り巡らせており、しかしそれでも地上まで放電が来るので足の裏に気を張り巡らせて電流を絶っていた。

 そしてこの槍のアイディアはガシュナから来ている。(最大解放状態イグニッションのガシュナの鋭槍より)


「…………! 避雷針か……だが俺の攻撃はただ……雷を落とすだけではないと言うことは分かっているな?」


 相手はあの槍の包囲陣からは抜けられない。

 それは雷を防ぐための防御シェルターであるからだ。相手の状態が三分、残りは一分。できれば相手は気の消費は防ぎたいはずである。

 ならば雷ではない別の攻撃を今、当てれば済むのだ。

 しかしここまで戦った眼の使い手は過去には少なくとも、この少年が初めてである。それならば字名(もう一つの名)ではなく本当の名前を言っておきたい。 

 それを告げたらいよいよどちらかが立ち残る最後の攻撃が始まるであろう。

 タイアントは口を僅かに開き、言った。

 

『…………タイアント・ウンパ……これが本当の名前だ』

「タイアント……ウンパか……」


 通常のラルモだったら『何だそれ!? ぎゃっははははは!!』と笑い転げているような変な名前だったが今のラルモは真剣そのものの顔つきでしっかりと名前を聞き入れた。

 それほど集中力と冷静、そして次で最後という覚悟ができているからである。


 その表情を見たタイアントは嬉しそうにほくそ笑む。

 相手を近づけさせなければ怖くはない。ならばこちらの最強の遠距離攻撃、解放状態で放つ最強の“閃”を相手が不自然な行動を起こさせる前にお見舞いすればいい。

 相手は雷を恐れ、自分は相手の攻撃力に怖れている。もうこの状態での完全な力対力のぶつかり合いになる。



 タイアントの口が大きく開かれる。

 するとそこに放電現象が激しく起き、火花を散らせて赤いマグマのように光る球体が急ピッチで生まれて巨大になっていく。

 全身全霊を込めた最後の一手。

 ラルモはその光景を見ても眉一つも動かさなかった。ただ真剣な目つきで相手を見据える。

 そして側にあった槍の一つを握ると地面から引き抜き、それに手を添えて弓を引きような仕種をすると弦がいつの間にか摘まれており、光の強弓が生み出される。

 そしてゆっくりと弓を引くとそれに伴って強弓に見合った弓が一本、添えられる。

 

 アルティとの連携技を今度は自分一人で撃つ。

 これはもうオレはちゃんとした男なんだから女の子の手は借りない、だからこそ彼女を護れる一人の護手おとことしてこいつを倒す、という意味が込められている。

 そんな事情を知らないタイアントはいよいよ最終発射態勢に入り、反動が大きすぎるのか、その巨体をさらに四つん這いにさせて反動に備え、大地に前後ろ脚を埋めさせる。


 そして容赦のない、もの凄いスピードで閃が突如発射される。

 それは2・5キロ離れている強化服シリーズの兵士達や城壁で迎撃をしている兵士達からもよく見え、攻撃を一度中止させて呆気に取られるほどの迫力があった。

 閃の反動で地面に埋めた脚が後ろに引き下がり、残線を刻みながらもタイアントは前を見る。顔が発射の反動でブレながらも自分が敵対する少年の最後を見ようと心得ているからだ。

 

 そして閃の到達地点がラルモの延びる最中、目一杯引いた弦から指が離される。

 そして矢が、勢いよく強弓から飛び出し、ヒュンと風を切る音を奏でながら死の閃光に真正面からぶつかった。

 そしてそれは閃光を四つに分散させて前へ突き進み、タイアントはそのたった一本で閃に立ち向かっていることに驚きながらもその矢を消し飛ばそうと閃の威力をもっと上げる。

 しかし矢はそれでも閃光を四つに分散させて放ち終えたラルモに直撃しないように突き進みながらその勢いは衰えなかった。

 タイアントは目を大きくして驚愕する。

 

 ――――そんな、止まらない………………――




「悪いな、黒亀さん……いや、タイアント・ウンパ……」


 今も戦っているみんなのために、そしてあの少女のために、ラルモは矢に自身のエネルギーの全てを込め、矢の威力を増大させ、その矢が一閃の光の如く加速させると完全に閃を圧倒し、突き壊しながら最後はタイアントの口の中に入り、


「お前の…………負けだ」


 矢がタイアントの食道を突き進み、胃、腸、そして尻尾の方へ体中の内部を構成しているものを壊しながら最後は温かい液体を纏いながら突き破って飛び出し、そして虚空の彼方に消えていったとき、大きな地響きが矢の通り過ぎた後に起こり、そしてそこに巨大な黒亀はいなかった。 


 あったのは円形状にくり取られた地面に茶色のコートを羽織った男がうつ伏せで手を前に投げ出して倒れているだけだった。

 

 

 そしてその男は決して顔を上げず、動かなかった。

 そして一際強い風が吹く。するとその風に男の身体がパズルのように散り、原型が分からないほど吹き乱れて彼方に運ばれていくともうそこには男の姿はなかった。

 


 




 そして少し離れたところに、弓を放ち終えた姿勢のままでラルモが立っていた。

 ラルモは緊張と気の激しい消費で大きく肩で何度も息切れしており、右目に付いている道化師の証の星のマークが消え、羽織られているコートが空間に溶けてなくなると呼吸の苦しさから解放するために先程の撃ち合いの衝撃と雷の威力でボロボロになった防御用強化服を片手で背中のファスナーを外し、脱いでその辺に捨てる。

 そして弓矢がパキンッと音を立てて無くなるとラルモは北の大門を見据え――――南を見据えると


「……待ってろよ、今すぐ行くから……保ってくれよ……」


 虚名持との戦いで疲労が溜まった身体に鞭打ち、空を蹴って南の方に移動し始めた。








 南大門強化服シリーズの兵士達到着から三十分後。

 一人のスコープを覗き込んだ兵士が怪物達の群れの向こうの景色から何か燃えているような物体を発見。すぐに兵長と司令部に報告して実際観て貰うと


「何だ……? 火の塊がこっちに………人?」


 その火の塊は人のような……紅蓮の鳥人ガルーダを思わせるような容貌をしており、身体から発せられている熱が空間を歪めて陽炎を作っていた。

 そして司令部の方にも丁度報告が入る。

 現時点で柴眼のアルティの気が極端に減少し姿が確認できなくなったことと、解放状態の虚名持が城壁に迫っていることが報告の内容だった。それをすぐに伝えに行こうとした途端、城壁が赤く染まったかと思うと一気に地面に崩落していき、破片が電磁バリアを掠めてバシュバシュと音を奏でる。


 そして溶岩のように溶けた対爆壁が町内に雪崩れ込み、そしてゆっくりと冷えて固まるとその奥の光景はもう分かっていた。

 開いた穴に怪物達が侵入を試みようと火のついた馬の如く崩落した部分に突進を仕掛ける。

 兵士達は崩落した城壁の上にいた兵士達が一瞬で蒸発したのを目の当たりにし、放心状態で銃身を下げて佇む。

 そしてハッとなって気が付くと援護射撃のなくなった強化服の兵士達の間をすり抜けて怪物達が剥き出しになった唯一の侵入口に向かって入り込もうとしていた。

 兵士達はすぐに銃を構えて侵入しようとする怪物達に集中砲火を浴びせようとするが、途端、頭上が血のような朱に染まる。

 そして仰いでみると火の粉を散らし、空間を赤く染め上げながら鳳凰を思わせるクチバシを生やしているが女性のような風貌をしているのが分かり、その女性は自分の姿に畏れを抱いている兵士達を見下ろしながら


「人がいっぱいィ〜 ここを壊せばあたしの仕事は終わり。さっさとやろおっと」


 両手を前に突き出し、火の玉のような巨大なエネルギー弾を作り出すと兵士達が銃を自分に向かって銃撃を行った弾もその中に溶かし込めてもう一箇所侵入口を作ろうと放った。

 パチパチと激しく燃え上がる火球を兵士達はこの世の終わりのような虚ろな目で仰ぐ。

 あれが来たらさっきの連中のように一瞬で消えてなくなるんだろうな。

 そんな一瞬の諦めの色を顔に出したとき、紫色のバリアが兵士達の前に突然立ちはだかった。そして火球はそのバリアに触れるや否や弾けて空間と混ざり、消えた。

 

 これって…………


 兵士達はゆっくりと辺りを見渡すがこの防壁を作り出した本人の姿は見えなかった。

 そんな兵士達をよそに町内への侵入を第一歩を踏みしめようとした怪物の半身が消え去る。まるで何かに拒絶されたように。そして第二匹目の怪物は立ち止まって目の前を見ると兵士達と同じく紫色の、今度はドーム状ではなく半透明の壁が出来上がっており、怪物達の侵入を阻んでいた。


「あら、あんたまだ生きてたの? さすがは眼の使い手。しかもパワーアップして帰ってきたのねェ〜」


 のんびりした口調で紅蓮の鳥人が肩越しにある人物を見据える。

 

 そこには紫色の火花を全身から放ち、菖蒲色のコートとスカートを履き、頭に目深まで被ったよれよれの三角帽子を身につけ、ヒョイッと帽子の鍔を持ち上げて顔を見せると黒い煤が少し頬に付着している。

 第二解放になったアルティがそこに立っていた。

 頬の煤は先程の爆発で付いたものである。そしてバリアでは完全には防ぎきれなかったので空間転移で瞬時に移動したが、それでも少しは食らってしまい、右足に少し火傷を負っていた。しかし表情は何を考えているか分からない相変わらずで解放状態の攻撃を受けても尚、殺意等の感情は表れていなかった。


 アルティはジッと城壁の上で自分に守られている兵士達が無事だと分かると兵士達を覆っていた防壁を取り除き、代わりには怪物達から侵入を拒むように作った壁のような防壁を瞬時に城壁の前に並べ立てて巨大で横長の巨壁を形成する。

 そしてヒュンと空間転移で今度は兵士達の前に移動して背中を見せつける様にし、驚きの声を上げている兵士の一人にユニスを見据えたまま半透明の防壁越しに声を掛けた。


「逃げて下さい……ここは危険です……この防壁もたぶん保ちません」

「え? 君一人でここで…………?」


 若い兵士が女の子を戦場に一人置いていくなんてできないと、先程二人を助けてくれた目の前で小さな背中を見せている少女にそう言うが振り向いた少女の目には『早く逃げて』としか言って折らず、しかも脅しを掛けているような目つきだったので一瞬人間ではない何かの気配を感じ取った兵はひっ、と声を上げてしまうがすぐに首をブンブンと振りその場を去り、走って他の兵士達に引くように促す。

 


 そして兵士達が撤退を余儀なくされて立ち去る中、それを背中で見送ったアルティは両手に急いで電撃を溜め、自分の目の前で引き延ばすように壁を作るとそこへ業火が激しく激突してきた。

 しかし業火はアルティの気を超高密度に固めた防壁など貫くように浸食してきており、アルティは急いで防壁を捨てて後方に跳ぶと途端、業火が貫いてさっきいた場所を燃やし尽くす。


「……ダメか……あの炎……私のバリアじゃ止められない……」


 第二解放の強化されたハズの強固な壁を易々と破壊し尽くすあの炎。

 アルティはユニスの翼から放出される炎を避けながら一体どんな性質を持っているのかを見極めようと兎に角避ける。

 おそらくは『プラズマ作用』から生まれているものであろう。

 あの火球はユニスの体内にあるプラズマエネルギーを酸素と融合・圧縮することで強力な電離作用が発生、凝縮されたエネルギーが火球となって翼から噴射されるという、超放電(超光熱)現象である。万物を瞬時に燃焼させる威力を持つ。

 つまり威力がそこらの炎をロウソクと見間違えるんじゃないかというくらいの桁違いであり、第二解放をしたアルティの防御力を上回っている。それが今分かっている情報である。

 もちろん触れれば消し炭になってしまう。

 

 だからこそアルティは避けながら、自分が作った城壁の前にある防壁を壊させないようにしながら、どこかに隙をつける弱点がないかどうかを探す。

 そしてアルティはキョロキョロと目だけを動かして、怪物達の群れの中で僅かに見える大地を見つける。

 すると瞳が変化して何かの陣が描かれ、それと同じ模様の陣が“視られた”大地に同じように浮き上がって消え、すぐに怪物達で埋まって見えなくなる。


「どこいくの? ア ル ティ 」


 楽しそうな口調が耳元のすぐ近くで聞こえると炎柳の尾がアルティの右腕に絡んで捉え、ジューッと焼け付く音が絡みつかれた腕から聞こえるとすぐに空間転移で尾の拘束から抜け出る。そして右手を押さえながら五メートルほど距離を離れた地点で出現するが、ユニスがどこにもいない。

 

「こっちだよォ〜〜」


 また声がした。

 そしてその方向に振り向くと鉤爪の付いた腕が目の前に来て、それが紫色の瞳に映り――――――。



 ビシャシャッ――――――――――――――――――――――――――――!!!




 血の付いた鉤爪が振り上げられ、血糊を撒き散らしながら手元に戻り、ユニスは血の付いた爪をマジマジと見ながら前に目をやる。

 そこには間一髪で避けたアルティが引き裂かれた帽子と引き裂かれた防御強化服、そして抉られた頬から血を流して立っており、ポタポタと重力に引っ張られて大地に赤い少量の水滴を振らせる。


「……ごめんねェ〜〜 一撃で決めるつもりだったけど痛い目に遭わせちゃった〜 何だったら燃やし尽くせばよかったね」


 のんびりした口調で残酷なことを言うユニスは手に付いたアルティの血液をペロッと舐め、敵の血の味を楽しんでから熱で手に付いた全ての血液を蒸発させて元通りにする。

 アルティはソッと手を顔に引き寄せて頬を触る。

 べっとりとした感覚、錆びた鉄の臭い。そして、それを目の前まで寄せて見る。

 


 ――――…………血……私の嫌いな……色……―――



 そこで久々に覚えるモノがあった。

 今まで感じたことのない、感じたくなかった感情が頭に渦き始める。怖くて、それが嫌で強くなったつもりでいた。だが今はそれを初めて知った時と同じような感覚がアルティを襲い始める。


 恐怖と言う、とてもとても怖い感情がアルティに芽生え始めていた。








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